ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

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2-5.インターミッション1

縄梯子の上の階層の敵は、全てエレミア達が排除してくれていたため大勢の捕虜を連れたままでも無事に地上へと脱出することができた。

 

給水施設の入り口を警護している傭兵たちに事情を説明し、地下から脱出するとそこは埠頭区画にある渡し舟のあった河口付近だった。

 

夕暮れのストームリーチに生還者の歓声が響き渡る。

 

 

「ありがとう、勇敢な冒険者達!

 

 また太陽が見れるだなんて思ってもいなかった」

 

 

「もうストームリーチはこりごりだ。

 

 金貨を貰ったらすぐにでもコーヴェアに帰る事にするよ」

 

 

反応は人によって様々だったが、皆一様に喜んでいたのは間違いない。

 

口々に礼を言うと、彼らは街並みへと姿を消していった。

 

 

「本当に助かりましたわ。

 

 皆さんにホストの加護がありますように」

 

 

チェンジリングの女性も優雅なお辞儀と共に礼を言うと、中央市場へと向う道に続く階段を登って行った。

 

その後しばらく待っていると、地下から1人の衛兵をつれてエレミア達が戻ってきた。

 

革の上から体の要所を金属片で覆っているが、その隙間から抉られたのか片腹を庇うような歩き方をしている。

 

 

「お前達が私の従兄弟を助け出してくれた冒険者か。

 

 私はテンバー、ハーバー・マスターに仕えるシティ・ガードだ。

 

 密林からの探索の帰還中にあのコボルド共に襲撃されたと聞いたときにはもう駄目かと思ったんだが、おかげで生きている従兄弟達にまた会うことが出来た。

 

 あの兄弟に代わって礼を言わせて貰おう。

 

 特にお前達が相手をしてくれたトンネルワーム族はタチが悪いことで知られていた。

 

 連中に仕置きをしてくれたお前達の働きは私からジンに伝えよう。

 

 きっと信頼できる冒険者としてお前達の事を覚えてくれるだろう」

 

 

テンバーはそう言うと、怪我人の男の載った担架を他の衛兵に運ぶよう指示をし、その後を追って立ち去っていた。

 

言われてみればどこか怪我人と面影が似ているような気がする。従兄弟だといってたから当然なのかもしれないが。

 

エレミア達は探索のついでにと、この給水施設に囚われている人質の救出を行う依頼を受けていたらしい。

 

トンネルワーム族と共にこの給水設備を根城にしていた『ナッシュトゥース族』にも多くの捕虜が囚われていたらしく、今日一日で多くの人質が解放されたとのことだ。

 

 

「あー、しかし密度の濃い三日間だったな!

 

 ヌルい依頼だと思ってたが、とんだ大冒険になっちまったもんだぜ。

 

 ま、なんとか最後で帳尻も合ったことだし良しとするかな」

 

 

ケイジが貨幣やらを詰め込んだザックを叩きながら皆を見渡した。

 

貨幣以外にも宝石や美術品などがあの中には詰まっている。正確な価値は鑑定しなければわからないが、十分に元はとったと考えていいだろう。

 

 

「ま、そいつの処理もしなきゃならんがまずは乾杯といこう。

 

 そろそろ味気ない携帯食に我慢ならなくなってきてたんだ」

 

 

その提案については皆が賛成してくれた。

 

ロンバートとゲドラ以外の皆は同じく『気まぐれ海老亭』に宿を取っているらしい。

 

聖堂に戻ると言って別れたロンバートを見送った残りのメンバーは、そのまま宿に戻ると1階の酒場でお互いの無事の帰還を祝って祝杯を挙げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼンドリック漂流記

 

2-5.インターミッション1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酒場でエールを浴びるように飲み、出来立ての温かい料理を散々堪能した後で明日の昼にまた落ち合う約束をして解散となった。

 

ゲドラは街の郊外にある、主に友好的なジャイアントが交易のために利用しているテント村に戻るとの事。

 

そこでは骨董品などの買取をしてくれる骨董商の店もあるとの事で、芸術品の類は今日そこに持ち込んでもらうことにして彼に預けた。

 

俺もカウンターでいくつかテイクアウトの食事を注文すると、宿を後にした。

 

ラピスが言っていた日付から考えると、倉庫においておいた食事代は既に無くなっているだろう。

 

そのため差し入れを持って行こうと思ったのだ。

 

後ろにはエレミア達もついてきている。事の経緯をあとで話すことになっていたので、倉庫で話すのがちょうどいいだろうな。

 

俺の居場所はドラウの少女から聞き出したらしい。おそらくは《神託》か何かの能力なんだろう。

 

中位程度の信仰呪文が使用できるのであれば食料を神に祈ることも出来るため飢えていることはないと思うが、気持ちの問題である。

 

 

「おーい、帰ったぞ~……ってなんじゃこりゃあ!」

 

 

そうやって手土産片手に倉庫に入った俺を出迎えたのは、想像もしていなかった光景であった。

 

 

「お、おかえり。

 

 って危ないな。気をつけなよ」

 

 

倉庫の入り口近くにいたカルノが、俺が手を離してしまった差し入れの食料を危ないところでキャッチしてくれた。

 

 

「お、これ食い物じゃん。差し入れ?

 

 皆ー、今日の食べ物が来たぞ~」

 

 

こちらが固まっている間にカルノは差し入れ片手に倉庫の奥へと歩いていく。

 

そこには蠍の守護者の上に乗ったり、尻尾を掴んで振り回されている何人もの子供の姿があった。

 

 

「どうしたんだよトーリ。

 

 そんなところに立ってちゃ後ろがつかえるだろ」

 

 

後ろからグイグイとラピスに押されて進まされると、三人娘も俺の後ろについて倉庫に入ってきた。

 

 

「昨日よりも随分と増えているな。

 

 トーリ殿は孤児の支援施設でも立ち上げられるのか?」

 

 

無論そんなつもりはない。

 

ドラウの少女がウーズのごとく分裂したわけでもないだろうし、見たところカルノの仲間達なんだろう。

 

奥のほうからその双子達が近寄ってきたのを横目に、椅子にするのにちょうどいい高さの木箱に腰掛けた。

 

エレミアも同じように近くの木箱に腰を下ろし、メイは背負い袋から取り出したロール状の携帯用寝具を床においてその上に座っている。

 

ラピスはというと少し背の高いコンテナに座ることにしたようだ。頭くらいの高さにあるところに苦も無く飛び上がって見せる辺り、猫っぽいところを感じる。

 

 

「無事に帰ってきたようだな。

 

 試練は無事に乗り越えたようだな」

 

 

赤眼の少女がそういいながら俺の右横の木箱の空きスペースに座り、反対の左側に蒼眼の少女が座った。

 

 

「……おかえりなさい」

 

 

相変わらずの蒼い眼だが、今は先日のように光を放っていない。

 

こちらの話をする前に、まずこの二人にこの状況の説明をしてもらうとするか。

 

 

「なあ、あの連中はどこから来たんだ?」

 

 

視線の先では子供が蠍と戯れたり、差し入れのサンドイッチや焼き串を食べたりしている。

 

