グリーンドルフィンストリート刑務所は周囲を海で囲まれた孤島の刑務所だ。
敷地面積は120平方キロメートル。
2000人近い収容者を抱え、その規模は国内でも有数。
そこに起きた緊急事態に、対岸の入り口は警備員その他で騒然としている。
島に続く道はすでに封鎖されており、橋も上げられたままだ。
そこで面倒を嫌いアルカナテラーの背に乗っての侵入を決めた承太郎だったが、その表情は険しかった。
つい先日見た時にはなかった超巨大な『巨木』が刑務所内に青々と聳え立っているのが遠目からでも確認できたからだ。
赤黒い竜の背で門を越え、空から内部へと悠々と降り立つ。
常に人の気配で騒がしい内部は、今は静まり返っていた。
状況を確認すべく、ミューラーにはあらかじめ連絡を入れている。
彼女は電話口で確認した通り、正門前に右肩を庇うような姿でそれでも毅然と立っていた。
「なにがあった」
「部門長、状況は最悪だ」
体全体に擦り傷をこさえた痛々しい様子のまま、ミューラーが敬礼した。
「受刑者の一次避難中、DIOと名乗る樹木の怪物が出現。私を含めたスタンド使いで迎撃したが、受刑者273人が死亡した」
「いまDIOはどこに?」
「受刑者の血液を啜り取った後、農場へ場所を移したようだ」
ミューラーは北東の方、農場がある方角を指差して言う。
「ここからでは建物が邪魔で見えないが、農場に巨大な木が出現している。恐らくはDIOが吸い取った受刑者の血液を養分に農場へ根を張ったのだと思われる」
「私も木については上空から確認済みだ……職員の被害の方は?」
「そちらは怪我人だけだ。DIOは不自然に受刑者のみを狙っていた」
「…そうか。医療班は手配してある。三十分後に到着予定だ。怪我人を一箇所にまとめて治療体制を整えておいてくれ」
「了解した、部門長」
事務連絡だけして、ミューラーを一瞥する。
「それと……君も受刑者をつれて早期避難に努めろ。あばらと右肩を派手にやっているだろう。君は得難い人材だ。失くすには惜しい」
「これは私の不徳だ。奴に不意を打たれた。それに、まだ行うべき業務が数多く残っている」
ミューラーは首を横に振った。
彼女は無責任で気分屋なスタンド使いが多い中、非常に責任感のある稀有なスタンド使いだ。
承太郎は帽子を引き下ろした。
「そうか。あまり無理はするな。命は落とさないよう努めろ」
「了解」
思案にくれる承太郎に、竜がぬうと首を下ろして話しかける。
「農場の巨木か。生まれ直そうとしてんな、DIOの野郎。農場にあるスタンドDISCと、囚人たちの血でエネルギーを蓄えて」
「だろうな。完全に生まれる前に叩くのが最善か」
「……それには時間が経ちすぎてるわ。すでに生まれかけてる状態だな、こりゃ」
「やれやれだ。急ごう、野郎にこれ以上好き勝手されては困る」
再び竜の背に乗り、農場へと飛び立つ。
広い施設内ということでそこそこの距離があるが、空を行く自由さにかかれば数分でその距離も踏破できた。
たどり着いたそこは。
見上げるほどの巨大な樹木が青々と葉を茂らせる、燦々と日光の降り注ぐ農場が広がっている。
そこに植えてあった野菜や穀物は全て枯れ、ただ一人大地の栄養を根こそぎ奪った樹木だけが空を覆い隠すように枝葉を広げる。
見ると、樹木の幹に人一人入れるほどの大きなウロがある。
まるでそこから何かが出てきたかのように、樹皮が破れて樹液が大量に滴っている。
「何かお探しかな、承太郎?」
「ッ!!」
背後からかけられた声に、承太郎は素早く戦闘体勢を整えた。
