ウマ娘×俺ガイル 作:Signature
猫を被った女子というのは怖いものだ。
特に、すぐにメッキの剥がれるタイプは、そのキャラ作りを初対面の人間や、お近づきになりたいと思う相手にしか発揮しない。
バカを見るならご自由に、と言うのは、言われてみればそうだが釈然としないものがあろう。
とはいえ、何事にも例外はある。
「お兄ちゃん、カレンのトレーニングに付き合ってくれないかな?」
ニッコニコ笑顔で近づいてくる一人のウマ娘、物怖じのしない年下の少女と対峙しながら、俺は思う。
底知れなさが、怖いと。
カレンチャンと言うのは、インフルエンサーで、自分のカワイイを布教するために行動しているなんともぶっ飛んだ少女である。
少なくとも現実にいたら、おおう、ま、頑張ってね、みたいな反応をしてしまうことだろう。
実際俺もそうした。
ところがそれで逃がしてくれるような少女ではない。
「カレンね、今あなたに練習をみてもらいたい気分なんだ」
膝を少しだけ折って身長差を演出しつつ手を胸の前で組んで上目使いに下から覗き込む。
現実でここまで鮮やかにベタな手段を用いてくるヤツがいるとは思わなかった。
「……あざとい」
思わずこぼした本音は、ぴく、と動いた耳がちゃんと拾ったのだろう。だが、カレンチャンは顔色ひとつ変えずに、
「うん!カレン、カワイイのためなら努力は惜しまないの」
と言ってのけるのだから大したものである。
小町ならノリが悪い!とか言ったかもしれない。陽乃さんもおそらく、ふざけた感じでそういうだろう。一色ならは?と威圧してきたと思う。
だが、目の前の少女はこれだ。今まで会った、似たタイプの女子の誰とも違う振る舞い。
明らかに「カワイイ」を演出しているとわかるのに、それをそのままごり押ししてくる。
それでいて、本人は絶対に尻尾をつかませない。
結局断ることもできず、ペースに飲まれて、以来たまに顔を合わせるのだが、万事が万事この調子である。
そして未だに、彼女のメッキが剥がれたことはない。
怖い。
「もう、またメッキとか、キャラとか考えているんでしょ?」
頬を膨らませながら曰く、
「カワイイには、妥協しちゃダメ。カレンが決めたカワイイには、それが方便じゃダメなの。カワイイからカワイイ。それがカレンだって言えるようにしてるんだから!」
「怖えよ」
「そこはカワイイって褒めてくれないと!」
カワイイってなんだ。振り向かないことかな?
とまあ胸のうちで呟いてみても、やはり俺の中の「可愛い系女子」とカレンチャンというウマ娘は見事に合致しない。
ストイックに、走る。坂路を駆け上がる。時に瓦を割り、武道の演舞を取り入れてみたり、地面に触れるより早くボールをキャッチする。ジャージが汚れても、お構い無しに。
要するに、カレンの求めるカワイイとは、無菌培養された果実ではない。泥だらけになり、汗だくになってなおそれが彼女の一部であると知らしめることにある。
ミホノブルボンのようなストイックさともまた違う、かといって無駄をそぎおとしたスポーツ選手とも違う。カワイイという無駄さえも違和感なく体に纏う、矛盾した在り方。
「ほら」
「あっ、ありがとうお兄ちゃん」
差し出したタオルとマックスコーヒーを何の躊躇いなく受け取って、ジャージ姿を恥ずかしがるわけでもなく、汗に濡れた姿をみっともないと卑下することもなく、ごく自然に振る舞う、不自然の中の自然。
あと、男子の差し出したそれを無抵抗に受け取る純真さ、も付け加えて良い。
うん。
「やっぱり怖い……」
「うーん、お兄ちゃんはどうしてカレンにそういう言葉を連想しちゃうのかなぁ?」
「いやほら、俺、妹がいるから……」
「そっか!カレンを妹として見ることができないんだ?」
「やめろその……ああこの人ツンデレなんだ、みたいな視線やめろ」
「でもきっと、その妹さん、あなたのようなお兄ちゃんがいて幸せだろうね」
ニコニコ笑顔で後ろ手に、肩を少しだけ前に突き出すような姿勢で宣うには、サラリとしたお世辞。
「……お前よくそういうこと普通に言えるな……」
「本心だもん」
「まあ、妹からは、兄妹じゃなかったら全く関わらなかっただろう、みたいに言われたもんだが」
「ふーん?」
やはり笑顔。
頑張って尖ろうとしてるこっちが毒気を抜かれる。
……いや違う、照れ隠しじゃないから。本心だから。俺のキャラがぶれそう。
「じゃあ、もとの世界に戻った時には、妹さんに伝えてね?素敵なお兄さんだから返したくないくらいだった、って」
「お前の仕業だったのか?」
「もう、すぐに揚げ足をとるんだから」
とはいえ、小町の言葉に沿うならば。
兄妹だからこそのやり取りというのは、確かに存在するのだろう。
それがどれだけ擬似的なものだったとしても、自ら望むなら、本物の関係を築くことができる。そう思う。
「ほら、泥が跳ねてるぞ」
タオル越しに、髪についた泥に触れる。サラリと流れる柔らかな感触に、思わず手が止まる。
無邪気な眼差しがこちらに向けられる。嫌悪もない。純粋な信頼と、喜び。
ああ、そりゃカワイイって思われるわけだーー
「ありがとう、お兄ちゃん」
「……いいから行ってこい」
「うん、カレンのこと、ちゃんと見ててね?」
走り出す背中を送り出して、俺は地面を踏み固めるように足踏みしてみる。
あんな風に気持ちよさそうに走ることができるなら、俺も。
ウマ娘たちのように走り出すのも、悪くないかもしれない。