紅海からエジプト到着までの流れは意外と簡単であった。
俺たちの乗る船に密航しようとしたオランウータンは直前で乗船する船を変えることで直接戦闘をキャンセル。
タワーオブグレーをかわしたのと同じ手口だ。
出航後に巨船のスタンド・ストレングスで追ってきたが、それについては俺とスタープラチナのバタ足が光った。
スタンド二体で無理やり船のスピードを出して逃げ延び、その間にアヴドゥルの火力で丸焼きにしたのだ。
やはり周囲への被害を気にしなくて良い環境だとアヴドゥル一強だな。
なにげに窓やドアから炎を操って中を探索する新技をお披露目し、「私も少しばかりこの旅で思うところがあってな」と鍛錬を積んだことを教えてくれた。
炎に囲まれ逃げ惑うオランウータンを生ける蛇の如く蠢くレッドバインドで拘束し、スタンド船の外へと引きずり出した。
これも生命感知の応用で、サーモグラフィーのように生命の在処を視界で捉えるようにしたものらしい。
アヴドゥル有能過ぎる。
そして猿の丸焼きを残してお次はカメオ戦……と言いたいところだが、これは本当にキャンセルだった。
どうやらDIOの命令に背いて敵前逃亡しようとしたところ、肉の芽が暴走して死亡したらしい。
補給に寄った途中の島で肉塊になった死体だけが発見されている。
命令違反の原因はおそらくだが、俺たちの未来視を聞いて自分の不利を悟ったからだと思われる。
そりゃカメオの能力からしたらそうなるわな、と同情しなくもない。
DIOやエンヤ婆と違ってハメ技前提というか、能力の根源が敵に依存しているタイプのスタンドだからな。
肉塊になったカメオは俺たちで丁重に荼毘に付した。死んだ刺客だけが良い刺客なのだ。
そんな感じでようやく到着したエジプト。
最近捕まえたばかりだというスタンド使いの犬、イギーと合流することになった俺たちは、沿岸から少し離れた砂漠地帯にて一時休息となった。
「長かったようにも短かったように思えますね」
「そうだな、様々な敵スタンドが襲ってきたから、普通なら旅客機でひと眠りすれば着くところをこんなにも遠回りになってしまった」
HAHAHA、と柔らかく笑うアヴドゥルに、俺はひとまず突っ込んだ。
「ひと眠りって、日本からエジプトの直行便でも13時間はかかるぜ?時間感覚おおらかすぎだろ」
「そうかな。この旅を思えばひと眠りといっても過言ではない快適さだと思うがね」
「僕が家族旅行でエジプトへ行ったときは乗継便でしたが、途中から暇で暇で仕方がなかったですよ。F-MEGAが持ち運べたらいいのにと思ったことか」
「そういやゲームボーイの発売年は来年だからまだ先なのか。いやぁ、時代だねぇ」
「ゲームボーイ?なんだい、それ」
花京院が露骨に一本釣りされた。食いつきがえぐい。
地味にジョセフさんが興味ありげな顔をしているのは経営者ゆえの勘の良さか。
一代でここまで大金持ちになれるって才能だけじゃ全然足りないからな。才能、人脈、勘、時の運。すべてそろっての絶技といっていい。
一応貴族ジョースターとしての財産はあったんだろうが、増やすのだってそれなりに手間だしな。
「来年発売される携帯型ゲーム機だよ。これからのゲームの発展はすごいぜ?お前が50になるころにはVR……ゲームの中に入るような体験もできるようになってるぜ」
「!!!本当か!まさか、だが未来視を持つ君が言うなら間違いない……凄い、凄いな本当に!」
「ふぅむ、投資するならどの会社がおすすめじゃ?」
「任○堂とソ○ーかな。でも正直こっちより大人しく今はMicr○s○ftに投資したほうがいいぜ?で、しばらくしたら出来立てのGAFAを押さえる。必勝ルートだね」
「うむ。この旅が終わったら詳しい話を聞かせてくれ。承太郎、しばらくワシはお前の家に滞在するからそのつもりでな!」
「帰れ」
相変わらず孫は冷たい。すげなく言われたジョセフはやっぱり涙目であった。
そんなまったりとした空気が漂う中、ふいにざ、ざ、と第三者の足音が耳を打った。
ばッ、と。
一斉に臨戦態勢を整えるスタクルの動きは歴戦のそれだ。
しかし現れた二人組は、情けない手作りの白旗を掲げながらゆっくりとこちらに近づいてきていた。
一人は青年。もう一人は子供。
まさにそう、トト神とクヌム神、スタンド使いのオインゴ・ボインゴ兄弟その人だった。
「なんだ、てめぇら?」
ポルナレフが後ろにシルバーチャリオッツを浮かばせながら問いかけた。
射程圏内に入ればすぐにでも穴だらけにしてしまえる、超戦闘特化の近接パワー型スタンドだ。
その威圧感は並のスタンド使いでは耐えきれまい。
小さな少年──弟ボインゴの方──が兄の前に出て必死で泣きついた。
「ぼくたちは敵じゃないっ、敵にはならない、予言が、あ、あるから!」
「予言だぁ?」
「トト神の予言がっ、そう言ってた!降参すればDIO様も追ってこないって!」
両手を頭の上で組んでうつぶせになる本格的な降参のポーズをした兄が、焦燥にかられたような迫真の表情でこちらを見ている。
対して、弟の方は地面の上にバッと持っていた本を広げた。
トト神───運命を描く物質同化型のスタンドだ。
承太郎がゆっくりと近づき、その記述を慎重に覗き見る。
1ページ目。蛇の絵。
アルカナテラーがオインゴボインゴ兄弟を見ているぞ!諦めよう!
