ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

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ストームリーチ
2-1.ストームリーチ


自室に戻り、荷物を纏めているザックを拾い上げるとそれで出立の準備は整った。

 

服装は島での冒険時に着用していた『ドラゴンタッチド・アーマー』のローブに着替え、腰にロングソードを佩いている。

 

何せ今から行く街では何が起こるかわからない。ある程度の備えはしておく必要があるだろう。

 

部屋を出るために扉を開けると、そこにはレダが待機していた。

 

 

「お荷物をお持ちしますよ、トーリ様。港までご案内させてください」

 

 

彼女の厚意に甘えさせて貰い、荷物を預けると彼女の先導に従ってタラップへと向った。

 

埠頭に向けて渡されているタラップの前には、見送りに来てくれたリナールとメティスが待っていた。

 

 

「どうだったかな、トーリ。

 

 乗船前に言った私の言葉の結果について君の感想を聞かせて欲しいんだが」

 

 

ダンディな顔にも不思議と似合うニヤニヤした笑いを浮かべながらリナールが話しかけてきた。

 

 

「まったく、このソウジャーン号はとんでもない船だったよリナール。

 

 五つ国のどこを探してもこれほどのサービスが受けられる船どころかホテルすらないだろう。

 

 チュラーニ氏族の造形美に対する情熱とジョラスコ氏族の癒しに対する献身が、高いレベルで調和している完璧な旅を体験させてもらったよ。

 

 もうこれからどの船に乗ってもこの航海の事を思い出すに違いない」

 

 

手を差し出し、固い握手を交わす。

 

 

「何、君ならいつでも大歓迎さ。

 

 実はうちの船員達から、君から聞いたコルソスでの冒険譚をこの船の公演にしようという話が出ていてね。

 

 是非その際には監修をお願いしたんだがどうかな」

 

 

またこの船長は唐突な提案をしてくれるな。

 

 

「ああ、そのくらいなら構わないさ。だがまぁ、俺の名前は伏せておいてくれよ」

 

 

寝物語に聞かせた話では重要な部分は語っていないし、ラース達の役回りを強調して話していたので俺の役回りは脇役ポジションである。

 

ドラゴンとの戦闘もほぼ省略して、クライマックスは彼らが『マインドサンダー』を目の前にした戦闘の部分だ。

 

あんな規格外のドラゴン相手に生き残ったなどという妙な噂が流れては困る。

 

 

「相変わらず君は奥ゆかしい男だな!

 

 我々は儀装や物資の都合で暫くはこの港に停泊する予定になっている。

 

 うちの船員達も喜ぶだろうし、是非また顔を出してくれ給え」

 

 

どうやら船の舳先にホワイトドラゴンをあしらった像を取り付けるらしい。

 

白竜の試練を乗り越えた船、ということで未来に起こるあらゆる困難にも打ち勝てるよう祈願を込めるとの事。

 

 

「トーリ様。昨夜調整させていただいた礼服で御座います。

 

 お預かりしていた『ジャージ』につきましてもこちらに包ませていただきました。

 

 何かご不満が御座いましたらこの街にある我々の居留地にお立ち寄りください。

 

 すぐに対応させていただきます」

 

 

メティスがそういって高級そうな布で包まれた品を渡してくれた。

 

 

「頂いた生地や『プラスチック』という素材もきっと謎を解いて見せますから!」

 

 

彼女は両手を握り締めてその決意の程を伝えてくれている。どうやら彼女の職人魂に火がついているようだ。

 

 

「まぁ仕事に差し支えない程度にね。完成品が出来たらそのときは是非見せて欲しいな」

 

 

服飾のレベルが向上してくれると俺としても嬉しいし、彼女には是非頑張ってもらいたい。

 

 

「トーリ様・・・・」

 

 

最後はこの船旅中最もお世話になったレダである。

 

 

「色々とお世話になったね、レダ。

 

 君ならきっといいアクターになれる。いつか大舞台に君が立つその日を楽しみにしているよ」

 

 

「はい、必ず!」

 

 

彼女とも挨拶を交わし、もう一度ソウジャーン号を見やる。

 

いくつかの窓や展望室などからは、この航海の間に知り合ったクルー達がそこからこちらを見送ってくれている。

 

彼女らにも手を振りつつ、別れを告げると俺はタラップを降りてついにストームリーチに立ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼンドリック漂流記

 

2-1.ストームリーチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭は他にも多くの船が乗り入れており、そこかしこで積荷の積み下ろしや検分が行われている。

 

中には魔法装置と思われる巨大な重機により積荷を運んでいるものまである。

 

巨大なコンテナが魔法仕掛けのアームによって運ばれるその様は現代の港を髣髴とさせる風景である。

 

行きかう人混みを避けながら、出来るだけ表通りを歩くように街中を進む。

 

やはりコルソス村同様、要所の記述はゲーム通りではあるがゲーム中描写されていなかった細い路地や建築物、下水への入り口が相当数見受けられる。

 

この街は発達していたであろう巨人文明の遺跡を利用して建設されたためか下水道が発達しており、こうして歩いている目抜き通りなどは綺麗なものだ。

 

船着場から離れ、切り立った崖に取り付けられた階段を上って街中に入ると雑然とした建築物にも調和が見受けられるようになり、区画ごとにある程度の統一性が見て取れるようになった。

 

そんな風に周りを見渡しながら歩いているとどうやらおのぼりさんと判断されたようだ。

 

路地から飛び出てきた少年がこちらにぶつかると、悪態をついて走り去って行こうとする。典型的なスリのパターンである。

 

逃げ出そうとした少年の襟首をひっ捕まえ、話しかけた。

 

 

「ちょ、オイ、何するんだ離せよ!

 

 オイラは何もしちゃいねーだろ!」

 

 

生憎貴重品は全てブレスレットの中である。ポケットの中には何も入っていないし、抱えているザック等を狙うにはこの少年では力が足りないであろう。

 

 

「ああ、ちょうどいい。この街のガイドを探していたところでね。

 

 良かったら今夜の宿の紹介と、このあたりの案内をお願いできるかな?」

 

 

そういって銅貨を3枚指先で弾いて渡してやると、弾かれたように少年はコインに飛びついた。

 

微妙に軌道の異なるそれらを見事に回収するその器用さは中々のものだ。

 

 

「・・・なんだ兄ちゃんこの街は初めてなのかい?

