転生したら子供が出来た件   作:座右の銘

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マツリと戦友

 ハクロウによるマツリへのしごきは、休憩を挟みながらもかなりの長時間続いている。

 無尽蔵の体力を誇るスライムは修行の効率も良いというわけだ。

 尤も、ハクロウのしごきを受ける時間が長くなるのがマツリにとって嬉しいかは別の話である。

 

 どうやらマツリは、学習能力が高いらしい。 

 開始直後こそ生まれて初めての痛みに動揺していたマツリだったが、すぐに気持ちを切り替えて応戦し始めたのだ。

 その後の成長も早く、打ち合いを重ねるごとに着実に動きが洗練されていくのがリムルにも分かるほどだった。

 

「絶対に食らうもんか! 全部防いでやる!」

「ほっほっほ、その意気ですぞ。こうも早く危機の察知が出来るようになるとは、流石はマツリ様ですな」

「そんなこと言って油断させて、もう次が……痛てっ」

「ですが防ぐ技術の方はまだまだ。訓練が必要じゃな」

 

 修行の最後の方ではハクロウが動き出す気配を感じ取って回避行動を取るようになっていた。

 ハクロウがわざと分かりやすく攻撃しているとはいえ、初めての戦闘訓練でここまでできるようになるとは嬉しい誤算である。

 

「今日からワシはマツリ様の敵ですじゃ。訓練以外の場でも攻撃を仕掛ける故、せいぜい警戒を怠らぬように」

「えー!? ずっと周りを見てないといけないの?」

「武人にとってそれは当たり前の事ですじゃ。それに、ゴブタも同じ修行をしておりますし、当然ワシも同じ条件でゴブタの奴からの攻撃を搔い潜っております。ま、平和過ぎる日常にも飽いていたのでワシとしては良い刺激になっておりますがの」

「なんか嫌だなそれ……」

 

 マツリには武人の考えは理解できないのだった。

 平和が一番なのである。

 

 ちなみにこの修行はハクロウが認めた弟子のみに課される特別メニューである。

 筆頭はゴブタ。

 そしてゴブタを慕うゴブリンライダーの兵士たち達も時々そこに加わる。

 元は修行でもなんでもなく、ゴブタがハクロウに一矢報いる為に不意打ちを仕掛けて、ハクロウがそれに応戦しただけなのだが、修行としての効果も高いためそのまま定着しているのだ。

 

 こうしてハクロウの生活はますます充実するのである。

 

「さて、そろそろ時間じゃな。マツリ様、よく頑張りました。師匠として鼻が高いですぞ」

「終わり?」

「うむ。もう行って良いですぞ」

「パパ!」

 

 マツリ派木刀を投げ捨てて、リムルめがけて一直線に駆け出した。

 リムルがそれを優しく受け止め、抱きしめる。

 

「パパ! 俺頑張ったよ!」

「ああ。本当に良くやったよ。やっぱりお前は凄いんだ」

「もう絶対にハクロウには負けないから!」

「うん、その意気だ」

 

 こうしてマツリの初めての戦闘訓練は終わった。

 結果は上々。

 早くも危機察知のコツを掴んでいるようだし、これがスキルやアーツに昇華される日もそう遠くないだろう。

 リムルは安心した様子でマツリを褒めるのだった。 

 

 そこへ、ハクロウに伸されて寝ていたヨウムがやって来た。

 ポーションも使わずに自力で歩けるまでに回復してきたらしい。

 大したタフネスだ。

 

「ははは、マツリちゃんは本当にパパが大好きなんだな」

「あ、ヨウム。大丈夫だった? ハクロウの攻撃痛かったでしょ?」

「そりゃあ痛いが、これでも頑丈さには自信があるんだ。しかし師匠はとんでもない化けも……凄い剣士でありますね」

「ほう、ヨウム殿はまだまだ元気そうじゃの?」

「いえ、俺はもう限界です。師匠!」

「やっぱり駄目じゃん! まだどこか痛い?」

「いいや全然? もう歩けるし心配いらねーって。……修行はちょっと無理そうだけどな」

 

 全身が痛むヨウムだが格好つけるためにやせ我慢である。

 じゃあコレはいらないね、とマツリが懐にポーションをしまうが、本当は喉から手が出るほど欲しい。

 

 マツリは傷だらけのヨウムを心配そうに見上げる。

 そんなマツリの頭を撫でて、大丈夫だよ、とヨウムが笑って応えた。

 同じ日に入門し、同じ地獄を味わった者同士、確かな友情と連帯感が芽生えていたのだった。

 

