余談:DIOの子供達とチートオブチート
アメリカのとある病院にて。
昏睡状態のウンガロ、リキエル、ドナテロの三兄弟が眠る特別病室に徐倫は来ていた。
他には仗助、二人の護衛として部屋の隅で腕を組んでいるリゾットがいて、広い病室も意外に狭く感じられる。
固唾を飲んで待つ時間は意外と短かった。
足早の革靴の音が響き、ガタリと遠慮なく開かれる扉の音。
「待たせたか。急な予定が入って…すまなかったな、皆」
「父さん!!」
承太郎はその肩にストールのように巻き付く蛇の位置を直して徐倫たちへと向き直った。
蛇はむにゃむにゃと眠っているのか頭が上下している。
承太郎の瞳は依然として宇宙色だが、その色が浅くなっているのに徐倫は気がついた。
「リキエル、ドナテロ、ウンガロ。この3人が対象で間違いないな」
「そっすよ。スタンドDISCを喰われた3人は、トニオさんの『不調を治す』能力でも、俺の『元に戻す』能力でもダメだった」
徐倫の代わりに答えたのは一歩前に出た仗助だ。
スタンドそのものを喰われたということは、魂そのものを食われたも同然。
無くなってしまった空洞を埋めることは、いかに極まった治療系たるトニオ・仗助両名にもできなかった。
一瞬悲痛に顔を歪める徐倫は、しかし顔を上げた時には鋭い視線を伴って承太郎を見上げる。
「治せるんでしょうね?本当に。嘘だったらあたしのストーンフリーでミノムシにしてやるわよ」
「心配いらない。多少負荷が大きいから私が退院してからになってしまっただけだ」
「…しっかし、承太郎さんの能力、治療もできたんすね。俺唯一の特技だってのに、ジェラシー感じちまうぜ」
場の緊張を慮ってか、仗助がわざとらしくむすっとしてみせた。
承太郎は柔らかな微笑でそれを否定する。
どうにも見慣れないその優しげな表情に、仗助は一瞬だけ「ん?」と思ったがそのまま流すことにする。
どこか肩の荷が降りたような、不思議な安堵を感じる顔だ。
承太郎がそんな顔をすることが、悪いことのはずがないのだから。
「いや、私のこれはいわゆる裏技、チートというやつでね。あまり他と比べるものではない」
「父さんチートとか使うの!?現実で!?というかそんなゲーム用語知ってたの!?あたしどこから突っ込めばいい!?」
「いやどう考えても花京院さんの仕業じゃないっすか。ゲームオタクでしょ、あの人」
「それにしても字面が強いわ……ま、ウンガロ君たちを治療できるならなんでもいいわ。ぱっぱとやっちゃって」
相変わらず切り替え早いっすねー、徐倫ちゃん。と仗助が苦笑するのを後目に、承太郎は懐から細長い筒のようなものを取り出して机の上に置いた。
疑問符を飛ばす仗助が声をかける前に、中身はするりと取り出され、病室の蛍光灯に照らし出される。
「それは…スタンドの矢!!!」
「これを使う。いつもアルカナテラーが口の中に保管していたものだが、今は寝ているのでな。取り出したまま持ち歩いているというわけだ」
「……3人にスタンドの矢を改めて刺す、っつーことっすか?」
「いや。刺すのは私…スタープラチナに対してだ」
「え?」
仗助は思わず間の抜けた声を出してしまう。
人に刺すのはわかる。
それはスタンド使いに目覚めるか、死ぬか。どちらかという非常に危うい帰結を齎す。
ではスタンドに刺したら、なんて。考えたこともなかったからだ。
と、混乱している間になんの感慨もなくブスッと顕現させたスタープラチナに矢を刺すものだから、仗助は目を剥いた。
「いやいやいやいやいや、話巻きすぎでしょ承太郎さん!!!」
「……?必要な情報は全て伝えたと思ったが」
「そうだけど、こう、あるでしょ!前置きとか!」
「だめよ仗助さん。父さんはいつもこんなんなんだから」