 

 そのナリからすると冒険者なのか?」

 

 

どうやら今の銅貨で初期態度を中立にすることはできたようだ。

 

ソウジャーン号で読んだ本でこの街の昔のことは把握したが、リナールが言うには新しいハーバー・マスターの就任で色々と事情が変わっていそうではある。

 

宿などについても現地の人間に話を聞いてから決めたいところだ。

 

こんな街でたくましく生きている子供達であればある程度事情に通じていそうでもあるし、妙な案内人を雇うよりは危険が少ない気もする。

 

 

「ああ、船の都合で仲間とは別々に到着しちまったんだ。

 

 連れが来るまでの間に過ごせる宿を探しているのと、それまでの間に街に慣れておこうと思ってね。

 

 俺を満足させてくれたら銀貨2枚を追加してやるよ。

 

 この条件で案内をしちゃくれないか?」

 

 

とりあえず便利な雑貨系アイテムを購入したい。

 

後はソウジャーン号ほどとはいわないがちゃんとしたベッドのある宿で個室が取れれば文句はないのだが。

 

 

「判った。その条件で引き受けてやるよ。

 

 でも兄ちゃん来たばっかりってことはジンの許可がないだろうから、中央市場方面には行けないぜ」

 

 

む。ゲームでは確かに特定のクエストを完了しないと埠頭区画から他へ移動できなかったが、実際にそういう制限が掛けられているのか。

 

 

「なんでまたそんなことに?

 

 マーケットで買い物をさせて金を落とさせる方が良さそうなもんだが」

 

 

素朴な疑問をぶつけてみると、少年は懇切丁寧に説明してくれた。

 

 

「何言ってんだ兄ちゃん。ハーバー・マスターは港を通じての関税が収入源でマーケットでいくら金が落とされようが関係ないさ。

 

 他のコインロード連中からしてみれば噴飯物かもしれないけど、確かにジンのやり方のおかげでここらの治安は良くなってるからね。

 

 そのおかげで逆に市場も落ち着いて潤ってるみたいだし、強く文句が言えないみたいだぜ」

 

 

確かに、どこの馬の骨とも知れない冒険者が大挙して押しかければ治安は悪化するだろうし、それに紛れて犯罪者も流入するだろう。

 

この埠頭に足止めされた冒険者は飢えない為に埠頭区画の依頼をこなすしかないし、それによって治安を回復させることも出来るだろう。

 

真っ当じゃない連中は荒れるかも知れないが、ゼンドリックを探索するのなら別に市場方面からでなくとも外へ出て行けば済むことだ。

 

戦利品を買い取る程度は余程の品でなければ埠頭区画の店でも可能だろうし、何なら停泊している商船に話を持ちかけても良い。

 

最低限の装備を整えることくらいは埠頭区画でも可能だろうし、街の外にもテント村があり友好的な現地のジャイアントと交易することもできる。

 

普通の冒険者にとっては問題ないのかもしれない・・・俺としては問題が大有りなんだが。

 

 

(これだとシャーンまでの《テレポート》サービスは受けられないだろうし、大きな買い物ができるのは当分先になりそうだな・・・)

 

 

オライエン氏族の『移動のマーク』によるサービスで一気にシャーンまで移動して、拠点の構築と物資の購入を行おうと思っていたのだが彼らの居留地は埠頭区画には無い。

 

レベルが上がれば自分の力でこの2都市を往復できるようになるため、双方の都市で家を買うか借りるかしようと思ったんだが当分はお預けらしい。

 

ストームリーチで購入できる品物の上限金額は2万GP、対してシャーンは10万GPと差が大きい。

 

無論TRPG版の設定であるため実際には違うかもしれないが、街の規模の違いからしてあちらの方が買い物には適している。

 

しかもそのストームリーチの2万GPは発達している中央市場方面での話で、この辺りはもっと低いだろう。

 

ジョラスコ氏族やチュラーニ氏族の居留地も市場方面にあるはずで、当分訪問できそうに無い。

 

あるいはリナールらに働きかければ許可はすぐ得られるかもしれないが、あまり借りを作りたくない。

 

氏族に関わりある冒険者だと思われると取れる動きに制限がでるだろうし、今の時点で変な色をつけるのは好ましくない。

 

とりあえずは無難にクエストをこなして埠頭区画から脱出するのが主目的になるだろうな。

 

 

「それじゃ仕方ないな。

 

 まずは冒険者向けの雑貨を扱っている店と、できれば宝石を扱っている店を紹介してくれ。

 

 宿はその後で頼むよ」

 

 

まずはこの埠頭区画での足場を固めるとしよう。

 

 

「任せな。

 

 ボサっとしてはぐれるんじゃないよ!」

 

 

そういうと少年は道を先導して進み始めた。埠頭区画では北側に位置するこのエリアは町並みも綺麗で治安も良さそうだ。

 

10分も歩いたところで広場のようなところに出た。中央には噴水があり、植えられた草花が咲き誇っている落ち着くスペースだ。

 

だがその公園の周囲には、いかにもな風体の冒険者達が立っている。似つかわしくない連中のせいで雰囲気が台無しである。

 

 

「ここが『志願者の広場』さ。

 

 周りのおっさんったちは冒険者に対して技術のトレーニングを行っている教官たちさ。

 

 兄ちゃんも少しは連中から物を教わったほうがいいかもね。

 

 あとは金貨次第で傭兵としても雇えるって話だよ」

 

 

ゲーム中では経験点を貯めたらトレーナーと会話してレベルアップさせるクラスを選択していたが、流石にそんなシステムでは無いようだ。

 

いま自分が習得していない技能についてアドバイスを受けたい時に利用するんだろう。

 

 

「で、ここが『ハンマー&チェイン』

 

 この区画じゃ唯一のマトモな武具屋だね」

 

 

案内されて店内に入ると、ヒゲの濃いドワーフがカウンターの内側からこちらを値踏みするように睨み付けている。

 

 

「なんだ、アンちゃん術者か?

