TS転生エースは戦いから逃げられない   作:エアプハイター

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06 燻る火種

 少し経って、変わらず豚小屋のベッドの上。わたしと男は並んで腰掛けていた。

 さっきまでと違うのは、男が脱いでいること。口元の煙草から二条の紫煙が伸びていること。

 そして……わたしたちの肌が汗ばんでいること。

 

「ハハハ、今日もよかったぞ」

「あっそ」

 

 上機嫌な男に、わたしは苦々しい顔で応じた。決して吸っている煙草が苦いワケではない。

 

 イズル・サイラス特務少尉。このゴズ要塞に赴任してきた監察官。

 黒髪黒目と、エルゴバキア人にありがちな容姿に相応しく純血のエルゴバキア人だ。

 詳しくは知らないが軍の中でも名門家系らしく、若くして階級は高い。いわゆるエリートという奴で、ホリーのように小隊指揮官でも軍曹が精一杯なレーゲラナ(わたしたち)とは違う、歴とした純血の軍人だ。

 わたしの奉仕義務のお相手は、大体がコイツである。

 

「だがもう少し愛想を良くしてくれるとなおいいな! それか肉付きを良くするか! ハッハッハ!」

「………」

 

 馴れ馴れしく肩をポンポンと叩きセクハラ紛いの言葉を吐いてくるのもいつものこと。だけど肉付きはどうしようもないんだよ。だったらもっといい物を食べさせろや! ……という文句が喉元まで出てくるが、わたしはそれを表立っては言わず額に青筋を浮かべるだけに留める。

 それはコイツに言っても仕方ないと言うのが一点。それからもう一つ、エルゴバキア人の中ではかなりマシな顧客であるからだ。

 

 イズルは純血のエルゴバキア人。普通なら、他のエルゴバキア人と同じようにわたしたちを差別する思想を持っているハズ。

 だけどコイツはしない。それどころか、わたしのことを気に入ってるらしい。

 

 普通のエルゴバキア人なら、わたしたちレーゲラナがどうなろうと知ったことではない。だからこんな不衛生な部屋で『行為』に従事させるし、病気にかかろうがどうでもいい。大抵の性病は女性側にリスクが大きいものだからだ。

 そんな意識ゆえに、行為中のレーゲラナの扱いも酷いものになる。

 泣き叫ぼうが痛がろうが止めないのは当たり前。むしろ積極的に啼かせる為に暴力を振るう。避妊だって考えない。そんな連中ばかりだ。奴らの所為で男性恐怖症になったレーゲラナを何人も知っている。同じ小隊のセラディもその一人だ。

 わたしも、元男の記憶が無ければ耐えられなかっただろう。それでも嫌悪感は多大にあるが。

 

 イズルはその中でも珍しく、わたしに気遣いを見せてくれる貴重なエルゴバキア人だった。

 レーゲラナを蔑むエルゴバキア人とて、全員が全員そうでは無いということだ。中にはこうして、同情的に接してくれることもある。

 同情という時点で差別と言うなら、それはそうだろう。屈辱に感じる者もいるかもしれない。しかしそうであっても情は情だ。受ける側からすれば有り難い。

 だから、このくらいは言っておく。

 

「……ま、煙草、ありがとね」

 

 プカプカ噴かしながら礼を言う。今吸っているのは自前じゃない。イズルが分けてくれた物だ。

 それだけでなく、わたしが吸える用に一箱忍ばせてくれている。

 

「そのくらいお安い御用だ。造作もない」

 

 キザにそう言うイズルだが、こればかりは本当に心の底から感謝していた。

 煙草は貴重品だ。何より需要が高い。戦場でささくれ立った精神を落ち着かせるのに絶好の品で、戦場に来てから煙草に手を出したという人間も多い。嗜好品の中では酒も人気だが、酔ってしまうと作戦に支障をきたすので、やはりアル中よりも愛煙家の方が多い印象だった。

 なので煙草はエルゴバキア人兵士の中でも取り合いになる。兵士間のギャンブルにおけるチップにもなっているくらいだ。

 

 そんな有様でレーゲラナにまで降りてくるだろうか? ……答えは否だ。滅多に支給されることはない。

 だがレーゲラナの中にも愛煙家はいる。いや男の兵士と比べるとやはり少ないが、それでもいるはいる。わたしがその筆頭だった。

 荒れた精神を慰撫するのに、煙草は本当に便利だ。前世では吸わなかったが、こちらの世界では手放せないくらいになっている。立派な愛煙家だ。

 そんなわたしがどうやって煙草を手に入れているのかと言うと……つまりはこういうルートだった。

 イズルが恵んでくれるのだ。

 

