出来る限り三匹から目を離さないようにしようと言ったものの、流石にずっと見張っていると飽きてくる。今からヒトたちはヘヤに集まってしまうので、自分も適当に『オトノキザカガクイン』を歩き回ることにする。
この時間のヒトたちは殆どヘヤの中だが、一部のヒトたちはイエの外で活動することがある。このヒトたちはヘヤの中に入って休息をしないのだろうか。今は『オトノキザカガクイン』の広く開けた場所で多くのヒトたちが走り回っている。ひたすら同じ場所をグルグルと走り回っているようだが、あれは一体何をしているのだろうか。
ふと、そんなヒトたちとは少し離れたところに一匹で座っているヒトを見つけた。他のヒトよりも少し小さい黒色の頭のヒト、自分が名前を知っているヒトである。
他の走っているヒトとは違い座っているそのヒトの元へと歩いていく。
「……ん? ゲッ、オト」
そのヒトは自分の姿を見るなり嫌そうな顔をした。このヒトは『ニコ』。この『オトノキザカガクイン』の中は数少ない自分のことを嫌っているヒトである。
――アンタみたいなネコに、オトノキザカのあいどるの座は譲らないわ!
……というよく分からないことを言いながら変なポーズで威嚇してきたのが、このヒトと初めて会った時のことである。『オトノキザカガクイン』の『あいどる』とは一体何なのだろうか。
その後も度々顔を合わせるたびに嫌がられたり威嚇されたりする。今回も嫌そうな顔をしていたが、構わずニコの隣で体を横にして毛繕いを始める。
「アンタも何でわざわざ私の傍に来るのよ。ったく」
そう言いながらもニコは自分を抱きかかえるようにして持ち上げる。ニコは嫌そうな顔をしながらも何故かいつも自分を撫でてり抱き上げたりする。本当に自分を嫌っているのかどうか些か疑問である。
「猫の分際でみんなからちやほやされて、調子に乗ってるんじゃないわよー」
そう言いながらニコは自分の頬を横に引っ張る。痛くはないのだが、髭が抜けるかもしれないから止めてほしい。
「っ!? イタタ……!」
すると何故か自分ではなくニコが痛がり始めた。自分の頬を引っ張るのを止め、痛みに耐えるように自分を抱く力が強くなる。
「あーもう、ホント最悪……こう重いとやってらんないわ……」
重い? もしかして自分が重くて痛がっていたのだろうか。他のヒトからは「オトはちっちゃくて羽みたいに軽いわねー」と言われたこともあるのだが、どうやら他のヒトより体が小さいニコには自分が重かったようだ。ならばずっとこうしていては迷惑だろう。ニコの腕の中からスルリと抜ける。
さて、昼寝でもしてくることにしよう。
「あ……もう、ホント気まぐれなんだから」
夕方になり、ヘヤの中に集まっていたヒトたちが様々な活動を始める時間になったので、自分は三匹の見張りを再開する。
初めはヘヤの外から三匹を見張っていた。しかし橙色の頭のヒトが「オトー! ぱんあげるよー! こっちおいでー!」と言いながら食べ物を差し出してきたので、近づいて行ったところ灰色の頭のヒトに捕まってしまった。まぁ遠くで見張る必要もないし別にいいか。
灰色の頭のヒトに抱きかかえられたまま橙色の頭のヒトから食べ物を貰う。本当は青色の頭のヒトからあの食べ物を貰いたかったが、どうやら今日は持っていないようだ。残念である。
そして近くで三匹の会話をしっかりと聞いたので三匹の名前が分かった。自分を抱きかかえている灰色の頭のヒトは『コトリ』『コトリチャン』と呼ばれているので『コトリ』。自分に食べ物を差し出してくる橙色の頭のヒトは『ホノカ』『ホノカチャン』と呼ばれているので『ホノカ』。全く、と言いながら自分の頭を撫でている青色の頭のヒトは『ウミチャン』と呼ばれているので『ウミチャン』。覚えておこう。
「『あいどる』だよ! 『あいどる』!」
ホノカから貰った食べ物を食べ終えて顔を洗っていると、ホノカは何かを取り出しながらコトリとウミチャンに向かってそんなことを言い出した。
「こっちはオオサカのコウコウで、こっちはフクオカのすくーるあいどるなんだって!」
そう言いながらホノカはこちらに向かってヒトの絵を見せてくる。『あいどる』という言葉には聞き覚えがある。最近はあまり聞かなくなったが、以前ニコがそんなこと言葉をよく口にしていた。その時に『すくーるあいどる』という言葉も聞いた。どうやらそれらは特定のヒトを指す言葉らしい。
「すくーるあいどるって最近どんどん増えてるらしくって、人気のすくーるあいどるがいるコウコウはニュウガクキボウシャも増えてるんだって!」
……また聞いたことない単語だ。すくーるあいどるが増えるとニュウガクキボウシャが増えて、ニュウガクキボウシャが増えるということにホノカは嬉しそうだった。ニュウガクキボウシャが増えるということは嬉しいことなのだろうか?
