ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

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2-2.ボードリー・カータモン

ドアにしっかり鍵をかけ、施錠を確認してから酒場へと向う。

 

正直な気持ち的には《アーケイン・ロック》という呪文で施錠してしまいたいのだが、残念なことにこの呪文の効果は永続的に続いてしまう。

 

一時過ごすだけの宿屋の部屋にこんな呪文を掛けるわけにはいかない。

 

荷物などは全てブレスレットに収納するので泥棒が侵入しても痛くはないが、部屋に妙な仕掛けをされると困る。

 

なので《アラーム》という侵入者がいれば精神的に警報を感じることが出来る呪文を部屋の中に掛けただけで酒場への階段を降りることにした。

 

夕暮れ時が近いせいか、酒場の客は先刻よりも増えており酒の匂いと喧騒は一層強まっている。

 

冒険者風の客以外にも、そういった連中を客とする夜鷹や儲け話を探しているゴロツキ達が酒場には溢れていた。

 

店内を見回すと、カウンターに程近いテーブルでジェラルドが恰幅の良い1人の男と話をしているのを見かけた。

 

同時にジェラルドもこちらに気がついたのか、俺に向けて手招きをしてきた。

 

俺がテーブルに近づくと、彼は立ち上がってこちらを大袈裟に歓迎するともう一方の男に対して紹介した。

 

 

「ああ、カータモン。彼が先程話していた有望な冒険者だ。

 

 私としては今日この場で君達二人が出会ったことが運命のように感じられるよ!

 

 トーリ、こちらはボードリー・カータモンだ。

 

 彼はこの埠頭でコイン・ロードから倉庫の管理を任されている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼンドリック漂流記

 

2-2.ボードリー・カータモン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お互いに軽く自己紹介を済ませた後で、カータモンは暇を告げて席を外した。

 

入れ替わりになってしまった形だが、ジェラルドが席を勧めて来たので椅子に腰掛け、彼の用件を聞くことにした。

 

ジェラルドはウェイターを呼び俺の分の酒と食事を注文すると、先程のカータモンについての話を始めた。

 

 

「私達二人はこの埠頭区画での昔馴染みでね。

 

 今日カータモンの相談にのっている時に、ちょうど優秀な冒険者の力を借りたいという話が出たんだ。

 

 だが間が悪いことに私の仲間はちょうど別の仕事についていて、こちらに手を回すことができそうにない。

 

 そこで他に適役な冒険者はいないだろうかという話になったんだよ。

 

 トーリ、良ければ彼の助けになってやってくれないかね」

 

 

どうやらクエストの依頼のようだ。

 

 

「まぁ当たり前だが内容次第だな。少し彼と彼の仕事についての話をしてくれないか」

 

 

あのカータモン氏絡みのイベントは低レベル向けのものと中レベル向けの二種類が存在した。

 

前者ならともかく後者だった場合には死亡フラグもいいところだ。しっかり見極める必要がある。

 

 

「先程紹介の際にも言ったが、彼はこの埠頭を統括しているベリガンというコイン・ロードから倉庫の管理を任されている。

 

 幸運にも信頼できる優秀な仕事仲間に恵まれた彼は、最近まで順調に仕事をこなしていたんだが、一つ問題が起こった」

 

 

そこまで話すとジェラルドは一息つき、エールを呷った。

 

 

「すまないね、先程まで彼と長い間打ち合わせを行ったせいでどうにも喉が渇いてね・・・。

 

 で、彼の問題の話だったな。カータモンには商売敵がいる。

 

 無論この場合それは同業者のことではない。悪辣なバグベアの密輸商人、ハザディルという男の事だ。

 

 シャーンの後ろ暗い連中とも関わりがあるというこのバグベアは、長い間カータモンやコイン・ロード達の目の上のタンコブだった。

 

 どうやらそいつが活発に動き始めたようでね。

 

 この倉庫街に大勢のコボルドを送り込んでは悪事を行わせているようなんだ。

 

 万が一倉庫に侵入されて荷物を奪われたり破壊されたりしたらカータモンは明日にでも路頭に迷うことになるだろう。

 

 既に連中はカータモンの倉庫に目星をつけており、急ぎ対策を練る必要があるんだ」

 

 

バグベア。ゴブリン類の中でも最も大きく力が強い種族だ。

 

ゴブリン達は人間の子供くらいの大きさで数に物を言わせることが多い連中だが、バグベアは違う。

 

人間より肉体的に優れており、生来の戦士でもある彼らは熟練の兵士に匹敵する戦闘力を有する。

 

それでいてゴブリン同様徒党を組むことを忘れていない、厄介な敵である。

 

 

「そのバグベアやコボルドから倉庫を守れって言うのか?

 

 流石に1人じゃ厳しいと思うんだがね」

 

 

倉庫に張り付く必要があるだろうし、交代要員は必須だろう。

 

だがジェラルドは俺の言葉にかぶりを振って答えた。

 

 

「このストームリーチは危険な街だ。相手の動きを待つような消極的な動きでは敵に飲み込まれてしまうだろう。

 

 幸い、今回はカータモンの右腕であるタンバー・スマイズという男がコボルドを阻止する計画を立てている・・・だが成功させるには助けが必要というわけだ」

 

 

なるほど。確かに戦闘に限っても準備の量がそのまま勝率に繋がるバランスで、奇襲側が圧倒的な有利なゲームだ。

 

その点だけ考えてもイニチアチブを取らなければ余程の自力の差がない限り勝ち目がないことは理解できる。

 

 

「急な話ではあるが事態は一刻を争う。

 

 君の都合さえ良ければ今からでもタンバーに面会しては貰えないだろうか。

 

 私の友人の危機はこの晩にでも訪れるかもしれないんだ」

 

 

手持ちの武器は鍛冶屋から借りている代替のロングソード1本。まぁいざとなれば魔法のオーラを隠匿したチート武器を使用しても構わないし武器は問題ないな。

 

ストーリーラインから判断するにこれは低レベル向けのクエストのほうだ。精々出てきてもゴブリンの低レベル術者程度だろうし、俺1人でこなせるだろう。

 

ここで断るとクエストが他の冒険者に流れ、カータモンという重要人物との縁が切れてしまうだろう。

 

彼を経由してコイン・ロードを紹介してもらえそうなこの機会を逃す手はないだろう。

 

 

「わかった。そのタンバーって男にはどこに行けば会えるんだ?」

 

 

おそらく今夜は長丁場になりそうだ。目の前の食事を手早く片付けると立ち上がり、目的地を聞く。

 

 

「引き受けてくれるか、ありがとう!

 

 彼はここから港に向ったところにあるカータモンの倉庫の付近にいる。

 

 一番海側にある大きい倉庫だ、行けば判るだろう。

 

 身の証にこの短剣を持っていくといい。タンバーにこれを見せれば理解してくれるはずだ。

 

 私はカータモンに君が依頼を引き受けてくれたことを伝えて安心させてやることにしよう。

 

 無事を祈っているよ、トーリ」

 

 

ジェラルドに送られて騒がしい酒場を後にする。

 

ウェスタンドアを押して通りに出ると、流石にもう案内役の少年の姿は見当たらない。

 

夕暮れ時の町並みは昼間に比べて深い影を周囲に落としている。コボルドたちは強い光が苦手という、コルソスで戦った魚人と同じ特徴を持っている。

 

おそらく仕事の時間は日が完全に沈んでからになるだろう。それまでにタンバーに会わなければならない。

 

一応周囲の異変にすぐ対応できるように知覚系をブーストするアイテムを装備し、道を港に向け進む。

 

海へと向う下り坂を歩くこと10分ほどか。

 

もはや住宅は一切見当たらず、完全に人気のない倉庫街へと周囲の様子は様変わりしている。

 

時折倉庫の中からこちらを伺う気配を感じるが、通り過ぎてしまえば視線が追ってくることもない。

 

猫くらいのサイズのネズミが物陰を駆け回っているのを横目に歩き続け、ようやく波止場に到着した。

 

ソウジャーン号が碇を下ろしたエリアとはかなり空気が違う。

 

あちらは客船を主としていたがこちらは完全に貨物船オンリーだ。

 

現在積荷を運んでいる船もなく、周囲の人気はない・・・唯1人、波止場に最も近く、この界隈で最も大きな倉庫の脇に佇んでいる男を除いて。

 

 

「アンタがタンバーかい?」

 

 

ジェラルドから預かった短剣の柄頭にある印章を見えるように持ちながら近づいていくと、男はまだ警戒しながらも話しかけてきてくれた。

 

 

「その短剣はジェラルドのものだな。つまりお前がカータモンが雇った冒険者というわけか」

 

 

物陰から姿を現したタンバーは、革のコートの上から魚の鱗のような具合に金属の小札を重ねたスケイルメイルを着込んでいるようだ。

 

腰にはショートソード、背には単弓と矢筒を背負っている。スカウトかレンジャーか?

