体調が悪いとかメンタルが崩れているとかではなく、むしろ執筆以外の趣味が充実しておりまして。ついでに仕事もボチボチ忙しいのです。
書きたい気持ち自体は……まあ、それなりにありますので続きは書くと思います。完結はかなり怪しいペースですけどね……。
テンペストを旅立った2台の狼車がドワルゴンへ伸びる街道を駆け抜けていく。
ゲルド達の仕事によって道は驚くほど滑らかに整備され、嵐狼に引かれる車体は驚くほどの安定性を発揮し、旅はすこぶる順調だ。
「森だー」
「森だねー」
マツリとウタゲが車窓から身を乗り出して外を眺めるが、見えるのは当然ながら、森だけである。
4人乗りの狼車に、リムル、マツリ、ウタゲ、シュナ、シオンの5人が乗っている。
シュナとシオンが並んで座り、その向かいに小柄なスライム親子が3人並んで座る形である。
「マツリ様、そんなに乗り出すと危ないですよ」
「だいじょーぶ!」
「大丈夫じゃありません。ほらお戻りに」
シュナがマツリをひょいと持ち上げ、膝の上へ。
両手はマツリのおへその前でガッチリとロック。
逃がさないつもりである。
マツリの素行を注意すると見せかけての、確保であった。
「では私も!」
「わあー」
シオンも負けじとウタゲを捕獲。
膝の上に座らせ、やや乱暴に、しかし愛情たっぷりに抱きしめる。
狼車のなかでの二人は、遠慮が無かった。
「まあいいけどな。座席が広くて快適になるし」
そんな二人の向かいに一人ぽつんと座るリムルは、広くなった座席で足を組んで寛いでいる。
マツリとウタゲを抱くのは魔国の誇る美少女二人。その膝の上にちょこんと座るのは愛しい我が子。
リムルの視界は幸せそのものなのである。
先頭を行く狼車の中は実に甘美な空間なのであった。
一方、リムル達の後ろをついて走るもう一台の狼車はというと。
「おい兄貴、ちょっとそっち寄れよ」
「限界だって。お前こそ幅とりすぎじゃねーか?」
「……」
「ケンカするんじゃねよ、お前ら。ただでさえむさくるしいってのに余計に空気が悪くなる」
恰幅の良いドワーフ4人が同じサイズの車内空間に押し込められ、縮こまっていた。
「もっとサイズを大きく設計するんだったぜ」
「鬼人やホブゴブリン基準じゃ俺らにはせまいよなぁ」
「かといってドワーフやオークが基準じゃデカすぎる」
「……」
話題は少しずつ車体の設計へと移っていく。
「いやしかしデカくしたらしたで車軸もサスペンションもガラッと変わっちまう」
「この幅が最適なのは、まあその通りなんだろうが」
「いいや、デカのにはデカいなりの良さがあるから、問題はそこじゃねぇ。要は調整だと思うぜ?」
「……」
やがて狼車の狭さもむさくるしさも忘れ、車体の設計に夢中になるドワーフ4人であった。
☆
2台の狼車は飛ぶように走り、あっという間にドワルゴンのある山の麓までたどり着いた。
「パパ! あれがドワルゴン!?」
「ああ」
「ちっちゃいねー」
「違うぞウタゲ。あれはただの入り口で、国はあの山の中にあるんだ」
視界一杯に広がるのはなだらかな草原と切り立った巨大な岩山。
その岩山の麓に石造りの建物が小さく見える。
武装国家ドワルゴンの正門だ。
「あれは……ドルフさんか」
「ええ。門を開く準備をしているようですね」
切り立った岩山の側面に設置された門の前には入国待ちの旅人たちが何事かと詰めかけており、警備隊が人払いに精を出していた。その警備隊の中にはかつてリムルが世話になったカイドウの姿もある。
そして間もなくリムル達は正門前に到着した。
1台の狼車がドワルゴンの正門前の大通りに停車する。
もう1台の狼車に乗るカイジンたちはただの帰省なので、裏口からの入国である。
リムル達は狼車から降り、正門前で待つドルフの下へ向かう。
「ようこそおいで下さいました。我が王、ガゼル・ドワルゴが王宮にてお待ちです」
「こちらジュラ・テンペスト連邦国国主、リムル=テンペスト陛下にあらせられます。どうぞガゼル王へのお取次ぎを……」
当たり前だが、国賓待遇である。
文官の長として現れたドルフが出迎えて応対すると、リムルに代わってシュナが応える。
多くの野次馬に取り囲まれる中、緊張で頭が真っ白なリムルはただニコニコしていることしか出来ない。
