町のみんなにマツリくんをお披露目。そしてマツリ誕生祭開始!
マツリ誕生祭の前夜祭が始まった。
オレンジ色に光る提灯を頭上に眺めながら、リムルとマツリは夜の街を並んで歩く。
「どこに行くの?」
「まずはシュナの工房だな。夏祭りと言えば浴衣なんだよ」
今回の祭りのコンセプトは夏祭りだ。
以前、リムルの発案で日本の夏祭りを可能な限り再現した祭りを開催したことがあった。
結果は大盛況。リムルもそのクオリティの高さに大はしゃぎだった。
その結果、魔物の町に夏祭りの風習が生まれたのだ。
……というのが、ほんの十日前くらいの話である。
そして今、町は既に次なる夏祭りの準備を終えてスタンバイ状態になっている。
またやりたいというリムルの声にお応えして、その場でリグルドが次の予定を立てたのだ。
ちなみに、次回と次々回も決まっている。
これが魔物の町の日常だ。
流石はマツリ=テンペスト生誕の地である。
「着いたぞ。ここだ」
工房の扉を開くと、シュナとシオンが出迎えた。
「いらっしゃいリムル様。さあさあこちらへ!」
「マツリ様もですよ! 可愛い浴衣が沢山ありますからね!」
目をキラキラと輝かせ、鼻息を荒くしながら二人が迫る。
手には当たり前のように女物の浴衣。
さらに工房の奥を見れば、バニーガール、スク水、メイド服、フリフリのワンピース、その他かわいい服がたくさん。
どれもリムルが着るのにちょうど良さそうなサイズだ。
思わずリムルはため息をついてしまう。
(いつも女物を着せてくるんだよな……俺は男だと何度も言ってるのに)
シュナ達にとってリムルは敬愛する主である上に、その姿は途方もない美少女だ。
シュナやハルナ、そしてガルムにドルドといった服飾関連の仕事についている者たちがリムルに可愛い服を着せようと躍起になってしまうのも仕方のない事なのだ。
しかしリムルとしては、たまったものではない。
今回のように目的があるならまだしも、単に着せ替え人形にするためだけに呼ばれることもあるのだから困ったものだ。
しばらくもみくちゃにされた後、げっそりとした顔で工房を後にするのがお決まりのパターン。
リムルも断るのだが、シュナ達の謎の熱量に圧倒されてしまい、結局は流されて着せ替え人形と化すのが常である。
しかし今日は事情が違った。
今日こそは女物の服を断って見せるのだと心に決めている。
今までになくリムルの決心は固い。
(マツリにまで同じ苦労をさせるのは酷だ。断固として女物は拒否しなければ!)
そう、マツリの存在がリムルの心を奮い立たせたのだ。
リムルよりも少しだけボーイッシュな姿を持ち、自身の事を「俺」と呼ぶマツリ。
精神的には男と考えて良いだろう。
であれば自分と同じように女物の服を着せられることも恥ずかしいに違いない。
ここは父親としてカッコよくお断りしてあげるべきなのだ。
リムルは意を決し、ノリノリで着付けするシュナに対峙する。
「なあマツリ、女物の浴衣が嫌ならはっきりそう言えよ? カッコいい服もあるんだからな?」
「シュナ! コレ可愛いね! 気に入っちゃった!」
返って来たのは嬉しそうなマツリの声。
そこに居たのは女物の浴衣を身に着けた中性的な美少女だった。
リムル譲りの白く輝くスライム肌が眩しい。
一体どうしたことだろう。
マツリは男の子ではなかったのか?
「おいおい、ちょっと待ってくれ! マツリ、それで良いのか!?」
「いいよ。可愛いでしょ?」
早々に着付けを終えたマツリはその場でくるんと一回転して見せた。
淡いオレンジ色の袖がひらりと舞う。
その動作や明るい笑顔も含め、全てにおいて非の打ち所のない着こなしだ。
「似合い過ぎだろ……!」
「マツリ様、なんと可愛らしいのでしょう!」
「流石はリムル様のお子様です!」
これにはリムルを含めて満場一致で似合っていると言わざるを得ない。
破壊力抜群である。
想定外の事態にリムルはその場で魂が抜けたように固まってしまった。
まさかの裏切り。女物の衣装を喜んで受け入れるとは予想だにしなかったのだ。
マツリの嬉しそうな表情を見てしまっては止めることも出来ない。
ここぞとばかりにシュナがリムルの着付けを済ませてしまい、結局リムルも女物の浴衣を身に着けることに。
白地に水色の模様が入った涼しげなデザインだ。
良く似合っていますよ、とシュナもご満悦。
早々に着付けが終わったマツリは、そんなリムルとシュナを遠巻きに眺めていた。
すこし浮かない表情でぼーっと立つマツリ。
可愛い衣装を着られて満足していたが、ひとつ解せないことがある。
リムルの反応だ。
自分が女物の服を着るとリムルは悲しむのだろうか?
あるいはこの服は着てはいけない物だったのか?