 ☆

 

 英雄とは、ただ強いだけの人間ではない。

 人々からの称賛を集め、憧れの的となり、心の拠り所として立つ者こそが英雄として認められる。

 

 偉大な功績と、それを成し遂げるに相応しい人間性。

 この人ならばオークロードをも倒せると皆が納得できるような人間でなければならないのだ。

 要するに、カリスマが必要なのである。

 

 という訳で、ヨウムは『あの工房』にやって来た。

 英雄に相応しい見た目になるべく身なりを整えるのだ。

 

「さあ、張り切っていくよ! 皆、準備は良い!?」

「「「はい!!」」」

 

 戦闘訓練の時とは打って変わって絶好調なマツリが、何故か現場を仕切っていた。

 そしてマツリの登場に沸き立つ工房の職人たち。

 いつもの事だが、熱量が異常である。

 

「さあヨウム様、こちらへ!」

「お、おう……」

 

 訳も分からず採寸されるヨウム。

 ざっと工房を見回してみれば、ドレスやメイド服といったお洒落な服が大量に並んでいる。

 

「流石は魔物の町って感じだな。やっぱりおしゃれが好きなのか」

「そりゃあもちろん!」

「当たり前なのだ!」

 

 既にメイド服に着替えたマツリと、ゴシックドレスに着替えたミリムが自慢げに胸を張った。

 その周りには黄色い歓声を上げるゴブリナ達。

 手には衣装を持っており、可愛い二人に着せるため我先にと殺到している。

 

 その様子に気圧されるヨウムだが、採寸をしているゴブリナに姿勢を正された。

 

「ほらヨウム様、動かないでください」

「悪い、驚いちまった。ここはいつもこんな感じなのか?」

「ええ、そうですよ! リムル様とマツリ様の為に日々新しい衣装の制作に励んでいるのです!」

「これ全部が、リムルの旦那とマツリちゃんの服って事か?」

「はい。そうですよ?」

「すげぇな……」

 

 壁一面に服がぎっしりと詰められている。

 1日1着来たとして、全てを着るのに何カ月……いや何年かかるだろうか。

 ひょっとすると増えるペースの方が早いのかもしれない。

 

「じゃあこれとこれと……これ持っていくね」

「私はこれを貰うのだ!」

 

 気に入った服を貰うマツリとミリム。

 お会計は不要である。

 

「ありがとうございます!」

「ああ、やっと私の服を選んでくださいましたわ!」

「幸せで胸がいっぱいです!」

 

 選ばれた服の作者たちが感激の涙を流す。

 マツリやミリムに制作した服を選ばれることは、この工房の者にとってはステータスなのだ。

 彼女たちの悲願が叶った瞬間であり泣き崩れるのも当然だった。

 

「マジで命賭けてるんだな……」

「ええ。本気です」

 

 ヨウムは若干引き気味である。

 

 しかしそれだけ真剣に仕事に取り組んでいる職人たちなので、腕は確かだ。

 英雄に見えるような服、というリムルのアバウトな注文にも見事に応え、ヨウムを含めた調査団30人分の衣装をあっという間に仕上げてしまった。

 恐るべきスピードである。

 

 ヨウム一行は衣装を身に着け、工房前の街道にずらりと並んだ。

 名のある冒険者の一団と言った感じで強者の風格が漂っている。

 装備も魔国製の上質なものを揃えており、訓練によって実力もメキメキと伸びている。

 実際の戦力もかなりのものだろう。

 

「ヨウム、カッコいい!!」

「そうか? マツリちゃんが言うなら間違いないんだろうな」

「うん! 俺が保証する!」

 

 マツリ、大はしゃぎである。

 そんなマツリに工房の職人たちも嬉しそうだ。

 頑張った甲斐があったというものである。

 

 一通りヨウム達の姿を見て回ったマツリは、シュナの所へと戻ってきた。

 

「シュナ、俺もヨウムみたいなカッコいい英雄にして!」

 

 目を輝かせてマツリが言う。

 そんなマツリの様子を見て、照れるヨウム。

 

「そう言うと思いまして、既に衣装を用意してあります」

「ワタシもなのだ!」

「もちろんミリム様の分もありますよ」

 

 そう言ってシュナは工房の中へと二人を案内する。

 全ては予定通りなのだった。

 