国主1年目のリムルにはまだ荷が重いらしい。
その後も何度か手続き的な会話をこなしたが、全てシュナが対応した。
笑顔のまま固まるリムルとシオン。
そしていつもどおりフラフラと歩き回るマツリと興味津々に周囲をきょろきょろと見回すウタゲ。
事の重大さを理解しない子供二人は遠慮なしに動き回る。
「パパ何か言わないの?」
「つまんないー」
「頼むからじっとしててくれお前達……っ!」
ガゼル王の前にたどり着くまでにリムルが喋った事と言えばこのくらいである。
☆
人払いが済んだ部屋に、ガゼル王とリムルが向かい合って座る。
ガゼルの背後には腹心たるドルフとバーンが、リムルの背後にはシオンとシュナが控える。
真面目な話をする予定なのでマツリとウタゲは別室で待機中だ。
「ふははは、外交などハッタリが全てだぞ。あれでは甘く見られても文句は言えぬな」
リムルの様子をこっそり見ていたガゼル王が、開口一番に言った。
ぐうの音もでないリムルは顔を赤くして俯くしかない。
「……さて、今は大臣らもいない。迂遠な言い回しや腹の探り合いは無しだ。本題に入ろう。貴様の国で高出力の魔法兵器を所有しているというのは事実か?」
それね、とリムルは困り顔で説明を始める。
カリュブディス戦にてドルフが目の当たりにした、強力な魔法攻撃。
あれは結論から言えばミリムの攻撃(ちゃんと手加減はしたぞ☆)である。
しかしドルフには長い時間をかけて魔力を溜め必殺の一撃を放った魔法兵器としか思えないだろう。
少なくともあのような攻撃を繰り出せる何者かが存在すると考える方がおかしいのだ、普通なら。
「いや私はてっきり魔力が溜まるまでの時間稼ぎに使われたものと……。勿論あなた方がそうするのも理解は出来るし恨んではいませんが、せめて事前に教えて――」
「だから違うんだって! アレは本当にミリムの」
「
「いやマジなんだって……」
話は平行線である。
結局ガゼルが放った「よかろう信じるぞリムルよ」の一言で決着はついたが、ドワーフサイドからすれば迷宮入りに等しい結末なのだった。*1
話がひと段落したところで、人払いを済ませたはずの部屋の扉が勢いよく開いた。
「パパ見つけた!」
「マツリ様! こちらの部屋はいま立ち入り禁止で……っ! ああっウタゲ様まで!」
マツリの乱入である。
続いてひょこっとウタゲも姿を現した。
別室で子供二人を見ていたドワーフの文官が慌てて二人を連れ戻そうとするも、無駄に高い身体能力でひょいひょいと逃げられてしまう。
「おお、マツリではないか。久しいな、元気にしていたか?」
「久しぶりガゼル!」
「それと、そっちが新たに生まれた妹という……ウタゲだな?」
「うん。よろしくね」
結局マツリとウタゲはそのまま会談に参加することになった。
「それブランデーでしょ?」
「この酒の事か」
「うん。美味しい?」
「うむ、実に美味いぞ。滅多に味わえない素晴らしい酒だ」
「褒めてくれたから氷あげるね」
ガゼルの持つグラスにコロンと氷が落とされた。
「ほう、これは面白いな。魔力が込められておる」
「飲むと元気になれるよ!」
「では有難くいただくとしよう」
ガゼル王とすっかり打ち解けた様子で会話するウタゲは、今ガゼル王の膝の上に座っている。
まるでそこにいるのが当然であるかのように。
「……なあガゼル。迷惑なら言ってくれてもいいんだぞ?」
「すべての元凶*2が今さら何を言う」
「ごもっともです……」
リムルなら何をやらかしてももはや驚かないガゼル王である。
その子供だって同じことだ。
初対面の強面のおじさんの膝の上に座って仲良くお話ししていても何も不思議とは思わないのだった。
「ウタゲ、パパの隣に座らないか?」
「やだ」
「ほら、一応俺達はお客さんでな?」
「ガゼル、私どいた方が良い?」
「構わぬ。」
「ほらパパ。ガゼルが良いって」
「なら良いんだけどな……」
リムルによるウタゲ奪還作戦は失敗に終わる。
みなみにマツリはスライム形態でシオンの腕に収まっていた。
「リムルよ、本題に戻ろう。この酒はユーラザニアの果実から作っているという話であったな」
「ああ、魔王カリオンの部下を助けたのがきっかけで交易が始まったんだよ」
