六つ首の竜に乗り、急速に高度を落としてゆく。
落下する承太郎に蛇が等速で並んで視線をかわす。
瞬間、メイド・イン・ヘブンの姿がかき消えた。
どうやらジョルノの元へ向かったようだ。
承太郎は微かに笑ってそれを見送った。
「俺は防御に回る。ぶちかましてやれ、承太郎」
「ああ」
声とともにアルカナテラーはにゅるりと大蛇の姿に立ち返り、承太郎の身体を取り巻くように一周する。
とん、と軽い音を立てて着地。
重力を感じさせない動きで落ちたる巨星ニガヨモギの上へ着地した承太郎は、帽子を僅かに下した。
相対するは20年前の宿敵。人外と人。悪と正義。
DIOは裂けるような高笑いを上げて承太郎を見下ろしている。
「なんだ、来たのか承太郎。上空でちまちまと攻撃するしか能が無い間抜けかと思っていたが」
「それに手も足も出なかった吸血鬼が、大口をたたくのは得意らしいな」
「ほざけ人間。我が新たなるスタンド、グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホームの能力を知らぬ──」
DIOは言葉を切った。
「──いや。未来視を持つ貴様が知らぬはずもないか。ならいっそう不可解だ。なぜ降りてきた?この私に近付くという事が、どういうことか分からないわけではあるまい?」
承太郎はわざとらしくせせら笑った。
侍らせた蛇を腕に這わせ、妖しく宇宙色の瞳を輝かせる。
「無論。その程度の突破はたやすいと判断して、降りてきたと言っている」
「……なに?」
「かつてと同じように勝負といこうかDIO。自慢気に見せびらかしたその力、取るに足らないと思い知らせてやるさ」
「人間風情が良く吠えた!その大口に免じて丁寧に引き裂いてやるとしよう!」
一瞬の空白。
ピリリと肌を撃つ殺気。
交じり合う視線。
そして。
先に跳躍したのは承太郎の方だった。
DIOの立つ倉庫の残骸の端へと足を掛けようとして、空中で縄のように蛇をなげうち急旋回。
「ちっ、おとなしく我が力に触れて無力な豆粒になればいい物を」
同じく突進してきたDIOと、お互い3秒ばかりの時間停止を挟んで再びグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホームの効果範囲外となる距離を取る。
視線だけは互いに交差したまま、ただ緊張感だけが弾けるように地面を打つ。
DIOは軽い動作で足元の鉄骨の破片を広い、手の中で転がした。
「そら、受け取るが良い。我がグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホームの力を!」
「ッ!」
放り投げたほんの小さな鉄骨の破片は、DIOから離れるほどに見る見るうちに見上げるような巨大な鉄の塊と化し、承太郎を襲った。
しかしそれも想定のうち。
承太郎は棒立ちのまま迎え撃った。
蛇が承太郎を取り巻き、その尾をぐるりと一周させる。
ただの蛇の姿に見えて、その実質量は竜の姿と何ら変わりない。
アルカナテラーの尾の一振りで、巨大な鉄骨片はガキンと鉄のぶち当たる音を立てて右後方へとはじき返される。
面白くなさそうな顔でDIOが息をついた。
「つくづく忌々しい蛇だ。やはり私が直々に引き裂いて……」
言葉の途中で気が付き、DIOは跳躍してクレーターの残る地面へと降り立った。
ビリ、とした電撃にも似た衝撃が地を奔る。
「コォォォォォ……」
「承太郎貴様、波紋などという小細工を弄するようになったか!」
特徴的な呼吸音が吸血鬼の鋭い聴覚に届いたのだろう。
DIOが舌打ちする。
対する承太郎は無言で呼吸を強めている。
そのまま無言で拳を地面へとぶち当てる。
鉄骨を伝わった波紋が乾いた地面にその余波を広げていく。
波紋が伝わりづらいはずのソレに、恐るべき速度で光が浸透していく光景にDIOは目を見開いた。
「バカな、そこまで強大な波紋をスタンドと二足草鞋の貴様が習得できるはずがない!どういうからくりだ!?」
「教える義理があると思うのか?」
「……ッ!」
「やはりお前のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホームは物の拡縮はできてもエネルギーは能力対象外だ。波紋のエネルギーは防げない」
パリッと軽い音がするたび跳躍して回避。
どんどんと距離を取らされる現状にDIOは作為的なものを感じ、やはり承太郎は近接戦を恐れているのだと判断する。
足を止め、突き立った鉄骨の上へと跳躍する。