「しかしまぁ、よく手に入るね。これって、首都の銘柄でしょ」

「む、よく知ってるな」

「昔は首都に住んでいた子も部隊(ウチ)にはいるからね」

 

 ま、その子もレーゲル人であることがバレて財産没収されたんだけど。

 

「……そうか」

 

 そう告げるとイズルは、いつもの尊大な態度に似合わない神妙な顔つきで頷いた。珍しい。

 

「知り合い?」

「いや、その子自身は多分知らないが……似たような憂き目にあった人を知っていてな」

 

 溜息交じりにイズルは答えた。

 

「レーゲル人ばかりじゃない。最近は純血のエルゴバキア人以外への迫害が酷くなっていてな。何でも難癖を付けられて強制収容所送りにされている」

「……そう」

 

 エルゴバキア共和国に支配されているのは何もレーゲルだけじゃない。軍拡と領土拡張を繰り返すエルゴバキアは周辺国や海の向こうを征服し、レーゲルと同様に絞り上げている。当然徴兵だってされていて、わたしたちと同じく戦場に駆り出されていた。ゴズ要塞においてはレーゲル人が多いというだけだ。

 

「酷い話だよな。今では首都に住んでいるのは純血くらいだ」

「ふぅん。じゃあこれは、純血じゃないと味わえない味ってことか」

 

 紫煙を思い切り肺に吸い込み、吐き出す。

 

「だとすると、悪くない味かもね」

「……ま、味はな」

 

 イズルは肩を竦めて頷く。戯けたわたしの態度に表情は一瞬だけ緩まるが、すぐにまた引き締められる。

 

「……だけどこんなこと、許されていいハズがない」

 

 そう呟くイズルの表情はシリアスだ。まるで国の行く末を憂いているような、真剣な顔。

 

「このままじゃ、エルゴバキアは世界で最低の国になる」

「もうなってるんじゃないか?」

「だとするなら、余計に早くどうにかしないと。……なぁ」

 

 イズルは、真剣な眼差しのままこちらを向いた。

 

「ベル、お前ならどうする?」

「何が?」

「もし、お前がこの国を変えられる立場にあったら?」

「……わたしが? レーゲラナなのに?」

 

 唐突な問いに、わたしはついキョトンとしてしまった。だってあまりにも予想外だ。

 この国、つまりエルゴバキア共和国を変える。このわたし、最下級のレーゲラナが。

 過酷な下働きに従事させられ、否応なく兵役を課され、捨て駒として扱われ続ける、このレーゲラナが。

 国を変える? そんなの、あり得なさすぎて想像したことすらなかった。

 

「考えたこともないよ。そんな『もしも』」

「一度も、か?」

「ゼロだよ。ゼロ」

 

 ……あるいは、生まれ変わった直後なら思っていたかもしれない。

 わたしはいわゆる転生者だ。しかし神様転生と言われるような、何か使命を言いつけられて生まれ変わったワケじゃない。ただ気付いたら、新しい生を得ていた。

 ワケも分からず混乱し、やっとこさ思考が纏まった瞬間にはそれを喜んだかもしれない。新しい命、連続した記憶。幼少のみぎりを大人の記憶を以てスタートダッシュすれば、あるいは世界を変えられるような英雄に。今じゃ誰もが想像する、理想の姿。

 だけどそんな妄想も、この世界の現実を知れば吹き飛んだ。

 

「父は鉱山送り。母は病気。生まれて動けるようになってすぐに、小金稼ぎに奔走した」

 

 周りの状況が目に入るようになると、すぐにそれどころじゃないことが分かった。父はどうやら過酷な労働に就いているらしく、滅多に戻ってこない。赤ん坊のわたしを面倒見てくれる母は、常に顔を青くし咳き込んでいる。そんな状況で、呑気に夢見ているワケにはいかなかった。

 手足がちゃんと動くくらいに育ってからすぐ、外に金稼ぎにいった。もちろん、まだ子どもだからまともな仕事には就けなかったが、それでも何もせずにはいられないくらい我が家は困窮していたのだ。

 余計なことを考えている暇は、なかった。

 

「学校に行く余裕なんて無い。幸い隣家には恵まれていたから文字くらいは読めるようになったけど、それだけ」

 

 ホリーの家、イリキア家が優しかったのは本当に奇跡的な巡り合わせだった。イリキア家は没落前は名家だった為に教養があったからだ。それをホリーと一緒に教わり、アルファベットに似ていたことから前世の知識も手伝って、わたしはこの世界でも何とか文字の読み書きを修得できた。