 

 

「ああ。詳しい計画はアンタに聞くように言われてね。早速話を聞かせてもらえるか?」

 

 

タンバーに招かれて物陰に入り、そこに積まれている建材に背中を預け話を聞く。

 

 

「突然の依頼を受けてもらえて助かったよ。

 

 今回の計画に合わせて依頼していたチームと連絡が取れなくなってしまっていてね。

 

 おそらくはハザディルに先手を取られたんだろう。

 

 今日この日に合わせて、俺とカータモンは大きい商いをしてその荷物がそこの倉庫に運び込まれるように装ってきた。

 

 おそらくハザディルはその荷物を狙って今日か明日にでもコボルドどもを動かすはずだ。

 

 本来であれば連中が入り込めないようにすべきなんだろうが、既に相当数のコボルドがこの地区に侵入している。

 

 お前の仕事は、その囮の荷物に張り付いてコボルドどもの注意を引き付けることだ。

 

 お前が連中の相手をしている間に、俺は奴らの侵入経路を探して罠を仕掛ける。

 

 その間、お前は囮の荷物を守り通してくれればいい。

 

 既に荷物は運び込まれている。そこの倉庫の中央にある大きい木箱がそれだ。

 

 準備が良いのなら倉庫に入って待機していてくれ。

 

 もうじき日没だ、そろそろコボルドどもが動き出す時間だろう」

 

 

わざわざカータモンの息の掛かった冒険者を予め排除してくるくらいだ、おそらく仕掛けてくるとしたら今夜だろう。

 

 

「ああ、大丈夫だ。

 

 そっちの仕事が終わったかどうかはどうやって判断すればいいんだ?」

 

 

朝まで防衛、とかいわれると流石に守りきれない可能性が高い。合図を決めておいて欲しい。

 

 

「こちらの仕掛けが終わったら俺もコボルドの掃討に参加する。

 

 それまでくたばるんじゃないぞ」

 

 

その他、倉庫内の照明の操作方法などを聞いてから今夜の仕事場に入った。

 

先程聞いた操作を行うと、天井から吊り下げられている『エヴァーブライト・ランタン』の覆いが外れ倉庫は明かりに包まれた。

 

照明に照らされたことで倉庫全体を見渡すことが出来るようになった。倉庫の中は非常に広く、雑多な荷物が積み上げられている。

 

50メートル四方はあるだろうか。それだけの広さの空間に所狭しと数々のコンテナがひしめいている。

 

いくつかのそうやって積まれた障害物を避けながら中央に進むと、タンバーが言ったとおり大きな木箱が中央に鎮座していた。

 

1メートル立方位の大きさで、枠組みの部分は金属で補強されており頑丈そうである。

 

さて、これを守るのが仕事なんだが・・・

 

はっきり言って楽勝である。幸い障害物に事欠かないので、この木箱の周囲に《ウェブ》の呪文で召喚した粘着性の糸を張り巡らせておく。

 

『呪文持続時間延長』の特技により、俺の低い術者としてのレベルでもこの糸は1時間存在し続ける。

 

それなりの密度もあり、3メートルも離れればその先を見通すことはできない。

 

糸に触れればそこで動きを制限されるし、そうやって網に掛かった敵を処理していけばいいだろう。

 

その状態で自分は近くの積み上げられたコンテナの上に登って弓を構える。

 

あの糸は可燃性のため、火攻めされるとある程度の範囲はすぐに焼け落ちてしまう。

 

そういう手段に訴えかけてきた奴がいれば最優先でこの高い位置から狙撃するのだ。

 

さて、後はコボルドたちが攻めてくるのを待つとしよう。

 

 

 

コンテナの上で過ごすこと2時間ほどか。持続時間が切れるたびに《ウェブ》を張りなおしながら待っていると、ようやく敵に動きがあった。

 

倉庫の隅からゴソゴソという物音がしたかと思うと、物影からコボルドがその顔を現した。

 

そうやって一匹が姿を現したかと思うと、次々と姿を現してくる。

 

二足歩行をしているが、その姿は爬虫類でありながらも毛の生えていない犬に近いだろうか。

 

その口は確かに爬虫類らしく長く突き出しているが、子供くらいの大きさで鼻をスンスンと鳴らしながら周囲を警戒しつつこちらに向ってくる様子は微笑ましいくらいだ。

 

連中は皆片手に短めの槍を持ち、目当ての箱を求めて中央に近づいてくる。

 

さて、連中がこの《ウェブ》で諦めてくれれば無用に殺す必要もないのだが・・・。

 

案の定、先行する何匹かが蜘蛛の糸に引っかかって身動きが取れなくなったところで、火口箱を取り出して糸を燃やそうとし始めた奴がいた。

 

こうなっては仕方ない。弱いもの苛めのようで気は進まないのだが、この世界で冒険者として生きていくと決めた以上、覚悟はできている。

 

矢筒から《リターニング》の魔法効果の掛かった矢を取り出して番えると、火口箱を取り出していたコボルドを射た。

 

シルバーフレイムの戦士のために作られた銀の長弓から放たれた矢は、その弦から注ぎ込まれた聖なる力を宿したまま狙ったコボルドに吸い込まれていった。

 

自分の体に突き立つ矢を見たコボルドは自分に何が起こったのかを理解する前に、矢から炸裂した聖なる力に焼き尽くされて消し飛んだ。

 

そしてその矢は《リターニング》の効果により俺の矢筒の中に戻ってきている。75%の確率だったと思うが、今回はちゃんと戻ってきてくれたようだ。

 

コボルド達からしてみれば突然目の前にいた仲間が白い光に焼かれて消えたように見えただろう。

 

悪性の生物のみを焼く聖なる炎だ。これが効果を発揮するということは連中は『悪』属性だということ。少し胸のつかえが取れた気がする。

 

矢筒からまた矢を取り出すと次々とコボルドを射る。魔法の矢筒の効果により、射撃の動作がスムーズに最適化され連射と言っていい速度で矢が放たれ続ける。

 

何匹か射たところで連中のうち誰かが落とした火口箱が床に落ちた衝撃で火花を散らし、それが蜘蛛の糸に飛んで燃え上がった。

 

直径1メートル強の範囲の糸が焼け落ちたが、同時にそこに囚われていたコボルドもその火に焼かれて倒れている。

 

倉庫には肉の焼けた匂いが広がり始め、恐慌に陥ったコボルド達の叫び声が辺りを満たし始めた。

 

その混乱を煽る様に視界に映っているコボルドに矢を放ち続けると、やがて連中の第一陣は全て消えてなくなり同時に倉庫の隅から第二陣がその姿を見せ始めた。

 

先程の連中は斥候役だったのだろうか、第二陣のコボルド達は遠巻きに蜘蛛の糸を見つめると一斉に何かを投げつけてきた。

 

チートで強化された視力がその物体を捉える・・・ビンか。何かの液体が詰められたそれは、糸付近の地面に落下した衝撃で割れたかと思うと突然燃え上がった!

 

火炎瓶、この世界風に言うのであれば『錬金術師の火』か! 

 

いくつかは目測を誤ったのか蜘蛛の糸に絡め取られたり、手前過ぎるところに落下して守るべき木箱には影響していないようだがこのままでは不味い。

 

迂闊に燃え広がると木箱自体に延焼する恐れもある。

 

位置を悟られないように『呪文音声省略』した《ウェブ》呪文を使用して焼き払われた蜘蛛の糸を補強した後、矢を射続ける。

 

さすがに何本かの矢は『リターニング』の効果を発揮せずにその場に落ちる。それを発見した生き残りが目敏くこちらの姿を確認するまでそう時間は掛からなかった。

 

 

「There is an enemy there!」

 

 

彼らの使用する言語である竜語で指示を飛ばすコボルドに矢を放つが、その周囲にいた敵達がこちらに視線を飛ばしてきた。そいつらはそのままこちらのコンテナに向ってくる。

 

そいつらに対処することは簡単だが、別方向の倉庫の影から第三陣と思われるコボルド達が姿を現し始めている。

 

 

「Destroy a large box!」

 

 

雄叫びをあげながら駆け寄ってくる小さな影達。中には術者なのか槍ではなく杖を持っている連中も含まれている。

 

とりあえずこの調子でこちらと木箱に殺到されると対処しきれなくなって危ないかもしれない。

 

再び《ウェブ》の呪文を、今度は『呪文音声省略』ではなく『呪文高速化』による並行処理により二箇所に放つ。

 

第三陣がこの倉庫の中央部に進もうとする通路を封鎖する形だ。

 

その後にこちらを狙ってコンテナの上まで登ってきたコボルドたちを、キックで薙ぎ払って下へ落とす。

 

致命傷を狙ったわけではないので落下した際の打ち所が悪くなければ死にはしないと思うが、気絶なり戦意喪失して戦線から離れてくれるとありがたいんだが・・・

 

次に処理するのは第二陣の蜘蛛の糸を焼き払おうとしている連中だ。

 

弓をブレスレットに収納するとコンテナから飛び降り、蜘蛛の糸に包まれて移動しながら腰の代用ロングソードを抜き放つ。

 

本来であれば当然自分も蜘蛛の糸に絡まれるのだが、靴に掛けられた魔法が移動を阻害する効果を全てキャンセルしてくれる。

 

連中からしてみれば蜘蛛の巣から突然俺が現れたように見えただろう。

 

慌てて武器を構えようとするコボルド達だがそんな余裕を与えることもなく、横薙ぎに剣を振り一度に複数のコボルドを切り倒す。

 

幸い弓で数を減らしていたことでここにいた連中の数は少なく、何回か剣を振るだけで第二陣は壊滅できたようだ。

 

次に蜘蛛の糸で封鎖されたエリアにいる第三陣を処理するため、射界を確保できるコンテナに目星をつけた時、連中のいるエリアから炎が発する赤い光が瞬いた。

 

術者が火系の呪文を使用して一気に焼き払ったのか?