振り返った先にいるのは髪や体の一部が枝葉に置き換わった、異形の美丈夫だった。
枝葉の混じる金髪が風になびき、そのゾッとするほど美しい容貌にアクセントを加える。
均整の取れた肉体はギリシャ彫刻のようで、首元にある星型のアザがはっと目を引く。
蘇った吸血鬼DIOが、妖しく微笑んでいた。
「久しぶりだな。つくづくしぶとい吸血鬼だ。そろそろ大人しく死んでくれないか」
「はっ、承太郎、老いたな!永遠の生を持たぬ人間風情ではそれが限度か」
「……お前の息子たちのスタンドDISCはどうした?」
承太郎の問いかけに、DIOはニヤニヤと2枚のDISCを掲げてみせる。
「これは……こうするのだよ」
「!」
ばきりと握りつぶし、DIOがDISCを口へ運ぶ。
「させるかよ!」
竜が躍り出る。巨体を生かした突進と恐るべき膂力でもってその顎門を振りかざす。
並のスタンド使いならこれだけでミンチになるのは避けられない勢いを。
「鈍重な動きだ、蛇!そんなもの目を瞑っていても避けるのは容易い!」
巨木を使って三角跳びの要領で上へとかわされる。
しかし俺の狙いはそっちではない。
そのまま突き進み、巨木の幹を思い切り齧り取る。
そして爪で一閃。
メキメキとイヤな音をたてながら巨木が抉れ、傾く。
そしてゆっくりとゆっくりと、農場全体を覆うように木が斜めに倒れゆく。
地が大きく揺れるほど強烈な振動でもって、巨木は農場の地面に沈んだ。
「……木がやられたか。面倒だが、まあいい。私にはこれがある」
DIOはその端正な顔を歪めながらもバリバリと二つのDISCを噛み砕き、飲み込んでゆく。
バラバラとDISCの破片が農場の土にばら撒かれる。
「ふう……やはりジョースターの血筋は味がいい。精神エネルギーにハリがある」
「…貴様、半分ほどは怪異か。吸血鬼としてのあり方を捨てることで、より純粋なエネルギーを吸い取ることを可能としたのか」
承太郎の言葉にDIOは亀裂のような笑みを浮かべた。
「そうだとも。我が友プッチがそのあり方を教えてくれた。奴は本当に健気でいじらしい男だ」
「利用しがいがある、か?」
「それは捉え方の違いだな。我々はWIN-WINの関係なのだよ。彼は私に友情を捧げ、私が彼に智慧を贈る。健全な友人関係という奴だ」
「ほざけ」
悍ましいDIOの言い分を承太郎は切って捨てた。
「蛇、ラッパだ」
「あいよ。派手にぶちかますぜ」
巨木にも負けぬ大きさの六つ首の赤い竜へと変じて、承太郎をその真ん中の頭へと乗せる。
第二のラッパ、灼熱の水。
物理法則を無視し100度を優に超える熱を持つ水を濁流のごとく吐き出す、大質量攻撃だ。
「馬鹿め、その程度避けるのにさほどの手間もかからぬ……なに?」
足場として倒れた巨木に飛び乗ったDIOが眉を顰める。
生物がこの水に触れればグズグズと溶けていく定めだ。
よって、その足場たる巨木もどんどんと溶けていく。
足場を失ったDIOはかろうじて農機具倉庫の屋根へと退避した。
苦虫を噛み潰した顔は不利を悟ったが故か。
地面は生物を溶かす水で溢れかえり、数少ない足場を渡るDIOに対し、相手は翼を持つ竜である。
「忌々しい蛇が…小細工を……」
「どうしたDIO。ずいぶん不調じゃないか。あの頃の方が強かったか?」
「ほざけ!あと少しだというに…!クソが!」
DIOの狙う手を未来視にて理解しながら、俺達は悠々と空から奴を見下ろした。
そんなの20年前からずっとずっと見えてるんだ。
対策を立ててないとでも思っているのか?