ミリム歓迎祭の開催を前に、町中の魔物たちが準備に奔走していた。
広場では盆踊りで使うやぐらの建設が進められている。
大通りには屋台やのぼりや提灯が並ぶ。
おなじみの夏祭りスタイルだ。
どこもかしこもお祭りの準備に勤しむ魔物ばかり。
そんな異様な熱気に包まれる町を、お祭りの仕切り役としてリグルドとマツリが駆けずり回っていた。
「どお? 良い感じ?」
「屋台の配置はこれでほぼ完了、食材の手配も問題なしとのことです。実に良い感じですな」
「なら良し!」
「では次は盆踊り会場の視察ですな。どうぞこちらへ」
「あ、待ってリグルド。その前に……」
滞りなく準備が進められている様子を見て満足するリグルドを、マツリが引き留めた。
まだマツリの仕事が残っているからだ。
ここは屋台が立ち並ぶメインストリート。
町の中でも最も活気のある場所で、今も多くの魔物が祭りの準備に集まっている。
マツリはその中心へと歩いて出た。
マツリの登場に魔物たちの視線が集まる。
その視線の中心に居るマツリはぐるりと周りを見渡すと、大きな声を張り上げた。
「お祭り大臣のマツリです! 一番美味しい屋台と一番楽しい屋台には俺からご褒美をあげます! 皆がんばってね!」
うおおぉ! と割れんばかりの大歓声が沸き起こった。
マツリ直々のご褒美など、一介の住人からすれば一生物の栄誉である。
ここまでおだてられて半端な仕事をする者はいないだろう。
マツリはそのまま屋台から屋台へと歩いて回る。
「なにこれ?」
「射的と言います。この銃で的を狙って撃つのですよ。的を落としたら景品がもらえるのです」
「面白そう! 絶対行く!」
「是非いらしてください! お待ちしております!」
「これは?」
「串焼きです。リムル様がお好きでしょう?」
「あのうんっまぁぁいやつ!」
「そうです!」
「これも絶対食べる!」
「ははは、これは手を抜けないですね……!」
マツリのキラキラと輝く表情を見て屋台の店主はより一層気合が入ったのだろう。
ねじり鉢巻きをぎゅっと締め直し、速足で作業に戻っていった。
リグルドが実務をこなす傍ら、マツリはずっとこうして住民たちとコミュニケーションを取っているのだ。
お祭り大臣としてお祭りの総責任者を務めるマツリだが、実務的な作業は一切無い。
そういった事は全てリグルドを始めとした配下たちの仕事である。
ではマツリの仕事は何なのか。
それはマツリ誕生祭が終わった数日後の会議で正式に決定された。
「パパ。結局お祭り大臣って何をする仕事なの?」
「うーん、お祭りの企画とかかな。といっても別に難しいことをしろって言ってるわけじゃなくて、やりたい事をそのまま言えばいいんだ。花火を見たいとか、美味しいものを食べたいとかな」
「それだけ?」
「それだけだ。簡単だろ? あー、あと、現場の視察もした方が良いな」
「視察?」
「そう視察。要はお祭りの会場を見て回るって事だ。お前が顔を出せば皆やる気が出るだろ?」
お祭りの企画とその現場の視察。
要するにやりたい事をやれと言う事である。
役職を持ち仕事を受け持つとは言うものの、実際はほとんど遊びのようなものなのだ。
しかしこれは名采配であった。
マツリはリムルと並ぶこの町の主である。
それは神にも等しい存在であり、町の住人の生きる意味と言っても過言ではない。
故にマツリがやりたい事は全力で実現しようとするし、マツリが喜べばまるで自分の事のように嬉しくなる。
そんなマツリだからこそ自由にお祭りを企画し、元気いっぱいにはしゃぎまわる姿を皆に見せることが大事なのだ。
同じく住人に神のごとく慕われるリムルはそのあたりが良く分かっていたのだった。
「さあマツリ様。次の場所へ」
「うん、行こう」
マツリのお仕事はまだまだ続く。
魔国を明るく照らす太陽として、皆に生きる活力を与えるのだ。
☆
「マツリのやつ、張り切ってるなー」
「うむ、楽しそうなのだ。これはきっと良いお祭りになるな!」
「ああ。間違いない」
マツリはお仕事で忙しいので、ミリム様係はリムルが引き受けている。
町を歩く二人は通りがかったマツリの様子を見て満足気に笑った。
「ではワタシ達も頑張らねばな! 今日も張り切っていくのだ!」
「お、おう……」
何を頑張るかと言えば、衣装合わせである。
コスプレ大会が決定してから今日にいたるまで毎日衣装合わせが行われている。
そう、毎日だ。
主導しているのは勿論シュナ。
お祭りの開催が決まったあの会議の後、コスプレ大会への参加が決まったリムルは工房に連行された。
リムルの脳内によぎるのは、恐ろしいまでに硬いシュナの決意である。
「リムル様、早速衣装合わせに参りましょう。ミリム様とマツリ様もご一緒にどうぞ」
