前回のあらすじ。
リムルが分身体に名付けをしてしまい、マツリ=テンペストが誕生した!
(勘弁してくださいよ、リムル様……!)
騒然とする会議室の中、ベニマルは困り果てていた。
ガタっと椅子から立ち上がり、その姿勢のまま固まっている。
視線の先には一人の魔人。
つい先ほどまでリムルの子供はどんな姿かと皆で容姿を弄り倒していた分身体……だったものだ。
それが今リムルの魔素を得て動き出した。
自らの意思で歩き、喋り、首をかしげている。
(どうすれば良いんだこの状況!?)
リムルの右腕、侍大将としてこの町の軍事を司るのがベニマルだ。
町の安全は自分が守るのだという強い信念の元、日々研鑽を積んでいる。
なにがあっても対応できるよう、常に冷静に、どっしりと構えていなければいけないのだ。
ところがだ。
いきなりリムルの分身体が意思を持って動き出すなど想定外も良いところ。
何をどうすれば良いのか皆目見当もつかなかった。
頼みのリムルはスリープモードのため指示を仰ぐことは不可能だ。
となれば、自分の力でこの危機(?)を乗り越えるしかない。
そう考えたベニマルはついに覚悟を決め、マツリに話しかける。
「あ、あの、マツリ様?」
「ん? なに?」
「えっとですね……」
「……?」
とりあえず話しかけてみたが、くるりと振り返ったマツリに言葉を返すことは出来ず、あえなく撃沈。
ただオロオロするだけのベニマルだった。
これには幹部一同拍子抜けである。
マツリの金色の瞳は真っ直ぐにベニマルを見上げている。
なんだろうこのお兄さん、とでも言いたげな疑問の表情を浮かべながら。
リムルの右腕としての威厳など欠片も感じていないのだった。
「お兄さま、ここは私が」
ベニマルに代わり、シュナが一歩前に踏み出した。
どうやらやる気のようだ。
そのまま部屋の中央へと歩み入り、マツリと対峙する。
こほんと咳ばらいをしたシュナは柔らかい笑顔を浮かべ、子供をあやすような優しい声で話し始めた。
「初めまして。私はシュナと申します。貴方の父親、リムル=テンペスト様の配下の一人です。貴方のお名前は何と言うのですか?」
「俺はマツリ。マツリ=テンペストだよ」
「マツリ様というのですね。貴方は今ここで生まれたばかりですから、きっと分からない事が沢山おありかと思います。何か困ったことがあったら何でも私にお申し付けください」
「うん、わかった」
「貴方も私達と同じくこの町の一員です。仲良くしましょうね」
「うん! よろしく!」
シュナと無邪気に話すマツリを見て、徐々に場の緊迫感は薄れていく。
少なくとも邪悪な存在ではないようで一安心と言ったところだ。
しかしマツリが無意識にまき散らす妖気は相変わらず強大で、周囲の者は気が抜けない。
魔物の本能として、強者と相対すれば否が応でも緊張してしまうからだ。
まずは己の妖気を抑えることを教えなければならないだろう。
「マツリ様、少々妖気が強すぎるようです。どうにか抑えてはいただけませんか?」
「なんで?」
「強い妖気は周囲の魔物を怖がらせてしまうのです。どうかお願いします」
「なるほど……こんな感じ?」
むむむっと何かを堪えるようにマツリが力を籠めると、幹部たちを抑えて付けていたプレッシャーが消えていく。
無事に妖気をコントロール出来たらしい。
「良い感じですよ。これならば町の者も怖がることは無いでしょう」
「やったー! できた!」
「ふふっ、よくできました」
ガッツポーズを決めて喜びを表現するマツリをシュナが優しく撫でる。
微笑ましい光景だった。
妖気を完全に抑えてしまえば、そこにいるのはただの小さい子供だ。
ようやく会議室の張り詰めていた空気が完全にほぐれ、幹部たちは胸を撫でおろすのだった。
その後、マツリは封印の洞窟へと連れて行くことに決まった。
万が一暴れだした場合の被害を考えての事だ。
魔物の町とその住民は何をおいても守らなければならない。
