Muv-luv Alternative -Right Stuff-   作:レイテンシー

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本作は独自設定、独自展開の多い作品です。ただ用語を使用する時のニュアンスは同じにしているため、原作知識だけでも楽しんでいただけるよう書いたつもりです。

詳細が気になった方は、第0話として挿入される設定をお読みください。

繰り返しになりますが、アンチ・ヘイト表現を含みますのでご了承ください。


第1話 F-15 S/MTD -着任-

 

 

 

2014年--月--日

C-5 ギャラクシー

国連軍ユーコン基地 周辺空域

ユウヤ・ブリッジス中尉

 

同じコンパートメントに居合わせた国連空軍のパイロットから呼ばれてコックピットに向かった。念のため見てほしい、と言われたのだ。

 

航空機のエンジンについては専門外であるのだが、とりあえず来いと言われたら行くのが軍人なのでそうすることにした。

 

呼ばれた理由は分からないが、全くの不意打ちではなかった。道中でフランクに話しかけられたからか、思ったより話が弾んでしまい、お互いの身の上を話したりしてしまったのだ。

 

 

このパイロットは自分より階級が低いのだが、技術士官をしていると階級より低く扱われることが多いので気にしないことにした。お陰できつい軍用機での移動でも苦痛を感じなかった。

 

C-5ギャラクシーの人員輸送仕様で、4人席の個室まで設定されているとはいえ、軍用機は軍用機だった。普段、会社が手配してくれる民間機とは、乗り心地に天と地ほどの差がある。

 

特に音がうるさい。陸でやればホモを疑われる近さで会話をしていた。まぁ、この部屋には2人しか乗っていないので気にすることではない。

 

価値観がおかしくなってしまいそうなので考えないことにしていたが、部屋が割り当てられているのは士官だけで、兵士や整備員は木の板に座ってこの部屋よりもうるさい機体後部で座っていると教わった。

 

このパイロットは普段は、ユーコン基地とアメリカ軍基地を行き来する輸送機のパイロットをしていて、今日はたまたま乗客の側だったらしい。通常、少尉では個室が割り当てられることはないのだが、空席にコネで入り込んだと自白していた。

 

移動手段を手配してくれた事務からは一人旅だけど泣くなよ、とからかわれていたのに変だとは思ったが納得の理由だった。

 

 

全く気づかなかったが、ユーコン基地が近づいたあたりでいつもと違う航路を取り始めたことから、同乗者が異変に気づいてコックピットに向かったのだ。そして呼び出された。

 

「進路上に戦術機がいる」

 

コックピットに入るや、そう言われて、おそらく副操縦士のほうが窓の外を指さした。

 

(どこだ…?)

 

意外に思われるが戦術機パイロットは目が良くなくても良い。視程を機械が補正しているのもあるが、そもそも戦術機はひらけた場所にいると死ぬ兵器なので、見通すということがないのだ。

 

航空機のパイロットのほうが遥かに目が良くて、指さされた先を見ても、なんだかボヤケた広野が見えるだけでよくわからない。

 

なんとなく白いものが動いているな、と思ったがどうもそれが戦術機らしい。

 

おそらく機長のほうが何言か無線で話しをする。

 

「ユーコン基地からユウヤ・ブリッジス中尉を呼び出すように、と」

 

機長がヘッドセットをこちらに渡してきた。

 

あまりに都合がいい。ただ、こういうことが偶にあるので軍人は繋がりを大事にする傾向がある。

 

ヘッドセットを受け取りユウヤ・ブリッジスであることを名乗ると、一方的に向こうが話をしだした。

 

「何を言ってるんだ?」

 

同じ会話を聞いているらしい副操縦士が呟いた。その通りだと思う。第3者から見て会話が成立していないのだ。

 

ただ何かがわかってしまった。つまり説明しているヒマがないのだ。

 

内容は会話圧縮とも言うべき、要点だけを羅列したもので、こちらに知識があって解読することを前提に話をしてきている。

 

話しかけてきた人間はおそらく頭の回転が早い。状況を簡潔かつ要点だけをまとめるのは、当然のように要求されるがそれなりに難しい。

 

ただ軍人にはそれが求められるので訓練をする。状況をあらかじめ想定しておき、まとめる選択肢を限定しておくのだ。

 

しかし、テストパイロットにはそれが通じない。この職業が遭遇するトラブルは常に未知のものであった。そしてそれを簡潔にまとめなければならない。

 

相手は同業者だった。

 

話しかけられた内容を整理しよう。

 

・相手がアルゴス試験小隊の指揮官であること

 

