10月。デビューから暫くたった頃。ハルノナナクサを中心にチームいも天は怒涛の快進撃を見せ、全員がそれぞれ順調にレースで好成績を残してきた。中でもハルノナナクサの力は別次元だった。
『第三レース、協賛特別。一番人気はもちろんこの子、ハルノナナクサですね。デビューからここまで3連勝。タイムも圧倒的上位ですから、このメンバーなら、まず負けないでしょう』
「ナナクサちゃーん、頑張っとくれ〜」
「応援してんでぇ〜」
「はーい、頑張ります!」
────ガコンッ!
後方に控え、コーナーから一気に差し切り。スピードが他より圧倒的という訳では無いが、地方のウマ娘としては破格のスタミナを持っており、ロングスパートで長く良い脚を使えるのだ。高知レース場の小さなコーナーを駆け抜けながら、彼女は一気に先頭に躍り出る。
『強い強い!もはやC3に敵無しか!ハルノナナクサ、後ろを突き放して圧勝ゴールイン!』
「おめでとさーん!」
「いい走りだったで〜!」
「ありがとうございまーす!」
ファンのお爺さんお婆さんに手を振りながら、元気にウイニングラン。鮮やかに4連勝を決めた彼女は、喜びをそのままに控え室へ。戻ってきた彼女にチームメンバーも彼女をたいそう褒めそやした。
「トレーナー!やったよ!これで4連勝!」
ぶいっ、と4本指を立てて見せる。トレーナーも嬉しそうに頷きながら、
「ああ、おめでとう。この調子ならアレに出られるかもしれないな」
「アレ?」
「黒潮ジュニアチャンピオンシップ。重賞レースだ。名前の通り、高知のジュニア級最強を決めるレースで、ここを勝てばGIへの挑戦もグッと早まる」
それを聞いたハルノナナクサは目を見開いて大喜びする。
「本当!?じゃあそれに出る!それで絶対勝つ!」
「いい心がけですね。ところで、どんなレースかはご存知ですか?」
フユノシラユキに聞かれて、ナナクサはポカーンとしてしまう。クスクスと笑いながら、彼女は立て続けに説明した。
黒潮ジュニアチャンピオンシップ。高知レース場、ダート1400m。右回り。高知では珍しい重賞レースで、これに勝つ事で12月に川崎で開催される交流JpnI、全日本ジュニア優駿への参加が検討される。また、2着でも同様に参加が検討される。
「この全日本ジュニア優駿はJpnI。つまりナナクサさんの夢への最短切符という訳ですね」
「そうなんだ…!これに勝てばGIに出られる……!」
「出れる確証は無いんだが……勝てばまず間違いなく選考される。運が良ければそのままJpnI直行って事だ」
「なるほど!よーし、絶対勝つぞー!」
多分興奮しすぎて話を聞いて無さそうだが、一応訂正しておく。……確かに、勝てば最短でGIに挑戦できるだろう。だが、正直に言うとトレーナーにはまだいくつか不安があった。
その日は解散し、トレーナーは一人で学園に荷物を取りに戻った。そこである人物に出くわした。
「あれ?……安藤さん」
「惟屋さん。お疲れ様です」
「お疲れ様。彼女の調子はどうだ?」
彼女とはもちろん、安藤トレーナーがスカウトしたカミノイブキの事。模擬レースでナナクサ達を4バ身もちぎった、恐らく新入生最強のウマ娘。
「絶好調ですよ。入学前から走法を学んでいたようで、記録も着実に伸びてきています。このまま行けば、重賞をいくつも制覇出来るでしょう」
「流石だな……」
レースの記録だけで見ても、無敗での4連勝。その全てが圧勝だ。もちろん初重賞となる黒潮ジュニアチャンピオンシップにも参加するだろう。そうなれば、ナナクサの前に立ちはだかる最初の強敵ということになる。
「最初はどこを狙うんだ?金の蔵賞辺りか?」
「そうですね。彼女の実力があればやはり……ジュニアチャンピオンシップでしょう」
