ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

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2-3.コボルド・アソールト

色々なことがあった夜が明けて次の日。

 

改めてジェラルドに報告を行い、報酬として金の延べ棒を1本受け取った。

 

これで金貨1,000枚の価値があるらしい。ゲームで得られた報酬よりも随分多いように思える。

 

ひょっとしたら仲介者として相当報酬を掠め取られるかと思っていたが、様子を見る限りそんな感情は見て取れない。

 

ゲーム中では新米冒険者をカモにしている詐欺師のような男だっただけに、報酬を敢えて事前交渉しないことで様子を見ていたんだがどうやらジェラルドはそれなりに信頼の出来る人物のようだ。

 

ストームリーチに到着して間もない俺に仕事を振ってくれた事といい、今後も付き合いを続けても良さそうな相手である。

 

これであれば家探しの件も期待できそうだ。

 

 

で、今俺が何をしているかというと。

 

鍛冶屋で武器を受け取った後、屋台で買った食べ物を倉庫に運んでいる最中である。

 

保護した二人のドラウの少女達は、流石に街中を無防備に歩き回らせるわけには行かない。

 

かといってサソリの守護者と一緒に散歩させるというのも少し考え物だ。

 

ウィザードの使役するゴーレムなどと同じ扱いでいいのだろうか? それにしても街中で見かけたことはない。

 

倉庫は一ヶ月ほど好きに使っていいと許可を得ている。

 

エレミア達が到着したら彼女らに協力してもらって、集落跡まで送り届けるかするのがよいだろうか。

 

まぁドラウは日光があまり得意ではないだろうし、日中に外出したがることも少ないだろうから彼女らが身の振り方を決めるまでは倉庫で大人しくして貰いたいところだな。

 

 

「おい、そこのお前!

 

 食い物を持って間抜け面を晒しているそこのお前だ!」

 

 

街区を倉庫街に向おうと歩いているところで、突然声を掛けられた。

 

まぁ確かに両手に皿を持ちつつ串を食いながら歩いている姿は間抜けといわれても仕方ないだろうが、あんまりな呼び止め方ではないだろうか。

 

一言文句でも言ってやろうかと視線を向けると、そこには立派なヒゲを蓄えた壮年の将校が立っていた。

 

 

「そう、お前だ。

 

 見たところ冒険者のようだが、今ならデニス氏族のために働く一生に一度の機会を与えてやるぞ!

 

 仕事を探していないか?」

 

 

見たところ良く手入れされたハーフ・プレートを着こなす熟練の戦士といったところか。

 

だが装備ほどの実力は整っていないように見える。エレミアやラピスに感じるような迫力がこの男には欠けている。

 

だが氏族の関係者というのは確かなんだろう。鎧にはキマイラをあしらったデニス士族の印章が燦然と輝いている。

 

 

「まぁ今請けている仕事はないけどね。

 

 どんな話なんだい?」

 

 

銜えていた串を吐き出して皿の上に飛ばし、とりあえず話を聞いてみることにした。

 

エレミア達が到着するまでの間、出来るだけ経験を積んでおく必要がある。

 

まだ確認したわけではないが、この世界の俺以外のキャラクターはTRPGのルールに従って成長しているようだ。

 

対して俺の成長はMMOに準じている。このため、はっきりいって俺の成長は非常に遅い。

 

レベルアップに必要な経験点が10倍必要といえば、その効率の悪さは判って頂けるのではないだろうか。

 

無論低レベルのほうが同じ敵を倒しても入る経験点は多いのだが、それにしたってこの差は絶望的である。

 

いまは初期ステータスとアイテム能力で優位に見えるが、あっという間に追い越されてしまうだろう。

 

幸い、経験点の入手については俺もTRPG版準拠で敵を倒すことで獲得できている。

 

そういうわけで、実戦の経験はできるだけ積んでおきたいというわけだ。

 

 

「何、私たちにかかれば簡単な仕事だ。

 

 ここストームリーチからゼンドリックの奥地に向けて、我々デニス氏族は多くの前線拠点を維持している。

 

 そういった拠点に対する兵站基地の一つに定期的に群がるコボルド達を追い散らせばいい!

 

 各拠点に向けて発送される物資が貯まった時期を狙ってやってくる連中の、定期的な間引きの一環だ。

 

 そのような任務にわが氏族の精鋭をぶつける訳にも行かないからな。

 

 指揮者として名のある私が傭兵を指揮して当たることになったというわけだ!」

 

 

ああ、「コボルド・アソールト」のクエストか。

 

確かコボルド200匹にオマケのボスを倒せば終了の、手間だけかかるクエストだった覚えがある。

 

ゲームでは大した経験点にはならなかったが、こちらでコボルド200体も倒せばいい経験点になる。これは美味しそうな話だ。

 

 

「確かに楽な仕事に聞こえるな。で、報酬はいくらになるんだ?」

 

 

見たところ氏族でもそれなりの地位を持っているようだし、金払いが渋いということはないだろうが事前に確認しておく必要はあるだろう。

 

 

「フン、デニス氏族のために働く栄誉が与えられる・・・と言いたいとこだが、お前のような俗物のために金貨を1人につき500枚用意してある。

 

 無論これは卑しいコボルドどもを打ちのめした後に支払う。死んだ者や逃げ出した者には当然支払いは無い。

 

 ローガン・ド・デニスの名の下に戦い、栄誉を勝ち取るのだ!

 

 さあ、お前には栄光のために戦う覚悟があるか?」

 

 

別に金額の多寡は問題ではないが、高くも無く低くも無い妥当な量に思える。

 

とりあえず参加する意志を伝えて枠を確保しておこう。

 

 

「それじゃあ栄光とやらのために戦う機会を頂戴するとしよう。

 

 準備に少し時間を貰いたいんだが、構わないかね?」

 

 

流石に日帰りってわけにもいかないだろう。糧食の買出しやら、お嬢様たちのことを片付けておかなければ。

 

 

「ふむ、いい表情も出来るようだな。私の見る目に適っただけのことはある!

 

 出発は昼過ぎで、補給物資と共に基地に向うことになる。

 

 行きの糧食は心配する必要はないが、帰りの分はお前の働き次第だ。

 

 その腰にある得物をきっちり手入れしておけよ!」

 

 

後ほど合流することを約束し、一先ず倉庫街に食べ物を運ぶことにする。

 

昨晩のサンドイッチは気に入ってくれたようだが、とりあえず当分は屋台の食事で我慢してもらう事になりそうだ。

 

 

「と、いうわけで数日留守にする。

 

 身の振り方でも考えながら過ごしておいてくれ。

 

 その間にも食料は毎日届けさせるんでその点は安心してくれていい。

 

 まぁ別にこの街を出て行くなら止めないが、その場合は何か書置きでもしてくれると助かるな。

 

 もし留まるなら食事を届けに来るやつに1日1枚ずつこれを渡してやれ。

 

 直接渡さなくても、入り口に置いておけば食料と交換するように言っておく」

 

 

倉庫に戻って出かける事について二人+一体に説明する。

 

足元に金貨を余裕を持って5枚ほど置き、代金として使用するように伝えた。

 

一生懸命肉に齧りついている少女が聞いているかどうか不安だが、もし今後保護を継続するにしても依頼で数日不在にすることは普通にある。

 

少々冷たいかもしれないが、この間を無事に過ごせないようであれば今後も一緒にいることは出来ないだろうし、ちょうどいいお試し期間かもしれない。

 

少なくとも身の危険については守護者がいるので余程のことがなければ大丈夫だろう。

 

むしろ夜道にこのサソリを見かけた人間から新たな都市伝説が生まれてしまうことの方が心配である。

 

知覚能力は高いようだし、そんなヘマはしないと信じたいところであるが。

 

そんな心配事をしながら肉食少女をぼーっと見つけていると、横から裾を引かれる感触に気がついた。

 

そちらに視線をやると、小さい口で上品に食事をしている少女が片手でローブの袖を引いていた。

 

あまりに対照的な二人である。やはりこの二人が双子というセンはないだろう。俺にドラウの見分けがついていないだけだろう、きっと。

 

 

「どうした?」

 

 

こちらの少女は口数が少ない。共通語に慣れていないだけかもしれないが、俺がいるときに相方と会話しているところも見ない。

 

どうもこの蒼く光る目で見つめられるとドキっとする。見通されているような感覚がするのだ。そのうち慣れるとは思うのだが。

 

 

「あなたに、かげがさす。

 

 おおきなひづめが、あなたをおしつぶそうとする。

 

 きを、つけて」

 

 

ふむ。一種の《ディヴィネーション/神託》か?