「………………」
気が付けば自分の頭を撫でていたウミチャンの手が無くなっていた。視線をウミチャンがいたところに向けるがそこにはウミチャンはおらず、ヘヤから出ていこうとするウミチャンの後姿が見えた。
「それで私考えたんだけど……って、あれ? ウミチャン?」
ホノカとコトリもウミチャンがいなくなっていることに気が付いたようだ。
「ウミチャーン! まだ話終わってないよー!」
ホノカとコトリはヘヤから出て行ったウミチャンを追いかけて呼び止める。ちなみに自分はコトリに抱きかかえられたままである。
「っ!? わ、私はちょっと用事が……」
いきなり呼び止められてビクッと飛び上がったウミチャンは笑顔で振り返るが、口元が引き攣っていた。
「いい方法思いついたんだから聞いてよー!」
「……私たちですくーるあいどるをやるとか言うつもりでしょ?」
「え!? ウミチャンえすぱー!?」
「誰だって想像つきます!」
「それだったら話は早いよねー? 今から先生のところに行って、あいどるぶを……!」
「お断りします」
「えぇ!? 何で!?」
「そんなことをして、本当にセイトが集まると思いますか?」
ホノカとウミチャンの会話が全く理解できずいい加減暇になってきたのだが、しかし今のウミチャンの発言に気になるところがあった。セイトはこの『オトノキザカガクイン』に住むヒトを指す言葉だ。
つまり今までの会話は、ホノカがすくーるあいどるになることで『オトノキザカガクイン』のセイトを集めようとしていて、ウミチャンがそれに反対しているということか。
何と言うことか。カイチョーやホノカがシンニュウセイやセイトを増やそうとしているにも関わらず、ウミチャンはそれに反対している。つまりウミチャンは『オトノキザカガクイン』が無くなっても構わないと考えているということではないか。
「大体……って、きゃ!? オ、オト?」
「オ、オトチャン、急にどうしたの?」
「ほらー! オトもこんなに尻尾の毛を逆立てて怒ってるよ! ウミチャンがあいどるに乗り気じゃないから!」
「オトにそんなことが分かるはずがないでしょう!?」
ウミチャンに対して威嚇をしてしまった自分の頭を「落ち着いてー」とコトリが撫でる。
む、思わず威嚇してしまった。食べ物をくれるヒトに対して少々不躾すぎたか。
その後もホノカがウミチャンの説得を試みていたが、ウミチャンが首を縦に振ることはなかった。
「とにかく! あいどるは無しです!」
今ならヒトがたまにするタメイキという行動が理解できる気がする、そんな気分だった。
あの後、ホノカとコトリとウミチャンが別々に行動を始めてしまい三人同時の監視が出来なくなってしまったため、自分は今回の監視を切り上げていつも通り『オトノキザカガクイン』の中を散歩することにした。
それにしても、ホノカはウミチャンをすくーるあいどるにするために必死だった。それほどまでにホノカも『オトノキザカガクイン』が無くなったら困るのだろう。もしかしたらホノカも『オトノキザカガクイン』以外に住む場所の当てが無いのかもしれない。ウミチャンや他のヒトが『オトノキザカガクイン』が無くなると知っても困っていないのは、ここ以外に住む場所の当てがあるからなのだろう。
もしホノカがソツギョウしなかったら、ホノカも自分と同じようにこの『オトノキザカガクイン』で一日を過ごすようになるのだろう。ホノカはヒトなので、同じヒトから食べ物を貰い易くなるかもしれない。そうなったら代わりに自分はホノカにトリやムシの取り方を教えてあげよう。ヒトはトリやムシを捕るのが苦手のようだし、食べ物を貰えない時の食糧調達も大事だからな。
まぁ、それもこの『オトノキザカガクイン』が無くならなければ、の話なのだが。