 

爆発音がなかったことから《ファイアー・ボール》などではないと思うが・・・《バーニング・ハンズ/火炎双手》か?

 

一瞬敵の行動を分析するために足を止めてしまったが、その間にも再び赤い光が倉庫の一角を染め上げる。

 

《バーニング・ハンズ》だとすると今の二発で片方の《ウェブ》は突破されたと思っていいだろう。

 

やはり術者は厄介である。杖を持っている連中を見た時点で最優先で処理すべきだった。

 

今後の反省点として心に刻みながら、焼かれた《ウェブ》を突破してくるコボルド達を迎え撃つべく移動する。

 

障害物を避けて曲がり角を曲がった瞬間、敵の先頭を走るコボルドと目が合った。彼我の距離は5メートルほどか。

 

だが優先すべきは敵の術者だ。先頭の敵は槍を構えた前衛である。視線をその後ろにやると、もう何匹かのコボルドを越えたところで目的である術者の姿があった。

 

敵もこちらを視認してなんらかの呪文を唱えようとしているようだが、それを完成させてやるつもりはない。

 

ブレスレットからドワーフが主に用いる投げ斧『ドワーヴン・スロウアー』を剣を持っていない左手に呼び出すと、術者に向けて投擲した。

 

投げ斧独特の回転と軌道を描きながらそれは敵術者に吸い込まれると、一撃で対象を打ち倒した。

 

投げ斧自体は付与されている『リターニング』の効果で既に手元に戻ってきている。矢のものとは異なり、100%発揮されるため無限に投げ続けることも出来る。

 

他にも術者がいればそちらにお見舞いしてやろうと思ったが、今のところ他にそれらしき影は見当たらない。

 

念のため投げ斧を左手に保持したまま、敵が突き出してきた槍を体捌きで回避したり右手の剣で切り払ったりしながらコボルドを殲滅していく。

 

途中術者らしい影に何度か投げ斧を投擲した以外は特に困難もなく第三陣も殲滅が終了した。

 

やはり、コボルドくらいが相手であれば余程のことが無い限り不覚を取ることはなさそうだ。

 

中にはコボルドとはいえハザラックのような高レベルキャラクターがいるので、油断は禁物ではあるのだが。

 

周囲の物音が途絶えたようなので木箱の状態をチェックし、異常がないことを確認して最初のコンテナの上に戻った。

 

なんだかんだで結構呪文を使用してSPが減っているため、SP回復効果を持つアイテムを使用しておく。

 

この手のSPに関連するアイテムをこの世界の術者が使えばどうなるのか確認してみたいところではある。

 

 

(メイと合流したら確認させてもらおうかなー)

 

 

おそらく今頃船上の人であろう彼女のことを考えながらSPを回復し、コンテナの上で過ごすこと数分。

 

倉庫の正面入り口が開く音にそちらを見やると、タンバーが入ってきた。どうやら罠の設置は終了したみたいだな。

 

呪文によって召喚されていた糸たちを解除して消し去って彼のほうに近づく。

 

いくつか引っかかっていた『錬金術師の火』が落下して一瞬燃え上がった事にヒヤリとしたが、木箱に影響は無いようだ。

 

 

「どうやら木箱は無事なようだな。

 

 中にコボルドたちは残っていないか?」

 

 

周囲を警戒しながらタンバーが話しかけてくる。

 

 

「ああ、とりあえず目に付いた連中は始末したぜ。ひょっとしたら何匹か逃げたのがいるかもしれないが・・・」

 

 

辺りにはまだ肉の焼けた匂いが立ち込めているし、死体も残さず死んだコボルドが多いが連中が落とした槍や荷物などは辺りに散乱している。

 

大勢のコボルドを倒した証拠としては十分だろう。

 

 

「そうか、1人では困難ではないかと思っていたんだが良くやってくれた。

 

 私のほうも罠を仕掛け終わった。これでもうコボルドも倉庫へ入ることはできなくなるはずだ。

 

 後の処理はこちらで人夫を雇ってやらせておく。もう帰ってくれて構わないぞ。

 

 報酬についてはジェラルドが預かっているはずだ」

 

 

ならお言葉に甘えて帰らせてもらおう。幸いまだ真夜中に差し掛かった辺りの時間帯だ。

 

すぐに帰って寝れば明日も朝から行動できるはずだ。

 

 

「お互いいい仕事が出来たようで何よりだ。また何かあれば連絡してくれ。

 

 暫くは『気まぐれ海老亭』に滞在している予定だ」

 

 

軽く握手をしてタンバーと別れ、倉庫を出ると暗い夜道を酒場に向けて歩き出した。

 

所々に倉庫の天井に設置されていたのと同様の『エヴァーブライト・ランタン』が灯されていて光源となっているため真っ暗というわけではないが、

 

逆にその明かりの揺らめきが時折物陰に蠢く影を照らし出すことで不気味さを増しているように感じられる。

 

そんな影に追い立てられるようにして早足で上り坂を進み、『気まぐれ海老亭』に辿りついた。

 

真夜中だというのに、この酒場の喧しさは全く出かけたときと変わっていないどころか一層悪化しているようにも感じられる。

 

こちらに秋波を送ってくる商売女らをやり過ごしながらカウンターの席につくと、また無言でエールが出された。

 

それを傾けながら店内にジェラルドの姿を探すが、今は不在のようだ。

 

エールを飲み干した頃に今度は料理が運ばれてきた。そういえば宿泊代に朝晩の食事代にちょっとした酒代を含んでいるんだっけな。

 

目の前に置かれたのは肉を串に通して炙ったものに、香辛料をふんだんにかけられたものだ。

 

無論肉だけではなく所々に野菜も挟まれている。バーベキューのようなものだろうか?

 

湯気を上げているそれに齧り付くと、舌の上で香辛料の風味が漬け込まれたソースと肉汁と共にじわっと広がっていく。

 

ゼンドリックで多く採れるらしい黒胡椒に塩、あとはガーリックなどがソースに使われているのだろう。

 

一口肉を齧ると咽喉を潤したくなりエールを口にする。どうやら酒の肴にもいい品のようだ。

 

コーヴェア大陸ではシャドウ・マーチという地域でこういった野趣溢れる料理が盛んらしい。

 

オークやコボルドの部族が集まっていて人間からすれば未開の地に思える地域だが、人間よりも遥か昔にあの大陸を支配していたのは高度に文明化されたオークの帝国である。

 

彼らもまたゼンドリックの巨人同様に異次元からの侵略により衰退したが、今もなおカイバーに放逐されたその狂気の王達を『門を護る者』として監視しているとか。

 

その指導者は魔法によって自我を与えられた樹齢五千年の大樫であるというから驚きである。

 

そういった『門を護る者』のドルイド達が広めてくれた香辛料のおかげでこんな美味しい料理が味わえるのだから、ありがたい話だ。

 

何本かの串を片付けて食事を終え、店主の出してくれたワインとチーズを持って部屋へと戻った。

 

階段を上がって4階にある宛がわれた部屋の前に到着。

 

呪文による警報はまだ働いているようだが、作動した形跡はない。そのことを確認してドアを開け、街の外方向に向いている部屋の窓を開けて夜空を眺めながらワインとチーズを堪能することにした。

 

流石にここまで上がってくれば1階の喧騒も殆ど聞こえてこない。

 

生憎窓の外の景色は半分ほどが街を取り囲む城壁によって遮られているが、それでも綺麗な夜空が広がっている。

 

月の数が多く、またその輝きも強い事から星はそれほど多くは見えないのだが・・・。

 

そういえばエベロンでは星は始原の龍であるシベイが空に撒いたものだったんだっけか。

 

シベイが星を置き、カイバーがその星を食らう。一方エベロンは我関せずと歌を歌っていたがやがてシベイとカイバーが争い始める。

 

その戦いでシベイは何百万もの肉片に引き裂かれ、今だ血の渇きがおさまらないカイバーはエベロンに襲い掛かった。

 

長い戦いの結果、連戦で疲労したカイバーをエベロンが押さえ込み、身動きが取れないようにした。

 

こうしてカイバーは地下となりエベロンが地上に、シベイの破片は天にてエベロンの周囲を取り巻くようになった。これがこの世界の一般的な創世神話だとされている。

 

その天に舞うシベイの欠片が地上に落ちたのがシベイ・ドラゴン・シャード・・・俺のレベルアップに必要なアイテムである。

 

他の2龍のドラゴン・シャードも同様に存在し、このエベロンの魔法文明を支える重要なアイテムとして知られているが、取り合えずそれらは俺には使い道がない。

 

ゼンドリックで冒険者家業を営むのはゲーム知識の利用も大きな理由だが、このシベイシャードの殆どが赤道上にあるこの大陸に落下するというのも重要だ。

 

次の4Lvに成長する分は確保できているが、5Lvに成長させるには数が足りない。

 

早く中央市場へのアクセスを確保して、シャードを手に入れないといけないな・・・。

 

 

 

翌朝。

 

熱帯でも楽に過ごせる"ヌルクローズ・ガウン"とワインのおかげで快適な睡眠を取れた俺は、部屋に用意しておいた水桶で顔を洗うと警報の呪文を再度設置して階下へと降りて行った。

 

カウンターで水代わりのエールを飲み、パンとサラダという簡素な朝食を食べているとジェラルドがウエスタンドアを開き入ってきたのが目の端に映った。

 

彼もこちらに気づいたようでカウンターに歩み寄ってくる。

 

 

「やあ、トーリ。

 

 昨晩は見事に役目を果たしてくれたようだな。カータモンも荷物の無事と君の活躍を聞いて喜んでいたよ。

 

 これは彼から預かっている報酬だ。確認して受け取ってくれ給え」

 

 

そう言ってジェラルドはカウンターの上に袋を置いた。ジャリ、という金属が擦れる音がしてその中身が貨幣であろう事が判る。

 

袋の中身をチラリと見ると中身は全て金貨のようだ。重さはペットボトル3、4本といったところか。

 

1枚が10グラム程度のはずだから全てがちゃんとした金貨だとすると700GP前後だろうか。正確には後で数えてみないと判らないが。

 

 

「まぁ一晩の仕事としては十分そうな報酬だな。数だけは多いコボルド共の相手をしたことが報われてありがたいよ」

 

 

軽口を叩いて横においていた背負い袋に金貨の詰まった袋を放り込み、預かっていた短剣を返そうとするとジェラルドはその短剣の柄頭を掌で抑えるようにしてこちらの動きを遮った。

 

 

「その短剣を返す前に依頼の続きの話をさせてもらえないか?

