ある春の日の朝。
ウタゲとマツリはいつものように遊びに出て、町の外にある開けた平原へやって来た。
雪の代わりに雨が降るようになり、冬の寒さも忘れてきた頃だ。
今や森の各地では雪で白い雪に覆われていた大地が露出し、新緑に染まり始めている。
そんなジュラの森を見た二人のリアクションが、こちら。
「雪が無い……」
「雪が無い!」
ウタゲはしょんぼり落ち込んだ様子で呟き、マツリは期待に満ちた表情で歓声を上げた。
「なんで喜ぶのお兄ちゃん!」
「だってヨウムが帰ってくるんだよ? 雪が融けたら帰ってくるって言ってたもん!」
「だからヨウムってだれ!?」
「ヨウムはヨウムだよ! 俺の友達で、凄くカッコイイ英雄!」
いつも通りの喧嘩である。
マツリはヨウムの帰還を心待ちにしている為、「雪が融けたら戻ってくる」というヨウムの言葉を胸にこの数か月雪が融けるのを待ち続けていた。
しかし雪スライムのウタゲにとって雪融けを喜ぶなど許せることではないので、こうして衝突するわけだ。
しかしこの二人の喧嘩ムードは長くは続かない。
大きな声で言い合いをしたかと思えば次の瞬間にはいつも通りの仲良し兄弟に戻っていたりする。
「というわけで今日はファルムスの方に行くよ」
「今日"も"でしょ?」
「そうとも言うね」
森の探検という名のヨウム捜索である。
なんやかんや仲が良い二人は、毎日のようにヨウムを探して森を探検しているのだ。
ウタゲはヨウムが憎いわけではない。
雪が無くなるのが嫌なだけである。
むしろウタゲとしても、マツリがここまで心待ちにするヨウムという男に興味があった。
というわけで、今日も今日とて二人は森の探検に出かけるのである。
「俺はあっち」
「じゃあ私はあっちね。えっと、見つけたらお兄ちゃんに教えれば良いの?」
「うん。思念伝達して」
「わかった」
マツリとウタゲは、それぞれ別の方向へと歩き出す。
☆
ヨウム一行がファルムス王国から森に入り、2週間が経過していた。
目指す中央都市リムルにはもう間もなく到着するだろう。
「そろそろですかねぇ、
「だと思うんだがなぁ。まあ、リムルの旦那の配下が森を警備してるんだ。その範囲内に入れば俺達の事を町まで案内してくれるだろうし大丈夫だろ……ん?」
遠視スキルで進行方向を確認していたヨウムの視界に小さな人影が写る。
森を巡回しているゴブリンライダー……ではない。
人の姿だ。
「おい、あれ……マツリちゃんじゃねぇか? いやでも髪が白いな。髪色変えてイメチェンでもしたか?」
それはヨウムを捜索中のウタゲであった。
しかしはウタゲのことを知らないヨウムはマツリが髪色を変えて遊んでいるのだと勘違いしてしまったようだ。
別人(別スライム?)であることを全く疑いもせずヨウムは声を掛ける。
「おーい!」
「ん? もしかして、ヨウム?」
「何言ってんだよ、俺がヨウム以外の何だってんだ?」
「やっぱりヨウムだ」
「……おい、なんか反応薄くねーか?」
反応が薄いのは当然である。
マツリなら飛び跳ねて喜んだのだろうが、ウタゲにとってヨウムは初めましての相手。
ああこの人がヨウムなのね、としか思わないのである。
「とりあえず町まで案内するね」
「お、おう。頼むぜ、マツリちゃん」
「えっと、私はマツリじゃなくて、ウタゲだよ?」
「ウ、ウタゲ?」
「そう、ウタゲ。マツリお兄ちゃんの妹」
「ほぉ、妹…………妹!? リムルの旦那、いつの間にか子を作ってやがったのか」
「うんそうだよ。よろしくね」
ウタゲはにっこりと微笑んでヨウムに手を差し出した。
ヨウムがその手を優しく握り返し、お友達の握手を交わす。
「これで私もヨウムのお友達ね」
「ああ。よろしくな」
ああ、距離の詰め方は兄のマツリちゃんにそっくりだわ。
色白で小さな手を握り返しながら、ヨウムは思った。
「それじゃあ、魔物の町に行こうか」
「うん。レッツゴー」
ヨウムがユニコーンに跨ると、ウタゲはさも当然化のようにユニコーンによじ登る。
「ウタゲちゃんも乗りたいのか?」
「うん。抱っこして」
「お、おう。俺は良いけどよ」
コレ、後でリムルの旦那に怒られそうだな……
ヨウムの脳裏に浮かぶのは娘を取られて不貞腐れるパパの姿であった。
マツリと仲良くなりすぎたせいでリムルに良く小言を言われていたヨウムだったが、そこにウタゲも加わるといよいよ大変なことになりそうである。
――おいヨウム。随分とマツリと仲が良いみたいじゃないか?
