現在ガンジス川流域。
長大な人の波は物乞いとセールスと通りすがりと物乞いとバクシーシにまみれ、もはや何が何だかわからない様相だ。
そんな喧騒は街の中心部を通り過ぎるとしんと静まり、市民の生活そのものが見えてくる。
現在いるのは承太郎と花京院と俺の三人……いや、二人と一匹のみ。
別行動のアヴドゥルとジョセフ、ポルナレフはホテルを押さえにいっている。
俺たちは買い物係だ。
近場のスーパーで旅行客でもおなかを壊さない物を買ってくるという大役を任されている。
花京院が画一化されたチェーン店スーパーで見知らぬ野菜を覗き見た。
「お、これ美味いみたいだぜ。食べたジョセフさんが満面の笑みを浮かべてるのが見える。あっちのは腹を下すから駄目だ」
「なるほど。ところで承太郎、君は何を選んでるんだい?」
「レトルト米。どれ選んでもいまいちだな。パンの方にするか」
承太郎は【目】を発動させながら真剣な表情で食材を吟味している。
後ろにはスタープラチナを浮かび上がらせ、【目】に加えてその天体望遠鏡並みの視力でまじまじとパンを見ている模様だ。
本気すぎだろ……承太郎……。
逆に人目が無いことをいいことに花京院はハイエロファントグリーンの触手でかごへポイポイ今晩のご飯を放り込んでゆく。
まさに超能力高校生。はたから見れば現代ファンタジーそのものだ。
「水一リットル50ルピーか……。高いのか安いのかわからないな」
「そうこだわることはねぇよ。払うのは最終的にジョセフさんだぜ?店ごと買っても小遣い程度の感覚だよ」
「さすが不動産王だな……」
「食えりゃなんでもいいだろ」
「承太郎は大噓をつくなよ。お前その『食えれば』の基準が死ぬほど高ぇんだからな。そのくせ庶民向け中華店に入って文句付けやがって庶民の敵め」
「その点僕は一般家庭出身だから感覚としては君に近いかな」
「いやー、いっくらバブル真っただ中とはいえ、一家そろってエジプトに海外旅行は中流階級以上だぜ」
「えっ」
二人そろってハイソサエティ。経済格差を感じる一幕だね。
「バブルってのは?」と承太郎が興味を持ったふうに聞き返してきた。
流石にまだ【目】を使っても2年以上先は見えないらしい。
「いやぁ、1991年に東京の地価が暴落してねぇ。それを発端にものすごい不況の嵐が吹き荒れるんだよ。花京院家も気をつけろよ。うっかり不動産投資とかすると地獄を見るぜ」
「それ、ジョースターさんが一番必要な情報じゃないかな」
「ジジイにも後で話すか。無駄に騒がなきゃいいが」
「ここで予言です。なーんてこったぁあああ!とムンクポーズをするジョセフさんの姿が見える」
「それは俺にも見える。目は使ってねぇんだが」
「ジョースターさんに対する解像度高いな、2人とも…」
などと気を抜けた雑談をしつつ買い物を終え、店から出る。
中央通りに出れば、カルカッタ中央ほどではなくとも雑多な人混みが姿を現す。
スられないよう紐で首から財布を下げた花京院が憂鬱そうにため息をついた。
「……やっかいだな」
承太郎が鋭く細めた瞳で四方に視線をめぐらせた。
「花京院も気をつけろよ。敵スタンドだ」
「ッ!」
【目】に映っているのはアヌビス神が人ごみに紛れて暗殺を企ててる姿だ。
「刀のスタンドで、能力は刀の透過と学習、そして人の支配だ。主を持たない一人歩き型のスタンドで、厄介さは随一と言っていい」
「テメーの同類か」
「おいおい一緒にすんな!……と言いたいところだが、まぁ同類には違いねーな」
重心を落とし周囲を油断なく警戒していると、人混みから1人の物乞いが進み出てきた。
「久しぶりだな、アルカナテラーよ」
アヌビス神はにやり、と凶悪に笑った。
「よお、アヌビス神。勧誘ならお断りだぜ」
「そう言うな、俺はお前の力を高く買っているのだ」
手元のボロボロの布切れに覆われた棒状のものを強く握り締め、男は目を細めた。
あれがアヌビス神の本体たる刀だろう。
「DIO様もお前がこちらに下るのならばお前が出した被害は忘れ、最上の待遇をもって迎えようとおっしゃっている」
「はーっ虫唾が走るわ。俺を値踏みしやがってよぉ」
俺が露骨にため息をついて見せれば、アヌビス神はイラついたようだった。
こんな風に正面から俺に姿を見せておいて、まさか自分が勝てるとでも思っているのだろうか。
───舐められたものだ。
「承太郎、やるぜ」
「ようやくか。テメーは無駄話が多すぎるんだよ」
「承太郎は脳筋すぎる。とりあえず一発ぶん殴っとけば解決する的発想は文明人として良くないと思う」
「ジジイのがうつった」
「そこ、ジョセフさんのせいにしない」
「後悔するなよ、アルカナテラー!その哀れな本体がばらばらになってから考えを改めても遅いぞ!」
すう、とアヌビス神が人混みに紛れ姿が見えなくなる。
おそらく支配先を次々切り替えていき暗殺の如く不意をつくつもりだろう。
俺が未来予知の能力を持つと理解しているだろうに、その程度のフェイクでブレる視界じゃないんだが。
俺たちに考えがあるのがわかったのか、花京院はいかにも警戒していますと言うようなポーズでやつの油断を誘った。
承太郎は棒立ちだ。
「ばかめ、まずは一人───」
オラァ!!と、花京院の脇腹に迫る刃をスタープラチナの拳が捉えた。
ほとんど、刀が鞘を走る前に軌跡に合わせて置かれたような一撃だった。
「──、えぁ」
言葉すら満足に発せなかったアヌビス神が崩れ落ちる。
スタープラチナによる一撃で、刀は根元からぼっきり折れていた。
「素手で持つなよ承太郎、そいつの能力は他人の体を乗っ取るものだ」
「分かってる。あっちまで持ってってそのままガンジス川に捨てりゃいいだろ」
ばかなぁぁああ、ひっひぃいいいいい止めろそれだけは止めてくれぇええ。
と、俺にだけ聞こえるスタンドの悲鳴を響かせて今回の敵はフェードアウト。
素晴らしいスムーズさで敵の処理に成功したのであった。
見せ場がなくて少しだけむくれている花京院を添えて。