ぱかりと開けられたスーツケースの中身を前に、ホルマジオは「う、おおお……」と慄いた。
「これは手付金だ。実際に財団と契約を結んでもらえるならその10倍の金を用意している」
机を挟んだ男の泰然とした様子に、ホルマジオは視線を左右にせわしなく移動させてリゾットを見た。
目の前の大金は幻ではなく、依然としてチーム全員の目の前にどんと物理的重量感を伝えている。
「マジかよ、おい、どうする……?」
「………」
突如リゾットのチームのアジトを訪ねてきた男は、SPW財団に所属する未来視のスタンド使い、空条承太郎と名乗った。
はじめはどこの鉄砲玉かと疑い、軽く心臓を抉り出して飾ってやろうとペッシにスタンド発動を命じたのだが。
男はペッシの釣り針を心臓に引っ掛けられながら顔色一つ変えず、持ってきたスーツケースを机に広げて言ったのである。
「君たちの実力を見込んで言おう、財団に来ないか」と。
承太郎、と名乗る男は足を組み、妖しい色香をまといながら薄く笑った。
「これは訓練を積んだスタンド使いの一団に払う適切な報酬だと私は考える」
スーツケースの中身、約100億リラ(6億円)。
全員で割っても14億リラ(8500万円)だ。
「ただでさえスタンド使いというのは希少だ。特に己の力をただしく理解し、その力を研磨しようという向上心を持つものと条件を付ければもはや値の付けられないほどの価値にすらなる」
「だといいのだがな」
リゾットは答えた。
そううまくはいかないのがこれまでのリゾットたちの歩みだったからだ。
もし男の言う通り希少なスタンド使いとして正当な金額を払われていたなら、リゾットのチームはこんなことにはならなかった。
男はわずかばかり沈黙し、瞬いた。
リゾットの言葉の意図するところを考えているのだろうか。
「SPW財団は、現在世界におけるスタンド使いの凶悪犯罪の防止に向けて取り組みを進めている。よって、スタンド使いによるスタンド使いの自治、取り締まりを行う組織の拡張・強化は急務だ」
スタンド使いの取り締まり。
予想外の言葉を聞いて、チーム全員にわずかに動揺が走った。
もし実施されるのならスタンドにて犯罪行為を行うこのチームには脅威になる。
「その中で君たちという人員はまさにSPW財団が欲しがっていた人材そのもの。まさに喉から手が出るほど欲しいというわけだ」
「……どういうことだ。その話が本当なら、我々は取り締まり対象にあたると思ったが」
「蛇の道は蛇というだろう。それに快楽だけを目的に殺しと盗みとを繰り返すゲス野郎と君たちは違う」
「っ、そうだな。メローネもイルーゾォも、皆仕事には誇りを持っている」
リゾットは同意した。
それが無ければ本当にただのゲロ以下のクソ野郎に落ちてしまう。我々は違う。誇りをもって仕事に取り組んでいるのだと、そういった自負がリゾットにはあった。
「SPW財団取り締まり組織の責任者でもある私、空条承太郎から君たちを正式に勧誘する。我々とともに仕事をしないか」
男は厳かに、救いのように、リゾットたちに問いかけた。
それは何より甘美な誘惑のように思えた。
それをリーダーとしての矜持で振り払い、男に問いかける。
「パッショーネは裏切り者を許さない。お前たちのところへ行ったところで、差し向けられた追手から逃げ切らねば意味がないだろう」
「それについては心配いらない。我々SPW財団の抱えている人員には、対スタンド使いの戦闘経験が豊富なスタンド使いも多い。追手はこちらで請け負うので、ほとぼりが冷めるまで財団傘下の保養地で羽を伸ばすのもいいし、戦闘に参加してくれてもいい」
男は机に7部ある分厚いこぎれいなパンフレットを放った。
表紙には「SPW財団 福利厚生・制度・オフィス」と印刷されている。
一ページめくればしっとりとしたオフィシャルな字体で書かれている文字。
SPW財団は職員をしっかりと支え、職員個別のライフステージに合わせた働きやすい環境整備のため、さまざまな制度を設けています。
「…………うぉ……」
なんか変な汗が出てきたイルーゾォが、それを1部手に取り震える手でページをめくっていく。
財団の保養地一覧のパンフレットには世界の名だたる観光名所がずらりと並び、また、その施設はスタンド使いが財団職員となるなら自由に使用していいのだという。
負傷が多い実働部隊ではあるが、財団には治療にあたるスタンド使いも在籍し傷病に対する備えも十分。
報酬額も文句なし。
他にも表の組織ならではの各種福利厚生が充実しており、老いて働けなくなった後も暮らすには十分な支援が得られる。
「お、おい、これ見ろよ、どんな高級街にアジト構えても家賃払ってくれんだと……表のイイとこの会社とかであるやつだろ、聞いたことあるぜ…」
と謎の戦慄に震えるホルマジオ。
パッショーネに「福利厚生」の四文字は存在しないので、出る金も当然報酬のみ。
出張旅費だとか交際接待費だとか、そんな必要経費を払ってくれる制度などないのである。
唯一支給品の銃器だとか物件は無いではないが、ベストとは程遠い。
下っ端のペーペーが使ってるぐらいのもので、上の立場になれば当然自分用のものを自腹で手に入れるのである。
必要経費を会社が払ってくれるというのは、ホルマジオの中ではある種「ホワイトワーカー」的なイメージを想起させた。
クリーンでハイソサエティ、お綺麗な世界が目の前に突如出現し、ホルマジオは恐れに立ち尽くしていた。
今更自分が?なんか清潔で高いビルの中で書類とかに囲まれて過ごすのか?
