転生したら子供が出来た件   作:座右の銘

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ジュラの冬

 季節は移ろい、ジュラの森に冬がやって来た。

 草は枯れ、樹木は葉を落とし、ひんやりと冷たい風が町を吹き抜ける。

 冬の本番はまだこれからだというのに、もう春が待ち遠しくなるような天気である。

 

 しかし魔物たちは動じない。

 何故ならここは、リムル監修のもとに作られた先進的な都市だからだ。

 

 魔物達が住む家は気密性が高く、ストーブに火を入れれば建物の隅々まで温かくなる。

 蛇口には刻印魔法を忍ばせてあるので魔力がある限り温水が使い放題。

 

 本来であればゴブリンの住居といえば簡素な掘っ立て小屋でも上出来と言えるレベルなのだが、この町の住宅の居住性はもはや上級貴族が住むような屋敷の水準すら超えている。

 さすがにリムルが居た現代日本の技術には遠く及ばないものの、この世界の技術レベルからは考えられない程に高度な技術を惜しみなく投入しているのだ。

 そんな時代の最先端を行く町が、中央都市リムルなのである。

 

 町の最奥には、小さな小屋が一件、隠れるように建てられている。

 その名も『リムルの庵』。

 ジュラの森大同盟の盟主にしてジュラ・テンペスト連邦国の国王でもある、リムル・テンペスト陛下のご自宅である。

 

 朝の冷たい空気が肌を刺す早朝。

 そのリムルの庵にて、マツリはまるで汚物を見るような目でリムルを見下していた。

 

「パパがダメ人間になった……」

 

 視線の先には床に横たわるリムル。

 首から下が真新しい炬燵(こたつ)にすっぽりと覆われ、首から上はだらけ切った間抜けな表情を晒している。

 こたつの魅力に抗えずに囚われてしまった哀れなスライムがそこにいた。

 

「ねぇパパ。今日は午前中に会議するんでしょ? 冬のお祭りの話もするんだからその変な机にこもってないで早く出て来てよ」

「変な机とは何だ。これはこたつといって、由緒正しい冬の風物詩なんだぞ? カイジンに頼んで作ってもらった最高級の一品だ」

 

 こたつから顔だけ出したままどや顔を決めるリムル。

 誰が見ても滑稽なその寝姿には、国王としての威厳など欠片もない。

 はあ、とため息を吐いてマツリが言う。

 

「こたつが凄いのは分かったから、早く行こう」

「いいや分かってないな。お前はこたつの素晴らしさを知らないからそんなことが言えるんだ」

「……こたつとは床や畳床等に置いた枠組み(炬燵櫓(こたつやぐら)、炬燵机)の中に熱源を入れ、外側を布団等で覆って局所的空間を暖かくする──」

「おい、それオトモダチに言わせてるだろ。ズルすんな! シンラか? シンラだろお前?」

「エイコです」

「そうかエイコだったかぁー。って、どっちでも良いんだよ!」

 

 いつも大賢者さんを使い倒してどや顔しているリムルだが、いざ自分がやられる側になるとムカつくらしい。

 

「もう良い! とにかく入ってみろ! そうすれば分かるから」

「しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ?」

 

 マツリは呆れながらもこたつに足を突っ込み、そのままリムルの隣に寄り添うように座る。

 足先からじんわりと温まる感覚。

 魔晶石による熱源はカイジンによって絶妙な温度に調整され、冬の寒さで冷えた体に得も言われぬ心地よさをもたらすのだ。

 

「どうだ? 心地良いだろう?」

「……まあ、それなりに、ね」

 

 そっけない返事ではあるが、マツリは心の中で素直に感心していた。

 確かにこれは暖かくて気持ち良い。

 リムルのように入り浸るのは良くないと思いつつも、素晴らしいものであることは認めざるを得なかった。

 

「みかんもあるぞ。はい、あーん」

「んむ。美味しいね」

「だろ? こたつとみかんは最強の組み合わせなんだよ」

「もっとちょうだい」

「ああ、ちょっと待ってろ……はい、あーん」

 

 こうなればもう親子の団欒の時間である。

 温かいこたつと美味しいみかん。

 リムルの言う通り、最強のシチュエーションだ。

 

