アルビスとスフィアがユーラザニアに帰った翌日、リムルは会議室に幹部を集めた。
連日のどんちゃん騒ぎのおかげか、会議室に並ぶ配下たちの顔が普段の3割増しでつやつやして見える。
「ユーラザニアからの使者だが、最初に喧嘩を吹っ掛けられたときはどうなるかと思ったが問題なく終わったな」
「そうですな。今では残った獣人の皆様が町の各所で技術の習得に励んでおります。真面目に働くつもりのようですし、この様子なら問題は起きないでしょう」
リムルが話題を切り出し、リグルドが答えた。
残った獣人の受け入れについても上手くやってくれているようで一安心だ。
「毎晩の宴会もこれでひと段落って事か。ウタゲ、シュナ、リグルド、お疲れさん」
「うん!」
「お安い御用です」
「なんのなんの! むしろ良い経験になりましたぞ!」
三者とも全く疲れを感じさせない返事である。
ウタゲはともかく、シュナとリグルドは大変な仕事を任されたはずだというのに大したものだ。
宴会は獣人たちには大好評だった。
最終日などアルビスが魔国に残る配下達を一瞥して小さく舌打ちし、獣人たちをビビらせていた。
配下を残して魔国を離れるのが相当悔しかったのだろう。
他国の魔物から見てもそれだけ素晴らしい宴だったという事で、リムルとしては喜ばしい限りである。
さらに数日後、ユーラザニアに視察に行っていたベニマル達が返って来たので、早速話を聞くことに。
会議室に集まったのはリムル、マツリ、ウタゲと、団長であるベニマルと副団長のリグル、それからリグルルドとリリナだ。
「戦士団は流石の一言です。一兵士に至るまで、徹底的に鍛え上げられていましたよ。魔王カリオンとリムル様を計算に入れず、俺達だけで戦った場合、勝利出来るかどうかは怪しいですね」
主に軍事面を調査してきたベニマルの言葉である。
その報告から受ける印象は修羅の国と名高い獣王国のイメージ通りだ。
「へーそうなんだ」
「パパの方が強いけどね」
強い弱い云々の話は子供二人には響かない様子である。
一方で副団長であるリグルは、ユーラザニアの農業が素晴らしいと絶賛する。
「彼の国には、我が国とは比べ物にならぬ広大な田畑が広がり、様々な農作物が彩り豊かに実っておりました。流石は豊かなる大地。そして、その大地を維持管理する確かな技術です」
そして机に並べられる、数々の果物。
リグルがユーラザニアから持ち帰ったお土産である。
「なにこれ美味しい!」
「あ、お兄ちゃん待って! 私にもちょうだい!」
丁寧に机に並べられていく果物を待ちきれず、マツリがフライング。
それを見て待ちきれなくなったウタゲも騒ぎ出した。
「はい、あーん。おいしい?」
「ん! すごくおいしい!」
一足先に味見を始めたマツリとウタゲは、おいしいおいしいと大評判だ。
そんな子供たちの様子を見てリムルが我慢できるはずもなく。
「ほらほら、もっと食え」
「わーい」
リムルが差し出したリンゴっぽい果物をスライム状態のウタゲがぷるんと包み込む。
「こっちのメロンっぽいのも旨そうだな。ほい、マツリ」
「んん! おいひい!」
マツリにメロンっぽい果物を差し出せば、勢いよくかぶりついてくる。
リムルはご満悦。
もはや報告の事などそっちのけである。
「あの、リムル様? これは調査の一環でもあるのでリムル様もお召し上がりくださいね」
「ああそうだった。じゃあ一つ貰うか」
リグルからの催促が無ければただの餌付けで終わるところだった。
リムルは可愛い我が子とのじゃれ合いを一旦ストップし、手近な果物を一つ頬張ってみる。
口に広がるのはこの世界では食べたことがないほどの濃厚な果実の甘み。
「こりゃ旨いな!」
「そうでしょう?」
ユーラザニアから果物を輸入するという決断は大正解なのだった。
マツリとウタゲのおやつになるのは当然として、数を確保できるなら町の住人のおやつとして流通させても良い。
もちろんブランデーの材料にするのがメインとなるが、それだけに費やすつもりもないのだ。
「パパ! 果物のお祭りをやりたい!」
「それ良いな! リグルド!」
「承知いたしました! ユーラザニアからの果物が到着したらすぐにでも開催しましょうぞ!」
フルーツ祭の開催が決定である。
