突然の大雪に、町の魔物達は大忙し。
ジュラの森はそれなりに豪雪地帯であり、魔物達も雪には慣れているとはいえ、一晩で2メートルというのはやはり異常なのだ。
出入口は雪に埋まり、家の外に出るだけで一苦労。
炎を操れる魔物もそう沢山いるわけではないため、除雪作業がひと段落するにはそれなりの時間を要すると思われた。
それでも尚、敬愛するリムル様の町を雪に埋もれさせてはおけないと奮起し、町の魔物達は雪かきに精を出す。
そんなある日のお昼過ぎ。
突然町内放送が始まった。
ピンポンパンポン♪
「あー、あー、住民の皆、聞こえているか? 侍大将のベニマルだ。大雪の原因となった雪の魔物は、我々幹部達で片付けた。もう異常な大雪は降らないので安心して欲しい。そしてもう一つ知らせがあるんだが、心して聞いて欲しい。…………リムル様が、体調を崩して寝込んでしまわれた。数日もすれば御快復なさるだろうから心配はいらないが、リムル様が床に伏しておられる期間は宴や催し物の開催は慎むように。以上だ」
ベニマルの淡々とした声が町中に届けられた。
リムルの体調が思わしくないとは、町の住民にとって一大事である。
あちらこちらからリムル様! と声が上がる。
皆、心配で仕方がないのだ。
その心労に比べれば、延々と続く雪かきの苦労など取るに足らないほどに。
そんな住民たちの様子を、執務館の窓からシュナが眺める。
「やはり住民たちは動揺しているようですね」
「無理もありません。事情を知る我らでさえ、平常心でいられないのですから」
シュナが不安げに呟き、ソウエイが答えた。
すぐに復活すると分かっていても不安なものは不安である。
名づけとは本来危険な行為。
リムルが眠りから目覚める保証など、本当は何処にもないのだ。
放送室からベニマルが戻り、揃った幹部達で会議が始まる。
今後の方針を練るためである。
「まず、喫緊の問題は雪かきだな。今も家に閉じ込められている者が多数いると報告が上がっている。これに関しては俺とガビルが大通りの雪を一掃し、その後は警備隊が司令塔となってうまく雪かきを進めて欲しい。明日の夜までに閉じ込められた全住民を救出しろ」
「了解です、ベニマルさん」
「リムル様の御世話は、シュナに任せる。マツリ様、ウタゲ様、それで良いですね?」
「うん」「いいよ」
「最後に、ウタゲ様の御披露目とリムル様の御目覚めに合わせて宴の準備を進めなければいけないな。リグルド、任せて良いか?」
「勿論ですとも! 実にめでたい事ですからな、盛大に祝いませんと!」
こうしてベニマルの采配により次々と役割が決まって行く。
元々優秀な幹部たちなので、リムル不在でも特に問題は無いのだった。
「さぁ、行きましょうか。リムル様には暖かいお部屋でお休みしていただきましょう」
「「はーい」」
シュナは会議が終わるとマツリとウタゲを連れてリムルの庵へと向かう。
執務館の2回の窓から慎重に足を踏み出し、まずはシュナが雪の上へ。
踏み固められていない新雪に足を取られそうになりながらも、鬼人の身体能力で難なく歩を進めていく。
少し歩いて振り返るシュナ。
そこで驚きの光景を目の当たりにする。
「あれ? ウタゲが居なくなった」
「あらあら、本当ですね」
窓から元気よくウタゲが飛び降りたと思ったら、マツリの言う通り雪の中にするりと消えてしまったのだ。
まるで地面が存在しないかのように、何の抵抗も無く落ちて行った。
雪上にはウタゲが着ていた服が置いて行かれたように残されている。
それを見たシュナは驚くが、すぐに気を取り直して周囲を探る。
ウタゲの気配は依然として存在しており、それに気づかないシュナではないのだ。
ウタゲ様は……消えたわけではなさそうですね。
雪の中に埋まって……いや、雪に染み入るように同化していると言うべきでしょうか?
