転生したら子供が出来た件   作:座右の銘

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所信表明
アニメ4期が特大ボリュームで嬉しいので執筆をがんばる


リベンジマッチの約束

 獣王国の使節団との初顔合わせは穏便に終わった。

 初めこそ魔国側の強さを試そうという獣王国側の意図により不穏な空気が漂っていたが、摸擬戦(という名の雪合戦)を通してスフィアがウタゲの強さを認めたことにより、魔国は友誼を結ぶべき相手として獣王国に認められることとなったのだ。

 

 その日の夜、新築の迎賓館にて歓迎の宴が催された。

 宴の開催となれば、宴大臣であるウタゲの出番である。

 

「シュナ、準備はいい?」

「はい。獣王国の皆様に喜んでいただけるよう、腕によりをかけてご馳走をご用意しました。給仕の皆さんも日ごろの練習成果をウタゲ様に見ていただけると張り切っていますよ」

「うん、楽しみ!」

 

 ベスターの指導のもと腕を磨いた接客係たちが、流れるような動作で大広間に料理を並べて行く。

 その速さ、正確さ、美しさは素晴らしいの一言だ。

 世界中のどこを見渡してもこれほど宴会の場を用意するスキルに長けた集団はいないだろう。

 リムルやウタゲの無理難題やベスターの厳しい指導に応え続けた結果だ。

 

 見る見るうちに準備が整う宴会場に、アルビスを始めとした獣人たちは目を丸くして驚いている。

 

「これは……凄まじいですわ」

「ああ。もてなされてるのは分かるんだが、なんかそれ以上にこう……ヤバいものを感じるぜ」

「もはや狂気ですわね」

 

 たかが宴会一つに何故ここまで真剣になるのか?

 魔国を訪れたばかりの獣人たちには到底理解できないのだった。

 

「それじゃあ始めるか。乾杯の音頭は……宴大臣のウタゲに頼もう!」

「うん! それじゃあ獣王国のみなさんと魔国のみんな、ジョッキを持ってください」

 

 ビールがなみなみと注がれたジョッキが一斉に掲げられた。

 大広間の上座に立つウタゲが会場を見渡せば、ピシッと綺麗に並んだ座卓と乾杯の音頭を待つジョッキの列が視界一杯に広がる。

 心躍る光景である。

 

 元気いっぱいにウタゲが叫ぶ。

 

「それじゃあ、かんぱい!」

「「「乾杯!」」」

 

 楽しい楽しい宴会の始まりだ。

 

 リムルがどうぞと差し出す酒を、アルビスはグイと一口で飲み干す。

 

「まあ幸せ!」

「口に合うみたいで良かったよ。どんどん飲んでくれ!」

 

 その一方でスフィアに酒を注ぐのはウタゲである。

 力試しの勝負で打ち解けたのか、両者ともとてもリラックスした様子。

 

「いっぱい飲んでね」

「おう、サンキュー!」

 

 こちらも豪快な飲みっぷりだ。

 魔国産の酒を気に入ってもらえたようで何よりである。

 ユーラザニア幹部が飲む姿を見て、部下達もリラックスしたのか次々とビールの注がれたジョッキを口に着けて行く。

 ここまで来ればもう宴は成功したようなものである。

 

 乾杯からわずか数分後、上座に座るリムルの眼前にはとんでもない光景が広がっていた。

 

「すげぇ飲みっぷりだな……」

「だって美味しいんですもの。おかわりはありませんの?」

「ああ、あるけど……」

「あらありがとう」

 

 獣人たち、特に三獣士のアルビスとスフィアの酒の飲み方は豪快だった。

 獣人特有のスキル『獣身化』によってアルビスは下半身が大蛇に、スフィアに至ってはまんま巨大な虎の姿になっている。

 体が大きい方がたくさん酒が飲めるということだろうか?*1

 用意した最高級の酒があり得ないスピードで減って行く。

 

 初めて迎え入れる獣人の生態は分からないことだらけ。

 しかし酒を飲む彼らの幸せそうな顔を見れば、宴を楽しんでいるという事だけははっきりと分かった。

 

「ねえパパ。獣人さん達楽しそうだね」

 

 リムルの隣にちょこんと座るウタゲが呟く。

 

「お前もな」

「お兄ちゃんもね」

「あはは、違いない」

 

 リムルの目から見れば、ウタゲも獣人たちにも負けないくらいこの宴をエンジョイしているように見えた。

 宴大臣として自らの手で用意した宴会でこれほど多くの魔物や獣人が楽しそうにしているのが、ウタゲにとってはこの上ない幸せなのだろう。

 マツリも宴会場を縦横無尽に歩き回って獣人たちに声をかけて回っており、まあ、こちらは平常運転である。

 