 

 実は昨晩のうちに別の動きがあってね。どうやらカータモンはまだ君の助けを必要としているそうなんだ」

 

 

短剣を引っ込めて、話の続きを促す。

 

 

「これはカータモンが予め声を掛けていた冒険者達から聞いた話なんだが。

 

 彼らは朝方までストームリーチの郊外で足止めされていたようだが、重要な情報を持ち帰ってくれた。

 

 最近ハザディルは密林にある、今まで未発見だった集落をいくつか見つけ出して襲ったらしい。

 

 そしてその略奪品の大部分をストームリーチから持ち出す計画を立てているらしいんだ。

 

 我々はアーティファクトや交易品がハザディルの影の支配者の手に入るくらいなら壊してしまったほうがいいと考えている。

 カータモンの仲間のハーモン・タフトがその船荷を破壊する作戦を立てている」

 

 

なるほど、チェイン・クエストがしっかり発動しているようだ。

 

 

「わかったよ、ジェラルド。

 

 今度はそのハーモン・タフトってヤツに話を聞けばいいんだな。

 

 彼にはどこに行けば会えるんだ?」

 

 

こうなったからには最後まできっちり付き合うことにしよう。幸い次の依頼は最も楽な部類のクエストだ。

 

ジェラルドからハーモンのいる場所を聞き、背負い袋を担ぐと『気まぐれ海老亭』から外に出た。

 

まだ太陽も頂点には達していない時間帯だ。マッサージの効果は抜けたのかすこぶる快調とはいかないが、8時間の睡眠で体調は万全である。

 

幸い天気も良く、今日も暑くなりそうだ。

 

そういえばこの世界には天気予報はあるんだろうが、現代見たく新聞やテレビ、ラジオなんかでいつでも入手できる情報ではないんだよな。

 

"生存"や"知識:自然"の技能である程度天気が読めるので個人的には苦労しないんだが。

 

昨夜と違って陽光に照らされた明るい街路を歩く。

 

この時間はそれなりに人通りがあるようで、時折荷物を運んでいる水夫や波止場から街へ向かう人達が通り過ぎていく。

 

太陽の恵みに感謝しながら昨晩と同じ道を下っていくと、やがてジェラルドが指示した路地に行きあたった。

 

密輸業者の倉庫は表通りには無いようで、この路地を進んだ先にあるということだが・・・。

 

流石に見張りを配しているのだろう。昨晩通った時に感じた視線がまた向けられている。

 

いまそちらに進んでも余計な警戒を招くだけだろうし、この付近にいるであろうハーモンを探すことにした。

 

周囲を見回すと、港に近い別の倉庫の前にタンバーと同じ装いの男が1人立っている。おそらく彼がハーモンだろう。

 

昨晩同様ジェラルドの短剣を見せて話しかけるとお互いに軽い自己紹介を行った後で彼が立っていた倉庫の中に招かれた。

 

 

「昨晩の活躍は聞いている。今日も単身で活動してもらうことになるが、危険性は格段に低いはずだ。

 

 危ないところは我々が引き受ける。安心してストレス解消してくれればいい・・・時間だけは厳守してもらうけどな」

 

 

そう最初に伝えると、彼は作戦の説明をしてくれた。

 

彼と昨晩参加予定だった冒険者のチームで、ハザディルの倉庫にいる衛兵を襲って注意を引き付けている間に俺は倉庫に侵入して出庫のために梱包されているコンテナを破壊して回ればいいらしい。

 

普段は倉庫の中にも多くのコボルドがいるらしいが、昨晩の戦闘でその数を減らしたこと等で今日は倉庫の中に誰もいないことを占術呪文で確認できているとの事。

 

 

「集落が襲撃されたとき、多くの住人が殺された。

 

 あの物品は死んだ奴らのものだ。そんな物で、ハザディルに儲けさせてたまるか」

 

 

ハーモンもハザディルの所業には腹を立てているようだ。冒険者の探索とはつまるところ現地からの略奪である。

 

だが既に生者のいない遺跡を荒らすのと、生きている現地人を虐殺して略奪を働くのは俺の倫理観では全くの別物だ。彼の意見には賛成である。

 

 

「お前が倉庫を襲撃している間、私達はハザディルの衛兵を相手にしている。

 20分は約束できるが、それ以上は無理だ。少なくとも50箱はコンテナを破壊して欲しい。

 それでハザディルの一日を台無しにできるし、その貴重な一日の間にコイン・ロードかハーバー・マスターに証拠を突きつけることが出来れば密輸品を取り上げることが出来るだろう」

 

 

なるほど、目的は時間稼ぎか。

 

20分で50個だと24秒で1個のペースか。コンテナの密集具合ににもよるが楽なペースに感じられる。

 

ゲームと異なり破壊した後の撤収時間も考えて倍の時間になっているということかな。

 

突入時と撤収時用に《インヴィジビリティ》のポーションを2個支給してくれる、との事。

 

冒険者チームの面々の準備が整い次第の作戦開始になるそうだが、彼らは明け方まで働いていたということで作戦開始は夕方頃になるらしい。

 

それまではまた街をぶらついて過ごすことにしよう。

 

ハーモンに夕方合流することを伝えると、倉庫を出て街を回ってみることにした。

 

倉庫を出るとまずは海の方向へ向い、波止場に出ると今度は海沿いに進む。

 

流石に昼間だけあって港では活発に荷物の遣り取りが行われており、大勢の水夫が辺りを走り回り、積荷を確認する役人もそこかしこにいる。

 

大きいコンテナは商船からおろされた後、今度は街を流れる運河を走る船に乗せかえられて中央市場に向うようだ。

 

荷物以外にも人を運ぶ川船もあるようで、幾人かを乗せて川を遡って行く様子を見ることが出来る。

 

街の方向から海に向って流れ込んでいるコロヌー川の岸辺に到着すると、そこでは渡し舟が営業していた。

 

銅貨を1枚渡し、対岸まで運んでもらう。

 

 

「お客さん、その格好は冒険者かい?」

 

 

渡し舟の船頭が声を掛けてきた。この街で随分と暮らしてきたのだろう、浅黒い肌がこの熱帯地方で長く暮らした彼の人生を表しているようだ。

 

 

「ああ、昨日ここに着いたばかりだがね。

 

 話には聞いていたけどこの暑さは相当なもんだな。

 

 カルナスの連中が来たらあっという間に蒸発しちまうんじゃないか?」

 

 

軽口を叩いて返事を返す。

 

実際には《熱抵抗》の装備をしているので暑さは感じていないのだが。

 

そういえばこれって紫外線は防がない、よな? 暑くはないが日焼けだけはしてしまうのか?

 

 

「コーヴェア暮らしが長い方達は大変でしょうや。

 

 でもまぁ街から出ればトラベラーの気分次第で川が氷結したり草原が煮えたぎる溶岩に変わっちまうこともあるって話です。

 

 お客さんも外に出るときはゼンドリック生まれの案内人を連れて行ったほうが良いですぜ」

 

 

悪名高きゼンドリックの『変幻地帯』か。

 

かつてジャイアントが別次元界からの侵略に対抗するために使用した魔法の影響でゼンドリックの大地では自然の摂理は歪められており、熱波に覆われた砂漠の隣に極寒のツンドラが広がっていたりもする。

 

酷い場合では船頭のおっちゃんが言ったとおり、自然環境そのものが一瞬で激変することがある。それもその場にいる動物を巻き込んで、だ。

 

旅人が巻き込まれたという話は聞かないが、目の前で虎がサーベルタイガーに変化するくらいのことは変幻地帯では良くあるらしい。

 

ちなみに『トラベラー』とは暗黒六帝と呼ばれる悪神らの一柱で、千の姿を持ち狡猾と欺瞞の主であるとされている。

 

この大陸では時間と距離が歪まされることが多々あり、同じ速度で同じルートを辿っても片方は1週間、もう片方は3週間かかる等という出来事が起こる。

 

これを『トラベラーの呪い』と呼んでいるのだが、これと『変幻地帯』がこのゼンドリックを未だに未開の大陸にしている要因なのだろう。

 

そんな遣り取りをしている間に渡し舟は対岸に到着し、貨物船が停泊している区画から商船が停泊している区画へと移動した。

 

見れば一番目立つところにソウジャーン号が停泊しているのが見える。

 

他にもエアレナル諸島のエルフが使う黒いダークウッド製の船や、青色に銀の刺繍で飾られた見事な帆を靡かせているリードラのガレオン船も見える。

 

国籍船種なんでもござれである。

 

やがて港の端までたどり着くと、昨日も利用した階段を使用して断崖を登る。

 

ゲームではよくここでチャットしながら移動していたために足を滑らせて滑落死したものである。

 

最初期のプレイヤーは誰しも経験しているのではないだろうか、ここでの落下死と『水漏れ小船亭』周辺での溺死は。

 

階段を登りきってから港を見下ろすと、海から塩っ気たっぷりの浜風が吹き付けてくる。

 

なんか海をこうして見ているとテンションが上がってしまうのは内陸育ちの人間の性なんだろうか?