 リムルがみかんの皮をむく。

 マツリが食べる。

 一つ食べ終えれば、かごからもう一個とって皮をむく。

 マツリが食べる。

 もう一個……

 

 無心で食べ続け、あっという間にかごは空になってしまった。

 リムルとマツリは空になったかごをじっと見つめる。

 

「パパ、みかん無くなっちゃったね」

「そうだな。確か予備は食堂にあるから取ってきてくれないか?」

「えー? パパが行ってきてよ」

「……」

 

 顔も身体も緩み切った様子でこたつの天板に体を預けているマツリが、気だるげに言った。

 その様子を擬音で表すなら『ぐでーん』と言う感じ。

 みかんは食べたいけど、ここから出たくない。

 マツリの顔にはっきりとそう書いてある。

 

「マツリ、お前……」

「いや別に、こたつが温かくて出たくないとかじゃないよ?」

「いや別に、こたつから出たくないんだろ? って聞こうとした訳じゃないんだけど?」

「……あれ?」

 

 マツリは目をぱちくりさせて驚いている。

 ついさっきまでこたつに入り浸るリムルを怒っていたのに、今は自分もこたつから出られなくなっている。

 つまり、ミイラ取りがミイラなってしまったことに気付いたのだ。

 

 マツリは開き直った。

 

「……こたつさいこー」

「どうした急に!?」

「もうずっとここに住む……」

 

 こうしてマツリは見事にこたつの虜になったのだった。

 その蕩け切った顔はリムルと瓜二つである。

 

「やっとお前もこたつの良さが分かったか」

「うん」

 

 こたつの天板に頬杖をついてくつろぐマツリをリムルが優しく撫でる。

 身も心もぽかぽかと温まる、緩やかな時間が流れる。

 

 わびさびを感じさせる落ち着いた雰囲気の和室の中、のんびりとこたつに籠る。

 そして隣を見れば可愛いマツリ。

 ここが天国かな? と緩んだ頭でぼんやり考えるリムルだった。

 

 ………………

 …………

 

 数時間後。

 リムルとマツリは微動だにせずにこたつの前に座っている。

 

「……ねぇパパ。今日って午前中に会議だったよね」

「ああ……そうだったな。そろそろ行くか?」

「5分後にしない?」

「それ5分前にも聞いたな」

 

 二人はもそもそとこたつから這い出し、会議室へ遅れて向かう。

 

 いつもの会議室には既にリムルとマツリ以外の全員が着席していた。

 扉を開けると一斉に注がれる、尊敬と敬愛の眼差し。

 遅刻したことを責める者はおらず、全員が起立してリムルとマツリを迎えた。

 

 遅れて会議室にやって来たリムルは偉そうに上座の席に座り、マツリがその横に座る。

 そしてやはり偉そうにリムルはこう言った。

 

「さて諸君。収穫祭からも日が経ち、随分と寒くなってきたな。いよいよ冬将軍の到来という訳だ」

 

 冬将軍。

 厳しい冬の寒さを将軍に例えて呼ぶ言葉である。

 

「冬……将軍? それは一体どのような……? この町に危険があるようなら俺が対策を練りますが」

 

 ベニマルが反応した。

 言葉の意味は分からないが、将軍、そして到来というワードに危機感を感じたのだろう。

 さすがはこの町の軍事を司るトップである。

 

 ──しまった。この世界に冬将軍なんて言葉、無いんじゃね!? 

 

 慌てるリムルだが、もう遅い。

 ベニマルの発言を皮切りに幹部達がざわめきだしている。 

 

「す、すまん、今のは忘れてくれ! お前らを心配させるつもりは無かったんだ」

「いえ、リムル様が気に病む必要はありません。俺達を頼ってください」

「そうです! 冬将軍とやらが何かは知りませんが、私の剛力丸の錆にして差し上げましょう!」

 

 リムルが咄嗟に訂正するも、ベニマルやシオンがやる気満々になってしまっている。

 その勢いに押され、他の幹部達も……

 

「違う違う! 冬将軍って言うのは言葉の綾でな? 冬の寒さを将軍に例えて──」

「白々しいですよリムル様。貴方は我らの主なのですからどんと構えていてくだされば良いのです。この程度で怯える我々ではありません!」

 

 シュナにさえこう言われる始末。

 

 ──ええい、もうどうにでもなれ! 