 

 ここはひ弱な連中が扱えるような品はねぇぞ。

 

 秘薬を探してるんなら隣広場に行きな」

 

 

ローブ姿だし術者と思われているようだな。まぁ別に構わないのだが。

 

腰に下げているロングソードを外して店主に見せる。

 

 

「こいつの手入れをお願いしたい。ついでにその間に替わりになる得物を貸してくれると嬉しいんだが」

 

 

ドワーフの男はカウンターに置かれた剣を鞘から抜き放って検分を始めた。

 

 

「・・・こいつは結構痛んでやがるな。

 

 ロクに手入れもせずにここまで使い込むとは何考えてやがるんだ。おまけに魚臭え。

 

 コイツの泣き声が聞こえてくるぜ」

 

 

コルソスで多くの魚人を相手にした武器である。チート武器の類は常識外れの強度なため傷一つ無いが、この初期武装はかなり痛んでいたので修理に持ち込んだのだ。

 

 

「長い間手入れできないような環境で闘うことになってね。

 

 どうだろう、引き受けてもらえるだろうか?」

 

 

適度に魔法で強化されている武器なのでカモフラージュ用の武器としては重宝している。

 

これ以上の品を探すとなるとこの街のマーケットでなければ無理だろうし、出来れば手入れして使っていきたいのだが・・・。

 

 

「フン、幸いにも芯まで痛んじゃいないようだ。

 

 カニスの職人がいい仕事をしてやがったおかげだな。

 

 金貨100枚で二日後には仕上げておいてやる、それまではそこに置いてあるのを好きに持って行きな」

 

 

手付けとしてテーブルの上に半分の金貨を置くと指し示された店内の角に向う。そこには無造作に放り出された武器が置かれていた。

 

 

(せめて高品質の武器が欲しいところだが・・・まぁここは我慢するか)

 

 

何本か握ってみて感触がいつもの剣に近い得物を選び、腰に据える。特に違和感もないし、これを借りていくことにしよう。

 

 

「それじゃ明後日の朝引き取りに来よう。

 

 俺はトーリ・・・あんたの名前は?」

 

 

一応、応対した店員の名前くらい聞いておくべきだろう。そう思い尋ねるとドワーフはぶっきらぼうに返事を返してきた。

 

 

「フン、ファーガスだ。

 

 アンタが次に同じ月が満ちるまでに受け取りに来なかったら野垂れ死んだと思ってこいつは質に流すことになる。

 

 精々くたばらずにいるんだな」

 

 

悪態にも取れる言葉を受けつつ店を後にした。

 

 

「まったく、ドワーフってのはどこの連中もあんな感じだなぁ。

 

 あんな愛想で客商売ってんだから信じられないね!」

 

 

案内してくれている少年がファーガスの物言いに憤慨してくれている。

 

どうやらドワーフが人当たりが悪いのは設定通りみたいだな。【魅力】にマイナス補正のある種族だし、そういう個性なんだろうと思うが。

 

 

「まぁ職人気質な連中ってのはえてしてそんなものかもしれないよ。

 

 さあ、次はさっきのドワーフも言っていた秘薬を扱っている店を案内してくれないか」

 

 

こちらとしては仕事をキッチリしてくれれば文句は無い。

 

結構使い込んでいたのでゲームでなら最大耐久値が減るかもしれないが、逆にTRPGではそういった設定はなかったはず。

 

そういう意味でも明後日帰ってくるあの武器がどうなっているのか楽しみである。

 

将来はチート武器類も手入れをしなければいけなくなるかもしれないので、結果次第では自分で手入れの技能を伸ばす必要があるかもしれないのだ。

 

案内役の少年は街路を南に向けて歩き出しているが、少々気になったことがあったので呼び止める。

 

 

「なあ、あの北側のところにある大層な門はなんだ?

 

 何人か衛兵が立ってるし、街中にしちゃ物々しい雰囲気だが」

 

 

昔コルソス村が実装されるまでに初期クエストがあった辺りの街区へ通じる道が封鎖されている。

 

日本語版サービスの最新モジュールでも確かに閉鎖されていたが、理由は再開発だかなんだかだったはずだ。

 

それにしては少々雰囲気が物々しい。衛兵が歩哨をしているだけでなく、近くには詰め所らしき建物もある。

 

 

「ああ、あそこはちょっとワケありなんだ。

 

 表向きは再開発ってことになってるんだけどね」

 

 

表向き、ね。この口振りだと何か知っていそうだな。

 

少年の口を滑らかにするためにも銀貨を一枚そっと握らせてやる。

 

案の定、南へ向う街路を歩きながら少年はあの封鎖された区画にまつわる物語を聞かせてくれた。

 

 

「毎度。

 

 半年くらい前の話かな。元々あの辺りにはこの街でも有名だけど、口にするのも憚られるソーサラーの住処への入り口があったのさ。

 

 元々あんまり街区の連中には不干渉な御方だったから何の問題もなかったんだけどね・・・

 

 とある夜に、どこかの命知らずがそのソーサラーの宝物庫に侵入したのさ!

 

 どんな手段を使ったのかは知らないけど、それを知ったそのソーサラーはその下手人達に向けて怖ろしい呪文を使用したんだ。

 

 あの辺りの区画はその際に下手人と宝物庫の番人が争った跡と呪文の影響で薄気味悪い廃墟になっちまったのさ。

 

 一晩経った後、もうそのソーサラーの屋敷への入り口は綺麗さっぱり消えうせたんだが呪文の効果は残った。

 

 真昼だってのに薄暗く、物陰には馬鹿でかいネズミや蜘蛛どもが潜んでるって話だよ。

 

 なんでジンはこれ以上の面倒ごとを避けるためにあそこを封鎖したんだって専らの噂さ」

 

 

思い当たる話がある。エベロンを舞台にした小説「ドリーミング・ダーク」シリーズの二章、「砕かれた大地」はゼンドリックを舞台にしている。

 

この小説は日本語に翻訳もされたので読む機会があったんだが、その中で今の話と思われる部分があるのだ。

 

主人公達はソーサラーの宝物庫で同じく侵入していたリードラ国のエージェントと一戦やらかすのだが、その後船に乗って街から逃げ出してしまう。

 