 

こうしていても相当な時間を潰せそうではあるが、それはまた今度の機会にして街の散策を続けることにしよう。

 

昨日歩いた道を確認しながら新しい発見はないものかとキョロキョロしていると昨日の案内役の少年が視界に入った。

 

彼もこちらに気がついたようで、素早い動きで走ってこちらに近寄ってくる。

 

 

「よ、昨日はいい宿を紹介してくれてありがとよ。

 

 おかげで仕事にもありつけたし、暫くの生活の目処が立ったよ」

 

 

昨日の様子からしてひょっとしたら心配させていたかもしれないので、問題なかったことを伝えると少年も安心したのか笑顔になると軽口を叩いてきた。

 

 

「あの酒場で食材にされちまったんじゃないかと思ったよ。

 

 噂に聞くほど酷い店じゃなかったみたいで何よりだね」

 

 

・・・一体どんな噂が。

 

だがまぁ闘技場紛いのイベントをやっているのであれば、死んでしまう連中がいてもおかしくはない。

 

今後もあのエリアには近づかないようにしよう。

 

 

「そういえば小腹が減ってきたな。

 

 どっか飯食うところ紹介してくれないか?」

 

 

朝食が簡素だった上に観光気分で歩き回っていたためにもう腹が減ってきた。

 

どうせなので昨日同様この少年に案内してもらうことにしよう。

 

 

「別に構わないけど。代金はちゃんとくれよな」

 

 

そう言う彼に昨日の礼もかねて銀貨を1枚放り、案内を任せる。

 

ひょっとしたら払いすぎなのかもしれないが、お互い満足しているので気にしないでおこう。

 

 

少年に案内された区画では道に屋台が並んでおり、様々な地方の料理が手軽に味わえそうであった。

 

屋台に取り囲まれた広場の中央には椅子が並べられており、昼間だというのに既に出来上がった海の男達がエールを酌み交わしている。

 

とりあえず目に付いた焼き鳥屋っぽいところに近づき、銀貨を1枚出すと串が4本ほど束にして渡された。

 

植物の大きな葉を細工して皿代わりにしており、工夫を感じさせる。

 

 

「まぁここに出してる屋台であればそう酷い外れはないはずだよ。

 

 変なものを出してるとすぐに淘汰されちゃうしね」

 

 

そう説明しながらも彼の視線は皿に釘付けである。ストリートチルドレンだとすると肉なんて余り食べれていないのかもしれないな。

 

 

「食うか?」

 

 

そう言って皿を差し出すと、彼はこちらの目を見てキョトンとしたようだが、すぐに立ち直ると一瞬で皿に残っていた串を両手で掴んで口に入れ始めた。

 

 

「ひまはらはえへってひっへほふりはへ」

 

 

「言いたいことはなんとなくわかるが、落ち着いて食え。

 

 取り上げたりしないから」

 

 

ううむ、家で飼ってた犬に餌をやっていた頃を思い出すなぁ。

 

晩年はモソモソとしか食べなかったが、飼いはじめた頃はこんな勢いでむしゃぶりついてたっけ。

 

和んだところでもうちょいとサービスしてやるとするか。

 

銀貨を何枚か握らせて、買出しをさせることにした。

 

 

「それでこの辺りの屋台から美味そうなのを見繕ってきてくれ。

 

 買ってきた食べ物の半分はお前が食べていいからさ」

 

 

色々食べてみたくはあるが、何分目利きができそうにない。

 

ギブアンドテイクということで彼に活躍してもらうことにしよう。

 

好みの料理を探すにも、少しずつつまんだ方が良さそうだしな。

 

こちらの意図を汲んだのか、少年は銀貨を握り締めると屋台の方に素っ飛んで行った。

 

空いている長椅子に腰掛けて少年を待つ間、周囲の喧騒に耳を傾けてみると時折コルソスの話題が出ていることに気付く。

 

ゼンドリックとコーヴェア大陸を繋ぐ補給地点として重要なポイントだったようで、コルソスに寄港できずにストームリーチまで直通で旅を強いられた水夫達の苦労話が聞き取れる。

 

空を飛ぶドラゴンの姿を見かけて引き返した船の目の前で、諦めずに近寄ろうとした別の船がドラゴンに沈められたなんて話まである。

 

どうやらまだコルソスが解放されたという話は広まっていないようだ。

 

昨日ソウジャーン号が到着したばかりだし、村の様子を見に行った船にエレミア達が乗ってこの街に到着するまで早く見ても一週間。

 

その間はまだ知る人ぞ知る、という程度の情報になるんだろう。

 

そんな噂話や広場の片隅で客のリクエストに応えて演奏しているバードの奏でる音楽を聴きながらボーっとしていると、やがて少年が帰ってきた。

 

何段もの皿を重ねて器用に人混みを避けながらこちらに向ってくる。

 

到着した少年は長椅子の空きスペースに皿を並べながら色々と料理の解説をしてくれた。

 

残念ながらそれぞれが五つ国のどの国由来のものかは知らないようだったが、複数の皿に載せられた多種多様な料理はソウジャーン号の豪勢な料理とは違った意味で俺を楽しませてくれた。

 

どうやら屋台の魔力はこの世界にもあるらしい。

 

しばらく料理話をしながら食べていると、少年があまり食べ進めていない事に気づいた。

 

 

「どうした?

 

 腹が痛くなったとかいうのは止してくれよ」

 

 

毒無効の付与効果は果たして悪くなった食べ物にも効果があるのか?

 

酒ではほろ酔い以上に悪化しないであろう事は昨晩確認できているのだが、料理での腹下しは未経験である。

 

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど。

 

 なぁ、おいらの取り分は持って帰ってもいいか?」

 

 

どうやら少し事情が違ったようだ。

 

話を聞いたところ、この少年は所謂ストリートチルドレンらしい。

 

普段は観光客の道案内や、無警戒なおのぼりさんから授業料を回収して生計を立てているらしいが、昨日今日と自分ひとりだけが俺という金づるを獲得して美味い目に合っているのが気が引けるとの事。

 

収入が不定期なことからも腹をすかせている仲間がアジトにはおり、その連中にも持って帰ってやりたいとの事だ。

 

少年の目を見るに同情を引くための嘘話というわけではなさそうで、本当に仲間に対して若干の後ろめたさを感じているようだ。

 

 

(いい話だなぁ・・・)

 

 

こういった環境の子供達を全員救って回るわけではないが、少なくとも関わりを持った範囲であれば少々のお節介をしても構わないのではないだろうか。

 

まだ自分の分を食べきっていなかったが、皿を少年のほうに押し出した。

 

 

「何、取り分なんだから捨てようが何しようが構わないさ。

 

 それにもう腹一杯になっちまったんでね、残りも一緒に処理してくれるとありがたい」

 

 

既に一口ずつは食べてどんな味かは判った気がするし、懐が痛むわけでもない。

 

 

「それよりも持って帰るときに注意しなよ。

 

 腹を空かせた野良犬に襲われない様にな」

 

 

折角なら温かいうちに持って行ってやりなよ、と声を掛けて立ち上がる。

 

後の時間は宿に戻って過ごすことにするかな。

 

そう思い立ち去ろうとすると、椅子に座ったままの少年に袖を引っ張られて立ち止まることになった。

 

 

「俺はカルノっていうんだ。兄ちゃんの名前は?」

 

 

そういえば少年少年と言っていて名前を聞いていなかったな。まぁ教えて困るものでもないし構わないだろう。

 

 

「俺はトーリだ。何分この街じゃ新参なんでね、また今度案内を頼むよ」

 

 

そう言って身を翻した背中に、ボソっと聞こえたカルノのお礼の言葉に手を振って答え、いい気分で宿屋への道を歩くのだった。

 

 

 

宿屋の客室でジェラルドが寄越した報酬の金貨を確認したりしているうちに時間は過ぎ、夕暮れ時に今晩の作戦を行うメンバーが倉庫に揃った。

 

作戦開始前に面通しが行われた。ドワーフの戦士エベルク、ハーフリングの斥候ギャレット、ノームの魔法使いグリム、そしてハーフエルフの癒し手ミランダだ。

 

ストームリーチでは人間が多いとはいえ、その割合は半分にも満たない。だからこういった人間がいないパーティーも珍しくないそうだ。

 