「我がスタンドを攻略するすべを持たないのだろう。承太郎。ゆえに先ほどから遠距離戦を仕掛けている」
「どうだろうな。もしそうだとして、お前に何ができる?」
「我が進化した力はグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホームだけではないという事を教えてやろう!」
DIOは両手を広げ、高らかに叫んだ。
「ザ・ワールド!」
瞬間。
凍結する時の中で、DIOは承太郎へと勢い良く跳躍した。
同様に停止した時に耐性のある承太郎が距離を取る。7秒。8秒。9秒。10秒。
11秒。
「ッ!!!」
「やはりか、10秒を超えての停止は人間程度では抵抗できまい!」
「貴様……!」
限界を超え、時の停止に巻き込まれた承太郎がそのままの体勢でDIOを見る。
DIOが近づくにつれ、体が縮小されていく。
そして承太郎が米粒のごときサイズになったあたりでDIOは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「貴様に縮小による消滅は許さん。存分に嬲り、弄び、そのままジョースターの血を咀嚼してやろう」
「……」
まずはそうだな。ぷちりとゴミのように潰してやるとしようか。
小さく無力な承太郎の姿をDIOはひとしきり嘲笑い、そのまま手を伸ばす。
ほんの小さな肉だ。アルカナテラーの硬度があったとして、その矮小な躯体ごと潰してしまえるだろう。
波紋の呼吸もその小ささでは力を持たない。
まるで静電気のようなパチッとした衝撃が一瞬奔るが、それもDIOの笑いを誘うだけだった。
そうしてDIOの指が承太郎へと触れる、押しつぶす、寸前。
一瞬の間。
承太郎が笑ったのを、DIOは見た気がした。
「………なに?」
潰したはずの承太郎が指の先にいない。
それどころか。
「いつまで呆けているつもりだ、DIO。お前のスタンドはすでに攻略されているというのに、のんきに考え事か?」
「ッ!?貴様、いつの間に……」
背後へ爪の一撃とともに振り向けば、承太郎は僅かに一歩引いてそれをかわして笑った。
背後に浮かぶスタープラチナが目まぐるしく体表の模様を変えている。
そも、小さかったはずの承太郎の姿が元に戻っている。
「どういうことだ!!なぜ私のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホームが効かない!!」
「切り札とは最後まで取っておくものだ。お前の慢心も織り込み済みの作戦だったとはいえ、少々肝が冷えた」
「切り札……だと?」
焦燥するDIOに承太郎は何も答えなかった。
スタープラチナ・ザ・ワールド・レクイエム。
その力は「数多ある己の可能性を自身に宿す」力。
波紋戦士だったかもしれない自分を、オーバーヘブンに目覚めていたかもしれない自分を、最良の自分を己の中に呼び込むスタンド。
外界全ての可能性を視認するのがアルカナテラーであるとするならば。
その反対。
自身の全ての可能性を掌握するのがスタープラチナ・ザ・ワールド・レクイエムである。
DIOははっと気が付いて目を見開いた。
「まさかあの時……私が触れたその一瞬で何かを仕掛けたというのか……!」
「ご明察だ、DIO。分かったところですでにどうしようもないがな」
承太郎の背後にたたずむスタープラチナが文様を一つに定めた。
レクイエムによって降ろしたスタープラチナ・オーバーヘブンによる真実の書き換えは、過たずDIOのスタンド、グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホームを永久に無効化していた。
単なるかかしとなったそれにすでに意味などない。
レクイエムの特徴、意思と魂に関する力の全てを己へとむけた男のスタンドは、可能性に満ちているからこそ最強というにふさわしい力を発揮していた。
「ばかな、馬鹿なバカなバカな!!」
「終わりだDIO。往生際の悪さもここまでにしてもらおうか」
「バカな……そんな馬鹿な!!!このDIOが、こんなちっぽけな人間に!!!」
スタープラチナに波紋の呼吸を任せ、こぶしを振り上げる。
それすなわち、始まりの一撃。
「山吹色の波紋疾走(サンライトイエロー・オーバードライブ)!!!」
「っそれはジョ……」
黄金の光を伴ったラッシュがぶち込まれ、DIOは最後まで言い切ることはできなかった。
その光が懐かしき光、青春の光、思い出の光であることを。
あの黄金の日々を思い返させる光であったことを、ついぞ口に出すことができずに。
DIOは灰となって散っていったのだった。