雪スライムという名前の通り、雪に関するスキルが働いているのでしょう。
「ウタゲ様? どちらにいらっしゃるのですか? よろしければ出て来ていただきたいのですが」
「ここだよ?」
「まあ!」
シュナが呼びかけると、ウタゲはすぐに現れた。
器用に腰から上だけを雪の外に出して、数メートル先からこちらを見ている。
ちなみに、全裸である。
その様子を見た瞬間、シュナは血の気が引くのを感じた。
ジュラの森で最も高貴な存在の一人であるウタゲの、生まれたままの姿。
決して人前に晒して良いものではない。
「ウ、ウタゲ様、そのような格好で出て来てはいけません! 早くお召し物を……いえ、一旦雪の中へ!」
「ん? 分かった」
ウタゲは意味も分からず雪の中へ緊急避難。
シュナは周囲に誰もいないことを確認し、ほっと胸を撫でおろす。
「ウタゲ様、今から私が良いというまで雪の中に居てくださいね。それまでは絶対に表に出て来ては駄目ですよ?」
「はーい」
素直な子である。
2メートルもの積雪の中、目的地であるリムルの庵には思ったよりも簡単にたどり着いた。
付近の住民の努力により、リムルの庵の周辺が優先的に雪かきされていたからである。
しかしリムルの庵の目の前でシュナ達は歩みを止めざるを得なくなってしまう。
「ねぇシュナ、ここから先はウタゲが潜れる雪がないよ?」
「そっち行けない」
地面を見つめるマツリと、雪の中から響く可愛い声。
住民たちが頑張りすぎたのか、あまりに綺麗に雪が取り除かれていたせいでウタゲが潜る雪が無いのだ。
素っ裸で雪から出ようとするウタゲを、シュナが慌てて制止した。
「仕方がありません、私が合図を出すのでせーので庵の中へ駆け込んでください。……せーの!」
「よいしょ!」
町の往来のど真ん中を裸のウタゲが駆け抜ける。
シュナは全神経を集中させて周囲を伺うが、見られている気配はない。
続いてシュナとマツリ、そしてスリープモードのリムルも庵に入り、無事に護送が完了である。
シュナはまずマツリの胃袋から適当な服(シュナ渾身の一品)を取り出してウタゲに着せ、お説教を始めた。
正座で向かい合うウタゲとシュナ。
マツリは空気を読んだのか、部屋の隅で静かにリムルをむにむにしている。
「良いですかウタゲ様。人前で裸を晒すのはいけない事なのですよ」
「そうなの?」
「そうなのです。特に男性の前ではくれぐれも気を付けてくださいね。ただでさえウタゲ様はお美しいのですから」
「でもパパはずっと裸だよ」
「これはスライムのお姿なので問題ないのです。裸を見せてはいけないのは、人の姿の時だけです」
「じゃあ私も雪に潜らないでスライムになってれば良かったんじゃない?」
「……あっ」
シュナにしては珍しい凡ミスである。
全裸のウタゲを走らせる必要など全く無かったという事だ。
流石のシュナもリムルの子供が誕生したとあっては冷静でいられなかったらしい。
「あと私、雪を出せるよ」
「それはもう、良く存じていますよ。この町に積もった雪はウタゲ様が降らせたのでしょう?」
「うん。だからね、雪を出して道を作れば外に出なくても良かったんじゃない?」
「……そうですね」
──私のバカぁ!
