これは、輝かしい栄光に溢れる舞台の陰で、少し寂しい地方レース場から始まる物語。
ウマ娘。それは別世界に存在する名馬の名前と魂を受け継ぐ少女達。彼女達には耳があり、尾があり、超人的な脚がある。時に数奇で、時に輝かしい運命を辿る神秘的な存在。この世界に生きる彼女達の運命は、まだ誰にも分からない。
高知県 高知市。
ここは、四国唯一のウマ娘専門トレーニングセンター学園。通称、高知トレセン。
地方で開催されるウマ娘によるエンターテインメント「ローカルシリーズ」。そこで活躍するウマ娘達を指導、育成するトレーニングセンター学校だ。本日、このトレセンに新しい転入生がやってきた。
「わぁー!ここが高知トレーニングセンター学園かぁー!」
少々クセのある桃色の髪。スラリと伸びたロングヘアの頭頂からは、アホ毛の束が一本ぴょこんと飛び出ている。小さな耳には両方に草を結んだような髪飾りを付けている。瞳の色は綺麗な桃色で、髪の毛と見事なコントラストを奏でていた。背丈はやや小さく、歳相応の雰囲気が感じられた。
「よし…頑張るぞ!目指せGI制覇!」
彼女の名前はハルノナナクサ。元気いっぱい、明るい田舎娘。目標はGIウマ娘になること。脚部に不安がある関係で、当初は普通の学校に通っていたが、それを解消。この春、編入手続きを済ませて、晴れて高知トレセン学園の生徒になったのだった!
ローカルシリーズも、基本的にウマ娘がやる事は同じだ。学生として生活する傍ら、レースを走り、ライブを歌い、そしていずれは大きなタイトルを狙う。汗と涙と努力が詰まったギラギラと熱い青春を過ごせるのだが……
「ここが私のクラスだっけ。よし…失礼します!」
ガラッ。と開けた扉の先に広がっていたのは、活気溢れるスポーツマン達…とはまるで違う、だらーんとした学生達。
「えーマジ?ありえねー!」
「それウケるー!ぎゃはははははっ!…おっ?なに?新入生?」
机に足を上げるヤンキー。バカ騒ぎしてるギャルウマ娘。でもって、生徒達に怯えきってる先生。何から何まで底辺校のそれであった。
「え?えっ?」
「あっ!転入生さんが来たみたいですよ!皆さん!せっ、席に着いてくださーい!」
ガラは悪いが、一応先生の話は聞いてくれるらしく、生徒達は自分達の席に着いた。唖然とするハルノナナクサに先生は恐る恐る声をかけた。
「ハルノナナクサさんですよね…?自己紹介、お願いできますか?」
「…あ、は、はいっ!」
思っていたイメージと全然違い、驚きを隠せないハルノナナクサだったが、ふーっと息をついてからクラスの皆に自己紹介を行った。
「皆さん初めまして!今日からこのクラスでお世話になります、ハルノナナクサです!」
パチパチパチ、とクラスから拍手が上がる。転入生が来て、ガヤガヤと騒がしいクラスメイトに怯えながら、先生が話した。
「ありがとうございました!…えーと…そうだ!この学校に転入したって事は、レースで叶えたい目標があるって事ですよね。ハルノナナクサさんの目標は何か、聞いても良いですか?」
「はいっ!私の目標……私の夢は、GI制覇です!日本ダービーとか、天皇賞とか!」
「ええっ!?じ、GI制覇!?」
それを聞いた途端、クラス中からドッと笑い声が溢れ出た。クラスメイトの大半が、大口を開けて彼女の夢を笑っていた。なぜ笑われているのか訳が分からず、恥ずかしそうに下を向いた。そんな笑い声を遮るように、一際大きな声がクラスに響き渡った。
「おいおい、笑ってやるなよ!でかい目標、良いじゃねえか!私は気に入ったぜ!」
声の主は席から立ち上がった。スケバンのような格好の、赤い髪をしたウマ娘。よほど慕われている人物なのか、鶴の一声で笑い声もピタッと止まった。彼女は先生の制止も聞かずに、ハルノナナクサに近付いた。
「ハルノナナクサって言ったな。熱いやつは大好きだぜ。アタシはサマーローズ。これからよろしくな」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