 

蹄というと馬かと思うがゼンドリックに馬はいなさそうだし、なんらかの野生動物のことだろうか。

 

ひょっとしたら移動中に何かあるという啓示かもしれないな。注意しておくとしよう。

 

 

「ありがとな。暫く不在にするけど、アイツの手綱を握っておいてくれよ」

 

 

ローブの裾をつまんでいる指をそっと外して、掌で軽く包むと握手のつもりで上下に軽く振る。

 

戻ってきた頃にはハーバー・マスターの許可も下りているだろうし、家もいくつか紹介してもらえるだろうしやることは山積みである。

 

サっとレベルアップして帰ってくることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼンドリック漂流記

 

2-3.コボルド・アソールト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街をぶらついてカルノ少年を見つけ、今から数日倉庫に食事を運んでもらうよう依頼しておく。

 

初日分の代金だけ渡し、あとの分は倉庫で支払いがあることと、倉庫の中に不要に立ち入らないように伝えておいた。

 

残念ながら面通しをしておくほどの時間的余裕はお互い無かったのだが、あのサソリは知恵も回るようだし問題ないだろう。

 

カルノと別れるとダゴワード薬店に顔を出し、保存食をいくつか購入する。

 

ゼンドリックの歪められた自然が生む植生から、この土地では『永久糧食』なる保存食が存在する。

 

超自然の働きによってか腐敗しない食材を使用したものであり、これを五日分と後は大量のポーションの空き瓶を購入した。

 

ポーションには後で井戸の水を汲んでブレスレットに格納するつもりである。ポーション瓶はスタックするので同じ中身の100本まではアイテム1つ分の枠に収まるのだ。

 

所持しているユニークアイテムの中には栄養豊富な食事を産み出すものもあるのだが、それは味が最悪ときている。

 

説明文にも『濡れた生暖かいボール紙のような風味』などと書かれており、とてもではないが使う気分にはなれそうもない。

 

ある程度レベルの高いクレリックであれば信仰呪文で食事を出すことも出来るのだが、流石にワンドやスクロールでそんなものを準備しようとまでは思わない。

 

ブレスレットの中は時間の影響を受けないようなので、パンやチーズ、後は屋台の食べ物などを幾つか放り込んではあるんだがそんなものを取り出すのを余人に見られるのは不味い。

 

『気まぐれ海老亭』の主人には数日食事がいらないということで前払い分のワインとチーズを貰ってきたのだが、これらは時間があれば1人でこっそり楽しむとしよう。

 

そんなこんなで旅支度を整えていると丁度いい時間になった。

 

ローガンと約束した待ち合わせ場所に到着すると、そこには既に何人かの冒険者風の連中がたむろしていた。

 

先日面通ししたパーティーとは異なり、人間が多い。

 

何人かドワーフの戦士らしき姿が混じっているが、基本的に前衛向けの冒険者ばかりを集めたようだ。

 

珍しい種族としては背の高い人怪、ゴライアスの戦士がいる。準備している「スパイクド・チェイン」はその巨体でも扱いに困りそうな大業物である。

 

体格とあいまって相当な射程距離がありそうだ。彼がいるだけで前線の安定度は相当なのではないだろうか。

 

おそらくローブ姿の俺は術者として期待されているんだと思うが・・・。

 

辺りを見回すと、もう1人軽装の男がいた。青と金の十字に近い模様、ソヴリン・ホストを示す聖印を提げているところからしてクレリックだろうか。

 

癒し手と仲良くしておくに越したことはない。見たところ一人でいるようだし、声を掛けるにはいい機会だろう。

 

 

「やあ。あんたもコボルド退治に参加するクチかい?」

 

 

できるだけ友好的な表情を浮かべながら近づいた・・・つもりである。

 

"交渉"技能のおかげか、サラリーマン時代には苦手だった作り笑いも口元を引き攣らせずに出来るようになったのは成長といっていいのだろうか。

 

 

「初めまして、私はソヴリン・ホストに使えるアコライトのロンバート。

 

 そういう貴方はローガン卿の呼びかけに応えられたのですね」

 

 

『アコライト/侍僧』か。昔のD&D系列のシステムではレベルが上がるとそういった称号が与えられたはずである。

 

その中でも最も最初の称号であり、見習いクレリックといったところか?

 

 

「丁寧にどうも。俺はトーリ、何でも屋の冒険者さ。

 

 定期的な狩りだとは聞くが初めての参加なもんでね、もし経験者がいれば話を聞いておきたいと思ったんだが」

 

 

そういうとロンバートは申し訳なさそうに目を伏せると首を横に振って応えた。

 

 

「残念ながら私も今回が初めてでして。

 

 この街の寺院では定期的に行われる街の守りに対して、癒し手を派遣しているのです。

 

 前回参加した同輩から聞いた話であればお伝えすることも出来ますが」

 

 

まぁそれでも十分だろう。何分拠点防衛なんて任務は初めてだし。

 

ゲームでは拠点の外で迫り来るコボルド相手に無双するだけだったが現実はそうもいかないだろう。

 

ここに集まっているメンバーの数からしてローテーションや役割分担があるだろうし、大まかな流れがあるなら予め聞いておきたい。

 

 

「ああ、是非お願いしたいね。

 

 先達の話は聞いておくに越したことはない」

 

 

立ち話もなんだろう、ということで付近の縁石に腰を下ろしてロンバートの話に耳を傾けた。

 

どうやら前回は一ヶ月前に行われ、敵の規模は100匹ほどで統率もされていないバラバラな群れを城壁の上から矢を射掛けて、勢いを削いだ後に城門から打って出て掃討したらしい。

 

 

「前回はほとんど怪我人も出なかったそうですよ。最後の掃討戦で少々傷を負われた方を治療してそれで終わりだったとか」

 

 

話だけ聞いていると楽勝ムードであるが、お嬢様の《神託》のこともある。

 

ひょっとしたら戦場ではなく往復の道行きにひどいエンカウントがある可能性も考慮しておくべきだろう。

 

ロンバートの話を聞いているうちにさらに数人の冒険者が集まり、暫くするとローガンが現れた。傍らには如何にも愛人風の女性と、二人の従者を連れている。

 

いや、正確には従者ではないのかもしれない。それぞれの男が異なる氏族の印章を身につけているところを見ると、仕事を請けて氏族から派遣されてきたエージェントだろう。

 

 

「ふむ、全員揃っているようだな」

 

 

広場を睥睨しながらローガンは呟いた。連れの女性を除くと卿を含めて14人。

 

コボルド100匹相手に城壁に拠って戦うのであれば十分な人数であろうと思われる。

 

どちらかといえば道中の警戒という目的のほうが大きいのかもしれない。

 

女連れであることに突っ込むものは誰もいない。この男からしてみれば今回の遠征も旅行の一種なのかもしれない。

 

 

「よし、では出発だ!

 

 こちらに着いてこい」

 

 

カータモンの倉庫の前を抜け、ストームリーチの城壁の外に出るとそこにはキャラバン一式が準備されていた。

 

ほとんどが補給物資を積んだ馬車だが、その中の一台は明らかに他のものと区別された装飾がなされている。

 

車を引くための馬も連れておらず、サスペンションの利いた天蓋つきの客車である。

 

 

「お前達は適当に馬に乗って来い。

 

 言うまでもないがキャラバンの周囲を囲むように隊伍を組むのを忘れるなよ!