アルゴス試験小隊はユーコン基地での自分の配属先だった。つまり相手はこちらを知っている。階級どころか名前すら名乗らないのはマナー違反だが、問題を解決するには不要な情報であることは確かだった。

 

あと当然ながら、今、戦術機を操縦しているパイロットから連絡が来ているわけではない。おそらくこの指揮官は、試験機を後方でオペレーションしている、という状況だった。

 

・試験機はF-15E系列

 

アルゴス試験小隊の目的は戦術機の試験だ。当然、開発中の機体である。系列という言い方が気にかかったが、F-15Eなら自分の専門分野である。そして当然それについての質問であるということだった。

 

・ステータスが#FE1A

 

戦術機のエラーステータスだった。4桁の16進数で管理されていて、最初の#FEが跳躍ユニットの関係であることを示す。

 

こんなもの戦術機のそれも跳躍ユニットの関係者でないとピンとこない。ただ、それだけに相手が的を絞って話をしてきていることがわかった。

 

そして、跳躍ユニットの#1Aエラーは深刻だった。左右の跳躍ユニットで制御モードが一致しないと言うもので、跳躍している状態で起きることを想定していない。

 

この状態ではまともに飛べないはずだった。ただ対象の戦術機は飛んでいる。なんでかはわからない。

 

空中である程度の勢いをつけてしまった戦術機は、勢いを殺さなければ着地できない。足が壊れてしまう。飛んでいる状態を無理やり維持しているのは、まだ着地できる状態じゃないからだ。

 

・再起動は実施済み

 

試すことは試している、ということだった。空中でどうやって跳躍ユニットを再起動したのかはさっぱりわからない。

 

しかし、#1Aエラーは再起動で消えるはずだ。ただ、それが再発したことは、宇宙放射線によってメモリが化けた、というような偶発的なものではないという事だった。

 

情報はこれだけで、この状況でどうするか問われている。量産機から何を変えたのかもわからない。ただ、それを聞いている時間もないだろう。

 

 

推測できる原因は操縦支援機能だ。制御モードはいわゆるOBW(オペレーション・バイ・ワイヤ)の中身の話で、それもアプリよりの付加価値機能に属している。

 

跳躍ユニットの制御モードはF-4からF-15で大きく変わった点の一つで、F-4で吹かす、止める程度のモードしか持っていなかったものを、熟練者の操縦データを元に大幅に増やしたのがF-15のそれであった。

 

このモードの中には、跳躍ユニットの左右で出力を変えるものも存在している。それ自体はエラーでも何でもなかった。しかし、左右の跳躍ユニットでやろうとしていることが違う、というのは異常事態なのだ。

 

そしてその原因は、跳躍ユニットの左右で同じ制御ソフトが書き込まれているはず、という前提が崩れたからだった。

 

戦術機は機体各所に独立したコントロールユニットを持っており、メモリもそれぞれに有している。

 

戦術機の初期の設計段階では集中制御志向と分散制御志向で揉めたらしいのだが、戦闘による欠損が発生することを想定して分散制御志向が採用された。

 

集中制御ではおそらくユニットが置かれる胴体が損傷しただけで、機体全体の制御が効かなくなる可能性がある。

 

分散制御でも損傷によって制御が効かなくなることは想定されるが、右腕のコントロールユニットは右腕がなくなったら必要なくなるように作ることができた。

 

分散制御の欠点は、今回みたいなミスが起きることと、コストがかかることだ。ただ、集中制御を採用した初期のF-5が落ちまくったので、やむなく分散制御が標準化された。

 

面白いのが、左右どちらかの跳躍ユニットが欠損したエラーと#1Aエラーでは、#1Aの方が深刻であることだ。

 

エラーの深刻さは、その状態によってどのようなトラブルが起きえるかによって決まる。基本的によりエネルギーの高い状態に遷移できる方が危険であると判断されるのだ。

 

少しわかりにくいので、兵隊で例えよう。

同じ部隊に「ちょっと精神が危ない兵士」がいたとして、

 

・銃を持っているが死んでいる状態

・銃を持っているが言うことを聞いてくれない状態

 

のどちらが安全だろうか?前者なのだ。跳躍ユニットの欠損エラーは前者に、#1Aエラーは後者に分類されていた。

 

 

「出荷検査モードに入れるべきだ」

 

ヘッドセット越しに相手に答えた。

 

断っておくと話が脱線したが、回答を出すまで時間は殆どかかっていない。機械にかかわっていると不思議に思うのだが、人間の思考は同時並行で行われていて、考えた量と時間が一致しない。

 

「それは...まともに制御できるのか?」

 

即座に回答があった。回答が想定の範囲外だったからだろうか、少し怪訝な反応が返ってきた。

 