などと謎の空想に悩まされていることを知るのは本人以外誰もいないのである。
逆にペッシは保養地の高級レストラン無料出入り自由の文字から目が離せない。
世界各地の悪人の心臓をちょろっと釣って、残りの時間は保養地のよりどりみどりなレストランで美食に明け暮れる。
口に馴染むイタリアの郷土料理から、中華、フランス料理、エトセトラ。
金持ちが侍らせているようなパリッとしたスーツの執事がペッシにワインを注いで、その銘柄を教えてくれるのだ。
「ペッシ、口からよだれタレてんぞ」
「!!!あ、兄貴…」
プロシュートにバシリと一撃頭をはたかれ、ペッシはようやく我に返った。
そういうプロシュートも、提携しているレストランにスタンド使いが営むイタリア料理店があるという文面を見て目を見張っていたが。
効果は料理を食べたもののあらゆる病の治癒と破格のもの。
軽い疲れから重篤な病まで癒し、さらには味も絶品ときたら、驚くなというのが無理というもの。
イルーゾォも黙ってはいるものの目がスーツケースに釘づけだ。
特段の帰属意識もないメローネが「決まりだな」とうなずいた。
「……話がうますぎる。何考えてんだテメー」
そう口を出したのはギアッチョだ。
理屈立てて考える彼からすれば当然の疑問だ。
しかし承太郎と名乗る男はすまし顔でギアッチョの不審を一刀両断する。
「この話がうますぎるというより、パッショーネのスタンド使いの地位が低すぎるというのが正解だろう。矢にかまけて人材を軽視しているとしか言いようがない」
それはそう、とギアッチョは反射で思った。
どう考えても安値で買い叩かれてる、間違いない。
反論の目が秒で潰え、ギアッチョは黙らざるを得なかった。
「………この金をもって俺たちが姿をくらませないとでも信じてんのか」
「もちろんだ。これ以上の金を得られる機会をみすみす逃すほど君たちは清貧というわけではあるまい」
「……」
いよいよもって、断る理由がなくなった。
全員が全員、浮き立つ心を抑えきれずチームリーダー、リゾットを見た。
リゾットは沈黙し、熟考する。
ソルベとジェラートがボスに処刑されて半年。
リゾットたちのチームは安い報酬、劣悪な環境、難しい仕事に辛酸をなめ続けていた。
それぞれの能力の高さゆえに今まで潜り抜けてきたが、いつ欠員が出てもおかしくない仕事もあった。
今、例えばこの話を受けたとする。
それは仲間の死を忘れて他組織へと逃げてしまうことになりはしないか。薄情者の負け犬へと成ってはしまわないか。
リゾットにはそれが気がかりだった。
同時にリーダーとして、死者へ操を立てて勝手に皆の幸せを奪うような真似は許されないとも、考えていた。
男がチラリ、とリゾットを見た。
「もし話を受けてくれるなら、一番最初の依頼は『パッショーネのボスの正体を探ること』となる。それを断り、別の依頼を受けることもできる」
「!!……俺たちの目的を知っているのか」
「言っただろう。俺は未来視のスタンド使い。ある程度の殺し文句ぐらいは揃えてくるさ」
「……そうか。そうだな」
SPW財団のスタンド使いの総とりまとめという男らしく、カリスマを感じる立ち振る舞いに安心も抱いたのかもしれない。
リゾットはまっすぐに男を見て、これからの道行きを決定した。
「我々は今後、SPW財団の下へつき、パッショーネのボスに一矢報いることとする」
明日は構想を練るためお休みです。
調子に乗って暗チを札束でブッ叩いたらチャート崩壊しちゃった…