ベニマルが魔国を発ち、数日が経過したある日。
いつもの会議室に揃ったリムルと幹部達。
もう間もなく到着するという獣王国の使者に対応するべく、最後の打ち合わせが行われていた。
「さて、こちらの使節団は出発したわけだが、今度はあちらの使節団が到着するという事らしい。ソウエイ」
「獣王国の使者は既に、町の近辺まで来ております。明日の朝には到着するでしょう」
「という事だ。まあ心配はいらないと思うが、一応ここらで最終確認をしておこうと思ってな」
リムルに向けられる幹部達の表情はどれも自信に満ちており、もはや聞くまでもなさそうである。
魔国の町の素晴らしさを存分にアピールするのだと張り切っている様子だ。
「いらっしゃいのお祭りだね!」
「宴もね!」
「ああ。盛大にもてなしてやらないとな」
マツリとウタゲも興奮が収まらない様子。
来客があるなら、おもてなしが必要だ。
そしてここはお祭と宴が何よりも好きな中央都市テンペスト。
自ずとその方針は決まってくる。
食べて飲んで騒いで、盛大に盛り上げる以外にない。
「リグルド! お祭の準備は良いよね?」
「はい、十全に!」
「シュナ、ご飯とお酒の準備は大丈夫?」
「ええ。心配いりませんよ、ウタゲ様」
お祭りと宴の準備は万端の様子。
「ベスター、接客係の教育はどうだ?」
「私の目から見てまだ完璧とはいえませんが、上出来でしょう。他国の使者を迎え入れるのに十分なおもてなしが出来ると思いますよ」
教育も十分に行き届いているとのこと。
あのベスターが及第点を出すなら、それはもう満点と言って差し支えないだろう。
「よし、問題はなさそうだな。その時が来たら皆よろしく頼む!」
「「「はい! リムル様!」」」
万全の準備を整え、リムル達は使節団の到着を待つ。
そして翌日。
「来たな」
「来たね」
「うん、来た」
スライム親子が見つめる先には使節団と思しき
町の入り口を確認したようで、速度を落としてゆっくりと近づいてくる。
その場に集まったのは、リムル、マツリ、ウタゲの他に、護衛役としてシオンとソウエイ。
そして少し離れたところから豪華な装備に身を包んだヨウム一行が様子を伺っている。
こちらはオークロードを倒した英雄の名をユーラザニアの使者にも知ってもらうためである。
町に到着した数台の虎車は美しい作りだった。
車を引く虎も良く調教されているのか、攻撃的な見た目とは裏腹に大人く命令を聞いている。
獣王国ユーラザニアの品格がひと目で伝わる見事な車列だ。
先頭の車の扉が開き、中から妖艶な女性が降りてくる。
「お初にお目にかかります、ジュラの大森林の盟主様。私はカリオン様の三獣士が一人、
「はじめまして。俺が――」
アルビスの挨拶に応えるリムルだったが、その言葉はドガッっという荒々しい音にかき消される。
音のする方向では一台の虎車のドアが開け放たれており、そのドアを蹴飛ばしたであろう足が顔をのぞかせていた。
そして中から出てきたのは白い髪に猫耳を持った野性的な女性――スフィアだ。
スフィアはリムルを一目見るなり、機嫌悪そうに話し始める。
「はッ、弱小なるスライムが盟主だと? 馬鹿にしてんのか!? その上矮小で小賢しく卑怯な人間どもとつるむなど魔物の風上にも置けねぇ」
「控えなさいスフィア。カリオン様の顔に泥を塗るつもりですか?」
「うるさいぞアルビス。オレに命令するな」
到着して早々、喧嘩である。
このスフィアという獣人は弱小種族であるスライムと人間を見下しているようだ。
強さこそが正義という、いかにも獣人らしい考えである。
反対にアルビスは物腰柔らかく礼節を重んじるタイプらしく、森の盟主であるリムルに丁寧な態度で接している。
そんな二人がこの集団のトップ2だとするならば、険悪な雰囲気になるのも当然と言えた。
「ちょっと行ってくるねパパ」
「え? ……あ、ああ。分かった」
緊迫した空気の中、ウタゲはスフィアに向かって歩き始めた。
まるで散歩でもするかのように悠然とした雰囲気である。
「あ、ウタゲ様!」
「シオン、止めなくていい」
「どうして止めるんですかリムル様! 可愛いウタゲ様が獣人たちに取って食われてしまいます!」
今にも泣きだしそうなシオンがウタゲを引き戻そうとするが、リムルがそれを制止する。
「だから大丈夫だって。黙って見てろ」
落ち着き払った様子でリムルが言う。
どうにも獣人たちの様子がおかしいのだ。
如何に血気盛んな獣人とは言え、国からの使者がここまで横暴なことなどありえない。
アルビスとスフィアの言い争いも何らかの目的のための演出であって、本当に起こっているわけではない筈なのである。
……と、
★
なんであの人たちは怒ってるんだろう?
