「あああああああっ、このクソ蛇がァァア!」
ガリガリガリガリ、と頭を掻きストレスのあまり絶叫する男が一人。
名を吉良吉影。
植物のような心で日々過ごすことを望む、快楽殺人鬼である。
「そういうなよ、吉良吉影。おれはお前の相棒だぜ?」
「黙れ!!くそっくそっくそっ、お前の本体はどこにいる!」
「さあな。探してみたらどうだ?」
「ぐ、ぐうううううああああ!!!」
爪が伸びていく。過度のストレスが異常なまでに爪へと影響を与えたのだ。
その異様を俺はせせら笑い、さらに吉良のストレスは加速していく。
吉良は深いクマに血走った眼で俺を睨みつけた。
無駄だというのに。
この不幸は初め、俺という煩いストレッサーが増えたことによるものだけだった。
しかし、俺の未来視を用いた誘導によって細かい不幸が重なっていく。
服のボタンを無くした、手の綺麗な女性を不運にも見失い、彼女にできなかった。etc。
それら全てが吉良の精神を蝕んでいった。
吉良は思っていることだろう。
この蛇だ、この蛇が来てから全てが狂い出した!と。
「おいおい吉良吉影、ネクタイがズレてるぜ?いいのか?」
「ッ余計なお世話だ!お前は口を開くなァ!!」
「断る。ほらほら、写真の親父も心配そうにお前を見守ってるぜ?最近お前の独り言がひどいから」
「ッ……」
蛇は瞳の中にいるからして、いかにスタンド使いと言えど吉良以外の人間には蛇は見えないのだ。
理解者がいない、という状況は余計に吉良へストレスを与えていく。
おろおろとした写真の親父が、本当に心配そうに両手を所在なさげに揺らしながら問いかける。
子供思いな事だけは間違いない、歪な愛情が窺える。
「ど、どうしたんじゃ吉影。ここのところのお前は様子が変じゃぞ」
「煩い!っ、矢を空き巣程度に奪われた分際で!私はもう行く!」
「そ、それは……ああ、気をつけてな吉影……」
写真の中で吉良吉廣がしゅんとちいさくなった。
可哀想に、電気を使った一瞬の出来事だったので、機動力に劣る写真の親父にはどうにもできなかっただろうに。
乱暴に扉を開けて出ていく吉良吉影を、写真の親父は悲しそうに見送っていた。
「お、この道、ということはいつもの靴屋に行くのか?」
「だったらどうした」
「なに、破滅はすぐそこだと思ってな。俺は未来を見る蛇だ。お前も見るか?」
「その手には乗らない。お前の見せる未来など見るものか」
「……そうか。残念だな、吉良吉影。見てなお踏み越えることができたなら、お前は自由の身だったのに」
「お前の言葉は嘘と欺瞞ばかりだ。聞く価値がない」
「くくく、言うねぇ」
靴屋に着くと、吉良は持ってきた大きな紙袋から一昨日着ていた服を取り出してテーブルの上に乗せた。
この靴屋は原作にも登場した店で、幾許かの料金で簡単な服の仕立て直しなども行ってくれるのだ。
家から近いし料金もリーズナブルで、吉良もよく利用しているらしかった。
この上着の袖のボタンが取れてしまってね、と店主さんに服を渡す。
「はいはい、それなら一日ほどいただきますよ。他に出すものはありますかな?」
ついでに他のズボンの裾を直してもらおうと持ってきていたので、吉良はそれもテーブルの上に並べてみせた。
「では一点ずつ見ますので、あちらで少々お待ちください」
その僅かな待ち時間でさえ今はイライラを加速させるのだろう。
トントンとらしくない貧乏ゆすりを繰り返し、吉良は爪を気にするそぶりをした。
そしてしばらく後、隣の部屋で座って待っていると、ほかの客が来たのか外が騒がしくなった。
「あ、承太郎さん。探していましたよ!僕、アルカナテラーさんのことで話したいことがあって!」
「……アルカナテラーの?」
外でゆるりと歩く承太郎を見つけ、康一は駆け寄って話しかけた。
用事があるとかで家に帰った──おそらくドラゴンやら小道やら、漫画の格好のネタをまとめるためだろう──岸辺露伴の代わりに、承太郎を探していたのだ。
今日見たドラゴンをすぐにでも承太郎に報告せねば、という義務感だ。
康一はごくりと唾を飲み込んで、慎重に彼のスタンドに起きた異変について話し出した。
「あなたが「振り返ってはいけない小道」に派遣したというテラーさんがですね……」
「ドラゴンに成長していたか?」
「……!?知っていたんですか!」
何でもないことのように続けられた言葉に康一は驚愕した。
あんな凄まじい怪物みたいになっていたのに、それを放置して大丈夫なのだろうか。
承太郎はこくり、と常の無表情で頷いて口を開く。
「ああ。蛇から詳細は聞いている。かつて怪異だった頃の姿にまで成長してしまったのは予想外だったが、アレなら問題ない。俺の方に竜を支え切れるだけのキャパシティがないのには忸怩たる思いだが」
どこか悲しみにも似た感情が彼の瞳から感じられるような気がする。
何が悲しいのか、どうして悲しいのかはわからない。
ただ、蛇に対して「申し訳ない」と感じていることだけは康一にも分かった。
ああなってしまったとて、俺のスタンドであるのは変わりない、と。
ポツリと漏らす承太郎の静かな声。
「なんにせよ、アレならかつてのようにこの街に災いを振り撒くこともないだろう」
「悪いな康一君、心配してもらって」
ヒョイッと顔を出したアルカナテラーがニッと笑って場の空気を持ち上げた。
「そうですか。いえ、知っていたならいいんです」
「ああ、そうだ。今から件の殺人鬼に会いにいくんだが、一緒に行くか?」
わざと明るい声色に、ああ、自分もクヨクヨしてないで明るくならねば……なんて思ってすぐ。
「──え!?!?」
殺人鬼、というワードに驚愕の声が押し出されてしまった。