 シュナお手製の衣装を纏うマツリとミリム。

 いつもとは方向性が異なる冒険者風の出で立ちだ。

 

 マツリに用意されたのは、魔法使いの衣装。

 実用性よりも見た目に重きを置いた華美な一品である。

 鮮やかな青色の生地が鮮烈な印象だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 続いてミリムだが、こちらは格闘家だろうか?*1

 チャイナドレスのような形の動きやすい服である。

 ミリムのファイティングポーズとどや顔が良く似合っている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おれは英雄マツリ!」

「ワタシは英雄ミリムなのだ!」

「お二人ともよくお似合いですよ」

 

 マツリはともかく、魔王であるミリムが英雄になったら格下げでは?

 などと野暮なことは言ってはいけない。

 楽しければ良いのだ。

 

 そこから先は、いつも通りのファッションショーである。

 

 ☆

 

 しばらくはヨウムとマツリの修行の日々が続いた。

 英雄として一日でも早くファルムス王国に凱旋するため、英雄としての体裁を急ピッチで整えているのだ。

 衣装と装備は取り換えるだけで済むが、本人の実力と立ち居振る舞いはそうはいかない。

 地道な努力が必要となる。

 

 そして修行も大詰めを迎えたある日の朝。

 リムルの庵では、大急ぎで朝食を食べ終えたマツリが出かける準備をしていた。

 そんなマツリをリムルが呼び止める。

 

「おいマツリ、お前まで毎日訓練しなくても良いんだぞ? ヨウムと違って急ぐ必要も無いんだし」

「ヨウムが頑張ってるんだから俺も頑張るの!」

「なら良いんだけど」

 

 マツリの顔は真剣そのもの。

 随分とヨウムに入れ込んでいる様子だ。

 ハクロウの厳しい特訓を二人で耐え続け、今や二人は戦友と言える間柄となっている。

 その戦友たるヨウムを一人でハクロウの所へ行かせるのが我慢ならないのだ。

 という訳でマツリは今日も朝から訓練場へと向かうのだった。

 

 マツリを見送り、リムルはゆっくりと野菜スープをすする。

 そしてため息を一つ。

 

「はぁ……これは中々言い出しづらいな。ヨウムがもうすぐ旅立つって聞いたらマツリはどんな顔するか」

 

 修行が大詰めという事は、旅立ちが近いという事だ。

 国益に関わる重要な任務なので待ったは無し。

 いかにマツリの意向であっても引き留めることは出来ない。

 

 そしてマツリを説得する役目は恐らくリムルにしか務まらず……

 

「泣かれるかも。最悪、嫌われたりして……」

 

 脳裏に浮かぶマツリの寂しそうな顔に、早くも心が痛むリムルなのだった。

 

 しかし泣き言は言っていられない。

 動き出した計画は止められないので、後はさっさと仕事を片付けるのみである。

 リムルは朝食を食べ終え、早速町の会議室へと向かった。

 

「さてロンメル君。君は確か、ファルムス王国の辺境伯、二ドル・マイガム伯爵領の正式な魔術師だったね」

「ええ。私がオークロードの調査結果を持ち帰り、報酬を受け取ることになっていました」

 

 ファルムス王国の調査団のお目付け役であるロンメルとの打ち合わせである。

 ならず者の寄せ集めであるヨウム達に命令を遂行させるため、魔法で彼らを縛る役目を負う人物だ。

 しかしヨウムの男気に心酔して寝帰った彼は、既にヨウム達を縛っていた魔法を解いている。

 

「にしても酷い任務だよな。多分、死ぬこと前提だったんだろ?」

「はい。調査団の帰還は想定されておらず、恐らくはオークロードの軍勢に殺されると踏んでいるでしょう。あるいは無事に帰還したならばオークロードが居ないという事ですので、それはそれで結構な事なのです」

「調査団が全滅したら情報はどうなる?」

「私は転移魔法が使えますので、領地に帰るだけなら可能です。オークロードを発見した時点で国に戻る手筈となっていました。ヨウムさん達は……」

「その時点で切り捨てられるという訳か。こりゃマツリには聞かせられない話だな」

 

 改めて確認してみればその任務は酷いものだった。

 ヨウムが国外への逃亡を企てるのも当然である。

 死ねと命じられたのとさほど変わりはないのだから。

 

