ずうーんと凹みまくる俺の肩──蛇に肩なんて無いが──をアヴドゥルがポンとたたいた。
「ならいつホリィさんが倒れることを言えばよかったんだよ……このタイミングが一番話がスムーズだったのに」
「まあまあ。アルカナテラー君も土産を食べるかな」
「いただきます、アヴドゥルさん。くっそ承太郎め……」
もしゃあ、と何か分からない甘ったるい菓子に齧り付き、俺は悪態をついた。
承太郎に語った内容は簡単だ。
良い知らせはシンプル。六ヶ月後にその身に宿るスタンド……スタープラチナは万能型のハイスペックスタンドで、それならDIOにだって勝てるだろうというネタ。
悪い知らせは──。
「しかし本当なのか、ジョースターさんの娘さんが倒れるというのは」
ホリィさん危篤、という原作の悲劇たる知識である。
アヴドゥルは眉間にしわを寄せて問いかけてくる。それも当然のことだろう。
「本当。自分のスタンドに耐えきれず自家中毒を起こしてな」
「……やはりそうなのか」
想定はしていたらしい。
原作でも「恐れていたことが本当になってしまった」みたいな旨のことをジョセフさんがいってたもんな。
どんより沈む空気は灰色で、後ろに現れたマジシャンズレッドも「ケーン……」と心なしかしょぼくれている。
あの時、ホリィさんが倒れることを伝えると、「なぜ黙ってやがった」と首元掴まれて思いっきり引っ張られた。
怒りに燃える声色は赫赫としていて、普段あんなでも親子の絆は確かなのだと実感させる。
無論、「アマを守ると言った言葉、あれも嘘か」という発言には「嘘なもんかよ。だからこうして伝えてんだ!」と吠えたわけだが。
「君なら初めから分かってたんじゃないか、承太郎の反応も」
「わかってたけどさー、分かってるのと納得は別なんだよ!」
「彼もまだ高校生だ。母親が心配なんだろう。許してやってくれ」
「はぁ。あの隠れマザコンめ……あっ、今の言葉は秘密にしてくれ。承太郎に知られたら蛇の蒲焼きにされかねない」
「ははは。しかし君ほど自我のしっかりしたスタンドというのは初めて見るな」
「そうか?まぁよくいるタイプでもないが」
現在、承太郎とジョセフは向こうの個室で今後の方針について話し合いを続けている。
彼らに手渡された選択肢は二つ。
今すぐエジプトへ行くか、行かずに原作をなぞるかだ。
いますぐエジプトへ行けばホリィさんのタイムリミットに大幅なゆとりが生まれるだろう。
6か月分、つまりは180日にもなる余裕だ。これはDIO打倒を目指すうえであまりにも大きい。
逆に原作をなぞるのなら、承太郎は唯一無二のスタンドを手に入れることができる。
その有り余る成長性で敵を制す、カウンター型のスタンド。
スタープラチナを。
なお、アヴドゥルは俺の見張りのためお留守番である。こんな日本くんだりまで来て可哀想に。
ふいにがらっと細やかで高級そうな障子引き戸が開いて、ぬっと承太郎が顔を出した。
話し合いがひと段落したらしい。
常よりもなお眉間にしわの寄った顔を見るに、話はジョセフと承太郎で平行線をたどったのだろう。
「おい蛇、今後の進路のことで話がある。アヴドゥルも来いとよ」
「あいよ。じゃあ行こうかねアヴドゥルさんにマジシャンズレッド」
「そうだな」
しゅるりと本体へと戻って消えるマジシャンズレッドになんとなく寂しい思いをしながら部屋へ入る。
今よりも少しだけ気密性の高い部屋だ。
盗聴対策……というには少し不足か。単に空気を換えただけなのだろう。
空気変えるためだけに部屋を変えられるとは、豪邸はすげぇよ。などと明後日の感動をしつつ。
部屋の中央に置かれた机には世界地図が乗っている。
まだDIOの行き先がつかめていないのだろう。俺がバラすか承太郎がスタープラチナを使えば終わる話だが、ふーむ。
全員が部屋に入ると、ジョセフはやおら両腕を机へとついて宣言した。
「まず初めに言っておく。ワシはホリィのため6ヶ月を待たずDIOを倒しに行くべきだと思っておる。無論、戦力を持たぬ承太郎はホリィと共に待っていてもらう」
