TS転生エースは戦いから逃げられない   作:エアプハイター

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11 行路Ⅳ

 その男はうっそりと呟いた。

 

「……まだ生きているな」

 

 低く、虚ろな響きだった。酷く単調で、かつ面白みのない作業をしている時に漏れる、興奮とはまるで無縁の声。

 

 男の顔は見えなかった。フルフェイスのヘルメットで顔を覆っているからだ。備え付けられたセンサーが昼の中で微かにぼうっと光り、梵字のようなラインを浮かび上がらせていた。

 全体的に灰色を基調とした重装甲。背中にはタンク状の物体を背負い、肩口から流れるケープめいたコートを翻すその姿は、敵味方から畏怖を以て語られていた。

 すなわち、パルダイト・エース。

 現代戦争を蹂躙する鬼神。

 

「流石です、ヤヴィー少尉! 走行中の列車に当てるなんて……!」

 

 興奮していたのは部下の方だった。足元の茂みに匍匐し、双眼鏡で眺めた先には煙を上げて横転する列車が映っている。それは、彼らが、正確に言えば()が引き起こした惨事だった。

 まるで貰ってきたバゲットのように何気なく抱える、身長を超える鉄の筒で。

 

「別に、大したことはない……レールの上を走るしかない相手の鼻先に、弾丸を置いただけだ……」

「それでも、試作されたばかりの兵器で当ててるのが更にすごいんですよ!」

 

 部下が見上げる鉄の筒は『90㎜試作滑腔砲【ハーフサイド】』と銘打たれた、巨大な長銃だった。

 普通と比べて上背がある男の、装備を着込んだことで更に増した身長の、それを更に超える長さの長銃身。普通の人間では振り回すことは愚か、狙いを付けることすら困難を極めるような化け物鉄砲。それを男は、こともなげに扱って見せた。

 男はつまらなそうに答える。

 

「特別なことは何も無い。ただ狙って、撃つ。それだけだ」

 

 それだけ言って、男は列車からジッと目を逸らさない。

 それがまた、部下の高揚をくすぐった。

 

「流石はヤヴィー少尉。『機鉄(きてつ)』と呼び称されるだけのことはあって、いつも冷静ですね」

「……その呼び方はやめろ。『機刃(きじん)』の奴を思い出す」

 

 億劫に男は言った。

 

「無茶苦茶なアイツと同列に扱われたくはない。開発部も整備班もいつも嘆いている。無茶な使い方をしやがって、とな」

「いや、まぁ……でもそれと引き換えに少尉は真面目ですよね! 装備もほとんどが標準のままですし!」

 

 ルチドリアにおいて、パルダイトを背負った重装備は一つの兵器として登録されている。戦車や戦闘機のような扱いだ。

 男が着込むのは、『二十式パルダイト駆動重装甲騎兵鎧』。現在のエースのほとんどが装備する少数量産機だ。

 エースはこれを個人に合わせて改造し、戦場で活躍する。

 中でも『機刃』カウズ・オーガンの魔改造ぶりは有名だった。

 逆に男は、ほとんど改造を施していない。

 

「普通、不変がもっとも良いことだ。言われたことを淡々とこなす。それが兵士のスタンダードだろう」

 

 男は、結局目線を列車から逸らすことはなかった。

 

「だから粛々と任務を遂行する。――まだ、終わって無いようだからな」

 

 キラリと光る双眼鏡の光を見つめ、男は呟く。

 男の名は、ギン・ヤヴィーと言った。

 またの名を、『機鉄』。

 エルゴバキア側の呼称は――

 

 

 ※

 

 

「最悪だ。ソイツは『魔弾』だな」

 

 一旦戻り、ホリーとついでに壁にもたれ掛かっていたイズルに報告する。すると、そんな苦々しい答えが返ってきた。

 

「魔弾?」

「あぁ、エルゴバキアでそう呼んでいる敵エースだ。デカい銃はともかく、そのヘルメットの形はそうだろう」

 

 ルチドリアのエースはヘルメットの形が個人個人で違う。だからそれで識別が可能だ。

 だけど今回の奴はわたしに取っては初見だった。

 

「どんな奴?」

「ゴズにも出ていたようだが、会ったことはないか。俺もデータで見ただけで詳しくはないが……」

 

 曰く、射撃の名手。

 撃てば百発百中、とまではいかないが、とにかく狙いが正確らしい。しかし普通のスナイパーと違うのは、動きながらでも当てられるということだ。

 パルダイト機関の出力を使った高機動は、オートバイのようなものだ。スピードはあるが制御は困難を極める。なのでエースたちも基本的に射撃は立ったままで行なう。切り裂き魔も、刃を振るう時ならまだしも銃撃時には固定砲台のように動かない。その間は無防備になるが、それを耐える為の重装甲だ。