シュナは心の中で叫んだ。
自分の頭の悪さとウタゲを裸で屋外を走らせてしまった罪悪感で、シュナはすっかり意気消沈。
いつもはピンと伸びているシュナの背筋がしなしなと崩れていく。
そこに優しく寄り添ったのは、ウタゲだった。
俯き気味にただ座って何も言い出せないシュナ。
そこへウタゲは座ったままよいしょよいしょと近づいてきて、シュナのすぐ目の前までやってくる。
シュナより低い位置にあるウタゲの瞳が、憂いを帯びてシュナを見上げる。
「ウタゲ様?」
「元気出して。私怒ってないよ?」
シュナの顔を覗き込み、まるでシュナの感情をそのまま映したような悲しげな顔で語り掛けたのだ。
あなたが悲しいと、私も悲しい。
そう言わんばかりに。
「ごめんね、私知らなかったの。でももう大丈夫。裸は見せちゃいけないって覚えたから」
「ウタゲ様……」
シュナははっと息をのむ。
白く輝く美貌と、一点の曇りもない無垢な愛情がそこにあった。
「……ウタゲ様は、お優しいのですね」
やっとのことで絞り出して紡いだ言葉。
「良かった。やっと笑ったね」
この一言とあどけない笑顔に再度ノックアウトされたシュナは卒倒し、ウタゲを余計に心配させることとなる。
そしてマツリは相変わらずリムルをむにむにして遊んでいた。
☆
3日が経った。
町の奥にひっそりと立てられたリムルの庵でリムルは眠る。
そのこぢんまりとした和風の建物に、一人の怪しい人影が近づいていた。
「うふふ、うふふふ。待っていてくださいリムル様、マツリ様、そしてウタゲ様……。私がたっぷりとお世話して差し上げますからね……」
その人物とは勿論、シュナである。
手にはお弁当。
はぁはぁと呼吸を荒らげ、わき目もふらずに速足で目的地へと向かう。
シュナが不審者のようになってしまうのも無理はない。
向かう先に居るのはリムル、マツリ、ウタゲの3人(3匹?)なのである。
リムルのお世話という名目でこの3人と同じ空間に一日中居られるとなれば、シュナでなくても興奮を抑えられられないだろう。
至福の時間を邪魔する者──要するにシオン──が来ないように、毎朝の会議ではこんなことまで言ってある。
「シオン、リムル様は今危険な状態なのですから、絶対に、ぜっっったいに、庵へ来てはいけませんよ? 他の皆様もご配慮のほどお願いしますね!」
普段は穏やかなシュナがここまで強く言えば、この町に反対できる者などいないのである。
それはリムルやミリムでさえ例外ではない。
こうして無事に確保した、3匹の愛くるしいスライムが待つ夢の空間。
マツリ様とウタゲ様、どちらが出迎えてくれるでしょうかと思いつつ、シュナは庵の入り口に立つ。
「リムル様、失礼します」
「おう、シュナか。心配かけたな」
出迎えたのは、リムルであった。
両手にオレンジと白のスライムを抱え、ご満悦の表情で。
早くも親バカが炸裂しているようである。
「お目覚めになったのですね!」
「ああ、もう完全復活だ! すぐにでも皆を集めて会議を開こう」
「あ、それは少しお待ちいただけませんか」
シュナは出かけようとするリムルを慌てて制する。
リムル達を独占できるこの機会を絶対に手放したくないからである。
表向きは冷静に、しかし内心では必死に、シュナはリムルを説得する。
「えっと、まだお体の調子も戻っていないかもしれませんし……あとは、その、ほら、ウタゲ様と色々お話しておいた方が良いのではありませんか? 皆にお披露目する前に」
「あー……まあそれもそうか。じゃあシュナも上がってくれ」
庵の中へと引き返すリムルを見て、シュナは心の中で渾身のガッツポーズを決めた。
リムルに続いて部屋に入ると、こたつが中央に置かれていた。
リムル、マツリ、ウタゲの3人が人型になって3方向からこたつを囲んでいる。
「まあ座ってくれ」
「シュナ! こっちこっち!」
「暖かくて気持ちいいよ?」
「……」
それぞれの言葉でシュナをこたつに誘うリムル達。
リムルはいつも通りに、マツリは朗らかな笑顔で、そしてウタゲは柔和な微笑みを浮かべて。
シュナはふらふらと吸い込まれるようにこたつに入った。
正面にリムル。
右手にマツリ、左手にウタゲ。
視界が幸せ過ぎて完全にオーバーキルである。
「ここが天国ですか、リムル様」
「何言ってんだ。目を覚ませ」
真顔で問うシュナと、呆れるリムル。
シュナはしばらく呆然自失となった後、やっと再起動して正気を取り戻した。
そしてしばらく雑談したリムル達は、ようやく本題に入る。
リムル復活とウタゲ誕生の祝いについてだ。
「まずはあの
「ええ。その後は町でウタゲ誕生祭を盛大に開催する予定となっております」
「宴に祭りか。ウタゲの為にも盛大にやらないとな!」
「宴!」
「祭り!」
楽しそうな話題に、子供二人が嬉しそうに反応する。
「段取りは出来てるんだよな?」
「それは勿論。マツリ様とリグルドが頑張ってくれました。宴に関してはウタゲ様もご協力してくださったんですよ?」
「ほほう、なるほど。マツリがお祭り大臣ならウタゲは宴大臣を任せられそうだな」
「パパがやって欲しいなら、私やるよ?」
消極的な言葉とは裏腹に、ウタゲの表情はやる気に満ちている。
「じゃあ決まりだな。これから会議だからそこで正式に任命することしよう。じゃあ皆も待ってるだろうし、そろそろ行くか」
(ソウエイ、居るんだろ?)
