さて。
旅程だが、今はパキスタンのカラチを越え、情勢不安のイラン・イラクを避けてペルシャ湾を船で突っ切っている最中だ。
未来予知を駆使してイラクを突っ切るという手も無いわけでもなかったが、今回は安全を取った形だ。
下手をすると銃を持った民間人を相手にスタンドを使わなければならなくなるからな。
とはいえ情勢不安の無いルートであっても敵が消えるということはなく。
ペルシャ湾を渡る俺たちの船は、無事ダークブルームーンに沈められたのであった。
今は転覆した船の一部を使って座る場所を作り、それを俺に括り付けて皆乗っている。
蛇船である。泳ぎ方の都合上、横揺れが激しいのが玉に瑕。
ちなみにだが、ダークブルームーンは海に引きずり込まれた花京院とポルナレフが頑張って処分した。
決まり手はハイエロファントグリーンの触手を命綱に水中で立体機動したポルナレフの一撃だ。
見えてたんなら言えよ!というポルナレフの言葉には「予知に頼らない戦闘経験も必要だろ?」と返すにとどめた。
実際にはちょうど同時期同時刻に発動したザ・ワールドの時間停止によって視界が乱れてたからなのだが、まぁ心配させることもあるまい。
この【目】から逃れる方法はただ一つ。
時の支配から逃れられるスタンド能力を発動することだ。
例えば時を止める、時を飛ばす、時を爆破する、……そして時を加速する。
それらの能力が発動した時、未来が更新される影響で視界が一瞬乱れるのだ。
コンマ数秒という単位だから頭の回転さえ早ければ戦闘中でも対応できなくも無いんだがな。
この欠点は同じ【目】を持つ承太郎にはバレているので「やれやれだぜ」の一言をもらった。
お前だって黙ってたろうがよ。
と、そんなわけで現在海の上。
ゆったりゆらゆら泳ぐ俺と、その上で団欒する一行のわちゃわちゃ話が響き渡る。
「蛇、もう少し速く泳げねーのか」
「無茶言うな。俺はウミヘビじゃねーんだ。泳げるだけありがたく思え」
「横揺れ…横揺れがすごい……うぷ」
「おいおい花京院大丈夫かよ。ってもビニール袋なんて持ってねぇしな。そら、ゆっくり、あっちの端に寄れるか?」
根がお兄ちゃんらしいポルナレフがグロッキーな花京院を先導している。
あーっ止めてよして俺の上で吐かないでぇ!……あぁ。
「しっかし連戦続きでホント疲れたぜ。アルカナテラーのおかげで敵襲の警戒をせずに寝られるのは嬉しいけどよ」
「承太郎、お前は疲れとらんか?旅の前からスタンドを出しっぱなしじゃろう」
「蛇は出しっぱでも特に問題ねェ。スタープラチナとの併用も慣れてきたしな」
「あぁ、そういやアルカナテラーの方は独り歩き型?とかいうやつだったか。珍しいよなぁ、一人で二つのスタンドなんてよォ」
ポルナレフが背後からパミーッとシルバーチャリオッツを出しながら承太郎を見る。
こう見えて空気を読む所のある承太郎が、同様に自分のスタンドであるスタープラチナを出現させた。
おお、となんだか改めて見ると物珍しい、というような風体でポルナレフがスタープラチナを覗き見る。
なお、ポルナレフに放っておかれた花京院が「おうっぷ……」と苦悶の声を漏らしながら恨めしげにこちらを睨め付けているのをお忘れなく。
すんません。もっと揺れないよう泳ぐんでそのエメラルドスプラッシュはしまってください……。
アヴドゥルはそんな様子は露知らず、「私の見てきたスタンド使いにも、スタンドの一部が二つに分離するものはあれど…完全に二つのスタンドを持つというものはいなかった」と感心した様子だ。
三者三様のスタクルである。
そういや確かに、原作を見てもスタンドが二つになったのはチープトリックに取り憑かれた岸辺露伴ぐらいか?
もっとも、チープトリックはその性質上本体に対し敵対的だったが。
俺が原作に思いを巡らせている間に話題は次に移っていたらしい。
ようやく復活してきたらしい花京院が海水で口をすすいでから承太郎に問いかけた。
「なあ承太郎、未来ってどんな感じに見えるんだい?」
「あぁ」
花京院はまだ板端から帰ってこないよろよろの状態だ。
承太郎はそれを迎えに行くか否か少しだけ逡巡した後「助けがいるならそう言うだろ」という実にサッパリとした判断から捨て置いた。
座ったまま小首を傾げて言う。
「いくつも紐がぶら下がってるように見える」
「紐ォ?」
「そのうち一つに俺たちは掴まってるが、場合によっちゃ隣の紐に飛び移ったりもする」
聞き返したジョセフに承太郎は補足で言葉を続けた。
紐。言い得て妙だ。
俺は世界線の名の通り一本の純粋なラインとして捉えるが、承太郎は紐という物理的なもので考えていたらしい。
掴まるとか飛び移るとか、肉体的な感覚も交えるあたり地頭の良さが窺える。
けっ、これだからハイスペック野郎は!