 

 

そういうと、ローガンは女性を連れて客車に乗り込んでいく。

 

付き従っていた人間の男がその前に取り付けられている御者席に座り、その中央に取り付けられている水晶に掌を乗せると客車の中央を囲むようにリング状の青い光が現れた。

 

あれはソウジャーン号で見たものと似ている・・・規模こそ違うものの、エレメンタルを捕縛しているようだ。

 

いわばエベロン版自動車というところだろうか。するとあの男は『オリエン氏族』・・・『移動のマーク』を持ち、コーヴェアの物流を支配している運送ギルドのメンバーというところか。

 

おそらくあの水晶はシベイ・ドラゴンシャードで彼のドラゴンマークに感応して特定の効果を発揮しているのだろう。

 

そしておそらくその効果は、カイバー・ドラゴンシャードにより客車に捕縛されているエレメンタルの制御に関わるものだろう。

 

そうなると残りのハーフリングはおそらく『歓待のマーク』を持つ『ガランダ氏族』だろう。彼らのマークは荒野でも安全なシェルターを生み出す効果を持っている。

 

どうやらこのローガンという男は相当な資産家のようだ。

 

大した実力もなさそうな男がこれだけの贅沢が出来るとは、どうやらゼンドリックにおけるデニス氏族の権勢ぶりはかなりのもののようだ。

 

ライバルであるタラシュク氏族を差し置いて、ストームリーチにおける軍事産業を独占しているだけある。

 

半ば呆れながらも宛がわれた馬に乗り、キャラバンの先頭グループにつく。

 

乗馬なんてさっぱり経験はないが、"騎乗"技能と能力値の補正だけで十分なんとかなりそうだ。

 

流石に裸馬ではダメだったろうが、しっかり鞍と鐙がついているので乗ることさえ出来ればあとはバランス感覚の問題である。

 

ストームリーチの街を離れ、隣接する『セルリアン・ヒル』の農耕地帯や寂れた葡萄園などを横目にしながら街道を西に進む。

 

時折この周囲で不法を働くオークの斥候が視界に入るが、襲い掛かってくる気配はない。

 

よほど大きな戦隊であれば人数で負けるかもしれないが、10人いれば一般的なオークの徒党より多い人数である。

 

おそらくこういった主要な街道は定期的にデニスの警備兵が巡回と治安維持を行っているだろうし、オーク達も客車に輝くデニスの紋章を見て手出しを控えているのかもしれない。

 

あるいは何らかの協定が結ばれているのかもしれないが。

 

 

6時間も経過した頃にはゲームで見慣れた風景からは遥か遠ざかり、街道沿いは岩がちで殺風景な荒野になっていた。

 

《神託》の事から何かあるかもしれない、と先頭グループで周囲を警戒していた俺のセンサーに何かがひっかかったのは、まさに沈む夕日の光が地平線に微かに残されているそんな時間のことだった。

 

 

「おい、停止だ!」

 

 

客車を駆るオリエン氏族の男に声を掛け、周囲にいた他の先頭グループにも停止するよう呼びかける。

 

 

「いま10時の方向に妙なデカブツがいたぞ!

 

 誰か他に気付いた奴はいないか?」

 

 

念のため他の連中に呼びかけてみるが、肯定を返すものは誰もいない。

 

 

「100メートルほど向こうの岩陰だが・・・他に見える奴はいないか?」

 

 

そうこうしているうちに不審に思ったのか、客車からローガンが口を挟んできた。

 

 

「ふん、どうせ下種なオークどもか鈍間なジャイアントだろう。

 

 これだけ固まっていれば連中に襲ってくる度胸などありはしない!

 

 構わないから先に進んでしまえ。今日の内にもう少し距離を稼いでおきたいんだ」

 

 

スポンサーはこう言っているが・・・先程"視認"技能をブーストするゴーグルの視界を掠めたのはそのどちらでもない、黒みがかった金属のようなきらめきである。

 

それも単体ではなく複数だ。相手が何者かわからない以上、このまま進んで戦列の側面を晒すのは自殺行為だ。

 

 

「待ってくれよサー・ローガン。

 

 この辺りには奇天烈なモンスターどもがいるのはご存知だろう。

 

 お連れの婦人をみだりに危険に晒すのも考え物じゃないか?

 

 何人かで偵察に行って様子を伺うだけならそう時間もかかりゃしないさ。

 

 念のため、先頭のメンバーで相手を確認させちゃ貰えないかね」

 

 

臆病者と蔑まれるかもしれないが、何より必要なのは安全である。

 

ここは不興を買ってでも進言しておくべき場面だろう。

 

 

「・・・いいだろう。そこまで言うなら2人程連れて行け。

 

 だが勘違いでしたなんて結果だった場合、お前の査定は覚悟しておいた方がいいだろうな」

 

 

「ご許可に感謝します、サー。

 

 時には慎重な決断も必要だ。きっとご満足いただけると思いますよ」

 

 

許可さえ取ってしまえばこちらのものだ。

 

巻き添えになった連中には申し訳ないが、そのおかげで無駄な危険を冒す必要がなくなるのだし観念してもらおう。

 

 

「そういうわけだ。すまないが馬を降りて付いてきてくれ。

 

 この中で目に自信のあるヤツはいるか?」

 

 

先頭集団は俺以外にロンバートとドワーフの戦士、他に人間の戦士とゴライアスの戦士だ。

 

ロンバートには期待できないとして、他のメンツがどれだけ頼りになるかだが・・・。

 

残念ながら手を挙げたのは人間の男が1人だった。

 

仕方が無いので残りの1人は野外生活の長そうなゴライアスの戦士に付いて来て貰うことにして、ロンバートとドワーフの戦士にここを任せることにする。

 

ゲームと違ってドワーフは移動速度が人間より1段階遅いし、足並みが揃わないんだよな。その分転倒しづらいとか、バランス感覚に秀でている面はあるんだが・・・。

 

 

「俺も目には自信があったんだが、アンタのいう影とやらは暗くなってきたせいもあってかまだ確認できそうに無いな。

 

 よろしく頼むぜ。俺はケイジ、アンデール生まれのハンターだ」

 

 

皮鎧に身を包んだ背の高い男で、長弓を背負っている。彼は典型的なレンジャーかな?

 

 

「・・・ゲドラだ」

 

 

ゴライアスの戦士が呟くように返事を返した。彼は体格に見合った馬が無いため徒歩での行軍だったが疲れた様子はまったく感じさせない。

 

よく鍛えられた戦士のようだ。

 

 

「俺はトーリだ、よろしく頼む。

 

 今から岩場を回りこんで敵影の確認を行うんで、付いてきてくれ」

 

 

風下を選びながら岩場を回りこみ、先程見た影の主を求めて移動する。

 

最悪の場合ブラックドラゴンなんて可能性も無いわけではないが、このエベロンではドラゴンは基本的にアルゴネッセン大陸に引きこもっている。

 

野良のドラゴンもいないわけではないが、ブラックドラゴンは湿地帯を好んで巣を作る。

 

こんな岩場で遭遇するようなことはないだろう。

 

慎重に物陰に隠れながらケイジにも視認できるほどの距離に近づいた。

 

ここからであれば相手の全身を視界に収める事が出来る。その外観はバッファローに黒い金属の鱗をつけたような姿である。

 

如何なる効力を秘めているのか、鼻息は緑色のガスとなって周囲に拡散している。

 

 

「見るからに面倒そうな連中だな。トーリ、あいつらの正体がわかるか?」

 

 

同じく敵を視界におさめたケイジが声を掛けてくる。彼の知識にはあの連中の知識はないらしい。

 

残念ながら悲しいお知らせをする必要があるようだ。

 

 

「・・・ゴルゴンだな。

 

 見ての通り金属質のやたらと固い外皮と、石化のブレスを吐く魔獣だ。

 

 獰猛な連中だし、生憎街道沿いが風上だ。

 

 下手に通り抜けようとすると横合いか後ろから蹂躙されていたかもな」

 

 

番だろうか、2体のゴルゴンが岩場をウロウロしているのが見える。

 

一般的な個体だとして遭遇脅威度は10といったところか。この戦隊のメンバーの実力は不明だが、十分に全滅の危険性がある相手だ。

 

石化のブレスを食らうと一瞬で壊滅も有り得る。なんといっても一度石化したらそこで終了である。

 

普通の馬であれば逃げ切れるだろうが、馬車を引いている状態では追いつかれるのは間違いないだろう。

 

 

「とりあえず報告に戻るぞ。

 

 スポンサーに判断を仰ごう」

 

 

連中がどこか別の場所へ行ってくれるのを待つような選択をしてくれればいいんだが、まず無理だろうなぁ。

 

 

「ほほう、ゴルゴンか!