ハーモンが地図を広げ、周囲の地形と取るべき戦術について確認を行っていく。

 

基本的には敵の衛兵を釣りだして、倉庫の路地を利用し包囲されないように逃げ回りながら連中にちょっかいを掛け続けるという作戦のようだ。

 

この辺りのことは土地勘の無い俺には出る幕はない。精々が地図を睨み付けて行動のルートを間違えないように覚えておく程度だ。

 

どうやらハザディルの倉庫は、いくつもの廃棄された倉庫を繋ぎ合わせたりして組み上げられた複雑な構造をしているらしい。

 

確かにゲーム中でも複数の大きさの部屋が混在し、やたらと高低差のある廊下を走りまわる羽目になった覚えがある。

 

一通りの打ち合わせが終了し、作戦開始となった。先程監視の目があった路地に差し掛かる前にポーションを飲んで姿を消し、5人組の後ろをついていく。

 

彼らが派手に陽動を開始したのを横目に、入り口から飛び出てきたコボルド達をすり抜けて倉庫の内部に突入した。

 

 

倉庫の中に入り込むと、幸いな事に廃棄された古い倉庫なおかげか所々裂けている天井などから夕方特有の赤い光が差し込んでおり、視界には苦労しない。

 

入り込んだ倉庫の中は壁に沿って木箱が並べられている他、三つのドアが取り付けられている。

 

 

 

とりあえず目に付いた木箱をロングソードで両断しながら適当に一つのドアを選び、それを蹴破って先に進んだ。

 

『疾走増幅』の指輪の効果で移動のペースは通常の倍速である。

 

占術での事前調査どおり倉庫内に敵はいないし、邪魔になるのは時折立ちふさがる扉や鉄柵程度である。

 

全く敵がいないというのは楽でいい。コンテナを破壊しながら奥へ奥へと進み続けると、最奥の行き止まりと思われるスペースにて予想していなかった事態に遭遇した。

 

 

「エルフ・・・いや、ドラウの子供か?」

 

 

そこには鉄の檻があり、その中には小型車サイズのサソリを模した鉄製の像と、それに寄りかかっている二人の肌の黒い少女の姿が見えた。

 

確かハザディルは現地の集落を襲撃したと言っていたな。だとすると彼女らはその生き残りか?

 

流石に周囲で木箱が破壊されたことで目が覚めたのか二人は薄らと目を開く・・・が周囲の状況が掴めていないのか、お互いの体を手探りで確認すると脅えた様に抱き合っている。

 

とりあえず安心させるためにも声を掛けることにした。

 

 

「おい、大丈夫か?

 

 今そこから出してやる。ちょっと大きい音がするけど我慢してくれよ」

 

 

流石に鉄をこのロングソードで斬ることはできない。"ソード・オブ・シャドウ"を取り出すと端のほうにある何本かの格子を切り飛ばし、外に出れるようにした。

 

が、どうもこの二人は反応しない。格子を切るときの振動にはビクっとしていたようだが・・・まさか視覚と聴覚を奪われているのか?

 

確かに人身売買を連中が考えているのであれば逃がさないために体を傷つけるよりもそういった手段が効果的なのかもしれないが・・・正直反吐が出るやり方である。

 

一見したところ外傷はないようだが、こればっかりはこの状態では判断できない。

 

ブレスレットからアイテムを取り出し、込められた《パナセア/万能薬》を発動させて掌から癒しの効果を彼女らに送り込む。

 

薄く緑がかった淡い光が彼女らを包み、治療は完了したはずだ。

 

だがどうも反応がない。

 

エルフ同様ドラウも睡眠しないはずなので寝ているという訳ではないはずだが、原因がわからない。

 

 

「仕方がない、ちょっと揺れるけど勘弁してくれよ」

 

 

念のため声を掛けてから二人を抱き上げる。

 

少女達がお互いを抱きしめあっているので、両手で彼女らを一抱えにして持ち上げるとアイテムの《テレポート》の効果で宿の部屋に転移した。

 

流石に彼女達を抱えた状態で敵の防衛ラインを突破するとかは考えたくない。

 

とりあえずベッドに二人を並べ、まだ意識が戻っていないのを確認すると再度《テレポート》を使用し、先程の倉庫に戻る。

 

帰り道は少々不安だったが運よく元の位置に戻ることが出来た。

 

何か彼女らの手がかりになるものがないかと辺りを見回した際に、同じ檻に押し込められていた蠍の像に違和感を感じた。

 

 

(こいつ、『ウォーフォージド・スコーピオン』か?)

 

 

ゼンドリックのドラウがクォーリの創造炉から『蠍神ヴァルクーア』を讃えるために作り出した鋼の蠍達。

 

おそらくは村の守護を担っていたのだろうが、ハザディルの襲撃の際にこうして捕えられてしまったのだろう。

 

良く見るとその体は所々が傷ついており、足も何本か欠けているのが見て取れる。

 

まだ完全に破壊されたわけではないようだが損傷が酷いのか機能停止しているようだ。

 

もしこいつが『ウォーフォージド・スコーピオン』であれば共通語が通じるはず。

 

きちんと話を通せば、攻撃されずに彼女達の力になってくれるだろう。

 

流石にこのサイズと重量ではテレポートで運べないが、修理してやればコボルドくらい薙ぎ払えるはずだ。

 

ブレスレットからこういった人造のクリーチャーを治癒する特別な呪文が込められたワンドを取り出し、その効果により機械仕掛けの構造を修理していく。

 

正直どんな仕掛けになっているのかわからないが、それでも発動さえすれば修復が行われる辺り魔法とはつくづく便利なものだと思う。

 

何度かワンドに込められた《リペア・クリティカル・ダメージ/大損害修理》を発動してやるとどうやら完全に修理が完了したようだ。

 

鉄蠍の目らしき部分に緑色の光が宿り、再起動したのが見て取れる。

 

さて、あとは説得だな。

 

 

「言葉はわかるか?

 

 お前を修理したんだが、一緒にいた少女達のことでお前の力が借りたい。話を聞いてくれ」

 

 

一瞬目の前にいる俺を見て攻撃態勢を取ろうと尾をピクリと動かした気がするが、言葉を掛けると話を聞いてくれる気になったようで襲い掛かってくることはなかった。

 

 

「大丈夫みたいだな。

 

 ここはハザディルっていう密輸商人・・・たぶんアンタの集落を襲った連中の隠し倉庫だ。

 

 一緒に閉じ込められていた少女二人は先にテレポートで宿に送ったんだがアンタのその体は無理だ。

 

 これから敵の包囲を抜けて脱出する、ついてくるなら尾を縦に振ってくれ」

 

 

しばらく沈黙が続くが、やがて蠍は尾を縦に一度振って同意を示してくれた。

 

この鉄の蠍は知性を与えられており、こちらの言葉を理解することはできるが当然会話することはできない。

 

なので相手の身振り手振りでコミュニケーションを取る必要があるのだ。

 

 

「よし、ならついてきてくれ。出口まで案内する。

 

 ここの衛兵達は俺の仲間が引き付けてくれているから危険は少ないと思うけど、注意しろよ」

 

 

来た道を戻りながら事情を蠍に聞かせていく。

 

幸いあの檻に到着するまでにノルマの50個は破壊できている。後は脱出するだけだ。

 

移動に専念したおかげで、来たときの半分程度の時間で倉庫の入り口に辿り着いた。どうやらまだハーモンたちが上手くやってくれているようで、周囲に敵の気配はない。

 

既に薄暗くなっている周囲の影に隠れるようにしながら、予め打ち合わせていた路地を進むとやがてハーモンと落ち合った。

 

彼は最初後ろに従うサソリの姿を見て驚いていたようだが、倉庫の奥に囚われていたところを連れてきたと話すと途端に上機嫌になった。

 

 

「では俺はあの4人に合図を送ろう。

 

 おそらくハザディルはそのサソリをシャーンのアーティフィサーに売ろうとしていたんだろうし、

 

 ヤツの悔しがる顔が目に浮かぶようだ!」

 

 

ハーモンはそう言ってから1本の矢を取り出し、上空に向けて放った。

 

鏑矢のようなものだろうか、独特の鏃をしたその矢は響き渡る音を発しながらどこかに飛び去っていった。

 

 

「さて、今の合図で皆撤収を開始するだろう。

 

 報酬はジェラルドから受け取ってくれ」

 

 

そう告げて立ち去ろうとするハーモンに声を掛ける。

 

 

「すまないが打ち合わせに使った倉庫を少し借りていいか?