(は、ここに)
(皆を
(御意)
リムル達は意気揚々と庵を出発するのだった。
☆
某
「さて、せっかく宴の準備も整ってるという事で、会議もここでやっちまおう。という訳で、
「御快復まことにおめでとございます! そして賛成の者は拍手を!」
晴天の下で積もった雪が眩しく光る中、リムルが上機嫌に宣言すると、リグルドがいつも以上の気迫でそれに応えた。
即席の会議場は当然ながら、満場一致で拍手である。
「ほらウタゲ、ご挨拶だ」
「うん。……えっと、
小さくぺこりとお辞儀をする。
その愛らしい姿と魂に響く可憐な美声に、幹部一同は早くも心を奪われているようだ。
「マツリ、お前の妹はお利口さんなのだな!」
「まあね! 俺の妹だし?」
ミリムは楽しそうにウタゲの挨拶を聞いていた。
マツリも誇らしげだ。
「という訳で、これから我が国の宴はウタゲが監修することになる。えーっと、今まで宴を仕切っていたのはシュナと、料理人のゴブイチだったよな?」
「そうですね。それからゴブイチの弟子の皆様と、給仕のゴブリナも何名か」
「よし、じゃあウタゲはまずそいつらと仲良くなる所から始めよう。宴を監修するには、料理を提供する者たちとの連携が欠かせないからな」
お祭り大臣のマツリがリグルドをこき使っているように、宴大臣のウタゲはシュナやゴブイチをこき使って宴を開催することになるだろう。
尤も、この両名に関しては既にリムルが限界まで使い倒している為、特にやる事が変わるわけでもない。
無理難題の依頼主がリムルからウタゲに代わるだけである。
「ではこのシオンも腕によりをかけて美味しい料理をご用意して差し上げますね!」
ここでシオンの爆弾発言。
「ベニマル」
「はっ!」
しかしリムルとベニマルの反応は早かった。
「ちょ、ベニマル様どこへ? ああ、引っ張らないで下さい私はウタゲ様に最高の料理を──」
「あー、シオンはベニマルの監督下にあるから、ウタゲはちょっかい出しちゃだめだぞ? シオンの料理はな、ベニマルの許可が無いと食べちゃいけないんだ。分かったな?」
「はーい」
テンペストには優秀な配下が多いのだが、問題児も多いのである。
こうして会議は終わり、あとは酒を飲んで飯を食う楽しい時間だ。
皆が見上げる先には、晴天の下で白く輝く巨大な冬将軍。
「この佇まい、何度見ても荘厳ですな」
「ああ。流石はウタゲ様だ。見ているだけで心が洗われるようだ」
「一つ一つの雪玉も、スライムのように丸くて愛らしいです」
ただの雪だるまだというのに、大好評である。
丸くて白い形状が幹部達の心をわしづかみにしている。
彼らの評価基準は至極単純で、スライムっぽい物であればどんなものでも高評価がもらえるのである。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
ウタゲは酒瓶をもって立ち上がるマツリを不思議そうな顔で見つめる。
「どこって……どこだろう?」
「分からないの?」
なんとなく会場をフラフラと歩いて、目が合った相手にお酌しながらお喋りする。
それがマツリ流の宴の楽しみ方である。
行き先は決めていないのだ。
「いいじゃん分からなくても。歩けば誰かと目が合って、お話しできるんだよ」
「ふーん……そうなんだ」
いかにもマツリらしい回答である。
「じゃあ私はここに居ようかな。まずはご飯」
しかしウタゲはマツリとは異なるスタイルで宴を楽しむつもりらしい。
まずは自分に用意された食事を一通り食べ終える。
そして座ったまま周囲を見渡し、静かに一人で杯を呷るハクロウに目をつけた。
ウタゲは視線が合ったハクロウに、『こっちにきて』と目で語り掛ける。
「お隣座って良いですかな? ウタゲ様」
「うん。どうぞ」
ハクロウはゆっくりとウタゲ隣の席に腰を落とした。
「ハクロウは白いけど、雪スライムなの?」
「ほっほっほ、ワシの白い髪は単なる白髪じゃよ。ワシは鬼人と言って、雪スライムとは異なる種族ですじゃ」
「白髪?」
「はい、白髪です。生物が老いると、髪が白くなることがあるのですじゃ。ワシはかれこれ300年以上生きております故、こうして髪が白く染まったという訳です」
穏やかに言葉を交わすウタゲとハクロウ。
周囲からはウタゲの話し相手に選ばれたハクロウに嫉妬の視線が投げかけられるが、その程度で動じるハクロウではない。
