ウマ娘×俺ガイル 作:Signature
「比企谷くん、そう呼ばせてほしい」
こちらだけでなく、混乱の極致にあった学園のなか、生徒のなかで最初に動いたのは「皇帝」シンボリルドルフだった。
「アグネスタキオンによって、強制的にここに連れてこられた異邦人。そんな君が我々を信頼できないとしても、道理だ」
とはいえ、と彼女は言った。
「アグネスタキオンは私たちトレセン学園の一生徒。私たち生徒会にも監督責任がある。だろう?エアグルーヴ」
状況を整理し、解きほぐし、同意を取り付けて軟着陸を目指すやり方はいかにも王道で、ベストが見当たらなければベターを瞬時に用意できる泰然自若とした姿は、まさに皇帝だった。
だからこそ、きっと彼女は生まれながらの強者で、傲慢なまでに自分の力を信じていて。
「生徒会長として、また、この世界の一員として、比企谷くん、君を歓迎する。そして君を、生徒会長シンボリルドルフの名において、不自由のない学園での生活を約束する。我々は君を、客人として喜んで迎えよう」
だからこそ、その姿は、雪ノ下雪乃に似ていると、そう思ったのかもしれないーー。
「君の事務処理能力には驚かされる」
生徒会室の書類の決済の補佐。手持ちぶさたになった途端に駆け込むあたり、俺も順調に社畜精神を刷り込まれているらしい。
「まあ書類仕事は委員会とか、生徒会長の手助けとかで、多少は」
「では、遠慮なく頼らせて貰おうかな」
「規模が違いすぎるから無理っす」
補佐と言っても実際にやっているのは、フォーマットを統一すること、くらいだ。生徒の意見、学校側の通知、そういった諸々の書類を整理して、分類し、意見書を申請書に直したり、あるいは他のものとまとめてコンパクトにしたり。俺にできるのはせいぜいそんなところだ。
「というわけで、あとは確認をお願いします」
「承った。しっかり職責を果たすとしよう」
整った顔をふふ、と綻ばせて笑う。何か悔しささえ感じる美人ぶりである。
「とはいえ、私の方も少し違う案件を終えたばかりでね。休憩も兼ねて、おしゃべりに付き合ってくれないかな?」
「俺は宮廷の道化師じゃないんですが」
これ絶対、俺の休憩のための口実だろ。こういうのできる同い年くらいの女子って何?怖いわ。
「君の世界に存在するウマ娘の代わりの、馬について教えてくれないかい?毎度毎度ですまないが」
「教えるも何も、俺自身詳しくないんですよ。馬ってのは貴族のたしなみで、その一端に触れるには18か20か、年齢制限がありますから」
「んん?」
「あー、つまるところ、公営ギャンブルのひとつ、みたいな」
ほう、とシンボリルドルフが驚きの声を上げる。
「ということは、馬は日常生活でお目にかかる存在ではないと?」
「動物としての馬なら、俺らが生まれる前は、農耕だとか移動の手段だとかに使われてたらしいんですけど、競走馬となると、まあ」
「ふむ……興味深いな」
この辺はアグネスタキオンがもっと早口で質問してきたところだ。
ということは馬は家畜なんだろう?人間とウマ娘、人間と馬、遺伝子レベルで異なる生物と言うことになる、それぞれの文化や社会も融け合っていない、となるとウマ娘がキミたちの世界に現れた場合、人間よりの生物だと判断されるのかな?
目を爛々と光らせるアグネスタキオンは、正直かなり怖い。
「……だとすれば、私ではなく、馬のシンボリルドルフが存在した可能性もあるのか?」
「いた……と思いますよ?少なくともキタサンブラックの名前は、競馬ファンでなくとも知ってます」
あとハルウララも。
キタサンブラックです!と自己紹介されて、お父さんが演歌歌手なんですよ!とか言われたときは噴くかと思った。
そこはむしろ孫とおじいちゃんだろ、みたいな。
「異なる世界で生を受けた、私と同じ名前をもつ者……ふむ、話す機会がないのが残念でならないな」
「多分言語が違うから、言葉も通じないと思いますよ、会えたとしても」
「そこは同じ名前どうし、魂の会話ができるのではないかな。ちゃんと己の責務を果たしたか、とか……」
責務というと、皇帝であること、だろうか。それとも、そう呼ばれる所以である、七冠達成のことだろうか。
キタサンブラックの功績はともかく、ハルウララの偉業がこちらでも同じだったのだから、大方ズレてはいないと思うが。
「でもそうなると、疑問が湧きません?」
「というと?」
「どうしてあなたが生まれながらの強者であるのか、とか」
「ほう」
その瞬間、別室に足を踏み入れたように空気が変質した。圧、としか言い様のないプレッシャーが、上座の席から放たれている。
「なるほど、同じ魂ゆえに同じ運命を享受するか、ではなく、どちらかが先に栄冠を獲得していて、もう片方はそれに追随した、と?」
「思考実験の一種、ではありますが」
飄々と、道化師の仮面を被る。だって皇帝の前だし。
「まったく、君はさぞ人に憎まれながら生きていることだろうね」
やがて、シンボリルドルフは苦笑して言った。
「名門に生まれ、多少神童扱いされれば、自ずと目指す視座が変わってくる。私の場合、挫折は名声を得たのちだったからね。言うなれば私は……まだ大人になりきれていないのさ」
大人と言うよりも、たぶん年相応の世界の見方、だろう。語弊を恐れずに言えば。
全てのウマ娘の幸せを希求する。それほど傲慢で、幼稚で、難関の目標はない。
それをわかっていて、シンボリルドルフは掲げ続ける。おそらく、一切の妥協なく。
「……よく濁った目って言われるんすけど」
「うん?」
「あなたならそれを達成してしまえる。そんな風に見えます」
その面差しが、元の世界の人間を思い出させたから。
紆余曲折あって、内面は変化するかもしれないが、それでも根幹の信念はどこまでもぶれることなく。
「ベターも、ベストも見据えられるんです。そこからさらに、答えを見いだすことくらい、あなたならやってのけるように見えます。少なくとも、俺はそう信じている」
シンボリルドルフはぱちぱちと瞬きした。彼女らしからぬ子供のような仕草だった。
やがて、言う。
「やれやれ、君といずれ別れるのが惜しくなってきた。皇帝シンボリルドルフの相談役にならないかい?」
「じゃ、道化師役で。そこだけは他のやつには譲らないでください」
「永久欠番か、悪くないな」
シンボリルドルフは、耳をパタパタとさせながら、笑った。