「そうか……となると、ライバルだな」
「ええ。ナナクサちゃんも無敗で4連勝。私も、貴方ならそれを選ぶと思いましたよ」
安藤も惟屋も、寂れた地方には似つかわしくない野心家。ビッグタイトルを掴むチャンスがあるとすれば、当然そちらに靡く性質を持っている。
「…負けるつもりは無いぜ」
「私もです。必ず勝ちますよ」
互いに軽く頷き合う。必ず自分のウマ娘が頂点に立つ。二人の目がそう物語っていた。彼女と別れてからも、惟屋トレーナーの顔は深刻だった。
「……やっぱり来るよな」
スカウトしないとは言ったが、気にしていない訳では無かった。ジュニア最強、カミノイブキ。彼女の走りは何度もビデオで見返した。好スタートを決めると、先行策からの好位抜け出し。息の入れ方、仕掛けのタイミングも抜群。正直、彼女の実力はナナクサよりも1枚も2枚も上手だ。
「……それでも、勝たせるのが俺の仕事だ」
GIを勝つのなら。それでもここを勝たせなければならない。それがトレーナーとしての責務だ。カミノイブキに弱点は無いか。ハルノナナクサがどうすれば出し抜けるのか。必死に考え続けた。
ʚïɞ・・・
「おはようございまーす!……あれ?トレーナー、凄いクマだけど……どうしたの?」
「おはよう……一睡もしてなくてな。まあ気にしないでくれ。それより、今後は黒潮ジュニアチャンピオンシップに向けてトレーニングを組んでいくぞ」
「……はい!」
ハルノナナクサが勝つ為に足りないもの。先ずは基礎的なスピード。スタミナの暴力に任せてロングスパートをかけるナナクサに対し、カミノイブキは圧倒的なスピードで後継を置き去りにする。短距離区分の1400m戦では、カミノイブキの方が圧倒的に有利だ。その差を埋める為、スピード強化のトレーニングを中心に組む。
「位置について……用意、ドン!」
「はっ!」
「遅い!もう一回だ!」
「はいっ!」
しかし、彼が行っているのはスタートダッシュの練習ばかり。スピードを上げるのなら、スタートの練習などしなくても良いはずだが……
「なあトレーナー、なんでさっきからナナクサはスタートの練習ばっかりしてるんだ?」
「ああ、サマーローズ。お前も知ってると思うが、短距離戦はスピード勝負。これはナナクサの足りないスピードを上げる為のトレーニングだな」
「スピードを……?それなら走り込みとかした方が良いんじゃねぇのか?」
「……そうだな。確かに走り込みの方が明確に速度は上がるだろう。だがそれで上がるのは『肉体的な限界』までの速度だ」
「肉体的な限界……」
「高知でC3を何度か走ってきて分かったと思うが、もう何年も走っていて、未だにC3で燻っているウマ娘と何度か戦ってきただろう?」
「ああ、確かに……それが?」
「残酷な言い方をするが……彼女達は才能が無い。身体が持つ基礎的な脚の速さが足りなかったんだ。それが肉体的な限界。言わば才能だ」
再度ナナクサにスタートの指示をしてから、トレーナーは続けた。
「残念だが、これに関してはナナクサも同様だ。スタミナを活かしたロングスパートで差をつけているだけで、速度自体は並のウマ娘と変わらない。加えて、君達は肉体的にはまだ未熟なジュニア期。今走り込みをしても、劇的にタイムが変わる事はまず無い」
「つまり、練習するだけ無駄だからスピードを上げるのを諦めて違う練習をしてる……って事か?」
「……いや。その逆だ。スピードを得るために違う練習をするんだ。確かに『脚の速さ』には才能という壁がある。だがレースには展開がある。駆け引きがある。その全てに対応できなければ、それはレースに勝つ為のスピードには繋がらない」
