時間を遡ること数週間。
リムルとマツリはリムルの庵で秋の収穫に向けてお祭りの計画を立てていた。
2匹のスライムがぽよんぽよんと畳の上を転がりながら、親し気に言葉を交わす。
「ねえパパ。収穫祭って何やるの?」
「そういえば考えてなかったな。時期的にはハロウィンだと思うけど、うーむどうしたものか」
収穫に伴い何かしらの祭り、つまりは収穫祭をしようと提案したのはリムルである。
そこでマツリは収穫祭とは何かと聞くのだが、リムルは何も考えていなかった様子。
収穫に関するお祭りはリムルに任せておけば大丈夫と思っていたマツリだったが、蓋を開けてみれば計画は白紙だったという訳だ。
お祭り大臣としては見過ごせない失態である。
「パパ何も考えてないじゃん。もうすぐ収穫の時期ってリリナが言ってたんだけど」
俺怒ってますのオーラを出しつつ、じっとりとリムルを睨みつける。
こうすればリムルは慌ててマツリのご機嫌を取ろうと動くはずだ。
パパとの付き合いもそれなりに長くなってきたマツリはパパの動かし方も良く分かっているのである。
マツリの狙い通りにリムルはあわあわと慌て始める。
「ああ、えーっと、悪い! すぐ考える! 一応イメージはあるし、忘れてたわけじゃないからな!?」
「本当にぃ?」
「本当だ!」
なんとなく雰囲気で嘘だと分かっているが、追及はしないのがマツリの優しさである。
「と、とにかく! 俺の生まれ故郷にはハロウィンっていうお祭りがあってだな」
「ハロウィン?」
「そうハロウィン! えーっと確か収穫祭……と言えなくもないような……お祭り、だったような気がする……ぞ?」
「……」
「……」
沈黙。
この上なく頼りないリムルの説明に、お互い返す言葉が無かった。
それだけの知識でお祭りの計画を提案しようとしていたのか、とマツリは呆れるしかない。
リムルが適当なのは元からだが、それが自分の仕事の領域で発揮されるのは困るのだ。
バツの悪そうに笑うパパを見てマツリは思う。
うーん、やっぱりパパって、かなり適当な感じ?
心の中でリムルに対する評価を一段階下げたマツリだが、自分もかなり適当な性格であることには気づいていない。
似た者親子なのだ。
パパがこれじゃあリグルドも大変だろうな、と心の中で労うマツリ。
マツリが普段からリグルドに押し付けている無理難題も大概なのだが、そこは棚に上げる形である。
それはそうと、ハロウィンとは何だろうか?
リムルの説明ではマツリには何も分からない。
ここはユニークスキル『
(シンラ! 教えて!)
《お任せください! ハロウィンとは異世界の行事で……》
(ふむふむ……)
一人で脳内会議に没頭するマツリ。
パパは置き去りである。
「おーいマツリ? マツリさーん? スキルとばかりお話してないでパパともお話しないか? ハロウィンの事ならパパだってちゃんと説明できるぞ?」
もちろん、大賢者さんの言う事をそのまま垂れ流すつもりである。
スキルだって自分の力。
何も恥じることはない、というのがリムルの持論であった。
しかしマツリは既にオトモダチとの会話に夢中である。
そこに横槍を入れたリムルに対する反応は、当然のように冷ややかなものだった。
「……うっさい! ちょっと黙ってて!」
「あ、ハイ」
リムル、撃沈。
