TS転生エースは戦いから逃げられない   作:エアプハイター

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10 行路Ⅲ

 目を覚ましたことで、意識が途切れていたことに気付いた。

 

「何、が……」

 

 起きた、と言おうとして、全身を駆け巡る痛みに噎せ返る。

 痛い、本当に痛い。体中を棒で叩かれたみたいだ。頭も打ったみたいで、視界がぐわんぐわんと歪んでいる。

 周囲より先に自分だと、わたしは己の身体を触って確かめた。

 全身打身は確実。内蔵破裂……は大丈夫そう。出血は擦り剥いた額だけ。軽傷ではないが、重傷というワケでもない。

 ただし、左脚……これはまずい。腫れ上がって熱を持っている。力が入らない。恐らく骨が折れてる。これはどうしようもない。

 早急に処置をしなくては。

 

「ぐっ」

 

 続いて周囲の状況を確認するべく身体を起こす。するとすぐにその異常さに気付いた。

 世界が、逆さだ。

 

「なん、で」

 

 床が天井で、天井が床。客席はいくつかがそのままぶら下がって、いくつかが固定を外れて下を転がっている。所々が壊れ、砕けた木片と窓ガラスがそこら中に散乱していた。

 逆さの世界。一瞬理解が及ばず呆けるが、すぐに思い至る。

 

「いや、そうか。横転したのか(・・・・・・)……!」

 

 世界が逆さまなんじゃない。車両が逆さまなのだ。

 恐らくは線路を外れて転がったのだろう。何回か回転してもみくちゃになったのかもしれない。それならこの惨状を頷ける。

 だがそう思い至って、すぐに血の気が引いた。

 だとしたら、みんなは。

 

「誰、か!」

 

 掠れ声で呼びかける。返事はすぐ隣から聞こえた。

 

「べ、る……」

「ホリー!」

 

 小さな声だったがそれが誰の物なのかはすぐ分かった。隊長にして幼馴染のホリーだ。

 

「ホリー、どこ!」

「ここ……」

 

 声はひっくり返った客席の下から聞こえた。どうやら下敷きになっているらしい。

 持ち上げようと近づいて、

 

「うぐっ!」

 

 足に走った激痛に呻いた。そうだった、折れていたんだ。

 でも今はそれを言っている場合じゃない。痛みに堪えてどうにか片脚で踏ん張りながら、客席をひっくり返す。

 下から見慣れた白金の髪と、それを抱く大柄な背中が見えた。

 

「ホリー! っと……」

「ピネルが……あたしを庇って……!」

 

 覆い被さっていたのは気を失ったピネルだった。頭を打ったのか、額が割れて血が出ている。嫌な予感が過ぎり口に手を当てて確認。息は……している。ホッと息を吐いた。

 

「大丈夫、死んでない」

「そう、よかった……うっ」

 

 ピネルを退かしながらホリーは起き上がる。その際に呻き声を上げたが、立ち姿に異常は無さそうだった。擦り傷はあるが概ね無傷。ピネルの行為が報われた。

 

「ホリー、任せていい? 足が折れてて、処置しないと」

「っ、そう」

 

 一瞬だけ不安げな表情になるが、それはすぐに真面目で頼れる隊長の顔に掻き消された。

 

「被害報告! 無事な者はそうじゃない隊員の報告も!」

 

 張り上げた声にポツポツと返事が返ってくる。

 

「ナーシェ一等卒、打身以外は大丈夫です」

「ノーズ、痛いけど平気です……エアは、起きません」

「セラディ、問題ありません」

 

 聞こえてきた名前にホリーはすぐに指示をする。

 

「衛生兵はすぐに救護活動を初めて!」

「了解しました……」

 

 その声に立ち上がったのは銀髪をウェーブにした少女だった。腕にはレーゲル人としての腕章の他に、医療関係者を示すマークが入った腕章を身につけている。

 垂れ目でおっとりした顔立ちを今は真剣に引き締めている彼女はセラディ。衛生兵長だ。

 

