ウマ娘×俺ガイル 作:Signature
走ることを奪えば、彼女には何が残るのだろう。サイレンススズカは神に愛された――というよりも、純粋に、走ることだけを考えている。
走るために生まれてきた少女。
だとしてもやはり、彼女が輝くのはレース場だ。競い合う中で、彼女の才能が爆発する。先頭を奪い、そのまま走り切る。サイレンススズカが見ている人に夢を与えてくれるのは、その走りがどこまでも楽しそうだから、だろう。
だが。
多分、同じフィールドに立つもの――正確には、追いかけざるを得ないものからすれば、「なんつー自分勝手な奴だ」という感想が生まれるに違いない。
トゥインクルシリーズという狂気について考え始めていた。もうこれ以上一歩たりとも動いてやらん、と反乱する脚を無理やりに意志の下へと引きずり戻す。やっとこさ坂を超えた先で、サイレンススズカは舞っていた。
舞っていたのである。左に、弧を描くようにして、子供が一人、構ってくれない両親に飽きてしまったように。
そして俺がようやく彼女に追いついたころ、はっと我に返ったらしい。ぴくぴく、と耳を動かして、
「あ……比企谷さん、速かったですね」
「嫌味だろそれ……」
膝に手をついて息を整え、喉に詰まる唾液をぐっと飲み干せば、乾いた咳が出る。少し前屈みになったスズカさんはこう言う。
「あの、無理はなさらないほうが」
「無理は、しないと、帰れないだろうが……」
早くも俺は、沖野トレーナーを恨み始めていた。
「体を動かすのは良いぞぉ、比企谷!」
スズカの「散歩」を押し付けてきた張本人である。
殴りたい、あの笑顔。
こちらの珍道中はともかく、いざ「自分勝手な」スズカに追いつけば、たちまちスズカアンチは、スズカファンに戻るのであった。
結局彼女は、本当に、走ることしか考えていなくて、走っている時は周りが見えなくなるだけだから。
追いつき追い越し、ついでに引っこ抜こうとさえしなければ、儚げでストイックなスズカは人を魅了するタイプのアスリートだった。
とはいえ。
「ここは、ターフじゃ、ないんだから……」
「トレーナーさんにも言われました。もう少し、セーブするようにって」
「だろ……?」
「でも、うまく出来なくて」
思わず空を仰ぐ。
この制御できないって言うの、ツインターボタイプではなく、快感のために夢中になる方だから、それがスズカらしいというか。
「あの!私、気を付けますね!」
「いや、俺のせいでセーブするくせとかついたら責任取れねえから、そのままでいてくれ……」
スズカは首を傾げ、尻尾をふにゃ、ともたげさせる。ウマ娘の何よりも雄弁な耳もまた、首を傾げるようにくにゃっと折れる。
「俺はあまり、疲れるのは好きじゃないから、走るのも好きじゃないんだが……お前は、走ってるとき何を考えてるんだ?」
帰り道、今度はランニングスタイルで足を動かす。つかず離れずの距離を意識しながら言葉を投げかける。
スズカはこちらにちらっと視線を向け、また首をひねる。
「私、走っている時、何を考えているんでしょう……?」
「それを聞いてんだよ」
「でも私、目標しかなくて」
「目標?」
「はい。ずっと見ていたい、辿り着きたい、そんな景色があるから。そこに届くようにって」
少なくともそれは、彼女からすれば、走っている時に考えていることではないらしい。俺はどっちも同じに思える。
感覚的には、わかる。そしてそれが、「レースで一番になる快感」などという、即物的なものでないことも、何か嬉しい。
結局、感性で語る詩人を理解するには、己の共感力を信じるしかない。
「俺は走るのは好きじゃないし、考えたこともないからわからないとしか言いようがないな」
「やはり、そういうものなのでしょうか」
「でも、想像はできる。お前が、楽しそうに走ってくれている。それはきっと、誰かの勇気になるんだ。誰かの夢でもある」
「それだけで、ですか?」
「ああ。それだけで、だ」
ウマ娘は、それを託されている。共有できる喜びが最後に爆発する場所、それこそがウイニングライブなのだ。
「アクションは突き詰めれば、走ると止まる、だったか……」
そこにはいのちがある。
ただ勝ち負けを喜ぶ以上の、血が通うモノの、発露がある。
観客にも走り出す力を与えてくれる。
「走り続けてくれよな」
「比企谷さん。私は生きているんですよ?」
天然お嬢様らしい発言に頬を緩めて。
トレセン学園へ続く帰り道までの距離を考えるに、俺は遭難を覚悟した。