――勘弁してくれよ旦那。嫌がらせのつもりはねーんですって。
リムルからこんな絡まれ方をしたのも一度や二度ではない。
ヨウムとウタゲを乗せて、ユニコーンが歩き出す。
「私ユニコーンに乗るの初めて!」
「そうかい。そりゃ良かったな」
「うん! 後でパパとお兄ちゃんに自慢しなきゃ!」
和気藹々、楽しいお散歩である。
ヨウム一行はご機嫌なウタゲの案内で町を目指して進んでゆくのだった。
「ヨウムは英雄なんでしょ?」
「ああ、そうだぜ。オークロードって言う悪い魔物を討伐した英雄さ」
「オークロードって強いの?」
「多分強いぜ。まあ倒したのはリムルの旦那だから俺には良く分からないんだけどな」
「パパが倒したの?」
「ああ」
「じゃあ、英雄はパパなんじゃないの?」
「えっとだな……その辺はちょっと複雑だからパパに聞いてくれ」
「ふーん、分かった。英雄って難しいんだね」
「これに関してはちょっと事情もあってな。普通の英雄……ってのがどんなものかは知らねーが、多分もっと分かりやすく凄い奴だと思うぜ?」
「そうなんだ」
その後も他愛のない会話で盛り上がるウタゲとヨウム。
町に到着する頃にはすっかり打ち解けていた。
町の入り口でヨウムは警備隊に帰還を告げる。
その場で少し待たされ、すぐ後にやって来たのは案内係と思しき数名のホブゴブリンだ。
ホブゴブリン達は警察の制服のようなフォーマルな服装をしている。
彼らは背筋をピンと伸ばしてヨウムの前に立つと流暢に話し始めた。
「英雄ヨウム殿ですね? 御帰還お待ちしておりました。ユニコーンはこちらの者にお預けください。ヨウム殿達は私が迎賓館へご案内いたします。どうぞこちらへ」
まるで貴族の家の使用人が来客を相手にしているかのような対応である。
しばらくこの町に住んでいたヨウムは顔なじみの筈で、何故ここまで丁寧に接するのかヨウムには分からない。
「なんというか、やけに気合入ってんな。俺がリムルの旦那の客だからってそこまで畏まる必要は無いぞ?」
「いえいえ、これも練習の一環ですので」
「そうか? なら良いんだが」
若干の違和感を覚えつつ、ヨウムは案内されるまま町の中へ。
町の中もヨウムが知る中央都市リムルとは少し様子が変わっていた。
新たな建物が増えていたり、住民が増えているのは勿論なのだが、それだけではない。
そこかしこで道の清掃をする魔物が居るのだ。
シオンが陣頭指揮を執り、普段は警備に回っている魔物達まで掃除に駆り出されているらしい。
「もう十分綺麗な町だと思うが、旦那のこだわりなのかねぇ」
「パパは町づくりが大好きだからね!」
「あはは、そうだなウタゲちゃん」
迎賓館に入ると、接客係のホブゴブリンがヨウム達を出迎えた。
その後ろには、彼らの接客ぶりを注意深く観察するベスターの姿。
接客係のホブゴブリン達もやや緊張しているように見える。
「接客にも力を入れてるんだな。これもリムルの旦那の方針か?」
「知らない」
「ふーん。まあ後で旦那に聞きゃいいか」
この町で何かが始まろうとしている。
町の出入り口から迎賓館に歩いてきただけでそうと分かるほど皆忙しそうに働いていた。
やっぱりこの町に居ると退屈しないなと、ウタゲの頭を撫でながらヨウムはしみじみと思うのだった。
☆
その日の夜。
ヨウムが帰還したと知らせを受けたリムルは迎賓館へとやって来た。
旧友との再会に心躍っている様子。
「いやー、ヨウムと会うのも久しぶりだな。ちゃんと英雄としてウチの宣伝をやってくれてるか聞いてみるとするか」
そんな独り言を零しながら、ヨウムがいるという客室の扉を勢いよく開ける。
「いよーっすヨウム君。久しぶり、元気してた?」
「ん? リムルの旦那じゃねーか! いや、えーっとまあ、こっちもボチボチうまくやれてるぜ……うん」
うまくやれてると言うのはもちろん、魔物の国が人類の敵ではないとファルムス国内で宣伝する件である。
歯切れが悪いのは、彼の両隣にマツリとウタゲが座っているからだ。
一つの大きなソファーで仲良く並んで座り会話に花を咲かせるその光景は心温まるものだが、子煩悩なリムルにとってはただの精神攻撃でしかなかい。