おかげで現在空条家では、「承太郎が話した後には質問タイムを必ず設ける」「承太郎は経緯を含めて説明するようにする」というルールが設定されている。
怒りの往復ビンタで承太郎に鉄槌を下した奥方の設定した絶対ルールだ。
破れば奥方特製激辛ラーメンを必ず一杯完食しなければならない。
ため息をつく徐倫に承太郎が僅かに苦い顔をしつつ、紋様が浮かび上がったスタープラチナを構えさせる。
「準備できたか。なら治療……いや。『真実の書き換え』をはじめていくぞ」
「……!」
徐倫が息を呑む。
まずは一番手前のウンガロから。
するりとスタープラチナが手を触れて、それだけ。
ただそれだけでウンガロは震える瞼を開けて「あれ、俺、一体……?」と不思議そうに起き上がったのだ。
「『君は、DISCを盗られたりなどしなかった』。そう、真実を書き換えさせてもらった」
「ウンガロ君!!良かった、どこか体に異変はない!?」
「え、徐倫ちゃん?なんで?というかここ何処?なんで俺こんなとこにいんの?」
長く昏睡して衰弱していた体や衰えた筋肉すらも「何事もなかった」かのようにベッドから降りて足を床につけるウンガロの姿に、仗助は息を呑んだ。
「マジにグレートだぜ……承太郎さん…!」
ありえざる奇跡は仗助だって使える。
仗助のそれは巻き戻す力。仗助が考える元の状態へと物の状態を巻き戻す、唯一無二の絶技である。
けれど仗助は無くなってしまった物を復活させることはできない。
親友である億泰のザ・ハンドなどが削り取ってしまえば、もう仗助にはどうしようもない。
今回の件もそうだ。
怪異DIOがエネルギー源として吸収消化してしまったDISCは、もう仗助の力では元に戻すことができなかった。
この奇跡は、恐らくはルールの書き換え。因果の書き換え。真実の書き換え。
前提をまるっとそのまま覆す、その物ずばりのチートオブチート。
神にすら手が届く、まさに全能の力である。
「ッ、流石にオーバーヘブンの連続使用はキツイな……蛇のいない分楽ではあるが」
「ほんと、とんでもねー能力使ってくれますね、承太郎さん…。そんだけのスタンド使うんだ、キツそうなら全部やらなくても俺が治せるとこまで書き換えてくれれば後を引き継ぎますよ」
「助かる、仗助。オーバーヘブンは万能な分再現するのにコストがかかりすぎる」
「でしょーね。俺に治せないもんを治すって時点で予想はしてましたけど」
「それと、この能力は他言無用だ。必ず秘匿してくれ」
「勿論っす。こんなの外部に知られたらと思ったら、怖くて口にできませんよ」
悪用し放題というか、なんならメシアになれる能力じゃないっすか。と仗助が青ざめた顔で引き笑いをする。
徐倫はへー、と興味なさげな顔だが、「そんなんあるなら自分に使えば?その口下手とか」とボソボソ呟いている。
全員が無事意識を取り戻したのを見て、承太郎は病室の脇に置いた荷物を畳むとまた手早く出ていく支度を整える。
「え、父さんもう行くの?」
「この後上海でDIOの残党の一大拠点を叩く手筈になっている。あの事件以降、地下組織の動きが活発になっていてな」
「お疲れさん。あんま俺のとこに来るような怪我はしないでくださいよ、承太郎さん」
「あの程度の雑魚に傷を負うようなヘマはしないさ」
ぴらりと手を振り、承太郎はさっさと部屋から出ていった。
その後ろ姿をギリギリまで眺めた後、小声で届くか届かないかの挨拶をする。
「いってらっしゃい、父さん」
ウンガロ兄弟たちは「結局なんなんだよこれ」「知らね」「あのクソ馬スタンドどうなった!?」とひそひそ話し合っている。
そこをリゾットに「……俺から説明しよう」と持ちかけられ、ようやく現状把握ができたのであった。
次は神父かな