「この果物や他の農作物を作る技術は、俺達でも習得出来そうなものか?」
「……恐らくは、可能かと」
リムルの問いに、リグルが答える。
食糧事情が改善されつつある魔国だが、まだ試行錯誤を重ねている段階である。
ここでユーラザニアの栽培技術を取り入れることが出来れば大きな前進が見込めるというものだ。
次の使節団には管理部門から選抜したメンバーが加わることが決定し、使節団からの報告は終わったのだった。
大方の報告を聞き終え、リムルはマツリとウタゲを連れて会議室を後にする。
次の調査に向けた細かい調整などは配下の仕事だ。
ところが廊下に出たリムル達を追って使節団団長の任を負うベニマルがついて来た。
「あれ? ベニマル、使節団の団長として話を聞いていなくていいのか?」
「ああ、大丈夫ですよ。次回からはリグル殿が団長として使節団を率いると決まったのです――」
リムル達に続いて会議室を出て来たベニマルが言うには、魔王カリオンは信頼できる人物とのことらしい。
力に頼るだけの王ではなく、優れた人格者。
使節団を闇討ちする心配は皆無なのだという。
「……という事で、俺は守りの要としてテンペストに残った方が有用でしょう」
「それもそうだな」
リムルはカリオンの人物像を思い浮かべつつ、ベニマルの話に納得した。
一方で子供二人は別の理由に思い当っている様子だ。
「皆に合えないのが寂しいだけだったりして」
「確かに! 何日もパパに合えないのは嫌だもんね。ねえどうなのベニマル? やっぱり町に居たい?」
純粋な疑問の眼差しでマツリとウタゲがベニマルを見上げる。
対するベニマルは堂々としたものだった。
「勿論リムル様、そしてそのお子様であるお二人のお傍にいられることを、何よりの喜びだと思っていますよ」
屈託のない爽やかな笑顔で言い切った。
イケメンである。
「ふおぉ……カッコいい……」
「カッコいいね……」
魔国の誇るイケメンの笑顔にしばし見惚れる二人。
これだからイケメンは……というリムルのぼやきも、マツリとウタゲの耳には届かないのだった。
執務館の廊下を歩きつつ、会話は続く。
「ベニマルはカリオンと友達になったの?」
「流石に魔王相手に友達というのは恐れ多いですが……かなり仲良くなったとは思いますね。マツリ様は強いのですぐに友達になれるんじゃないですか? 町を襲いに来たフォビオをいとも簡単に無力化したと聞いてますし、カリオン様にも気に入られると思いますよ」
「カリオンと雪合戦すればいいよ!」
「ははは、俺はウタゲ様と違って雪を出せないので普通に戦いましたよ。まあカリオン様にはコテンパンにされましたけどね。流石は魔王と言ったところです」
「……なあベニマル。一つ聞いて良いか?」
リムルは恐る恐るベニマルに尋ねる。
「お前、まさかとは思うが魔王カリオンと戦ったのか?」
「ええ。喧嘩を売ってみたのですが、全く相手になりませんでした。ああでも、フォビオには勝ちましたよ!」
「……」
良い顔でベニマルは言った。
リムルは絶句した。
使者として寄越した配下があろうことか相手国の国王に喧嘩を吹っ掛けていたなど想定外も良いところである。
二の句が継げずに固まってしまったリムルを置き去りに話は進む。
「私もね、スフィアを雪玉でやっつけたの! 悔しがってたから、きっとまた戦うために戻ってくるよ!」
「三獣士のスフィアもウタゲ様には敵いませんでしたか……。アルビスの方はどうです?」
「戦ってないから分からないけど、私の方が強いと思う」
「それはそうでしょうね。今度会った時こそちゃんと戦いましょう!」
「ふふん、私がいっぱい雪玉投げてすぐに勝っちゃうけどね!」
「宜しければ俺とも戦いませんか、ウタゲ様。ああ、勿論マツリ様も」
「いいよ! でもベニマルに雪は効かないかなー」
「ウタゲが負けたら次は俺ね!」
戦闘狂のベニマルが戦いの話に乗り気なのは当然の事だ。
一方で魔物としての強弱に全く興味のないマツリとウタゲは気負うことなく戦いの話をする。
結果としてこの全く性格の異なる3人の話は、驚くほどかみ合っていた。
その会話を隣で聞くリムルは頭を抱える。
素直過ぎるマツリとウタゲにベニマルの話を聞かせ続けるのは危険だ。
このまま放っておいては我が子が無邪気な戦闘狂になってしまいかねない。