「パイロットに第1世代を操縦した経験があれば問題はないはずだ」

 

そう答える。自分の心情に反する言葉があるが緊急時なので無視した。

 

マクドネル・ダグラスグループでは第○世代という戦術機の分類は禁止されていた。それはロッキードがF-22の採用時に広めたセールス用語だったからだ。

 

そもそも分類の仕方が雑である。自分が分類するならF-15とF-16は世代を分ける。この2つは制御の概念がそもそも違うのだ。海軍機についてはよく知らない。

 

極めて雑な分類を世界中に広めたロッキードの悪逆非道さを噛み締めながら会話を続けた。

ありがとう、と相手から初めてまともな会話があった。

 

この対策で相手は納得したようだった。

 

「切り替え方は、青の3巻を見ればわかる」

 

追加で情報をねじ込んだ。

 

戦術機に関するマニュアルは全て紙に印刷されていてキングファイルに収められている。機体によって部位ごとのバージョンが微妙に異なるため、マニュアルも細かいところで機体ごとに異なる。

 

分厚いキングファイルが30冊以上あるので、マニュアルを収めた本棚ごと機体と一緒に納品するのが慣わしとなっていた。背表紙によって大まかに分類されていて色が違う。跳躍ユニットは青だった。

 

ありました、と相手のサポートをしているらしい女性の声が入る。若干、引いている。

 

マニュアルの分量は、F-15の跳躍ユニットだけでも全てを把握しているものはいない、と言われるほど膨大だが、何事にも例外はある。ちなみに最初の1冊は目次のみ収められていて、それだけで辞書ほどある。

 

相手が見つけられなければ方法も回答しようと思っていたが、見つけられたならマニュアルに従ってくれればいい。

 

なので、ここで出荷検査モードへの切り替えかたを吐き出しておこう。

 

①診断システム越しに出荷検査モードへの遷移番号をNVRAMに書き込む

②跳躍ユニットをシャットダウンする

③10分待って再起動する

④起動時にニュートラルであれば、跳躍ユニットがNVRAMを読み取って出荷検査モードへ切り替わる

 

という手順だった。空中で10分待つのは大変なので③は省略してもいい。

 

シャットダウン後に10分待機するルールは、温度の関係で跳躍ユニット再起動時の基本なのだが、出荷検査モードへの遷移だけは特別に無視して大丈夫だった。

 

なぜだろうか?

 

そもそもの出荷検査モードについて説明しておこう。名前から概ね想像がつくかもしれないが、全ての跳躍ユニットは工場出荷時に検査を行う。

 

この検査では、架台に据えた状態だが実際に燃料を入れて火を入れるのだ。この時の制御モードが出荷検査モードである。

 

やることは主機を吹かして規定の出力が出るか確認するだけなのだが、通常のモードでは実施できない。跳躍ユニットは無駄に頭がいいので、各種センサーの情報から架台に据えられた状態をちゃんと異常と判定して主機が止まる。

 

リバースエンジニアリング対策だと聞いたこともある。ただ、そうであれば出荷検査モードへの遷移番号を量産時に変えて秘匿すべきだが、そうしたという話を聞いたことがなかった。

 

とりあえず、正しい意図を持って架台に据えられている場合にはエラーが出ないようにしたい、ということで設定されるのが出荷検査モードなのだ。

 

なぜこれが今回のエラーへの対応策となるのだろうか?

 

出荷検査では高度な制御モードへと遷移しないからだ。左右の跳躍ユニットの制御モードは常に一致するはずだ。そもそもこのモードでは遷移する必要がないからである。ただ、これには開発側の内部事情も含まれていた。

 

正しくは出荷検査モードでは、問題が起きるエラーだけをマスクして、その他を通常と同様にすべきである。

 

ただ跳躍ユニットのエラー監視は条件が複雑に絡み合っており、あっちを塞げばこっちで引っかかる、というようなことが起きる。

 

面倒なので出荷検査モードでは、全部エラーを塞いで主機を吹いて止める、だけをするモードになっているのだ。どうせ出荷時にしか使わないのである。

 

出荷時に確認したいのは主にハードウェアであって、配備先で最新のソフトウェアが書き込まれる前提になっている点も影響している。

 

ちなみに、ここで悪意を持ってモードをいじるとユニットの性能を偽装できる。ただ、そんな悪いことをする奴はいないのだ。

 

この状態では、仮に飛ばしたとしたら、高度な操縦支援機能のない初期の戦術機と同様になる。だから、F-4かF-5を操縦した経験があれば飛ばせると答えたのだ。自分がやりたいかというとそうでもない。