「さて、その任務は遂行されることとなる。それも、ヨウムがオークロードを打ち倒すという結末でね」

「伯爵は驚くでしょうね。まあ、私としてもオークロードの脅威がなくなったことは喜ばしい限りです」

「そこで重要となるのが伯爵への報告なんだが……報告書はまとまったのか?」

 

 リムルがロンメルとの打ち合わせを行った主な理由がこれである。

 計画の目的は英雄ヨウムの誕生、そしてその英雄を支援した魔物の国の存在を周知することだった。

 二ドル伯爵への報告がその最初の情報源となるため、よく考えて報告内容を決める必要があるのだ。

 

 リムルの質問を受け、ロンメルは自信たっぷりに頷いた。

 準備は万端のようである。

 ロンメルはカバンから報告書を取り出し、その概要を説明する。

 

「……これはジュラの森の脅威に立ち向かった一人の若者の物語。魔物と人間が手を取り合う新時代の幕が今上がる! 第一章『旅立ち』 ある日ヨウムは──」

「ストップ、一旦止めてくれ! 報告書なんだよなそれ!?」

「これから面白くなるところですのに」

「いやお前ね……。まあいい、ちょっと見せてみろ」

 

 ロンメルから報告書をひったくって見てみれば、ロンメルの趣味全開の小説が書きあがっていたのであった。

 木版には手書きの文字びっしりと書き込まれている。

 一体どれほどの労力をかけたのだろうか。

 

 大賢者先生の力でスラスラと読み進めるリムル。

 かなりクオリティが高いようで、黙々と読んでいる。

 しかし途中までは呆れつつも感心したような顔で物語を楽しんでいたのだが、あるところで急に機嫌を悪くした。

 

 木版の束をタンッとテーブルに叩きつけ、リムルが問う。

 

「おい、これはどういうことか説明してもらおうか?」

「いやぁ、憧れのヨウムさんの活躍を後世に伝える重要な報告書ということでちょっと熱が入ってしまいました」

「まあお前が責任をもって報告するんだから形式についてとやかく言うつもりは無い。だが……この魔物の姫マツリってのはなんだ? 英雄ヨウムと結ばれてハッピーエンドだって? ちょっと詳しく説明を願おうじゃないか」

「あの、リムルさん、顔が怖いです……」

 

 鬼の形相である。

 例えフィクションの世界であってもリムルはマツリを嫁に出すのが我慢ならないらしい。

 

「いやほら、マツリちゃんとヨウムさんって仲が良いじゃないですか。それでこう、ビビっときたと言いますか」

「ほう?」

「一般庶民に受け入れられやすいストーリーも大事という事で、ここは恋愛の要素を入れようかと。重要なのは世論を動かすことですからね」

「お前なりに真面目に考えた末の報告書って事で良いんだな?」

「それは当然です。まあ、趣味に走ったという点は否定できないのですが……物語というのは人の心を動かします。英雄ヨウムの伝説を広めるにはうってつけなんですよ」

「よし分かった。これはボツだ。報告書の草案を俺が作るからお前がそれを清書しろ。で、最終稿を俺が確認してOKが出るまで提出は禁止だ」

「ええー……」

「ええーじゃない!」

 

 こうして二ドル伯爵への報告書はリムル(というより大賢者)が作成することとなった。

 ロンメルの書き上げた長編小説『美しき魔物の姫・プリンセスマツリ』は日の目を見ることなく闇に葬り去られることとなる。

 リムルの判断は当然のものだったが、ロンメルの味わう喪失感は大きいだろう。

 

 自慢の報告書を取り上げられたロンメルは恨めし気にリムルを見つめる。

 

 酷い。あんまりだ。

 せっかくの傑作をこんな形で没にしなければならないなんて! 

 ……いや、諦めちゃだめだ。

 待っててください英雄ヨウム、そしてマツリ姫。

 あなた達のラブストーリー、このロンメルが責任をもって世に送り出して見せます! 