「無事な者は意識を失っている人を集めてください! 外は……」

「ナーシェ、偵察!」

「こっち側は駄目です。こちら側に」

 

 ナーシェは一瞬だけ外を確認し、もう片側の窓を指差した。何故と聞き返す暇はない。即座に全員がセラディの、ホリーの指示通りにする。

 

 その間わたしは、自分の足の処置をしていた。

 

「ぐっ……!」

 

 その辺に落ちていた木片から適当な物を選び、服の裾を破って足に縛り付ける。痛みに耐えながら折れた骨を真っ直ぐに固定。そうしてから、首に手を伸ばした。

 

「割れてない、よな。よし」

 

 首のスイッチに触れ、パルダイトを注入。一瞬の内に痛みが引いていく。

 

「――ふぅ」

 

 快感に息をつく。麻薬用のパルダイトも開発されているというが、案外嘘じゃないかもな。

 打撲はすぐに消え、頭の血も止まる。

 足も……よし、動く。骨はちゃんと繋がってそうだ。

 これがすぐにパルダイトを注入しなかったワケだった。パルダイトの作用は傷を癒やす。骨も繋げてくれるが、かといって自動的に元の位置まで戻してくれるワケではない。本来の治療にギプスが必要なように、ちゃんと元通り繋がるよう固定してやる必要があった。

 

 動くようになった足で地面を踏みしめ、立ち上がる。

 避難はホリーに任せていい。

 わたしがやるべきは……。

 

「――イズル!」

 

 名を呼ぶ。

 横転する前はイズルも隣に座っていたハズだ。

 わたしたちレーゲラナにはパルダイト器官がある。だが、イズルにはない……もし重傷を受けていたら、手の施しようがない可能性があった。

 呼び声の返答は静寂。まさか、本当に……またも血の気が引いていく。

 

「……ここ、だ」

 

 だが幸い、今度も返事はちゃんと戻ってきた。

 わたしは声のした方に向かい、瓦礫の陰に横たわっていた男を助け起こす。

 

「イズル、平気!?」

「では、ないな……全身が痛い……」

「痛ければまだマシ! 外に出るよ!」

 

 息も絶え絶えなイズルの支えながら、外に向かう。出るとそこは、やはり線路から外れた路傍のようだった。背後の車両は逆さまになっていて、見るも無惨な様子だ。

 踏みしめた靴が僅かに滑る。湿地帯か。

 

「意識不明者はこちらに並べてください。最重要は内臓、次に骨が折れているかどうかの確認です。触診してチェックしてください。痛みは我慢して。位置がずれていたり折れているようなら私に言ってください、外から支えます。――そして、緊急事態です。意識のない人には、パルダイトを注入してください」

 

 テキパキと指示を出し、列車の陰に負傷者を並べているのはセラディだった。といっても医療行為はごく軽傷者に行なっているのみだ。重傷者は、パルダイト器官を強制的に作動して治していた。

 寿命を縮める行為。しかし今は緊急事態だ。動ける兵士は一人でも多く必要だった。

 寝かせられていた負傷者たちは、ほとんどがすぐに動き出した。

 だけど、中には起き上がらない子もいる。

 

「……ピネル、フラクネート」

 

 視線が吸い込まれる。目を覚まさないのはその二人だった。パルダイトの作用で擦り傷などの外傷はなくなった、にも関わらず起き上がらない。

 となると、可能性は。

 

「……脳が」

「まだ分かりません」

 

 わたしの呟こうとした悲劇的な可能性を、セラディの一言が差し止めた。

 

「脳震盪を起こしている場合はパルダイトを注入してもすぐには覚醒しません。触診した限りでは頭蓋骨や頸椎も無事を確認していますので、脳挫傷しているかどうかは時間をおかなくては判断出来ません」

 