 

 連中確か銀の角を生やしているというではないか。

 

 なんとか仕留めて我が家に飾りたいところだな!」

 

 

予想通りの答えである。

 

 

「連中がただの猪ならやりようもあるんでしょうけどね。

 

 射程20メートル程度の石化のブレスを警戒しながらじゃ弓も通らないでしょうし、接近戦は自殺行為でしょう。

 

 積荷の中に十分な『ストーン・サーヴ/石肌軟膏』は積んでらっしゃいますか?」

 

 

あの外皮を貫くには精密射撃が必要だろうが、一般に正確に射撃できる距離は10メートルほどだ。

 

名手であればもっと距離は伸びるんだろうが、あまりそこには期待していない。

 

ちなみに『ストーン・サーヴ/石肌軟膏』は石化を治療できるアイテムで、1人の治療に必要な分量で4,000GPもする高級品である。

 

半分の5人石化したらそれだけで2万GPだ。流石に割に合わないと判断できるだろう。

 

 

「むむむ・・・お前の秘術でなんとかならんのか?」

 

 

「ご期待に添えなくて申し訳ないですがね。

 

 1体ならどうにかできるとは思いますが、2体じゃあ片方を押さえている間に残りが暴れちまう。

 

 お薦めはできませんね」

 

 

デバフ系の呪文で弱体化を重ねまくれば無力化できるとは思うが、同時に二体に対して行うのはリスクが高すぎる。

 

 

「流石にこれから拠点に向う際に犠牲を出すわけにもいかんか・・・」

 

 

どうやら本来の目的を忘れてはいないようだ。旅行気分で忘れていたらどうしようかと思ったが、そこまで馬鹿ではないらしい。

 

 

「幸いケイジの見立てでは直に風向きが変わるとか。

 

 それを待って通り抜ければ察知されずに済むでしょう。

 

 それまでは連れのご婦人を安心させてあげてください」

 

 

どうやら無事死亡フラグは回避できそうである。

 

ここら一帯が連中の縄張りであれば帰り道にもまた遭遇する危険はあるが、そのときはまた考えるとしよう。

 

暫く待つとケイジの読み通り風向きが変わり、ゴルゴンたちが街道とは逆の方向に少し移動したこともあって街道の安全が確保できた。

 

念のため荷馬車と客車に《サイレンス》の呪文を掛けて音による探知を防ぎ、急いで突破する。

 

万が一気付かれた際には《ウェブ》での足止めを、と考えていたが杞憂に終わった。

 

最後尾まで見守っていたが、どうやら全隊が無事通過したようである。

 

殿の位置から他のメンバーと挨拶を交わしながら先頭に戻り、その後は特に問題もなく今日の野営地に到着した。

 

早速ガランダ氏族のハーフリングがそのドラゴンマークを使用して《セキュアー・シェルター/安全な宿》を作り出す。

 

掌から肘の付け根まである刺青のような紋章が光を放ったかと思うと、何も無かった平地に立派な石造りのコテージが出来上がっていた。

 

あの中には8人分のベッドと雑用を行ってくれる魔法で編まれた従者が存在しているはずだが、当然利用するのはローガンとその愛人だけだ。

 

俺達傭兵は3交代で火の番と見張りをすることになる。

 

野営の際に火をつけるかどうかはTRPGでも悩むところではあるが、今回の編成は人間が多く夜目が効くものが少ないことから、早期の警戒には必要ということで火をつけることにしたようだ。

 

この辺りはまだ大きな岩が所々に転がっている荒地で、ジャングルに住むドラウたちの縄張りではないと思う。

 

毎月補給の部隊がここで野営していることからも、ある程度の安全性は確保されていると考えていいだろう。

 

とはいえここはD&Dの世界。気がつけば吸血動物に集られて死んでいたなんて笑えないシチュエーションは良くある事だ。

 

見張りのローテーションでは術者であることから早番か遅番を割り当ててくれるとのことだったが、出来るだけ自分で警戒していたいということもあり最初の1時間を魔法の携帯寝具を使って休憩した後は、自主的に見張りに立つことにした。

 

火の番をしながら当番の連中と他愛も無い話をしながら過ごしているうちに、やがて夜明けとなった。

 

途中で何度か獣の気配を感じたが、一定距離から近づいてくることが無かったため放置していたため戦闘はなし。平穏な夜だったといえる。

 

何人かが火を利用して朝飯を調理している。渇いた糧食を湯でもどしてスープにしているようだ。インスタント食品のようなものだろうか。

 

保存食でも腹は確かに膨れるが、やはり温かい食べ物を食べないとパワーが出ない。

 

気分的な問題かもしれないが、他の連中も同じような考えのようだ。続々と火の回りに人が集まっていく。

 

俺は明け方ごろに隙を見て焼き鳥モドキを食べておいたので、そんな仲間が準備している様々なメニューを見て腹ではなく好奇心を満たして過ごした。

 

全員が食事を終え食休みも終えた頃、ようやくローガンがコテージから姿を現した。

 

愛人と一晩過ごして気分が良いのか、昨日ゴルゴンをやり過ごしたときとは大違いな上機嫌ぶりである。

 

 

「よし、皆準備は良い様だな!

 

 ではこれから基地へ向う。

 

 夕刻には到着するだろう、昨日と同じチームで隊伍を組め!」

 

 

号令を受けて、繋いでいた馬に各自が散らばっていく。

 

そういえば昨日から今日にかけて馬の世話をゲドラに任せっきりである。

 

あのゴライアスはまさに「気は優しくて力持ち」を地で行っているようだ。

 

戦場で激怒すればまさに鬼のような戦闘力を発揮するのだろうが、それ以外の場所では寡黙だが気のいいやつである。

 

 

「さて、今日もよろしく頼むぜ」

 

 

ゲドラから手綱を受け取ると昨日のグループに挨拶して合流し、先頭を進む。

 

今日は昨日のような遭遇がないことを祈ろう。

 

 

そして昼を挟んで8時間ほどの行軍の後、夕方頃になってようやく何事も無く目的地である拠点に到着した。

 

移動した距離は50キロくらいだろうと思われる。やはり、馬車での移動は時間が掛かる。車なら1時間の距離だろう。

 

コーヴェア大陸には『ライトニング・レイル』なるオリエン氏族の誇る電車っぽい乗り物があるらしいが、それも時速40キロ程度らしい。

 

ソウジャーン号のようなエレメンタル・ガレオン船は時速30ちょい。この世界ではここ10年くらいで実用化されてきた飛空挺も同じくらいだ。

 

やはりこういった物流のスピードは、高度に文明化されない限り変わらなさそうだ。

 

そうやって昨日からの行軍に思いを馳せていると、客車から出たローガンが開門を呼びかけた。

 

峡谷に沿った街道を塞ぐようにして建築されたこの拠点も、ストームリーチ同様巨人文明の遺跡を利用しているのか、高い壁と巨大な門を構えている。

 

横幅は100メートルはあるだろうか。それだけの幅に、10メートルを越える石造りの壁がピラミッドを思わせる規則正しい石の配列で組み上げられている。

 

門も黒光りする木材、鉄と同じ高度を持つダークウッド製、しかも巨木から削りだされたと思われる重厚なつくりをしている。

 

この門構えを見ただけで、コボルドがいくら押し寄せても問題にならないのではないかと思えてしまうほどだ。

 

 

「よし、各自中に入って兵舎で休んで良し!

 

 日が沈めば飢えたコボルドどもが大挙してくるぞ!