その後の描写は無かったので気にしていなかったのだが、まさかこんな事態になっているとは。

 

 

「聞いたことがあるな。ストームリーチにはドラゴンの血を引くという強力なコボルドのソーサラーがいるとか」

 

 

その名はハザラック・シャール。TRPGの設定本にも登場する、最低でも12Lvのソーサラーで"竜の公子"という二つ名があったはずだ。

 

ハーフドラゴンなのかそれともドラゴンがコボルドに化けているのか定かではないが、この街でも1、2を争う実力者であるのは間違いない。

 

 

「・・・その名前を口にしちゃ駄目だよ。どこで聞かれてるかわかったもんじゃないからね」

 

 

この反応からするに件のソーサラーは相当恐れられているようだ。入り口は消えているという話だが、例の区画には近づかない方が良さそうだな。

 

そんな話をしているうちに街路の分かれ道を西に抜け、少し進んだところで目的の店らしき建物に到着した。

 

先程の広場のような開けたスペースではないが、石造りの建物はいずれもひさしを設けてありその下にはいくつかの椅子が置かれている。

 

 

「ここは『哲学者の曲がり角』。

 

 それであそこの店が『ダゴワード薬店』さ。

 

 ちょいとボロい店だけどカニス印の『ポーション』なんかも売ってる。

 

 専門じゃないけど宝石の買取なんかもしてくれるはずだよ。

 

 秘術のアイテムの一種として宝石を扱っているみたいだしね」

 

 

ドアを開けて店内に入ると、秘術で使用する様々な秘薬やポーションの匂いが鼻についた。照明は薄暗く、匂いとあいまって神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

 

「いらっしゃい、お客さん。

 

 見たこと無い顔だがストームリーチは初めてかい?

 

 私は店主のナリア・ダゴワードだ。何か必要なものがあったら言っておくれ」

 

 

先程の武具屋とは異なった普通の対応である。

 

客層の違いでもあるのだろうが、この店主からは人を落ち着かせる雰囲気が感じられる。

 

 

「こちらでは買取もやっているかな?

 

 実はポーションとスクロール、あと宝石の買取をお願いしたいんだが」

 

 

コルソスで入手した《死体操り》のスクロールの余りやラピスから受け取った宝石、あとは地味な戦利品としていくらかのポーションがある。

 

数がそれなりにあるので処分できればまとまった金額になると思うのだが・・・。

 

 

「ふむ、買取も勿論行っておりますよ。

 

 それではこちらで物を見せていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

カウンターから少し離れたテーブルの上に品物を置く。

 

背負い袋から取り出すフリをしつつ、ブレスレットからアイテムを取り出し陳列していく。

 

 

「スクロールは・・・《死体操り》ですか。記述は確りしているようですが、なかなか買い手の難しい品です。

 

 ポーションのほうも効果は確かなようですが、マークがついていない所を見るとカニスの工房製ではないのでしょう。

 

 宝石については・・・ラピスラズリですか。秘術の触媒として使えるタイプのものではないようですね。

 

 ウチが買い取るとなるとあまり良い値ではお引取り出来ませんが」

 

 

そうして彼の示した価格は、いずれも市価の3割程度の金額であった。

 

ふむ、これは相当買い叩かれているようだな。ゲームでは売価は1割が基本であったが、TRPGでは半値が基本である。

 

彼女の言い分にも理はあるが、それだけではこんな価格にはならない。ここは一つ"交渉"するとしよう。

 

 

「確かにそちらのスクロールは使い手を選びはするがそれは逆に貴重だということになりましょう。

 

 それに使い手がいなかったとしてもその巻物に込められたパワーは本物だ。

 

 少し腕の立つアーティフィサーであればその力を上手く利用して別の魔法の道具に利用できるだろうし、

 

 こういったお店であれば何人かそういったアーティフィサーの伝手をお持ちでは?

 

 ポーションについては確かにカニスの工房で作られたものではないですが効果はあるとお認めになられましたよね。

 

 それであればこの店に並んでいる他の商品同様、この店の看板があれば普通に買い手はつくでしょう」

 

 

相手の言い分を認めた上で、こちらの言い分を通す。

 

ラピスから学んだ手法だが、彼女はあんな性格だが交渉術はきっちりしている。

 

しばらくすったもんだを繰り返した後、宝石については専門の店で別途買い取ってもらうことにして他の品については5割の価格で売却することに成功した。

 

まぁ現金ではなくこの店で売っている商品の購入に使用するという条件が効いたんだろう。

 

ゲーム中では実装されなかった便利系アイテムのうち、値がかさまないものをいくつか購入する。

 

代表的な品としては追跡を撒くために使用する魔法の粉(足跡を覆い隠してくれる)、1時間休むだけで呪文使用能力が回復する携帯用寝具などだ。

 

思ったよりも収穫があったため、買い取ってもらった金額から足が出てしまったが必要な投資である。

 

 

「久しぶりに良い商いをさせていただきましたよ、トーリ様。

 

 今度とも当店を御贔屓にお願いいたします」

 

 

満足顔の店主に見送られて店を後にした。

 

俺もひとまずTRPGで慣れ親しんだ便利系アイテムを揃えることができて満足である。

 

もっと大都会であれば、あるいはこの街の中央市場にでも行くことができればもう少し値の張るアイテムを入手することもできるんだろうが、生憎その場合は金の入手元の問題がある。

 

流石に1万GP単位の買い物になればクンダラク氏族の銀行サービスを通した小切手などを使用しなければならないだろうが、突然大金を持ち込むと犯罪結社のマネーロンダリングと疑われかねない。

 

最初のうちは探索の拾得物という扱いにして手持ちのアイテムを売り捌きつつ、徐々に回転させる金額を増やしていくなどといった遠まわしな手段を取る必要があるかもしれない。

 

 

「なあ、買い物はもう済んだのかい?

