あれから、ジョルノは紆余曲折ありイタリアギャング・パッショーネの入団試験を受けることとなった。
監獄を居城とする巨漢の幹部ポルポからちっぽけなライターを一つ受け取り、自らの学校の寮へと戻ってきたところからことは大きく動き出す。
ポルポからの指令は一つ。ライターの炎を24時間消さないこと。
簡単なようでひどく難しい、ギャングらしい入団試験だ。
そこでふと疑問が残る。
24時間火を守れとはいったものの、見張るものがいない状況で受験者が再点火しないなど誰が言いきれるだろうか。
一旦消えたら再点火しないよう細工されているならまだしも、そのライターは何の変哲もない安物だ。
受験者の不正を暴く装置があるとはとても思えない。
ジョルノの疑問に答えたのは、再点火された瞬間に現れた、黒い一体のスタンドであった。
「お前、『再点火』したな!」
黒い人型スタンドはそう咎めるように言って、何の非もない清掃員の老人につかみかかった。
ずるり、と犠牲者から魂のごとき無形のものを引きずり出し、口を開く。
そうして口の中から舌の代わりにぞろりと出てきたのは、なんらかの鏃に似た、黄金のなにか。
それを引きずり出した老人の魂に突き立てようとしたその瞬間。
「スタープラチナ・ザ・ワールド……そして時は動き出す」
瞬きの間に、老人は忽然と消え失せていた。
狼狽して周囲を見渡すジョルノが見たのは、日当たりのいい広場のベンチに腰掛ける白いロングコートの男──「承太郎」と、急に切り替わった景色に驚いて周囲を見渡す老人の無事な姿であった。
承太郎はゆったりとベンチで足を組んでから、ジョルノに言った。
「パッショーネもとんでもない入団試験を設けているな」
その口調から、承太郎が一連の流れのすべてを何らかの能力で見ていたことを理解した。
ちょっとばかり面白くないが、それでも罪のない人がジョルノのせいで死んでしまう事態は防げたのだ。
ジョルノは油断なく黒いスタンドを見つめたまま、わずかばかり頭を下げてみせた。
「助かりました。僕のせいで犠牲者を出すのは心が痛みますから」
「ふむ。余計な手出しにならなくてよかった」
黒いスタンドがジョルノの方へと向き直った。
そして「お前も『再点火』したな!」とその矛先をジョルノへと変える。
承太郎が静かにすべてをつまびらかにするような、深淵に似た口調で言う。
「奴のスタンドは『ブラック・サバス』。遠隔自動操縦型で、影を媒介に対象者の魂をつかむ能力と、影に溶け込んで自由に移動する能力を持つ」
「!?」
ジョルノは思わず振り返りたくなる衝動を、なんとか黒いスタンドへの危機感で堪えることができた。
この男、ポルポの能力まで知っているというのか!
「……先ほど、僕は奴が口から出した異様な力を感じる矢にスタンドを貫かれかけた。あの矢も奴のスタンド能力か?」
「いいや。あれはスタンド能力ではなく、力ある『矢』を武器として使用しているに過ぎない」
かつり、かつり、と石畳に足音を響かせてブラックサバスがジョルノへと近づいてくる。
承太郎の声は実に平坦だ。
「私の目的の一つも、このポルポが持つ矢を奪取することだからな」
「…何に使用するつもりです?」
「主に研究用だ。スタンド使いはなぜ生まれるのか、どのようにして生まれるのか、その究明がメインだな。歴史的にどのように所持者が変遷してきたかも興味深いところだ」
「なるほど。危険はないとはわかりましたが……あなた、研究職かなにかで?」
「そのようなものだ」
「承太郎は歴史学者だ。スタンドの歴史を研究してるから、通常の学会では顔をあまり出せないけどな」
「!?」
承太郎がマフラーのように首に巻いていたスタンドらしき蛇が、むくりと起き上がってカラカラ笑った。
喋った!この蛇型のスタンドも言葉をしゃべることができるのか!