 

 それまでに万全の準備を整えておくように!」

 

 

拠点に到着したことでローガンのテンションはいまや最高潮である。

 

招き入れられた城壁の内側は、城壁同様石で敷き詰められた地面といくつかの構造物が佇んでいる。

 

一際目を引くのは中央に聳え立つ紺碧の塔だ。昔エッフェル塔を見たことがあるが高さは同じくらいだろうか。

 

城壁の外からも見えたが、近づくとまさに圧巻である。

 

所々に嵌めこまれた不透明な青い水晶の窓が日差しを浴びて鏡のように照り輝いている。明らかに高度な文明による建築物である。

 

馬をここに駐屯している兵士(おそらくはデニス氏族のグレイ・ブレード)に預け、兵舎に案内してもらうことになった。

 

ローガンと愛人、ドラゴンマーク氏族の4人は塔へ入っていったようだ。

 

そんな連中を横目に、俺たちは塔を取り囲むように立てられている平屋の建築物へと案内された。ここが宛がわれた兵舎ということだろう。

 

巨人サイズのドアを一部くりぬいて人間用の通用口が作られているのには感心させられた。

 

中には一応人数分の寝台が用意されている。

 

残念ながら全て人間サイズのベッドだから、ゲドラは膝から下ははみ出ることになるんだろうが。

 

 

「しかし、こんな立派な砦に攻め込んでくるとはこのへんのコボルドは何考えてやがるんだ?」

 

 

背負い袋をベッドの上に置き、長い騎乗で強張った体を解しながらケイジに話を聞いてみる。

 

 

「ああ、トーリは初めなんだっけか。

 

 この砦はストームリーチ側は立派な見掛けだけど、向こう側の城壁は結構ボロいんだぜ。ストームリーチが出来てからずっとコボルドとやり合ってるらしいからな。

 

 いくつか崩れている地点に柵や落し格子を設置してるんで、俺達が防衛するのはそのあたりさ。

 

 時々破城槌を持ち込んでくる連中がいるんで、そいつらを狙うって訳だ。

 

 他の連中は城壁の上からここの兵隊さんらが弓で相手してくれるしな」

 

 

もはや連中からしてみれば因縁の戦いというわけか。

 

しかし、当時コーヴェアを統べていたガリファー王国とドラゴンマーク氏族が資金を供出しあってストームリーチが建設されてから確か200年くらいだ。

 

その頃からずっと続いているとは気が遠くなりそうな話である。

 

他にも、あの塔の中には周囲を偵察できる観測所なるものがありそこから敵襲で敵襲を察知してくれるだとか、日中に塔が浴びていた光を発して周囲を照らしてくれることなどを聞いた。

 

なんか話を聞けば聞くほどチート技術満載である。さすが最終兵器で隣接次元界の軌道を吹き飛ばす巨人族の文明だ、なんでもありである。

 

1時間ほど経過した頃、砦中にローガンの声が響き渡った。

 

 

「誉れ高きデニス氏族の精鋭諸君、そして今日この戦いに馳せ参じたストームリーチの勇士達よ!

 

 観測所から見える範囲に、愚かにもまたコボルドの軍勢が集まり始めている。

 

 今こそ戦いのときである!

 

 この地の守護を任せられた我々の双肩にはストームリーチに暮らす1万の住人と、

 

 ここよりさらに奥地にて我々からの補給を待っている同士1千名の運命が掛かっている!

 

 前線へ出ろ!

 

 敵の侵入を一匹でも許せば我々の不名誉な噂が広がり、敵が調子付くだろう。

 

 なんとしてでも食い止めろ!

 

 剣を抜き、秘密の力でも神の力でも呼び出せ! そして暗がりに潜んでやってくる敵を突き殺すのだ!

 

 ドル・ドーンがお前を名誉の戦死に導き、お前の死が私達に勝利を与えてくれますように。

 

 ドル・アラーがお前をソヴリン・ホストと同じ場所に連れて行ってくれますように。

 

 総員、出撃せよ!」

 

 

おそらくは拡声器に似た効果なんだろう、塔のどこかのフロアからローガンが演説を飛ばしている。

 

背負い袋を掴んで兵舎から外へ出、そこにいる衛兵の指示に従って2チームに分かれて城壁の左右へと進んだ。

 

組み合わせは行軍時に前にいたグループと、後ろにいたグループである。

 

術者の比率がおかしいのではと思ったが、もう一方のグループにもダスクブレードとドワーフの神官戦士がいるらしい。一安心である。

 

城壁に近づくと、石畳はやがて土の地面に変わった。薄暗がりに浮かび上がる城壁は一部崩れているものの、それでも7,8メートルの高さはある。

 

逆に基部が崩れているところもあり、そこには侵入を防ぐための柵が取り付けられている。

 

現在はゲートとしても活用されているようで、脇にはレバーがあるのが見て取れる。

 

 

「まもなく敵の先鋒が弓の射程に入る。

 

 だが焦る必要はない!

 

 訓練の通り、引き付けてから斉射せよ!

 

 城壁の内側で出番を待ち構えている冒険者達に、デニスの技が剣のみではないことを教えてやれ!」

 

 

おそらくローガンは観測所で指揮を取っているのだろう。城壁の上の射台に控える氏族の兵士に向って指示を飛ばしている。

 

敵の様子が気になった俺は、周囲の仲間に断ってから城壁の上へとよじ登った。ある程度の凹凸があるため登攀には困らない。

 

高いところから見渡す景色はゲームでの戦場に近い風景だった。

 

城壁からはしばらく少々傾斜のある下り坂が続いており、街道沿いには潅木が点在している。

 

少し街道から離れたところには背の高い下生えが茂っており、小柄なコボルドであれば姿を隠して近づくことも可能だろう。

 

思った以上に開けたフィールドである。障害物はあまりなく、《ウェブ》呪文の支点になりそうな支えが見つからない。

 

この戦場ではせっかく準備していた呪文だが使う機会はなさそうである。

 

そんな風に城壁近くの観察をしていたところ城壁の櫓から眩い光が放たれ、直径20メートルほどの円状の範囲を照らし出した。

 

そこには敵先鋒と思わしきコボルドの姿が一瞬映し出される。

 

明るくなった範囲を次々と通り抜けていく敵集団の中には、彼らの体には不似合いなほど大きい破城槌を何匹かで運搬しているグループもある。

 

 

「敵の破城槌が近寄ってきているぞ。

 

 チーム・ゴートはこれを撃破せよ!

 

 ドラゴンは弓にてゴートを援護だ。

 

 竜の吐息にも負けぬ弓の攻撃をお見舞いしてやれ!」

 

 

ちなみに三箇所に別れて配置されている我々には、デニス氏族のトレードマークであるキマイラにならってゴート、ドラゴン、ライオンのチーム名がつけられている。

 

俺のいる左翼がゴート、右翼がライオン、中央と城壁上に位置するデニス氏族の兵士たちがドラゴンである。

 

塔の水晶窓が光を放ち、周囲は不可思議な青い光に包まれる。見渡す限りが青い世界になっており、相当な距離までこの光が照らしているようだ。

 

ローガンの指示により、俺達左翼と敵破城槌の間の敵に対して弓の援護射撃が行われ、ゲートからゴート達が飛び出していく。

 

俺も城壁から外側へと飛び降り、皆の後を追って坂道を駆け下りる。ローブの軽装状態で発揮されるモンククラスの移動増幅効果でジワジワと皆を追い抜いていく。

 

坂を下りたところで一通り追い抜き、先頭のゲドラと肩を並べる。

 

 

「俺が突っ込む。ゲドラはその長物で俺に近寄ろうとする連中を迎え撃ってくれ。

 

 他の皆は包囲されないように退路の確保だ。頼んだぞ!」

 

 

大体の場合、戦場をコントロールするのは術者の役割である。皆それを知ってか俺の指示に従ってくれた。まぁ今回は呪文は使用しないんだが。

 

いま弓の射撃はすでに破城槌の後方方面への制圧射撃に移行している。俺達を巻き添えにしないよう、破城槌周辺に敵の増援がいかないようにしてくれているのだろう。

 

俺は腰のロングソードを抜き放つと、先程の矢の雨に生き残ったコボルドを斬り倒しながら破城槌に向って一直線に突き進んだ。

 

すぐ後ろにはスパイクドチェインを構えたゲドラが追従し、横合いから俺に向ってくるコボルドに鎖で繋がれた鋭い鉄の鏃を打ち込んでいる。

 

彼に任せていれば側面に注意を払う必要はない。

 

正面の視界に映る敵に意識を集中させ、目標までの最短距離を駆け抜けた。

 

そして破城槌にたどり着く。

 

車輪を取り付けられた木製の槌の上に、矢を防ぐための覆いが取り付けられている一般的な攻城兵器だ。

 

覆いの内側では10匹以上のコボルドが必死になって槌を移動させていたが、近づいてきた俺の姿を見ると連中は一目散に荷物を置いて逃げ出していった。

 

狭い覆いの中で運搬役を担っていた連中は武器を持っていないし、接近されたらお終いだということがわかっているのだろう。

 

俺もそんな連中を追うことはしない。素早く取り付けられている車輪の軸を何本か破壊し、動かせないようにすると素早く撤収を開始した。

 

時間を掛ければ援護している矢の消費量も馬鹿にならないし、街道の真ん中にこれを放置しておけば後続の攻城兵器の進行の妨げになるだろうからこれで十分なのだ。

 

置き土産とばかりにいくつかの『錬金術師の火』をばら撒き、火をつけて除去作業の妨害を行っておいた。

 

火矢対策で水を浸み込ませているだろうが、木製であるからにはもし火がつけば除去作業の妨害になるだろうと思っての事である。

 

 

その後も押し寄せるコボルド達の破城槌以外にも投石用のカタパルトや、バリスタといった攻城兵器を破壊していくとやがて街道周辺は破棄されたそれらの残骸で埋め尽くされた。

 

広く迂回するには潅木が邪魔をして通り抜けは困難だろう。

 

こちらのチームで処理したコボルドも三桁には届かないがかなりの数に上っている。

 

全体ではそろそろ200体くらい終了したのではないだろうか。

 

そう考えていたところにタイミング良くローガンの声が響き渡った。

 

 

「よし、敵は散り散りになって逃げ始めたぞ!

