ウマ娘×俺ガイル 作:Signature
レースに絶対はない、というジンクスというか真理を教えてくれたのは何人かいる。
一人はトレセン学園が生徒会長、絶対の代名詞であるシンボリルドルフ。皮肉かな?
二人目はミホノブルボン。血統も、距離適性もトレーニングで覆せることを証明した。
この二人は勝利を重ねることでこの事実を不動のものにしたと言っていい。それは、ポジティブな実績と言えるだろう。
しかし世の中は、一握りの栄光の前に無数の絶望の敗者がいる。
かつて俺が短絡的に考えた、血統と環境が勝敗に大きく関わるという法則。それに従えば、彼女は今頃世代の中で最強の座をほしいままにしていただろう。
彼女は二人とは逆だ。何度も挫折した。しかし、くじけなかった。最後には栄冠を自らの手で掴んだ。
彼女こそが、ミホノブルボンと並び、冷めた目でウマ娘たちを見ていた俺に、そうではないと教えてくれた2人目となる。
「あら八幡。今日はやけに早いのね?」
ターフで遭遇したお嬢ことキングヘイローは、滴る汗を優雅に拭いながら不敵な笑みを浮かべた。
「久しぶりっす。……お嬢」
「あのねえ、せめてキングと呼びなさいな。あとあなたのお辞儀の仕方から、私はマフィアの一人娘になったような気分になるのだけど……?」
「とんでもないっす」
ただ、彼女の出会いがちょっと衝撃的だっただけで。キングコールに参加させられた思い出が、予想以上に根深く体に染み付いているというか。
「まあいいわ……それで?わざわざ学園を散歩道に選んだのは、それなりの理由があるのよね?」
「こう見えても俺異世界人なんで、下手に彷徨って遭難したくないっていうか」
「あ、あー……」
「あとは、まあ……なんかこう、学園にいると、勇気づけられるというか」
キングは、苦笑をこぼす。
「でもわかるわ、その気持ち。ここにいて、みんなで競い合っている切磋琢磨の習慣は……雰囲気にもなって、学園を包みこんでいるような気がするのよね」
「うっす。まあ、そんな感じで」
キングヘイロー。
偉大な母、最強と呼んでも差し支えない戦績を誇る母親を持ち、期待され続けた良家の生まれ。すべてのレースは彼女が持っていくのではないか、とデビュー直後はそんな声さえあったらしい。
しかし彼女は、遅咲きだった。栄冠を手にしたのは、かなり後になってから。
その頃にはファンの間で囁かれるライバルたちの名前を、話題にすら上げられなくなった自分をどんな気持ちで聞いていたのだろう。
キングヘイローは一流にこだわる。自分が一流であると、公言して憚らない。幾度敗北してもなお、彼女の矜持は揺るぐことなく、逆に勝者さえ、彼女に迷いを取り払ってもらえた、と力説するものすらいる。
不屈。
もしこの場にあの理事長がいたら、簡潔に、たった一言で彼女を表現しただろう。
「キングは、キングだから強いのよ」
謎掛けのように、彼女は語る。
「ええそうよ。私は強い。そして、これからも強くなれる。そんな私が敗北するとしたら、他の人がこのキングより強かった。それだけの話なのよ。そして、レースはどこまでも続く。何度でもチャンスがある限り、最後に笑うのはこの私、キングヘイローよ」
かつて、彼女は俺にそう語った。そしてその言葉は決して嘘ではない。
彼女は強いと思っている。そしてこれからも強くなると信じている。強さにも、環境にも、才能にもあぐらをかくことなく、努力を理想の自分へ続く一本の道と信じて走り続ける。
それを目撃できなかったのは悔やまれる。その道のりは決して平坦ではない、キングヘイローがキングヘイローとしてあるために歩んだ旅路だったのだろう。
誇り高き、典型的なお嬢様。
だが、ただそれだけではなかったから、彼女は慕われているのだ。
「キングちゃーん、もう一周!けっぱりますよー!」
「ふふ、元気ですね~、スペちゃんは」
「ふわぁ……眠いのにみんなよく起きてられるよねー……」
「そうデス! エルのマンボが起こしに行くというのは?」
「やめてよね、それだけは!」
「黄金世代、でしたっけ?」
「ええ。たまたまだけれどね」
朝靄の中に浮かぶ人影。
「一流のキングにふさわしい、負けられない、一流のライバルたちよ」
横顔が、眩しい。
無意識に見つめていたことに気づいて、そっと視線を外す。
キングヘイロー。
名前に王を冠するにふさわしい言葉で、態度で、胸を張り、彼女もまた朝靄の中に消えていく。楽しそうな笑い声が、芝を蹴る力強い踏み込みとともに聞こえてくる。
ターフを離れる。歩くのが、早足になって、そして、走り出す。すぐに息が上がる。今はまだ、それでいい。冷たい空気が、体を芯から癒してくれる。
俺はようやく昇り始めた朝日に向かって、走り出していた。