 キッパリと、機械的にセラディは言った。

 セラディ衛生兵長。カラキラー小隊唯一の衛生兵。いつも最前線に送られる小隊の治療介抱を一手に引き受ける彼女の経験は豊富だ。セラディが言うのなら、そうなのだろうと信じられる。

 つまり、まだ分からない。

 冷えた背筋を温めるように、ホッと息が出た。

 

「そっか、よかった」

「おい……」

「あ、そうだった」

 

 わたしはイズルを支えていたことを思い出した。

 

「ごめん、セラディ。イズルの治療を……」

「―――」

「……あぁ」

 

 お願いしようとして、セラディの表情が変わったことを見て、わたしは思い出した。

 すごく嫌そうな顔をしている。

 セラディはエルゴバキア人が、というよりレーゲラナ以外の男性全般が苦手だった。きっと、触れたくもないくらいに。

 

「……分かった、応急処置はわたしがするから、指示だけくれない」

「……お願いします」

 

 仮にも副隊長なんだから、好き嫌いしている場合じゃないと叱責するべきなのだろう。でもわたしにそこまで厳しくすることはできなかった。だって、この子たちがエルゴバキアにされてきたことを知っているから。

 だからわたしは医療キットを受け取り、イズルの手当を引き受けた。

 

「……いてっ」

「我慢して」

 

 幸い、そこまで重傷ではなかった。わたしと違って骨折していたりはしない。しばらく打撲や擦り傷で痛むことにはなるかもしれないが、それだけだ。しばらく休めば走ることだってできるようになるだろう。

 消毒をして包帯を巻いて、それで余裕が出てきたのだろう。イズルが口を開く。

 

「何が、起きた」

「そんなのこっちが知りたいよ。あ、他の乗員の救助もやった方がいい?」

「……そうだな、取り敢えず先頭車両の様子を確認――」

「それは駄目です」

 

 と、言ってきたのはナーシェだった。

 彼女は常通りの怜悧な表情を、更にシリアスに尖らせていた。

 そう言えば、列車が横転する前に、ナーシェは何かを言っていた気がする。

 

「ナーシェ。……何を見た?」

「砲撃です」

 

 さらりとナーシェは答えた。それは彼女だからそう見えただけで、もしかしたら極めて緊張して絞り出した言葉であったのかもしれない。

 それを聞いて瞠目する、わたしと同じくらいには。

 

「砲撃!」

「今も向こう側から狙っている可能性があります。なのでこちら側に退避してもらいました」

 

 あの時一瞬だけ外を確認して、反対側に出たのはそういうこと。

 あり得ない、とイズルが痛みに呻きながら口を開く。

 

「馬鹿な、ここはエルゴバキアの支配領土だぞ。最前線は遥か先だ」

「でも、元はルチドリアのものだ」

 

 わたしの一言でイズルは押し黙る。とはいえ、信じられない気持ちも分かった。

 鉄道網はエルゴバキア軍の大動脈だ。物資を運ぶ最重要な補給線。元々はルチドリアの鉄道を利用しているとはいえ、それが安全だからこそ今まで使用してきたワケで。となればどうして、急に襲撃されたのか。

 

「砲撃は、大砲?」

「いえ、分かりません。ただ光が、砲撃による火花に見えましたので、咄嗟に」

 

 ナーシェは目が良いが、それでも限度はある。今の時刻は昼間。その中の砲火を見極めたのだとすれば、光が見えただけ大した物だと思うべきだろう。

 

「ですから、ここから動くと危険です」

 

 確かに、相手が大砲級の火力を持っているなら横転した車両の陰から出ることは危険だ。

 

「でも、いつまでも引き籠もっているワケにもいかないわ」

「ホリー」

 

 指示出しは一旦落ち着いたのだろう、ホリーがやってきた。その理由は、恐らく今後の方針を副隊長であるわたしと協議するため。それに今なら特務少尉であるイズルもいる。

 