「…なるほどな。いくら脚が速くてもレースが上手くなきゃ勝利には繋がらない。それでスタートの特訓をしてるってことか」
「その通りだ。逆もまた然り、脚が遅くても流れを掴む力があれば勝利を狙う事が出来る。幸いにも、彼女は本能的に高いレースセンスを持ち合わせている。教えられるだけの事を身体に叩き込んで、勝ち筋を手繰り寄せられるようなウマ娘になってもらう」
言われてみれば、ただスタミナが多いだけでレースに勝てる訳が無い。抽象的な説明で走法を会得したように、位置取りや仕掛け等も身体は理解している可能性が高い。言うなればこれも一種の才能だ。
「なるほど……でもナナクサって位置取りとか距離とか具体的な部分って覚えられないんじゃないか?」
「ああ。詳しく言ったらまた頭爆発させるだろうから、簡単な方法で覚えさせることにした」
「簡単な方法?」
「身体が覚えるまで何度もやらせる」
「ひっでぇ」
こうして彼女はジュニアチャンピオンシップに向けて猛特訓を重ねて行った。案外、このやり方は彼女に向いていたのか、段々と彼女はレースでの自分の力を引き出す術を覚えてきた。
「……よし、タイム更新だ。これならジュニアチャンピオンシップ優勝も夢じゃないな」
「やった!これに勝ったらGI……これに勝ったらGI……!」
楽しそうに笑う彼女とは対照的に、トレーナーの顔は深刻だった。確かにハルノナナクサは成長した。高知の並のウマ娘なら軽く捻れるほどに。だが。
────ブォッ!
突風が横を突き抜ける。遠目に見えるのは、最大のライバルであるカミノイブキ。ジュニア最強は愚か、Bクラスに上がっても無敗で、今や高知最強ではないかと思える程に成長していた。
「(正直……ナナクサが100%の力で戦えても向こうは80%くらいの力で押さえ込んで来そうなんだよな……)」
それでも、やれるだけの事はやった。後は彼女の力を信じてレースに送り出すだけだ。作戦等は当日に説明するとして、今すべきことと言えば……
「そうだ。カミノイブキに挨拶はしてきたか?」
「あ……ううん、まだだよ。トレーニングに夢中で忘れてた……よろしくねって伝えてくるね!」
「ああ、行ってらっしゃい」
そんな訳で、休憩時間を狙って声掛けに向かう。第一印象としては、清楚。汗ダラダラの自分に対して、彼女は随分と爽やかな雰囲気が感じられた。まあ、あまりその辺は気にしない少女なので普通に声をかけるのだが。
「カミノイブキさーん!」
「……あら?貴女は……ハルノナナクサさん?」
艶やかな栗毛が美しいツインテールのお嬢様。仕上げられた肉体は高知所属とは思えぬほどで、筋肉としなやかなボディラインの兼ね合いが美しい。ハルノナナクサより一回りほど大きな身体は、マイラー或いはスプリンターとしての才能を如実に現していた。
「そうそう!私ハルノナナクサ!カミノイブキさん、黒潮ジュニアチャンピオンシップではよろしくね!」
すっと手を差し出す。彼女はくすりと笑うと、優しくその手を受け取った。
「よろしくお願い致します。私も貴女との対戦を楽しみにしていましてよ」
「そうなの?」
「ええ。高知三冠…私の目標です。これを果たす為にも、先ずは貴女を倒して、この世代最強を証明しますわ」
その瞳は高潔で真っ直ぐだ。高知三冠。黒潮皐月賞、黒潮ダービー、黒潮菊花賞。この全てを制覇する事で高知三冠ウマ娘となれる。この中でも特に黒潮ダービーは重要度が高く、トレーナーが目標とする程の一大レース。
「そっか……でも負けないよ。私もGIを勝ちたいから!」
「GIを…素敵な目標ですわね。具体的にはどこを狙っているのですか?」
「え……と…具体的にはまだ……」
「そうですの?目標も無く、ただ漠然とGIを狙っていると?」
