「露伴先生、いるか」
「承太郎さんじゃないか。ようこそ。僕の方も準備はできていますよ」
現在、俺たちは杜王町にある一軒家、露伴宅にお邪魔している。
一般的な作りのチャイムを鳴らして現れた岸辺露伴その人に、俺はぺこりと頭を下げて挨拶した。
「邪魔するぜ。原稿の方の予定の合間を縫って時間を作ってもらって悪いな」
「この程度、僕にかかればどうという事は無いということですよ。ああ、そうだ。今週のピンクダークの少年は貴方をモチーフにしたキャラを書かせてもらいましたよ」
「見た見た!発売初日に承太郎の金で買って読んだぜ!」
「是非とも感想を聞かせてもらいたい。次の創作のネタにするんでね」
「おうともよ。今回も最高だった!後で語らせてくれ」
露伴に手招きされ、ありがたく露伴宅の中に入る。
中は映画に登場する洋風屋敷のように整理整頓されており、奇妙な統一感を醸し出す芸術家の感性を感じられるものとなっていた。
入ってすぐの窓側、大きな白い壁紙の上に大判の紙が張り出してある。
その下にある作業スペースの椅子に腰を下ろし、露伴は目線だけで俺たちへと指示した。
指示に従い、その手前に用意してあった簡素な丸テーブルとパイプ椅子の方に座る。
どうやら俺たちのために急遽用意したらしい。
あるいは、もしかすると編集者などがきた時もこうやって打ち合わせするのかもしれない。
露伴は一つ頷いてゆっくりと喋り出した。
「あなたから貰った未来についての資料をもとに、僕のスタンドで調査を行った」
背後に浮かぶスタンド像は白い少年の姿をしている。
岸辺露伴の作、「ピンクダークの少年」の主人公そのものだ。
露伴は手の中でペンをくるりと一回転させて言葉を続けた。
「あなたのスタンドの欠点はそれが「目」であることだ。音や味、他人の心情は分からない。違いますか?」
「……その通りだ。アルカナテラーの目はあくまで視覚情報に頼っている。無論様々な周辺情報から補うことは可能だが、限度があることは確かだ」
これは俺の能力の唯一の欠点であると言っていい。
未来を見ることはできても、その中の音や匂い、味など視覚情報以外を読み取ることはできないので情報の欠落が少々あるのだ。
喋ってる内容ぐらいは読唇術でなんとかなるが、どうしても無声映画的にならざるを得ない。
「そこで僕のスタンド、ヘブンズドアーを使った調査を依頼したと」
「そうだ。先生のスタンド能力は非常に有用だ。8年前に吉良吉廣にスタンドの矢で射られたことがここまでの利となるとは皮肉なことだが」
目による予知、そこの情報の穴を埋めるヘブンズドアー。
この協力体制が敷かれたのは岸辺露伴が矢に射られて一年後、彼が12歳の時のことである。
突然不良じみた大男が中学生と密会するようになったものだから、露伴は周囲から随分心配されたとか。
俺らは【目】で見てのスカウトだから、相手方からしたら突然脈絡なく赤の他人が押しかけてきたようなものだからね。
露伴は壁に張り出した大判のシートを指差して言った。
そこには幾重もの樹形図のようなものが記されている。
「これは承太郎さんから渡された情報を僕なりにまとめた未来のルート分岐図です。Aが音石明が財団の矢を奪ってから、吉良吉影と対立し双方の陣営の殺し合いになるルート」
するりと指を移動させ、隣の線を指差す。
「Bが音石明が吉良吉廣の矢を奪うも奪還され、危機感を覚えた吉良が姿をくらますルート」
「この未来は厄介だ。なるべくなら避けたい」
「僕もそれをお勧めしますよ。なにせ奴の行動理念からしてどんな凶行に及ぶか分かったものじゃない。と、すると……」
露伴は言葉を切った。
言いたいことが承太郎と一致しているのを確認したからだ。
「音石明が吉良吉廣の矢を奪った瞬間、こちらが矢を横取りする。それが一番被害を少なくする方法でしょうね」
フン、と分かり切っている結論をなぞるようなそっけない態度で露伴は顔を背けた。
承太郎の様子から、それがとっくに出ていた結論だと悟ったからだ。
「そして、今のところそれらのルート全てが「大渦」と呼ばれる世界の終わりにつながっていると。それは蛇足になるか」
露伴は皮肉げに笑ってペンを机に置いた。
その机は整理整頓され、描きかけの原稿の続きらしきものが丁寧に積み上げられていた。
「見事だ。俺は線や紐といった捉え方はあったが、「ルート」……道筋でとらえる発想は無かった。そうか、そういえばゲームでも展開分岐のことをルートといったな」
「承太郎さんもゲームをするんですか?」
「知り合いにゲームマニアがいるものでな。定期的に付き合い程度にプレイしている」