「危険を冒してでも他の乗員を救助するべきかしら」

「いや、それはオススメできない」

 

 否定したのはエルゴバキア人であるイズルだった。機関車を動かしていた乗員は、同胞であるハズなのに。

 

「列車がこうやって横転しているということは機関車も同じハズ。そして機関で動いていた分、先頭の車両は……」

「……もっと激しく転がった、となると」

「生存者は絶望的だろう」

 

 ……確かに、後ろの車両に乗っていたわたしたちですらこの有様だ。それ以上となると、下手すると挽肉にでもなっていそうだ。

 

「あるいは後部車両だけが切り離されて捨て置かれたかの二択だな。どちらにせよ、救助の必要はない」

「しかし、特務少尉殿がいたように、操縦士以外にも乗員がいたのでは」

「かもしれん、だが敵の正体が分からない現状で迂闊に動くのはオススメしない」

 

 意外にも、イズルはわたしたちを気遣ってくれているみたいだ。普通のエルゴバキア将校なら、危険だろうがしったこっちゃない、同胞の命が最優先だとのたまって行かせているところだった。そうじゃない辺り、イズルはやはりまともな人格をしているのだろう。

 しかし語っていることのボトルネックは、つまり敵の正体が分からないというところに詰まる。

 

「なら確かめるか。ナーシェ」

「はい」

「双眼鏡は?」

「外の景色を眺めるために持っていました。片方のレンズは割れていますがもう片方は無事です」

「よし」

 

 頷いたわたしはホリーの方を振り向く。

 

「じゃ、わたしとナーシェで偵察に行ってくるよ」

「……危険、だけど……」

 

 ホリーは逡巡を見せたが、誰かが行かなければならないことは分かっているのだろう。そしてその際の適性として偵察兵のナーシェ、そして身軽なわたしの組み合わせが最適なことも分かっている。

 だから迷いは一瞬で、すぐにわたしの提案に頷いて見せた。

 

「分かった。でもくれぐれも無茶はしないで」

「分かってるって。行こう、ナーシェ」

「………」

 

 無言で続くナーシェを連れ立って、わたしは偵察に出た。

 

「……分かってないクセに」

 

 背後で聞こえた呟きは、ちょっと無視して。

 

 

 

 一旦列車の中に戻り、その窓辺から向こう側を確認する。

 丘陵地帯のようで、地面は凸凹と浮き沈みしている。草の背も高く、視認しにくかった。

 一目見て、肉眼の、そして偵察素人のわたしじゃ見つけられないと諦める。

 

「ナーシェ、お願い」

「了解」

 

 頷いたナーシェは双眼鏡を縦にしながら無事なレンズを覗き込む。無言なのはいつも通り、しかし常よりも集中した気配が伝わってくる。

 焦れったい時間が過ぎる。我慢しきれず具合を問おうとした、次に瞬間だった。

 

「いました」

「! ……どんな奴だった。大砲? それとも戦車?」

「直接見た方が早いかと」

 

 そう言ってナーシェは双眼鏡を手渡してきた。口頭で説明できないような奴なのか?

 双眼鏡を覗き、ナーシェに指示されたとおりの場所に焦点を合わせる。遠く離れた丘の上。背の高い草に紛れて、確かにそこには何かがいた。

 更に凝らす。するとどんな奴なのかクッキリ見えてくる。

 

「……おいおい」

 

 見えた。だけど、目を疑った。

 

「そんなことが、あり得るのか!」

 

 確かにそれなら、敵陣地に潜り込むことは可能だろう。大砲を大勢で押しながらえっちらおっちら運ぶ手間も、戦車で単騎進軍するような愚を犯すこともない。

 だが、それにしたって。

 

「よりにもよって、エース(・・・)かよ!」

 

 レンズの中に映るのは、身の丈を越える長銃身を抱えた仮面の重装兵。パルダイト機関を背負ったエースの姿だった。

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