むしろウタゲに気付かれないように鋭い視線で睨み返して牽制している。
ウタゲとのおしゃべりタイムは邪魔させないという強い意思の表れである。
「皆ハクロウの事見てるよ?」
「ウタゲ様は人気者ですからな。宴の席でこうして一対一でお話が出来ることを羨ましいと思う者も多いのでしょう。まぁ、この光栄な役回りを明け渡すつもりは毛頭ありはしませんがのう」
「ふふん、渡すつもりがないと言うなら、奪い取ればよかろうなのだぁ!」
ミリムが突然やってきて、ウタゲを抱き上げた。
さすがは
そのままウタゲに頬擦りしながらご機嫌に立ち去ろうとするミリム。
しかしそれに待ったをかける者がいた。
ウタゲ本人である。
「無理やりっていうのは良くないと思うな」
決して強い口調で言ったわけではない。
とても穏やかで、しかしその中にかすかに怒りを感じ取れる、暗い声。
その効果は抜群だった。
「な!? わ、悪かったのだ! だからそんな悲しい顔をするのはやめるのだ!」
「ミリムとは後でお話してあげるから、我慢して?」
「分かったのだ……」
ミリムはウタゲを優しく下ろし、去って行く。
──まさか、ミリム様をああもたやすく窘めてしまうとは。
澄ました顔で事の成り行きを見つめていたハクロウだが、内心では驚いていた。
これでもミリムは思慮深い一面も持っており、空気を読める子ではある。
だからウタゲとハクロウのお喋りを邪魔するのが悪い事だと理解はしている。
しかし気分が乗ってしまえばそんな冷静な思考など吹き飛ぶのがミリムなのだ。
そんなミリムがノリノリでウタゲを攫いに来たというのに、ただの一言でその気持ちを落ち着かせてしまった。
かなりレアな光景である。
「ウタゲ様の儚げな印象の中に確かに見える芯の強さが、言葉に力を与えておるのかのう」
「何言ってるの、ハクロウ?」
「いえいえ、なんでもございませぬ」
不思議そうな目でハクロウを見つめるウタゲ。
その繊細そうな佇まいからは、とても
むしろ大人しくて内気な印象である。
しかし今見たように、言うべきことはハッキリと言う性格らしい。
その光景を遠目に見ていたマツリが、からかう様にリムルに言う。
「パパと違って、意思が強いんだね」
「うるせー。お前だって肝心な時には割と日和るじゃねーか」
「そ……そんな事無いと思うけど」
「その否定の仕方が既になぁ」
この時既に二人脳内には、ウタゲの尻に敷かれる将来が浮かんでいたとか、いないとか。
☆
「いつまでもこたつに籠ってないで起きてよ。今日はお祭りと私のお披露目があるんでしょ? 早く放送して皆を集めないと」
「あと5ふん……」
「いいじゃねーか、まだ時間あるし」
雪祭り改め、ウタゲ誕生祭の当日。
早朝のリムルの庵には、相変わらずこたつの魔力に飲まれるリムルとマツリがいた。
そんな二人をウタゲが叱る。
「そんな暑いだけの机の何が良いの?」
「入ってみれば分かる……って、コレもう何回目だ?」
「何度入っても同じだよ。私は暑いの好きじゃないから」
雪スライムであるウタゲが暖房器具を好きになるはずもないのだった。
気温は氷点下で丁度良いのだ。
むしろ熱変動耐性が無ければ、0℃以上の温度は致命傷になりかねない。
「仕方が無いから、シュナを呼ぶね」
ウタゲが静かに宣言すると、リムルとマツリの目の色が変わる。
「パパ、出よう」
「あ、ああ。お祭りの準備をしないとな」
「よろしい」
シュナの叱責はこたつの魔力よりも強いのだ。
「じゃあ行くか」
「行こう!」
「うん」
三匹のスライムが、元気よく庵を飛び出していく。
中央広場に設置された毎度おなじみとなったあのお立ち台。
周囲を取り囲むのは町内放送によって集められた住民達。
雪祭り当日の朝に何事かと落ち着かない様子である。
壇上に最初に上がったのはリムル。
続いてマツリと、ミリムが上がる。
「やあ諸君。昨日の放送でもお伝えした通り、俺はもう完全復活しました! 心配かけたようで悪かったな。さて今日はマツリ考案の雪祭り当日な訳だが……ここにお前たちを集めたのには当然理由がある。実はな、超・重大発表があるんだ。──来てくれ!」
リムルが呼ぶと、ウタゲが壇上に上がる。
ざわつく住民達。
リムル様に似てるよな……?