しかし、あの蠍の守護者は見かけによらず面倒見がいいようだ。

 

あの大きさと外見に気圧されずに近寄る子供達も大概だが、怪我しないように遊んでやっている姿は微笑ましい。

 

 

「ああ、あの者達か。

 

 なにやら住んでいるところを追い出されたとかで路頭に迷っていたようだからな。

 

 ここ何日かの食料と引き換えに軒先を貸してやったのだ」

 

 

使われていない倉庫だけあって、スペースだけは確かに十分ある。まぁ後でカルノには釘を刺しておこう。

 

 

「まぁいいや。んじゃ俺の事情を説明するか。

 

 最初は……」

 

 

俺がストームリーチに来てからの話を3人に聞かせた。とはいってもかなり大雑把にはしょっているが。

 

ジェラルドを通じてカータモンの依頼を受け、その最中にこの双子を保護したこと。

 

その後ローガンの募集でコボルド退治に行ったことを話した。

 

タラシュク氏族関連の情報は伏せたままだ。余計な事情に巻き込むことになりかねないし、俺の想像の部分が大きすぎる。

 

 

「ジェラルド卿には我々も会った。この倉庫を我々に教えてくれたのが彼だ」

 

 

なるほど。どうして彼女達がここにたどり着いたのかと考えていたがジェラルドからの情報か。

 

どういう意図で教えたのかは判らないが、ここはジェラルドに人を見る目があったと考えておこう。

 

 

「で、お優しいトーリ様はそいつらをどうするんだい。

 

 囚われのお姫様たちを助け出してめでたしめでたしってわけじゃないだろ?」

 

 

ラピスは興味無さそうに、足をフラフラと揺らしながら尋ねてきた。確かにそれは確認しておくべきところだ。

 

 

「そういえば身の振り方については決まったのか?

 

 もし住んでいたところに帰るってのなら送っていくが」

 

 

俺がいない間に考えておいてくれ、と言っておいたんだがそれはどうなっただろうか。

 

 

「もう、むらはない。

 

 みなだいちにかえった」

 

 

やはり、他の連中は皆殺されてしまったということか。

 

 

「私達以外の家族は皆死んだ。

 

 だが、受け継がれてきた役目はすでに果たしていた。

 

 その役目を終えた以上、滅ぶもまた自然の導きだ。

 

 奪われた品はいずれ故郷に帰すが、入り口は閉ざされている。

 

 当分は無理だろう」

 

 

赤眼の少女が説明してくれた。

 

最近まで発見されなかったという以上、なんらかの仕掛けがあるのだろう。

 

 

「で、いつになったらその場所へは行けるようになるんだ?」

 

 

暫くの間であれば預かれないことも無い。

 

 

「そうだな……正確なところは星を詠む必要がある。

 

 だが、おそらく次に『黄昏の森』がやってくるのに1年はかかるだろう」

 

 

『黄昏の森』とは『ラマニア』という名で知られる別次元界だ。

 

文明によって束縛されていない、未開で手付かずの自然に溢れた次元界であり、森と呼ばれているが山や草原、砂漠やツンドラといったありとあらゆる自然環境で構成されている。

 

すべての動物、植物、魔獣、そして獣性を持つ来訪者や各種のエレメンタル、そして迫害によりコーヴェアを追われたあらゆる種類のライカンスロープ達が住んでいるという。

 

ちらりとラピスを見るが、知らないのか興味ないのか相変わらず足をフラフラさせている。

 

 

「貴方達の住んでいたところは『ラマニア』にあるんですね。

 

 それじゃあ確かになかなかお伺いできませんね~」

 

 

召喚術士であるメイにはその距離がよくわかるのだろう。

 

別次元界から協力者を一時的に呼び出すことは簡単だが、こちらから乗り込むのは高度な術と媒介が必要になる。

 

次元界同士が近づいているときにはお互いの緩衝地帯である『顕現地帯』が発生し、そこを通じて行き来ができるという。

 

おそらくその周期が1年程度だと赤眼の少女は言っているのだろう。

 

 

「しかしそうなると困ったことになるな。

 

 ここは一ヶ月しか借りれないし」

 

 

ストームリーチの暗がりには時折この街の住人を快く思っていないドラウの殺し屋が現れるという噂がある。

 

無論開明的なドラウもいて、友好的な関係を築いている部族もいるだろうが後ろ盾のない少女二人を放り出せばどうなるかは明らかだ。

 

 

「わたしは、ほしのさだめについていく」

 

 

そういって蒼眼の少女は俺の袖を掴みながらこちらを見上げてくる。

 

 

「お前は星の運命に見定められたのだ。

 

 誇りにして良いぞ、『星詠み』の加護を受けたものは我らの過去にもそうはいない」

 

 

よくは判らんが、とにかく俺についてくるってことか?

 

この世界で星といえばシベイの欠片だ。そしてドラゴンはシベイの子と呼ばれていたはず。

 

このドラゴンの力の込められたローブやオージルシークスが与えてくれた『ドラコニック・ヴァイタリティー』の効果が、彼女に俺を星のように感じさせているのだろうか。

 

なんだか双子は盛り上がっているようだが俺は一体どうするべきか。

 

 

「それじゃあ私達はお仲間ですね~

 

 私はメイです。貴方達のお名前はなんと呼べばいいんですか?」

 

 

メイが蒼眼の少女に話しかけている。そういえばまだ名前を聞いていなかったな。

 

 

「ルー。ルーアイサス・ラトリア」

 

 

「私はフィアリィル・タールアだ」

 

 

「それじゃルーちゃんとフィアちゃんですね。

 

 よろしくね~」

 

 

特に家名のようなものは無いようだ。ひょっとしたら彼女らが姉妹でないという可能性もあるのだが。

 

いきなりメイが名前を愛称にしているのには驚かされたが、エルフ語で意味のある区切りだったのか二人も気にした様子はない。

 

 

「私はエレミア・アナスタキアだ。

 

 星と夜の姉妹よ、よければ私に貴方達の一族の話を聞かせて欲しい」

 

 

ドラウの多くは巨人の手を逃れてゼンドリックを脱出したエルフを良く思っていないと聞いていたが、この双子はその特異な住環境からして一般的なドラウとは異なるようだ。

 

特にエレミアやメイへの態度に変化は見られない。後でエレミアに二人の名前の意味について聞いてみよう。

 

 

「ラピスだ。まぁよろしく頼むよ」

 

 

つい先程は足を止めてこちらを睨んでいたラピスだが、今はもうさっきまでの状態に戻って足をフラつかせている。

 

 

「なー、話は終わった?