畳の上で微動だにせずぷるんと佇む一匹のスライムをただ見つめることしか出来ないのだった。
そんなリムルには見向きもせずマツリは脳内会議を続ける。
待つこと数十秒、マツリは突然ぷるぷるっと動き出した。
なにやら興奮している様子である。
「仮装!? お菓子!? 何それ面白そう! パパ、収穫祭はハロウィンで決定ね! 忘れないでよ!」
「はいはい。分かったよ」
「早速リグルドに教えなきゃ!」
マツリは勢いよくリムルの庵を飛び出していった。
リグルドの困ったような嬉しそうな顔を思い浮かべつつ、リムルは
☆
そして現在。
日が落ちて暗くなった町を、かぼちゃをくりぬいて作ったランタン『ジャック・オー・ランタン』が妖しく照らしている。
大通りを横切るように数メートルおきに建物の間に渡されたロープには『HAPPY HALLOWEEN』と一文字ずつ書かれた旗が道行く魔物を見下ろすように吊られていた。
準備は万端。
町はハロウィン一色である。
「壮観だねぇ」
「そーかんだねー」
ミリムの両肩に乗っかる2匹のスライムが町の景色を眺めて呟く。
壮観の意味など知らないマツリだが、そこはニュアンスだ。
「うむ! そーかんなのだ!」
ミリムもつられて呟いた。
こちらもニュアンスだけで良い気分に浸っている。
リムル、マツリ、ミリム。
今日のお祭りはこの3人で楽しむ予定である。
「じゃあパパ、ミリム! まずは仮装だね!」
「……そうだな」
「レッツゴーなのだ!」
という訳で最初の目的地はあの工房だ。
「いらっしゃいリムル様」
「おう」
出迎えたのはシュナ。
満面の笑みを浮かべるその顔は、肌つやが普段の3割増しとなっていた。
絶好調である。
リムルに合法的に衣装を着せるチャンスという事で張り切っているのだ。
有無を言わさぬ圧力でリムルは連行され、工房の奥へ。
シュナや他の職人たちの黄色い歓声がリムルの向かう先から聞こえてくる。
マツリとミリムは、シュナに連れ込まれていくリムルを笑顔で見送った。
「パパって人気者だよね。俺が来てもあそこまで盛り上がらないし」
「流石はリムルなのだ。私も負けてはいられないな!」
微妙に勘違いなのだが、さすがリムルだと見直す二人なのだった。
「あ、マツリ君にミリムちゃん」
「エレン! 他のおじさん達も!」
工房にはエレン達、ブルムンドの冒険者パーティーもいた。
既に衣装を身に着けて町に繰り出す直前と言った様子だ。
エレンは魔女に仮装していた。
元々魔法使いではあるが、『魔女』に相応しい禍々しい雰囲気の黒を基調とした衣装である。
足元まで隠れる長いマントに尖った帽子。
リムルの記憶をもとにシュナによって再現された魔女のコスプレ衣装なのだ。
普段は白を基調としたローブ(魔国製)を愛用しているので、それとは正反対の色使いだ。
肩にかかる金髪が黒い生地とのコントラストでより一層美しく輝いている。
「可愛いね、エレン!」
「えへへ、ありがとう! でもさすがにマツリ君には負けるよぉ」
ただのお世辞と思い謙遜するエレン。
しかしマツリはその笑顔をさらに輝かせ、臆面もなくエレンに言った。
「そんな事無い! ホントにホント! もうすっごく可愛いんだから!」
「そこまで言われるとさすがに恥ずかしいなぁ……」
ああーっもうマツリ君可愛いすぎぃ!