 

 後は宿を紹介すればいいってのならこの区画にある二軒に案内するけど」

 

 

店を出たところで少年に聞かれた。

 

確かに買い物はだいたい終了したし、後はいい宿を取れれば初日としてはまずまずの結果じゃないだろうか。

 

 

「そうだな。じゃあ案内の前にそれぞれどんな店か教えてくれよ」

 

 

TRPGではこの辺りに宿の設定はなかった。ゲームのほうで設定されていた2軒と同じか確認しておいた方がいいだろう。

 

 

「ああ、まず1件は『水漏れ小船亭』って波止場にある宿さ。だいたいは寄港した水夫の連中が使ってる宿だね。

 

 店の周りに集まってる船を部屋代わりにしてるんで、舟に慣れてないと大変かも。

 

 この街の連中は結構船の上で生活してる連中も多いし普通のことだけど。

 

 こっちから見えるはずだしちょっと歩こうか」

 

 

会話しながら街を東に抜け、高台から港を見下ろすと件の宿が視界に映った。

 

ゲームと同じ場所に位置しているその建物は海上にいくつかの支柱を付き立て、その上に戸板を重ねて作られた酒場と思われる建築物と、これまた戸板を足場にして繋がれた何艘もの船を部屋代わりにしているようだ。

 

入江であり波があまりないためそれほど揺れは激しくないだろうが、確かに一般人があそこでぐっすり休めるようになるには慣れが必要そうに思える。

 

小船にはそれぞれ屋根がついており雨風は防げるようだが・・・見知らぬ街で野宿するよりはマシ、程度のものだろう。出来れば他を当たりたい。

 

 

「あれでマトモな部類なのか・・・。後一軒のほうはどうなんだ?」

 

 

想像以上に劣悪な環境に挫け、いっそソウジャーン号を宿代わりにしたい気持ちに駆られるが、そんな贅沢なことをしていてはこれからとても冒険者としてはやっていけない。

 

レベルが上がれば快適な居住空間を発生させる呪文もあるのだ。成長するまではクエストで野営や過酷な環境におかれることもあるだろうし、今のうちに慣れておかなければ。

 

 

「うーん、兄ちゃんにはあの宿の方が良さそうだと思ったんだけどね。

 

 もう一軒の方はちゃんと陸にある宿さ。『きまぐれ海老亭』ってんだけど」

 

 

ふむ、こちらもゲームに登場した酒場だな。しかしわざわざ後回しにされたということは何か曰くがあるのだろうか?

 

 

「陸にあるだけ随分マシに思えるんだが・・・何か問題があるのか?」

 

 

「もう一軒のほうは冒険者が使ってるんだけど、この区画はいまハーバー・マスターの規制でこんな状態だろ?

 

 だから特に荒くれ者が集まってるんだよ。だから兄ちゃんにはちょっと厳しいんじゃないかと思って。

 

 見た目貧弱そうだし、下手したら毟られそうだぜ。

 

 冒険者同士の喧嘩も多いらしいし。

 

 あの宿に行くくらいなら、そこらで夜鷹を買ってそいつのねぐらに潜り込んだ方がいいんじゃないか?

 

 さっきの店での様子を見るに金は持ってるんだろうし」

 

 

まぁその程度ならなんとでもなるだろう。

 

夜鷹云々は美人局が怖い。見ず知らずの他人の前で眠れるような治安の良い街ではないだろう。

 

それに何よりもこんな下層エリアでは衛生的に俺には無理だろう。病気や毒が無効でも、匂いとかはどうにもならないし。

 

公衆浴場みたいなのはあるが、ゆるめの貫頭衣を着たままか下着姿で頭から水浴びをする程度である。

 

風呂についてはジョラスコ氏族の居留地で公衆浴場が提供されているはずだが無料ではないだろうし、この辺りの住人が愛用しているとはとても思えない。

 

 

「なんだ、心配してくれたのか。ありがとな。だがまぁそのくらいならどうにでもなるさ。

 

 その『きまぐれ海老亭』とやらに案内してくれ」

 

 

高台を離れ、街路沿いに南へ進んでいく。

 

 

「そこにあるのがジンの屋敷さ。代々のハーバー・マスターが使ってる」

 

 

街路から少し離れた辺りに、周囲より少し高くなっている地形がありその上に堅牢な建築物が建てられていた。

 

港湾部を見下ろすように建築されたその建物は窓には格子が嵌め込まれており、屋根に見える煙突はそこから侵入されないよう細い構造になっている。

 

基部は驚いたことに1枚の岩のようだ。どこからどうやって運んだのか想像もできないが、ひょっとしたら古代遺跡の構造体なのかもしれない。

 

そして極めつけに、その周囲にはウォーフォージドの兵士達が目を光らせている。

 

彼らの体は例外なくアダマンティンの黒い輝きに覆われており、通常の刃物では傷つけるのは困難そうだ。

 

熱帯地方であるこの街ではフルプレートなんかの重装鎧なんか着ていてはすぐに熱中症で倒れてしまうだろう。

 

彼ら機械の兵士はフルプレート並の装甲を有し、そして疲れを知らない。

 

最終戦争という過酷な戦場の、おそらく最前線にいたであろう彼らは経験も豊富で非常に優秀な門番であろう。

 

 

「連中は『アイアン・ウォッチ』っていうストーム・ロード直属の精鋭さ。

 

 五つ国中から集まったウォーフォージドだけの守護隊で、他の連中みたいに袖の下を要求したりしない気の良い奴らだよ」

 

 

どうやら住人からの人気も高いらしい。動きを見ると動作も洗練されており、それぞれの錬度も高そうだ。

 

建物の入り口を固めている二人組みは体全体が隠れるほどの大きな盾を脇に置いている。この屋敷は文字通り難攻不落のようだ。

 

 

「見事なもんだな。

 

 ジンってのは余程な人物なのか?」

 

 

あまりジロジロと眺めていては不審人物だと思われかねない。屋敷を避けて折れ曲がっている街路を進みながら当代のハーバー・マスターの評判を聞いてみる。

 

 

「そうだねぇ。ジンに変わってから確かに治安は格段に良くなったよ。

 

 去年まではそこらじゅうで喧嘩どころか殺し合いがしょっちゅうで、一つ通りの筋を違えただけで二度と表通りに戻って来れないなんてことが当たり前だった。

 

 今はすぐに警邏の連中がやってくるし、随分と暮らしやすくなったね。

 