(そういえば女物ってなんだ? 似合ってればなんでも良いと思うけどなぁ)
そもそもマツリは男女というものを理解していなかったのだ。
気持ちは女性……という訳ではなく、ただ服が似合うから喜んだだけ。
自身を「俺」と呼ぶのも単にリムルの癖がうつったに過ぎない。
肉体的にも精神的にも完全なる無性なのだ。
(あ、そうだ、俺にはオトモダチが付いてるんだよな。……ねえシンラ、ちょっと教えて?)
《シンラです。なんなりと》
オトモダチの一人、森羅万象を担当するシンラを呼ぶ。*1
頭の中に響いた声は男の声。丁寧でありながら親しげな雰囲気で、活舌が良くはきはきとした喋りだ。
(パパが言ってた女物ってなんだ? 悪い物なのか?)
《一般的に魔物や人間は男と女の2種類に分けられるのです。そして男と女では身に着ける服や装飾品の好みにも違いがあるのが普通です。男が女用に作られた服を着るのは恥ずかしいと感じるでしょうね》
マツリ、生まれて初めて性別の概念を知る。
(じゃあパパは男なんだ?)
《いいえ、個体名:リムル=テンペストに性別はありませんよ》
(え? 男と女の2種類なんだろ?)
《一般的にはそうですが、例外もあります。個体名:リムル=テンペストとマスターは種族がスライムであり、したがって性別もないのです》
(へぇ、そんなもんか)
《そんなもんです》
また一つ賢くなるマツリであった。
☆
同じ柄で色違いの浴衣を身に着け、スライム親子が町に繰り出す。
「パパ、似合ってるね!」
「ああ……そうだな……。お前も似合ってるぞ……」
ご機嫌なマツリの横を歩くのは死にそうな顔のリムル。
げっそりとした顔で工房を後にするお決まりのパターンだった。
リムルは髪を後ろで緩くまとめ上げ、陶磁器のように白いうなじが露出している。
一方のマツリは結うほど髪が長くない。髪はそのまま、ハイビスカスの髪留めで華やかさを演出していた。
薄い水色と鮮やかなオレンジ色の組み合わせが映えており、二人が並んで歩くことでより一層美しさが際立つコーディネートだ。
さすがはシュナ。確かなセンスである。
すれ違う魔物たちもリムルとマツリの浴衣姿に見惚れている。
そんな二人がまず向かったのは、串焼きの屋台だ。
串焼きと言えばリムルの思い出の味。
最初にマツリに食べさせる料理はこれと決めていたのだ。
「よう、頑張ってるな。串焼き2人分たのむ」
「たのむ!」
「これはリムル様にマツリ様! すぐに焼きたてを用意します!」
リムル様に献上するということでホブゴブリンは熱心に焼き加減を確認している。
失敗は許されないと目が語っていた。
待つこと数分。串焼きは完璧な焼き加減で提供された。
リムルとマツリの手に焼きたてほやほやの串焼きが一本ずつ握られる。
ふーふーと熱を取り、二人同時にかぶりついた。
「うんっっっまぁぁい」
「うんっっっまぁぁい」*2
二人同時、全く同じリアクション。
お約束である。
その後も二人は屋台を巡り、親子でそっくりなリアクションを披露していくのだった。
☆
いつしか夜も更け、町は眠りに就いた。
辺りは暗く、つい数時間前までの喧騒が嘘のように静かだ。
そこかしこに酔っぱらって眠りこける魔物たちが転がっている。
そんな町のメインストリートをリムルとマツリは並んで歩く。
「みんなどうして倒れてるの?」
「あれは寝てるんだよ。死んだわけじゃないぞ」
「寝るってなに?」
「えーっと、休んでるって事だ。俺達スライムは寝る必要はないが、大抵の魔物は寝ないと死んでしまうんだ」
説明しつつ、本当に何も知らないんだなと思うリムル。
自我のあるスライムとして生まれたが、言葉が通じるだけで知識はほとんどないに等しいのだ。
その言葉でさえ、適当な音声に思念を乗せているだけで言語を習得しているわけでもない。
高度な知性を持った無垢な存在。
それがマツリ=テンペストだ。
「いらっしゃい」
「ちっちゃいお家だね」
「それが良いんだよ」
二人が向かった先はリムルの庵。
町の最奥にひっそりと佇む和風の小さな建物に靴を脱いで上がる。
足裏に感じる畳の感触もマツリにとっては新鮮だ。
すすすっと障子を閉めれば、落ち着いた雰囲気の隠れ家が出来上がる。
4畳半の小さなスペースにリムルとマツリの二人きり。
シュナが用意したお揃いの甚平を着て、親子水入らずの時間を過ごすのだ。
「よし、こんなもんか」
リムルは布団を複製し、2枚並べて敷く。
色は水色とオレンジ。しっかり分けてある。
「ほい、お前はこっちな」
「なにこれ?」
「布団だ。この中に入って眠るんだ。……ほら、こんな風にな」