「ウタゲ、氷頼む」

「はいパパ、これどうぞ」

 

 リムルが差し出した空のグラスにウタゲが手をかざすと、コロンと硬質な音が響く。

 グラスには美しく透き通った氷が落とされていた。

 

 ウタゲの氷は飲み物を冷やす最高の氷としてリムルを初め魔国の国民には大人気である。

 この氷は融けるとともに魔素がじんわりと染み出し、胃もたれや悪酔いを予防する回復薬のような効果を飲み物に与える。

 しかし注がれた飲み物の風味を邪魔することは決してない。

 ウタゲらしい、しとやかで愛情深い氷なのだ。

 

「お注ぎいたします、リムル様」

「シュナ、私にもお願い」

「もちろんですウタゲ様」

 

 そんな最高級の氷を入れたグラスに注がれるのは、これまた魔国が誇る最高級のブランデーだ。

 宴会場の中央ではアルビスが豪快に樽ごと飲み干しており猛烈な勢いで無くなっているが、リムルの分はキッチリ確保されていた。

 

 リムルとウタゲのグラスに丁寧にブランデーを注いで戻ろうとするシュナを、ウタゲが引き留める。

 

「シュナ、グラス持ってきて。一緒に飲もう?」

「……! 喜んで!」

 

 今回の宴でウタゲのお供に選ばれたのはシュナだった。

 シュナが指名されたのを見て、他の幹部たちは軒並み項垂れている。

 今日こそは指名されたかった……という心の声が聞こえてきそうである。

 そんな負け組の幹部達を尻目にシュナは意気揚々とウタゲの隣に腰を下ろした。

 

「ウタゲ様、私にも氷を頂ければと……」

「うん。いいよ」

 

 コロン、と響く音。

 遠慮がちに差し出したシュナのグラスには、ウタゲの氷があった。

 いつもより少し大きめで、魔素を多めに籠めてある。

 

「シュナは宴の準備頑張ったから、ご褒美として良い氷をあげる!」

「まあ、ありがとうございます」

 

 ウタゲが見せた笑顔は、今日一番の笑顔だった。

 シュナはうっとりと熱のこもった視線をウタゲに向ける。

 

 気づけばその手はウタゲの頭を撫でていた。

 獣人たちの歓待の場に相応しくない行動と思いながらも、シュナはその手を止めようとはしない。

 

「何で私の頭をなでるの? 頑張ったのはシュナでしょ?」

「ウタゲ様も頑張ったのですからこれで良いのです」

「そうなんだ。じゃあいっぱいなでて!」

 

 なでり、なでり。

 至福の時間を少しでも長く味わおうとシュナはゆっくりとその手を動かしていく。

 そして横に座るリムルは自分のグラスにあるものより大きくて綺麗なシュナの氷を、少し悔しそうに眺めるのだった。

 

 

 中央都市リムルを拠点に行商を行う犬頭族(コボルト)のリーダー、コビーは、突然リムルに呼び出された。

 

 今日は獣王国ユーラザニアからの使者を受け入れる日で、今頃は宴会で盛り上がっているはず。

 そんなタイミングで私に一体どんな用件が……?

 

 何も知らされていないコビーは、一抹の不安を胸に宴会場へ向かった。

 

「やあコビーちゃん! 実はこちらの三獣士のお二人が、我が国の酒をユーラザニアに融通して欲しいと言うんだよ」

「ほう」

「で、こちらとしてはユーラザニアで栽培している果物を貰えれば酒の生産量アップが見込めるわけで、双方にとって良い取引になると思うんだ」

「そうですね」

「だからその取引をコビーちゃんに一任しようかと」

「なるほど……はいぃ!?」

 

 軽いノリで言うが、とんでもない大仕事である。

 コビーは一介の行商人であって御用商人ではない。

 それがいきなり魔国とユーラザニアの取引を仕切れと言われれば驚くのも当然である。

 

「そ、それはつまり、私が魔国の代表として……その……取引をまとめろという事で……?」

「うん、良い感じに頼むよ!」

「ちょっと、リムル様!? 待っ……」

 

 そそくさとその場を離れるリムルをコビーは呆然と見つめる事しか出来ない。

 あまりにも唐突に、人生初の大仕事が始まった。

 しかしコビーも商人だ。

 素早く頭を切り替え、冷静に損得の計算を始めるのだった。

 

「あ、コビー久しぶり! 何話してるの? 明日のお祭の話?」

 

 不意にマツリが現れた。

 今日も例にもれず、酒瓶を抱えて宴会場を自由に歩き回っている。

 