 だが魔弾とやらにはその常識が当て嵌まらないらしい。ソイツは動きながらでも当ててくるのだという。追い詰めようと銃弾を叩き込んでいる中でも寸分違わず頭をぶち抜いてくるとのことだ。それこそ正に、バイクの上から射撃するような離れ業だ。

 前世の流鏑馬(やぶさめ)を思い出す。アレもかなり難しい技で、しかも止まった的を標的にしてやっとのハズだ。それを混沌とした戦場でやってのける、魔弾の異常性。だてに戦場でエースと呼ばれていないわたしは、自分に置き換えて戦慄した。

 

「そんな奴が……わたしなんてばらまいても大して当たらないのに」

「確かにお前がエースを倒した報告書では、いっつも山刀で頭を切り飛ばしてるもんな」

「なんでそれを……って、報告書も読んでるのか。監察官だもんね。とんだファンボーイだ」

 

 あの時々ホリーに教わったりして書く稚拙な文章を見られたかと思うとげんなりする気分になったが、もう十分に気は滅入っていた。魔弾。そんな奴がわたしたちを狙っている。

 

「しかし機関車を横転させるような大口径は流石に使っていなかったハズだが……」

「ならこの任務に向けて持ってきたか、あるいは開発したか、ね」

「つまり?」

「これは遭遇戦ではなく、計画的な襲撃ということ」

 

 ホリーが断言する。わたしは表情を引き締めた。偶発的に起こった戦闘ではないということは、先手を取られたこちらが圧倒的な不利ということだ。何せ、こちらは大混乱だが相手にそれは望めない。態勢を整えなければいけない分、どうしたって出遅れる。

 

「でも、相手もそう絶対敵に有利というワケではなさそう」

「どういうこと?」

「だって単純に、一気にあたしたちを全滅させられるような手段を持っているなら、もうやっているハズでしょう?」

「確かに……」

 

 頷く。ホリーに言う通り、わたしたちは生きている。満身創痍だが、それでもまだ死人は出ていない。

 

「あの大口径も、車両ごとぶち抜ける威力があるならもう撃ってきてるハズ」

「それは違うんじゃ? だって現に列車は横転したし」

「いや、機関部を見ていないから何とも言えないが」

 

 わたしの疑問に答えたのはイズルだった。

 

「走行中の列車なら、横から強い衝撃を与えるだけでいいのだろう。それで脱線する」

「そっか。レールから脱線させるだけでいいのか。それなら確かに」

 

 前世でプラレールで遊んだ記憶を思い出す。横から手が当たっただけで、玩具の列車は簡単に床へ転がり落ちた。あれと同じ原理なら、確かに全てを破壊し尽くすような威力はいらない。

 

「それに、砲撃後のリアクションはまだない」

「ええ、つまり敵は多くない」

「だろうな。だとすると、味方陣地で襲撃を受けた理由にも見当がつく……」

 

 ホリーとイズルは頷き合う。二人は士官としての視点を持っているので話が通じるようだ。一方で突っこむしか能のないわたしは置いてかれ気味だった。

 

「ええと?」

「暇があったら後で説明してやる。それよりホリー軍曹。対応は?」

「……退却、と行きたいところだけど」

「それは難しいだろうな」

 

 それはわたしにも分かる。

 敵の方が射程は長いのだから、負傷者を抱えてノコノコ撤退すればその背中を撃ち抜かれてお終いだ。

 しかし退却が無理ならば……。

 

「ここで迎撃するしかない。少なくとも、長距離砲だけはどうにかしないと」

「そっか。分かった」

 

 ホリーがそう言うならそうなのだろう。わたしは覚悟を決めた。

 魔弾とやらを倒さなければ逃げられない。その事実を受け入れ、思考を次へ進める。

 

「で、どうする? あ、まずは武器か。車両が横転した時に一緒くたになったけど……」

 

 列車で席に座っている間もずっと銃を抱えているワケもない。わたしたちの武器は纏めて車両の隅に置いておいた。横転した際、武器もまた巻き込まれたハズ。

 

「もう取り出しておくように命令しておいたわ。今頃は無事な奴は掘り出されていると思う」

「流石。じゃあ、作戦、というより戦術はどうするか」

「……横転した車両を堡塁代わりに使って立て籠もるしかないわね。そして装弾の隙を見て前進」

 

 苦々しい顔で作戦を語るホリーの気持ちはよく分かった。大砲の弾よけとするにはあまりに心許ない陣地だ。姿を隠す場所が多いのは、まだ救いだが。

 

「よし。セラディはそのまま負傷者の看護。動ける奴はわたしに続いて配置について」

 