 

途中で話をした出荷検査モードが、跳躍ユニットの再起動10分待機ルールの例外となっているのは、もう少し複雑な理由からだった。

 

工場で出荷する時に10分待つのは不経済、と経営者が判断したので改良されているのだ。でもこれで生産効率が多少上がっているらしい。

 

 

問題が解決したのか、相手からの連絡はなくなった。ヘッドセットを機長に返す。

 

「まともに飛ぶようになったぞ」

 

と同乗者に教えてもらったけれど、やっぱりよく見えなかった。

 

 

 


 

 

 

2014年--月--日

国連軍ユーコン基地

ユウヤ・ブリッジス中尉

 

「F-15E“系列”って、これはF-15 S/MTDじゃないか!」

 

ユーコン基地に降り立って、最初に見た光景で思わず声を上げた。おそらく渦中にあったであろう機体がハンガーに入れられていたからだ。

 

確かにこの機体はF-15Eと同列で扱うことができる。でもそれは、F-15 S/MTDがF-15Eの開発ベースになったからで、因果が逆転している。

 

F-15 S/MTDをF-15Eの系列機というのは反則だった。F-15 S/MTD自体はF-15Cの改修機だった。

 

F-15 S/MTDは、F-15 Stratosphere / Mesosphere Tactical Descent (成層圏/中間圏戦術降下仕様)であり、人類初の軌道降下用戦術機であった。

 

1980年代後半、NASAと陸軍が共同で開発したXナンバーが軌道降下に成功すると、これをハイブ攻略に取り入れようとする声は高まった。

 

ただそれは戦術として自殺行為に近いものであったため、合衆国としては積極的でなかったものの、周囲から押される形で専用戦術機の開発に踏み切った。ユーラシア大陸を席巻するBETAはそれほどの危機感を世界に与えていた。

 

ベースとなる機体は、比較的、改造に余裕のあるF-15が選ばれた。

 

当時、課題となったのは、意外にもハードウェアではなくソフトウェアである。

 

ハイブ攻略での軌道降下は、ハイブ中心部の主縦坑(メインシャフト)に向けて、十数機の戦術機が軌道上から同時に降下する。その難易度は、十数個のボールを同時にホールインワンさせるようなものと言われた。

 

軌道降下専用戦術機で最も高価であったのは人間を除けば、コンピュータである。対地速度にするととんでもないスピードで突入するので、時間あたりの分解能をとにかく高める必要があったのだ。

 

テレメトリー(遠隔操縦)も検討されたが、多数の機体が同じ空域に殺到することに耐えられる代物ではない。

 

機体のシルエットが変わるほどの追加装備は、最初は最悪使い捨てでも構わないと考えられていた。最終的に、再利用を考慮しないとペイしないことが判明したので、かなり高価な機体となった。

 

この機体が珍しいのは、100機以上が生産されているのにそのほとんどが損耗したことだった。テスト機として使用されている2機だけしか残っていないと聞いている。

 

F-15 S/MTDを博物館に収蔵できなかったのはアメリカ産業界の恥だ、とウチの上役は言い切っていた。この機体にはエントランスで写真撮影場所になるだけの栄誉があった。

 

専用機があまりに高価であったことから、後継機ではアタッチメントと専用ソフトのインストールだけで軌道降下できるように要求された。

 

 

「今はF-15 ACTVだ。ブリッジス中尉」

 

しばらく機体を眺めていると後ろから声がかかった。話しかけられた内容からして最初からいたらしい。

 

子供のようにF-15 S/MTDを眺めてしまったことを恥ずかしく思うが、仕方がない。マクドネル・ダグラスで担当していたF-15Eはこの機体をベースに、豪華な追加装備をオミットして統合的な性能を高める形で開発されたのだ。

 

いわば愛機のご先祖様だった。いや、今はF-15 ACTVか。

 

声をかけられたのはトラブルが起きた時の通信相手だった。イブラヒム・ドゥール国連総軍中尉。今回の件で大尉になり損なったと後で聞いた。

 

階級章から技術士官であることを知って、それでも敬意を払ってくれる相手を大事にするようにしている。イブラヒム中尉はその対象だった。

 

ユーコン基地へようこそ、と言ってくれる。続け様に雑談が始まった。

 

「ここはオルタネイティブ2の牙城だ。国連が今、どのオルタネイティブを重視しているか、知っているかな?」

 

たぶんオルタネイティブ5だ。莫大な資産を投じてラグランジェポイントに何か作っていると聞いている。米軍のG弾主戦論もなぜかオルタネイティブ5に属するので、今人類が総力を上げているのは、BETAから逃げることだと言えた。