「これはマツリ様。ご無沙汰しております。残念ながらお祭の話ではなく、獣王国ユーラザニアと魔国の間で行われる取引について交渉を行っているところですよ」

「取引?」

「ええ。ユーラザニアからは果物を、それに対し魔国からは果物で作った酒を、それぞれ輸出しようという話です」

「へえー。果物って、あの甘いやつ?」

「ええ」

「あら、マツリ様。そのお召し物はいったい……?」

 

 コビーとマツリの雑談に、アルビスが割り込んだ。

 マツリの着る服が気になっているようである。

 

「ああこれ? シュナの新作なんだ。可愛いでしょ!」

「ええとっても。それに生地がとても滑らかで……少し触っても良いかしら?」

「いいよ!」

 

 アルビスが目を付けるのも当然だった。

 地獄蛾(ヘルモス)産の魔絹から作られたその浴衣は、滑らかで着心地が良く、見た目も美しく、さらに丈夫で汚れにくい。

 マツリの色に合わせた鮮やかなオレンジをベースに、白い点が降りそそぐ雪のようにまばらに描かれている。

 

 マツリが着ている浴衣はシュナ制作のオリジナルで、対となるウタゲ用の浴衣と共にシュナからプレゼントされたばかりだった。

 グレードを落とした量産品がこれから出回ることになっている。

 

「素晴らしい生地ですわ! 是非ともこれが欲しいのですけれど」

「いいよ。いっぱいあるからあげる!」

「あらまあ、嬉しいです! では細かい内訳は後程正式に話し合うという事で……」

 

 アルビスが魔絹を欲しがれば、なんと二つ返事でマツリが承諾してしまった。

 

「ちょっとちょっとマツリ様!? あげちゃ駄目ですよ! きちんと対価を頂かないと!」

「ダメなの? アルビスが喜ぶんだからあげようよ」

「ダメです!」

 

 コビーは慌てて割り込む。

 あまりに軽いノリのやりとりなので忘れそうになるが、これは国同士の取引である。

 ここで良く考えずに取引内容を決めれば国益を損ねることになりかねない。

 魔国産の上質な魔絹をただで譲るなど、リムルに交渉を一任された商人の代表として断じて認められることではなかった。

 

「マツリ様、我々獣人としてもこの素晴らしい魔絹をただで頂こうなどとは考えていませんわ。相応の対価をお支払いいたします」

 

 話を切り出したアルビスも、真っ当な取引を望んでいたようだ。

 

「へぇ、そうなんだ。じゃあアルビスは何をくれるの?」

「そうですわね、ここはやはりユーラザニア産の果物を……マツリ様?」

「スフィアのこれ、キラキラしてて綺麗……」

「ん? 何だこの首飾りの事か?」

 

 マツリが興味を示したのは、スフィアの首飾りについている宝石だ。

 

「つるつるでキラキラしてて……見たことないやつだ」

「ああ、ジュラの森では採れない宝石なのかもな。ウチには一杯あるから、欲しいならやるぜ?」

「良いの!? じゃあちょうだい!」

 

 スフィアもまた、欲しいと言われれば素直に承諾しようとしてしまうのだった。

 コビーとアルビスが同時に心の中で愚痴をこぼす。

 

「あ、あの、スフィア殿? タダで頂くというのは……」

 

 すかさずコビーがフォローを入れるが、その言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。

 目の前のアルビスが雰囲気を一変させたからである。

 その身からにじみ出るのは、鋭い殺気。

 遥か上位の魔物の妖気をその身に浴びたコビーは、ひゅっ、と息を吸い込んでその場で固まってしまう。

 

「スフィア? 仮にもユーラザニアの代表として交渉の場にいるのですから、真っ当な取引をしなさいな」

「おっと、悪いアルビス。そう睨むなよ……。ほら、そこの犬頭族(コボルト)もビビってるしよ」

 

 アルビスに睨まれれば流石のスフィアも縮こまってしまう。

 宴会場の一角に流れる不穏な空気は、交渉の場を遠くから見守る魔物達でさえ恐怖を感じる程だ。

 とても交渉が出来る雰囲気ではない。

 

 幸いにも、アルビスはすぐに冷静さを取り戻した。

 

「あらすみません。私ったら、カッとなるとつい……」

「いえ、穏便に収めていただきこちらとしても助かったというか、命拾いしたというか……」

 

 ふっとアルビスから発せられる殺気が収まる。

 ほんの一瞬の出来事であったが、コビーは死地から生還したような気分だった。

 

「マツリ様に置かれましても、もし御不快に思われたなら謝りますわ」

「え? 何が?」

 