可愛い!
えっと、こんなこと前にもあったよね?
おいまさか……もしかしてもしかするのか!?
概ね予想通りの反応である。
「という訳で、この子はウタゲ! 俺の子だ!」
「そして俺の妹ね!」
「なのだ!」
リムル、マツリ、そして何故かミリムが声高に宣言し、広場は静寂に包まれた。
そして数舜の後、町中に響き渡る大歓声が巻き起こる。
「わっはっは! 大盛況なのだ!」
「何でミリムが胸を張るんだよ」
「
ここまで喜ばれれば、リムルも悪い気はしない。
「ウタゲ、良かったね! 皆喜んでるよ!」
「うん! お兄ちゃん!」
緊張の中、優しく声を掛ける兄に、ふと柔らかい笑顔を見せた妹。
その美しい姿は見る者の脳裏に永遠に刻み込まれ、魂の結びつきから感じる喜びと安堵がその場にいた住民の心を満たす。
住民の何名かはその光景の尊さに耐え切れず気を失ってしまったりしたのだが、それも仕方のない事だろう。
「よし、喜んでくれてる所悪いんだが、一旦静かにしてくれ。ウタゲの自己紹介があるからな。出来るか? ウタゲ」
「うん。ちゃんと練習してきた」
リムルはウタゲを一歩前に立たせ、マイクを渡す。
少し緊張しているようだが、一つ深呼吸して落ち着きを取りもどし、流暢に喋り始めた。
「私はウタゲと言います。リムルの子供で、お兄ちゃ……マツリの妹です。この町のウタゲ大臣をやります。よろしくお願いします」
「よしよし、いい自己紹介だ! さすがは俺の娘だな!」
リムルが親バカなのは周知の事実なので、住民たちは動じない。
それどころかリムルの喜ぶ様子を素直に喜んでいるようだ。
とにかくめでたいこの状況に、場の盛り上がりは止まるところを知らない。
バッタバッタと倒れる魔物達。
半狂乱で叫び、号泣し、あるいは呆然とただ立ち尽くす魔物も多い。
最後まで正気を保っていられた者の方が少ないのだった。
「ほう、4割くらいは残ったか。まあよく耐えた方だな」
壇上から広場を見下ろすリムルが呟いた。
失神した者が2割、正気を失った者が4割で、合計6割が脱落。
というのが大賢者の報告である。
残った住民に対し、リムルが語り掛ける。
「今日のお祭りは雪祭りという名目だったが、たった今変更する! 名付けて……ウタゲ誕生祭だ! 当然毎年やるからそのつもりでな!」
リムルが高らかに宣言し、集会は終わった。
「流石でやすねぇ、リムルの旦那は」
「ウタゲちゃん可愛い! 喋り方とかが何となくシズさんに似てるかも」
「確かに旦那やマツリ君は男っぽいけど、ウタゲちゃんは二人に比べて女の子らしい感じだな」
倒れる魔物が続出する中、エレン達3バカは素直にウタゲの誕生を祝福していた。
特にエレンは箱入りで年上の親族にこれでもかと言うほど可愛がられているため、自分より幼い友人が欲しいのである。
姉として頼られたいお年頃なのだ。
そして一人、この状況を素直に喜べない男がいる。
その男とは、勿論フューズだ。
「お、俺は本国に何て報告すれば良いんだ……? オークロードよりヤバい魔物が1年で2匹の子を産んだって? もはや脅威とかそういう言うレベルじゃないぞ。世界情勢が変わっちまう……!」
そう、冷静に考えればヤバい出来事なのだ。
一匹の魔物が1万以上の魔物に名付けをし、進化を促している。
その上本体とほぼ同じ力を持った子を2匹も産み、本体は力を削がれることなくピンピンしている。
冗談でも思いつかないような荒唐無稽な話なのである。