 

同じオルタネイティブ5でもハワイあたりに海上都市を築く方が筋がいいように思えるが、専門家をやっていて学んだことは、他の専門家に口をださないことだった。彼らがその方がいいと判断したのだろう。

 

「人類が戦えるだけの機体を作ることが自分の仕事で、逃げるための機体を作るつもりはありません」

 

アルゴス試験小隊ではイブラヒム中尉が先任であるため丁寧に話す。

 

その回答が欲しかった、と中尉は満足そうにうなずいた。

 

あの機体のパイロットだと人を紹介される。幼い子供のような見かけで優秀な戦術士官なんだな、と驚きを覚えた。

 

「お前かよ、あの方法を指示したのはっ、空中で何回も再起動したんだぞ!」

 

と、いきなり喰ってかかられた。やっぱり子供だった。

 

出荷検査モードに入れるようアドバイスしたが、すんなりとモードに入れた訳ではないようだった。

 

おそらく手順④の起動時に操縦をニュートラルにすること、で引っかかったのだ。間接思考制御が噛んでいるので、全くのニュートラルにするのは相当に難しい。

 

確か0.5Nm単位で中立を保たないと、別のエラーが発生したはずだ。正直、よくやれたと思っている。

 

やめろマナンダル少尉、と中尉が制止した。この子供が少尉なのかと正直に驚いた。東南アジア系に見えた。

 

BETAの脅威に晒されている途上国では人材が払底していると聞いていたが事実のようだった。

 

「機体がF-15 S/MTDだと知っていたら、もうちょっと慎重に考えたさ」

 

なんだとテメェ、と制止を振り切って殴りかかろうとする。こちらが中尉であることは流石に目に入っているはずだ。

 

「少尉、相手は上官だ、ちゃんと規律を守れ。それとブリッジス中尉も煽るな」

 

イブラヒム中尉から警告を受ける。少尉が中尉に喰ってかかるのは、通常あり得ない。ただ後方職である技術士官は何かと軽んじられる。それでも実戦経験がないことで童貞扱いされるのはゴメンだった。

 

なかでも機体にトラブルが起きて喰ってかかられることはしょっちゅうだった。しかし前線上がりでも、テストパイロットには自分も機体開発に関与しているのだ、という責任を持って欲しかった。

 

そう、彼女?と思われる子供は前線上がりだった。そうでなければあれほど上手く戦術機を操縦できない。

 

どうやって空中で跳躍ユニットを再起動したのかをずっと考えていたが、おそらく固体燃料ブースターを使用したのだ。

 

同じ跳躍ユニットでも主機とちがって固体燃料の方は火を入れるだけでいい。電源が入ってなくてもブースト可能だったはずだ。

 

しかし応答性が主機に比べてはるかに劣悪なはずだった。まともに制御できるとは思えない。しかもその状況で操縦をニュートラルに保ったのだ。とんでもない技量だった。

 

他の戦術士官に羽交締めにされてマナンダル少尉は連れて行かれた。

 

「ブリッジス中尉、今のでわかってくれると思うが、君の祖国以外では開発部隊に人を回す余裕はない」

 

ここにエンジニアとして目標にできる人物は存在しない、とイブラヒム中尉は言い切った。

 

そう、操縦がうまい戦術士官を開発に回してしまうほど、人材がいないのだ。開発部隊に操縦の上手い下手は正直関係がなく、頭の回転の速さと開発経験だけがものを言った。

 

強い戦術士官が開発に回されるのは、人類として大きな損失である。彼らが活躍すべきなのは前線だった。

 

それはかなり冷酷な判断だと理解している。死ぬまで戦うことを強要するのは、あまりに非道であった。

 

戦場では前線にいる彼らの価値観によって、後方に下げるべき人材を決める。それは活躍に対する褒美であったり、その後の組織運営を考えた配置転換であったりする。

 

ただ、なぜか揃いも揃って前線で活躍したヤツを休めてやってくれ、と開発部隊に回してくるのだ。開発部隊は保養場ではない。むしろ厳しい方だ。

 

理由には必ず前線での戦闘経験が役に立つはずだと添えられているが、そうなったことを見たことがない。

 

ソフトウェアの開発でエンジニアが実際に対象の業務を経験するというアプローチは存在する。しかし、逆は成立しない。業務を行っていた人員を業務経験があるからと言って、未経験のソフトウェア開発チームに入れたりはしないのだ。

 

ソフトウェア開発では起こり得ないことが、戦術機の開発過程では横行していた。

 

操縦の上手い下手と開発に必要な論理的思考はセットで存在する訳ではないので、開発に全くついていけない戦術士官を山のように見てきた。

 