 でも最近はそこら中の下水道にコボルドの連中が住み着いて悪さを働くようになった。

 

 ジンはそれに頭を悩ませてるみたいだよ。

 

 わざわざ冒険者をここで足止めしてるのは連中にコボルドの相手をさせたいんじゃないかな」

 

 

ハーバー・マスターの屋敷を過ぎると暫くは建築物の無い空間が広がっていた。街路の両側には芝生が植えられており、所々に花が咲いている。

 

おそらく建物の影に隠れて近寄られないための措置なんだろう。

 

そのまま暫く進むと、港湾地区と中央市場地区の間を遮る巨大な壁が迫ってきた。

 

この部分は遺跡の構造をそのまま利用しているんだろう、周囲の建築物とか明らかに年季も異なって見える。

 

古代のジャイアント達の遺跡だけあって、壁もまた巨人の歩みを遮るのに相応しい高さを誇っている。

 

これを越えるのは難儀そうだ。所々に物見台もあるし、呪文による監視装置がついていても不思議ではない。

 

まぁ大人しく正攻法で通り抜けるとしよう。

 

壁際に建設された建物沿いに街路は南に向って続き、やがて海へと流れ込む河を渡る橋へと繋がっている。

 

河といっても水面は遥か下方、20メートルほど下にある。

 

その上に掛けられているのはゲームでは吊橋であったが、目の前には石造りの頑丈そうな橋が渡されていて一安心である。

 

その橋を越えるとやがて中央市場方面へ抜ける大門が見えてきた。

 

時折港からの大規模な荷が運び込まれる以外はそれほど人通りは多くない。数人の冒険者が行き来するのを見たが皆首から印章を下げている。

 

おそらくあれがハーバー・マスターの認証なんだろう。

 

 

「あそこの門さ、ザルに見えるけど下手な考えはしない方がいいぜ。

 

 印章にはシリアルナンバーがあるらしいし、誤魔化そうとした連中は探索の戦利品を丸ごと没収されたって話だ。

 

 滅多にバレないのかもしれないけど、リスクが高いってことで皆大人しくしてるよ」

 

 

まぁそんなもんだろうな。横目で門を見ながら通り過ぎると再び住宅が密集している区画になった。街の外に近い埠頭区画の南エリアである。

 

徐々に海に向っていく斜面には住宅に混じって倉庫と思わしき建物も並んでおり、その割合は海に近づくにつれて高くなっていく。

 

このあたりはクエストの密度の高い・・・いうなればそれだけ治安の悪いエリアである。

 

案内役の少年にもやや緊張が見受けられる。橋のこちらと向こうでは随分と街の印象が違う。

 

そこらの暗がりには確かに何かが潜んでいるようで、時折固いものを引っ掻くような音が聞こえてくる。

 

ストームリーチの外縁部でもあり、この壁の反対側はもう街の外だ。おそらく大勢のならず者が潜り込んでいるだろう。

 

使われていない倉庫がそういった連中のねぐらになっていることもあるだろう。

 

何しろここは五つ国の法が及ばない街。コーヴェア大陸で罪を犯したものが身を隠すにはうってつけなのだ。

 

そういった雰囲気の区画の比較的入り口に近いところに目的の宿はあった。

 

 

「ほら、そこに水色の海老の看板があるだろ。

 

 あれが『きまぐれ海老亭』さ」

 

 

両開きのウエスタンドアと、そのドアの上に掲げられている海老の描かれた看板が目に入る。

 

描かれた海老はその鋏脚にそれぞれコップとパンを挟み込んでいる。

 

補正された聴力が昼過ぎだというのに店内で飲んだくれて大騒ぎしている喧騒を伝えてくるが、このイラストの微笑ましさに似合わない荒んだ雰囲気である。

 

 

「案内ありがとな。色々と面白い話を聞かせてくれた礼だ」

 

 

そういって少年に多めに銀貨を渡すと、両手でドアを押し開いた。

 

想像していたよりも遥かに広い。広がる空間は体育館一つ分くらいにもなるだろうか。

 

大小様々なテーブルが無造作に並べられており、そのいくつかには客がついている。

 

酒を飲むもの、カードで遊ぶもの、腕相撲に興じるものなど様々な連中だが、扉が開いた瞬間は皆一様にこちらに視線を寄せてきた。

 

大抵の連中は興味がなさそうにすぐに視線を戻すが、何人かは値踏みをするような視線をまだ寄越している。

 

視線の元を辿るべく気配を探ると、案内役の少年が酒場の入り口でオロオロしているのを感じた。案外気の良いヤツなのかもしれない。

 

一際大きな喧騒は、左手奥の扉の向こうから聞こえてくる。

 

ゲームではあそこはPvPエリアになっていたのだが・・・この様子ではレッド・リング、いわゆる闘技場紛いのイベントが行われているのかもしれない。

 

そんな風に周囲の様子を軽く探りながら歩みを進めても肝心の視線の主は特に動く様子も感じられないし、気にせずそのまま真っ直ぐ進みカウンターに近づいた。

 

カウンターの内側にいるのは小柄な・・・まぁ種族的に見れば標準なのだろうが、ハーフリングの女性だ。

 

無言で差し出されたエールの対価として銅貨を何枚か置いてから話しかけた。

 

 

「部屋を探してる。一週間ほど個室でお願いしたいんだが空きはあるか?

 

 なるべく柔らかいベッドに寝具があれば嬉しいね」

 

 

金貨を10枚ほどカウンターに置くと、ようやく彼女は口を開いた。

 

 

「あいにくウチにはそれほど上等な代物はないけどね。

 

 それで一週間ならアンタの食事にはいいワインとチーズをつけてやれるよ」

 

 

どうやら部屋に空きはあるようだ。一先ず安心して彼女がカウンターに置いた鍵を拾い上げると、誰かがカウンターに近づいてくるのを感じた。

 

 

「よお兄ちゃん景気が良さそうじゃねーか!