心の中で大絶叫するエレン。
他にも見ていた者が何名か居たのだが、皆気持ちは同じであろう。
「それにしても、良かったねエレン。ここは中々入れない工房なんだよ?」
「そうなのよぅ! 私はリムルさんのお客さんって事で優先してくれたの。本当に良かったぁ」
シュナお手製の衣服はどれも皆が欲しがる逸品だ。
それを欲しがる魔物がこの工房に殺到するだろうという事は容易に想像がつく。
故に誰にでも開放するわけにもいかず、簡単には入れないようになっているのだ。
リムルとマツリ、そして幹部は顔パスで入れる。
当然、ミリムもだ。
それ以外の住民はどうかというと、入店には審査をクリアする必要がある。
魔国への貢献度の高い者しか入ることが出来ない仕組みだ。
兵士なら小隊の隊長クラス、それ以外の職業ではケースバイケースだが、部下を持ち、現場を仕切るようなレベルの者でないと審査には通らないというのが通例である。
そうして審査に通った上で、さらに予約が必要なのだ。
どれほどこの工房の人気が高いかが分かるという物である。
マツリとミリムは職人のゴブリナ達に囲まれながら衣装をとっかえひっかえして楽しんでいる。
それを側で楽しそうに眺めるエレン。
取り巻きの職人たちは大興奮。
工房の一角はいつも通り、とっても華やかな雰囲気で賑わっている。
一方、静かに着替えを済ませて工房の隅で縮こまるおじさんが3人。
ギド、カバル、そしてフューズである。
華やかさの欠片も無い彼等は、マツリ達とは距離を置いてひっそりとその様子を見守っていた。
「なんだかあっしら、場違い感が凄いでやすねぇ」
「こんだけキレイどころが集まればな……。リムルの旦那にマツリ君、そしてミリムちゃんと、エレンの
「まあ眺めている分には目の保養になりやすよ」
「全くだ。まあ、すぐ隣におっかない顔のおっさんがいて心は休まらないんだがな」
「……貴様ら、せめて俺がいないところで話そうとは思わんのか? まあ気持ちは分かるが」
悪魔をモチーフにした衣装に身を包み、仲良く談笑する。
仮装などに興味はなく、上手い料理と上等な酒さえあればそれで良いのだが、エレンの強い希望によりこの工房に連れて来られていたのだ。
「シュナさんには4人で行くって連絡してあるから! せっかく予約したんだからすっぽかさないでよ?」
ここに来る前にエレンに言われたのがこの一言。
シュナ……つまり魔国の幹部に予定を開けてもらったと、そう言っているわけである。
それを聞いたフューズは眉間を抑え、怒鳴りたくなる衝動を抑え込むように唸り声をあげた。
「おいエレン! 軽々しく他国の重鎮にアポなんぞ取るんじゃない! ブルムンド王国の不利益につながる可能性を少しは考えんのか貴様ァ!」
我慢したが、やっぱり怒鳴った。
そして今、仮装に興じる魔物達をなんやかんやで楽しく眺めるおじさん3人がここに居るのだ。
「どうしたお前ら? そんなに仮装が嫌なのか?」
「リムル殿……また今日も可愛らしいですな」
「お褒めにあずかり光栄だが、可愛いってのはあまり嬉しくないな」
そこへやって来たのは、着替えを済ませたリムルだ。
オレンジ色のワンピースに黒いマントとシンプルな衣装である。
その頭には巨大なかぼちゃ……の形をした帽子? のような何かを被っている。*1
「町にもかぼちゃが沢山飾ってありましたが、ハロウィンとはかぼちゃのお祭りなのですか?」
フューズが問う。
「いや別にそういう訳じゃないんだ。アレはジャック・オー・ランタンと言って、ジャックのランタンという意味だ。まあ諸説あるんだが、俺の元居た世界での古い言い伝えでな? ジャックという男が悪魔と契約して、死んだあと地獄に落ちないように……」
「ちょっと待ってくださいリムル殿。地獄とは何でしょう? リムル殿の居た世界の事は良く分からないもので、すみません」
リムルとしては意外な展開である。
この世界の人間は地獄という概念を持っていないらしい。
「あー、えっとだな、俺の故郷では人が死んだら天国は地獄のどちらかに行くって言う教えがあるんだ。生前善い行いをした者は天国へ、悪い行いをした者は地獄へ行くって事だな」
軽く説明するリムルだったが、当然フューズに分かるはずもない。
魂はどうなる?
悪魔の居る精神世界とは違うのか?
