「大井はC3でも魔境と思った方が良いぜい」
「C3でも?」
「おうともよ。とりあえず走ってみりゃあ分かる」
手続きを済ませ、イナリワンに大井について教えて貰う。その間に、ハルノナナクサはあっという間に大井トレセンの制服に早変わり。そのまま流されるように、大井のC3のレースに出場することが決定した。
「よしっ、準備万端!トレーナー、今日の作戦はどうするの?」
「今日もダービーの時のように、中団からスパートをかけるんだ」
「ふんふん。それじゃあいつも通りだね」
「ああ。いつも通り、暴れて来い!」
大井1600m。初めてでは無いが、流石にまだ不慣れなコース。小回りな作りをしている為、先行勢が有利を取りやすく、そのままゴールする事が多い。後方から一気を狙うナナクサとしては、厳しい展開になりやすいコースだ。
「っ……!?」
コースに降りた途端、ビリッと熱い気配を感じとった。そして、イナリワンの言葉の意味が分かった。ここにいる皆は、一人残らず勝つ為の策を考えている。高知のそれとはまるで次元が違う。
「(私も、負けないよ!)」
むんっと胸を張りながら、パドックでの準備運動を済ませる。ピリピリとした緊張感の中、ウマ娘達が続々とゲートに入っていく。ふーっと息を整え、ハルノナナクサもゲートに収まる。
『さあ12人が揃いました。ゲートが開いた!』
並んでのスタート。それぞれが自らのポジションへと移っていく。ハルノナナクサは前から7、8番手の後方。ラスト800mを切り、ウマ娘たちの動きが激しくなっていく。
「(よーし、ここから仕掛けて……)」
しかし、ハルノナナクサが出る事は叶わなかった。周りのウマ娘が壁のようになってしまっていたからだ。
「(嘘!?それじゃあ進路を変えて…)」
しかし、既に進路変更しようとした場所には他のウマ娘がおり、いっぱいになってしまっていた。
「やば……ラチも開かない……!」
結局そのまま、ハルノナナクサは前に出られず7着。お世辞にも良いレースとは言えない結果に終わった。
「はぁ……はぁ……負けちゃった……」
まさに魔境。全く前に追いつけなかった。本領発揮が出来なかった。情けないレース運びに思わず涙が出そうになってしまった。
「よく頑張ったさ。ビリでは無く7着に入れただけ偉いぞ」
「トレーナー……ありがとう!私、次は勝てるように努力するね!」
「ああ、楽しみにしてるぞ」
トレーナーとの約束。そして、反省会。何故勝てなかったのかを調べて次に繋げる会だ。まず、コースに慣れていなかったのはあるだろう。これは慣れるより他に無い。次に相手をよく調べなかった事。相手を知らなければ、勝てるレースも簡単に落としてしまう。
「次はきちんと相手の事も調べないとだね」
「だな。でないと、ここのC3にすら飲まれてしまいそうだ」
大井は激戦区だ。地方から登ってくる者もいれば、中央から降りてくる者もいる。常に上を目指さなければすぐに追い出されてしまいそうだ。二人はそれを胸中にしまいこみ、これからの大井のレースにチャレンジしていくのだった。
…
「また負けたー!」
大井に来てからしばらく。ハルノナナクサは相変わらずC級で燻っていた。原因は明白だが、それを克服できない状況に陥っていたのだ。
その原因は、コースの小ささ。地方はどこもそうだが、コーナーの後の直線が極めて短い。これによって後方から差す為の距離が足りない状態になってしまっている。
「また負けたな……よし、ナナクサ。その悔しい気持ちを糧に聞き込みをしてくるんだ」
「聞き込みって……コースを走るコツを聞いてくるとか?」
「そうだ。色んな人の意見を聞いて自分の武器に変えるんだ」
「はい!分かりました!」
元気よく答え、大井でしのぎを削っている先輩達に聞きに行くのだった。
…
「走るコツ?小回りだからね。ステップの回数を増やすとか?」
「ふむふむ」
…
「とにかく前目に付けることだな。後ろから勝てるのは天才だけさ」
「ほうほう……」
…
「……なんで私の所に聞きに来るんだ」
「カスタードちゃん、Aクラスで強いでしょ?だからお願い!」
「ち……コツなど無い。普通に走っていれば1位を取れる」
「へぇー!普通に走って1位なんて凄いね!私は普通じゃ勝てないからねぇ」
熱心にメモを取っている。これさえも有益なアドバイスとして受け取っているようだ。そんなに強い彼女が常にベッドに横になっているのは少し不思議だったが。
「よーし、メモ完了!色々コツも教わったし、次こそ勝つぞー!」
そんな彼女が次走に選んだのは、格上挑戦となるC2戦。C3戦との違いは、メンバーが強くなる事と、距離が伸びること。相手が強くなるリスクを負ってでも、得意な長距離戦に参加したいというのが本音だ。
「(うひゃー、1つ上がっただけで空気が違うね…)」
C2は主に、C3から上がった者と、中央落ちと呼ばれるメンバーで構成される。特に中央落ちは手強く、流石は中央を経験したきただけの走りを見せてくる。その才能差を覆すだけのパフォーマンスを見せなければならない。
「(ナナクサ!今日よく見る相手は誰かわかるよな?)」
「(もちろん!中央落ちのソリストサンデーちゃんだよね!)」
「(その通りだ。マークを徹底するんだぞ!)」
『さあ始まります。大井第3レースC2級戦』
アナウンスと同時に、ウマ娘達はゲートに収まっていく。ナナクサも、目標のソリストサンデーを見つめながら。
────ガコンッ!
レースがスタートする。一番手は中央落ちのソルトレイク。二番手につけたのが目標のソリストサンデーだ。ハルノナナクサはそこから3バ身ほど後ろの中団につけていた。
ソルトレイクが13人を引き連れ、コーナーを曲がっていく。流石にまだ仕掛けない。今回は1900m戦。ロングスパートをかけるには早すぎるのだ。
「(いい調子だぞ、頑張れナナクサ!)」
残り800mを切ったところで、ついに仕掛けたウマ娘が出てきた。ハルノナナクサだ。前をいくソリストサンデーに徐々に迫っていく。
「(勝つのは私だ!)」
「(っ……!)」
しかし、ソリストサンデーもタダでは抜かさせない。どちらもスパート状態に入り、最後の直線へと駆け抜けていく。
「(ステップを小さく…!)」
ハルノナナクサは学んだヒントを活かしながら、一気に先頭集団へと抜け出していく。
「(行かせない……!)はああああっ!」
「(勝つんだ!GIに出るために!)はああああああっ!」
そして、二人はゴール板を駆け抜けた。ゴールの瞬間、僅かに前に抜け出したハルノナナクサ。それがしっかり記録されており、アタマ差での先頭でゴールできていた。
『勝ったのはハルノナナクサ!高知ダービーウマ娘の意地を見せ付けました!』
「やった!ついに勝てたー!」
「やったなナナクサ!」
トレーナーもやってきて、大喜びの祝賀会ムード。距離が伸びたのが幸いしたか、ついにハルノナナクサは勝利することに成功した。この勝利を元に、彼女は徐々に大きなロードへ駆け抜けていく事になる。