「突然ですが、この飛行機は墜落する!」
アルカナテラーの発言に花京院は言葉を失った。
時刻はすでに昼過ぎ。飛行機が日本を飛び立って8時間は経過している。
到着まで残り1時間弱となった空の上で突然皆を起こし、アルカナテラーはおもむろにそう宣ったのだった。
ジョセフは憤慨して立ち上がった。
「インド行きに乗れば墜落しないんじゃあなかったのか!?」
「ジョースターの呪いをそう簡単に回避できるかよ。今から俺らが墜落回避のため動けばギリギリ車輪で着陸できるって意味だよ」
直接エジプトに向かえば空中でバラバラになってたし、マシと言えばマシじゃね、と。
飄々と言い放ったアルカナテラーに、ジョースターさんは「オーマイガーッ!」と叫んだ。
「ジョースターの呪い?聞き覚えがねーな」
「承太郎は知らないか。何故かジョースターって乗り物運が死ぬほど悪くてな。そこのジョセフさんとかこれまで2回も乗ってた飛行機が墜落してる」
「………やれやれだぜ」
納得したらしい。沈鬱な面持ちの承太郎が帽子を下げた。
アヴドゥルは墜落数に唖然。
ちょっとばかり不満げなジョースターさんが「ワシのせいじゃないわい!」と主張している。
そんな中で花京院はこうも思った。
この思慮深いスタンドは、こうして情報を伏せることで僕達の精神疲労を減らしたのだろう、と。
先ほど自分に睡眠を勧めたあたり、今後続く過酷な旅で、少しでも体力の温存をさせようとしたのではないだろうかと。
「一体何が原因なんじゃ!」
「これから40分後、ミドラーという女性スタンド使いのハイプリエステスってスタンドが着陸態勢に入った飛行機に侵入してくる」
「……私たちを狙って、ということだな」
「ああ。奴は片側の翼のエンジンに穴を開けた後、コックピットで計器に化けて機長と副機長を殺害する」
ハイプリエステスというのはアルカナテラーいわく、女教皇の暗示を持つスタンドであらゆる鉱石に化ける能力を持つらしい。
機械の計器からコーヒーカップまで、見分けがつかないほどそっくりに化ける能力は奇襲向き。
素早く小回りがきく操作性ながら、射程距離は相当な距離がある遠隔操作型とのことだ。
なるほど、聞けば聞くほど厄介なスタンドだ。
しかし本当にアルカナテラーの予言があってよかった。
もし何の対策もないまま襲われていれば、空飛ぶ棺桶となった飛行機と共に墜落するしかなかった。
「僕が機長の保護に回りましょうか」
「いや、花京院は俺の補佐にスタンドを使って欲しい」
「補佐?」
「俺が飛行機に巻き付いて翼を広げ、折れた翼の代わりに機体を安定させる。ただ、俺じゃ精密動作性が低すぎて着陸まで持たない。だから、ハイエロファントの触脚を這わせて補佐して欲しいんだ」
「なら、俺とジジイは機長の保護と敵スタンドの方に行くぜ」
「私は出火しているであろうエンジンの方の火の制御に回ろうか。機体に燃え広がれば事だからな」
お互い頷き合ってそれぞれの作業を確認する。
戦闘は40分後。
心の準備には十分すぎるほどの余裕がある。
「準備はいいかな、アルカナテラー」
「おうよ。花京院も翼の方につけた触手、切れてないか?」
「なんとかね。なにせ時速約900キロで飛行しているんだ。ハイエロファント本体は君の影にいるとは言え、風圧だけで吹き飛んでもおかしくない」
「んー、本当にハイエロファント本体を機内に入れなくて大丈夫か?」
「距離は近ければ近いほど精密動作性は上がるんだ。これから墜落するかもしれないって時に最善を尽くさないのはどうかしてるよ」
「さすがだな、花京院君」
そんなことはないさ、と返すと、アルカナテラーはわずかに苦笑したようだった。
彼は本当に表情が豊かだ。まるで人間と話しているようで、花京院は幼い頃からの夢が叶ったように胸が躍ってしまう。
承太郎とジョースターさんはSPW財団の名を出してCAに話を通し、コックピットへ。