真面目なフューズらしく細かい質問が飛んでくるのだが、そこは大賢者さんのアシストにより完璧に受け答えする。
リムルからすれば、悪魔や精神世界という言葉が逆に初耳なのである。
むしろこの世界では悪魔が実在するのかと驚いたほどだった。
一通り質疑応答を終え、ハロウィンの説明に戻る。
「で、ジャックという男は悪い奴だったんだが、ズルして地獄行きを回避しようとしたわけだ。そしていざ死んだら天国には入れてもらえず、かといって地獄にも行けず、この世と死後の世界の間を彷徨い続けることになってしまう。その時ジャックは悪魔から地獄の炎を貰い、転がっていたカブをくりぬいてランタンを作り、火を灯した……というのがジャック・オー・ランタンの逸話だな」
「えっと、カブなのですか? かぼちゃではなく?」
「なんか長い歴史の中で変わったっぽい。って言うか元々はカブですらなくて、人の頭蓋骨を使ってたという説もあるらしいぞ?」
文化や風習は時代と共に変化するものなのだ。
案外適当なのである。
「ハロウィン、つまり今日は死者の世界との境界が曖昧になって死者の魂が現世に帰ってくると言われる日なんだ。そこで先祖の魂を各家庭で迎え入れて宴をしたりするんだが……現世に戻ってくるのは良い奴ばかりじゃなくて、中には悪霊もいるのさ。こういう悪い霊は現世の人間に悪さをする。そこで現世の人間達は仮装、つまり悪霊のフリをして、忍び寄る死者の魂に気付かれないようにしたという訳だ。ちなみにジャック・オー・ランタンには悪霊を追い払う効果があるぞ」
以上、大賢者調べである。
仮装もかぼちゃのランタンも本来は魔除けの為なのだ。
ここでフューズから重要な突っ込みが入る。
「あのー、リムル殿? ここは魔物の町ですよね。魔除け……してしまって良いのですか? 一応アンデッド系の魔物は見かけていませんし、問題は無いとは思いますが……」
「え? ……あっ」
自分達が魔に属する者であることをすっかり忘れていたリムルであった。
もし本当に言い伝え通りの意味がハロウィンにあるならば、リムル達は祓われる側なのだ。
「ななっな、何を言うかねフューズ君! 僕が語ったのはあくまで元の世界での話だよ? こちらの世界ではそんな魔除けの意味なんてありはしないから問題ない! 楽しければなんでも良いんだ!」
「まあそんな事だろうと思ってましたがね」
苦しい言い訳である。
しかし的を射た言葉でもある。
お祭りとは究極的には雰囲気づくりでしかない。
そこに深い意味などなく、単に気分を上げたり気持ちの整理をつけるのが目的だ。
町の皆が喜び、飯と酒が旨くなればそれで良い。それが魔国のお祭りなのである。
リムルがそんなことを思っていると、人垣をかき分けて小柄な人影がやってくる。
オレンジと紫のドレスに身を包んだマツリだ。
「パパ! 見て見て! 俺もかぼちゃっぽいイメージで服を選んだんだけど、どう?」
「似合ってるじゃないか。ハロウィンっぽさもあって最高だな!」
リムルに褒められたマツリは満足げに笑ってまた着せ替え人形になるべく工房の奥へと戻って行った。
仮装を楽しむマツリとそれを褒めるリムルを見て、全てを察したようにフューズが言う。
「……すべては愛する仲間達の笑顔の為、という訳ですか」
「そう言われるとちょっと気恥ずかしいが、まあそういう事だな」
お祭りに浮かれる者で大騒ぎとなっている工房の中、リムルはしみじみと町に住む仲間達に思いを馳せるのだった。
☆
ハロウィンと言えば、お菓子といたずらである。
トリックオアトリート! と家を訪ねて来た子供に、ハッピーハロウィン! と返してお菓子をあげるというあの有名な風習を、魔国でも再現する。
「じゃあパパ、ミリム。まずはベニマルの家から行くよ!」
「分かったのだ! お菓子を大量にゲットするのだ!」