すると、柔らかな雰囲気から一変。鋭い視線が彼女を突き刺した。ナナクサも思わず萎縮する。
「は、はい……」
「貴方……それでは勝てませんわよ。GIの意味を分かっていますの?」
「凄いレースって事なら……」
「その程度の認識ですの……良いですの?GIはウマ娘達が目指す最高峰のレース。数はあれど、その全ては選りすぐられた超一流のみが立てる舞台。どれでも良いなんて思っていたら、勝つ事なんて一生出来ませんわよ」
彼女の言うことは最もだ。GIに対する認識が甘かったのかもしれない。目標を決めなければ山は登れない。ただ曖昧にGIとだけ決めた所で、どこに向かうのか自分すら分かっていない。
「と言っても、言葉だけではしっくり来ていないでしょうし……私が教えて差し上げますわ。貴方の夢がどれほど無謀なのかを」
それは言わば勝利宣言。正論を叩き付けられ、気圧されていたハルノナナクサだったが、それだけは雰囲気を感じ取って気張り返した。
「無謀かどうかは私の走りを見てから言って欲しいね!返り討ちにしちゃうから!」
「ふふ、言いましたわね。本番を楽しみにしていますわ」
そう言って、彼女はトレーニングに戻っていく。多少厳しい事こそ言われたが、嫌味ったらしい訳では無い。アスリートとして、彼女は純粋に対決を楽しみにしているようだ。
「……負けないよ。私はここを勝って、GIに出るんだから」
夢はもう目の前だ。無謀だなんて言わせない。必ず掴み取ってみせる。
ʚïɞ・・・
ついに本番が訪れた。重賞レース、黒潮ジュニアチャンピオンシップ。高知ダート1400m。右回り12人立て。中央のコースと違い、かなり小回りな高知レース場をぐるりと一周し、直線でゴールする。名前の通り高知所属のジュニア限定戦であり、高知の次世代を担う希望の面子が集まっている。チーム高知無双からは一番人気のカミノイブキ、三番人気のライズベリーが出走している。対して、チームいも天からは二番人気のハルノナナクサ、六番人気のサマーローズが出走していた。彼女らはトレーナーと共に、レース前の控え室での作戦会議が行われていた。
「展開としては、逃げのライズベリーがペースを作るだろう。ローズは中団から、ナナクサは後方から前を行くカミノイブキを捉えなければならない」
「なるほどな。レース時に気を付けることは?」
「注意したいのはカミノイブキだ。先行策でありながら、彼女の上がり3ハロンは中央のウマ娘にも匹敵する。仕掛けるタイミングを間違えれば一瞬で置いて行かれる。状況を見計って、出来れば先に仕掛けろ。後から仕掛けても100%勝てない」
「……ねえ、トレーナー」
「どうした?」
「イブキさんに勝てなかったら……GIは難しいかな」
「随分弱気だな。……だが、その通りだ。彼女に勝てないようなら、目標のGIには絶対届かない」
「そっか……」
そう言って、考え込むように俯く。不穏なものを感じとったのか、トレーナーは立ち上がって彼女の様子を探った。
「どうした?自信を無くしちまったのか?」
「ううん、そうじゃないんだけど……なんて言うのかな……イブキさんと比べて、レースに向ける想い?みたいなので負けてる気がするんだ」
「レースに向ける想い……か」
「うん。イブキさんは高知三冠を目標にしてて…このレースにも世代で一番になるって目標がある。でも私は、ただGIに出たいってだけ……」
それが心の中にずっと引っかかっていたのだろう。なんでも良いからGIに。そんな適当な目標で彼女に勝てるわけがない。このレースだってきっとそうだ。彼女はそう結論付けてしまった。
「そうか。確かにそれじゃあ勝てないだろうな。でも、それは俺にはどうしようもない。俺が勝手に君の目標を変える訳にもいかないしな」