 

 トーリの兄ちゃん、俺にも紹介してくれよ」

 

 

区切りのついたいいタイミングでカルノがやってきた。

 

しっかりとこの二人の分の差し入れを確保していたらしい。葉っぱの皿の上にいくらかの食事を載せて運んできた。

 

 

「なあカルノ、追い出されたってのはどういう事だ。

 

 食事を運んでくれとは頼んでおいたが、住み込みでやれとは言ってないぞ」

 

 

ここは一時的に借りているだけの倉庫だ。今までどこに住んでいたのかは知らないが、ここもそのうち追い出されるのは間違いない。

 

 

「ああ、それなんだけどね。

 

 昨日から俺らが使ってた埠頭の北側の区画に再開発が入るって話で追い出されたのさ。

 

 この間からサーロナの船が来ては何か運んでるなと思ってたんだけど、どうも本格的にあの区画を整理するみたいだね」

 

 

あの閉鎖された区画か。確かに子供であれば警備の目を潜って潜り込むことは出来るだろうし、下水は繋がっているから行き来はできたんだろうけど。

 

 

「危ないって言っても、本当に危険な『見ただけで死んだり発狂したりする紋章』とかが刻まれている区画に近づかないようにはしてたんだけどね。

 

 どうやら建物ごと取り潰したり、結構な数の術者が集まってなにやら作業していたし撤去の目処がついたってことじゃないかな」

 

 

おそらく言っているのは《シンボル》の呪文だろう。半年前からまだ効果を残しているということは、《永久化》されていると思っていい。

 

そんな術をつかえる以上、ハザラックの術者としての実力は最高峰だ。想定していたより高めに見積もりなおす必要が出た。

 

 

「この倉庫は借り物だぞ。早い事次の住処を見つけるんだな」

 

 

後、あんまり騒がしくするのも止めておいた方がいいだろうな。

 

つい先日は陰謀を巡らせるに相応しい廃倉庫だったというのに、今はその真逆の光景である。

 

 

「ここに長居出来ないことはわかってるよ。

 

 それにこの区画はコボルドの連中とかも多いしね。

 

 この辺りももうちょっと治安が良くなってくれればいいんだけど」

 

 

確かにハザディルの密輸倉庫を初めとしてコボルドの窃盗団やカルトの隠れ家、闇賭博場といろんなクエストが並んでいたはずだ。

 

機会があれば依頼を受けてもいいかもしれない。

 

 

「今なら給水施設が空いてるんじゃないか?

 

 『ナッシュトゥース』は狩り残しもいるけど、『トンネルワーム』は相当痛めつけたし」

 

 

ラピスがぶっきら棒に提案する。

 

確かにトンネルワームの戦闘部隊は壊滅状態だろう。とはいえ姿を見せなかった非戦闘員も相当数いるだろうし、暗がりでコボルドと事を構えるのはオススメできないな。

 

それに、あそこは将来とんでもない侵入者がやってくるクエストがある。あの施設に住居を構えるのは俺に言わせれば死亡フラグそのものだ。

 

 

「おお、さすが師匠。

 

 俺達のためにあのコッパーどもを掃除してくれたんですね!」

 

 

カルノはそう言いながらコンテナの上にいるラピスの足元に寄っていった。

 

 

「誰が師匠か!

 

 僕はお前みたいな弟子を取った覚えは無いよ」

 

 

対するラピスの対応はツレないものだ。足でぞんざいにあしらっている。

 

 

「じゃあ姉御~

 

 俺にあんたの技術を教えてくれよ! 減るもんじゃないんだしさー」

 

 

なにやらカルノはラピスにご執心のようだ。一体俺のいない間に何があったのだろうか。

 

 

「なぁ、あの二人はなんであんなに仲がいいんだ?」

 

 

メイが何やらルーと話し込んでいたのでエレミアに聞いてみた。

 

 

「ああ、先日この倉庫を訪れた際に、あの少年がメイにちょっかいを掛けようとしたのをラピスがあしらったらしい。

 

 そのせいで懐かれてしまったのではないかな」

 

 

また俺にしたようにスリでもしようとしたのだろうか。冒険者相手にそんなことをしてバレたら殺されてもおかしくない。

 

 

「お前みたいなのに教えてもロクなことにならないよ。

 

 金が欲しいのなら剣でも振ってな。筋が良けりゃ命を賭け金にそれなりの収入は得られるだろうさ」

 

 

そう考えればラピスの対応も理に適っている。ローグの技術も冒険者パーティーには必要だが、街中で行為に及ぶのはご法度だ。

 

 

「さて、それじゃ今日はそろそろ宿に帰るよ。

 

 久しぶりに屋根の下でゆっくり眠りたいんだよね」

 

 

事情の説明も終わったし、とりあえず今日のところはこんなもんだろう。

 

帰りがけには双子以外にもカルノの連れてきた子供達が集まって見送りに来た。

 

こうして改めて見てみると本当に小学生くらいの年齢が中心のようだ。13,4くらいのカルノが最年長だと思われる。

 

 

「カルノ、数日なら構わないけどあまり騒がしくするなよ。

 

 後、給水施設は止めとけ。それと、明日また来るからな」

 

 

軽く注意をしてから3人を連れて外へ出る。

 

倉庫を出ると予想外の展開だったせいか、一気に疲れが襲ってきた気がする。

 

宿へと向うやや傾斜のある道を4人で歩く。

 

やはり1人で歩いているときと比べると、風景から受ける印象も相当変わってくる。

 

先日は不気味に見えていた廃倉庫の並びからも、閉じられている扉の最近利用されている痕跡等を見て取ることが出来る。

 

何度か通ったことと1人ではないことで精神的に余裕が出てきたんだろう。

 

3人は俺がコルソスを発った後すぐ入港してきた船に乗ってきたらしい。

 

とはいえすぐに出港したわけではなく、物資のやりとりやらで数日遅れての出発になったこととエレメンタル・ガレオン船でなかったことでこれだけの時間がかかったとの事。

 

そんな話をしている間に『きまぐれ海老亭』に到着した。

 

全員が個室を取っているようで、それぞれ別れて部屋へと入っていった。

 

まずはタオルをポーションに入れておいた水で濡らし、体を拭く。

 

はやくハーバー・マスターの許可を貰って中央市場方面へ行きたいものだ。

 

探せば風呂付の宿もあるかもしれないし、ジョラスコ氏族の居留地にはソウジャーン号にあったような浴場があるはずだ。

 

スッキリしたところで部屋に《アラーム》の呪文をかけた後、ローブを着替えてベッドに横になる。

 

特にスプリングが利いているわけでもない固いベッドだが、野宿に比べれば何倍もマシである。

 

タオルを丸めて作った枕に頭を沈めて眼を閉じるとあっという間に睡魔が襲ってきた。

 

明日は戦利品の換金に分配、可能であれば家探しとやる事は盛り沢山だ。

 

きっちり眠って鋭気を養うとしよう。

 

 

 

 

 

 

侵入者を告げる《アラーム》の警報が意識を覚醒させる。

 

物理的な音ではなく、術者の精神にのみ伝わる警報だ。

 

目を開くと、月が隠れているのか真っ暗闇の中、黒い影がこちらに乗りかかってくるところだった。

 

こちらに馬乗りになろうとするその動きを巧みに足で制限し、全身を使って素早く体勢を入れ替える。

 

"モンク"クラスによる修正なのか、寝技の経験なんてないはずなのに体は何度も訓練を繰り返したかのようにスムーズに動いてくれる。

 