 

 リムルは諦めた。

 ほんの少しの失言がここまで配下に影響を与えるとは想定外である。

 これからは言葉に気を付けようと、今更ながら思うリムルだった。

 

 ☆

 

 さらに月日は流れ、冬本番。

 とある団子屋でリムルとハクロウがのんびり茶をすすっていた。

 

「温かい茶が体に染みますのう。老いぼれた体にこの寒さは堪えますじゃ」

「何言ってんだよハクロウ。今朝の訓練も容赦なく皆をシバいてたじゃねーか。テンペスト中にその名が轟く鬼教官が冬の寒さごときに負けるもんかよ」

「ほっほっほ、買いかぶりすぎですわい」

 

 マツリとミリムはいつものように森に遊びに出かけている。

 これといって急ぎの仕事も事件も無い。

 穏やかな時間である。

 

 リムルが封印の洞窟を出てからしばらくは目の回るような忙しさだったのだが、いよいよ安定した暮らしを実現しつつあるのだ。

 衣食住、その全てに死角はない。

 ブルムンド王国からの冒険者であるエレンも太鼓判を押してくれている。

 

「本当にこの町は凄いわよぅ。まだ出来たばかりの町なのに、サリオンの高級旅館にも匹敵する快適さだもん!」

「サリオン? どこだそこ?」

「あっ、えーっと……昔仕事で行ったことがあってねぇ……魔道王朝サリオンっていう、大きな国なの」

 

 何故か挙動不審になるエレンだったが、リムルは気にも留めなかった。

 要はこの中央都市リムルが素晴らしい町だという事なのだから、素直に喜んでおけば良いのである。

 

 ハクロウが静かに茶をすすり、リムルが新作のだんごを一つ頬張る。

 

「いやぁ、平和って素晴らしいねぇ」

「その通りですな。指南役としては実戦の機会が無く、少し残念ではありますがの」

「まあそう言うなって。戦わずに生きて行ければそれが一番だろう?」

「ふぅむ、平和主義のリムル様らしいですのぅ。わしにはそのような生き方なんぞとてもとても…………。む? この気配は」

「マツリが帰ったみたいだな」

 

 のんびりおやつタイムを続ける二人だったが、そこへ猛スピードで近づいてくる大きな気配。

 どうやらマツリとミリムが町に帰ってきたようだ。

 

 その足で地面を抉りながら駆けて来たのはミリム。

 遅れてマツリも顔を見せる。

 

「ねぇパパ! 何か白いのが空から降って来た!」

「わーっはっはっは。この程度で驚くとはマツリもまだまだ子供なのだな。ただの雪ではないか!」

「俺はまだ子供だよ? 0歳だもん」

「うむ、そうだったな! わーっはっはっは!」

 

 魔力感知で空を確認してみると、確かに雪が降っていた。

 リムルがこの世界に生れ落ちてから初めての雪である。

 

「おおー、雪じゃないか。ジュラの森にも降るんだな」

「本当ですな…………。これはのんびりと茶をすすっている場合ではありませんわい。ワシはこれにて帰ります。リムル様もお気をつけて」

「お、おう。雪くらいで大げさだな」

 

 雪が降るのを見たハクロウが突然帰ると言い出した。

 少し慌てた様子でだんご屋を去って行くハクロウを、リムルは怪訝な顔で見つめる。

 

 そんなリムルを、マツリが見つめる。

 

「パパ?」

「いや、なんであんなにハクロウが慌ててたのかなーって不思議でさ」

「雪が好きなんじゃない? いっぱいあるから、切り放題!」

「あははっ、ハクロウならやりかねないな」

 

 ハクロウを見送ったリムルは、今度はマツリとミリムに連れ出されることに。

 ミリムに腕を(途轍もない力で)引かれて町の外へと駆けていく。

 

「ところでパパ。雪って何?」

「何って、これが雪だよ。空から降ってくる氷の粒だ」

「これは雨じゃん」

「違う。雨は水だろ? 氷の粒が降ってきたら雪って言うんだ」

「ふーん。ちょっと待ってて…………」

「…………」

 