 マツリはあっけらかんとした表情で答えた。

 殺気に怖気づくどころか、気づいてすらいないのである。

 

 アルビスは信じられない様子でマツリを見つめる。

 

「私の殺気を間近で受けてこの余裕。やはり盟主様のお子様も途轍もないお方なのですね」

「そうなの? 良く分からないけど、俺って凄いって事?」

「ええ、それはもう。流石はカリオン様の認めし方々ですわ……」

 

 リムルの知らないところで魔国への評価が一段階上がるのだった。

 

 

 数日間に渡るどんちゃん騒ぎの後、アルビスとスフィアは報告の為ユーラザニアへと旅立つことになった。

 他の使節団のメンバーはテンペストに残り魔国の技術を学ぶ予定となっている。

 

 出立の日の朝、スフィアが食堂で朝食を食べていると、ウタゲが駆け寄ってきた。

 いつもはリムルの庵で朝食を食べるウタゲだが、これがスフィアが魔国で食べる最後の食事になるという事で食堂に駆け付けたのだ。 

 

「スフィア、おはよう」

「おう、おはようウタゲ様。リムル様とマツリ様もな」

 

 この数日間でウタゲとスフィアの距離は急速に縮まっており、今では親友と呼べる間柄となっていた。

 きっかけはあの雪合戦……もとい、摸擬戦。

 ウタゲの強さにほれ込んだスフィアが何度も勝負に誘ったのだ。

 

「なあウタゲ様、オレと勝負しようぜ!」

「いいよ」

 

 あの雪合戦を楽しい遊びと思っているウタゲはこれを断ることもなく、日に何度も摸擬戦という名の雪合戦を行う事となるのだった。

 おかげで町の一角に広大な雪原が出来上がっていた。

 ウタゲ様の雪が見れるという事で、今ではちょっとした町の人気スポットとなっている。

 

 そんな裏話はさておき、スフィアの出立にウタゲは少なからず寂しさを感じているようだった。

 スフィアの隣の席に座ったウタゲは、いまにも涙をこぼしそうになりながらスフィアを見上げている。

 

「スフィア、また会える……?」

「あたりめーだ! 俺とウタゲ様の仲だぜ? ユーラザニアとテンペストは正式に国交を結んでるんだし、また来る機会もあるさ!」

 

 にかっと笑うスフィアだったが、ウタゲの表情は晴れない。

 

「またっていつ?」

「さあな? 待ってりゃその内来れるだろ」

「すぐが良い……」

 

 ついにウタゲは涙をこぼしてしまった。

 スフィアはそんなウタゲの頭をわしゃわしゃと撫でて笑う。

 

「泣くな泣くな。可愛い顔が台無しだぜ? それに二度と会えなくなるわけじゃないんだからそんな悲しがることないだろ?」

「うん……分かった。私泣かない」

「そうだ偉いぞ! それでこそオレが見込んだウタゲ様だ!」

 

 スフィアの励ましの甲斐あってウタゲは泣き止んだ。

 黙って俯いてしまいスフィアと目を合わせることもできないが、今のウタゲにはこれが精一杯。

 スフィアの服の裾をきゅっと握りこんだままじっと食事が終わるのを待っていた。

 

 これもまた経験である。

 出会いがあれば別れもあるし、悲しい気持ちになることもあるだろう。

 その全てはウタゲの魂に刻まれ、その成長の糧となるのである。

 

 そしてやってくる、出発の時。

 町の出入り口には一台の虎車と、アルビスとスフィアが立っている。

 見送りにやって来たのはリムル、マツリ、シュナ、シオン、ソウエイ、そしてヨウムの一団である。

 

「旦那、ウタゲちゃんは来ないのか?」

「ああ、ちょっとな……」

 

 この場にウタゲは居ない。

 事情を知らないヨウムがリムルに問いかけた。

 

「ウタゲも見送りに誘ったんだが、泣きながらつっぱねられてな。仲良くなったスフィアと離れるのが相当堪えてるみたいだ」

「そりゃあまた見覚えのある光景だな。やっぱり兄弟だぜ」

「さすが俺の妹」

「褒めてる訳じゃねーぞ? マツリちゃん」

 

 ヨウムが英雄として旅立つと聞いたときマツリは今のウタゲと同じように泣いていた。

 どうしてマツリがここで胸を張るのかは分からないが、とにかく似た者同士である。

 

「旦那、ウタゲちゃんを連れて来なくていいのかい?」

「普段は滅多にわがままを言わないアイツがここまでするんだ。俺が強く言えば連れて来れはするだろうが、それは野暮だな。今ウタゲが構って欲しいのは俺じゃない。……なあ、スフィアさん」