 でも、精一杯でそれだ。

 

「そんなわたしが、国を変えるだの戯言を言っていられると思う?」

 

 そんな暇があったら働く。今なら山刀を磨いたりでもしている。

 国を変えるだのという思想は、余裕がある者の世迷い言だ。

 

「わたしにできることはただ一つだけ。仲間を守る。それだけだよ」

 

 そんなわたしがただ一つできること。それが同じ境遇のレーゲラナを守ることだ。

 幼馴染のホリー。カラキラー小隊の仲間。エルゴバキア人から盾にされている同胞たち。

 彼女たちをできる限り守る。例え、己の寿命を削りながらでも。

 それがわたしにできる精一杯だから。

 

「……仲間、それがお前の原動力か」

「そうだよ、視野が狭くて悪かったね」

「いや、悪くはない。むしろ俺の方こそ視野狭窄だったな。すまない」

 

 わたしの答えに、イズルは妙に殊勝な態度で謝った。

 

「らしくないね。いつもならもっと尊大でしょ。エルゴバキア人らしく」

「フッ、確かにな。だが、しおらしくしていればお前の口数が増えるということが分かったのは収穫だな」

「……げ、それが狙い?」

 

 確かに、いつもより喋ってしまった。わざとだとしたら酷い奴だ。

 腹いせに煙を大きく吸い込み、吐きつけた。

 

「げほっ、げほっ! ええい、やめんか!」

「ふん、そっちが悪いし」

 

 咳き込むイズル。意地悪く笑ってみせるわたし。

 うん、やっぱりこういうくらいの距離感がいい。

 

「そんなことをするなら一服終える前に出て行くぞ」

「あ、それは待って。煙草吸ってることが発覚したらわたしが殴られるから」

「なら少しは媚びることだな」

「えー……イズルさぁん♪ もっと構ってぇ♪」

「……やっぱナシだな」

「おい、やらせておいて、おい」

 

 その後もわたしとイズルは、一本を吸い終えるまで他愛もない話に興じ続けた。

 

 

 ※

 

 

「女の機嫌を取るというのは難しいな……」

 

 基地の廊下を独りごちながらイズルは歩いていた。兵士たちはすれ違う度、敬礼する。監察官に目を付けられていいことは無いからだ。

 それからイズルの父親を畏怖しているというのも理由の一つ。

 何せルチドリアを侵攻する方面軍を預かる、中将その人なのだから。

 

「こ、これはサイラス特務少尉。如何したのかな」

 

 だから、こうして基地のトップの元を突然訪れても邪険にはされない。

 父の威光は偉大だな、と内心で呟きながらイズルは敬礼を取る。

 

「突然に申し訳ありません、トランペット大佐」

 

 執務室には一人の中年がいた。

 ツルリと禿げ上がった頭に、如何に贅沢してきたかを雄弁に語るような弛んだ腹が目立つ、目付きの悪い男。タコを思わせるような外見の彼こそが、このゴズ要塞を預かる最高責任者。司令、スリアラド・トランペット大佐だった。

 よく言えば上昇志向の強い、悪く言えば上にいい顔をするタイプである彼は、中将の息子であるイズルに対してもどこか媚びを売っていた。

 

「構わんよ。丁度一服していた頃だったからな」

 

 そう言うトランペット大佐の机上には確かに厚く積もった灰皿が置かれていた。口にした高級葉巻からは香しい煙が立ち上っている。

 

「君も吸うかね。南方から仕入れた一品だぞ。ギロン人め、頭は悪いのにこういう物を作らせたら中々の物だな」

「……生憎、先程吸ってきたところでして」

「そうか、残念だ。ハハハ」

 

 そう言って上機嫌そうに腹を揺するトランペットに、バレないようイズルは溜息をついた。

 ギロンはエルゴバキアの南方、海を越えた先に存在する島国……だった。

 温暖で緑豊かな土地だったが、そこに目を付けられ現在は植民地としてエルゴバキアに征服されている。今トランペットが吸っている葉巻も、ギロン人をプランテーションで働かせて作った物だった。

 抑圧と搾取による産物。それを疑問にも思わない。それがエルゴバキア人の現在だ。

 

 煙を吸い込むトランペットを見ながらイズルは思う。同じ一服でもベルとは大違いだ、と。

 トランペットは一服と言っているが、灰皿を見れば長くそうしていることは明白だった。恐らくはいくつかの仕事をおざなりに片付けて、暇しているのだろう。そのくらい雑に仕事をしていてもこの基地は回る……生まれた負債をレーゲル人に押しつければ。