マツリとミリムの手には大きなかご。
一体どれほどの量のお菓子を貰うつもりなのか。
「それは良いんだが、俺も一緒に行くのか?」
楽しそうな二人とは異なり、リムルは少し気分が乗らないようだ。
「どうしたリムルよ。何か不満でもあるのか?」
「いや、俺は子供じゃないんだけど……?」
ミリムは一体何を言っているんだという顔でリムルを見返す。
どうやらミリムはリムルの事を当たり前のように子供だと考えているらしい。
「オマエ年はいくつだ?」
「一応、1歳」
「見た目は?」
「ちっちゃい女の子だな」
「じゃあ子供ではないか」
「いやでも、中身は大人のおじさんなんだぞ?」
「でもその前世とやらでもせいぜい数十年しか生きておらぬのだろう? ならば十分に子供ではないか?」
「お前の感覚で言うなよ……。人間にとって37年は長いんだぞ?」
「でも今はスライムなのだ」
そもそも
大賢者先生の話によるとミリムは少なくとも数万年は生きているらしいが……
それでもまだ中学生くらいの見た目なので、大人になるにはさらに数千年、あるいは数万年の月日が掛かるのだろう。
一方、リムルの種族はスライムだ。
例えばヒトは一般的に15歳や20歳の節目をもって大人と扱われることが多いが、スライムにそう言った基準があるのかは疑問である。
「じゃあ聞くが、スライムって何歳で大人になるんだよ」
「知らないのだ」
ミリムは真顔で答えた。
「じゃあ大人も子供も無いってことで良いんじゃね?」
「むぅ……つまらぬ奴め。まあ良い、大人ではないのだから、お菓子を貰うのも問題あるまい?」
「いやしかしだな……」
往生際が悪く、うだうだと決断をしようとしないリムル。
見かねたミリムは
(マツリからも言ってやって欲しいのだ)
(オーケー分かった)
軽く思念伝達で頼んでみると、良い返事が返って来た。
「ねぇパパ」
「ん? 何だマツリ?」
「あのさ……俺はパパと一緒にトリックオアトリートやりたいな」
マツリは少し遠慮気味に、上目遣いでリムルを見つめながら言った。
「よし行くぞ。まずはベニマルの家だったな」
次の瞬間にはリムルはマツリの手を引いて歩き出していたのだった。
効果はばつぐんである。
(マツリ、ありがとうなのだ)
(お安い御用だよ、ミリム)
ふふふと笑い合うマツリとミリム。
颯爽と道の真ん中を歩くリムルを、半歩後ろからチョロいなぁと思いながら眺めるのだった。
☆
「お兄さま。お菓子の試作品を作ってみたのですが、ちょっと味見をお願いします」
「おう、任せろ」
収穫祭の日の少し前のこと。
ベニマルが家に帰るとシュナが様々な種類のお菓子を用意して味見を頼んできた。
シュナの作るお菓子なら美味しいに決まっているのだが、ここは兄として頼られてやろうという気持ちでベニマルはその頼みを承諾した。
というか、甘党のベニマルがシュナのお菓子を食べるチャンスを逃すはずがないのである。
ベニマルはクッキー、チョコレート、キャンディなど、かごに入れられた雑多なお菓子から適当なものを取り出し、口に含む。
「ほう、これはうまいな!」
「それは良かったです。マツリ様やミリム様に召し上がっていただく予定なので、失敗は出来ないのです」
「そうか……。まあ、俺にできることと言えば味見くらいだが、いくらでも頼ってくれ」
「はい! お兄さま」
それ以来、ベニマルはシュナが自宅に持ち帰るお菓子の味見を任されるようになった。
甘党のベニマルはシュナの試作品を真っ先に味わえるとあって大喜びである。
マツリやミリムを差し置いてその甘味を味わう事に少し罪悪感があったが、それもシュナのお菓子を食べられる幸福に比べれば些細な事だった。
そして、収穫祭当日。
ベニマルが農場から家に帰ると、机の上にはかご一杯のお菓子。
これはシュナの試作品か?