 マツリが急に黙り込む。

 脳内のオトモダチと会話するのに忙しいのだろう。

 

 そして結果は。

 

「パパ、やるじゃん」

「答え合わせお疲れさん。でもな、マツリ。そう言うのは本人がいないところでやってくれないか? 信用されてないみたいでちょっと傷つくんだが」

「いつも適当なこと言ってるパパが悪いんだよ」

 

 マツリは悪びれもせずに言い切った。

 これにはリムルも苦笑いだ。

 

 町の外、開けた平野に出ると、そこはに一面の銀世界が広がっていた。

 見渡す限りの白。

 誰も足を踏み入れていない、まっさらな雪原である。

 

「おー、これは凄いな!」

「そうなのか? いつも冬はこうなるではないか。白いだけで面白くもなんともないのだ」

 

 最年長のミリムは見飽きているようだが、雪国出身でもないリムルにとっては珍しい光景なのだ。

 一面の雪景色など、スキー場くらいでしかお目にかかったことが無いのである。

 

 そして、やはり生まれたばかりのマツリは大いにはしゃいでいる。

 

【挿絵表示】

 

「パパ! 雪! 全部雪になってる!」

 

 居ても立ってもいられず、リムルの手を引いて駆け出した。

 雪を掬い取って投げてみたり、蹴り上げてみたり。

 無限に広がる新雪を想うがままに堪能する。

 

「マツリ、こうやって雪を転がすと大きな塊になるぞ。そしてそれを重ねて人形を作れば……雪だるまの出来上がりだ!」

「おーすごい! 俺もやる!」

 

 雪だるまづくりが始まった。

 

「結構大きくなったなぁ」

「俺より大きいね」

 

 いつしか雪玉はマツリの身長を超えて大きくなっていた。

 普通はこんなに大きな雪玉は転がすことが出来ないのだが、そこは魔人の力でゴリ押しだ。

 

「うわ、そろそろ壊れそうだよ?」

「流石にやりすぎたか? 所詮は雪の塊だし、球体のまま大きくするには限度があるか」

「ならば魔素で固めれば良いのではないか?」

 

 助言をくれたのはミリムである。

 最初はつまらなそうに雪原を眺めていたが、楽しそうに遊ぶリムルとマツリを見て気分が乗って来たらしい。

 

「魔素で雪を固める? そんなことが出来るのか?」

「さぁ? 何となくだが、出来るのではないか?」

 

 確信は無かったようだ。

 

「じゃあさ、スライムの体をしみこませれば良いんじゃない?」

 

 マツリは雪玉に手を当てると、そのままスライム細胞の注入を開始する。

 スライムの体は無限に増やせるので、こんな芸当も可能なのである。

 

「よし出来た! まだまだ行けるよ!」

「マツリの細胞を取り込んだ雪だるまとか、なんか大変なことになりそうな気がするんだが……」

「やってしまったのだから良いではないか! ワタシも手伝うのだ!」

 

 黙々と雪玉を転がすこと数時間。

 ついに完成した雪だるまは、ゆうに5メートルを超える高さに達していた。

 

「出来た……」

「良くやったな、マツリ!」

 

 マツリとミリムもご満悦。

 

「よし、じゃあ帰るか。今日は遅いから明日また見に来ような」

 

 満足気に平原を後にするリムル達。

 そんな彼らの後ろ姿を追いかけるように雪だるまの首が動いているのだが、そのことにリムル達が気づくことは無かった。

 

 ☆

 

 翌朝。

 

「ねぇパパ。朝の時間なのに外がまだ暗いよ?」

「ああ、本当だな。どうしたんだ?」

 

 リムルの庵の中、布団からぷよぷよと這い出した2匹のスライムが、異変に気付く。

 顔を見合わせるマツリとリムル。

 といってもスライムに顔など無く、ただ2つの丸いぷにぷにが並んで佇んでいるだけなのだが。

 

 人型になったリムルが外の様子を確認する。

 障子を開いた隙間から見えてきたのは、白一色。

 見えるはずの庵を取り囲む塀が見えない。

 

「え……? コレもしかして、雪か?」

「雪だね」

 

 雪である。

 高さが2メートルほどの。

 

