ウマ娘×俺ガイル 作:Signature
比企谷君、君はウマ娘を誤解しているんじゃないかな――
こちらに来て日も浅いうちに、皇帝シンボリルドルフに言われた言葉だ。実際その通りだったので、俺は手短に返事をした。
わかりますか。
「わかるとも。ただ、せっかくこちらの世界にきてもらったんだ。誤解を解かないままに帰らせるというのはあまりにも惜しい」
その、俺の誤解というのは?
「ウマ娘たちが競う中で、君は常に才能について考えているだろう? 家と言い換えてもいい。幼少の家庭環境はもとより、血統も、レースの勝敗に大きく作用しているというのは、君の考えている通り」
どこまでも聡明な皇帝陛下は、組んでいた腕をほどき、軽く手のひらを返しながら言ったのである。
「だがそれがすべてではない。ミホノブルボン、という生徒の練習を見学してほしい。きっと、君の先入観を壊してくれるはずだ」
ミホノブルボンの名を知らぬ生徒は、トレセン学園にはいない。彼女が一種のスターであることは間違いない。
皐月賞、日本ダービー。
クラシック二冠を達成したその功績もさることながら、彼女は当初、スプリンターと見られていて、距離の適性が目指すレースと異なる、と思われていたからだそうな。
おそらく、実際に彼女の軌跡を追い続けていたのなら、実績がどれほどの偉業であったかをより大きな衝撃と共にもたらしてくれたことだろう。
おそらく、周囲による「掌返し」もだ。
どんなことだって、実績から逆算して、いやそれには実は才能があったから、と言い出すのはたやすい。
隠された才能を発揮するとかバトル漫画の主人公かな?
しかし彼女はそれをさせなかった。
もちろんこれは俺の感想である。客観性には欠ける。
それでも、ミホノブルボンという少女は、レース=血統、才能という俺の固定観念を壊してくれた、恩人、と言えなくもない、のかもしれない。
「お久しぶりです、比企谷さん」
久々に会いに行ったブルボンは、初めて会った時と同じように、ターフの上にいた。
夜、人工の光に照らされ、浮かび上がる自分の影を追い抜こうとするように走っていたのだろう。
……それにしても、汗一つかいていないように見えるのは触れないでおく。
「比企谷さんはどうしてここに?」
「ん、いやほら……ちょっとセンチになって」
「センチ」
ブルボンはパチパチと瞬きして、言う。
「つまり比企谷さんは、身長が足りないと?」
「チビじゃねえし」
いやそもそも、サイボーグならどうして広辞苑を標準装備してないんだ。
「ジョークです。比企谷さん」
「真顔でやるなよ、頼むから……」
手を当てた口元が、僅かに緩んでいる。笑っていると信じたい。
「比企谷さんは、丸くなられた」
「太ってねえし」
「比喩です、比企谷さん」
空へと顔を向けたブルボンは、ゆっくりと息を吐き出した。
「こちらに来て五日が経過した後の比企谷さんは、今より20パーセント目の影が濃く、隈も見られました。このグラウンドで私たちが走る姿も、右足が30センチほど外に向いていて、今にも立ち去りそうでした」
「今は?」
「柵に腕を載せるというラフな姿は変わりありませんが、12度ほど前傾姿勢を取っている、ステータス『前のめり』であると推測できます」
「文字通りはステータスと言わねえだろ」
とはいえ、あながち否定もできないのだが。
「レースの鑑賞さえも嫌がっておられた比企谷さんが積極的になるというのは、劇的な変化に見舞われたからと思われます。レースの観察によってどのような衝撃があったのか、後学のためにお聞きしても?」
一瞬、言葉に詰まる。
「いや、それは……」
「視線が上向き、頬にを掻く、半身が外に逃げる……これらのことから、後ろめたい事実であることを推測」
「なら聞かないでもらえるか?」
「いえ、気になります」
ふんすふんす、と鼻を鳴らして尻尾をブンブン振り回すこのサイボーグは、表情よりも動きに出る。
一見無表情に見える整った顔がずずいと近づいてきて、こっちはのけぞる。
「『スタミナは努力でカバーできる』みたいなこと……坂路ダッシュの時に、言ってたろ?」
「……? 確かに、記憶しています」
「継続は力なりって言うけど……スタミナって結局、努力の裏返しだろ。それ自体がずっと続けていることの証拠って言うのかな」
「……そうでしょうか」
「お前の言葉だろうが」
何の保証もなく、目に見えたご褒美もなく。ただひたすらに繰り返すだけの作業は、俺からすれば『苦行』だ。
「走り方、スピード、駆け引きの妙……こういうのはある程度才能が補ってくれる。地頭が良けりゃ、理論的にも、どうかしたら感覚的にも『要領』で一番手を抜けるからな」
逆に言えば、そういう『小賢しいヤツ』が一番苦手なのが、『黙々と続けること』であり、地金が露出する場所である。
「俺からすれば、スタミナこそ努力そのものであり……一朝一夕じゃ覆せないものだ。それを弱音を吐かずにずっとやり遂げられるお前が、努力を目に見える形で表してくれた」
そして何より、ウマ娘たちはいつだって本気だ。負けるつもりでレースに挑む奴なんていない。
その心持ちは、最初から誤解のしようがなかった。
「心意気と、お前のスタミナと、お前自身の功績……ひっくるめて、才能だけ、家柄だけがすべてじゃないと教えてくれた……ほかならぬ、お前がな」
もっとも、おかしなことを言っていたウマ娘もいたのだが。
――レースに16人出走するとしますよね! 勝つのは一人と考えれば、16分の1! 後は努力と運次第です!
間違っちゃいないが何か違うだろ、と。
「なるほど、比企谷さんが言いたいことはわかりました」
ブルボンは、大きく頷いて曰く、
「つまり筋肉がすべてを解決すると」
「お前ロボットのふりしてる割には脳筋だな」
「ジョークです」
「知ってる」
では休憩も終わりますので、これで。
傍からすれば唐突にも見える打ち切り方で、ブルボンはまた自主練へと戻っていく。俺はその後ろ姿を見送り、無意識に柵に体を預ける。
もう少しだけ、彼女の練習風景を見ていたい。
彼女のストイックな在り方には、そう思わせるものがあった。