逆にマウントポジションをとり、相手の両腕を頭上で交差させて左腕で押さえ込むと同時に右手にククリを召喚し相手の首元に添える。

 

組み付き状態では軽い武器のほうが有利であることを考えた選択だ。

 

とりあえずどうしようかと思ったそのとき、雲から抜け出した月の光が部屋に差し込んできた。

 

 

「……ラピス?」

 

 

月明かりに照らされたのは今日再会したライカンスロープの少女だった。

 

《トゥルー・シーイング》で確認するが間違いなく本人だ。チェンジリングやドッペルゲンガーが変身しているわけでもない。

 

夜着なのか、薄手の黒いベビードール姿だ。

 

 

「重いよ、トーリ。

 

 僕の上に乗っかるならもっとムードを大事にして欲しいね」

 

 

慌てて手を離し、ククリを消して退こうとすると先ほどの俺の動きをそのまま真似するような体捌きであっさりと体勢を入れ替えられた。

 

今の一瞬でこちらの動きを模倣したんだろうか。大したセンスである。

 

 

「トーリ、ちょっと気を抜くのが早すぎるんじゃないか?

 

 僕が君を狙った刺客だったらどうするのさ」

 

 

上になったラピスが呆れたように見下ろしてくる。

 

そういえば、チュラーニ氏族の暗殺者が俺を狙うとしたら今夜が一番危険性が高かったのではないだろうか。

 

すっかり失念していた。

 

 

「……まぁラピスに命を狙われる覚えはないし。

 

 何かが化けてるって事もなさそうだしね」

 

 

それにこの状態でも、状況をひっくり返す手段を幾つか用意している。

 

よほど大規模かつ用意周到に襲撃されない限り切り抜けられる、と思う。ゼアドみたいな化け物が襲ってきたら駄目かもしれんがあれは規格外だろう。

 

 

「まるで僕じゃなかったら襲われる心当たりがあるって言ってるように聞こえるね。

 

 さっきの話も相当誤魔化してただろう。

 

 コボルドなんか千匹相手にしても傷一つ負いそうに無い癖に、行方不明とか僕を馬鹿にしてるのか?」

 

 

むう、バレてたか。心配させてしまったみたいだな。

 

 

「ちょっと訳ありで。面倒ごとだし長くなりそうだったので省いたんだよ」

 

 

このまま何事もないかもしれないし、出来れば俺の胸の内だけに秘めておきたかったんだが。

 

 

「他の連中に聞かれないようにこうして僕が1人で来たって辺りに誠意を感じて欲しいね。

 

 あのドラウの双子が試練がどうとか言ってたけど、何があったんだ?

 

 さぁ、さっさと白状しなよ」

 

 

ぐぐっとラピスが顔を下ろして眼を覗き込んでくる。

 

そんな単語まで覚えているとは。興味無さそうにしていた割にはしっかり話は聞いていたみたいだな。

 

"はったり"技能のブースト装備も付けてないし、ラピスを誤魔化すのは無理そうだ。

 

仕方ない、話すとしよう。この時間になっても他に来客がいないということは襲われる危険も少ないんじゃないかと思えるし。

 

 

「他言はしないでくれよ。

 

 実はだな……」

 

 

タラシュク氏族の戦闘団に遭遇したことと、そこから考えられる氏族間の陰謀について俺の想像であることを踏まえつつ説明した。

 

 

「……僕も不幸自慢には自信があるけど、トーリのトラブル体質もなかなかのもんだね」

 

 

まったく俺自身も驚きである。

 

大人しめのクエストを選んだはずがこの有様だ。

 

 

「納得したならそろそろどいてくれないか。ずっとこの体勢ってのはつらいんだ」

 

 

この説明の間、ラピスにずっと馬乗りにされたままである。

 

月光が薄手の生地を透かしてボディラインを露にしており、精神衛生上もあまりよろしくない。

 

 

「レディに対して失礼なことを言うやつだね!」

 

 

ピシっと飛ばされたデコピンを甘んじて受け、ベッドから降りたラピスが窓際に向うのを見送る。

 

先程はどうやったのか、4階の窓から侵入してきたらしい。

 

そのまま出て行くのかと思えば、しばらく外を観察した後に窓とカーテンを閉めた。

 

まだ月が出ているようで、カーテンを閉めても入り込む光で部屋の中は薄暗がりで満たされている。

 

 

「さっきの話を聞くに、危ないとしたら今夜だね。

 

 僕が見ていてやるからトーリは寝てなよ。ここ数日マトモに休んでないんだろ?」

 

 

まぁそれはそうなんだが。

 

 

「あのなラピス。そんな格好で来て『護衛します』なんて無理があるだろ。

 

 武器とか持ってないじゃないか」

 

 

寧ろ自分の身の心配をして欲しい。色々な意味で。

 

 

「そこは信用してもらおうか。

 

 それにトーリにも襲われない様に考えてるよ、ホラ」

 

 

そういうや否やラピスの姿が掻き消え、着ていたベビードールが床に落ちたかと思うとその下から大きめの黒猫が現れた。

 

そいつはベッドの上まで跳躍すると、前肢で起き上がっていた俺の鼻先を突く。

 

プニ、と当たる肉球の柔らかさに癒される。寝ろってことなんだろうな。

 

こうなってはラピスに従ったほうがいいだろう。万が一の場合には《アラーム》もある。

 

頭を枕に乗せると、顔の横のスペースに猫がやってきた。

 

近くに来ると動物特有の匂いがする。昔飼っていた犬を風呂に入れた後もこんな匂いがしていた気がする。

 

眼を閉じるとそういった昔の思い出が脳裏に浮かんできた。

 

懐かしい記憶に意識を委ねると、俺は再び睡魔に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

起き抜けに一悶着あったものの、顔を洗って朝食を取りに酒場へと下りたところでジェラルドと出くわした。

 

 

「やあトーリ。何やら大変そうだったが無事なようで良かった!

 

 君のような冒険者が倒れる事はストームリーチ全体の損失に繋がるからな。

 

 くれぐれも体は大事にしてくれたまえ」

 

 

相変わらず大仰な言い回しだ。カウンターでサンドイッチと冷えた水を受け取り、ジェラルドの座っているテーブルに相席させてもらう。

 

 

「大袈裟だな、ジェラルド。俺も自分を大事にしてるつもりなんだが、この稼業をしているとどうも想定外の出来事ってヤツが多すぎて困るね」

 

 

水で口を潤してからサンドイッチに齧り付く。

 

新鮮なレタスっぽい野菜がシャキっした歯応えを返してくれる。所々にマスタードっぽい辛味が混ぜられているところもなかなかいい仕事をしている。

 

 

「何、そこを柔軟に対処してこそ一流の冒険者というやつだ。

 

 君には十分その素質があると私は確信しているがね!」

 

 

既に食事が終わっているらしいジェラルドは、そう言うと腰に下げていたポーチから印章入りの指輪を一つ取り出して机の上に置いた。

 

 

「『港湾管理者の許可証』だ。シティ・ガードに何か言われればこれを見せるといい。

 

 これがあればストームリーチにおける中央市場への通行と、ゼンドリック大陸から得てきた品のこの街における売り買いが許可される。

 

 指に嵌めるなり首から下げるなり、扱い方は任されているが紛失には気をつけてくれたまえ」

 

 

拾い上げて観察してみると、街の名物(?)である掌で天からの光を受け止めている巨人像らしき肖像とシリアルナンバーが細かく刻まれている。

 

魔法は何も付与されていない。

 

『シャドウ・アイ』のようなアイテムもあるので油断は出来ないが、これ自体はどこにでも見られる銅素材の指輪のようだ。

 

念のため、あとでブレスレットに放り込んでおくことにしよう。

 

 

「後は家の手配ということだったが、これはそれなりに纏まった時間が必要だからな。

 

 トーリ、君の都合のいい時間帯に合わせることになるがどうするね?」

 

 

どうやら俺が留守にしている間に段取りは完了しているようだ。

 

今日はまだ昨日までの仕事の片付けもあるし、明日の方がいいだろうな。

 

 

「それじゃ明日でいいか?