ウタゲは不思議に思った。
だから聞いてみることにした。
近くに寄って見上げてみれば、二人の女性の顔が視界に映る。
その表情には青筋が浮かび、今にも暴れだしそうだ。
しかしウタゲは動じない。
純粋な好奇心で、ウタゲは問う。
「ねえスフィア、なんでそんなに怒ってるの?」
「あ? スライムが盟主とかふざけたこと抜かしてるからに決まってんだろ」
「スライムが盟主だといけないの?」
「スライムって言えば雑魚中の雑魚じゃねえか! そんなやつが大将なんてありえねぇって話だよ」
「でもパパはスフィアより強いよ?」
「……あ?」
スフィアとアルビスの力量はなんとなく理解できる。
一目見て、知りたいと願うだけ。
そうすれば魔素量や肉体の強さといった情報が思考の中にふと浮かんでくるのだ。
ユニークスキル『
ウタゲが生まれながらに持つ、解析系のスキルである。
その権能は以下の通り。
思考加速:通常の千倍に知覚速度を上昇させる。
解析鑑定:対象の解析及び、鑑定を行う。
並列演算:解析したい事象を、思考と切り離して演算を行う。
詠唱破棄:魔法等を行使する際、呪文の詠唱を必要としない。
森羅万象:この世界の、隠蔽されていない事象の全てを網羅する。
リムルの持つ『
スキルとの対話は出来ないが、ウタゲはそのスキルの持つ権能を本能的に理解して使用していた。
リムルの方が強いと言われたスフィアは、怒るよりも先に驚いた。
ほんの小さな子供が屈強な獣人相手に恐れることなく質問をぶつけるどころか、その強さを見切ったかのような発言をしたからだ。
「何でてめえの父親の方が強いと言える?」
意外にも冷静に、スフィアは尋ねる。
「見れば分かるよ」
「は?」
「よく見たら分かったの。アルビスとスフィアはそんなに強くなくて、パパの方が強いって」
「見たら分かるのか? いやでもスライムって見た目もくそ弱いじゃねーか」
「そうじゃなくてもっとちゃんと見るの!」
「どう見たってぷるぷるしてるだけだろ。なんで強いって分かるんだ?」
「分かるから分かるの!」
だって、分かるんだもん。
どうしてそんな当たり前のことを私に聞くの?
ウタゲは困惑の表情をうかべる。
目の前のスフィアも同じように困ったような表情で固まっており、どうすれば良いか良く分からなくなってしまったようだ。
二人そろって頭にはてなマークを浮かべたまま、まるでにらめっこのような状態でじっと顔を見合わせるという異常事態になってしまった。
もうそこに先ほどまでの緊張感は欠片も無い。
どうやら頭を使うのが苦手らしいスフィアに代わって、アルビスが気まずそうに答えた。
「……恐らくは解析系のスキルでしょう。本人も良く分かっていないようですが、そのスキルを用いて我々の強さを調べたという事のようね」
アルビスの言葉に応えるのは、リムルである。
うちの子がすみません、とは口には出さないが、やはり申し訳なさそうな表情で。
「ええと、まあ、それで正解だよ。ウタゲはスキルであなた達の強さを看破した。そして俺は確かにスライムだが、これでもドライアドから正式に盟主と認められているんだ。たかがスライムと侮ってもらっては困るな」
ウタゲとスフィアが見つめる先で、アルビスとリムルが向かい合う。
「そこまで言うのならさぞお強いのでしょうね?」
「まあね。なんなら今ここで俺の配下と力試しでもしてみるか?」
「あらあら、手下に任せて盟主様は高みの見物? もしかして
「そういうのは配下を倒してから言うもんだぜ?」
「一理ありますわね。ではどなたが相手をしてくださるの?」
「そうだな……じゃあ――」
何やら危なっかしい雰囲気である。
双方乗り気で、まるで示し合わせたかのように配下同士の力試しが始まる流れとなっている。
もはや蚊帳の外となってしまったウタゲとアルビスは、外野から事の成り行きを見守ることに。
「ねえスフィア、なんか戦うみたいだね」
「そうだな。オレも戦いたいんだが……あっ駄目だアルビスに睨まれた」
「怒られた?」
