喧騒が聞こえる日本の朝。
曜日は月曜。時刻は朝日が眩しい午前8時ちょうど。
空条邸から歩いて10分の道のりを承太郎と共に久しぶりに歩いている。
DIO討伐の旅に出て初めての登校だ。己の座席だって忘れかけている頃かもしれない。
思えば、今日でおよそ40日の欠席になる。
60日以上の欠席で単位が認められなくなるので、意外と厳しい状況に置かれているのだ。
睨まれてもキャーキャーと甲高い声を上げる女子生徒に囲まれながら、承太郎は長い下階段を降りていく。
「きゃーJOJOよー!」「こっち見てー!」「あーん、今までどうしてたのかしら?」と姦しいことこの上ない。
承太郎の眉間の皺が濃くなっていく。
よく考えたら下手なスタンド使いの刺客より屈強だな、この子達。
承太郎にマジに睨みつけられておいて尻込み一つしないとか、それ専門の訓練でも受けてんのかという屈強さである。
うっとおしいぞ、といつもなら承太郎も怒鳴っているところだが、今日のところは少しばかり違った。
「…静かにしろ」
静かにポツリと漏らすような声。
大声を出すほどでもない、という【目】から来る人生経験の堆積が齎したものだ。
ようは精神的に老けた。
これを言って、小さくなっていたところを首元掴まれてブンブン振り回されたので2度は言わない。
蛇さんを虐待するのはよくないとおもうんだよね。
「承太郎……すっかり大きくなって……」
「それ以上口を開くなら蒲焼か串焼きか選ぶんだな」
「やめて蛇さんを食べないでっ!」
「ワザとらしくくねるな。テメェのサイズなら食われるのは俺だろうが」
「今は小さいだろ。マフラーサイズだ。承太郎の首にベストフィットする冷感素材」
「夏にぴったりなのは否定しないが。それでいいのかよテメー」
などとワイワイやってれば「JOJOが何かと喋ってる…」「幽霊…?」と若干引かれる始末。
俺は普通の人には見えてないから仕方ないね。
「相互理解って大変だな……いいか、俺と今話してる感じでお嫁さんとも気楽に会話するんだ。口数多めで。そうすりゃお嫁さんに逃げられることもねーよ」
「口数でなんとかなるものか?」
「なるさ。それがはじめの一歩とすら言える」
「そういう、もんか」
「そういうもんだよ」
若干疑問符を浮かべたままの承太郎だったが、なんだかんだ時は流れて一限も開始する。
初っ端から授業は数学だ。
時々ズルしてスタープラチナに板書させてみたり、【目】を発動してこれまでの授業を覗き見たりと承太郎も忙しくしている。
つか、そんな過去講義の動画を二倍速で見るみたいな【目】の使い方されると思わなかった。
空条、と途中先生にあてられ設問を解くよう指示されたが、一ヶ月半もブランクがあるはずの承太郎は危なげなく答えてみせた。
俺は首をゆらゆら振って笑いかける。
「末は博士か大臣か、なんてな。どうする承太郎、将来はどの職業を目指す?」
「……歴史学者になるつもりだ」
小声というより口を開けるだけ、吐息だけの答えだ。
静かな教室で雑談するにはこれしかあるまい。
俺は半ば読唇術でもするように承太郎と会話する。
「お、海洋学はいいのか?その道もあるはずだが」
「テメーの目でいろいろ見て興味がわいた。研究費は雀の涙みてーだが、そんなもん幾らでもまかなえるからな」
「蛇さんロトセブンは好みじゃないんだけど」
「馬も船もあんだろうがよ」
「承太郎ってば穢れた大人になっちゃって……って、よく考えたら最初からだったわ」
「俺は留置場にぶち込まれたりしてねぇ。テメーのおかげでな」
「でも酒は嗜むじゃん」
「【目】と同じだ。ちょっとばかり前借してるだけのことだぜ」
「物は言いようだなー……」
声なき声で会話しながら、久々の授業はつつがなくおわったのであった。
高校三年、受験生の帰りは遅い。
もう辺りは真っ暗だ。クークーと鳩が鳴く住宅街は実に閑静。
自主学習を一通り終えて帰宅すると、年を経てなお大柄屈強なジョセフさんが出迎えてくれた。
「おお、帰ったか承太郎!邪魔しとるぞ!」
「お隣さんみてーな頻度で来日するとかどういうフットワークしてんだジジイ。落ち着け」
空条邸にこの人が来るのもこれでN回目。
つまり空条邸にいる時間の方が長いんじゃないかと思い始める様相だということだが。
承太郎のすげない言い様にジョセフさんは立ち上がった。
「なんじゃと!お前のことを思って来てやっとるというに!」
「おっと。大事な仗助のためじゃなくてか?面会はそろそろ許されたんだろうな」
「………ら、来月から毎月2時間だけなら会わせてやると」
「ジジイ……離婚後の面会交流かよ…」