「今日はもういいだろ? 日も暮れて来たし……」
「さあ、衣装合わせに参りましょう」
「あの……」
「衣装合わせに参りましょう」
全く同じ表情、同じトーンで繰り返されるシュナの提案。
リムルを工房へ連れて行くという意思を曲げるつもりは微塵も感じられないのだった。
以来毎日衣装合わせという名の着せ替え遊びが続いている。
ちなみにお祭りの本番まであと3日。
衣装合わせはあと3回予定されている。
「はあ……ああなったシュナには逆らえないんだよなぁ」
「わははは、お前は意思が弱いのだな! ほらもう工房に着いたのだ。 ……シュナ、来たのだ!」
「お待ちしておりました。さあさあ中へ!」
シュナだけでなく大勢のゴブリナと2人のドワーフが出迎える。
工房はフル稼働状態。
町のどこよりも熱気にあふれており、働く者たちの目はギラギラと輝いている。
元気過ぎていっそ怖いくらいであった。
ゴブリナがリムルの腕を掴んで工房の奥へと引っ張り込む。
いつの間にこんな強い力を身に着けて……と遠い目で配下の進化に思いを馳せつつ、リムルは魔窟へと吸い込まれていく。
「こちらをお召しに!」
「次はこちらを!」
「似合ってるぜリムルの旦那」
「まあなんてお可愛らしい」
「その儚げな表情も素敵ですわ!」
リムルと言えば薄く青みがかった銀髪が涼しげな印象である。
そこへ魔国の将来を憂うように伏せられた金色の瞳(実際はただ現実逃避をしているだけ)がより一層リムルの清涼な美しさを引き立てていた。
美人なので何を着ても似合うのだが、リムルの容姿を最大限に生かすべく寒色系かつ淡い色合いの服が多く用意されている。
対照的なのがマツリである。
燃えるように鮮やかなオレンジ色の髪に太陽のように眩しい笑顔。
その見た目から受ける印象は、溢れんばかりのエネルギーだ。
日ごろから工房に良く顔を出すマツリは改めて衣装合わせをする必要もなく、ここには居ない。
すでに暴食者の胃袋にはマツリ用に仕立てたであろう色鮮やかな衣装の数々が格納されていた。
そしてこの親子は二人で一つ。
並んで立った時に最も美しく引き立つように衣服はデザインされている。
いつぞやの夏祭りの浴衣もその一つである。
リムルが着替え、ポーズをとる度に歓声が上がる。
凄まじく素早く正確な手つきで次々と服が脱がされ別の服が着せられていく様はまるで手品のようだ。
「やはりマツリ様もお呼びした方が良かったでしょうか」
「ええ、ええ。リムル様だけではお二人が並んで立った時の印象が確かめられませんし、支障がありますわ」
「ですよねぇ。やはりお二人が揃っていただかなくては意味がありません」
「ここにマツリ様がいてくれればいいのですけどねぇ」
「ええ。まったくです」
チラッチラッっとリムルの顔を伺うゴブリナ達。
要求は明らかだ。
マツリ様を呼んでくださいと目に書いてある。
「マツリは今忙しいからな。絶対ダメだ」
リムルは毅然とした態度で突っぱねた。
ちなみに本心はこうである。
──マツリまで呼んだら前達のテンションがさらに上がって徹夜コースになるだろうが! 断固阻止だ!
見れば寝ぐせも直さずふらふらと工房の奥からゴブリナが出てきて、交代ですーなどと訳の分からないことを言っている。
どうやら交代制で24時間ぶっ続けの作業体制を構築しているらしい。
一体何が彼女たちをここまで駆り立てるのか、全く理解できないリムルだった。
「全くお前らも飽きないよな。毎日毎日着せ替え人形みたいに遊びやがって」
流石のリムルも文句の一つも言いたくなるというものだ。
自身の見た目が美少女であることは認識しているものの、マネキン扱いはやはり御免である。
リムルのドレス姿に見惚れながら髪を結うゴブリナがこれに反応する。
やはりリムルの言葉は全く響いていないようで。
「飽きるなんてとんでもない! リムル様の着飾った姿ならいくらでも見てみたいです! ほら今もこんなにお可愛らしいじゃないですか!」
「……ああもう、好きにしろ」
「はい! ありがとうございます!」
いっそ嫌がらせなら厳しく叱ることも出来たのだろうが、嬉しそうに手を動かすゴブリナにやめろとは言えない。
なんやかんやでリムルは押しに弱いのだ。
「わはは! こっちの服も可愛いのだ!」
リムルとは打って変わってミリムはご機嫌だ。
手渡された衣装を異空間に収納し、
「リムルも配下ばかりに任せてないで自分で着替えたらどうなのだ? そっちの方が早かろう?」
「いや……ほら、皆やる気出してるみたいだしさ、仕事を奪うのも悪いかなって」
あくまで配下を思っての事だと主張するリムル。
ちなみに本心はこうである。
──回転率が上って衣装が増えたりしたら困るんだよ!