実はこれとんでもない爆弾発言である。
高品質な農作物や豊富な鉱石資源を有することで有名なユーラザニアは、これまでほとんど外国との貿易を行わない国だった。
しかしここに来て
テンペストはその流通網の入り口を完全に握ることになり、その影響力の大きさは計り知れない。*3
「ユーラザニアの品は市場に流す前にベスターを通じて必ず俺に相談するのだ。良いな?」
「あ、ああ。分かったよ……*4」
次から次へと問題を……とぼやくガゼル王だが、大抵は良い方向に転ぶのでやはりこのスライムは侮れないと気を引き締める。
「で、ウタゲだが……」
「ウタゲがどうかしたか? 邪魔なら俺が――」
ぺしっ
ウタゲを抱き上げようとするリムルの手をガゼルがはたく。
「嫉妬は醜いぞ、親ばかめ。どこぞの子煩悩な貴族*5を思い出す」
「だれだよ? それ」
「貴様には関係のない話だ。そんな事よりマツリとウタゲに剣の修行はさせておるのか?」
「マツリはやってるぞ。ウタゲは――」
「やっておらんのか?」
「まあ、別に約束したわけでもないし?」
「正気か貴様。剣鬼殿を指南役として迎えた上で、剣の修行を我が子に受けさせぬなど貴様はどんな教育方針で……」
「前も思ったけどその剣術に対する熱量は何処から来るんだよ」
ガゼル王の趣味である。
国の成り立ちからして剣技にこだわりがある血筋なのはその通りなのだが、それはそれとしてガゼル王の趣味である。
要するにリムル、マツリに次ぐ弟弟子が欲しいのだ。
ガゼル王の膝の上からウタゲが見上げる。
「剣?」
「うむ。ウタゲも気になるであろう?」
「別に?」
「むぅ……」
ガゼル撃沈。
リムルを見るが、ざまぁ見ろという気持ちを隠すことなくニヤニヤと笑っている。
「ならば良い。だがリムルとマツリ、お主たちは俺の弟弟子ゆえ、俺が直々に成長具合を見てやろう」
「うへぇ。そう来るかよ」
「良いよ! 俺も強くなったし、ガゼル王にも負けないから!」
「ははっその意気やよし! ついて来るが良い」
強引に剣術の指導を始めるガゼル王だった。
ちゃっかりウタゲも引き連れて剣の魅力を説く作戦だろう。
☆
訓練場の中央でガゼルとリムルが剣を構えて対峙する。
「訓練を怠ってはおるまいな? リムルよ」
「修行不足は否めないな。でもこちとら国主として忙しいんだよ」
「それは俺とて同じことだ。言い訳にはならん。……行くぞ!」
「おう!」
いつかの手合わせと同じく、どっしりと構えるガゼルにリムルが斬りかかる。
しかし実力の差は依然として大きい。
ガゼルは余裕をもってリムルの剣をさばいていく。
「ふん、こんなものか。まだまだ修行が足らんな」
「うるさい! まだまだこれからだっての!」
「マツリよ、お主も加わるが良い。2対1で相手してやろう」
「余裕かましやがって……!」
マツリも合流。
リムルと二人でガゼルへと立ち向かう。
「えい! やあっ!」
「ふははは、中々良い動きをするではないか。これはリムル以上の剣士になるかもしれんな」
「パパと違っていっぱい修行してるからね!」
「だから俺は忙しいんだって」
ヨウムと共にハクロウの厳しい修行に耐え抜いたマツリである。
国主として忙しく働くリムルよりも良く鍛錬を積んでいる。
弱いわけが無いのだ。
「お兄ちゃんカッコいい!」
「おお、そうか。……パパはどうだ?」
「普通」
「ぐぅ……」
ウタゲの目にもマツリの方がより輝いて見える様子。
パパの面子が丸つぶれである。
数分に及ぶ攻防の後、もう良いだろうとガゼルが剣を収める。
余裕の表情を崩さないままだ。
対するリムルはやや苦い表情。
初対面の試合に続き技量の差をまざまざと見せつけられる結果となった。
「ガゼル強いね!」
「ふん。この程度出来て当然だ」
マツリは相変わらずの平常運転。
良くも悪くも強さに執着が無いのでこれと言った感想も無いのだ。
「さてウタゲよ、お主もどうだ? 俺と剣を交えてみないか?」
「え、私?」
きょとんと目を開いてガゼルを見つめ返す。
やりたいわけでも、嫌というわけでもなく、ほんの少しも興味がないが故の反応だ。
剣を振るのは面白そうだけど雪を投げる方がもっと楽しいよね?