「おい、ベニマル。お前は教育に悪いから今後マツリとウタゲに勝手に会うの禁止な。俺かシュナの許可を得るように」
ベニマルは心底驚いた様子でリムルに問う。
「なっ……!? あんまりですリムル様! 俺が何をしたと!?」
「やらかしまくってるだろうが! 魔王カリオンに喧嘩売ったり、ウタゲとアルビスを戦わせようとしたり、マツリとウタゲに勝負を挑んだり! あのな、俺達スライムは戦闘種族じゃ無いし、二人をお前みたいな戦闘狂に育てるつもりもねーんだよ!」
「しかしリムル様……!」
「しかしじゃない!」
ぴしゃりと言いきられ、ベニマルは撃沈した。
ここからしばらくベニマルはマツリとウタゲとの接触禁止令が出されたのであった。
★
ユーラザニアとのやり取りが片付けば次はドワルゴン訪問だ。
ガゼル王から正式に招待され、国賓として招かれる予定となっている。
執務館の一室ではシュナとリムル、マツリ、ウタゲが最後の準備を進めていた。
到着してからの流れについて確認するリムルとシュナ。
そのすぐ傍ではマツリがスライム状態のウタゲを抱っこしてうろうろしている。
マツリの腕の中から、ウタゲが問う。
「パパはガゼルと戦う?」
「戦うわけないだろ? ベニマルじゃあるまいし」
「そうですよウタゲ様。何でもかんでも戦って勝てば良いという物ではありません」
「でも仲良くなれるよ?」
「あれが通用するのは獣人だけだ。くれぐれも常識だと思わないでくれよ?」
ウタゲの素朴な問いにリムルとシュナはげんなりしながら答える。
その答えも、リムルとシュナの態度も、ウタゲが期待したものではなかった。
「すみませんリムル様。きっとお兄さまがウタゲ様に何か吹き込んだのですわ」
「スフィアとの交流も明らかに悪影響を与えているよなぁ」
生まれて間もないウタゲが初めて目の当たりにした外部の魔物が、獣人だった。
戦いたがっていたから戦い、そのまま仲良くなった。
ベニマルもカリオンと戦って仲良くなったと言っていた。
戦う事は良い事。
それがウタゲの短い人生でたどり着いた一つの結論だった。
「じゃあウタゲ、俺と戦う?」
「お兄ちゃんとはもう仲良しだからしなくていいよ」
とは言え、自ら進んで戦いたいわけではないようである。
「いいかお前ら、一応は魔国の王族として訪問するんだ。子供だからと言ってあまり無礼な態度を取るんじゃないぞ? 戦うなんて論外だからな」
「そうですよ。良い機会ですから礼節というものを学んでいただかないと。……もちろん、リムル様もですよ?」
「お、おう」
こうしてドワルゴン訪問の準備は滞りなく進んで行った。
言うまでもないが、ほとんどはシュナと大賢者の仕事である。
数日の後、いよいよ出発の時がやって来た。
リムルが町を離れるのは町が出来てから初めてとなる重大イベントとなる。
重大イベントとなれば、盛大なパレードとそれに便乗した祭りが開催されるのも当然だった。
町のメインストリートに馬車……ではなく嵐狼が引く狼車が2台と護衛のゴブリンライダーが6騎。
そして割れんばかりの大歓声と、マツリやリムルが指示したわけでもないのに始まっているお祭り騒ぎ。
予定にあるのは出立のパレードだけなので、それ以外の屋台やら見世物やらは全て住人達の自主的な活動である。
旅立つメンバーはリムル、マツリ、ウタゲ、シュナ、シオン。
そしてカイジン、ガルム、ドルド、ミルドのドワーフ達だ。
ベスターは『王に合わせる顔が無い』と不参加である。
出発の瞬間を一目見ようと詰め掛けた魔物達を左右に見ながら、リムルは狼車に向かって堂々と先頭を歩く。
そのすぐ後ろにきゃっきゃとはしゃぎながら歩くマツリ。
マツリの隣を歩くウタゲは落ち着いた様子で町の魔物達に微笑みかける。
さらに後ろにはそんなスライム親子の姿を目に焼き付けつつ、観衆に手を振るシュナとシオンが続く。
リムルが気恥ずかしくなりながらも気分よく歩いていると、突然前方にソウエイが現れた。
「リムル様」
「おうソウエイか。その子は?」
ソウエイはホブゴブリンの幼い少女と獣人の少女を連れていた。
突然連れて来られたのか、二人の少女は何が起きたのか分からない様子である。
やがてパレードのど真ん中でリムルと対峙していると気づいた二人ははわわと慌てはじめる。