 

 意外と図太いロンメルなのだった。

 

 ☆

 

「さて、今日の訓練はここまでじゃ。行ってよし」

「終わった! ヨウム、行こう!」

「……今日も死ぬかと思ったぜ。で、今日は何処に行くんだ?」

 

 日課となった朝の訓練を終えたマツリとヨウム。

 すっかり仲良しになった二人は訓練が終わると必ずどこかに遊びに出かけるようになっていた。

 

「ヨウム! こっちこっち!」

「待てよマツリちゃん。俺はそんな早く走れねーって」

「今日はコビーの所だよ! いつも珍しいもの見せてくれるんだ!」

「分かったからもうちょっとゆっくり行こうぜ」

 

 やって来たのは中央都市リムルを拠点に行商を行う犬頭族(コボルト)の一族が住まう区画だ。

 その一角に商人詰め所があり、町の外から持ち込まれた品物が集まっている。

 珍しい品を見れるとあって、マツリの良い遊び場になっていた。

 

「ここはミリムにも教えてない秘密の場所なんだからね。特別だよ」

「そりゃ嬉しいな」

 

 本当は誰でも訪れることが出来場所である。

 ミリムは物を壊すので重要な施設には立ち入り禁止になっているだけだ。

 

 マツリの来訪を聞きつけ、商人の代表であるコビーが建物の奥からやって来た。

 

「これはこれはマツリ様。今日も視察ですか?」

「そう視察! これはお仕事なんだよ」

「そうですか。では早速この町へ持ち込まれた品物の確認をお願い致します」

「うむ! 任せてくれたまえ!」

 

 よく訪れるマツリとは顔なじみで、こうした茶番にも快く対応してくれる。

 頭の回転が速く気配りの出来る仕事人だ。

 そして、細かいことにも良く気づく。

 

「ところでそちらはヨウム殿でしょうか?」

「ん? ああ。そうだが」

「やはりそうでしたか。もう明日にはファルムスへお戻りになると聞いていますが、旅の準備は大丈夫ですか? ここなら旅の必需品も揃いますので、何でもお好きな物をご用意いたしますよ。勿論お代はいただきません」

 

 気の利く男である。

 こうした細かい信用の積み重ねがあって今のコビーの地位があるのだろう。

 

 しかしそんな彼もエスパーではない。

 コビーは知る由もないことなのだが、実はマツリはヨウムがまだしばらく町に滞在すると思い込んでいるのだ。

 つまり、ヨウムが明日出発するという情報はマツリにとっては寝耳に水なのである。

 

 驚くマツリの様子を見たコビーはすぐに失言に気付いた。

 

「もしかして私、言っちゃいけない事言っちゃいました?」

「まぁ……これは仕方ないだろ。実は俺も中々言い出せなくてな。俺は明日ここを出発するってマツリちゃんは知らなかったんだ」

「す、すみませんヨウム様! 決してわざとではないのです」

「分かってるって。というか、悪いのは俺とリムルの旦那だろ? 謝る事ねぇよ」

「かたじけない……」

 

 悪いのはばらしたコビーではなく、今の今まで秘密にしていたリムル達の方である。

 前々から知っていればマツリのショックも少なくて済んだのだが。

 

「明日なんて、聞いてないよ……?」

 

 驚かせてしまったようである。

 マツリはヨウムを捕まえ、何があっても離さないとばかりに服の裾を強く握り込んだ。

 目には涙が溜まっている。

 

【挿絵表示】

 

 もはや遊ぶという雰囲気ではない。

 

「リムルの旦那の所に戻るか? もう昼飯の時間だしよ」

「……うん」

 

 ヨウムに手を引かれ、マツリはとぼとぼと歩き出す。

 

 ☆

 

 食堂にて。

 リムルとミリム、そして幹部達が既に席に着いてマツリが来るのを待っていた。

 皆で一つのテーブルを囲んでの昼食である。

 

 マツリから思念伝達で『今から行く』と連絡があったのでもうすぐ来るだろう。

 しかし何故かその声は暗かった。

 

「マツリの奴、なんか落ち込んでるみたいだな」

「何かあったのか?」

 

 リムルの独り言だったが、隣に座るミリムが反応した。

 

「さあ? 今日はコビーの所に行くって言ってたから、コビーが忙しくて構ってくれなかったんじゃないか?」

「よし、そのコビーとやらをシメてくるのだ」

「待て待て待て!」

 

 殴り込みをかけようとするミリムを、リムルが慌てて止める。

 本当に油断も隙もない魔王である。 

 

「よう、旦那。遅くなった。早く飯にしようぜ」

 

 そこへヨウムがやって来た。

 半歩後ろにはヨウムに手を引かれて歩いてきたマツリが立っている。

 うつむき気味の顔には、涙の跡。

 

「マツリを泣かせたのはオマエだな? 殺してやるからこっちに来るのだ」

 

 涙を流すマツリを見た瞬間、ミリムはプッツン。

 即座にヨウムを殺しにかかる。

 いつもならマツリがミリムを宥めるのだが、今に限ってはその余裕も無いようだ。

 

