「矢の受け渡しねぇ」
それってポルポが守ってた例のスタンド使いを生み出すあれのことだろ?とホルマジオは脳内の情報を漁った。
ホルマジオに今回課された仕事は、「スタンドの矢の回収」である。
財団の確認している矢は全部で6本。
一本はパッショーネの入団試験に使っていた矢で、すでに空条承太郎が回収済み。
二本はもともと日本にあり、現在はSPW財団によって管理されている。
ポルナレフという名のスタンド使い部門の人間が特例的に一本持たされており、また一本はアメリカにあるのだという。
そして、最後の一本、「失敗作の矢」だというそれの回収をホルマジオは任されていた。
場所はヨーロッパの財団員に指示された骨董品店。
そこで財団員が扮する店員から矢を受取り、SPW財団本部まで「リトル・フィート」で運ぶこと。
「新人に任せていい仕事かコレ?」
「それだけ空条さんも期待しているという事ですよ。それよりも、本当に良かったのですかな。他のチームの面々とは別行動でパッショーネボス関係の仕事から抜けられて」
「確かにソルベ達のことは心残りだけどよ。……俺にしか任せられねー仕事だってんなら、パッショーネは他のやつらに任せるくらいはいいだろ」
「……ありがとうございます、ホルマジオさん」
老齢の男性は皴のある顔で優しげに笑った。
彼はSPW財団イタリア支部の非スタンド使いの人間で、長年ジョースター家を筆頭にスタンド使いのサポートをしてきた人だ。
まだまだ財団には慣れないだろう、ということでチームメンバー1人1人にこうして相談員が付けられている。
全く手厚い待遇だ。
自分が組織のボスにでもなったような厚遇に、なんだか全身がかゆくなったような気さえしてくるホルマジオである。
「礼を言われるようなことじゃねーよ。任務なんだ、これぐらいフツーだろ、フツー」
「いえいえ。私もスタンド使い部門の方々のサポートを任されて長いですが、あなた方のように仕事に熱心な方はなかなかいらっしゃらない。誇っていいんですよ」
「そ、そうかな……」
そうですとも、と男性は顔をくしゃくしゃにして笑った。
孫を可愛がるかのようなその様子にこそばゆいような、温かいような不思議な感情が芽生えてくる。
「なぁ、他のやつらはどうしてるんだ?」
「イルーゾォさんはブチャラティチームの監視の任についています。ギアッチョさんを中心としたプロシュートさん、ペッシさん3名は凶悪スタンド使いであるセッコ・チョコラータペアの足止めに向かっております」
ぺらり、と胸元からメモ帳を取り出し、主人の今日の予定を読み上げるように丁寧に情報を追っていく。
「メローネさんはスタンド研究部門とともに実験動物を素材に使ったスタンドの作成に尽力されております。ベイビィ・フェイスは人間の女性を素材に「子」を作成されますが、それでは企業倫理に反しますからな」
一瞬ドキリとしたものの、老紳士は気にした様子もなく「上手くいった暁には、イルーゾォさんの採取したパッショーネ・ボスの血液と合わせ、メタリカで不可視化してリゾットさんと『子』にてパッショーネボスを追い詰める手はずとなっております」と言葉を続けた。
「おお!イルーゾォのやつ、血の採取なんてできたのかよ!やっぱマン・イン・ザ・ミラーは強ェなぁ!」
「ええ。これでパッショーネによる治安悪化とスタンド使いによる凶行も少なくなることでしょう。それもこれも皆様のご尽力のおかげ」
深々と頭を下げる男に、ホルマジオはなんとなく言葉にならなくて、がりがりと頭を掻いた。
「……そう持ち上げなくていいんだぜ?俺らは新入りで、前の組織を裏切ってこっちへ来たんだ。信頼なんてされるはずもねーのはわかってる」
「いいえ、いいえ」
自虐交じりのホルマジオのつぶやきを、老紳士は食いつくように否定した。
その目には懇願、期待、罪悪感、様々な感情が綺羅星のように踊っている。
しずかな水面にしとしとと雫を落とすような声で、老紳士が胸元のロケットを開ける。
中には写真のようなものが入っているのが見えたが、この角度からではよく見えない。
「我々のほとんどは非スタンド使い。野にいるスタンド使いの犯罪者には常に命を摘まれる弱者でしかありません。そうやって、娘や夫を亡くした者が財団にも大勢います」
ロケットを閉じ、老紳士が顔を上げる。
無力な非スタンド使いだというのに、はっと息を呑むような眼光の強さよ。
「それをジョースター家率いるスタンド使いの皆様方が命を張って守ってくださるのです。危険の多い仕事なのは重々承知。犯罪者との戦闘の末、殉職される方というのも勿論いる」
老いてしわくちゃの両手でホルマジオの右手をそっと包み込む。
「その中で、皆さまは星。希望なのです」
その言葉は、感情は、流星のように激しく涙のように静かに、ホルマジオの胸にするりと吸い込まれたようだった。
しばらくの沈黙が場を支配する。
長い長い思考の末。
ホルマジオはようやっと言葉を胸の袂から引き抜いて、赤子のようにたどたどしく口にする。
「………俺、あんたらの分まで頑張るからよ」
「あんたもせいぜい気を付けて長生きしろよ。変なとこで怪我したりしたら容赦しねーからな」
「ええ。あなた様も、お気をつけて」
なお、メローネの動物を使った息子作成がうまくいかなくとも、「夫と息子を殺され自ら母体を希望する女性職員」が財団にはいるものとする。