 

 今日はまだ色々とゴタゴタしてるだろうし、せっかくだからマーケットにも顔を出しておきたい」

 

 

サンドイッチの最後の一欠けらを口に押し込んでから、希望する日時を知らせるとジェラルドは了解したとばかりに首肯した。

 

 

「ではここに案内人をやろう。明日の昼頃に来てくれ」

 

 

丁度いいタイミングで食事も終了した。俺はジェラルドに別れを告げると、背負い袋を片手に『きまぐれ海老亭』を後にした。

 

まずは戦利品の装備の鑑定を依頼すべく、『ハンマー&チェイン』に向う。

 

途中、早朝のパトロールを行っているウォーフォージドの衛兵達と擦れ違った。

 

一糸乱さず隊伍を組むその姿は確かにマシーンを思わせるが、彼らの目には確かに自我を感じさせる輝きが宿っている。

 

そんな連中を横目で見ながら目指す店内へと足を進めた。

 

店内には先日同様、接客の意志が見られないドワーフの姿があった。

 

 

「なんだ、またアンタか。まだ得物を使い潰すには早過ぎるんじゃないか?」

 

 

こちらを一瞥すると再び手元で何やら行っている作業に視線を戻した。相変わらず歓迎されていないようだ。

 

 

「今日は買取を依頼に来たのさ。

 

 まぁ見てくれ」

 

 

カウンターにジィティックから奪った剣と盾、スケイルメイルを乗せる。

 

 

「暫く見ない間にいい拾い物をしたみたいじゃねぇか。

 

 鎧と盾は、まさかとは思うが竜の鱗が素材か?

 

 そうなると剣のほうは竜の牙か……悪ぃが兄ちゃん、こいつはウチの店では値がつけられそうにない。

 

 トゥエルヴの砦にでも持ち込めばあそこの秘術使いが言い値で買ってくれるだろうよ」

 

 

ひょっとしたらそういうこともあるかと思ったが、どうもこの店の買い取り上限金額を越える逸品だったようだ。

 

いずれか単品であれば可能かもしれないが、これは一揃いの品物だしバラ売りは避けたほうがいいだろう。

 

仕方が無い、ここでの換金は諦めるとするか。そう考えた俺に背後から声を掛けてくる存在がいた。

 

 

「その品、我が主が引き取ると仰られている。

 

 運び手よ、主の住まいまでご足労いただけませんか?」

 

 

店内の隅、先日借りた代替の武器が置かれている暗がりにいつの間にか1体の影が実体化していた。

 

フードとマントで顔や体を隠しており、その正体を探ることは出来ない。声の低さから男ではないかと推測する程度だ。

 

僅かに覗く足元は茶色い皮のブーツを履いているが、所々が焼けたのか黒くくすんでいる。

 

いつの間にか気圧されたのか、一歩後ずさっているのに気付く。

 

いつからそこにいたのか判らないが、たった今まで気配を感じさせなかった技術は本物だ。

 

店内で揉め事を起こすことも無いだろう。ファーガスに視線をやると彼は好きにしろ、といわんばかりに手元の作業に戻っていた。

 

 

「いいだろう。ここでの買取が出来ないって話だったし渡りに船だ。

 

 アンタの主とやらはキッチリ支払いをしてくれるんだろうね?」

 

 

カウンターの上のショートソードを左手で握りながら注意深く相手を見やる。

 

 

「判ってもらえて嬉しいよ。では付いて来て貰おうか」

 

 

フードの男はそういうと身を翻し、店の外へと出て行った。

 

俺もカウンターの上の品を回収してから追いかけることにする。

 

 

「騒がせたな。また来るよ」

 

 

結局商売にならなかったファーガスに一礼して立ち去る。

 

 

「フン。臭い連中についてくのはオススメはしねぇがな。

 

 くたばらない様に精々気を張っておくことだ」

 

 

背にドワーフの警告を受けながら『ハンマー&チェイン』を後にした。

 

先程のローブの男は既に先に移動している。どうやら港方面に向うようで、断崖に連なった階段を降りていこうとしているようだ。

 

早足でそれを追う。階段を降りて埠頭に出てからも、男は海沿いの道を街の外れへと向っていく。

 

さて、この先は行き止まりだったはずだが……。

 

 

「乗りなよ」

 

 

彼が示したのは一艘の小さな船だった。ソウジャーン号がテーブルだとしたら爪楊枝ほどのサイズにしか見えない、貧相な小船である。

 

どうやらここからはこの小船で進むようだ。

 

安全を考えるならここに品を置いて帰ってもいいのだが、この先に考えられる展開を逃す手はないと考える自分もいる。

 

直観に従い小船に乗り込むと、ローブの男はオールを取り、漕ぎ進め始めた。

 

木同士が擦れあう音が入江の穏やかの波の音と合わさって不思議な静けさを演出している。

 

 

「なあ、アンタの主ってのはなんて名前なんだ?

 

 失礼が無いように予め聞いておきたいんだが」

 

 

駄目元で声を掛けてみた。

 

 

「主の名はハザラック・シャール様さ。

 

 この街に誰よりも昔からお住まいになっている竜の公子でいらっしゃる」

 

 

なんとなく予想はついていたが、やはり噂の人物だったらしい。

 

ドラゴンに関するアイテムを収集していると小説では書かれていた。このアイテムもおそらく彼の目に適ったんだろう。

 

やがて周囲はいつの間にか霧に包まれ、視界が閉ざされていく。そのまま10分も経過した頃には、小船はどこかの波止場に到着していた。

 

 

「こっちだ。ついて来てくれ」

 

 

柔らかな草地に覆われた陸地を進む。沿岸部から離れると霧も薄まり、視界も開けてきた。

 

所々隆起はあるが、山のような起伏は見当たらない。どうやらちょっとした小島のようだ。

 

男の後を追いながら、この先に起こるだろう出来事に備え装備を入れ替えていく。

 

やがて視界に妙なオブジェが映った。黒い大理石の円柱の間に、さらに黒いデンスウッド製の壁がはまり込んでいる。

 

建物の壁の一部だといわれれば納得するが、その周囲には他にそれらしき痕跡はない。

 

近づくとその柱には黄金で形作られたドラゴンが巻き付いているのに気付く。その瞳は巨大なルビーで飾られているようだ。

 

さらに壁には銀でドラゴンが刻まれている。その頭部はこちら側に突き出しており、近づくものを食い千切ろうとしている様にも見える。

 

ローブの男がその銀のドラゴンの口に銜えられているノッカーのようなもので壁を何回か叩くと、こちらを振り返って言った。

 

 

「ここから先に進んで生きて帰りたいんなら、決して主に失礼を働かないことだね。

 

 ハザラック様は無礼者や敵を決して許されない。

 

 例え相手が死んでいても、この大陸から逃れていてもその激情を収めることは無い。

 

 こんな姿になりたくなければ、重々注意をすることだ」

 

 

そう言って僅かに上げられたフードからは、半ば白骨化した浅黒い肌がのぞいている。

 

アンデッド、それも生前の意識を有したまま服従させているのか?