そんなことを考えながら歩いていると、ヘヤの中からヒトの声と音が聞こえてきた。聞き覚えのある声と音、そして見覚えのあるヘヤの入口だった。
ぴょんと飛び上がり中に入ると、やはりそこには黒い大きなものの前に座っている赤色の頭のヒトがいた。
「ん? ……ヴェエ!?」
相変わらず変な声を出すヒトである。
「って、またアンタ?」
何となくヘヤの中に入ってみたが、このヒトは前回食べ物を持っていなかった。だからあまりこのヒトから食べ物を貰えることを期待はしていないのだが。
「ふふん、前回は逃げられちゃったけど、今日はそうはいかないわよ。今日はアナタのためにわざわざギュウニュウを用意してあげたんだから! 入れ物も一緒にね!」
おぉ、どうやら今回は食べ物を貰えるらしい。赤色の頭のヒトに近づくと、赤色の頭のヒトは器に白色の液体を注いで床に置いた。
「さぁ飲みなさい。感謝しなさいよ!」
自分にくれる、ということでいいのだろう。ではありがたくいただくことにしよう。
「あ!? ダメー!」
すると突然ヘヤの入口が開き、誰かヒトが飛び込んできた。誰かと顔を上げると、それは橙色の頭のヒト――ホノカだった。
ヘヤに飛び込んできたホノカは自分に近づくと、白色の液体が入った器を取り上げてしまった。あぁ、自分の食べ物が。
「え!? な、何!?」
「ふぅ。ネコにヒトが飲むギュウニュウをあげちゃダメなんだよ? お腹壊しちゃうから」
「え? で、でもネコにギュウニュウあげるっていう話はよく聞くし……」
「中には大丈夫な子もいるけど絶対じゃないから、あげるならペット用のミルクにしないと」
「そ、そうだったんですか……」
何やら話しているが、結局それを貰うことは出来ないのだろうか。
「というわけでごめんね、オト。代わりにこれあげるね」
そう言いながらホノカは小さな塊を取り出して自分に向かって差し出してきた。確かさっきも貰ったぱんという食べ物だった。あの白色の液体も少し興味があったのだが、しょうがない。
「えっと……いつも食べ物を持ち歩いてるんですか?」
「あはは、オトにあげようと思ってついね?」
ホノカと赤色の頭のヒトの二匹に撫でられながら、貰ったぱんをはぐはぐと食べるのだった。
・ニコ
ようやく登場にっこにっこにー!
……この登場のさせ方だったらプロローグでも出来たんじゃないかと後になって思った。
・オトノキザカのあいどるの座は譲らないわ!
にこなら猫相手にも言いそうだと思った。
・「こう重いとやってらんないわ……」
何が重いんですかねぇ……(変態)
・『ホノカ』『コトリ』『ウミチャン』
ようやく名前を覚えてもらった初期メンバー。
……いや、二人して海未ちゃんって呼んでれば普通こう認識しますって。
・「ウミチャーン! まだ話終わってないよー!」
海未ちゃん初顔芸シーン。残念ながらオトの位置からは見えなかった。
・「オトもこんなに尻尾の毛を逆立てて怒ってるよ!」
激オトぷんぷん丸。
・ホノカにトリやムシの取り方を教えてあげよう。
オトは猫ですが面倒見がいいです(勘違い)
なお「大丈夫! 穂乃果は自分が面倒見るから!」と思われた紳士の皆さま。どうぞ可愛がってあげてください。自分は代わりに真姫ちゃんの面倒を見ますので。
・「わざわざギュウニュウを用意してあげたんだから!」
前回逃げられちゃって地味に落ち込んでリベンジを図る真姫ちゃん可愛いなぁ!
・猫に牛乳
飲み続けて慣れる子もいるらしいですが、上げる場合は念のためペット用のミルクにしてあげてください。
オトが介入したことにより会話などに変化が生じております。この小説ではそこら辺を楽しんでいただけたらと考えております。