「そうだったんですか。意外だ、あなたはそういうものには興味がないタイプだと思っていましたよ」
言葉の通り、承太郎はゲームに疎い。
花京院に特定ゲームの予習を命じられでもしない限り、家でも自発的にやろうとはしない。
もちろん地頭が良いため花京院が語った最近のゲーム事情やら各種ゲームの攻略法、プレイ手法なんかは全て覚えているようだが。
……うーん、そう思うと全然ゲームに疎くないな。むしろ準マニアぐらいの知識はあるわ。
本人は友達の付き合い程度の認識だけどな。
「ちなみに俺は承太郎と違ってゲーム好きだぜ」
「……そうか、仗助のやつが作っていた奇妙なコントローラーはアルカナテラーさんのための物でしたか」
「そうだぜ。蛇の体じゃ人間用のゲームなんてまともにプレイできないからな。あーあ、俺にスタープラチナぐらいの精密動作性があればなぁ」
ぶらぶら尻尾を振って嘆く。
ゲーム好きとしては致命的だ。6部のスタンド、フー・ファイターズのように人間の体を持てればそれが一番なのだが、俺はそんなことできないし。
「悪いね、僕のヘブンズドアーはスタンドには書き込めないんだ」
「さすがにゲームしたさに露伴先生に頼ろうとまでは思わんさ。その力の有用性と漫画家としての忙しさを考えればな」
「この程度僕にかかれば数秒のことだが……そのリスペクト精神はありがたく受け取りますよ、アルカナテラーさん」
露伴はなんだか妙に偉そうに胸を張って答えた。
この先生も性格の方向性がかっ飛びすぎててよく分からん。良い悪いとかでないのは確かなのだが。
「それより、この結節点を早めに処理することはできないんですか?現実において律儀にルートを守る必要はないと思うんですが」
「スタープラチナの時留めを用いれば小規模な結節点なら変更が可能だ。だが問題もあってな」
露伴先生の言い分はもっともだ。
分かっているなら早めに対処するのが一番。わざわざルートに従って攻略していくなんて馬鹿らしいことこの上ない。
だが、そうは問屋が卸さないのだ。
「【揺り返し】が来るんだよ。ルート全部に波及する、未来の組み換え現象が。運命の変更は最小限にとどめておかないと俺らでも把握が追い付かなくなる」
「……なるほど。運命を変えるのもタダではないと」
「そうだ。だから最小限を見極め、最大限効率が良い場所でのみ運命を変更すべきだ」
ジョジョ世界における運命は一筋縄ではいかない。
変更にはそれ相応の「覚悟」が必要なのだ。
「もし運命の大渦、時の加速の運命を変えられたのなら、その影響がどこまで及ぶか想像もつかない。下手すりゃ遠い過去まで組み変わって歴史改変、なんてことにもなりかねないんだよ」
俺がそういうと、露伴はふむと少しばかり考え込んでから頷いた。
分かるぞ、内心「これは漫画のネタに使えるな」と思ってるだろう。
露伴の指がぴくぴく動いているあたり、もう今から書き溜めたくて仕方ないはずだ。
その衝動を珍しく──本当に天変地異レベルで珍しく──堪え、露伴は顔を上げた。
「さて、僕は言われた情報は集めました。対価をいただきたい」
「ああ。もちろんだ」
承太郎は椅子に座ったまま目を瞑り、無防備に右手を差し出した。
その手を取り、ゴクリと緊張に生唾を飲んだ露伴が叫ぶ。
「ヘブンズドアーッ!」
ぺろり、ぺろり。
玉ねぎの皮が剥がれるように皮膚が薄く剥がれていく。
そこにびっしりと書かれているのはこれまでの承太郎の生涯だ。
真に迫るリアルさで承太郎の経験、思い、歩みが書かれた世界最高の伝記がそれだ。
露伴は慎重にそれを一枚一枚めくっていく。
「まずは聞いていたエジプトでDIOとかいう吸血鬼を倒したという件は……これか!」
目が興奮からイッちゃってる。
露伴先生ってこれだから凄いよね。天下の奇人って感じで。
「すごい、凄いぞ!本物の吸血鬼!動物のスタンド使い!冒険に次ぐ冒険!まさに宝の山だ!ああ、創作意欲が湧いて湧いて止まらない!メモ帳はどこへやったか、書き留めなければ!」
もう興奮しすぎて何も聞いていないみたいな様相だ。
これを見て動揺一つしない承太郎はどうなってんだ。
少しばかり不安になって、俺は露伴に釘を刺すことにした。
「言っとくけど、ページは千切っちゃだめだからな!」
「…テラーさん、分かっていますよそんなこと。……ああでも手元に置いておきたい!これは千の冒険活劇よりも真に迫る、この世で最高の資料の一つだ!少し、少しくらいなら」
「千切っちゃだめだからな!ダメ!だからな!!」
「この最後の宴会のシーンだけでも…」