「おいおい嘘だろ……? こんな雪じゃ生活もままならないぞ!?」

「うわぁ、何個雪だるま作ればいいの?」

「そういう問題じゃない!」

 

 慌てて幹部達を招集し、対策会議である。

 町の最奥に位置する執務館の会議室にて、会議が始まった。

 

 集まった幹部達にリムルが問いかける。

 

「見ての通り大雪だ。ジュラの森ではこれ位普通なのか?」

「それなりに雪の降る地域ではありますが……一晩で2メートルとは経験がありませんのう」

「ハクロウが知らないとなると、ここ300年で一度も無いって事か?」

「そうなりますじゃ。何日かかけてこの様な高さに積もることはありますが、一晩ではせいぜい膝の高さくらいまでしか積もったことはありませぬ」

 

 どうやら正真正銘の異常事態のようである。

 険しい顔で答えるハクロウに、マツリがキラキラと輝く視線を向ける。

 

「珍しいってこと?」

「そうですじゃ。こんな大雪、ワシも一度も見たことがありませんぞ」

「じゃあ雪のお祭りしなきゃだね! リグルド、お願いね!」

 

 こんな時でもマツリは平常運転であった。

 雪が降って子供がはしゃぐのは異世界でも同じなのだ。

 しかし大人は困るのである。

 

「マツリ様、雪のお祭りを開催することに異論はないのですが……まずは雪かきを済ませなければいけませんな」

 

 リグルドが困りながらも優しく諭した。

 幹部達もそれはそうだとうなづいている。

 

「ああ。まずはこの雪を何とかしないとな。皆家から出られずに困ってるだろうし、異常気象の原因も突き止めないといけないからな。お祭りはその後って事で」

「ええー」

「ええーじゃない! 今回はマジでヤバいんだからな!」

 

 興奮するマツリをリムルがどうにか宥め、雪かきと異常気象の原因究明が急務であるという事で話はまとまった。

 問題はその方法だが──

 

「じゃあまずはこの雪を何とかしよう。積もるペースも相当だから、生半可な方法じゃ無理だぞ。……ベニマル、ガビル、頼めるか?」

「勿論です」

「任せるのである!」

 

 ベニマルの黒炎獄(フルフレア)、ガビルの黒炎吐息で雪を蒸発させれば行けそうである。

 強力な魔物にとってはこの程度の雪などどうという事も無いのだ。

 

 雰囲気は楽勝ムード。

 久々に大技を繰り出せるとあって、ベニマルとガビルは嬉しそうだ。

 しかし、いざ雪かきに向かおうと2階の窓から執務館を出た途端、ソウエイの表情が曇る。

 

「リムル様。この異常な降雪の原因を突き止めました。新たな魔物の出現し、その魔物が異様な寒気と雪をもたらしている模様です」

「本当か!? そいつは何処にいる?」

「町の南、数百メートルほど先にある平原です」

「よし分かった! そこに向かうぞ!」

 

 雪かきは一旦保留。

 異常気象をこの地にもたらす悪しき魔物の討伐へと動き出す。

 

 ☆

 

 ソウエイに案内され、リムル達は平原に居た。

 出撃の勢いは何処へやら、皆一様に足を止めて呆然と立ち尽くしている。

 

 彼らの視線の先に見えるのは、巨大な雪像。

 丸い雪の塊を二つ重ねたような形状で、上の雪玉には顔のような模様が刻まれており……要するに雪だるまであった。

 うっすらとオレンジ色のオーラを纏っているのは、誰かさんの細胞を取り込んだせいだろう。

 

 つまりこの大雪の原因はリムル達が作った雪だるまなのであった。

 

「おいマツリ」

「……何?」

「これ昨日作った雪だるまだよな」

「立派に育ってくれて俺は嬉しいよ?」

 

 そう、成長している。

 作った時は5メートルほどだった高さが、今は20メートルを超えていた。

 今も周囲の雪を取り込んで強大化している。

 

「これは……冬将軍?」

「そうか、これが……!」

「流石リムル様が警戒するだけの事はある。あの冬将軍とやら、とんでもないエネルギーを秘めているぞ」

 