「まあな。実はオレたち、最初から相手を挑発して戦うつもりだったんだよ。オレが突っかかって盟主様を怒らせるって流れでな。それがなんか良く分からない感じになっちまってアルビスを怒らせちまったっぽいな。キレると怖いからここはおとなしくしとくか」
「アルビスの方がスフィアより強いもんね」
「……まあその通りだけどよ、そこまで直球で言われるとムカつくな」
ウタゲの目に不貞腐れた様子のスフィアが映る。
戦いの場から除外され、その上ウタゲに弱いと言われていらだっているのだ。
「えい」
ウタゲはぽんとスフィアの横っ腹を叩いた。
全く威力が乗っていないが、構えだけ見ればパンチである。
「なんだいきなり?」
「パンチしたの。戦いたいんでしょ? 私が戦ってあげる」
それは、完全に善意からの行動だった。
スフィアは戦うのが好きで、戦えないのが嫌だと思っている。
じゃあ自分が戦ってあげれば良い。
それだけの事である。
「え、良いのか!? じゃあ早くやろうぜ!」
対するスフィアもウタゲに負けないくらいの単細胞であった。
「うん。でも私が勝つよ」
「……へっ、良い度胸だ。いいぜ、遊んでやるよ。泣いても知らねーぞ!」
その子供らしいやり取りを見て、今にも抜刀しそうだったシオンも、興味深そうに見守るソウエイも、そしてリムルもアルビスも、戦いのことなど忘れて二人の様子を見守っていた。
「いくよ」
ウタゲが言うと、その小さな手のひらからふわりと冷気が溢れ出し、空中に濃い霧がかかるように雪が現れた。
そしてウタゲの手のひらに集まり可愛らしい雪玉を形作る。
「えいっ」
「なっ……冷てぇ!」
スフィアが驚いている隙に、ウタゲは次々と雪玉を作り出し、スフィアめがけて投げつける。
傍から見れば一方的な雪合戦である。
しかしただの雪と舐めてはいけない。
魔人の力で押し固め投擲される雪玉の威力は投石と何ら遜色なく、並の魔物なら一発で仕留められる程の攻撃なのだ。
痛いで済むのは相手がスフィアだからだ。
「やるじゃねえか! お返しだ!」
スフィアはウタゲが投げる雪玉の残骸を集め、倍の大きさにして投げ返した。
ウタゲはひらりとそれを避け、きゃっきゃと楽しそうに笑う。
ウタゲの背後で銃声のような衝撃音が響き、着弾地点の木は幹が大きく抉れていた。
こんな攻撃が数十数百と飛び交うのだから強者ぞろいの獣人たちもこれには顔が真っ青である。
いつの間にか、辺りはウタゲの作り出した雪で覆われ、春だというのに真冬のような光景が広がっていた。
やがて遊び疲れた二人は、雪の上に大の字になって寝転がっていた。
「はぁ……はぁ……お前、中々やるじゃねぇか」
「スフィアもね」
息を切らしながらも、二人の表情は満足気に満ちている。
スフィアは体を起こすと、隣で寝転がっているウタゲの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「気に入ったぜ、ウタゲ。お前強いんだな!」
「楽しかった?」
「ああ、ここまで歯ごたえのあるやつは獣王国でもなかなかいないからな! これからも仲良くしようぜ!」
「うん。私たち友達だね」
「ああ、今日からオレたちは友達だ!」
こうして、険悪だったはずの場の空気はすっかり和やかなものへと変わっていた。
アルビスは呆れたように、しかしどこか楽しそうにため息をつく。
「……さて、盟主様。どうやら力試しは不要のようですわね」
「ああ、みたいだな。うちの娘が世話になった」
リムルとアルビスは顔を見合わせ、苦笑いするのだった。
獣王国ユーラザニアからの使節団は、こうして魔物の町に友好的に迎え入れられることとなったのである。
ええと、最後に更新したのはいつでしたっけ……?
アニメ4期が分割5クールという意味不明なボリュームの予定という衝撃の発表を受け、なんとなくやる気をなくして途中で執筆をやめていたこの話を完成させました。次話を投稿する気力が湧いてくるかは不明ですが、一応アニメパワーを借りて頑張ってみるつもりです。
「書いてくれ」ってコメントが一つでもあればやる気が出るんだけどなー|ω・)チラッ