「……俺に用があるのか?」
リムルが優しく問いかけると、ホブゴブリンの少女は意を決して一歩前に踏み出した。
そしてリムルに向かって差し出した手には、リムルをかたどった小さなお守り。
「あのっリムル様! これお守り作ったの! リムル様の旅が安全でありますようにって」
「おっありがとな。大事にするよ」
リムルはホブゴブリンの少女からお守りを受け取った。
わあっと盛り上がる観衆。
お守りを無事に渡すことが出来た少女はもはや夢見心地でリムルを眺めるばかりである。
そんなホブゴブリンの少女の頭を軽く撫でつつ、リムルはもう一人の獣人の少女に視線を移す。
「それでそこの
「この警備隊のお姉ちゃんがお守り探してくれたの!」
答えたのはホブゴブリンの少女だ。
「……ほほう、警備隊の新人か」
「フォスじゃん! 久しぶり」
「あ、そうか。マツリ様もドワルゴンに行くですね」
「うん行くよ! 帰ったら一杯お話してあげるね!」
「はい、待ってるです」
その獣人の少女――フォスは、マツリと親し気に話しており、どうやら知り合いの様だった。
リムルを目の前にして緊張しているようだが、ネームドらしくそれなりに強い力を秘めている。
しかしリムルの名付けた魔物ではない。
「マツリのお友達か?」
「うん、フォスって言うんだ。ユーラザニアから来た獣人で、カリオンが送り込んできたスパイだよ!」
「はぁ!?」
あまりに唐突な爆弾発言にリムルはただただ驚いた。
スパイがいるなら教えてくれよ!
いやそもそもなんでそのスパイがソウエイに連れられて目の前に現れるんだよ!
叫びたい気持ちのリムルだったが驚くのは表情だけにとどめ、とりあえず仕事が出来る男ソウエイに尋ねることに。
「ソウエイ、そいつスパイらしいぞ?」
「把握しております。しかしこれといった情報収集は行っておらず、ただの住人として過ごしているようなのでご報告にはあげませんでした」
「そ、そうか……」
「マツリ様のお友達ですので、身辺調査は徹底的に行っております。察するにこの者は情報収集というよりも外の世界を見せるために魔王カリオンが旅に出したというのが真相でしょう」
「ほう、可愛がられてるんだな」
「そのようです」
「つまり、ユーラザニアから移住してきたただの獣人でマツリの友達って認識で良いんだな?」
「よろしいかと」
はぁーっと大きなため息がリムルの口から漏れる。
「ちなみに、他にも把握しているスパイは居るのか?」
「何名か*1。スパイというより、町の様子を探りに来た調査員のような者どもです。必要とあらば始末しますが?」
表情を崩すことなくソウエイがリムルに訪ねる。
ふむ、としばし考え込むリムル。
『え、私ここで死ぬです?』というフォスの呟きは野次馬たちの歓声にかき消される。
「いやいい、むしろ歓待するくらいでいいだろう。下手に恨みを買いたくないし、この町の良さをとことん見せつけてやればいいさ」
「御意」
「フォスと言ったか。マツリと仲良くしてくれてありがとな」
「いえいえ大したことではないです! むしろマツリ様とお近づきになれて嬉しいです!」
「そうか。下がって良いぞ」
ソウエイはフォスとホブゴブリンの少女を連れて、闇へと消えて行った。
「……マツリ、今後はお前の交友関係にもちょっと目を配る必要がありそうだな」
「なんで?」
「今目の前にスパイが出てきたからだろ……。悪い奴じゃなさそうだったから良いが、これがもし悪意をもってお前に近づいてきた奴だとしたら……いやいい。この手の話はどうせお前には理解できないもんな」
「まあね!」
「褒めてねーよ!」
スパイの潜入を予想していないリムルではないが、マツリのお友達とは予想外である。
お人よしを通り越して自分に迫る危機という物に全く無頓着なマツリなので、こんなことはこれから先いくらでも起きうるだろう。
少し危機管理意識を改めるリムルだった。
トリニティより、フォス登場です。ということは当然ステラとネムも出てきます。ステラは食堂で、ネムは工房で働くのでマツリ・ウタゲと仲良くなりそうですね。スライムを枕にして寝るネムは絶対に書きたい。
開国祭まで進めばフラメアも町にやってきますが……そこまで書くのにどれだけ時間がかかる事やら。