シュナはどこかに出かけているようだが……また味見を頼まれているのだろう。
ベニマルは疑いもせずにお菓子を食べ始めた。
「このクッキーは蜂蜜を使っているのか……随分と豪華な。こっちのチョコレートも気合が入っているな。今日はいつもより一段と美味しいぞ。シュナが帰ったら思い切り褒めてやらないとだな」
毎日のように味見をしてきたベニマルだから分かる。
今日のお菓子は素材からして違う。
普段味見しているものより圧倒的に美味しいのだ。
あっという間に全て食べ終え、木版にお菓子を味見した感想を丁寧に書き込んでいく。
「うん。妹のお菓子作りの腕が上がっているようで何よりだな。素材集めも順調のようだし、今後が楽しみだ」
そう満足気に呟いたベニマルは、お祭り用にシュナに仕立ててもらった衣装に着替えるのだった。
そして意気揚々と町に繰り出そうとした……まさにその時。
家の呼び鈴が鳴った。
「誰だ? お祭り当日だというのに」
ベニマルがドアを開けると、そこにはリムル、マツリ、ミリムの3人組。
仲良く仮装して期待に満ちた瞳でベニマルを見上げている。
そして開口一番。
「「「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」」」
ベニマルは意味も分からず固まってしまった。
トリックオアトリート? お菓子? いたずら?
いきなり何を言い出すんですかリムル様?
そんな思考が頭を駆け巡り、顔は困惑の表情だ。
なんとなく事情を察したリムルがすかさずフォローを入れる。
「おいベニマル、リグルドから話聞いてないのか? ハロウィンのイベントで子供にお菓子をあげるんだぞ?」
「いやそんなことは……いえ、聞いてますね。しかし俺は当日は家に居ない予定でしたし無関係なものかと……」
「いやいやいや、マツリとミリムが家を訪問して回るんだぞ? その辺の家庭にいきなり行ったら大騒ぎになるだろうが。俺達3人が訪ねるのは幹部の家だけだよ」
「そうでしたか。しかしすみません、こうなるとは予想していなかったので、お菓子など用意しておらず……」
「え?」
今度はリムルが驚いて固まってしまった。
「どうしたんですリムル様?」
「いや、シュナはお菓子の用意は抜かりありませんって言っていたんだが……本当に無いのか? お菓子」
「……まさか!」
ベニマルは全てを理解した。
シュナから味見を頼まれていたお菓子は、今日マツリ様とミリム様に用意するお菓子の試作品だったのだ。
そして今日家においてあったお菓子は『本番用』だったという事だろう。
豪華で美味しいのも当然である。
(リムル様!)
(うおっ! どうしたいきなり!?)
ベニマルは全力の思考加速を施しつつ、リムルへと思念伝達で話しかける。
(お菓子……試作品だと思って全部俺が食べました)
(はぁ!? おい、それ本当か!? ドッキリとかじゃなくて!?)
(マジです。もう一つも残ってません)
(おい、どーすんだよ! やっぱりお菓子はありませんってマツリに言うのか!?)
(俺から言うのはちょっとアレなんで、ここは父親であるリムル様から言っていただければと……)
(ふざけんな! どう考えてもお前の責任だろーが! お前が言え! そんでマツリに怒られろ!)
(ああっ、待ってくださいリムル様)
強制的に思念伝達は打ち切られた。
思考加速をしていたので、僅かゼロコンマ数秒の間の出来事である。
時間が止まったような世界の中、目の前にはキラキラと目を輝かせてベニマルを見つめるマツリとミリム。
お菓子は全て自分の腹の中。
ハッキリ言って、詰みであった。
思考加速を解き、覚悟を決めたベニマルが言う。
「お菓子は……無いんです。すみません」
深く頭を下げ、誠心誠意謝罪する。
主のお菓子を勝手に食べたとなれば不興を買うのは間違いないだろう。
自分が悪いのだから、どんな責めも甘んじて受けよう。
そんな覚悟を籠めた一言だった。
しかし返って来たのは以外にも楽しそうな声だった。
「じゃあいたずらだね!」
「うむ。死なない程度に可愛がってやるのだ! リムルも来るだろう?」
「あっ、俺はいいや。後でいたずらするから」
マツリは天真爛漫に瞳を輝かせて。
ミリムは好戦的な笑顔で。
そしてリムルは何かを企むような悪い顔で。
それぞれがベニマルへの『いたずら』宣言を行ったのである。
「じゃあ俺たちはもう行くから。楽しみに待ってろよ!」
こうしてリムル達は去って行った。
他の幹部たちの家を訪問して回るのだろう。
もうベニマルの事は眼中に無いようだ。
──あれ? 俺、助かった?