「どうしたのヨウム? お酒美味しくない?」
ヨウムの左手側に座り、お酌をしていたウタゲが心配そうに問いかけた。
「違うよウタゲ。パパが拗ねてるだけだから大丈夫」
ヨウムの右手側に座るマツリは慣れたもので、あっけらかんとした様子。
「ふーん。早速ウタゲにも気に入られたみたいだな」
リムルのご機嫌な表情は、光の速さで仏頂面へと変わった。
「マツリと仲が良いのは知ってるんだが、早くもウタゲを
「だっ旦那!? いや別に俺はそんなつもりじゃねーって! 森でウタゲちゃんに会って町まで案内してもらっただけで」
「そうなのか? ウタゲ」
「ヨウムに抱っこしてなでなでしてもらったよ」
子供は正直である。
「おいヨウム?」
「いや、俺はただウタゲちゃんが抱っこしてって言うから抱っこしただけでな?」
「なるほど、アウトだな。ハクロウの特別稽古とシオンの手料理、どっちが良い? あ、それともベニマルとタイマン張るか?」
「どれも死ぬんで勘弁してください」
「……まあいいけどな。」
口ではこう言うリムルだが、マツリとウタゲがヨウムにばかり構うのが気に入らないとはっきり顔に書いてある。
「それはそうと、ファルムスでの活動はどうだ? 世論は上手く誘導できたのか?」
「おう、問題ないぜ。俺の町の領主は簡単に話を信じたし、俺がオークロードを討伐した英雄だと正式に発表もされてるからな」
「そりゃよかった」
どうやらファルムス王国での世論の誘導は順調な様子だ。
人間との友好的な交流に向けて着実に地盤は整ってきている。
思い付きの計画だったが上手く行っているようで一安心、とリムルは胸を撫でおろした。
「そんな事より旦那、この町で何か催し物でもするのか? 皆すごい忙しそうなんだが」
ヨウムが気になるのはこちらである。
町に来た時から感じていた慌ただしさ。
一体何が始まるのかと身構えてしまう。
「ああそれか、実はな――」
リムルは座っていた椅子に深く腰掛け、語り始めた。
この町には大きなイベントが2つ控えている。
一つは、ユーラザニアとの国交樹立。
獣王国ユーラザニアとジュラ・テンペスト連邦国で国交の足掛かりとして互いに使者を送り合う約束になっており、間もなくユーラザニアからの使者が到着する予定なのだ。
魔国側からはベニマルを団長とした調査団を派遣する予定となっている。
もう一つは、リムルのドワルゴンへの訪問だ。
リムルはガゼル王から正式な招待状を受けており、国賓としてドワルゴンに招かれる予定である。
式典を行い、魔国とドワルゴンの友好をアピールするのが目的だ。
そして先日の戦闘――カリュブディス討伐戦でのミリムの攻撃を魔法兵器だと疑われている件について、この機会に弁明を求められることになるだろう。
リムルの話を聞き、ヨウムは大変な時期に町に来てしまったと慌て始める。
「ユーラザニアから使者が来るだって!? おいおいそう言うのは先に言ってくれよ」
「先も何も、お前今来たばかりだろうが。取り乱すのは分かるがまあ一旦落ち着いてくれよ。別に戦いに来るわけじゃないんだから」
「そうは言っても相手は獣人だろ? 噂では強い奴が偉いって考え方ですげー好戦的だとかなんとか……」
「そんなの会って見なければ分からないだろ? まあ、仲良く出来ないと思ったらお引き取り願うだけだし大変な事にはならないって。最悪戦闘になっても、使者よりは俺達の方が強いだろうしな」
最強のスライムが3匹もいるのだから、仮にフォビオクラスの魔人が来たとしても問題ないのだ。
フォビオは魔王カリオン直属の三獣士と名乗っていたので、同格の魔人が恐らく二人いるのだろう。
三獣士で最強、というフォビオの言葉を素直に信じれば、残る二人も大した脅威ではない。
つまりカリオンさえ怒らせなければ恐れることは無いのである。
その後も積もる話で盛り上がりつつ夜は更けていった。
いよいよヨウムも寝る時間となり、場はお開きとなる。
「じゃあ旦那、俺はそろそろ寝るよ」
「おう、お休み。さて俺も庵に戻るかな。マツリ、ウタゲ、行くぞ……?」
「え、なんで?」