「もう、ギルマスったらこんなおめでたいときにそんな怖い顔しないでよぅ」
「お前ら、何が起きてるのか理解してるのか……? 俺はもう知らん。どうなっても知らんぞ……」
「あれ? 怒る気力もないみたい」
流石のフューズも処理しきれない様子。
そんなフューズの苦悩など1ミリも理解することなく、エレン達3人はこれから始まるウタゲ誕生祭に胸を高鳴らせるのだった。
☆
ウタゲ誕生祭は、雪のお祭りだ。
有り余る雪を活用した催し物がお祭りのメインとなる。
雪像を作ったり、かまくらの中で非日常的な時間を過ごしたりするというのが、リムルの思い描いた雪祭りである。
そしていよいよお祭り本番という事で会場である平原にやって来たリムル。
マツリ、ウタゲ、そしてミリムは大はしゃぎなのだが、リムルだけは肩透かしを食らったような不満な顔をしている。
その理由は単純なものだった。
「見ろリムル! リムルが一杯なのだ!」
「ウン、ソウダネ」
元気いっぱいなミリムに対し、コレジャナイ感で胸がいっぱいのリムル。
好きなように雪像を作ってくれと言ったリムルだが、想像していたものとは違う光景に面食らっているのだ。
見渡す限りの銀世界に、大きな丸い雪玉が点在していた。
その雪玉とは勿論、お祭に参加する住民たちが作り上げた雪像とかまくらである。
「おお、なんと立派なリムル様」
「この躍動感のあるフォルム……マツリ様ですね!」
「これは……ウタゲ様の静謐な佇まいを見事に再現しているな……」
ほぼ全てが、スライムの形なのである。
2段重ねや3段重ねの冬将軍などもあるが、いずれにしろ丸いのだ。
ある意味予想通りの結果にリムルはただ苦笑いすることしか出来なかった。
雪像の丸みを出す為に雪を削る一人のホブゴブリンに、リムルが話しかける。
「ドラゴンとか、オーガとか……もっと造形にこだわれそうな題材は一杯あっただろ? なんでよりによってスライムを……」
「何をおっしゃるのですかリムル様! 我々ジュラの魔物にとって、雪像の題材にする対象はスライムを置いて他にありません! あるわけが無い!」
「そ、そうか。頑張ってね」
「はいぃ!!」
暑苦しく返事され、リムルが押し負けた。
まぁ、いつもの事である。
「ではリムル様、こちらのかまくらへどうぞ」
シュナに案内されたのは、平原に作られたかまくらの中でも最も大きく美しいかまくらだ。
3段重ねの冬将軍となっており、ご丁寧に青、オレンジ、白のカラーリングまで施されていた。
内部はなんと3階建て。
普通に住居として利用できそうなクォリティである。
「うっそだろ……」
元ゼネコン勤務で、それなりに知識があるリムルはただただ驚くしかない。
氷のブロックで形成されたドーム状の構造などは知識にある。
しかし雪を押し固め、3つの雪玉を重ねる形で3階建ての建物を作るなど考えつきもしなかった。
そもそも作るのが大変すぎるし、出来たところで強度に不安があって危険すぎるのだ。
そんな小説の中にしか出てこないような建物が目の前に存在している。
流石は魔素という便利パワーが存在する異世界である。
「魔素ってすごいんだな……」
「パパ、凄いのは魔素じゃなくてシュナ達でしょ」
「お兄ちゃんのいう通りだよパパ。皆が頑張って作ってくれたんだよ?」
「あ、ああそうだったな。よく作ってくれた! 最高の出来だと作った皆に伝えておいてくれ」
何はともあれ、おめでたいお祭の日に、素晴らしい雪の家。
素直に楽しんでおけば良いのだ。