しかしリムルと同等の力を持つマツリが暴れれば、いかに幹部と言えど取り押さえることは難しいと思われた。
主の子供を監禁するようで心が痛むが、こればかりは致し方ないというのが幹部たちの出した結論だった。
「──というわけでシュナ。リムル様とマツリ様の世話を頼んだ」
「ええお兄さま。こちらはお任せを」
「ソウエイ、分身体を付けておいてくれ。何かあれば連絡を頼む。ガビルは案内を」
「承知した」
「分かったのである」
ベニマルが場を仕切り、シュナとソウエイにマツリを託す。
ガビルは洞窟の案内役だ。
「こらこら、リムル様をつついてはいけません」
「えー、やわらかくて気持ちいいよ?」
「それでもダメなのです。ほら、行きますよ」
「はーい」
「ははは、聞き分けの良い子であるな! さぁ、こちらへ。吾輩に付いてくるのである」
シュナに手を引かれてマツリが歩き出す。
巨大な妖気をまき散らしていたのが嘘のように和気藹々とした雰囲気で会議室を去っていくのだった。
☆
町を抜けてしばらく歩いたところにあるのが、封印の洞窟だ。
ジュラの森の守り神であるヴェルドラが封印されていた場所であり、リムルの生まれ故郷でもある。
洞窟内はヴェルドラの魔素から発生した強力な魔物が多数生息している。
B+ランクのエビルムカデなど、ガビル配下のドラゴニュートの戦士でも後れを取る危険があるほどだ。
ガビル程の猛者ならば一人でも問題なく歩けるが、力に自信がないものは護衛なしでは立ち入ることすら出来ない場所だった。
「さて、ここからは気を付けて進むのである……と言いたいところだが、貴殿らにその心配は無用のようだな」
洞窟の入り口でガビルが振り返り、忠告をしようとして……それが不要だと思いなおした。
後ろをついて歩くのは二人の鬼人と一匹のスライム。そのスライムはリムルの子供だ。
3人ともガビルより強いのだ。
「大丈夫! 魔物が居たら俺が全部食べちゃうから」
「まあ、頼もしいです」
シュナの手を握るマツリが自信たっぷりに言ってのける。
本当に根こそぎ食べ尽くせる実力があるのだから恐ろしい。
マツリはリムルの分身体から発生した魔物だ。
エクストラスキル『分身体』によって作り出される分身は本体と全く同じ身体能力を持つ上、ユニーク以外のスキルを本体同様に使用することができる。
そしてリムルがスライムである為か、ユニークスキルでも『暴食者』だけは分身が使用できる。
それらの耐性、スキルをそのまま受け継いだのがマツリだ。
肉体の性能もエクストラ以下の保有スキルもリムルと全く同じ。
それに加えて『暴食者』まで生まれつき持っていることになる。
「さあ、行こう!」
「元気が良いな! よし、吾輩が案内するのである!」
マツリ達は気負う事無く洞窟に足を踏み入れる。
「えいっ」
アーマーサウルス、撃破。
「うわ気持ち悪っ」
ブラックスパイダー、撃破。
「いただきまーす」
エビルムカデ、撃破。
洞窟内の魔物ではまるで相手にならない。
マツリが手をかざし、暴食者を起動すればそれですべて片が付いてしまう。
まるで庭を歩くような気楽さだ。
(な、なんという強さであるか……。やはりリムル様のお子様なのである)
これには洞窟内の魔物に詳しいガビルも開いた口が塞がらない。
槍を構えることも忘れ、ただマツリの後ろを歩くことしか出来なかった。
マツリたちが洞窟に籠り始めてから3日。
岩壁をくりぬいて作られた質素な部屋でシュナとマツリがリムルの目覚めを待っていた。
ソウエイもどこかに居るはずだが、邪魔にならないようにと気配を消している。
リムルが目覚めないことにはマツリの扱いも分からないのだから、一刻も早く目覚めて欲しいと皆が思っている。
本当ならマツリを軟禁などしたくはないのだ。
安全が確認できればすぐにでも町に迎え入れ、歓迎会でも開きたいところである。
しかしシュナの考えは違うようだ。
「暇ー。なんかすることないのー?」