 

 こいつを宿に連れて行くわけにも行かないし、ちょっと困ってるんだ」

 

 

指でサソリを示しながらお願いする。

 

 

「なるほど。

 

 ならその件は私からカータモンに伝えておこう。

 

 偽装用の倉庫だからしばらくは使う予定は無いが、あまり長い期間は無理だぞ」

 

 

ハーモンの了解も得たところで、サソリを連れて倉庫に向う。

 

中に入るとスイッチで照明を操作し、明かりを灯すと中の様子が見えてくる。

 

先程打ち合わせに使用した地図などはもう取り除かれており、まったく普通の倉庫にしか見えない。

 

表通りからも少し離れており、ここなら目立たずに出入りできるだろう。

 

 

「それじゃ今から二人を連れてくる。ちょっとだけ待っててくれよ」

 

 

そう告げると再び《テレポート》の効果で宿に戻り、二人がまだベッドの上で寝ているのを確認するとまた抱え込んで倉庫に転移した。

 

これで今日一日だけで4回使用したことになる。アイテム自体を5個しか持っていないため、1日に5回が限度だから後一回は有事の際に備えて残しておかなければいけないな。

 

 

倉庫ではサソリが行儀良く待っていた。彼の前に二人の少女を降ろし、反応を見る。

 

 

「毒や状態異常の類なら取り除いたはずなんだが、目を覚まさない。

 

 原因はわかるか?」

 

 

こうして見るとこの二人は中学生くらいだろうか? いずれにしても成人前ではあるのだろうが、まったくの瓜二つで双子のように見える。

 

ドラウもエルフと同じ以上成人年齢が100歳だろうから、こう見えても二人とも俺より遥か年上のはずだが、どうも慣れない。

 

灰色の肌に流れるような銀髪。

 

夜空を切り取って人型に流し込んだような、神秘的な雰囲気を感じさせる造形である。

 

座り込んで様子を見ていると、突如サソリがその鋭い鋏で彼女らにつけられていた腕輪を破壊した。

 

それと同時に二人の意識が戻ったのか、体を起し始めた。

 

あの腕輪がなんらかの状態異常を引き起こしていたのか?

 

そういえば《ディテクト・マジック/魔法の感知》によるサーチを行っていなかった。間抜けな話である。

 

 

「大丈夫か?

 

 どこか異常があったら言ってくれ」

 

 

身を起した二人に声を掛けると、1人は驚いたのか飛び跳ねて距離を取った。もう1人はぼうっと立ち尽くしていたが、すぐに片割れに手を引かれてサソリの影に引っ張られていった。

 

 

「ここはどこ?

 

 お前は何者だ!

 

 連中の一味だっていうなら、このヴァルクーアの使いがお前に死をもたらすぞ!」

 

 

威勢のいいほうがサソリの尾に隠れながら啖呵を切ってくるが、微笑ましいだけでさっぱり怖ろしくない。

 

とりあえず落ち着かせるために状況を聞かせることにした。

 

 

「それだけ元気なら心配はいらないみたいだな。

 

 俺はトーリ、冒険者だ。

 

 ここはストームリーチに数ある倉庫の中の一つ。

 

 ハザディルって密輸商人が集落を襲って得た品を運び出そうしていると聞いて妨害に出かけた俺が、連中の倉庫から君達を保護した。

 

 ついでにそのヴァルクーアの使いとやらの修復をしたのも俺だ。

 

 他に何か聞きたい事はあるか?」

 

 

非常に簡単だが、俺に説明できることはこれくらいだ。

 

出来れば元いた集落に送ってやるべきなのかもしれないが、ドラウは余所者を嫌うことで知られていたと思う。

 

彼らからすれば冒険者なんて父祖の墓を荒らしに来た略奪者以外の何者でもないだろうし、歓迎されるとは思えない。

 

とりあえず言うべき事を言った後に先方の反応を待っていると、後ろに庇われている方の少女がこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「とても・・・、つよい、ちから。

 

 そらの、ほしとおなじ」

 

 

共通語に不慣れなのか、たどたどしい口調で大人しめの少女が言葉を発した。

 

話しながらローブの裾に触れてきた彼女の目に、蒼い光が灯っているのに気づく。

 

 

(《アーケイン・サイト/秘術知覚》か? でもいま魔法のオーラは隠匿しているはず・・・

 

 《トゥルー・シーイング/真実の目》の効果もあるのか?)

 

 

驚愕に固まってしまう。彼女は呪文を行使した様子がなかったということは生来の能力ということだ。

 

《アーケイン・サイト》だけなら呪文で永続付与できなくもないが、《トゥルー・シーイング》は蘇生と同レベルの信仰呪文である。

 

生来の能力としては破格であり、そんな能力のあるクリーチャーは高位の来訪者くらいしか覚えがない。

 

もしこの能力をハザディルが狙っていたのなら大事だ。

 

 

「えーと、その目の力は生まれつきなのか?

 

 そのせいで連中に狙われたのか?」

 

 

少女に尋ねてみるが、彼女は首を傾げるだけで反応を返してくれない。

 

むう、共通語に不慣れなのか?

 

 

「離れろ!

 

 この者に手を出すことは許さないぞ!」

 

 

もう片方の少女が間にはいって、一方を引き離そうとする。こちらの少女は赤眼であり、特に違和感を感じることはない。

 

どうしたものかと頭を悩ませていると、倉庫の外に人の気配を感じた。

 

咄嗟に騒いでいる少女の口を塞ぎ、小声で来客を告げてどこか物陰に隠れるように指示する。

 

彼女は突然の出来事に一瞬暴れたものの、エルフ族特有の鋭い知覚能力で気配を察したのか大人しく言うことを聞いて、相方の手を引いて奥に下がっていった。

 

サソリの守護者も彼女らを庇うように、倉庫の入り口と彼女らの間を塞ぐように位置取りを変えている。

 

であれば、俺の役割は入り口で相手を警戒することだな。

 

即席のチームワークを発揮するべく扉の横に張り付き、腰の剣を抜いて備えていると気配の主は律儀にも扉にノックをしてきた。

 

 

「トーリ、ジェラルドだ。

 

 ハーモンからここに君がいると聞いて訪ねてきたんだ。

 

 すまないが緊急事態なんだ。開けてくれないか」

 

 

声からして確かにジェラルドのようだ。他に気配もないし、会っても問題ないだろう。

 

だが倉庫の中に入れるのは問題があるかもしれない。ここは俺が外に出て話をするべきだな。

 

 

「わかった、今行く」

 

 

通じるか判らないが奥の連中に「ここで待て」とジェスチャーしてから扉を開けて外に出た。

 

そこには確かにロード・ジェラルド・グッドブレード本人がいた。

 

 

「どうしたんだジェラルド。

 

 報酬を持ってきてくれたというなら歓迎するが」

 

 

後ろ手に扉を閉めつつ話しかけると、ジェラルドはエライ剣幕で捲くし立ててきた。

 

 

「それどころじゃないんだ!

 

 お前の働きには私もカータモンも感謝しているが、大変なことになった!

 

 お前達がハザディルの倉庫を襲撃している間に、連中はカータモンの倉庫を急襲してきたんだ。

 

 連中は昨日タンバーが仕掛けた罠にも怯まず踏み越え、大切な容器を奪っていった!

 

 その容器にはとても強力な物体がはいっていたんだ。

 

 ワームの財宝にふさわしい欠片・・・私の言っている意味がわかるな?」

 

 

ドラゴン・シャードか!

 

 

「ああ、十分に理解したさ。で、俺にどうして欲しいんだ?」

 

 

倉庫が手薄だったのは、カータモンの倉庫を襲撃するためだったということだな。

 

流石の占術呪文も然るべき問いかけをしなければ有用な返答を得ることはできない。そこまでの動きはお互い予想していなかったということなんだろう。

 

 

「ハザディルのコボルドがまた自分の倉庫を見回っているんだ。

 

 だが、かなりの人数がタンバーの罠にやられ、ほとんどの者が戦える状態ではない。

 

 中に入り、盗まれた容器を見つけ、酒場にいるボードリーに直接届けるんだ。

 

 コイン・ロードのベリガン・エンジはカータモンを信頼して、シヴィス氏族の友達の所にそれを届ける役目を与えたんだ。

 もし奴の信頼を裏切ったら、カータモンは破滅だろう。無論、近しい位置にいる私たちにも良くない事が起こりかねない。

 

 今頼れるのはお前だけなんだ、トーリ。

 

 昨晩大勢のコボルド達を翻弄したお前の力を貸して欲しい」

 

 

カータモンが失脚したら昨日からの努力が水の泡だし、今日の分の報酬もお流れだろう。

 

怒涛の展開ではあるが知識にあるクエスト通りでもある。ここは一つ恩を売っておいたほうがいいだろう。

 

 

「判った。それじゃあ用意をして直にさっきの倉庫に向おう。

 

 何か気をつけておくことはあるか?」

 

 

引き受けるとジェラルドは随分と安心したようで、ようやく落ち着いたようだ。

 

 

「残念ながら先程衛兵の気を引いた作戦はもう使えないだろう。

 

 あちらの4人も傷を負っていてこれからの仕事に助力は期待できない。

 

 私たちの運命はトーリ1人に任せることになる。

 

 頼んだぞ。私はこの報告をカータモンに伝えることにしよう」

 

 

そう言って宿に戻るジェラルドを見送って倉庫に入ると、聞き耳を立てていたのかすぐ近くまで皆が寄ってきていた。

 

 

「聞いていたなら事情は判ってるな?

 

 俺はまたこれから出かけなきゃならん。

 

 この倉庫は暫く借りれることになっているからその間は使ってくれて構わない。

 

 仕事が終わったら一応食事くらいは差し入れしてやるから、それまでは大人しく今後どうするかを考えていてくれ」

 

 

理想的な展開としては、サソリの守護者を連れて集落に帰ってくれるのが有難いんだが。

 

この世界の密輸商人なんて連中が禍根を残すような甘い仕事をするとは思えない。おそらく集落は全滅だろう。

 

過酷なゼンドリックの自然の中で、まだ成人前の少女二人で生きていけるとも思えない。

 

これは悩みどころだな・・・昼間少年に飯を奢ってサービスしてあげたのとはスケールが違う問題である。

 

そんなことを考えながらハザディルの倉庫が見える位置に到着した。

 

 

「……なんでついてきてるんだ」

 

 

だが、後ろにはサソリの上に腰掛けている少女が二人。

 

 

「連中は私たちの村を襲い、奪った!