 

 ゴートとライオンは追撃を加え、草原を連中の血で染め上げろ!

 

 最も多くのコボルドを殺したものには二倍の報酬をくれてやる。

 

 私も出撃するぞ!

 

 デニスの不破の伝説に輝かしい1ページを付け加えるのだ!」

 

 

どうやら掃討戦に移行するようだ。二箇所のゲートが解放され、金に飢えた冒険者達が逃げ出したコボルド達に追撃を加え始めた。

 

俺もほどほどに経験点を稼ぐことにしよう。

 

街道沿いの敵は他の連中に任せ、その脇の下生えの草原を走りながら近くで隠れていたコボルドを処理していると城門の中央ゲートが開くのが見えた。

 

銀に輝くフルプレートにランスで武装したローガンと思わしき戦士が、一際大きい馬に乗って駆け出している。

 

通常のウォー・ホースを上回る機動力に優れた体躯。あれは『メイジブレッド・アニマル』かもしれない。

 

調教のマークを持つ『ヴァダリス氏族』が作り出した、魔法によって強化された動物である。

 

 

「デニスの『歩哨のマーク』、しかとその目に焼き付けるがいい!」

 

 

ローガンの鬨の声と同時に、白く輝く力場の輝きが彼を覆った。おそらくはドラゴンマークによる《シールド・オヴ・フェイス/信仰の盾》の魔法だろう。

 

ランスを構え、潅木や攻城兵器の残骸を巧みな騎乗で飛び越えながらローガンは逃げるコボルドを蹂躙していく。

 

思ったよりも実力のある騎士だったようだ。これはどうやら人物像を修正する必要がありそうだ。

 

青い光に照らされた草原で馬上の人となっているその姿は一種の芸術作品のようである。

 

だが、やはり自信過剰な面はあるようだ。その機動力で彼は仲間からも突出した状態でランスを振るっている。

 

流石にあれでは不意を撃たれかねない。少し勢いを落とすように進言した方がいいだろうな。

 

 

「サー・ローガン!

 

 いくらなんでも突出しすぎてる。

 

 もう少し他の連中を待った方がいい!」

 

 

彼に追いついて言葉を掛けれたのは、砦から500メートルほど離れた街道上だった。

 

周囲はまだ青い光で満たされており、あの塔の効果範囲の広さには驚かされている。この調子では1キロ先くらいまでは届いていそうだ。

 

観測範囲がどの程度の広さはわからないが、この青い光が関係しているとすると相当な範囲だな。

 

 

「フン、追撃は勢いこそが肝心だというのに鈍間な連中どもめ。

 

 戦場での馬の扱いを知らん奴ばかりか」

 

 

確かに速度を重視するのであれば、出遅れるが馬に乗ってきたほうが良かったのかもしれないな。

 

特に重装の者やドワーフは足が遅い。足並みをそろえるのは大変だろう。

 

 

「まぁ今日はこの辺りで勘弁しておいてやろう。

 

 あまり遠くへ行っては観測所の範囲外に出てしまうからな。

 

 見えぬところで戦ってもレディには喜ばれまい」

 

 

そう言ってローガンは轡を返し、草原のコボルドを潰しながら拠点への帰路を取るかに見えた。

 

だが、ローガンがいくら足で馬の腹を打っても馬が草原に足を踏み入れることはない。

 

まるで見えない壁に遮られているかのように、そこで足踏みを繰り返すのみである。

 

そのことを不思議に思った瞬間、今まで気にしていなかった周囲の状況が突如として脳裏に流れ始める。

 

不自然に押さえつけられた下生え、一切聞こえてこない虫の囀り。そして周囲を満たす何者かの気配……!

 

一瞬で脊髄に冷水を流し込まれたかのような感覚が走り、勘に任せてその場を飛び去る!

 

その直後、俺とローガンを結ぶ直線に赤い閃光が走り彼は胴体を、愛馬はその首をその閃光によって断ち切られた。

 

その断面からは強力な炎が溢れ出し、二つに分かれたそれぞれのパーツは血を流すことも無く大地に転がった。

 

陽炎のように周囲に敵の姿が現れる。半径20メートルほどの空間を埋め尽くす武装したコボルド達……

 

そして俺の目の前にいるのは、燃え盛るグレート・アックスを構えた毛むくじゃらで牛頭の怪人、ミノタウロスだ!

 

しかも相当な巨漢である。身の丈は4メートルを越えているのではないだろうか。その構える大斧もその身の丈に相応しく、凶悪なフォルムを誇っている。

 

 

「いかんな・・・しつこく突っかかってこられるものだから手が出てしまったわ。

 

 高い金を払った隠れ身の術が切れてしまったではないか」

 

 

《マス・インヴィジビリティ/集団不可視化》か!? 高等呪文だぞ!

 

 

ミノタウロスの言葉に驚愕するが、身動きすることは出来ない。いまだ俺は奴の間合いの内側にいる。隙を見せればあの大斧がすぐにでも飛んでくるだろう。

 

 

「計画とは異なるがもはや構うまい。

 

 敵の指揮官は倒れた!

 

 あとは力押しに押し潰せ!

 

 半数は砦を攻めよ。残りは砦から出てきている連中を仕留めよ!」

 

 

ミノタウロスが出した指示を受け、戦士コボルド達が規律正しく動き出した。

 

明らかに軍事的に行動する訓練を受けた動きだ。さきほどまでかかってきていた連中とは根本から異なっている。

 

 

「さて、我が斧を潜り抜けた戦士よ、お主の相手は我が引き受けよう。

 

 久々に骨のありそうな相手、楽しませてもらうとしよう」

 

 

どうやら厄介な相手にマークされてしまったらしい。

 

 

「ハ、悪いが相手は他を当たってくれ。

 

 牛の相手をする趣味はないんでな……!?」

 

 

そういって"軽業"で距離を取るつもりだったが、今更ながら退路が誰かに塞がれている事に気付く。

 

コボルドに紛れて他にも伏せている連中がいたのか?

 

 

「のた打ち回るのはやめろ、お前の肉が硬くなってまずくなる」

 

 

いつの間にかそこにはトロルの大男が退路を塞いでいた。目の前のミノタウロスほどではないが、大型生物だけあってなかなかの迫力だ。

 

成人男性ほどの大きさのあるグレートクラブを片手で持ち、こちらの隙を窺っている。

 

 

「ピカピカの武器は売って金稼ぎだ。この仕事は最高だぜ!」

 

 

そしてもう1体、今度はホブゴブリンが現れた。ハーフ・プレートに身を包み、盾とヘヴィ・メイスで武装している。

 

都合3体に囲まれている。どいつもこいつも凶悪な面構えをしている、一筋縄では行きそうも無い連中だ。

 

しかしその中でも、正面のミノタウロスが最も危険な相手だと直観が訴えている。油断したら即首を刎ねられる、そんな相手だと主張している。

 

 

「お前も戦士であるなら覚悟を決めるのだ。

 

 久々にいい死合いができそうで我は昂ぶっておる。

 

 生き延びたければ我が屍を越えていくがいい!

 

 他の連中に手出しはさせぬ。この『猛き蹄』ゼアドの名と、偉大なるソラ・ケールより賜った『オース・オヴ・ドロアーム』に誓おうではないか!」

 

 

ゼアド・マイティホーフ!