2ページ目。蛇の絵が近づいてきている。
アルカナテラーがオインゴボインゴ兄弟を見ているぞ!諦めよう!
3ページ目。蛇の絵が近づいてきている。
アルカナテラーがオインゴボインゴ兄弟を見ているぞ!諦めよう!
4ページ目。蛇の絵が近づいてきている。宇宙色の瞳が見える。
アルカナテラーがオインゴボインゴ兄弟を見ているぞ!諦めよう!
5ページ目………蛇がこちらを見ている。
…………いやいやいやいやいや、怖ェよ。
「何したんだテメー」
「いや、たしかに変な未来を見られたら困るなと思って見張ってたけどさ、こんなことになるとは思ってなかったわ!」
「完全にホラーじゃねぇか」
承太郎のストレートな表現に言い訳できずまごついていると、承太郎は「やれやれだぜ」といつもの発言で見逃してくれた。
すまんて。でも本当に心当たりがないんだって。
なお、スタクルたちはマンガのスタンドとはたまげたわい、だとか、未来予知できるスタンドがアルカナテラー以外にいるなんて…だとか、わいわいとトト神を囲んで回し読みしている。
平和か。
トト神をもう何ページかめくると、白いページの間に次なる予言が出てきていた。
承太郎たちに降伏すれば、オインゴボインゴ兄弟は安全だ!DIOも追ってはこなかった!
怖くて夜眠れない日もコレでバイバイ!
承太郎はぐずぐずと泣きながら平伏している少年を見た。
「信じたのか、これを」
「と、トト神の予知は、ぜ、絶対だから」
「………」
縋るようにボインゴが己のスタンドであるトト神をぎゅっと抱きしめる。
トト神は何も言わない。言う機能などない。
「運命を描き出すスタンドか。厄介なもんもってやがるな」
「へへへ、コカキキックケ、これがあれば絶対絶対間違えない…!」
「だが、テメーはコレに逆らえねェ。主人であるはずのテメーがこれの言いなりになるしかねぇってのはどうなんだ?」
「………トト神に逆らっても、い、良いことなんてない」
「だろうな。だが…」
逡巡してからチッと舌打ちをひとつ。
ビクッとそれに反応する弟ボインゴに僅かに後味の悪い思いを抱えつつ、根が善性な承太郎はほかに分からないように嘆息した。
瞬間。
DIOの修練──時止めが発動した。
視界がぶれる。更新される。承太郎だけ……今回は蛇たる俺も含めて2名のみ行動が許される、世界の停止。
どうやら承太郎としては今回俺も時止めから解放できるか実験するつもりらしい。
DIO都合の時間停止とはいえ、時も場所もかまわないとはまさにこのことだ。
目の前で灰色に停止したボインゴがなんとなく哀れだ。
ちらり、と時止めの中を無事動く俺を確認して承太郎は視線を落とす。
そこには時間停止に伴い空中で色を失った小さな小さな羽虫……蚊がいた。
海が近くで湿度もあり、意外と動植物が多いのだろう。熱帯の方の蚊は厄介な病気を引き連れてくるのであまり好ましくはないのだが。
その虫を承太郎はスタープラチナで一つまみし、プチリと潰す。
瞳は宇宙色のまま、時間停止の影響で砂嵐のごとく乱れた視界を写している。
未来を写す俺の【目】は、先ほどの虫が承太郎あるいはジョセフを刺すのがある種必然であったと断定できる。
承太郎風にいうなら、虫に刺されるのは運命であったのだ。
小さいながらあれは「紐の結び目」であり、変えられない結末だった。
そこから逃れられたのは、止まった時という運命の手出しできない領域にいたがゆえ。
4秒経過。時間停止が解除される。
確認するように腕をまわし、承太郎は息をついた。
自分で起こした運命の改変は承太郎にも見えているはずだ。
承太郎はボインゴを乱暴な調子でがしがしと撫ぜた。
「運命は絶対じゃねぇ。俺が保証する」
「……?」
「未来の奴隷になっても矜持が死ぬだけだ。自分のスタンドに使われるんじゃなくて使うんだ。そういう心を持て」
「……トト神は、ぜ、絶対です」
「あとはテメーの好きにしな。俺は忠告したぜ」
獅子が子を谷に放り出すように冷淡に思える承太郎の言葉だが、それは優しさの裏返し。
敵にかける情けというにはあまりにも穏やかな、そんな一幕であった。
SPW財団「ウチでオインゴボインゴ兄弟を預かるやで!悪いことしないようホルホースに面倒見させるやで!」
ホルホース「俺が面倒見てもらうんじゃねぇのかよ(全身骨折・全治三ヶ月)」