リムルはすぐに気持ちを切り替え、お祭りを楽しむことにした。
「では屋上に上がりましょう。そこで料理を振舞わせてください」
「おう。じゃあ案内を頼もうか」
高さ15メートルほどの冬将軍の屋上へ出ると、そこからはスキー場のゲレンデのような一面真っ白の地面が一望できる。
お祭り会場に定めた区画のそこかしこにある大きな雪玉からは魔物達が出入りし、一種の集落のような様相を呈していた。
雪さえ融けなければ、ここに住めそうなほどである。
「皆楽しんでるー!?」
思わず気分が高揚したマツリが眼下の魔物達に叫ぶ。
わぁーっと沢山の声が混じった歓声が帰り、マツリはご満悦の様子。
一方のウタゲは魔物達のお祭りの様子を静かに見守っていた。
そんなウタゲに興味を持ったのか、ミリムが隣に立って話しかけた。
「どうしたウタゲ? 楽しいか?」
「うん。楽しい」
「昨日の宴の時も思ったが、お前はじっとしているのが好きなのだな」
「だって私、冬将軍だもん。じっと立って、皆を見守るんだよ」
「それじゃあつまらなくないか?」
「皆が居れば楽しいよ? 独りぼっちは嫌だけど」
「ふーん。ワタシには分からないのだ」
ミリムは刺激を求める性格なのだ。
ウタゲの感性はミリムには理解しにくいのである。
しかしそんなウタゲにも分かりやすい一面はある。
「お食事をお持ちしました。リムル様のご提案で、今日はお餅を皆さんの前で焼かせていただきますね」
シュナとゴブイチが七輪と食材をもって現れた。
すると、ウタゲが即座に反応したのだ。
「ご飯」
「ん? おい、ウタゲ?」
すたすたとミリムの傍を離れ、七輪の隣に陣取るウタゲ。
一番乗りだ。
余程おもちの焼き上がりが楽しみなのだろう。
「ゴブイチ、早く」
「は、はい。少々お待ちください」
ゴブイチは慣れた様子で炭に火を着け、うちわでぱたぱたと扇ぐ。
その様子をウタゲは微動だにせずじーっと見つめる。
「ウ、ウタゲ様? おもちが焼けるまでにはもう少し時間が……」
「良いから。ちゃんとやって」
「はい……」
結局ウタゲは最初のおもちが焼けるまでその場から動かなかった。
リムルやミリムでさえ話しかけるのをためらうような真剣な雰囲気を纏いながら。
「なぁリムル。ウタゲって……」
「うん、相当な食いしん坊らしいな。まぁ俺がウタゲって言う名前を付けたから食にこだわりがあるのは当然と言えば当然なんだが」
「ああなるほど。名は体を表すとはこういう事を言うのだな」
すっかり保護者面が板についたミリムと、パパのリムルの会話である。
そう、ウタゲは食いしん坊なのだ。
「ウタゲ様。焼けました。こちらのたれをつけてお召し上がりください」
「うん!」
ゴブイチは一口サイズのおもちを串に刺し、ウタゲに手渡す。
受け取ったウタゲは期待に満ちた顔でそれをたれにくぐらせ……パクっとかぶりついて串を引き抜いた。
緊張の面持ちで見つめるゴブイチ。
かつて初めて味覚を得たリムルに肉串を提供したあの瞬間が脳内にフラッシュバックする。
そう、確かあの時のリムル様の反応は──
「うんっっっまぁぁい」
──そうそうこんな感じだった! ウタゲ様もすごく喜んでおられるんだナ!
ものの見事に、記憶にあるリムルの反応と同じリアクションを見せるウタゲなのだった。
という訳で、ウタゲちゃんメインのお話でした。ウタゲがどんなキャラクターなのか、頑張っていろいろ書いてみました。次から原作沿いの話を進める予定なので、露骨なキャラ紹介はこの話で終わりです(多分)。