「だめっつってんだろうが!見ていい時間は2時間も取ってあるんだから、その間に何かに書き写せばいいだろ!!」
多忙な最強のスタンド使いの時間を2時間も拘束するのだ。
金銭に換算したら相当な額になるだろう。
ヘブンズドアーの唯一無二性を鑑みても、対価としては十分すぎるくらいのものになっているはず。
「2時間!十分に時間を取ったつもりだったが、今思えば短すぎた!なんてことだ!」
「また頼みたいこともある。そちらも協力してもらえるのなら俺のジジイもつれて来よう」
「乗った!」
「まだ契約内容も提示してねーよ。落ち着け露伴先生。つか承太郎お前、ためらいなくジョセフさんを生贄に差し出すなよ」
ちなみにだが、勝手に対価にされたジョセフさんは現在エア・サプレーナ島で鍛え直しの刑にあっている。
元は承太郎の要請で大渦に向けての戦力増強のためだったのだが、スージーQさんが「性根を叩き直す」方向に乗っかってしまったのが運の尽き。
老体を酷使してヒイヒイ言いながらの波紋訓練となってしまったのだった。
哀れジョセフさん。
「それより本当にいいのか、先生。未来を垣間見るという対価で無くて」
「……言ったはずだ。僕は未来なんて見たくもない」
承太郎の言葉に露伴は嫌そうに首を振った。
「作品が完結するというのはいつだって嬉しいものだ。それを見届けることこそが漫画家の本分だ」
「未来視でそれが見られるというのに?」
承太郎がからかっているとわかったのだろう。
露伴はふん、と鼻白んだ様子で視線をずらした。
「未来視で見られるのは終わりだ。その作品の終わり。その人物の終わり。その物語の終わり。終わりなんて誰が好き好んでみるものかよ」
いわく。
完結と終わりは違う。作品は完結してなおその世界を広げていくものだが、終わりは単なる終わりでしかない。希望がない。
「まあ、承太郎さんの終わりを見つめ続けられる精神性には僕も素直に尊敬の念を抱きますがね」
「ありがとう、と言っていいものか迷うな」
「貶しながら褒めるとか露伴先生ってホント器用だよな」
お前頭おかしいよ、と精神力がすごいですね、の合わせ技だ。
どっちも本音なあたり始末に負えない。どんな捻くれ者だ。
「そうだ。読み終わったら一つサインをくれないか。先生の大ファンがいてな、サインを頼まれていたんだ」
「承太郎さんの知り合いに僕のファンが?客層が違う気がするが、そういうこともあるか」
「ちなみに今露伴先生が読んでる「花京院典明」がそのファンだぜ。先生が望めば記憶も読ませてくれると思うぞ」
「!!!!なるほど。1つでいいのかい?いくらでも書くが」
サッと追加の色紙を奥から取り出した露伴に俺はぶっと吹き出した。
「凄い現金で笑うんだが」
「吸血鬼に肉の芽とやらを埋め込まれた生き証人だぞ!?絶対に読みたい…どんな感じがしたのか、悪に心を操作されるとはどういった心境なのか見てみたい……!」
「うん。それ花京院に言ったらマジのエメラルドスプラッシュだからやめような」
「それは確かスタンド技の……それはそれでありだな。経験としては非常に美味しい。怪我の程度によっては休載になるのが痛いが……」
「本気で思案するとはさすがは漫画家だな。仗助にぼこぼこにされて喜んでいた時も思ったが、先生のプロ意識には頭が下がる」
承太郎のそれは皮肉なしの天然100%の賞賛だ。
露伴みたいに言葉の裏に「お前頭おかしいよ」が入ってないあたり、元の性格の良さが滲み出ている。
それにしても天然だが。
「仗助のやつに?そんなことをされた記憶はないが」
「……すまない。別の未来でそういうことがあったからつい口から出てしまった」
「反りが合わないらしくてな、未来を見てると先生ってば高頻度で仗助にぼこぼこにされるんだよなぁ」
「これだから素行が悪い奴は困る。だが……ぼこぼこか。それは激怒したスタンド使いに、ラッシュを受けてという事ですよね?」
「そうだけど。待て!それも考えんのかよ!?無しよりの無しだろ!?」
「かなりの汎用性のある体験……仗助に頼んで一回は……いやそれじゃあだめだ。本気で激怒してないとリアルさが無い。殴られ損だ……やはりわざと煽って」
「ストーップ!危険思想禁止!先生の掲載紙は健全な青少年が対象だろうが!!承太郎も止めろよ!微笑ましそうな顔すんな!表情筋バグってんのか!?」
それからきっちり2時間後、俺たちは露伴宅を後にした。
色紙は4枚。
スタクル全員を連れてきて欲しそうな露伴の様子に、承太郎が遠慮なく仲間を売り渡した形になる。
大渦のためとはいえ容赦がなさすぎる。気心知れた仲にも礼儀ありだぞ、承太郎。