 

 良かったら俺にアンタのツキを分けちゃくれねぇか?」

 

 

どうやらこの昼間から酔っ払っている性質の悪いのに絡まれたようだ。

 

赤ら顔のハーフリングが体を寄せてくるが、酒の匂いがキツい。

 

 

「悪いがその臭い顔を近づけないでくれ。

 

 あと美人ならともかくアンタみたいなむさいオッサンに分けてやるもんはねーよ」

 

 

片手でシッシと追い払う仕草を見せる・・・このジェスチャー、通じるよな?

 

こんなのに構っていてはそれだけで運が逃げそうである。

 

だがどうやら酔っ払いには通じなかったようだ。

 

 

「ああ!?

 

 新顔と思って優しくしてやってりゃ調子に乗りやがって!」

 

 

そう言いながら掴みかかってくる酔っ払い。

 

ヒョイと避けて周りの様子を伺うと客連中は面白い見世物が始まったとでも思っているのか、ニヤニヤしながらこちらを見物している。

 

まぁ舐められないためにも下手には出ない方がいいだろうな。

 

 

「随分と酒が回っているようだな。とっとと家に帰ってママにでも慰めてもらいな」

 

 

こちらの挑発を聞いたことで相手の雰囲気が変わる。

 

 

「ハ、上等だ。テメェこそ明日朝鏡で顔を見ても誰だか判らないような色男に整形してやんよ!」

 

 

そう言うとハーフリングの男は拳を構えると殴りかかってきた。

 

低い姿勢から宣言どおり顔を狙って左右からアッパーを繰り出してくる。

 

どうやら素手での攻撃には慣れているようだ。だがあの物言いからして秩序を重んじるモンクとは思えないし、素手打撃に習熟したレンジャーかファイターか?

 

ヒラヒラと攻撃を回避しながら思考を走らせる。ソウジャーン号でのマッサージが効いているのか、何時もにも増して体のキレが良い。

 

冒険者相手とはいえ酒場の喧嘩に武器を抜くのは不味いだろうな。呪文を使用するのも手の内を晒すようなものだし、こちらも素手で対応すべきか。

 

幸いなことに相手は小柄なハーフリングだ。組み伏せてしまえば流石に負けを認めるだろう。

 

隙を見て足払いを打ち込み転倒させると、その背に乗って腕を捻り上げる。

 

 

「うお、何しやがる、離せ!」

 

 

下でなにやらジタバタしているが、体格の違いに加えてこちらはチートによるブーストでオーガやミノタウロスも真っ青な筋力だ。

 

とてもではないが振り解けないだろう。

 

 

「そう言われて離す奴がいるもんかね。

 

 さて、少し頭を冷やしてもらおうか・・・」

 

 

そういって少しずつ捻り上げた腕に力を込めていく。

 

どうやら力を入れてもピクリとも腕を動かせない自分の状況に気付いたようだ。

 

彼は慌てて謝罪を申し入れてきた。

 

 

「お、俺が悪かった。勘弁してくれ!」

 

 

少々痛い目にあってもらった方がいいだろう。言い分には取り合わず少しずつ力を込めていく。

 

 

「おいおい、アンタの謝罪は言葉だけか?

 

 いきなり殴りかかってきてそんなんで許されると思ってるのか?」

 

 

わざとらしい要求をしてみると、即座に食いついてきた。

 

 

「わかった、迷惑掛けた詫びに一杯奢る!

 

 だからその手を離してくれ!」

 

 

まぁ金額の多寡ではないのだが、その程度で済ませるのも甘い気がするな・・・。

 

そうだ、せっかく他の客が注目してくれていることだしそれを利用させてもらうとしよう。

 

 

「おい、聞いたか?

 

 この太っ腹な奴が迷惑料代わりに皆に一杯奢ってくれるんだとよ!」

 

 

周囲の連中に大声で呼びかけると、周囲は途端に歓声で満たされた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺はアンタだけに・・・・痛たた、わかった、わかったから!

 

 だからもう解放してくれ!」

 

 

言質をとったところで解放してやる。

 

 

「イテテテ、全く酷い目に遭ったぜ・・・」

 

 

腕をさすっているハーフリングを横目にカウンターに戻ると一部始終を何も言わずに見守っていた店主に酒を要求する。

 

 

「聞いての通りだ。ここで一番高いやつを持ってきてくれ。

 

 支払いはそこの奴がしてくれるってよ」

 

 

目の前にグラスが置かれ、ガランダ氏族の刻印がされたラベルの貼られたボトルからワインが注がれる。

 

ついでにチーズを注文し、しばらくカウンターで勝利の美酒を味わうことにした。

 

ハーフリングが去っていったテーブルでは新顔に凹まされた彼を揶揄する声や、いつの間にか行われていた賭けの結果について話す声が聞こえてくる。

 

賭けまで成立していたところを見ると、今のはここでの日常風景なのかもしれないな。少年が心配していたのも判る気がする。

 

それにしてもこのワインは中々の上物のようだ。コルソスで最後に飲んだあのワインのように熟成されてはいないが、固くて清冽な味わいが舌の上で弾けるかのようだ。

 

意外と日本の酒の肴にも合う様な気がする。刺身とか牡蠣とか。

 

あっという間にグラス一杯分を飲み干してしまい、再度注文しようとしたところでまた1人こちらに近づいてきた。

 

 

「よければ次の一杯は私にご馳走させてもらえないだろうか。

 

 先程の手並みは見事だったよ。

 

 主人、彼にもう一杯と私にも同じものを貰えるかな」

 

 

金貨をカウンターに1枚置き、隣の席に男が腰掛けた。

 

この酒場に入って以降こちらをずっと値踏みしていた視線の主のご登場のようだ。

 

 

「楽しんでもらえたようで何よりだ。

 

 で、アンタはどちらさんで?」

 

 

一見して上等と見て取れる衣服に、指先一つの動きから感じ取れる仰々しい身振り。腰に佩いている剣も柄や鞘に立派な装飾がされている。

 

こんな場末の酒場で見かけるような人種ではないような気がするが。

 

 

「失礼、紹介が遅れたな。

 

 私はロード・ジェラルド・グッドブレード。

 

 著名な探検家、さっそうたる冒険家、そしてコイン・ロードの顧問相談役だ!」

 

 

『ロード』と来たか。ここは五つ国ではないし、貴族なんかがいるはずはないんだが・・・。

 

だがこの名前はゲームをやっていた俺には馴染み深い。コルソス導入前には初期のクエスト群を斡旋してくれていたキャラクターだ。

 

 

「へぇ、そのロード様がどうしてまたこんなところに。

 

 領地をほったらかしにしておいて良いのかい?」

 

 

ゲーム中で彼とマトモに会話したのはもう何年も前のことだ。細かい内容は覚えていないし、例によって会話して聞きだすことにしよう。

 

 

「実のところ、私には先祖伝来の領地などはない。私の母親はストームリーチで魚屋をやっていてね。

 

 地元では人気者で漁業関係の取引の熟練者だが、生涯貧乏人だ。

 

 この母が私が産まれた時に『ロード・ジェラルド』と名づけてくれたんだ。この楽天主義が私を立派に育てるだろうと期待してね。

 

 そしてそのとおりになったというわけだよ!