 

このドラウが何をやったのかはわからないが、この先にいるハザラックは噂どおりの強力な術者ということだろう。

 

そこまで会話した時、壁が音も無く消えたかと思うとそのかわりに黒い靄のようなものが現れていた。

 

《テレポーテーション・サークル/瞬間移動陣》の呪文だろう。《タイム・ストップ》に匹敵する最高位呪文だ。

 

この先にハザラックの住居があるのだろう。俺は一度深呼吸した後、その靄に向って足を踏み出した。

 

空間を跳躍する感覚は一瞬で消え去り、目の前には黒い石壁の通路が広がっていた。

 

所々に灯されている松明の明かりが、踏みしめられた通路と目の前の巨大な人型の爬虫類、リザードフォークを照らしている。

 

分厚く黒い鱗に覆われ、鋭く生え揃った牙は人間の体など一裂きにしてしまいそうな迫力だ。

 

さらに腕には巨大なハルバードを構えている。

 

ハザラックの番兵はその斧槍で通路の奥を指し示す。進め、ということだろう。

 

通路は真っ直ぐではなく、曲がりくねっていた。

 

幅も一定ではなく、時折道の一部を妙にすべすべとした岩が塞いでいたり、道の一部が不自然に広がっていたりした。

 

松明は石壁に直接開けられた穴に差し込まれており、どうやら呪文による消えずの松明ではなく実体の炎のようで熱を感じることが出来た。

 

暗闇の中で時間感覚が歪められたのか、どれだけ歩いたのかも判らなくなった頃ついに終点に辿りついた。

 

通路から広間へとその姿を変じた洞窟は、偉大な秘術使いの住居に相応しい豪奢な光景が広がっていた。

 

ソウジャーン号で見たものよりもさらに上質と思われる絨毯が床を埋め尽くし、色取り取りの模様が舞っている様に見える。

 

左にある銀で作られた階段細工の上からはワインが止め処なく流れており、右にはオージルシークスほどの大きさの純金製のドラゴン像が佇んでいる。

 

部屋の隅には大量の金貨や銀貨、そして一部には白金貨もがいくつもの小山を形成している。

 

この部屋を守護しているリザードフォークらがそれらの山の手前で整列しており、こちらの一挙手一投足を見逃すまいと注意を払っている。

 

部屋の中央には、今の自分と同じくらいの歳であろう人間の男が立っていた。

 

赤褐色の絹製の上下に身を包み、手袋とブーツは上質の皮製だ。カフス、ネックレス、そしてベルトには少なくとも10を越える宝石が松明の光を浴びて輝いている。

 

 

「ようこそいらっしゃいました、お客様。

 

 私はケスと申します。光栄にも、ハザラック様の家宰を取り仕切らせていただいております」

 

 

ケスはそういって歯を見せて微笑んだ。

 

 

「この度は、ハザラック様に縁のある品をお持ちいただいたと聞いております。

 

 品の方を改めさせていただいて宜しいでしょうか?」

 

 

洞窟を照らす微かな松明の明かりに照らされた完璧な笑みは、まったく意図を読み取らせない。

 

だが、ここにきてこの男の機嫌を損ねる必要もない。

 

背負い袋を下ろし、中からジィティックの武装一式を取り出すと足元の床に並べた。

 

壁際から1人のリザードフォークがこちらに近づくと、それらの品を拾い上げてケスのもとへと運ぶ。

 

いつの間にか彼の手元には細工も見事な木製の机が置かれており、装備類はその上に置かれた。

 

ケスはそうやって置かれた品の上に手をかざして何やら確かめているように見える。

 

 

「……確かにこの品で間違いないようです。

 

 ハザラック様はかつてこの品々を部下にお預けになられたのです。

 

 その者達とは既に縁も御座いませんが、召し上げずにそのままお預けになられていました。

 

 ですが彼の一族の手を離れたのであれば、これは正当な持ち主であるハザラック様の下へと戻されるべきでしょう。

 

 無論、この品をお持ちいただいたお礼はさせていただきますよ」

 

 

ケスがどこからか拳大の膨らみを持った袋を取り出し、リザードフォークを通じてこちらに寄越した。

 

受け取って中を確認すると、10数個の宝石が入っているのが見える。

 

価値のほどはこの場では鑑定できないが、ケチな真似をするような誇りのない人物ではないだろうと考えそのまま懐に仕舞った。

 

さて、向こうの用件はこれで終わりなのかもしれないが俺の本題はここからである。

 

わざわざ高位の秘術使いに接するチャンスが向こうから来てくれたのだ。これを逃す手はない。

 

 

「よろしければハザラック様への謁見をお取次ぎいただきたいのですが」

 

 

俺を送り出すようリザードフォークに指示しようとしていたケスに、こちらの要求を伝える。

 

彼はその端正な顔を一瞬固めた後、元の笑みを浮かべると忠告をしてきた。

 

 

「ハザラック様は大変気難しい方でいらっしゃいます。

 

 直接面談される際に気分を害されたことで、ここからドルラーへと向われた方も大勢いらっしゃいます。

 

 それでも主との謁見を求めるのですか?」

 

 

コーヴェアにどれだけ高位の術者がいるかは不明だが、このハザラックはここに居る事が判っている最高位の術者だ。

 

入り口にあった《転移陣》は最高レベルの呪文だ。あれを見た時点で、ここで引き下がるという選択肢は消えた。

 

 

「承知の上です」

 

 

帰還の為の手がかりを逃すつもりはない。手土産もあるし、いきなり怒らせるようなことはないはずだ。

 

こちらの決意が固いことを確認した後、ケスが謁見に際しての注意事項を述べた。

 

 

「我が主が話しているときに邪魔をしてはなりません。

 

 玉座の近くには近寄らないこと。御前では、魔法やそれに類する能力を使おうとしないこと。

 

 それから、武器を抜かないこと。もとより、武器はここに置いていっていただきますが」

 

 

当然の注意事項だろう。

 

 

「いいですか、こうした注意はあなたのためなのです。生きて帰る為には今言ったことを必ず守ってください。

 

 我が主人の力は強大で、一言発するだけで貴方を殺すこともどこかに閉じ込めることもできるでしょう。

 