困り顔の彼女を見て、隣のサマーローズがムッと声を掛けた。
「オイオイ、トレーナーだろ。なんとかしてやれよ」
「わかったわかった。…ナナクサ、君はどうしてGIに出たいんだ?」
「どうして……」
「GIを目指すなら、目指すなりの理由があるだろ?君はどうなりたい?GIを勝って、どんな夢を叶えたい?」
「私は……」
どうしてだろう。いつからかGIを目指すようになったのは。記憶を辿る。過去を思い出す。それは、小さい頃にトゥインクルシリーズをテレビで見ていた時のことだ。
『さあ、はじまります……GI……チャンピオンズカップ……』
『ねーねー、お母さん、これは?』
『これはGIレースだよ。とーっても強いウマ娘だけが出れるレースなのよ』
『へーっ……』
元々走るのが好きだった私は、釘付けになってレースを見ていた。砂を蹴る轟音。駆け抜けるウマ娘達。スピード。コーナリング。そして最後の加速。どれを取っても一流で、私の目を釘付けにするのは容易かった。
『……!一着で……見事!チャンピオンに輝きました!』
『かっこいいー!ねーねーお母さん!私もじーわんで走りたい!』
『あら?GIで?それは立派な目標ね。でも、GIに出るのはとっても大変な事なのよ?』
『大丈夫だよ!私とっても速いもん!じーわんで勝ってね、いちばん強くてかっこいいチャンピオンになる!』
『ふふ、それは頼もしいわね。じゃあ、お母さんとも約束してくれる?私が勝てなかった分も、レースで沢山勝ってくれるって』
『うん!もちろん良いよ!指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます』
『指切った……楽しみにしてるわ』
『任せといて!』
「思い出した……思い出したよトレーナー!私の夢!」
「……そうか。どんな夢か教えてくれるか?」
「うん。私は……誰もが憧れる、一番強くてカッコいいチャンピオンになりたい。それで、世界で一番のウマ娘になって、お母さんを喜ばせたい!」
「……立派な夢じゃないか。ならその夢を全力で掲げて来い!レースへの想いは負けてないって所を見せてやれ!」
「はいっ!」
先程の自信なさげな表情はどこへやら。一転、自信満々で胸を張って歩いていく。この切り替えの速さは、やはり彼女の長所と言えるかもしれない。
「……そっちは出口だぞ」
「…あっ!」
「ははは…まあ気合が入ったなら良いだろ。そろそろ時間だ。二人とも本気でぶつかってこい!」
「「はい!」」
すっかり日も落ち、満天の星が浮かぶ夜空の下。乾いた砂を切り裂きながら、ウマ娘達が高知レース場へと降り立った。いよいよメインレース、黒潮ジュニアチャンピオンシップの開催だ。
「……あら。ハルノナナクサさん」
「イブキさん。私負けないよ!貴女に勝って私はチャンピオンになるんだから!」
「チャンピオン……!ふふ。なるほど、そうですか。随分良い顔をするようになりましたわね。それでこそ、倒しがいがあるというものですわ」
カミノイブキは嬉しそうに微笑むと、力強く砂を踏み込んでゲートに入った。その佇まいはまさに王者の風格。一番人気に支持されるだけの事はあった。ハルノナナクサも、それに続いてゲートに入った。
「よーし、間に合ったな。二人とも見えるか?」
「うむ、大丈夫ですだな」
「ええ。バッチリ」
応援席にチームメンバーも集い、準備完了。果たして二人は、高知最強と噂の彼女にどこまで迫れるのか。
『最後に大外、サマーローズがゲートに入りまして準備完了です。重賞、黒潮ジュニアチャンピオンシップ。スタートしました!』
「はあっ!」
「ふっ!」