「口挟むの悪いけどさぁ、どうして自分で言っててダメージ受けてんだ承太郎。家族関係全然ダメだなこの爺孫」
「うるせぇ浮気なんぞしやがるジジイよりましだ」
「ワシは生涯スージーQと円満な結婚生活を送っておるし?離婚なんてしてないし?」
おっと、ここでゴングが鳴り響いた。
心に負った深い傷が再び出血してきたらしい承太郎は、顔に影を背負ってDIOもかくやという迫力を出し始める。
この件ほんと地雷だな。仗助の髪型並みの地位を確立しつつある気がする。
「───やんのかオラ」
「受けて立つッ!このジョセフジョースター老いてますます健在ということを見せてやるわい!」
「煽るな煽るな。承太郎も落ち着いて風呂入ってこい。殺意の波動出てんぞ」
昔から煽り性能の高いジョセフさんが本気を出せばこの通りである。
図星を突かれた承太郎が漆黒の炎をたぎらせて背後にスタープラチナを浮かばせるなんてよくあること。
と、そこにピンポーンと気の抜けたチャイムの音が鳴り響いた。
【目】を発動している承太郎はそれがすぐに学校帰りに遥々空条邸にやってきた花京院だと気がついたようだ。
怒りをするりと引っ込め、玄関へと向かう。
行ってみれば玄関にはすでにホリィさんがいたようで、2人の朗らかな会話が聞こえてきた。
「おじゃましますホリィさん。承太郎はいますか?」
「あら花京院君、よくきたわね。承太郎と遊びに来たのよね」
「ええ。明日は土曜日ですし、電話で言ってくださった通り、泊まりで遊ばせていただければと思いまして」
「まあ!大歓迎よ!じゃあ用意してたお菓子とってくるわね!」
「そんな、ありがとうございます」
手提げ袋にファミコンを入れて来たらしい。
実に学生らしい姿にくすりと来るが、それ以上に「お前受験生だけど中学生の夏休み並みに空条邸に遊びに来て大丈夫?」という不安が先立つ。
いやまあ、【目】で余裕を持って合格できてるのは見えてるんだけどさ。
承太郎がのっそりと歩み出て花京院に声をかけた。
「今度は帰りの駄賃は持ってきてるんだろうな?」
「…ご安心を。まったく、あの時ほどDIOを恨んだことはなかったよ。僕の財布をすっからかんにしてくれて。あれは僕が新作を買うのに大事に貯めていた金だというのに」
「すると、その袋の中身が新作か?」
「生憎新作ゲームはしばらくお預けさ。エジプトの一件で両親を心配させてしまったからね」
「DIOの遺産から迷惑料せびっとけ」
「それはいい案だ。今でも君の家に遊びに行くのは両親にいい顔をされないからね」
その割には気軽に空条邸に来ているようだが、家族関係って複雑怪奇ということか。
たぶん空条邸への馬鹿にならない交通費、ご両親が出してるんだろうし。
てくてくと空条邸の長い渡り廊下を歩き、承太郎の自室へとやってくる。
途中でジョセフさんとも会い、「おお、よく来た!」と気さくな再会を分かち合っていた。
まだ恨みを忘れてない承太郎が殺意の波動を漲らせたが、そこは割愛。余裕そうなジョセフさんの表情が印象深い。
さて、部屋に来てゲーム機を繋げば、あとはプレイするのみだ。
しっかりコントローラーを二つ用意して、ホリィさんが用意してくれた茶菓子とジュースを卓上に並べる。
今回の茶菓子は本格的なバウムクーヘンだ。
やはり金持ちの家のお菓子は違う。
花京院はコントローラーをハイエロファントグリーンの触手で掴み上げ、ウィンクしてみせた。
画面には2P PLAYの文字が浮かんでいる。
「スタンド有りでいこう。僕の言いたいことはわかるな?」
「俺のスタープラチナに挑もうってか?」
「ははは、残念だが今回持ってきたのはバルーンファ○トだ」
意味深に挑戦的な言葉を吐いておきながら、花京院はすっと空気を和らげて笑った。
「つまり協力プレイというやつだよ。いやなに、スタープラチナの精密性で2P協力モードでどこまでいけるのか試してみたくなってね」
「…やれやれ、ゲームは素人なんだ。お手柔らかに頼むぜ」
そんないい感じの空気を漂わせてコントローラーの前に2人とも座るものだから、俺はじたばたと暴れた。
蛇さんを一人残してゲームとか許されざることなのだよ。
「俺もやりたーいっ!」
「テメェには指がねーだろうが」
「コントローラーに胴を巻き付けて……こう、やって、……」
「無理じゃないかな」
「無理だぜ」
「ちくしょー俺もバルーンファ○トやりてぇんだよォ!スーファミ!64!ゲームキューブ!任○堂!」
「まだ発売されてねぇ」
「次々企業秘密がネタバレされてくね。僕はわくわくが加速するから全然歓迎だが」
そんな愉快な空条邸のとある一日である。
明日はようじょりーん回の予定。