 

 まぁ私についてはこんなところだ。次は君の事について聞かせてくれないか?」

 

 

・・・魚屋の息子だったのか。てっきり没落貴族だと思っていたが。

 

 

「トーリだ。残念ながらこの街には今日1人で到着したところでね、アンタを楽しませてやれそうな話題はないな」

 

 

そう言って彼の奢りであるワインに口をつける。

 

 

「それは残念だ。現在ここで知り合いがいないというのは危険なことだからな。

 

 もし何か困ったことがあったら是非とも私に相談してくれ。

 

 私にはこの街に頼りになる友人が大勢いる。

 

 先程のような事態にも武器を抜かず冷静に対応が出来る冒険者であれば、彼らもきっと君を歓迎してくれるだろう」

 

 

・・・ひょっとしたら先程の騒ぎはこいつの仕込かもしれないな。

 

酔っ払いの振りをして喧嘩を吹っ掛ける事でその対応を見ようとしたのかもしれない。

 

ゲームでは新人冒険者を上手く使って小遣いを稼いでいる詐欺師紛いの男だったが、実はあれも擬態だったのかもしれない。

 

ともあれ、面識ができたことは損にはなるまい。

 

ジェラルドにワインの礼を言って、宛がわれた部屋へと移動することにした。

 

 

 

 

「ふ-ん、思っていたより綺麗だな」

 

 

酒場の雰囲気からしてあまり期待はしていなかったのだが、予想に反して部屋の状態は良好だった。

 

清潔なシーツをセットされたシングルベッドが一つ。その反対側に置かれた机も綺麗に手入れされており、椅子にも最低限のクッションが利いている。

 

これなら長期滞在にも堪えられそうである。

 

一先ずベッドの上にザックと服の包まれた袋を置くと、ザックの中からダゴワード薬店で購入したアイテム類を取り出して整理を開始する。

 

『便利な背負い袋』という、容量一杯まで荷物を放り込んでも重さが変わらない上に取り出す際には自由自在に物を選択できるという魔法の道具にザックの中身を詰め替える。

 

まぁイメージとしては四次元ポケットのようなものだと思ってくれればいい。

 

あれとは違って容量限界はあるのだが、これほどの便利な品がたったの2,000GPなのである。

 

TRPGでもマストアイテムとしてお世話になっていたことを思い出す。

 

まぁ実際には同じかそれ以上の効果がブレスレットにあるのだが、その効果をカモフラージュ出来ればいいな、という思いもある。

 

あと、メティスの仕立ててくれた礼服もこの中に入れておく。

 

この背負い袋の中は一種の別次元になっており、この中に入れておけば礼服に仕掛けられた媒介越しに念視されることもなくなるはずだ。

 

明日あたり装備品に掛けている魔法のオーラを隠匿する呪文を掛けなおしておこうと思うのだが、その場面を念視されるわけにはいかないからだ。

 

シンプルな防御策ではあるが自然な流れでもあるし、特に違和感を感じられることもないと思いたい。

 

念視の危険性を排除した後は、購入したスクロールの処理である。

 

呪文書に書き込みを行うことでウィザードは呪文を習得するのだが、本来であればこの作業に普通は数日の期間を要するところをゲームキャラ達の処理では一瞬である。

 

レベルアップ時に選択できる呪文は、この世界に一般的に流通していない特殊で便利な呪文を選んでいるため、王道的な呪文がまだ足りていないのだ。

 

実際に使用する機会の多い呪文はソーサラーが習得しているが、ピンポイントで効果を発揮する呪文や便利系呪文などはその日に使用できる呪文を毎朝組みかえられるウィザードに覚えさせておくべきである。

 

その作業が終わったところで、今の時点で習得している呪文と、今後習得すべき呪文について考えを整理した。

 

あまり高価な買い物はしなかった事と、ダゴワードの店で売っている品物の制限もありまだまだ呪文のバリエーションは足りていない。

 

スクロールではなくレベルアップで入手できる呪文の選択は、この世界に流通していない呪文を確保する最有力な機会であるため最も慎重になる必要がある。

 

勿論全ての呪文を把握しているわけではないが、それでも千を遥かに越える呪文が存在しているのだ。

 

その中から最適な解を見つけようとするのは非常に難解である。どれだけ考えても考えすぎたということはないだろう。

 

 

 

呪文についての考え事は暫く考えた後に打ち切って、今後の方針について纏める事とした。

 

とりあえずの目標は中央市場区画への通行権を得ることだ。

 

ゲーム通りハーバー・マスター関連のクエストをこなしてもいく必要がある。

 

大詰めとなるクエストは1人では厳しいかもしれないし、エレミア達が来るであろう1週間後までにゆっくりと進めていけばいいだろう。

 

あとは、ある程度コイン・ロードの信頼を得る必要がある。

 

このストームリーチの街は実際彼らの所有物であり、家を確保するのであれば彼らから借り受ける形になるだろう。

 

彼らにも秘密に出来る隠れ家を確保するのも必要だが、生活の場としても拠点はそれとは別に必要だ。

 

快適な住環境を得るためには結構な手を入れる必要があるだろうが、それ相応の下地となる建築物は必要だろう。

 

とりあえずは今いる4人のロードについて情報を集める必要がある。

 

先程のジェラルドから話しが聞けるかもしれないし、酒場に戻ってみるか。

 

 

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