アヴドゥルは右翼の確認とエンジンの詳しい機構の確認。
花京院はアルカナテラーの補佐として機体に巻き付く彼の体にハイエロファントの触脚を張り巡らせている。
始まりは近い。
「じゃ、くるぞ。十、九、八……」
「っ!」
アルカナテラーがカウントする。
敵襲が来る。ついに、純粋な敵と戦う時が来るのだ。
三、二、一。
ゼロ。
ドォン、と轟音。
遠くで何かが破裂するような音。
同時に大きく横揺れして、一斉に機内のランプがついた。
何事だと仰天した乗客たちが四方八方を確認し、起き出してくる。
まだ爆発した右翼は折れてないが、エンジンからはもうもうとドス黒い煙が尾を引いている。
こちらはアヴドゥルに任せよう。
「翼を広げる!花京院、踏ん張れよ!」
「ああ!君も落ちるんじゃないぞ!」
「おうともよ。なに、このイベントは非常に難易度が低い方なんだ。墜落死なんてダサいトチり方できるかよ!」
ハイエロファントの瞳から確認できる。
大きな鷹のそれに似た翼を開き、風を受けるアルカナテラーの巨大さが。
その翼にはハイエロファントの触脚が張り巡らされており、遠隔操作で細かな翼の動きを補助できるようになっている。
凄まじい空気抵抗に骨が軋んでいるのか、ぐ、と苦しげにうめく声がした。
「大丈夫だ、これなら機体はそう傾かないはずだ。車輪は無事だから着陸も問題ないだろう」
「そうか、よかった。だが敵スタンドの方は……」
「それは承太郎たちの方で……今交戦中だ!【目】が起動してる、副機長は無事だが、機長が右腕をやられたようだ」
「なに!?っ、くそ、もどかしいな。ジョースターさんは!?」
チラリと見えた右翼のエンジンはすでにほぼ鎮火しているのか、黒い煙も細く途切れ途切れだ。
アヴドゥルの手腕には感謝しかない。
これで火が燃え広がってしまえば、空中で機体がバラバラになってしまう可能性すらあった。
「ジョセフさんは波紋で計器に紛れ込んだハイプリエステスを炙り出そうとして……、花京院!ハイエロファントで20秒後右翼を2度下げてくれ、機体の翼が折れる!……5、4、3、2、1!」
「!!っ、どうだ!」
掛け声に合わせハイエロファントで触手を引き寄せ、慎重にアルカナテラーの翼を2度ほど下げる。
ハイエロファント自体の精密動作性はそれほどでもないが、触脚の方は違う。
目視も難しいほんの小さな粒も正確に掴める、繊細な精密動作性を持つのだ。
プラスチックが崩れるような不穏な音に振り向けば、小さな窓の向こう側で右翼が折れ落ちていた。
一瞬だけガクンと機体が傾くが、アルカナテラーの翼で致命的なバランス崩壊は免れたようだった。
「成功だ。……ふぅ。それと、コックピットでの戦闘もケリがついたらしいな」
「本当か!?承太郎たちは無事なのか」
「もちろん。短時間ながら俺の【目】を使ってスタープラチナを動かしたんだ。負ける要素が見当たらねーよ」
もっとも、そのせいでちょっと片頭痛に悩まされてるみたいだが。
温かい笑いを交えてアルカナテラーが笑う。
しばらくのち、普段の顰めっ面を百倍にもしたような眉間の皺で承太郎は帰還した。
ジョースターさんも同伴して帰還したあたり、機長も無事だったのだろう。
どかっと座席に腰を下ろして「蛇、後は頼んだ」とだけ言って目を瞑る。
「金属に化けるという鉱石のスタンドだったんだろう。どうやって倒したんだい?」
「【目】で先回りしてスタープラチナで砕いた。くそ、頭痛ェ……ジジイ、頭痛薬は持ってねーのか」
「仕方がないのぉ、ちょっと待っておれ」
「その前に着陸だからアヴドゥルさんを呼びに行ってくれ。火はもう大丈夫、それより俺らが翼で調整してるから胴体着陸ってことはないとは思うが……」
シートベルトはしっかりな、と茶目っけたっぷりに笑い、アルカナテラーは若干の緊張をはらんだまま翼を広げている。
緊急のオレンジの光が灯る機内の中、無事インディラ・ガンディー国際空港に着陸したのであった。