「まだ勝手もわかんねえだろうし、後でアタシが色々教えてやるよ。…じゃ、先生。続きヨロシク」
「は、はいぃっ!…ハルノナナクサさんはそこの席ですね。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
そんな訳で、彼女はここ、高知ウマ娘トレーニングセンター学園へと入学した。それから、底辺校らしい簡単な授業がいくつか続いて、それから昼休みに突入した。
「ふう……なんとか授業はついていけた……」
「おーっす!ナナクサ!」
「あっ、サマーローズさん!」
「ローズで良いよ。それに、敬語もいらねえ。タメだしな。良かったら昼飯一緒に食わね?」
「そっか。…うん、もちろん良いよ!」
彼女に連れられて食堂へ。彼女の友人だろうか、既に二人のウマ娘が待っていてサマーローズを出迎えた。
「ローズ。新入生、さっそく連れて来たみたいだね?」
「おう!数少ないアタシらと同じガチ勢だしな。紹介するよ、こいつはオータムコード。アタシらはコードって呼んでる」
「はじめまして!コードさん……で良いかな?」
「はじめまして。それで構わないよ。ナナクサさん。君が口だけのウマ娘でないこと、期待しているよ」
軽く握手。オータムコード。栗毛で、メガネが特徴的なウマ娘だ。手には参考書らしき物まで持っている。いわゆる頭脳派だ。
……でもって、隣にいるのは何故かこの底辺校にはあまり似つかわしく無い、清楚なお嬢様のような子。白のロングヘアが特徴的な、芦毛のウマ娘。
「はじめまして。私はフユノシラユキ。お二人からはシラユキと呼ばれています」
「はじめまして!シラユキさん。ハルノナナクサです!」
こちらも握手。サマー。オータム。フユノ。そして自分のハル。偶然なのか必然なのか、四季が勢揃いだった。友達の紹介を済ませたところで、とサマーローズが切り出した。
「こいつらはアタシのダチ。高知じゃ数少ない、レースガチ勢だ」
「そうなんだ!……って、ガチ勢ってどういうこと?」
ウマ娘は皆、レースに真剣に挑むものだと思っていたが、ここは勝手が違うらしい。食べながら説明してやるよ、とのことで、四人は食堂のテーブルに腰かけた。
「さて、授業で軽く聞いたとは思うが、ここはローカルシリーズ。中央とは色々とルールが違う」
「うん!中央とは違うってのは覚えたよ!具体的にはどう違うのか分からないけど…」
「そこからか。では分かりやすい部分から説明しよう。外を見てもらえるかな?」
オータムコードが指さしたのは、この学園に備え付けられているダートコース。というか、芝のコースは無い。ダートのみのレース場だ。
「中央は芝を中心に走るけれど、地方では主にダートコースで走る。理由は色々あるけど…まあ、芝を育てるだけの経済力が地方には無いと思ってくれ」
「へぇ〜……ん?じゃあ芝の練習が出来ないってこと!?」
「そういう事になりますね。もっとも、私達が芝で走ることはほぼ無いんですが……」
「えーっ!?どうしよう!これじゃGIで勝てないよ!?」
GIを目標にしているのに芝で走れないんじゃ大問題である。どうしようどうしようと慌てふためくナナクサを、サマーローズがなだめた。
「まあ落ち着けよ。いきなりGIなんて取れねえから。さっきも皆に笑われたろ?」
「うん……でもなんで笑われたのかな?GIを目指すのって別に変な夢じゃないでしょ?」
「普通はな。でも、ここでの目標にするにはいささか難アリだ。なんでだと思う?」
「もしかして……ローカルシリーズからだと中央のレースに出られないとか……!?」
「半分正解。一応、地方ウマ娘もルール上は出られるぜ。…だが、地方と中央には絶対的な差がある。実力の差だ」
実力の差。中央、トゥインクルシリーズに行くには、トレセン学園からその才能を見初められる必要がある。編入試験や入学試験も厳しく、そこに合格して初めて中央のウマ娘となる。そこから更に選りすぐりのエリートが重賞を勝ち、更にエリートだけがGIタイトルを獲得する事が出来るのだ。普通の学校のような扱いの地方とは比べ物にならないほどハードな世界だ。