 臨戦態勢に入る幹部達。

 かつてリムルがうっかり口にした『冬将軍』と言うワードが、目の前に鎮座する謎の巨大雪だるまと結びついてしまったようだ。

 マツリの細胞を取り込んだだけあって確かに強いし、冬の寒さの具現化としてはこの上ない完成度である。

 ベニマル達が勘違いするのも無理は無かった。

 

「パパ、違うって言わなくていいの?」

「なんかもうめんどくさくなった。この世界ではあれが冬将軍って事でいいや」

 

 この世界における冬将軍とは、雪だるまを指す。

 今リムルがそう決めた。

 

「おいお前ら! こいつの相手は俺がする! っていうか、アレは俺とマツリが昨日作った雪の像でな? ちょっと魔物化しちゃっただけなんだ。すぐに片付けるからそこで待ってろ」

 

 リムルはそう言ってマツリを連れ出した。

 雪だるまに近づくにつれ、気温が下がって行く。

 視界は吹雪に覆われて白一色。

 ホワイトアウトと呼ばれる状態だ。

 魔力感知と熱変動耐性が無ければ近づくことすら難しい。

 

 そんな極寒の吹雪の中を、リムルとマツリは何のことも無いように歩いて進む。

 

「今からこいつを壊すけど、良いよな?」

「え……? 嫌だ」

「でもこいつが居ると大雪でみんなが困るんだぞ?」

「やだやだやだ!!」

「なあマツリ、お願いだからパパの言う事聞いてくれないか?」

「やーだー!」

 

 癇癪を起こすマツリ。

 こうなってしまうともう手が付けられない。

 

 結局、リムルが折れた。

 

「はぁ、仕方がない。あの雪だるまは残すことにしよう。ただし、お前の細胞は回収しろよ?」

「うん……それならいい……」

 

 マツリはとぼとぼと歩いて雪だるまに向かう。

 並みの魔人では近寄れない程の冷気に包まれるが、そんなものはお構いなしだ。

 

「ごめんね、俺の細胞取っちゃうけど、壊れないでね」

 

 雪だるまに手を当て、スライム細胞を回収しようとするマツリ。

 しかしここで予想外の事態に直面する。

 

「あれ……? 取り込めない?」

 

 スライムであるマツリは、普段ならちぎった細胞はつなげれば吸収できる。

 しかしこの時に限っては触れた細胞が言う事を聞いてくれなかったのだ。

 

 マツリは仕方なく強制的に取り込むことにした。

 結果として雪だるまは無事にその形を保ち、細胞の回収は成功する。

 なんとなく違和感を感じつつも、マツリはリムル達への下へ戻って行った。

 

「終わったか?」

「うん。でもなんか俺の体じゃなくなっちゃったみたい」

「え? それってどういう……」

「分かんない」

 

 何はともあれ、一件落着である。

 空を見上げれば雲の切れ間から青空がのぞき、周囲を覆っていた異様な冷気も薄れていく。

 

 視界が開けると同時に見えるのは、幹部たちの笑顔。

 流石はリムル様です! というシオンの声が静まりかえった雪原に響き渡る。

 

「終わったな。俺が作った雪像のせいで迷惑かけたな。さあ、帰ろう」

 

 異常事態を収拾し、皆で町に帰還する。

 真っ白な平原を歩く中、リムルの耳に聞こえてくるのはこんな会話である。

 

「見事な冬将軍でしたね」

「私も冬将軍を作ってみたいです」

「雪で作る像、冬将軍であるか。魔物化するのは困るが、その佇まいは中々に乙なものであるな」

 

 時々振り返っては巨大な雪だるま……冬将軍を眺める幹部達。

 リムルとマツリが直々に作ったとあって、大好評である。

 ここでリムルがある事を想いつく。

 

「そんなにあの雪だるま……冬将軍を気に入ってくれたならさ、あそこで冬将軍を眺めながら宴なんてどうだ? 真っ白い雪原の中で飲む酒も旨いんじゃないか?」

「それは良いですな! 我輩達も最上級の冬の舞を披露」

「しなくて良い!」

「ガーン!」

 

 リムルの宴宣言により、色めき立つ幹部達。

 こうして魔物の町を襲った異常気象は解決したのだった。

 