「え? ちょ、ミリム……さん? ぐはぁ!」

「だから待てって! 駄目駄目! 2発目は駄目!」

「……しょうがないのだ。リムルが言うからこれで許してやるのだ」

 

 またしてもリムルがミリムの暴走を止めることで事なきを得た。

 パンチ一発で許しが出たのだから、これは問題なしの範疇なのである。

 気絶するヨウムにフルポーションをふりかけて回復させれば万事OKだ。

 

 ヨウムにが回復するのを待って、改めて事情聴取が始まる。

 取り調べを行うリムルと容疑者のヨウムが向かい合って座る形だ。

 そして幹部たちが一言一句聞き逃さないように周りを取り囲み、ヨウムへと睨みを利かせている。

 

 マツリを泣かせた罪は重いのだ。

 

「えーっとだな、俺が明日ファルムスへ向かうってことを知っちまってよ。それで落ち込んでるんだ」

「やっぱりそのことか……」

「ああ、そう言えばリムル様もそのことで悩んでおられましたね」

「だってさぁ、言いにくいじゃん? あんなに仲良さそうにしてるんだぞ?」

「それはそうですが、前日になって明かすのもどうかと」

「……俺も悪かったと思ってるよ?」

 

 ベニマルに正論をぶつけられ、リムルがしおしおと縮こまる。

 結局マツリが泣いたのはこの人のせいである。

 

 以上、取り調べは終了。

 真犯人はリムルという事で決着が着き、ヨウムは無罪放免だ。

 取り囲んでいた幹部たちも、リムル様なら仕方がないと納得した様子で席に戻る。

 

 改めてヨウムも席に着き、マツリもピッタリくっついたままその隣の席に座った。

 

「ねえ、本当にヨウムは明日行っちゃうの?」

「黙っててすまねぇ。こればかりは待ってもらう訳にもいかないし、我慢してくれ、マツリちゃん」

「でも……」

「マツリ、パパからも頼むよ。ヨウムを困らせないでやってくれ」

「……うん。分かった。我慢するよ」

 

 渋々と言う感じで言う事を聞くマツリ。

 いつも元気いっぱいなマツリがしょんぼりと落ち込んでしまい、リムルや幹部達の気持ちまで沈んでしまう。

 

「さぁ、昼飯にしよう。これから忙しくなるだろうし、落ち込んでばかりもいられないぞ」

 

 場の空気を変えようとリムルが明るく振舞う。

 いつまでも落ち込んでばかりはいられないのだ。

 

「それにな、マツリ。ヨウムだって二度と会えなくなるわけじゃないんだ。しばらく英雄としてファルムスで活動したら、すぐに戻ってくるさ。その時は盛大に──」

「戻ってくるのは知ってるよ。ヨウムが居なくなるのは悲しいけど……ここを拠点にするんだからそれは良い」

「え? じゃあ、どうしてそんなに落ち込んでるんだ……?」

「……分からないの? 俺のパパなのに?」

 

 ヨウムに会えなくなることよりも、もっと別の事で悲しんでいるらしい。

 それを理解できないリムルに、マツリは悲しみではなく怒りの視線を向け始めた。

 リムルは思いっきり狼狽える。

 

「ちょ、待って、今のは無しだ! うむ、分かってるとも! 俺はマツリのパパだからな。えっと、あーアレだ、ヨウムがハクロウの訓練から抜けるのが気に食わないんだろ?」

「いやまあ、それは確かにそうだけど*2。ってそうじゃなくて!」

「……すまん、分からん。教えてくれマツリ」

 

 はぁ~、とマツリは大きなため息をついた。

 怒りを通り越して呆れている様子だ。

 

 そしてカッと目を見開いて、叩きつけるようにリムルに言う。

 

「一日じゃお祭りの準備が出来ないじゃん! ヨウムの出発をお祝いしようと思ってたのに……もっと早く言ってよ!」

「え!? そっち!?」

 

 どこまで行ってもマツリはマツリなのだった。

 

*1
作者にも良く分かりません。でも可愛かったので採用しました

*2
心外ですじゃ




なんだか本文がどんどん長くなってる気がしますが、分割するべきでしょうか。
やっぱりキャラが多いと書くことも増えてしまいますね。とはいえ細切れにするのも嫌ですし、気にせず書きたいだけ書くことにします。

前回に引き続きマツリを泣かせてしまいましたが、次はハッピーな話にしたい。
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