「寝るの? なんで?」
「夜は何もすることが無くて暇だろ? だから休むんだ。それとも何か? パパと一緒に寝るの嫌なのか?」
「嫌じゃない」
リムルが布団に入る。
続いてマツリも慣れない動作でもそもそと布団をかぶり、中からひょこっと顔をのぞかせた。
二人で同じ天井を眺めながら、眠気が来るのを待つ。
「…………寝るってどうやるの?」
「それは俺も練習中なんだがな……なんというか、ぼーっとする感じだ。多分」
静まり返った庵の中、小さな囁き声だけが響く。
「ぼーっと……こうかな? …………カイが違うって言ってる」
「カイって、オトモダチの?」
「うん。解析鑑定してくれるんだ。俺のこれは睡眠じゃないって言ってた」
「そうか。俺の大賢者みたいなやつなのかな?」
「パパにもオトモダチが居るの?」
「ああ居るぞ。とても優秀な奴なんだが淡白なのが玉に瑕なんだ」
「俺のオトモダチは皆いいやつだよ」
「そりゃ羨ましいな。一人分けて欲しいくらいだ」
「やらないよ」
「あはは、そうかよ」
…………
……
しかし結局眠ることは出来ず、夜通し語り合う事に。
リムルは祭りの見どころを語って聞かせ、弾むような相槌をマツリが返す。
親子の距離が縮まる夜だった。
☆
翌日。
「よっしゃー! 夏祭り本番、行くぞー!」
「行くぞー!」
浴衣に着替えたリムルとマツリ。
テンション高めに立ち並ぶ屋台の中へと駆け出していく。
マツリは屋台に出し物に飾りつけに興味津々だ。
目に入るもの全てが気になると言わんばかりにあちこちを見回している。
その中でも特に気になるものがあるようだ。
「これ何?」
「饅頭だな」
魔物の町名物、リムルさまんである。
「これは?」
「お面だな」
丸い水色に、斜めの線が2本。
紛う事無きリムル様のご尊顔……のお面だ。
「青い! 冷たい!」
「ああ、これはブルーハワイと言って──」
「パパ味美味しいね!」
「……うん、オイシイネ」
魔物の町のかき氷と言えばリムル様味が鉄板なのだ。
マツリの右手にはリムルさまん、左手にはリムル様味のかき氷、顔にはリムルのお面。
大人気のパパグッズで全身武装したマツリはご機嫌な様子。
全く同じ格好で隣に立つリムルも含めて微笑ましい光景なのだった。
ところで。
「パパって美味しいの?」
屋台に並ぶ料理を見れば当然のように湧いてくる疑問だった。
饅頭、団子、そしてブルーハワイ。
丸いものと青いものはリムルと言っておけば間違いないので、そのようになっている。
「俺が旨いかどうかは知らないけど、その辺のスライムは食べられるらしいな」
「へえー、スライムって食べれるんだ」
「ああ。同じスライムとしてはあまりいい気分じゃないけどな」
「ふーん……」
何かを考えるマツリ。
「あむ」
ぱくっと右手の親指を咥えた。
おしゃぶりをしながら上目遣いでリムルを見つめる姿はまるで幼児のようだ。
「なんだよおしゃぶりか? 生まれたばかりだからってそんな幼稚な…………え?」
リムルの言う事を聞いたのか、おしゃぶりはすぐに終わった。
しかしそんなマツリの様子を見たリムルは背筋が凍る思いをすることになる。
マツリは口から右手を放したのだが、そこに親指がないのだ。
一方で指をくわえていた口は規則的に上下運動を繰り返して──
そう、咀嚼しているのだ。
「まあまあかな。味付けが欲しいや」
「おまえ、食ったのか!? 自分の指を!?」
「うん。スライムってどんな味なのかなーって」
マツリは平然としているが、リムルはドン引きだ。
元人間のリムルには少々ショッキングな光景である。
しかしマツリは生まれついてのスライムであり、体をちぎってくっつけることに何の忌避感も無い。
せいぜいが唾液を飲み込んだくらいの感覚だ。
そういう生き物なのだから、この場合おかしいのはリムルという事になる。
「どしたのパパ。そんな顔して」
「なんでもない……なんでもないんだ。ちょっとびっくりしただけで…………」
「?」
首をかしげるマツリの視線の先には、右手の親指をじっと見つめるリムルが居るのだった。
口を開いてかじろうとして…………しかし踏ん切りはつかなかった。
ちなみにスライムはジュラの夏の風物詩でもある。
透明感のある水色が涼し気で、冷やして食うのがうまいとジュラの森の魔物の間では評判なのだ。
味付けは酢ダレ派と黒蜜派が二大派閥とのこと。
リムルが見ていないところでは結構食べているのだ。
そんなことはつゆ知らず、リムルとマツリは祭りを楽しむ。
盆踊りに御神輿に花火大会とまだまだ見どころは満載だ。
これからがお祭り本番と気持ちを切り替えるリムルだった。