そんな程度の認識である。
「ウタゲ、剣の道に進むと約束するならこの後とっておきの美味いお饅頭を食わせてやる」
「やる! わたし剣の道に進むよ!」
「おいガゼル! それは反則だろ!」
「ふははは! 言質は取ったぞ? さあ来い!」
ウタゲはこの瞬間より剣士となった。
そんなことで良いのか……? と問う間もなく、ガゼルによる手ほどきが始まる。
まずは剣を握らせる。
「違う、こう持つのだ」
「こう?」
「うむ。それで、まずは真っ直ぐ振り下ろしてみよ。何かを斬るつもりでな」
「分かった……んっ」
訓練用の刀がスッっと空を斬る。
そこに丸太でも置いておけば綺麗に両断されただろうと容易に想像できるような、美しい太刀筋だった。
訓練場が静まり返る。
「ほう……これは」
「おいガゼル、今のは」
「流石のお主にも分かるか、リムルよ」
「ああ」
もしこれが偶然でないのなら、素晴らしい才能である。
「ウタゲよ、次は的を斬る練習だ」
「はーい」
何も知らないウタゲは無邪気に真剣を受け取った。
目の前に用意されるのは鋼で出来た甲冑。
到底初心者が斬れるような代物ではないが、ウタゲの身体能力を考慮してのチョイスである。
下手な斬撃でも並みの物体は破壊できてしまうのでこのくらい頑丈な的が必要なのだ。
「斬れるか?」
「うーん、ハクロウ達がいつもやってるの見てるから多分出来るよ」
「イメージは出来ているか。よい、やって見せよ」
「うん」
スパッ
甲冑が一刀両断される。
ただ斬るだけではなく周囲への気配りや次の動作の準備までもが一体となった合理的な身のこなし。
その実力が偶然ではないことはもう明らかだった。
「はっはっは、これは面白い! ウタゲよ、次はこの俺と戦うが良い。ただしスキルは使用せず、その刀だけを使うのだ」
「えー? 雪合戦が良い」
「えー、ではない。なに、お主ならばすぐに剣の道の奥深さに気付くであろうよ。つべこべ言わずに来い、ウタゲ」
「うーん」
「……来ないならお饅頭はやらんぞ」
「いく!」
ウタゲがガゼルへと斬りかかる。
しかし相手は英雄ガゼル・ドワルゴ。
ウタゲの粗削りな剣をいとも簡単に受け流し、余裕の表情を崩さない。
打ち合う事数十秒。
ウタゲの動きに変化が生まれる。
最初に気付いたのはガゼルだった。
「なかなかやるではないか、ウタゲよ」
表面上は余裕の態度を崩さないガゼルだが、内心では驚いていた。
ウタゲの驚異的な成長スピードに。
剣を受け止める毎にその鋭さが増していく。
より速く、鋭利に、受けづらい角度から。
もう並みの剣士など比較にならない剣捌きに見える。
こやつ……とんでもない才能の持ち主だな。
英雄ガゼル王にそこまでの感想を抱かせるほどの天才。
誰も知らなかったウタゲの新たな一面である。
数分間にわたり濃密な攻防が続いたが、ガゼルによって終わりが告げられる。
「そこまでだ。中々筋が良いが、まだまだこれからと言ったところだな」
「えー? 結構上手じゃなかった?」
「上手いのは認めよう。だが粗削りだ」
「むー」
大人げないガゼルの言葉にむくれるウタゲ。
「さてウタゲよ、初めて剣を握ってみてどうだった。何を感じた?」
ガゼルとしては非常に気になる、ウタゲの心中。
剣の道は技術だけではない。
心技体、全てを鍛えてこそ剣士としてより高みに行けるのである。
そのためにはまず何よりも本人の向上心が不可欠。
この短いやり取りでウタゲが剣士に魅力を感じてくれれば……とガゼルは期待を寄せる。
さて、ウタゲの返答は。
「早くお饅頭食べたいなって思った」
「……そうか」
大人の思い通りにはいかないのが子供である。
訓練場の端ではリムルが腹を抱えて笑い、ガゼルは微妙な表情で立ち尽くすのだった。