 

MMOの中位クエスト中で恐らく最も多くのプレイヤーを屠ったであろうクリーチャーの名前である。

 

余りに理不尽な突撃に、途中でミノタウロスの攻撃が弱体化されるほどの強さだった。

 

しかも持っている武器も曰くつきの品だ。コーヴェアにあるドロアームというモンスターの王国、そこで最強の戦士に与えられるというアーティファクト級の武装だ。

 

俺の手持ちのチート武器にも劣らない、まさに伝説の武器である。

 

黒光りする重厚なアダマンティンの刃とミノタウロスの筋力が相手では、このロングソードは一合たりとも持たないだろう。

 

どちらもこんな序盤で遭遇する相手じゃない。

 

注意深く敵の動きを見ながら装備の入れ替えを行っていく。攻防一体の構えで戦えば余程のことが無ければ被弾は無いだろうが、問題はあの斧だ。

 

燃え盛る火炎はともかくとして、『ヴォーパル』の効果が付与されたあの斧のクリティカルヒットは即こちらの首が飛ぶことを意味する。

 

ゲームと違いサイコロを振って5%で絶対成功なんてことはないだろうが、こちらが気を一瞬でも弛めればその瞬間斧が死神の鎌に変わるのだ。

 

やる気になっているこいつには悪いが、わざわざ危険な橋を渡る必要はない。

 

『テレポート』の呪文で逃げさせてもらおう……そう考えてアイテムに意識を集中させようとした瞬間、ゼアドの持つ斧が動き俺を襲う!

 

慌てて意識を切り替え、斧の一撃を回避して再度意識を集中しようとした瞬間、またゼアドの斧が閃く。

 

先程からこちらが呪文に意識を集中する瞬間を見事に捉えてくる。これでは呪文を行使することが出来ない!

 

このミノタウロス、術者との戦いに慣れている。怖ろしいことに魔道師退治に長けている様だ。

 

 

「悪いが術は封じさせてもらうぞ。

 

 我は血沸き肉踊るような戦いを望んでいるのだ!

 

 呪いなど不要ぞ! さあ切りかかってくるがいい!」

 

 

周囲を見渡すと、いつの間にか先程俺を囲んでいたトロルとホブゴブリン以外にも大勢の敵に囲まれているのに気付いた。

 

全員手を出すつもりは無いという意思表示か、武器には手を触れず地に落としている。

 

だが逃がすつもりは無いのだろう、俺とゼアドを中心とした半径20メートルほどの円状の空間を取り囲んでいる。

 

 

「さぁ、今宵これから行われるは決して語り継がれぬ戦士達の戦い。

 

 我が歌に残すことは適わぬとしても我等が魂にその息吹を刻み込もう!

 

 1人は我らがチャンピオン、数多の戦いを潜り抜け祖国の国境線を賭けてブレランドのボラネル王と打ち合った『猛き蹄』。

 

 もう1人はわざわざストームリーチから飛び入りでやってきたヒューマンだ!」

 

 

取り囲んでいる連中の中にいたエルフのバードがリュートをかき鳴らしながら囃し立てる。

 

どうやら逃げ場は無いようだ。

 

この包囲網を突破するくらいなら目の前のゼアド1人を相手にしたほうがまだ勝算がある。

 

覚悟を決め、近接戦闘向けの装備に入れ替える。呪文は毎日朝に《呪文24時間持続》しているものだけで対処するしかない。

 

それぞれの手にグリーンスチール製の武器を呼び出し、二刀を構える。

 

それぞれが防御に秀でながらも、十分な火力も誇るバランスの取れた武装である。体捌きに特化したモンクの戦闘法には、盾や鎧はむしろ体の動きを制限するため邪魔になるのだ。

 

 

「ヘイ、お見限りだったじゃねーか相棒!

 

 久々の出番だと思ったらこりゃまた偉くクールなシチュエーションだなオイ!

 

 シャヴァラスに迷い込んだのかと思ったぜ!」

 

 

久々に聞く『チャッタリング・リング/お喋りな指輪』の軽口を聞くと少し勇気付けられた。

 

 

「悪いがこれからこいつらに行って貰うのはドルラーだ。

 

 連中が死後セレスチャルに生まれ変わるようには見えないんでね」

 

 

軽口を返し、前傾姿勢をとってゼアドに向き直る。

 

 

「待たせたな。それじゃあ始めようか」

 

 

彼我の距離は5メートルほどしかない。俺が攻撃するには一歩踏み込む必要があるがゼアドにとっては既に射程距離内だろう。

 

 

「呪いに因らず得物を口寄せするとは、我の知らぬ技法を修めていると見える。

 

 だがそれだけが能ではあるまい。楽しませて欲しいものだ。

 

 一撃で終わってくれるなよ!」

 

 

口上に続いてゼアドの上げた雄叫びに呼応し、『オース・オヴ・ドロアーム』の斧刃が発する炎も一際激しく燃え盛る。

 

紺碧の塔から照らされる青い光に満たされた中で、この空間だけが切り取られたかのように炎の色に染められている。

 

そのままローガンとその愛馬を斬ったときと同じ、横殴りの軌道で飛んでくる斧の致死線を地面に伏せるような前傾姿勢で掻い潜り間合いを詰める。

 

だが俺の予想よりも斧の戻りが早い!

 

 

「相棒、来るぜ!」

 

 

慣性を無視したかのような動きで逆方向から地表スレスレに薙ぎ払われたソレを最低限の跳躍で回避し、ようやくたどり着いたコペシュの間合いでまずはその斧を振り切った腕目掛けて横薙ぎに斬りつける!

 

だがその攻撃は手首の動きだけで変化させられた斧の石突の部分で受け止められてしまう。

 

そして今度はそのままの勢いで逆手に押し出された石突を左手のククリで受け流し反撃を狙うが、得物の中心部分を支点に回転させられたことでこちらに向けられた斧刃の攻撃が飛んでくる。

 

それを避けるために折角詰めた距離を離されてしまう。

 

これは相当に厄介な敵だ。力だけではなく技巧も持ち合わせている。並のミノタウロス相手であれば力勝負でも引けを取るつもりは無いが、このゼアドはまさに規格外だ。

 

天性の力強さに加えて修練によって鍛え上げられたその筋力は、俺のチートでブーストされたそれを容易に上回っている。

 

そしてあの斧もやはり厄介だ。このグリーンスチール製のコペシュも特殊な錬成によりアダマンティン同様の硬度を持つが、刃だけでなく全体がアダマンティンから鋳造されているあの武器を破壊するには元から武器を狙った攻撃をする必要があるだろう。

 

体を狙った攻撃に対して打点を逸らして受けられた場合、常ならばその防御ごと切り裂くこの刃もアダマンティン相手ではそうもいかない。

 

 

「見事な身のこなし!

 

 我が一連の斧さばき、盾や鎧で受け止めたものはいてもその身にすら触れさせぬものは初めてよ!

 

 心身を鍛えし僧坊らはそのような動きをすると聞くが、鍛えればそこまでの境地に至るものとはな」

 

 

感嘆しながらもゼアドはその攻撃の手を止めることをしない。最初は様子見のつもりか威力を重視した強打を放っていたが、徐々に精確さに重点を置いた攻撃に変わってきている。

 

その攻撃を防御に専念しながら捌き続け、相手の実力を見極めようとする。

 

おそらく攻撃の技巧については世界でも最高峰だろう。俺が1回攻撃する隙を見出している間にゼアドは4回の攻撃を繰り出してくる。

 

だがその連撃の中で最も鋭い攻撃であっても、どうやら直撃を受けることはなさそうだ。

 

何発かは呪文による《シールド》と展開されている反発の力場を抜けてくるが、このローブを貫くほどの打撃は無く、たとえそこを越えてもまだアイテムによって強化された外皮がある。

 

どうやら攻勢に出ても問題なさそうである。

 

 

「ヒャッハー!

 

 振り回すだけで当たりゃしねえぜこの木偶の坊が!

 

 こいつぁとんでもなくデカい扇風機だなオイ!」

 

 

指輪のテンションも最高潮である。

 

 

「ハハハ、見事な舞よ!

 

 だが美しく舞っているだけでは我は倒せぬぞ。

 

 お主は踊るだけの蝶か、それとも一刺しを秘めた蜂か?

 

 さあ、もっと我を楽しませよ!」

 

 

どうやら相手もそれをご所望のようだ。であれば攻撃に移らせて貰おう。

 

 

「ならばその蜂の針を受けてみよ……

 

 だがこの蜂の針は一刺しでは終わらんぞ!」

 

 

緩急をつけてゼアドの周囲を旋回していた防御行動から一転、その懐へと潜り込む!