 悠々と高級葉巻を吸うスリアラド・トランペット大佐。

 人目を忍びどうにかありつくようにして安物を吸っていた、ベル・ルー・ハット伍長。

 階級差はともかく、エルゴバキア人とレーゲル人でこうも違う。その歪さにイズルは心の中で深く嘆息する。

 

(歪みきっているな)

 

 その内心をおくびにも出さず、イズルは本題に入った。

 

「ゴズ市解放の攻勢が本格化してしばらく経ちますし、損害などはどの程度かと、気になった次第でして」

「ふむ? まぁ監察官であるからにはそういうのも気になるだろうが……」

 

 監察官の職務は平たく言えば腐敗の監視。軍が腐っていないかどうかを調べ、上層部に報告するというのが仕事だ。なので様々なデータを調べることが許される。

 

「しかし、そういうことは参謀にでも聞けばいいのではないかな」

「司令の見解をお聞きしたいと思いまして」

「私の?」

「ええ、ざっくりとしたところで良いので」

「ふぅむ……」

 

 表面上は穏やかにイズルは、トランペットが二重顎を撫でながら考えるのを待った。

 

「……別に、大したことは無いのでは?」

 

 しばらく考えてトランペットが絞り出した答えは、それだった。

 

「……そうでしょうか?」

「うむ。防衛部隊の人的被害は軽微と聞く。この間の切り裂き魔の襲撃でそれなりには出たらしいが、それも許容内のダメージだろう。弾薬類にも余裕はあるし、問題無いのではないかな」

 

 基地司令として、兵力をある程度数字で割り切るのは当たり前だ。なので人的損失を淡々と語るトランペットに対し、イズルも左程の憤りは覚えない。

 だが。

 

「……レーゲル人部隊にはかなり出ているようですが」

「む、そうだったか?」

 

 しかし、そもそも計上されていない者たちがいる。

 

「ええ。この数日で二割の損害が出ています。防衛戦としてはかなりの損耗率です。少し配備を見直しては」

 

 確かにエルゴバキア兵士の損害は軽微だ。しかしその盾とされたレーゲル人兵士は死屍累々の有様だった。有利な地形でこれほどの損耗率は、異常としか言えない。

 だが。

 

「構わんだろう」

 

 トランペットは気にした素振りも見せなかった。

 

「どうせ北栗鼠(りす)風情だ。減ったらいくらでも補充すれば良い」

「………」

 

 北東の寒さ厳しい地域で暮らすレーゲルは、昔からその国土の小ささから北栗鼠とあだ名されていた。弱く肉の食いでがなく、敢えて狩るまでも無い獲物。そうして捨て置かれてきた歴史がある。

 ずっと蔑まれ続けてきた国、レーゲル。それはそのまま、現在の迫害に続いていた。

 栗鼠は人間では無い。だからいくら失っても心は痛まない。

 言外に告げる、傲慢なる加虐者の理屈だった。

 

「……そうですね。所詮、レーゲル人の話です」

「うむ。要件はそれだけか?」

「いえ、他にも少々相談が……」

 

 それからいくつかの話をする。そのほとんどにトランペットは頷いた。自分の主権を損なう物で無ければ、受け入れる。それで中将の息子に恩を売れるならば容易いことだ。特に、レーゲル人兵士を使う用事であるならば。

 

「分かった。そのようにしよう」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

 

 頭を下げ、退出する。そして廊下をしばらく歩き……人目につかないところで、壁に拳を打ち付けた。

 

「どいつもこいつも、腐っている……!」

 

 トランペットの話だけではない。

 今聞き出した、レーゲル人への明らかな迫害。軍紀違反が数多く散見されるそれを監察官として報告しても、上層部は何も取り合わないだろう。

 何故なら、それはどうでもいいことだから。

 綱紀粛正に努めるならば、()に対してするべき。そんな理屈がどこでも罷り通っている。それが共和国の現状だ。

 そしてその現実を憂いているのも、ごく少数だった。

 

「……やはり、()ってもらうしかない」

 

 悔しげに奥歯を噛みながら、イズルは零す。

 

「仲間。それは今はレーゲラナだけだろう。だが、いつまでもそうとは限らない……」

 

 譫言のように呟くその言葉の意味を、今は知る者はいない。

 だがその瞳には、確かな『熱』が籠もっていた。

 

「必ず引き込んでみせる。待っていろ、ベル……いや」

 

 燃え上がるような、それは。

 

「"革命の乙女"よ」

 

 執念と呼ぶべき物なのだろう。

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