「もちろん、中央は施設も人員も桁外れに違う。地方の奴らが逆立ちしたって、中央に入学出来た才あるウマ娘には勝てやしない」
「そして一番の問題点はここ。高知トレセンは地方の中でも最弱クラスと言われているんです」
「最弱……!?」
地方競走ウマ娘は、大きく分けて3つに区分する事が出来る。まず、地方でも最強クラスと言われる南関東トレセン(大井、川崎、船橋、浦和)と門別トレセン。この五つのトレセンは、中央にも匹敵するダート頂上決戦を繰り広げている。次に、中央へ移籍したスターを輩出した、カサマツや盛岡トレセン。そして、それより設備が乏しく、実力派のスターが出たことも無い、小さな地方トレセン。高知トレセンはこの一番下のレベルに該当している。
「つまり、ナナクサさんは最弱の高知トレセンから、最強の中央GIまで登りつめてみせる!って皆の前で語ってしまった訳ですね」
「なるほど……それで私の夢、笑われちゃったんだ」
「最弱のトレセンなんて烙印を押されちゃ、生徒達も躍起する訳無いしな。……だから、ぐーたらウマ娘やってる奴もここは多い」
けど。彼女はちゅーっとお気に入りのパック牛乳を飲み干して笑った。
「けどアタシ達は違う。アタシ達は本気だ。レースはいつだって真剣勝負。誰が相手でも勝つつもりさ。それに、アンタの夢も笑わねえ。…だろ?」
オータムコードが続く。
「うむ。確かに私達は弱いかもしれない。だけど、志は中央のウマ娘にだって負けないつもり」
フユノシラユキも。
「ええ。例え力が及ばないとしても……レースに対する真剣さで負ける気はありません」
「そうなんだ…!」
これだ。熱い志。大きな目標。これこそ私が居たい場所。私がやりたかった学園生活。こんな熱い人達と一緒なら、頑張れるかもしれない。
「私も……私も、あなた達と一緒に頑張っても良いかな!」
「もちろん。歓迎するぜ!ナナクサ!」
「ええ、一緒に頑張りましょう」
「うむ。よろしく頼む」
「ありがとう!…よろしくっ!」
こうして、ハルノナナクサはサマーローズ達と友達になった。名前が名前なので、彼女らはこの日から四人合わせて四季組と呼ばれるようになったのだった。
…
お母さんへ。私、さっそく学校で友達を作っちゃった!サマーローズさん。オータムコードさん。フユノシラユキさん。皆レースに真剣で、とっても親切な人達だった。私、この人達と一緒に頑張るね!それと、学校では色々なことを教わったよ。GIに行くには色々なレースで勝たないといけないんだね。でも私頑張るよ!絶対GI取るからね!
「…って、実家から通ってるのに手紙なんか書かんで良いでしょ」
ピシッと母からツッコミを食らう。
「えへへー。その方が雰囲気出るかなーって…」
「まったくこの子は…でも、GIを取りに行くなら手紙を書く練習はしといてええかもしれんね」
「どうして?」
「GIを取りに行くなら、高知トレセンから他のトレセンに移籍する事になるだろうからね。そうなったら実家からは通えなくなるし、手紙でやりとりする事になるだろうねえ」
「そうなんだ。じゃあ今のうちにいっぱい練習しとこう!」
「(……この子は夢に溢れてるね。現実の厳しさに落ち込まなきゃ良いけど)」
しかし、それもまたGIを取るための試練だ。母は夢にひたむきな娘を、精一杯応援してあげることにした。いつか現実の厳しさに折れてしまうかもしれない。けれど、諦めるその日までは彼女の夢を尊重してあげよう。
果たして、ハルノナナクサはこの厳しい世界で何処まで通用するのだろうか。不安と同時に、期待も込めて、今日も彼女を送り出すのだった。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。……頑張るのよ。ナナクサ」
砂上に芽吹いた桜の蕾。その花は開花するのか。或いは、咲かぬまま枯れてしまうのか。彼女の未来は、ここから始まる。