「ねぇパパ、この子にも名前付けてあげようよ。ゆっきーとかどう?」

「いやいや、雪だるまにゆっきーは安直すぎだろ」

「じゃあ何だったらいいの?」

「こんなのはその場のノリで良いんだ。今俺は宴のことで頭がいっぱいだから、『ウタゲ』とかで良いんじゃないか?」

「あー、俺もそんなノリで名付けられたんだ……。その時の光景が目に浮かぶ」

「はっはっは、過ぎたことを気にするもんじゃないぞ? 良い名前だし何の問題も無い。……ところでマツリ、お前の後ろに立ってる女の子は誰だ?」

「誰って……ウタゲちゃんだよ? 折角名前付けてあげたのにひどくない?」

 

 しれっとリムルの後ろを歩いていたのは、純白の肌と髪を持った、リムルと瓜二つの美少女。

 黄金の瞳がじっとリムルを見つめていた。

 

(おいおいおい何だこの状況!? すげー既視感があるんだけど!?)

 

【挿絵表示】

 

 そしてリムルがその少女の存在を認識した途端、体から魔素がごっそりと抜けていくあの感覚。

 あっ、やっちまった。

 後悔する暇もなく、リムルは深い眠りへと落ちてゆく。

 

 ベニマル達は強烈な既視感を感じながらその様子を見つめていた。

 スライム姿に戻り、溶けるリムル。

 そしてその傍に立っているのは見知らぬ魔人。

 

 ベニマルが恐る恐るマツリに話しかける。

 

「マ……マツリ様? この魔人は一体……」

「なんか、雪スライムって言うらしくて? 雪の魔物として昨日の夜生まれたんだって。俺の細胞を回収したと思ったら新しい魔物になってたんだよね。つまり、パパの新しい子供で、俺の妹!」

 

 それは突然変異であった。

 雪スライムという新たな種の魔物がこの世界に誕生した瞬間である。

 

 ☆

 

 さらに3日後。

 リムルの庵には布団で寝込むリムルと、その寝姿を覗き込む二人の子供がいた。

 

「ウタゲ、もうすぐ起きるからね。最初の一言は分かってる?」

「うん、お兄ちゃん。初めまして、パパ! だよね?」

「そうそう! ちゃんとやるんだよ」

「分かった」

 

 マツリの念押しにこくりとうなづいて返すウタゲ。

 リムルとの再会を布団の横でじっと待つ。

 

 そして、その瞬間は訪れた。

 

「あれ? 俺は一体……?」

「あ、パパ起きた?」

「おう、マツリか。ん? その子は誰だ?」

 

 マツリは肘でウタゲの脇腹をつんつんと突く。

 そしてウタゲは満面の笑みを浮かべ。

 

「初めまして、パパ!」

「へあぁ!!?」

 

 冬の町に響き渡る、リムルの素っ頓狂な叫び声。

 いつか封印の洞窟内に響いたあの声と全く同じである。

 

 リムルの視界に映るのは、にやにやと笑う二つの顔。

 一つは良く知る自分の息子。

 そしてもう一人は……? 

 

「なあマツリ。なんだか記憶が曖昧なんだが……俺は確か、大雪の原因になった雪だるまを壊しに行ったんだよな?」

「そうだね」

「で、その子は?」

「その雪だるまから生まれた雪スライムだよ。俺の細胞と雪が一緒になって、新しい魔物として発生したんだって」

「初めまして、パパ。私は雪スライムのウタゲ。よろしくね!」

 

 こうしてリムルの第二子、ウタゲが誕生したのだった。

 




早く本編を進めようと思って冬の話は1話にまとめようと思ったのですが、2話目に突入です。しかも既に1万字書いている。何故だ……

ウタゲちゃんに関してはぽっと出のキャラではなく、実は構想初期の段階から存在します。マツリとウタゲの双子ちゃんにしようと最初は考えていましたが、いきなりオリキャラ二人出すと色々大変そうだなーと思った結果、短編小説執筆の時点でマツリくんのみ登場となりました。長編にスイッチした段階でいずれウタゲちゃんは出そうと思っていたので、ここで出せてスッキリした気分です。

次回はウタゲちゃんをメインに宴をやって雪のお祭りをやるお話の予定です。その次の話から本編を進められると良いな。
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