 ここからはわたしの仕事だ。後方で総指揮に専念するホリーの代わりに最前線で指揮を執る。隊員が掘り出した武器から適当にライフルを手に取り、何人かを率いて車両の中へ布陣する。

 反転した世界に戻ってきた。今にも壊れそうなこの車両と、線路が敷かれた微かに盛り上がった土手がわたしたちを守る全てだ。

 銃を構えて伏せ、単眼となった双眼鏡を覗くナーシェに訊く。

 

「敵の動きは?」

「位置は変わらず」

「気付かれてる?」

「恐らくは。ですが距離が開いているので正確な場所までは割り込めていないかと」

「近づいてくれるのを祈るしかないね……」

 

 こっちの武器は全部届かない。届いたところで、エースの装甲の前には無力だが。

 

「しゃ、車両は耐えてくれますか?」

 

 隊員の一人が問うてくる。浮かべる表情は不安げだ。安心させてあげたいけど……。

 

「……藁の家でも壊れる一瞬だけは砲弾を止めてくれる、かもしれない。そう祈るしかないね」

「そんなぁ」

 

 しょうがないじゃないか。だって威力は未知数なんだもの。

 

「そんで相手が撃ってきて、車両が耐えてくれたら一気に前進。バラバラに散らばって狙いを分散させつつ、敵に近づく。それが作戦だよ」

 

 こっちの射程が劣る以上、それしかない。勿論、運が悪いと狙われてしまうが……。

 

「も、もし撃たれたら」

「祈って」

「えぇ……」

 

 隊員の少女は嫌そうな顔を浮かべる。わたしだって嫌だよ。適当な狙いで死にかねない上に、エースへわざわざ近づくなんて。でも近づかなければお話にもならないんだよ。

 とにかく相手が第一射を撃つまでは待ちだ。

 そのままじっと息を潜める時間が続く。

 

「焦れてくれ……」

 

 わたしは砲弾が降り注ぐ中でもリラックスできる。死ぬときは死ぬと分かっているからだ。だからこの後突撃することになったとしても気後れはない。恐れなく、そして迷いなく突貫できる。

 だがそれはそれとして祈ることはする。相手が先に焦れて近づいて来てくれること。それさえ叶えば勝利へと一気に近づくのだから。

 祈ったところでどうせ何にも変わらないとは分かっている。それでも他に何もすることがないのなら祈るくらいはする。どうせタダなのだから。……だから神様に嫌われるのかもしれないけど。

 

 そのままジリジリと時間だけが過ぎていく。あるいはこのまま日が暮れるまで睨み合いかもしれない。銃弾の一発が命を奪う戦場ではよくあることだ……と、思い始めていた頃の話だった。

 

 にわかに右側が騒がしくなる。しかもその発生源は、わたしたちカラキラー小隊ではなかった。

 

「なんだ……?」

 

 もっと、遠く。つまり前方車両。そこから男の声と、発砲音が聞こえたのだ。

 

「ナーシェ、貸して」

 

 わたしはナーシェからひったくるように双眼鏡を借り受け、窓から頭を出して車両前方を見た。そこには衝撃の光景が広がっていた。

 

「エルゴバキア兵……!? 車両に乗っていた別の部隊か……!」

 

 目に飛び込んで来たのは車両の窓からワラワラと這いだして、魔弾のいる方向へと突撃していくエルゴバキア兵の姿だった。

 

「生きていたのか。それで魔弾を見つけて、突撃を敢行して……!」

 

 わたしたちと連携を取らなかったのはわたしたちと同じようにもう既に死んでいると判断したのか、それとも頭に血が上っているのか。いずれにせよ彼らはわたしたちがチャンスを窺っていた突撃を始めてしまった。

 

「どうします。私たちも行きますか」

 

 ナーシェの問い。確かに、ここは便乗すべきだ。

 まったくの不意に、わたしたちの与り知らぬところで火蓋が切られた形になってしまうが、エルゴバキア兵たちと一緒に突撃するのは悪くない。単純に的が増えて被弾率が減り、魔弾へと辿り着ける可能性が高まるからだ。生き残れる可能性も、同様に。

 迷ってる暇も、迷う理由もない。

 

「突――」

 

 ――しかし結果として、わたしたちが出ることはなかった。

 わたしたちにとっての幸運は、その一瞬が明暗を分けたこと。

 わたしたちにとっての不幸は――その一瞬で、エルゴバキア兵の全滅が決定したこと。

 

「――え?」

 

 砲火が閃く。

 そして弾丸が上空で花火の如く弾けたように見えた瞬間――それはエルゴバキア兵たちに降り注いだのだ。

 鉄の雨が。

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