片桐安十郎はスタンド使いである。
数々の犯罪を繰り返した凶悪なスタンド使いだ。
快楽のままに、あるいは愉悦のままに他人を嬲り食い物にしてきた生粋の悪党である。
今回はコンビニ強盗だ。
コンビニなんぞ大した金もないが、片桐が求めていたのはそんなチンケな金などではなかった。
スタンドを使いわざわざ見も知らぬ他人を操る手間までかけてコンビニ強盗をするのは、後から自らの無実を喚き散らす無様な人間を見るのが好きだったからだ。
怯え震える一般人どもを適当に嬲るのもたまらない。
同時に、本当のことを知らず他人を逮捕する警察の無能さを嘲笑う楽しみもあった。
今、路地裏を彷徨いていた無職の男を1人操って、近場のコンビニへと送り込んだ。
片桐は少し離れた街路樹の上から足をぶらぶらさせて双眼鏡を構えている。
くっちゃくっちゃとガムを噛み、特等席で観劇を楽しむ。
ああ、1人無抵抗のガキを人質にとれた。
今回の収穫は二万五千円とタバコが五箱。しけている。
イラついたので店員の男を2回程度切りつけて外へ出て。
瞬間、なにか視界に違和感が───
「ぐげアっ!?」
ふいに横っ面に強い衝撃。
もんどりうって転げ落ちれば、背中に細かい枝が刺さり悶絶。
ようやっと顔を上げて咳き込みながら辺りを見回すと、男が1人、片桐の前に立っていた。
男はイライラするほど整った顔立ちだった。
片桐よりずっと筋肉のついてそうなガイジンっぽいガタイのいい体。ムカつく甘いマスク。
その体格でパリッとした白い服を着ていて、まさに「調子に乗っている」風な様子に胸の奥がムカムカしてくる。
そこで片桐は、ふと男の腕に巻き付く派手な柄の蛇に気がついた。
白い縁取りを持つダイヤ模様。しっぽに奇妙なふしくれだった器官がある。
蛇好きで自らも蛇を数匹飼ったことのある片桐はすぐに気がついた。
あれはガラガラヘビだ!
非常に有名な毒蛇だ。
強烈な出血毒を持ち、嚙まれれば凄まじい痛みと腎機能の低下、血液凝固を阻害されることにより出血も止まらなくなる。
無論人に馴れることはあっても懐くことはあり得ない。
驚きと恐怖に思わず目を見開く片桐に、蛇はシューシューと鳴いて男を見上げるような仕草をした。
「まだ動けるみたいだぜ。どうして一撃で意識を落とさなかったんだよ」
「少し思うところがあってな」
「ああ、スタンド能力の出どころか。別に目で見て分かってるだろ?」
「今回の件はSPW財団にも報告する。それで念の為の裏取りが必要でな」
「あー、未来視じゃ証拠にならねーからな」
蛇が流暢に喋り出すのを見て、片桐はピンときた。
あの蛇がスタンドだ。スタンドの本体はこの目の前の男に違いない。
男は転がったままの片桐を見下ろし、冷徹に言い放った。
「で、お前はスタンド能力をどうやって身につけた?」
自分の優位を疑わない様子に、先ほどの不意打ちも男がやったものだと確信する。
気に食わないなんてものではない。
絶対に楽には死なせない、遊び散らかして無惨に下水道へ捨ててやろうとどす黒いまでの激情で決意する。
片桐はニヤニヤと悪質に笑った。
「あ、あの男がどうなブヘラァ!?」
スタンドの操作を失い倒れ伏すコンビニ強盗の男を指さしながら脅迫しようとしたが、強烈な一撃に断念。
まるで入りも抜きもわからないアッパーが片桐の顎を捉えたのだ。
数十センチも体が浮いた気がする。
上下が分からなくなり、目が回る。平衡感覚もあやふやで起き上がれない。
かろうじて意識があるのがさらにムカついた。
今、アクアネックレスはあのコンビニ強盗の男の中にいる。
スタンドを使っての抵抗はできない。
男は無表情のまま片桐を見下ろしている。
「このままなぶり殺しにもできる。質問に早く答えてくれると手間が無くて嬉しいんだが」
片桐の髪の毛をぐい、と乱雑に持ち上げてわずかに首を傾げる。
その声の調子、節、言葉の選び方ひとつとってもまるで図ったように不自然で、こいつが「本気」なのだという事を片桐へと教えていた。
こいつ、調子に乗ってやがる。
絶対殺す、絶対殺す、絶対殺す!!!
それでも逆らえなくて、片桐は涙さえ出るような気持ちで口を開いた。
「吉良ってやつだ!吉良ってやつに矢で貫かれて、以降だ!力が使えるようになったのは!時期は、たしか5年くらいは前だった」
「吉良という男の姿はどんな感じだった?」
「ジジイだった、気がする。DIOがどうたらとかわけ分からねぇこと言っててウザかったけどよ、この力をくれたことには感謝してんだよ」
「そうか」
男はそれだけ言って思案に暮れた。
片桐のことなどまるで路傍の石でも扱うかのように見向きもしない。
そんな油断がお前の敗因だ、と内心せせら笑ってその時を待つ。
「どう思う、蛇」
「どうもこうもあるか。運命の小さな結節点、吉良吉影の関係だろ。俺の目でも確認できてるぜ」
「やはりそうか。面倒な……直接大本を叩ければどれだけ楽なことか」
「下手に運命を変えればどう揺り返しがくるか分からん。一つ一つ解いていくしかねーだろ。来たる大渦に向けた準備運動と思えばいいさ」
「そう、だな」
片桐のスタンド、アクアネックレスが男の足下の側溝からするりと立ち上って背後を上り、口元へ。
「死ねェ!ビチグソ野ろ」
「───スタープラチナ・ザ・ワールド」
片桐がセリフを言い終わる前に、全てのことは済んでいた。
「カッ……」
凍り付いた時の中で全身を殴打され既に意識すら失った片桐を、男は感慨なく足で蹴り転がした。
「ここ最近で一番つまらない仕事だった。さて、この男はSPW財団に引き渡すか、それとも」
「かなりどうしようもない男だぞ。始末したほうが良くないか?」
「そうだな。ここでSPW財団に引き渡してもあまり良い未来は【見】えない。処分したほうが後顧の憂いもないか」
「……近頃思うんだが、お前の戦闘方法がアサシンに近くなってきたよな。攻撃動作を敵に見られないようにしてる的な意味で」
「そうか?いや、徐倫がいるときは教育に悪いから変なものを見せないよう気を付けてはいるが」
「それ以前にさぁ、敵の無残な姿とかどの角度から見ても教育に悪いだろ」
「敵に下手な容赦はしないほうがいい。徐倫にもそういう心構えは早めに身に付けさせておいた方がいいだろう」
「もっともだけど、もっともなんだけどその教育方針は戦国時代のソレだと思うぜ!!」
なんて、和気藹々とした声も聞こえるはずもなく。
片桐安十郎は生涯を終えることとなったのだ。
次回はみんなの露伴先生回