「改めて紹介しよう。こっちはアルカナテラー。蛇型のスタンドで、能力は未来視」
そこで、飛び立った鳥がちょうど承太郎の座っているベンチとブラックサバスとをつなぐ位置で飛行して。
一瞬、影が交わりかける。
「スタープラチナ・ザ・ワールド」
鳥の影に乗ったブラックサバスが承太郎たちの陰に到達するより前に、承太郎は向かいのベンチへと瞬きの間に移動を果たしていた。
ジョルノは冗談めかして問いかけた。
「とても未来視だけが能力には見えませんが?」
「そちらは企業秘密だ。すべてが明らかでも面白くないだろう?」
「そうですね。こちらとて伏せている札の一つや二つありますから。当然の配慮ですね……もっとも、あなたには既にバレているのかもしれませんが」
「くくく。どうだろうな、ジョルノ・ジョバァーナ」
ジョルノは振り返って無防備に近づいてくるブラックサバスに、ラッシュをたたきこもうとするも、ギリギリのところで影に逃げられてしまう。
「ゴールド・エクスペリエンス!!!」
もう一度、足をオトリに一瞬出てきたところをゴールド・エクスペリエンスで狙うが……手を掴まれかけ、断念。
「っ、なんてパワーだ!」
拳などでは攻撃してこないが、あのスタンドの押さえ込むパワーは並ではない。
それこそ近距離パワー型でも一握りしか脱出できないはずだ。
「恐ろしい力だ。完全に掴まれたら脱出できないかもしれない……」
そう漏らすと、承太郎が不思議そうに首を傾げた。
「君は生み出した生物が受けたダメージを対象者に反射する力を持っていたと思うが」
「……あの矢に刺されてから、うまく言えないんですが、ゴールドエクスペリエンスが変質したんです」
「変質?」
「ええ。おそらく今の僕ではその力を使うことができない。感覚でしかありませんが、そう確信できる」
「矢の力か。おそらくレクイエムへ至るための経験値が足りなかったために起こった現象だろう。興味深いな」
「レクイエム?」
「十分な経験と精神エネルギーがあれば、矢が刺さったスタンドは進化ともとれるような劇的な変化を遂げる」
そう承太郎がいうと同時に、蛇がベロリと口から『矢』を出した。
「それはブラックサバスと同じ…!」
もう一度攻勢をかけてきたブラックサバスから逃げ切るジョルノ。
日は傾いてきて、もう夕暮れだ。
日没は近い。
承太郎は立ち上がり、ジョルノの背後に立って囁いた。
「ここであきらめるか?」
「まさか。……僕には叶えたい夢がある。こんなところで立ち止まっている暇はない!」
即答だった。即答しなければならなかった。
そうでなければ魂が死ぬと、ジョルノはそう思っていた。
「私の財布は持っているな?」
「…?どういう意味です、今更返せなんて言いませんよね」
「中に名刺ケースのようなものが入っているはずだ。それを使え」
使え、という言葉にジョルノは眉を顰めた。何をどう使うと……。
ひたひたと伸びる影がブラックサバスの行動範囲を広げていく。
「使え……?いったい何の」
そこまでいいかけて、ようやっと気がついた。
わずかな凹みに凹凸のスイッチがついていて、それを押すことができる作りになっていたのだ。
押せば、目もくらまんばかりの光。
「これは!」
「特別製のカードケース型の懐中電灯だ。光量が売りでな。太陽光の性質も備え持つ特殊な代物だ」
本来は対吸血鬼用の発明品なんだが、という言葉を軽く聞き流し、ジョルノは走り出した。
誘導するのは中央、大きな街路樹の影だ。
走り回るジョルノと懐中電灯によって誘導されたブラックサバスが、次々に潜む影を変えていく。
幾度か足をつかまれそうになる機会はあったが、スピードと掴まれた肉ごとそぎ落とす暴挙で乗り切っていく。
無人の広場を全力で2周半。 ジョルノは大木の前で弾む息を鎮めた。
盛り上がる影がこちらへ迫る。
無防備で立ち尽くすジョルノに向かってブラックサバスが手を伸ばし、
そして。
「5、4、3、2、1、……0だ」
数センチ先まで迫っていたブラックサバスの手に、夕焼けの光が一気に舞い込む
走り回っている間にゴールド・エクスペリエンスで干渉しておいた大木が一気に朽ち、影が光に代わったのだ。
光を浴び、ぎゃあああああああああ、とブラック・サバスの絶叫が響き渡る。
暴れるブラックサバスにほう、と感嘆の声を上げる承太郎へと、ジョルノが声をかける。
「そこ、邪魔だからどいてください」
「くく、わかった。やるなら徹底的に、だからな」
「ええ」
ジョルノが拳を構える。シンクロするようにゴールド・エクスペリエンスがこぶしを握りしめた。
無駄無駄無駄無駄無駄!!!
ブラックサバスに叩き込まれるラッシュの嵐に、承太郎はわずかばかり微笑んで「見事だ、ジョルノ・ジョバァーナ」と夕焼けに溶けるようにつぶやいていた。
次回、暗殺チーム買収