前線では優秀であったんだろうな、という戦術士官を使えないと烙印を押すことはそれなりに精神にくる。

 

米国では前線から引き上げた戦術士官を後方に回す場合は教導隊に配置するなど、少しづつ改善がなされて一時期よりもひどくはなくなった。

 

しかし、国連主導のこの開発プロジェクトは今だにそういった状況にあるようだった。

 

 

「エラーが起きた原因だが、今のところ制御ソフトの書き込みミスが濃厚なようだ」

 

イブラヒム中尉が教えてくれた。外にいるのもなんだから、まずは舎の方に移動しないか、と言われても仕方がない状況だったが、ここで会話を続けてくれるらしい。

 

僕はまだF-15 S/MTDを見ていたかった。いや、今はF-15 ACTVなのか。

 

中尉の話には、そうだろうな、と納得する。#1Aエラーで最初に疑うのはそれだ。

 

たまに、そもそもソフトを書き込むのを忘れていました。という根本的なミスが起きることはあるが、流石に出撃前の診断でエラーが出るので気づく。

 

だから制御ソフトの書き込みはしたけど途中で失敗した、というのが可能性としては最も高かった。

 

書き込み失敗でややこしいのは、制御ソフトを書き込むメモリにはひとつ前のソフトが入っていることだ。新しいソフトがそれを上書きする。

 

それが途中で失敗したらメモリの先頭の方だけ新しいソフトで、後ろの方はひとつ前のソフト、というキメラが出来上がる。

 

ソフトが大きく違っている場合には、無茶苦茶になるのですぐエラーが出るが、開発部隊ではソフトの一部にだけ機能を追加したり、処理を追加したりしただけ、ということが多い。

 

そしてその変更箇所がメモリの後半になんかあったりすると、確かに変更したはずでソフトバージョンまで変わっているのに、動かしたら入っているはずの変更箇所が入っていない、なんていうキツネに化かされたような問題が起きる。

 

今回の場合、跳躍ユニットの左右どちらかでそれが起きてしまった。その結果、左右の制御モードが一致しなくなって#1Aエラーが発生した。というのが納得のいくシナリオだった。

 

実際に跳躍するまで気づけなかった理由は推測するしかないが、操縦支援機能で発生する問題は、机上で再現するのが難しい場合が多い。実際そのモードに入ってみるまでエラーが発生しなかったのだろう。

 

ソフトの書き込みミスは実は結構な頻度で起きる。ただ書き込みソフトは失敗したことを知らせてくれるはずだった。

 

つまり整備員がこの通知を見逃してしまったのだ。今頃、整備班の中で犯人探しが始まっているはずである。

 

犯人探しは益がないのでやめるべきだ、と個人的には思っている。一度、会社でもミスをした整備員への仕置きがあまりにも苛烈なので口を出したことがある。

 

ただ、整備班には整備班の世界があるのだから口を出さないでくれ、とにべもなく遮られた。専門家に口を出すのは確かに愚行であった。

 

今回のトラブルの根本は、整備員に一人一台モニターがないことだろう。彼らには、電流計がちょっと豪華になって小さい窓がついただけの診断機しか配られていない。

 

書き込みミスは、そこに流れる通知を見逃したら終わりなのだ。そして、ソフトを書き込んでいる間、じっと診断機を見つめていたら後ろから叩かれるのが整備班の世界だった。あまりに過酷だ。

 

 

余談になるが、自分は機械の進捗状況をじっと眺めているのが好きだった。

 

会社では整備員の診断機に比べたらはるかに豪華な個人用端末を使って作業をするのだが、F-15Eの統合設計書ファイルは開くのに信じられないぐらい時間がかかった。

 

ただ開いている進捗を表すバーの表示がやけに丁寧で、少しづつ確かに進んでいくのだ。自分はこれが溜まっていくのを見るのが好きでよく眺めていた。

 

一度、同僚から「それは何をしている時間なんだい?」と問われたことがあって、応援しているんだ、と答えたら会社の中で変人扱いされてしまった。

 

なぜこうも機械が頑張っているのが好きなのか、自分でも疑問に思って考えてみた。祖父の影響だった。

 

母が日本人に一方的に捨てられたことから、祖父と自分との関係は最悪だった。でも祖父は孫には真摯な態度を取らないが、道具に対しては非常に真摯であった。

 

例えどれだけ感情を揺さぶられても道具に当たることだけは絶対に許さなかった。

 

そんな祖父と初めてまともにコミュニケーションをとった記憶が、何かの車輪を直してもらった時だった。おそらく油を差したあろうそれは、信じられないほどちょっとの力で永遠に回り続けるようになったのだ。自分はそれがひたすら嬉しかった。