 

先程コペシュの一撃を見舞った距離よりもさらに一歩踏み込み、上から斬り下ろしの二刀同時斬撃を腹部に浴びせ、その勢いのまま前転すると相手の巨体の股下を潜り抜ける。

 

そして即座に振り向き様に立ち上がり、敵の背にまた斬撃を浴びせ振り返ろうとする相手の動きに合わせて背面へ背面へと移動し続ける。

 

いかにミノタウロスが生来の狡知に長けていてあらゆる奇襲に対応できるとは言え、死角にいる敵に攻撃を加えることは出来ない。

 

こちらも体重をフルに乗せた威力の高い攻撃を打ち込むことはできないが、この二刀はいずれもかすり傷であってもその切り口から凶悪な魔法効果を発現させる。

 

先程までに時間を掛けて観察していた動きから、ゼアドの攻撃範囲は概ね把握している。

 

あとは『疾走増幅』による移動力増強と、左手のショートソードの効果で増幅されている相手の行動を洞察する能力で先読みをし続けるだけだ!

 

時折無理な体勢から攻撃が放たれるが、剥きだしの筋肉から読み取れる攻撃の前兆が次のとるべき回避行動を教えてくれる。

 

斬りつける度に両の双刃からは酸が流し込まれ、ゼアドの体を内部から破壊していく。

 

もはやゼアドの体には血の代わりに酸が流れているのではないか。そう思えるほどの攻撃の後、ついに巨体は崩れその膝を大地に落とした。

 

 

「見事だ、人間の剣士よ。

 

 よもや祖国で不敗無敵を誇ったこの俺がここまで一方的に打ちのめされようとは。

 

 まさにゼンドリックは魔境よな。

 

 お主ほどの者が知られずに今まで埋もれていたとは」

 

 

片膝を大地につけ、上体を大斧で支えながらもゼアドの瞳はいまだ闘志に満ちている。

 

だがもはや勝負は見えたと言っていいだろう。

 

 

「……何か言い残すことはあるか」

 

 

本来であればもっと先のクエストで出会うはずの敵である。

 

ひょっとしたら違う出会いもあったかも知れないが、詮無き事である。

 

 

「名を聞こう。

 

 これほどの好敵手に見合えた事は我が武勇にとっても誉れ。

 

 その名を知らずでは報われまい」

 

 

名前を教えるくらいは構わないだろうか。小声でゼアドにのみ届くように名を告げる。

 

 

「トーリだ。家名は無い」

 

 

ふと視界の端に城壁の様子が映る。どうやら内部から火の手が上がっているようだ。おそらく別働隊に落とされたんだろう。

 

他の連中は逃げ延びただろうか。

 

 

「珍しい響きの名だ。覚えておこう。

 

 お主の名は我が武勇と共に永劫に語り継ぐとしよう!」

 

 

今だ闘志を失わず、ゼアドは斧を支えに立ち上がると胸に彫られているタトゥーをドンと叩いた。

 

その瞬間、ただの刺青に見えていたその紋様は光り輝くとその込められていた魔法の効果を発揮する。

 

 

(ドラゴンマーク、いや『サイオニック・タトゥー』か!)

 

 

その行動の隙をついて斬りつけるが、やはり踏み込みが甘くかすり傷を付けたのみに留まる。武器の魔法効果も効いてはいるが、トドメには至っていない。

 

秘められた異能の力はゼアドの肉体を巨大化させ、その身の丈はいまや10メートルに届かんとばかり。

 

如何なる原理によるものか、手に持つ持つ大斧も同時に持ち主に相応しい大きさへと変じている。

 

 

(『エクスパンション』の効果か! だが今更体が大きくなった程度で状況は覆りはしない……!)

 

 

却って的が大きくなっただけである。確かに巨大化により筋力は増し攻撃の鋭さは増すが、その程度では俺を捕らえる事は出来ない。

 

そう考え距離を詰めた俺に、今までとは比べ物にならない速度で放たれた斧の攻撃が飛んできた!

 

どこから放たれたのかすら知覚できなかったその攻撃を辛うじて武器で受け、運よく首こそ刎ねられなかったものの余りの勢いに吹き飛ばされてたたらを踏む。

 

 

(グ、なんだ今の攻撃は……速くて見えなかった、いやそれよりも『魔術的防御貫通』か? 《シールド》が解呪された!)

 

 

まさかこの期に及んでこんな特技を隠し持っていたとは。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!」

 

 

響き渡る咆哮はゼアドから放たれたもの。

 

良く見るとその瞳は先程までの闘志の中にも理性を感じさせたものではなく、激怒と狂気に満たされている。

 

 

「狂戦士……『フレンジド・バーサーカー』か!」

 

 

バーバリアンの上級職であるこのクラスは、その前提能力である「激怒」能力に加えて「狂乱」により爆発的にその戦闘能力を増幅する。

 

激しく荒れ狂う雷雨のような狂気により闘争に駆り立てられたこのクラスは、敵を滅ぼした後も周囲の動くものを全て殺しつくすまでその狂乱がおさまることはない。

 

意志が弱ければ街中であろうと傷を負うたびに狂気に駆り立てられ、周囲に破壊と殺戮をばら撒くという恐るべき狂戦士なのである。

 

 

(まずい、さっきまでの状況に加えてゼアドは激怒と狂乱、対して俺は《シールド》を失っている……防御に徹しても捌き切れない!)

 

 

先程までのゼアドの攻撃を旋風と呼ぶのであれば、今の彼の攻撃はまさにハリケーンである。

 

今の俺の倍以上あるであろう筋力から繰り出される攻撃は、たとえ来る前兆が判っていてもこちらが回避動作に入る前に既に斧がこちらに迫っているというレベルだ。

 

攻撃の前兆の予兆を見取る、そんなもはや直観に任せたといっていいような回避行動を取るしかない。

 

その上、攻撃の回転自体は先程よりも上がっている。

 

象すら一瞬で細切れにしてしまうであろう斬撃は俺を通り過ぎた後、周囲の観客をも切り刻んでいくが狂乱しているゼアドはそんなことで止まったりはしない。

 

今は運よく回避し続けられているが、先程受けた一撃でアイテムの補正によって得ていたHPは大半が失われている。

 

運が悪ければ2発、良くても3発食らえば戦闘不能に陥るであろう破壊力だ。

 

その巨体とあいまって、今のゼアドであればあの城壁も容易に破壊してのけるだろう。

 

 

(こうなっては勝ち目は無い。幸いゼアドの攻撃の巻き添えで包囲が崩れている。被弾覚悟で逃げるしかない!)

 

 

『フレンジド・バーサーカー』はその破壊力も怖れられているが、さらに厄介なのはその耐久力である。

 

ある一定の位階に達した狂戦士はもはや激情が肉体を超越しており、その狂乱が治まるまではどれだけのダメージを与えても倒れないのだ。

 

ゼアドがそこまで到達しているかは不明だが、賭けられるのが自分の命では確認してみる気にはならない。

 

『ヴォーパル』などの効果で即死させれば止まるのだが、その前にこちらが擂り潰されるのは目に見えている。

 

何度目かのゼアドの乱舞を包囲網の近くでやり過ごし、その攻撃で包囲網が崩れた隙を突いて、一気に駆け出した!

 

無論その隙を見逃すはずも無く、ゼアドの一撃が背中に加えられるがそれは想定の範囲内だ。

 

予想される攻撃の軌道からダメージを緩和し、逆にその攻撃の勢いで加速するように身を躍らせると全力でゼアドから距離を取った。

 

今の一撃で、HPを補強してくれていた装備の効果は完全に打ち消され、ついに痛みが襲ってきた。だがここに留まれば待っているのは確実な死だ。

 

一呼吸の間に40メートル近い距離を駆け抜けた。間に包囲を行っていた連中の生き残りや潅木を挟むことでゼアドの突撃を防ぐことも忘れない。

 

隠れた物陰で巻物を取り出し、そこに込められた《ディメンジョン・ドア/次元扉》の効果を発動させる。

 

巻物に描かれた魔術回路が光を放ち、完成した呪文が空間を捻じ曲げ俺の体を別の場所へと送り込む。

 

転移の瞬間、霞む視界に映ったのは潅木を突き抜けて突進してくるゼアドの鋭く尖った角だった。

 

 

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