アヴドゥルとの戦闘後、学生服の上着を脱いだ承太郎は帽子だけ部屋の隅へと放り投げた。
「風呂入ってくる」
「あ、俺もー」
「テメーに風呂は必要ねぇだろ蛇」
「スタンドの射程的に一緒に風呂入るぐらいしか無くてぇー」
「吹かすなよ。感覚だがこっから風呂場までくれぇならあるだろうが」
「はっはっは、バレたか」
陽気な声色は自身を「便利な蛇さん」などとのたまうスタンド、アルカナテラーのものだ。
ジョセフ・ジョースターは彼らの親しげな様子に複雑な思いを抱きながら、孫の後ろ姿を見送る。
アルカナテラーは畳敷きの居間でとぐろを巻き、上半身だけぐでんと仰向けで寝転がった。
「ところでだが、アルカナテラー君」と声をかければ、仰向けのまま目線だけで反応した。
「なんだ?」
「今後の動きをどう見る?」
つまり彼から教えられた、あるいははじめから危惧していた6ヶ月後のホリィの高熱にどう対処するかだ。
アルカナテラーはわずかに遠くに視線をやったあと、こちらへと向き直った。
「最速のDIO打倒を目指すなら速攻のエジプト行きだな。リスクは高いが、不可能ってわけじゃない」
「エジプトじゃと?」
「DIOはそこにいる。俺の目には、お前たちがエジプトでDIOを倒す未来が映っている」
「……!!!」
細長い瞳孔の向こうに宇宙の色を散りばめて、アルカナテラーは絶対の断言をした。
予言者としての言葉だ。
その重みに我知らず息を呑む。
「万全を期すなら日本の杜王町へ寄り道したほうがいい。寄り道するにしろそうでないにしろ、飛行機はエジプト行の便を取って実際には乗らずにインド行きを直前で購入するほうが安定する」
「何故じゃ?」
「エジプトで着地狩りに遭うからだ。あー、つまり、飛行機を撃墜される」
「なんじゃと!?ほかにも一般人を大勢乗せとるんじゃぞ!?」
「DIOがそんなの気にするタマか?」
ジョセフは思わず唸った。
旅客機が墜落するのだ。きっと大事故になるだろう。それはジョセフとしても本意ではない。
自家用ジェットという手も無くは無いが、幾つもの国を越えるには手続きに時間がかかりすぎる。
一つ咳払いしてはやる気持ちを抑える。
彼……アルカナテラーはSPW財団の調べによると大変に危険なスタンドだ。
だが同時に、細かな気配りができる穏やかなスタンドでもある。
「そういえば、さっき話に出た杜王町とやら。どこかで聞いたことがあるような……」
「杜王町はM県S市にある。ジョースター家にあるまじき恋多きジョセフさんなら知ってるよな」
「杜王町、もり………ゔっ!?!?」
「なんだその潰されたカエルみたいな反応。だから承太郎を今杜王町に連れてくとちょっと心身ともにダメージになるってリスクがあんだよ」
「い、いやまさか!?わしの、……!」
「責任はきっちり取れよ資産家。たとえ杜王町寄り道ルートにしなくても、金銭面でできることは山ほどあるだろ?」
「……うん、いやいや、待て、ワシの子がいるかもしれんということはだ。その子もDIOの呪縛に囚われる可能性もあるということではないか!!」
「よく気がついたな。絶賛高熱を発症中だ」
「こっこうしちゃおられん!一刻も早くDIOを倒さねば!」
ジョセフは赤くなったり青くなったり忙しい顔を振って落ち着こうとした。
いろいろ情報がラッシュをかけてきてパンク気味なのだ。
ひとまずすぐにでも朋子の様子を確認するとともに息子の容体を把握せねばなるまい。
ぐるぐると責任の話、これまで放置してきたこと云々が頭の中を駆け巡り、なんだか最低な想像に行き着いてしまう、
「おい、大丈夫かジョセフさん」
「…ああいや、なんでもないわい」
「俺ができるアドバイスはせいぜいこれくらいだ。あとは自分にとって最善を選べよ」
その声色は穏やかで、厳しいながらもこちらを気遣う心が滲み出ている。
やはり彼は優しく、思慮深いスタンドだ。
だからこそ過去の彼がなぜあのようなことをしたのか疑問が残る。
ジョセフは少しだけ間を置いてから、ゆっくりと慎重にアルカナテラーへと語りかけた。
「……財団に君のことを調べさせてもらった」
「なんだ、エジプトで死者多数の大災害にでもなってたか?」
「単なる病死も混じっとるかもしれんがな。それでも800人は下回らん。3か月という短い間でこれだけの死者を出したスタンドはアヴドゥルも聞いたことが無いそうだ」
独り歩き型スタンド、アルカナテラーの凶行。
それは短期間ではあるものの、原因不明の狂死者を大量に出した不気味な事件として財団の資料に登ったそうだ。
調査段階ではそれが本当に彼の犯行かどうかは確定しなかったが、この様子では本当に彼の仕業なのだろう。
「当然だ。スタンドは普通それ自体で能動的に動かない。主人の意思なく、俺みたいに『片っ端から取り憑いて不適格な主を狂死させる』のはなかなか見ない例のはずだからな」
「何故、そのようなことをしたんじゃ」
「したくてしてるもんかよ。俺の本体は殺された。しかも無残に」
大蛇が瞳を閉じる。
静かにしとしとと降る雨音のような声色だ。
「辛かったろうさ。無念だったろうさ。赤の他人を恨んでスタンドを暴走させるぐらいにはな」
「エジプトで活動するスタンド使いが殺された……それはまさかDIOに殺されたということか!?」
「…………あの野郎は今も餌を食いあさっては残りかすを捨てる日々さ。所詮小物だった俺の本体と、今ほど強くもなかった俺じゃあ奴の餌程度にしかなれなかったってことだが」
「っ、そうか」
沈黙が場に停滞する。
その結果、大勢の人々を殺害したという罪は消えない。
それをわかっているからこそ、大蛇は何も言わないのだろう。
「承太郎についたのは仇討のためか」
「いいや。自意識を取り戻した以上、俺がもうこれ以上無辜の人間を殺したくなかったからだ。結局自分のことばかりで、俺は最低のスタンドだよ」
「そんなことはない。君は正しい決断をした」
上滑りする慰めの言葉をアルカナテラーは拒絶しなかった。
「このことを承太郎には…」
「話した」
「そうか、話してな……話したぁ!?」
「ったりめーだろ。承太郎は俺の本体なんだ。そのあたりの礼儀はきっちりするさ」
「凄い重めの話に聞こえたんだが、うちの孫高校生じゃぞ?」
「肝の据わり方が50代のそれだったね。『今、テメーは俺のスタンドだ。違うか?』ってさ」
「さすがワシの孫」
アヴドゥルは台所を借りて水飲んでます。
仗助の発熱時期はバタフライエフェクトで六ヶ月前倒し中。