 また、周囲には主の安全を守るための仕掛けが施されています。

 

 くれぐれもそれらを試そうとしないようにしていただきたい」

 

 

ケスがいくつもの注意事項を伝えてくる。まぁ格上の存在と接するときには当たり前のように行うことだ。

 

 

「弁えております。それではお取次ぎをお願いいたします」

 

 

腰に下げているロングソードを横にいた衛兵に渡す。

 

ケスはそれを見て頷くと、こちらに背を向け奥へと振り向いた。

 

彼の足元のグラマーウィーヴ織りの絨毯が突如燃え上がり、部屋の中央に溶岩の川が現れた。

 

部屋の手前側と奥とを分断するように、灼熱の熱塊が視界の左から右へと流れている。

 

突如その川面が盛り上がったかと思うと、熱された岩が飛び出し空中にアーチを描いた。

 

そしてそのアーチをなぞる様に、白い石造りの橋が架けられた。

 

ケスはその橋を渡って奥へと進んでいく。溶岩に照らされた白い大理石の橋は、洞窟の中でも妖しい輝きを放っている。

 

俺は覚悟を決めるとケスの後を追い、その橋を渡って洞窟の奥へと向った。

 

途中には、さらに奇妙な調度品の数々が置かれていた。

 

今にも動き出そうに見える多くの石像の中には、《フレッシュ・トゥ・ストーン/肉を石に》の呪文で石化されたものがどれだけ混じっているのだろうか。

 

見たこともない動物などの中に混じって、荒野で見たゴルゴンの姿も見えた。暗がりの中で石化を免れた銀の角が火明かりに映えている。

 

だがそれらの石像の中で最も異彩を放つのは、不気味なうめき声を上げる人間の石像だった。

 

容姿端麗な男女4名ずつの石像だが、所々が動いているように見える。ある像は口が、ある像は眼が、といった具合に。

 

このうめき声は、あの口だけが肉で出来ている像から発されているのだろう。

 

 

「あれらは愚かにもハザラック様の財産に手をつけようとした愚か者どもの成れの果てで御座います」

 

 

先を歩くケスが振り返りもせずに答えた。

 

小説でこのハザラックの宝物庫に侵入し、衛兵を殺傷した者たちだと思われる。

 

 

「彼らはああやってハザラック様の怒りが冷めるまで、あの姿をここで晒すのです。

 

 無論、それはその内に宿っている存在とて例外ではありません」

 

 

彼らが安置されているスペースには、取り囲むように魔法陣が刻まれている。

 

おそらく連中に憑依しているクォーリを逃がさぬよう、ハザラックが仕掛けた《マジック・サークル》なのだろう。

 

リードラのエリートと呼べる『インスパイアド』は別次元からの侵略者をその身に憑依させているが、通常その器である人間を破壊したところでクォーリは元の次元界に逃げ帰るだけだ。

 

それを逃さぬようにあのような仕掛けを組んでいるのだろう。

 

 

「同時に、あの者達はハザラック様に歯向かう事の愚かさを知らしめる役目を負っています。

 

 貴方が彼らからそれを学んでいただければ良いのですが」

 

 

その狙いは十分に効果を発揮していると言っていいだろう。

 

竜の公子の恐ろしさを否応無しに理解させられた後、ついに目的地に到着した。

 

高さ5メートルほどの赤く輝く大理石の円柱があり、その柱面には円盤に乗ってとぐろを巻いたドラゴンと太陽の絵が刻まれている。

 

ケスは柱の前で片膝をつき、主に呼びかけた。

 

 

「ハザラック様。面会を求める客人を1人お連れしました」

 

 

ケスの声に応じて、石柱の反対側から骨に響くような大きく低音の声が返ってきた。

 

 

「ハザラックに会いたいというのは、どこのどいつだ」

 

 

まるで柱そのものが震えて声を発しているようだ。

 

 

「私は人間のトーリと申します。

 

 貴方の使いに導かれ、ここへ至る幸運に与らせていただきました。

 

 これも何かの縁と思いまして、貴方様の手元にあるのが相応しいと思われる品を持参いたしました。

 

 お時間を割いていただいたお礼に、また私めを御心にお留めいただくことを願っております」

 

 

彼の声の後では擦れて聞き取れないのではないかと思ってしまうほど、自分の口から出た言葉は頼りなかった。

 

 

「持参した品を見せよ」

 

 

だが幸いなことに、俺の声は届いていたようだ。

 

着替えていたローブの懐から、拳大の巨大なピジョンブラッド・ルビーを取り出す。

 

真っ赤に輝くその宝石の中心には不思議な屈折が生じているのか、光の加減により時々ウインクしている瞳のように見えることがある。

 

この宝石が『ドラゴン・アイ』と呼ばれる由縁だ。

 

無論この宝石は美しいだけではない。

 

『マギ』と呼ばれる呪文のエネルギーを蓄えることが出来る効果を持つと共に、中位以下の呪文の威力を1日3回ではあるが大幅に増幅する効果を持つ。

 

後者の効果はゲーム内固有の効果だったが、こちらの世界でもその恩恵が得られることはちゃんと確認している。

 

この宝石の発する力を感じ取ったのか、ハザラックから声がかかった。

 

 

「近こう寄れ」

 

 

円柱を中心に炎の壁が巻き上がり、やがて治まるとそこには半円状にカーブを描いて円柱の反対側へと続く道が描かれていた。

 

道の両側はいまだ柔らかな火に縁取られている。

 

その火を踏み越えないように慎重に歩みを進め、円柱を回りこんでついにハザラック・シャールと対面した。

 

円柱の玉座に腰掛けていたのは、1体のコボルドだった。

 

肌は錆色の鱗に覆われ、頭には黒い短い角が生えている。

 

身の丈は70cm程度しかないだろう。だが、この見た目に騙されてはいけない。彼はこのストームリーチで最も強力なソーサラーなのだ。

 

それに、あの鱗と角はブラックドラゴンを連想させる。

 

あるいはあの姿は黒竜の仮の姿なのか、それとも黒竜の血を引くハーフ・ドラゴンなのかもしれない。

 

今思えば衛兵のリザードフォークも皆常ならぬ黒い鱗に覆われ、力強さに溢れていた。

 

エベロンでは珍しいハーフ・ドラゴン達なのかもしれない。

 

コボルド・アイランドに座すブラックドラゴン……日本語版のサービス終了間際に行われたあるイベントが脳裏を掠める。

 

 

「その品を見せるが良い」

 

 

彼は口では喋っていないようだ。声はしてもその口は動いていない。

 

ベルベットの真紅のローブを着、首からは金で編みこまれた環を下げており、その首輪には薔薇色のドラゴン・シャードがいくつも埋め込まれている。

 

ハザラックの声に合わせてそのシャードがほのかな光を明滅させ、その光の波が声となって伝わってくる。

 

どうやらこの声はあのドラゴン・シャードから発されているようだ。

 

たとえ《サイレンス》の呪文で音を封じられたとしてもあの宝石の輝きを遮る事は出来ない。

 

