気候のいい昼下がりの今日、突如グリーンドルフィン・ストリート刑務所に施設の異常を示す警報音が鳴り響いた。
原因はジャンピン・ジャック・フラッシュ。
相手を無重力状態にするスタンドだ。目的は不明。なぜ徐倫達を襲うのかも不明。
ふよふよと無重力状態でコップやら飲みかけのコーヒーやらと一緒に浮かびながら、徐倫達は鋭く叫んだ。
「エルメェス!ひとまず警報で閉じ込められないようにしないと!」
「わぁってるよ!くそ、動けねぇし足も全然つかねぇ!」
徐倫達は初撃でその能力を喰らい、まず身動きすら取れなくなっていた。
正史ならいるはずの気候を操る能力者──ウェザー・リポート──はいない。彼は今、シアトルでSPW財団のエージェントとして活動している。
そこそこの広さのある刑務所の廊下を壁を蹴ることで進んでいき、なんとか開けた倉庫までたどり着く。
と、そこまで来たところで警報音が鳴り響き、シャッターが一斉に閉まりだした。
進入禁止エリアを確認する暇もなかったと言えばその通りだが、これはまずい。
敵の攻撃射程にもよるが、外部から一方的に攻撃を受ける可能性も否定できないからだ。
後からSPW財団の金色の袖の下が来るので徐倫のお咎めはあまりないだろうが……エルメェスがどうなるかはわからない。
しかし、徐倫は歯噛みすると同時に笑ってもいた。
由来も分からず刑務所の一角でスタンド攻撃を受けたことは不幸極まりなかったが、徐倫はそれを好機ともうけとっていた。
「たぶんだけど、あいつホワイトスネイクがスタンドを与えたうえで命令DISCで襲わせてるんだわ!胡乱なこと言ってたでしょ、さっき」
「何するんだっけーとかか?ああ。あれが神父の仕業の証拠ってことか!」
「……DISCを調べればあいつの目的も分かるかもしれない。とりあえず……テラー!行ける!?」
その言葉とともにアルカナテラーがにゅるりと背後より伸び出てきて、アオダイショウほどの大きさで徐倫に囁きかける。
「支え切れるか、徐倫?大きい俺は思ってるよりずっと重たいぞ」
「やってやろうじゃないの!状況を打開するのに必要なら、私が躊躇する理由は無いわ!」
「その心意気や良し!では、ちょっとばかり本性をお見せしよう」
ずる、ずる、とその色が黒く染まる。
伸びあがる鱗がどんどん巨大化していく。その胴が、頭部が、尾が、倍々に広がって空間を圧迫する。
つるりとした胴から凶悪な爪を持つ手足が生え、鳥のようだった翼から羽が抜け落ち、皮のみが瘦せた骨に張り付く蝙蝠のごとき翼に変じる。
開いた口から乱杭歯が覗く。
未だ十本の角と七つの頭とを備えていない幼体だ。しかしそれでも、十分すぎるほどにその持ち主の精神と魂を圧迫するだろう威容であった。
「すっげ、徐倫、お前スタンド二つ持ってるのか!?それってありなのかよ?」
「ありよ!ぐぅ……っクソ親父ばっかにテラーを任せられるかぁ!テラーは私の物だ!」
「ははは!その意気だ徐倫!オレを御して見せろ!」
鼻血が無重力空間を舞う。
この力において、無重力化している徐倫が触れたものも無重力になる。
きっと無重力化した大気が外へ逃げ、どんどんと気圧が下がっているのだ。
虚ろな目で釘やらネジ、ナットなどを遠心力を利用して高速で飛ばしてくる敵を見据え、徐倫は腹の底から力を入れて叫んだ。
「時間が無い!可哀そうだけど派手に引き裂いてやって、テラー!あたしたちが無重力でも、あなたなら『怪異としてのルール』で自在に空を動けるでしょ?」
「ご明察。そうだ、オレは蛇にして竜。空を泳ぐもの。無重力なんざ関係ないね……というわけで」
巨体が動く。
高く広い倉庫を埋めつくすように翼を広げ、乱杭歯からてらてらとぬめる唾液を滴らせ、邪悪なる竜が飛来する。
並の人間なら穴だらけになるであろう遠心力を利用した投擲攻撃も、鱗はおろかべろりと出した舌にすらはじかれる。
「哀れな人形ごときに俺が出る幕もないような気がするが。残念だったなぁラング・ラングラー。神父の亡霊なんぞに目を付けられなければ、生きていられたものを」
埒外のサイズの口がラング・ラングラーを噛み砕こうと迫る。
瞬間、ラング・ラングラーは跳ね起きるように上体をそらし、壁に張り付いてアルカナテラーの顎を避けきる。
「ん?」とアルカナテラーが首を傾げた瞬間、エルメェスが顔を鬱血させながらガッツポーズした。
「シールを張ってやった!テメーが避けても、竜の顎は二つある!」
「…おお!ナイスフォロー、エルメェス」
ばり、と瞬時に分裂した頭で、アルカナテラーはラング・ラングラーを遠慮なく嚙み千切った。
骨の折れる音、肉の抉れる音、そして「うぎゃああああああ!」という絶叫が場を支配する。
徐倫が「南無三!」と聞きかじった外国人のようなポーズで十字架を切った。色々おかしい。
その勢いにシールは剥がれ、すぐさま二つに分かれた頭部が一つに戻る。
「痛った!治るときに破壊を伴うルールは効くねぇ!今のオレの鱗を貫通するとは、厄介なルールをお持ちのようで」
「おお、すまんすまん。あたしも一回やったけど、これ痛いよな」
「無重力が解除された……倒したのね。DISCを確認しないと」
一応息はあるようで、ラング・ラングラーはヒューヒューとか細い呼吸をしている。
しゅるしゅると元のアオダイショウサイズに戻ったアルカナテラーが、目を三角にして徐倫をにらんだ。
「徐倫、明後日には面会をセットするぞ。相手は仗助で。多分超低気圧で内臓もダメージ受けてるはずだ。お前になんかあったら俺が承太郎に退治される!」
「……う、仗助さんにわざわざアメリカまで来てもらうなんて…」
「誰だ徐倫、仗助って」
「あたしの親戚のお兄さん。希少な治療のスタンド持ちなの。優しいからすぐ来てくれるとは思うけど、なんだか申し訳ないわ…」
「言ってる場合か。ほら、DISCは回収すれば後でも見られるだろ。面会のセッティング予約をしてきなさい徐倫」
「分かったわよ。あ、エルメェスの分も一緒に頼めないかしら」
「いいんじゃね。というか財団の袖の下パワーがあるからな。この刑務所の女王は徐倫であると言っても過言ではない」
「それっていいこと???犯罪組織のトップみたいになってる気がするんだけど」
「悪い徐倫、あたしの分まで気を回してもらって。体、地味にきつかったんだ」
「気にしないで、金払うのは父さんなんだし」
などと和気あいあいと会話しながら、疲れた体をばたりとモルタルの床で癒していた。
・空条宅にて
ジョセフ「待て、落ち着いて聞いてほしい!」
妻「THIS WAY……(ゴゴゴゴゴ)」
花京院「なんという殺気!これで非能力者だとでもいうのか…!」
承太郎「私の妻は強い女だと言っていただろう」
ポルナレフ「強いの方向性が違ぇよ」