 

祖父とのコミュニケーションは常に道具を介して行われた。何を聞いてもまともな返事を返さない祖父だったが、道具の使い方や整備の仕方だけは頼んだら必ず教えてくれたのだ。

 

つまりファイルを開く進捗のバーの動きと、回り続ける車輪に不思議な一致を見い出していた。なので進捗がいきなり止まったり、飛んだりするのは嫌いである。

 

でも仕組みを作る側に回ると、こまめに進捗を提示するというのは、負荷以外の何者でもないことを知ってしまった。

 

案の定、統合設計書ファイルを開くソフトのバージョンアップで、細かかった進捗表示はわずか10個の四角で置き換えられてしまった。かなり落胆したのを覚えている。

 

でも、個人用端末の方も一新されて、開くのにそこまでストレスを感じなくなったので、そのうち忘れてしまった。

 

 

さて整備員の方に話を戻すと、彼らの待遇を改善するにはどうすればいいだろうか、という問いは既に陸軍が主体となって取り組んでいる。

 

次期主力のF-35では、統合整備改善計画という名前で整備環境のアップグレードが挙げられている。

 

この計画では整備員一人一人に戦術士官と同じ網膜投影装置を配布する予定になっていた。整備する機体の上に整備情報をオーバーライドして表示するつもりなのだ。

 

いきなり進めすぎである。もう少し間を取ってもいい。

 

予想通り、F-35の開発炎上で話が立ち消えかかっていた。オーバーライドして表示する整備情報を作るのが思ったより大変、という見えている落とし穴にもハマっているらしい。

 

整備員の環境が改善するのはまだまだ先になりそうだった。

 

 

そして話をソフトの書き込みミスにまで戻すと、整備員が気をつける、以外の対策はないのだろうか?

 

もちろんある。

 

まず小手先の対応としては、ソフトを2回書き込むことだ。ただし最初の書き込みでメモリにすべて0を書き込む。

 

書き込みミスは、メモリに前のソフトが残っているから悪いのであって、書き込む前に0でリセットしてしまえば、書き込みが途中で終わるとソフトとして成り立たなくなるのでエラーが出て気づける。

 

ただこの案には問題があってほとんど採用されていない。まず面倒臭い。ソフトの書き込みにはそれなりに時間がかかる。そして最大の理由がメモリの寿命が半分になることだった。

 

なのでもう少しテクニカルな手法があった。ソフトのCRCをメモリの先頭の方に書き込んでおく方法だ。

 

CRCはソフト全体を2進数の巨大な数字だと考えた時に、ある値で割った余りだと考えたら良い。つまりソフトが一部でも変わると値が大きく変わる。

 

起動時にソフトのCRCをチェックして、メモリに書き込まれたCRCと一致しなければエラーとして起動を防ぐのだ。これは量産ソフトには必ず設定されている。なので前線で書き込みミスが起きたまま戦術機が動いてしまうことは実はないのだ。

 

じゃあなんで今回問題が起きたかというと、ソフトの開発バージョンではこの機能が殺されている。

 

その理由としては、試験部隊での仕事に戦術機がちゃんと動くかの確認のほかに、パラメータの調整という大事な仕事があるからだった。

 

これは追加機能の良し悪しを実際に戦術士官が乗って決めていく。遅いとか早いとか、もう少し固くとかここは柔らかくとか、そんな感じだ。先ほど、開発部隊での実戦経験を否定したが、ここではその経験が生きてくる。

 

つまり実戦でどう役立つかが基準になるのだ。でも大前提としてエンジニアとしての才能があって成り立つ。普段は意識しないような細かい動作について、ここはパラメータがこうだからこう動く、というのをちゃんと理解していないと調整できないからだ。

 

なのでパラメータ調整には、歴戦の戦術士官で優秀なエンジニアという超人が担当する。

 

そしてパラメータを変更するたびにドックに戻っていると手間がかかってしょうがないので、戦術機に持ち込んだ専用端末によって機上で変更できるようになっていた。

 

このパラメータの変更がCRCのチェックと極端に相性が悪い。パラメータもソフトの1部であるため変えたらCRC値も変わってしまうのだ。だから開発バージョンではCRCチェック機能が殺してある。

 

それによって起きる開発段階でのトラブルは織り込み済みだった。つまり整備員に気をつけてもらうしかない。

 

ふと、アルゴス試験小隊にパラメータ調整ができる超人がいなければどうしようかと考える。会社ではその種の人員が必ずストックされている。所属が違っても頼めば来てくれるのだ。

 

2人乗りでもして、こちらで「今のはどうだった?」と聞きながら調整するしかないかと考える。幸い、実戦経験が豊富な戦術士官は多いようだ。

 

戦術機のコックピットは意外とつめたら2人乗れる。長時間は勘弁だが、まぁなんとかなるだろう。

 

 

「我が基地の戦術機を見た感想は?」

 

イブラヒム中尉に問われる。それほど、F-15 S/MTDを眺めていただろうか?