「もう少しの辛抱です。リムル様がご快復なさるまではここからマツリ様を出すわけにはいきませんので」
「……わかった」
ほんの一瞬だけ目を伏せてから返事をするマツリ。
そんなマツリの姿にシュナの心がチクリと痛んだ。
(ごめんなさいマツリ様。洞窟に閉じ込めておく必要なんて本当はもう無いんです)
マツリと3日間を共に過ごして分かったのは、マツリが大人しく、争いを好まない性格であるということだ。
意思の通じない魔物は罪悪感も無く食べてしまうのだが、諍いを起こすのは嫌いらしい。
リムル同様、心優しい魔物なのだとすぐに分かった。
ならばもっと早く洞窟を出れば良いのだが、そこでシュナはふと気づいてしまった。
敬愛する主とその子供を独り占めできるこの状況に。
終わらせたくないと思ってしまった。
普段あまりわがままを言わないシュナだったが、今回は悪いと思いつつも己の欲望に従ったのだ。
そんな事情もあって心がチクチクと痛むのだが、マツリを眺めていればそんな憂鬱な気分は吹き飛んでしまう。
(ああ、スライムのお姿も可愛らしい……)
ぽよぽよと歩き回るスライム形態のマツリを目で追うだけで幸せな気持ちになる。
時折リムルの傍に近寄り、並んでぷるぷると佇む姿も愛くるしい。
(悪いとは思っているのです。ですがもう少し……もう少しだけリムル様とマツリ様を独り占めさせてください)
にへぇとだらしない表情を見せないよう必死なシュナだった。
マツリは呑気に暇をつぶす。
(早くパパ起きてこないかなー)
マツリにとって洞窟の中は退屈だった。
することと言えば魔物を狩ることくらいだが、それにはすぐ飽きてしまった。
時折現れては披露されるガビルたちの舞も、2回も見ればお腹いっぱいだし、ヒポクテ草の栽培など見ていて楽しいものではない。
「よいしょっと」
マツリは人型になって、リムルを抱きかかえた。
腕でぎゅーっと押しつぶしてみたり、優しく指でつまんでみる。
柔らかい弾力が心地良い。
頭の上に掲げて「捕まえたぞー」とか言ってみる。
リムルの反応は無いが、近くで見ていたシュナがにっこりと微笑んだ。
単なる暇つぶしだ。
することがないのでリムルで遊んでいるだけの事。
初めはリムルで遊ばないようにと小言を言っていたシュナも、流石に3日目ともなるとマツリが可愛そうになって来たのか止めようとはしなくなっていた。
こうして和やかに時は過ぎて行った。
その時は突然やって来た。
マツリがリムルを抱えて洞窟内を散歩していた時の事だ。
(んん……? 俺は……寝てたのか?)
リムルがマツリの腕の中で目を覚ました。
魔力感知も切っているので周囲の状況は分からないが、ぼんやりと意識が浮上してくる。
(シオンかな? 俺を抱えて歩いてるんだろう)
いつものようにシオンに抱かれているのだろうと勘違いするリムル。
どうやらマツリに名付けをしたことを思い出せずにいるらしい。
記憶も曖昧だ。
そして意識がハッキリと戻ったリムルは魔力感知を使用した。
リムルの意識に視覚情報が一気に流れ込こんでくる。
目覚めて最初に見た光景。
そこに映っていたのは、シオンのおっぱい……ではなく、人の顔。
しかも、自分と瓜二つの。
オレンジ色の髪を垂らしながら、嬉しそうな笑顔が頭上からのぞき込んでいる。
(え? え? 待って? え? これって、会議室で作った分身体だよな……? なんで動いてるんだ……?)
戸惑うリムルだったが、おぼろげながら事情を思い出し始める。
スライム細胞がフル稼働だ。
自分を抱えて歩くこの少年の体は、元々自分が作った分身体……
ひょんなことからその分身体に『マツリ』と名前を付けてしまい……
スリープモードになっていたのは、名付けをして魔素を失っていたから……
そしてリムルは完全に理解した。
自分を抱えるこの少年は、自ら名を与えた子供、マツリ=テンペストなのだと。
「初めまして、パパ!」
「へあぁ!!?」
洞窟内にリムルの素っ頓狂な叫び声が響き渡った。