あまりにささやかではあるが、これがリムルにできる精一杯の抵抗なのだった。
☆
時は流れ、ついに町はお祭りの当日を迎えた。
準備は万端。
町中の魔物達がお祭り開始の宣言を今か今かと待ちわびている。
そこへ鳴り響くのは、ピンポンパンポン、とおなじみの町内放送の音。
魔物達は皆一様に動きを止めてリムルの声に耳を傾ける。
「えーっと原稿はあるな。今日は晴れだからこっちのパターンで……っておい! これ
リムルの慌てた声が聞こえ、すぐに放送は終わってしまう。
町は静寂に包まれた。
しばらく経って再び鳴り響くのは、ピンポンパンポン、とおなじみの町内放送の音。
どうやら仕切り直しのようだ。
「おはようございます、リムルです。本日はお日柄も良く絶好のお祭り日和となりました」
何事も無かったかのように粛々と原稿を読み上げるリムルであった。
この手のドタバタは割とよくある事なので今更住民たちは気にも留めない様子だ。
ちなみに
何故だろう?
「それではお祭り大臣から町の皆さんへメッセージがあります。心して聞くように」
「お祭り大臣のマツリです! 皆準備は良い? 約束通り、一番美味しい屋台と一番楽しい屋台にはご褒美があるから頑張ってね! 他にも良い出し物があったら何か賞を上げるからそのつもりで!」
「良く出来ました! それではお祭りの開催をここに宣言する! 皆、全力で楽しめ!」
大地を揺らすような歓声が町を満たす。
いざ、お祭り開始である。
「さっきの声はリムルとマツリなのだ。どこから喋っているのだ? あちこちから声が聞こえるのだ」
ミリムは不思議そうに周囲を見回しながら目的の人物を待っていた。
メインイベントのコスプレ大会は午後の開催なので、午前中はマツリとリムルと一緒にお祭りをエンジョイする約束となっている。
少し遅れてそこへやってくる2人の人影。
淡い水色と鮮やかなオレンジ色で、すぐにその人と分かる。
「今のは町内放送って言ってな、スピーカーっていう装置で音を出してるんだ。便利だろ?」
「おお、リムル、マツリ! やっと来たか!」
「やっほーミリム。遅くなってごめんね」
「良いのだ! 早く行くのだ!」
「うん、行こう……あっ」
「おい待…………うん。まあ予想はしてたよ」
町の広場に一人、リムルが取り残される。
ミリムがマツリの腕を掴み、ダンッという衝撃音が聞こえたと思ったら、もうそこに二人はいなかった。
パパも早く来てねぇぇぇ……と遠くからマツリの声が聞こえるのみである。
なんとなく予想はしていたが、全く予想通りに途方に暮れるリムルだった。
砕けた石畳と露わになった茶色の地面を見ながら、リムルは魔力感知でミリムとマツリの声を探す。
「面白いのだー!」
「あっ壊れた。駄目だよミリム本気で投げちゃ」
「美味しいのだー! リムルとマツリの色なのだ!」
「新作のアイスだよ! ちょっとしか作れないから俺とミリムの分を取っておいてもらってたんだ」
「ミリム様も浴衣似合うっすね。まあオイラとしてはもう少しグラマーな方が好みっすけど。ほらもっと胸のあたりとか……」
「なんだ貴様ぶち殺されたいのか?」
「冗談っす! ちょっ、マジで待ってあ゛あ゛あ゛」
町内放送でもないのに町のあちこちからミリム達の声が聞こえる。
左手側から楽し気な声が聞こえたかと思えば、その数十秒後には遥か後方からゴブタの悲鳴と何かが崩れる音。
町の中を縦横無尽に移動しながらお祭りを楽しんでいるらしい。
「……まあいい。どうせミリムを追いかけたって無駄だ。俺は俺で夏祭りを楽しむさ」
一人寂しく屋台街の中へと消えていくリムル。
せめて午後のコスプレ大会までは楽しいひと時を過ごそうという健気な努力であった。
「この串焼きとやらもうまーなのだ!」
「えっへん。凄いでしょ」
「ミリム様にうまいと言っていただいて光栄です! さあさあ、マツリ様もどうぞ!」
「やっぱり美味しい! これは暫定一位だね!」
リムルのいる場所から少し離れた、町のどこか。
ミリムに手を引かれるマツリはもはや自分がどこにいるのか分からなくなっている。
が、そんなことは全く気にせずお祭りをエンジョイしていた。
なぜなら気にするだけ無駄なのだ。
どうせ次の瞬間には──
「よし、次なのだ!」
「あぁぁぁぁ」
こうしてまた別の場所に移動しているのだから。
腕を引かれ、景色が無数の線になったかと思ったらいつの間にか別の屋台の前に居る。
これはこれで一つの楽しいアトラクションであった。
初めてこの町を訪れた時のような、いやそれ以上のテンションでミリムは町を駆け回る。
心の底からあふれる楽しい気持ちが笑顔となって表れている。
そんなミリムに連れまわされながら、マツリも嬉しそうに笑うのだ。
「ねえミリム、楽しい?」
「うむ! 楽しいぞ!」
「良かった。お祭り大臣として頑張った甲斐があったよ。次行こう!」
「行くのだぁ!」
その後二人はミリムの健脚とマツリの胃袋を存分に生かし、祭りに出店しているすべての屋台を午前中に制覇したのだった。