『カミノイブキにハルノナナクサ!好スタートを決めました!』
大方の展開は予想通り。先頭にライズベリーが立ち、一気にレースを引っ張る。バ郡中団にカミノイブキが控え、その少し後ろにサマーローズ。後方集団にハルノナナクサが収まった。
『さあ予想通りライズベリーが上がっていきます。ぐんぐん押して横からプリティサファイア。この二人がハナを奪い合います』
「よし……ローズも上手い具合に抑えられてるな……」
「掛かり癖、治ったんですか?」
「ああ。本番に近い形で何度か練習させて緊張を解したんだ。上手く行けば……カミノイブキにも食らいつけるかもしれない」
淡い希望を漏らす様に、中団を走る彼女を見つめる。だが、現実というものはどこまでも非常だ。淡々と、着実に、力の差というものを見せつけてくる。その現実に……どこまで立ち向かえるか。
『各ウマ娘並んで第三コーナー、徐々に進出を開始して行きます!』
「(先に動かねえとアイツは抜かせねえ……抑えるのはここまでだ!)」
「(グッと溜めて……!バーンと飛ばすっ!)」
始動。二人のウマ娘は一気に砂を蹴り飛ばし、バ群の中から前へと登りつめていく。サマーローズは鍛えた脚で。ハルノナナクサは天賦のスタミナで。同期のウマ娘達とはひと味違うスピードで前へ加速していく。
「来たっ!二番手!三番手だ!」
「上手いですね……ナナクサさん。最内のルートを上手く通っています」
「ああ…!俺の教えたことは実践できている……あとは……!」
後は。残る懸念材料はたった一つ。そしてそれは、同時に最大の懸念でもある。力強い豪脚と共に、真ん中から一気に栗毛のウマ娘が進出を開始した。
『内でハルノナナクサ!外サマーローズ!逃げるライズベリーを交わしてここで!』
「……参りますわ」
『中からカミノイブキ!カミノイブキ一気に抜いた!もう1番手だ!後ろは届くかどうか!?』
飛び出したのはカミノイブキ。レベルが違うと言わんばかりの末脚で、二人を抜き去ると先頭を力強く駆け抜けていく。
「うそ……!?」
「……だろ……!?」
必死に脚を動かすが、届かない。追い付けない。彼女は二人をあっという間に4バ身ほど引き離すと、圧倒的なリードを保ったまま先頭をかけていく。
「(追い付けない……!なんで……!?)」
全力だ。間違いなく。
「(嘘だ……こんなに遠いはず……)」
だが。届かない。
「(私だって、強くなったのに…!)」
遠ざかっていく夢の背中。追い付けない。追い付かない。そして、私の遥か遠くで、美しい栗毛の突風が栄光のチャンピオンの座を掴み取っていた。
「はぁ……はぁ……!」
『カミノイブキ、人気に応えてゴール!二着にハルノナナクサ、三着に……』
勝てなかった。悔しい。そんな想いと同時に、自分が目指している目標の高さというものを実感させられた。彼女があんなに強いなんて。力の違いを感じさせられる一戦だった。
「お疲れ様ですわ」
「ふぅ……お疲れ様。イブキさん」
「世代最強の座は頂きましたわ。けれど、これで終わりではありません。私は更に上を目指します。高知三冠に向かって。貴方はどうです?」
「…もちろん、私も上を目指すよ。最強のチャンピオンになるために。次は負けないよ!」
その返答を聞くと、彼女は氷のような硬い表情を崩して、優しく微笑んでみせた。まるで、大切な友へ向けるような優しい顔で。
「それでこそ。私も受けてたちます。貴方のライバルとして。ジュニアチャンピオンとして。また勝負しましょう」
「うん!」
固い握手が交わされる。その顔は負けたにしてはとても爽やかで、ナナクサもあまり気にしてはいないようだった。
けれども、彼女の心には、このレベルの違いが深く刻まれていた。