 

「なんというか感動的で、研ぎ澄まされた刃を見た気分になれた」

 

まさに人類の刃だ。

 

「そっちではなく、隣の黄色い方だよ」

 

そう、さっきから気になっていたが、隣にType-10が置いてあった。カラフルだと噂には聞いていたが、最初に想起したのは未開の部族がものすごい派手な飾りをつけている感じだった。

 

「想像していたより派手だと思った」

 

そうだな、と同意が得られる。

 

「残念だが、君が主に携わるのは日本帝国の戦術機の方だ」

 

あのType-10の兄弟機らしい、と補足が入る。知っていた。

 

自分がここに寄越されることになったのも、特に求められてもいないのに日本帝国製戦術機について調べたからだった。

 

日本帝国製戦術機についてはおいおい話そう。そろそろ隊舎の方に入ったっていい時間になっている。

 

初日からドタバタしたが、トラブルから始まるというのも開発部隊らしくていい。とにかく自分の仕事を始めるのだ。

 

 

 


 

 

 

1992年7月26日

国連宇宙総軍第1軌道降下兵団

F-15 S/MTD

ジェイク・ハリソン中尉

 

 

最初に再突入殻(リエントリー・シェル)に軌道上での開閉機能をつけると聞いた時、バカなことをするものだと思った。棺桶に開閉機能をつける必要はなんてないのだ。

 

ただ、これを見せるためだったんじゃないか?と考えたらバカにできるものではないような気がしてきた。

 

「見ているか、ゴッツイ眺めだぞ」

 

ああ、と通信相手から返答が帰る。同じ再突入型駆逐艦で降下する相棒からの反応はそっけなかった。

 

戦術機のカメラ越しに見る景色は、青く広がる地球を背にいくつかの光が輝いているように見えた。再突入型駆逐艦の識別灯だ。

 

艦のお互いの距離は目視できないほどに離れているが、これからみんなで同じ場所に降りるのだ。

 

参加した誰もが、自分こそが最初にハイブ深部へ飛び込んだ男の栄誉に相応しいと考えていた。海兵隊を中心に多くの男たちが志願したのだ。

 

「聞いたかジェイク、出撃前に日本の再突入型駆逐艦が艦名を塗り替えた」

 

確かに出撃前の忙しい時に何かしていたな、と思い返す。

 

「日本語だったのでタナカに聞いてみたが、カミカゼだそうだ」

 

ぶっと思わず吹き出してしまう。明らかな意趣返しだった。

 

出撃前のセレモニーでバカな海軍将校がカミカゼを引き合いに出した。曰く、これはカミカゼアタックではないと。瞬間に日本人将校の顔が引き攣ったのを覚えている。

 

だから駆逐艦カミカゼを映えある第1軌道降下兵団の最初の降下に参加させた。あまりにも面白い。

 

「その場で言い返さないのは陰湿だが、やることをやるのは非常に痛快だ」

 

快活に応える。

 

誰かのセンシティブな部分に踏み込んだら殴られる覚悟が必要なのだ。そして実際に殴られた。

 

海軍の連中はこの作戦でも変なことをしようとしている。

 

特別部隊を参加させるのはいいが、スポンサーがオルタネイティブ3なのだ。降伏文書にサインしにいくんだと噂になっていた。ロシア人まで関わっているらしいので本気で怪しい。

 

国同士はもちろん、BETAという共通の敵を前に同じアメリカ合衆国の中の軍隊同士ですら訝しんでいる。

 

ただ人類はこれでよかった。

 

人類は競い合うことで前に進むのだ。100m走でタイムを競うだけなら一人で走ればいい。横並びで競って走るからタイムが縮む。

 

同志撃ちもしない気色の悪い産業機械なんぞに負ける理由は、人類にはないのだ。

 

再突入型駆逐艦が大気を押しつぶすことで発生する熱が色として見え始めていた。

 

 

スワラージ作戦で投入された第1軌道降下兵団は、ハイブ最深部への到達記録更新を達成し、全機が消息を絶った。

 




最後の部分はアンチ・ヘイトタグが保険じゃないことを見せるんだよ、オラッ、という気持ちでやりました。

不快にさせたら申し訳ないです。
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