「私もっとヨウムとお話ししたい」
ところが部屋を出るなりマツリとウタゲはヨウムの泊る宿に直行しようとし、リムルが慌てて呼び止めた。
それからスライム親子の押し問答がしばらく続いた。
「ヨウムの所に行く!」
「私も!」
「ダメだ! 庵に帰りなさい!」
リムルがやっとの思い出マツリとウタゲを説得し、ようやく本当のお開きになったのはさらに10分後の事である。
「あー、旦那、なんか悪ぃな」
「全然気にしてないけど? 子供が自分よりヨウムに懐いてて悔しいとか思ってねーし」
リムルはちょっと涙目で意地を張るのだった。
☆
とある日の朝。
いつもは庵でシュナお手製の朝食を食べるスライム親子だが、今日はヨウムと共に食堂で朝食を食べていた。
「で、旦那。今日はベニマルさん達の出発式をやるんだったよな?」
「ああ、もう準備は整えて広場で待ってるはずだ。後は俺達が軽く言葉をかけて、出発の流れだな。英雄パーティーも式典に参加する手はずだが、準備は良いよな?」
「俺達はいつもの装備に着替えて突っ立ってるだけだし、準備も何もねーって」
「あはは、確かにな」
「で、送り出すのはあのベニマルさん、と……」
「ああ。信頼できる俺の右腕さ」
獣王国へ送り出す使節団。
使節団に任命したのは幹部候補のホブゴブリンが数名と、その取りまとめ役としてリグル。
そして団長はベニマルである。
任務は二つ。
魔王カリオンが信頼に足る人物か見極めること。
そして獣王国を視察して、魔国に取り入れられるような見どころが無いか探る事だ。
まだまだ国として未熟な魔国にとって獣王国に立ち入ってその内情を探れるのは極めて貴重な機会である。
その重要な任務を負う使節団の団長に、リムルの右腕とも言えるベニマルを任命するのも当然だった。
「じゃあまた後でな」
「おう。カッコイイ演説を期待してるぜ、旦那」
「お前、自分は何もしなくて良いからと余裕ぶりやがって……」
その後マツリ監修の華やかな式典が始まった。
中央広場に、いつものお立ち台。
その正面にはベニマル率いる使節団。
リムル、マツリ、ウタゲの三人が壇上から有難いお言葉を贈るのも見慣れた光景である。
周囲からはどんちゃん騒ぎする魔物達の声。
そこらじゅうに漂う酒と料理の匂い。
式典を行うとなれば、言ってもいないのに自主的にお祭りを開催するのがこの町の住民なのだ。
有難いお言葉を言い終えたリムルが壇上から降り、出発前にベニマルと最後の言葉を交わす。
「盛大なお見送りじゃないか。流石はマツリの監修だな」
「ええまぁ……それはそうですが」
「なんだ不満か?」
「いえいえ、マツリ様監修の式典に不満があるわけではなくてですね……」
「じゃあ何だよ」
「これ……皆騒ぎたいだけですよね?」
「まあしょうがないさ。国と国で使節団を送り合うなんてそこらの魔物には縁の遠い話だろうしな。俺だってまだ実感が湧かないくらいだ」
「それは間違いないですね。オーガの里で慎ましく暮らしていた頃から考えれば、この短期間で俺も随分と遠いところまで来たと思いますよ」
大歓声の中、リムルとベニマルは笑った。
だが次の瞬間には顔を引き締める。
一国の主と、重要な任務を負って国を発つ臣下の顔である。
「じゃあベニマル、頼んだぞ。使節団の皆もな」
「ええリムル様。獣王国ユーラザニアが我が国と国交を結ぶにふさわしい相手か、この目でしっかりと見定めてきます。……行くぞ!」
ベニマルが号令をかけ、使節団は
走り出す狼車。
町の大通りをゆっくりと進む彼らを、大歓声が包み込む。
やがて車列は森へと入り、その姿は見えなくなった。
一方、仕事を終えたマツリとウタゲはヨウムと合流。
二人は自慢げな顔でヨウムを見上げる。
「ヨウム! お祭りはどう?」
「流石はマツリちゃんの町だ。賑やかで良いと思うぜ?」
「私は? 私もお料理の準備したんだよ?」
「もちろんウタゲちゃんも凄いって思ってるよ」
「むふふん」
「ふふーん。褒めても笑顔しか出ないよ?」
「ははっ、そりゃあ最高のご褒美じゃねーか」
そんな町の様子を見て、ヨウム、マツリ、ウタゲは笑い合うのだった。