それに鋭く反応したのは承太郎だ。
「お断りだぜジジイ。俺はアルカナテラーを連れて行く。6ヶ月で俺に宿るスタンドとやらが使えるかなんて俺には分からねーんだからな」
「承太郎!危険な旅なんじゃ!」
「俺がどこまでやれるかは俺が決める。てめーの出る幕じゃねーぜ」
今から行くのはすでに決定事項らしい。
さすがは黄金の精神持ち一家。話の焦点はすでに承太郎が旅についていくかどうかに移っていて、それで承太郎が不機嫌だったのだろう。
一人戦力外通告なんて、彼の矜持としても想いとしても耐えられるはずがない。
おれは片目だけ開けて承太郎へ再三の念押しをした。
「繰り返すが、俺のおすすめは6ヶ月を待って行くことだぜ承太郎。勝率の観点で見てな」
「それについてはもう話がついた。俺たちは行く。あとはメンバーをどうするかだ」
「なるほど。予言者泣かせだこと。なら……そうだな。どこまでやれるか腕試しでもしてみるか?」
承太郎が戦えるのかどうかが不安なんだろ?と首を傾げて見れば、むぅっとジョセフが唸った。
なら話は簡単だ。戦える様を証明してやればいい。
「アヴドゥルとマジシャンズレッド、承太郎とオレで手合わせといこうじゃねーか」
ちなみにアヴドゥルとジョセフだけでDIO打倒の旅に出た場合、高確率でアヌビス神に討ち取られてしまうので是が非でも止めねばならない。
彼らにはDIOを打倒してもらわねば困る。
一巡阻止もそうだが、なによりも俺自身DIOには恨みがあるからな。
結局、「ならば承太郎、見せてみろ」というジョセフの言葉で手合わせが決まったのだった。
「承太郎、俺は遠隔自動操縦型のスタンドだ。本体が一切の操作権を持たない代わりに遠くまでスタンドを移動させることができる」
庭へと出る間にも、俺は承太郎へ声をかける。
やはり俺の巨体には廊下は狭く、ただ移動するだけで胴体が壁や天井にこすれてしまう。
「だから本来近接戦は苦手だし、戦いの際は本体が特定されないよう動くのが定石だ」
「ならどうする?」
「そりゃもう、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばすしかねーわな」
「それは無策って言うんじゃねぇか」
「うるせー。そもそも俺は補助スタンドだ。ひとまず俺の【目】を同期させるから、ちゃんと気をしっかり持てよ!」
承太郎の目と俺の【目】を重ねる。
ぐ、と承太郎が苦しげにうめいた。俺の【目】は能力の核、未来視の瞳だ。
それなりの苦痛こそ伴うだろうが、これだけ俺の能力となじんだ今ならば、最強のスタンド使いであるのならば、この程度使いこなしてもらわねば困る。
承太郎は【目】を見開いた。
その瞳には先ほどまで何もなかった空間に、凄まじい火炎をたぎらせるアヴドゥルのスタンドが見えたはずだ。
空気が熱でちりちりとはじける。
3部屈指の強スタンドにして純粋な攻撃力ではDIO以上の生ける災害。
怪鳥が炎を伴って嘶く。
承太郎は「冗談きついぜ」と冷や汗を流した。
だが。
対するは多くのスタンド使いを地獄へと落とした大蛇の呪詛。
真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。
それが許されるだけのスタンドパワーを持つ、ただただ強大であると言う傀儡。
承太郎を守るようにぐるぐるととぐろを巻き、こちらへと流れてくる熱と火の粉を遮断する。
巨木のような蛇体だ。うろこに守られ、生中な刃も届かぬ守りとなって承太郎を覆っている。
宇宙色に輝く瞳が未来を幾重もの筋として見据えている。
さあ、承太郎。
俺の力を使いこなして見せろよ、主人公。
アヴドゥルが軽くこちらを一瞥し、最終確認する。
「手加減は必要かな、二人とも」
「本物のDIOの手下は手加減なんてしてくれないだろぉ?」
「違いない。承太郎もそれでいいな」
「さっさと来な、ブ男」
「……いいだろう。後悔するなよ」
承太郎は、未来視の瞳を鋭く細めて好戦的に笑った。
「そりゃこっちのセリフだぜ、アヴドゥル」