この分だと未来視の最奥に届くのもそう遠くない未来かもしれない。
俺は目を瞑って何やら考え込んでいる承太郎へと声をかけた。
「今はどこまで見えてんだ?」
「一日……24時間ぐらい先までだ。その先はどんなに目を凝らしても暗くてよく見えねー」
「一日、ね。うーむ」
それだけ見えればもっと先まで見えても不思議では無いのだが。
いい機会なので、と俺は少しだけ泳ぎを止め、承太郎の方へ向き直った。
ちゃぷちゃぷと波の音だけが鱗を叩く。
「遠くを見るコツを教えよう、承太郎。全体を見るんだ。目を凝らすんじゃなく、ぼんやり眺めるように。大流を感じるようにな」
承太郎が俺の言葉を受け【目】を発動させる。
俺もそこに同調し、ゆっくりと未来という大河へと遠く深く視野を広げていく。
遠く遠く、五年後、一〇年後、一五年後。
一巡。
「ッ!!!」
バッ、と承太郎が顔を上げた。
その額には冷や汗が伝い、荒い息が胸を圧迫する。
「なんだ、あれは……!」
承太郎は立ち上がった。
ずんずんと俺の前へと進み出て、燃えるような意志の映る瞳で俺を見上げるのだ。
「紐が全て巻き取られていた!ブラックホールのように底なしの、高速回転してすべての未来を剥ぎ取るアレは何だ!」
「なにって、終わりだよ。未来の終わりにして始まり。一巡」
薄気味悪ィだろ?というと、承太郎は息をのんだようだった。
ことの次第を見守っていた花京院たちもただ事でない様子にざわめき、狼狽えている。
「承太郎、いったい何を見たというんだ!?」
「……、……」
「承太郎!」
花京院が声をかけるも承太郎は無言だ。
それどころではない、と言った方が正しいか。
いくら黄金の精神とは言っても、俺の元の主が心を病んだ光景を見せられては冷静でいられないらしい。
これがお前が抗うべき運命なのだ。この強大な、絶望的な渦こそが。
「胸糞悪ィ。なんなんだあれは。てめぇ、ずっとあんなもんを見てたのかよ」
「見ていたとも。ずっとずっと。元々の主人はアレを苦にして死んだようなもんだ。付き合いの長さは人一倍ってところだ」
「テメェの元々の本体はDIOに殺されたんじゃねーのか」
「殺されたさ。自ら望んで、しかし恨みに思って殺されたんだ。あの大渦を止めるために」
「DIOに殺されるのが渦を止めるのになんの関係がある」
「さあな」
これ以上俺が語るつもりがないのが分かったのだろう。承太郎は言葉を切った。
あんな絶望を見たというのに、承太郎は未だ【目】を発動したままだ。
睨むように視線を逸らさず、あの一巡の大渦をひたと一途に見据えている。
諦めまいと決意するように、屈しまいと抗うように。
承太郎は見つめている。
「対策は?」
「ない。今のところは」
キッパリと言いきった。
あるいは細い細い微かな希望が承太郎の双肩にかかっているのだが、それは言わない。
あまりに細すぎて詳細が読み取れないような未来など、話してどうなると言うのだ。
「あれは運命だ。どんな未来を選ぼうとも、結局はあそこに行きつく」
俺の声の暗さに承太郎は察したのだろう。
ただ一言、「そうかよ」とだけ応えた。
「ちなみに、DIOが空条承太郎に負けることも運命なんだぜ?」
「運命、なんざ安っぽい言葉で括られるのは業腹だが……敗北を決めつけられるよりはマシだな」
「そう言うなよ。運命って奴は味方につけると心強いが、敵になると本当に厄介なんだぜ?」
承太郎が【目】を遠くへと見遣って言う。
ペルシャ湾の青と空の青とが交差して、ただひたすらの絶景が広がっている。
「運命ってのはあの『紐の結び目』のことを言ってんのか?」
「そうだな。複数ある未来が紆余曲折あって至る結末。変えられない未来。すなわち運命ってな」
「………そうか」
空気を読んでか口を挟まない皆が、それでも何か言いたそうに口を開いては閉じるを繰り返している。
聞きたいこともあるだろう。知りたいこともあるだろう。
場に滞留した沈黙は、俺が再び泳ぎ出すまで続いた。