 

 ならそれを取り返すのは当然の事だ」

 

 

赤眼の威勢のいいほうの少女が声高に宣言する。確かに言い分はもっともなんだが。

 

術者の呪文で狙われたら一瞬で蒸発しかねない。ここは保険を掛けておく必要があるな。

 

 

「ついて来るなら構わない。が、邪魔にならないようにいくらか呪文を掛けさせてもらうぞ」

 

 

ウィザード枠から《レジスト・エナジー/元素抵抗》の呪文を発動させ、火、電気、酸といった主要なエネルギーに対する防御効果を付与していく。

 

ドラウは高い呪文抵抗能力を持っているが、幸い彼女らはまだその能力を発現していないようで呪文の付与はすんなり行えた。

 

これなら高レベル術者の攻撃を受けても即死ではなく瀕死で留まる、と思いたい。

 

一応前回レベルアップした際に《接触呪文光線化》の特技を習得しており、10メートルほどの距離であれば治癒呪文を飛ばすことも出来る。

 

敵の術者や遠隔攻撃を行ってくる連中を早めに無力化していけば危険も少ないだろう。

 

そう考え倉庫に突入したが、俺はこのサソリの守護者の実力を見誤っていたことを思い知らされた。

 

コボルドに倍する速度で動き、長い射程の尾は敵を寄せ付けない。

 

また尾の針には毒の代わりに強力な酸が仕込まれており、その強力な突き刺しに加えて酸を打ち込まれたコボルドは例外なく一撃で倒されている。

 

上に乗っている少女達を守ることを考えてか、常にこちらの位置を考え敵の攻撃を受けづらい地点に回りこむ知恵もある。

 

正直このサソリを単体でこの倉庫に放り込めば、コボルドを駆逐してしまえるほどの性能だ。

 

おそらく黒光りするあの装甲はアダマンティン製であり、たとえコボルドに切りつけられても傷一つ付かないだろう。

 

だが、実際にはこのサソリをあそこまで破壊して集落を滅ぼした連中がハザディルの手下にいるのだ。

 

時折サソリの背から降りて、奪われた集落の遺物を回収している少女の姿を見ながら、今回はそんな連中に遭遇せずに済む様に信じてもいない神に祈るのだった。

 

 

前回扉や柵を破壊して通っていたため、今回はコボルドという障害がいるもののスムーズに最奥まで到着することが出来た。

 

梯子を上った先にある高台で警戒しているシャーマンが1人厄介だが、後は皆普通のコボルドに見える。

 

この少し前にいたコボルドの集団からは距離が離れていたこともあり、敵はまだこちらに気付いていない。

 

ブレスレットから弓を取り出し、矢ではなくその弓に込められた魔法の効果を弦に番えてシャーマンを撃つ!

 

16Lvの術者が発動したのと同じ効果の《チェイン・ライトニング/連鎖電撃》が炸裂し、その中心にいたシャーマンから10メートル以内にいた不幸なコボルド達も纏めて薙ぎ払われた。

 

突然の轟音に幸運にも巻き込まれなかった他のコボルド達が飛び上がるが、そちらにも残った1チャージ分で同じものをお見舞いしてやるともうそこに動くものは残らなかった。

 

それを感知してか、奥に進んでいくサソリたちを横目に俺はカータモンの荷物を回収すべく、梯子に手を掛けた。

 

梯子を上った先には、占術による探知を避けるためか鉛で覆われた容器が目に映る。これが例の品物で間違いないはずだ。

 

すぐにでも回収したいところだが、生憎容器に近づくと矢が打ち込まれる罠が仕掛けられている。

 

回避するのは容易いが、そのまま直進した矢が容器に当たるように配置されているため、この罠は解除しなければならない。

 

幸い解除するための機構はすぐに発見することが出来た。スイッチ式で重量を掛けておけば起動しないようになっているようだ。

 

倉庫の一角に手間の掛かる罠を仕掛けるようなことは無いらしく、一安心である。

 

先程電撃に撃たれて死んだシャーマンが持っていた杖を足元から拾い上げ、スイッチを押した状態で固定する。

 

暫く待ってみて変化が無いことを確認してから、素早く容器に近づいて回収する。

 

容器には特に開封されたような形跡は無く、コイン・ロードの印章が押された紙で封印されている。

 

中身が気になるが、ここは好奇心をぐっとこらえて我慢しなければ。

 

こちらの用事が片付いたところで下を見やると、サソリにのった少女達が破壊されたコンテナから荷物を回収している様子が見える。

 

渡しておいたザックは既に膨れ上がっており、後ろの大人しい方が頑張って抱えているようだが見るからに危なっかしい。

 

あまり長居をして敵の増援が来てしまっては元も子もない。そろそろ引き上げなければ。

 

 

「おい、そろそろ撤収するぞ」

 

 

容器を背負い袋に放り込んで、高台から飛び降りて声を掛けた。

 

どうやら赤眼はまだ消化不良のようで不満顔だが、無駄に危険を犯す必要が無いことは理解してくれているんだろう。

 

渋々ながらも首を縦に振り、同意してくれたようなので来た道を戻り始める。

 

時折別の分岐から様子を見に来たコボルドの斥候がいたが、それ以外は特に障害も無く倉庫を脱出することに成功した。

 

 

「俺は依頼人のところに届け物をしなきゃならん。

 

 ついでに食い物を見繕ってきてやるから、さっきの倉庫で待っててくれ」

 

 

カータモンが酒場で待ちくたびれているだろう。一刻も早く安心させてやらなければ。

 

いつの間にか振り出した雨を、《シールド》の呪文で避けながら夜道を走り、『気まぐれ海老亭』に駆け込んだ。

 

夜の帳が降りて結構な時間が経過しているにもかかわらず、ここは相変わらずの騒がしさだ。

 

ローブに纏わりついている水滴を払いながら店内を見回すと、昨晩と同じテーブルにジェラルドとカータモンの姿があった。

 

なにやら暗い表情で話し合っているようで、こちらには気付いていない様子。

 

急いであの不景気な表情を吹き飛ばしてやらないといけないな。

 

 

「おいお二人さん。ご依頼の品をお持ちしたぜ」

 

 

背負い袋から厳重に封がされた容器を取り出し、テーブルの上に置いてやるとようやくこちらに気付いたのか、カータモンが顔を上げた。

 

 

「おお、おお!

 

 確かにこの品だ!

 

 コル・コランよ、感謝します!」

 

 

カータモンを容器を持ち上げると、涙を流しながら頬ずりを始めた。

 

よほど嬉しかったのだろう。だがそこまで失敗を怖れるとは、やはりこの街でのコイン・ロードの権勢は相当なものなんだろう。

 

ジェラルドも先程までの深刻な顔はどこに行ったのか、満面の笑みを浮かべながら握手を求めてきた。

 

 

「取り戻してくれたか。よかった!

 

 もしこの宝物をなくしていたら、コイン・ロードは二度と私達を信用してくれないだろう。

 

 大損失をもたらした者には、奴らは情け容赦ないからな。

 

 お前の尽力は忘れないよ、トーリ」

 

 

握手に応えながら、一応念を押しておく。

 

 

「まぁそのコイン・ロードには宜しく言っておいてくれよ。

 

 貴方の友人のために二晩で三度も働いた冒険者がいるってことをね」

 

 

上手く行けばこの件だけで中央市場に進む許可が下りるかもしれない。

 

少々違う展開ではあるが、楽が出来るならそれに越したことはないだろう。

 

 

「ああ、私からもロード・エンジに伝えておこう!

 

 他に何か望みはないかね?

 

 私に出来ることがあれば何でも言ってくれ」

 

 

ジェラルドに引き続き、至福状態から復帰したカータモンからも握手を求められた。

 

そういえば今日の二件については報酬の事を打ち合わせていない。

 

通行許可の件とあわせて住居の件もお願いしてみよう。

 

 

「ああ、それならまずは通行許可の件以外にも頼みたいことがあってね。

 

 カータモン、貴方は倉庫以外の物件についてもコイン・ロードから任されていたりしないか?

 

 ストームリーチで当分暮らすつもりなんだが、酒場暮らしじゃ何かと不便でね。

 

 出来れば自由に出来る家を探したいと思っているんだが」

 

 

俺の要望を伝えたところ、カータモンは暫し思案してから返事を返した。

 

 

「ふむ・・・。生憎私の管轄はこの埠頭区画の一部の倉庫でしかない。

 

 だが、何人かそういった商売をしている友人がいる。

 

 勿論信頼できる連中だ。近いうちに彼らにいくつかの物件を紹介させよう」

 

 

そう言ってカータモンは物件の紹介を約束してくれた。

 

どうやらここに来てからの懸念事項の二つが早速解決しそうである。

 

さて、それじゃあ今度は新しく増えた懸念事項に対処しなきゃなぁ……

 

とりあえず、酒場の主人にお願いしてサンドイッチでも作ってもらうことにするかな。

 

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