などと安堵するベニマルだったが、当然助かってなどいない。
マツリはともかく、ミリムには戦闘訓練で半殺しにされるだろうし、リムルからは陰湿な嫌がらせを受けるに違いないからだ。
しかしそんなことも分からなくなるほどに動揺していたベニマルは爽やかな笑顔でリムル達を見送るのだった。
☆
後日。
最初に『いたずら』を仕掛けてきたのはミリムだった。
「よしベニマル、約束通り今から戦闘訓練をするのだ」
「命だけは取らないでくださいね……」
「うむ! フルポーションも沢山用意しているから心配いらないのだ!」
「いたぶる気満々じゃないですか」
何度死ぬかと思ったか分からない程の過酷な訓練は、三日三晩に及んだという。
さらに別の日。
今度はリムルの『いたずら』だ。
「ああベニマル。今日から一週間シオンが料理の特訓をするんだが、その味見係にお前を推薦しといたから。ちゃんと付き合ってやれよ?」
「ええ!? 一週間俺にあの料理を食えと!?」
「ああ。もともとシオンの料理の事はお前に一任してただろ? だったら今まで通りじゃないか。せいぜい頑張れよ」
「ちょっとぉ! これはあんまりですよぉ!」
リムルのいじわるな笑顔をこれほど憎いと思った日は無かったと、後になってベニマルは語った。
ミリム、そしてリムル。
単なる『いたずら』だと思って軽く見ていたが、その内容は想像を絶するほどの過酷さである。
そうなると最後の一人、マツリからの『いたずら』も生半可なものではないはずだ。
ベニマルは今後自分に降りかかるであろう苦難を想像して憂鬱な日々を送ることになる。
そしてある日。
ベニマルが食堂で昼食を摂っていると、マツリと相席になった。
ニヤニヤと何かを企むような表情。
一発で『いたずら』の実行日なのだとベニマルは直感した。
「ベニマル、お菓子あげる」
唐突にそう言いだすマツリ。
手にはどこから取り出したのか、一枚のクッキーが。
「それを、俺に?」
「うん、あげるよ! ほら、口開けて」
「えっと、こうですか?」
あーんと口を開けてベニマルは待機する。
あのクッキーに一体どんな罠が……まさかシオン作か!?
平静を取り繕いつつも内心は何をされるのか不安でいっぱいある。
ゆっくりとマツリの手が近づいてくる。
しかしその手につままれたクッキーがベニマルの口に触れるという所で、マツリの手は急に方向転換。
マツリはそのままひょいと自分の口にクッキーを入れ、えへへと笑った。
「残念でしたー! クッキーは俺が食べちゃった!」
いたずら成功! と言わんばかりに笑うマツリ。
まさかこれが『いたずら』なのだろうか?
「あの、これって、ハロウィンの『いたずら』ですか?」
「そうだよ? 色々考えたけど、お菓子が好きなベニマルにはこれが一番だと思って」
美味しいお菓子をくれると思わせておいて、直前で自分が食べる。
たったそれだけの事である。
それを可愛いマツリがやるとなると、もはやご褒美以外の何者でもない。
いたずらの内容まで可愛いなぁ、俺の主。
そう思わずにはいられないベニマルだった。
そして翌日。
「ってなことがありまして。いたずら成功を喜ぶマツリ様はそれはそれはお可愛らしかったですよ」
「おまっお前!? なんて羨ましい事されてるんだよ!」
ベニマルは早速リムルへの報復とばかりにこの出来事を報告。
膝から崩れ落ちて悔しがるリムルの姿を見れば、シオンの料理の刑を喰らった鬱憤も少しは晴れるというものであった。
ベニマルとリムルの関係が好き。カップリングという意味ではなく。