 

 リムルはスフィアに視線を向ける。

 

「まあ……こんなに分かりやすく誘われりゃ流石に分かるぜ」

 

 空の一部が不自然に白く染まり、その方向から冷気が流れてきている。

 ウタゲが何を望んでいるのかなど考えるまでも無かった。

 見つけて欲しいのだ。スフィアに。

 

「なあアルビス。先に出発しててくれ。オレは後から走って追いつくからよ」

「仕方がありませんね。他でもないウタゲ様の御意向とあらば目をつぶりましょう」

「じゃあ行ってくる!」

 

 スフィアは走り出す。

 ウタゲが待っているだろう、冷気の流れてくる方向へ。

 

「全く世話の焼けるお嬢様だぜ!」

 

 季節外れの冷たい空気を頼りにスフィアは生い茂る森の中を疾走する。

 少し走ればすぐに視界は開けた。

 町から少し離れた場所にある平原に出たのだ。

 

 絶景だった。

 新雪が柔らかく積もり、真っ白い絨毯がどこまでも広がっているかのような美しい光景。

 その中心に、ウタゲは居た。

 

 ウタゲはスフィアを見つけるなり叫んだ。

 

「勝負しよう! スフィア! 今すぐに!」

「……ああ! 望むところだ!」

 

 二人の間にこれ以上の言葉はいらなかった。

 無言で雪を掬い固めてその手に握る。

 屈託のない笑顔で真っ直ぐ向かい合い、勝負が始まった。

 

 ただひたすらに雪を固めて投げ合う二人。

 スフィアはこうするのが礼儀とばかりに最初から全力でウタゲと戦っている。

 しかしいつもなら拮抗するはずの勝負が、今回に限ってはずっとウタゲに押され気味だ。

 

「お前、やっぱり実力を隠してやがったな!?」

「今までのは遊び。でも今は違う。スフィアに勝つの!」

 

 ウタゲの雪玉攻撃は激しさを増していく。

 より硬く、より速く。

 スフィアであっても無傷では済まない威力の雪玉が降りそそぐ。

 

「痛てぇ! くそっ、このまま負けてたまるかってんだよ!」

「ダメ! 私が勝つんだから!」

 

 スフィアも粘るが、最後はウタゲに押し切られてしまった。

 全身を石のような硬さの雪玉に殴打されればさすがのスフィアも動けなくなる。

 疲労と痛みが限界に達し、ついにスフィアは雪の上に倒れ込んでしまった。

 

「はあ、はあ、ウタゲ様、あんた容赦ねーな。なんだって急にここまで」

 

 力の差があるだろうことはスフィアも初めから分かっていた。

 自分にとっては真剣勝負でも、ウタゲにとってはただの遊びだったという事も。

 カリオン様が認めたリムルの子供なのだからその強さは納得できる。

 

 しかし、じゃあなぜ今になって全力で叩き潰しに来る?

 スフィアにはそれが分からなかった。

 

「悔しい?」

「悔しいに決まってんだろ。くそっ、ガキ相手に情けねーぜ」

「私に勝ちたい?」

「当たり前だ!」

 

 まったく生意気なガキだとスフィアは思った。

 勝ったからといってそんな言い方は無いだろう。

 

「じゃあ、またここに来ないといけないね。そうしないと私と戦えないよ?」

 

 ――ああ、そういう事かよ。まったく面倒なお嬢さんだぜ。

 

 スフィアは理解した。

 ここで自分を負かせば、悔しがってまた戦いを挑みに来る。

 つまり、テンペストにスフィアが再びやってくる。

 ウタゲはそう言っているのだ。

 

 侮辱ともとれるウタゲの発言に眉をひそめていたスフィアだったが、一転して溌溂とした表情になる。

 体はもう動かないが、気力は満ちていく。

 スフィアの闘争心に火が付いた瞬間だった。

 

「ウタゲ様! リベンジマッチを申し込むぜ! 近いうちに絶対にまた来るからな!」

「……うん! 絶対だよ! 約束だからね!」

「このまま終われるかってんだ! 絶対に来る!」

 

 こうして二人は再開と再戦の約束を交わすことになるのだった。

 

 ポーションでスフィアの傷を治し、今度こそ本当の別れの時間がやってくる。

 しかしウタゲの目に涙はない。

 また会えると心から信じることが出来るからだ。

 

「じゃあな、ウタゲ様!」

「うん。またね!」

 

 真っ白な雪景色の中をスフィアが駆けて行く。

 あっという間に小さくなっていくその背中を、ウタゲは晴れやかな気持ちで見送った。

 

*1
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