その声に従って宝石を掌の上に乗せると、おそらくはハザラックの呪文による念動力によってルビーは空中を漂い、ハザラックの手元へと収まった。

 

 

「我がコレクションのいずれにも劣らぬ見事な品だ」

 

 

ややボリュームが落とされたハザラックの声が届いた。どうやら気に入っていただけたようだ。

 

 

「人間よ。望みは何だ」

 

 

さて、ここからが本番だ。

 

 

「貴方様の御力は遠くコーヴェアや他の大陸にまで知れ渡っております。

 

 また、その宝物のコレクションは伝説となるほどです」

 

 

「前口上は要らぬ。要点を述べよ」

 

 

どうやら余計なおべんちゃらはお気に召さないらしい。

 

 

「知識を。

 

 私はこのエベロンを取り巻く13の次元界、そのいずれでもない場所へと至ることを目的としております。

 

 知己を得た白竜より、それを望むのであれば私自身で為すしかないと言われております。

 

 ですが偉大なるハザラック様であれば、そのための導を頂けるのではないかと考えました」

 

 

「Aussircaex!!

 

 あの生意気な雌蜥蜴めが、一端の口を利くようになったものだ!」

 

 

なんと、予想外なことにハザラックはオージルシークスを知っているようだ。

 

あの竜の名を忌々しげに叫んだかと思うと、その手に持った杖を振り上げた。

 

その杖の動きに呼応するようにして、周囲の松明や溶岩などの洞窟内に存在するありとあらゆる炎が猛りを上げた。

 

この様子からすると良好な関係ではないようだが。

 

 

「本来であればこのハザラックから知識を掠めようなどと考えたものを生かして還すことはない。

 

 知識とは、何物にも勝る最高の宝であるからだ!

 

 だが温血のクリーチャーよ、汝が望む知識は確かにこのハザラックも有しておらぬ。

 

 故に、持参した贈り物に免じて機会を与えてやろう。

 

 このハザラックがあの白蛇よりも優れたる事を知るがいい」

 

 

そう言うとハザラックはその念動力により一つの指輪をこちらに寄越してきた。

 

 

「嵌めよ。その指輪に秘めたる呪文が汝に遥か彼方の知識を与えるであろう。

 

 だが心せよ。

 

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている」

 

 

指輪を嵌め、その中に秘められた秘術の力を感じようと意識を集中させると、突如自分の足元が抜けたような感覚に襲われた。

 

周囲が暗黒に閉ざされ、どこまでも落下しているような感覚。その感覚以外には何も感じられない。眼も見えず、音も聞こえず、肌にも何も感じない。

 

やがて俺はこれが落下しているのではなく、無重力状態なのではないかと考えた。

 

そう意識した瞬間、今まで何も捉えていなかった視界の片隅に何かが映った。

 

そちらに注意を向けると、"それ"はどんどんとこちらに近づいてきた。

 

 

(地球? いや、違う。エベロンだ)

 

 

目に映ったのは巨大な青を基調とした惑星だった。だが、そこにある大陸図は慣れ親しんだ地球儀のものではない。

 

凸のような形のエベロンが赤道を掠めるように存在し、その北にはカニの胴体のようなコーヴェア大陸がある。

 

その二つと三角形をなすような位置にはドラゴンの住むアルゴネッセン大陸があり、三つの大陸に囲まれたサンダー海にはエルフの住むエアレナル諸島が見える。

 

そしてゼンドリックの裏側、惑星の反対側にはインスパイアドに支配されたサーロナ大陸が見える。

 

極点付近にはそれぞれフロストフェルと永久氷洋という氷の大陸が広がっている。

 

そういった大陸たちを眺めるために距離を意識したところ、この惑星に近い位置にある別の星々が見えてきた。

 

どうやら俺は今、アストラル界で「存在の諸次元界」を見ているようだ。

 

『物質界エベロン』から離れていく『炎の次元界フェルニア』や『黄昏の森ラマニア』が見え、逆に『死の領域ドルラー』や『戦いの場シャヴァラス』は近づいて来ている。

 

遥か遠方には長い軌道を持つ『妖精の宮廷セラニス』や『完全なる秩序ダーンヴィ』らしきものも見えた。

 

だが、俺が求める世界はそのいずれでもない。

 

意識を広げ、どこかにあるであろう地球へと至る道筋を求める。

 

俺という存在がエベロンにやってきてから一月も経っていない。どこかに痕跡が残っているのではないか。

 

自分の意識を薄く広げ、この「存在の諸次元界」を探っていく。

 

まるでこの世界は摩擦抵抗のない椀の中を転がる複数の珠のようだ。

 

椀の底にある『物質界エベロン』に引き寄せられ特定の軌道を描く次元界たちが、時に隣接し時に離れながらも一定の動きを繰り返している。

 

やがて俺の意識に何かが引っかかるのを感じた。

 

エベロンを囲む輪となっているシベイの欠片が時折物質界に降り注いでいるが、最近そこに大規模な動きがあったようなのだ。

 

今現在の次元界の位置と軌道から、その出来事があった際の次元界の配置を逆算しようとしたところで、背筋に氷柱を差し込まれたような感覚が走る。

 

広げた意識の遥か遠方から、何かが浸食してくるのを感じたのだ。それも二箇所から。

 

一方は意識を溶かすように取り込みながら、もう一方は触れた意識を別の何かへと変容させながら、双方は怖ろしい勢いで意識の中心である俺へと近づいてきている。

 

慌てて意識を切り離し侵食を抑えようとするが、まるで燎原の火の如くその勢いは止まるところを知らない。

 

先程まで全く肉体の感覚は感じなかったというのに、今は四肢の先端からだんだん痺れが広がってくるような怖ろしいものを味わっている。

 

しかもその部分は徐々に自分の意思とは無関係に動き出そうとしているようだ。俺が俺で無くなっていこうとしている!

 

 

「だが心せよ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている」

 

 

脳裏にハザラックの言葉が蘇る。

 

そうだ、意識を強く持て。落ち着いて気持ちを整えろ。恐怖や余計な願望は奴らの餌となる。

 

心に波風を立てず、それでいて外因に乱されぬよう強く意識する。

 

そうやって精神を集中させると侵食はいつの間にか跡形も無くなり、他の存在は全く感じられなくなった。

 

だがそれと同時に意識が落下していくのを感じる。

 

今度こそ無重力ではない、重さに引きずられた感覚だ。

 

 

(待ってくれ! もうすぐ手がかりが掴めそうだってのに!)

 

 

思わず離れていくエベロンに左手を伸ばすが、無論届くはずも無い。そのまま再び視界が黒一色に染め上げられるまで、大した時間は掛からなかった。

 

 

「待て!」

 

 

今度は右手を伸ばしたところで、暑い日差しが照り付けていることに気付く。

 

どうやら地上のようだ。既に太陽はいい高さまで登っており、昼近い時間だと教えてくれている。

 

いつの間にか洞窟から放り出されていたようだ。

 

現在地は小船で運ばれた小島のようだ。

 

自分が寝そべっていた場所にはハザラックへの洞窟へと続く石柱があった筈だが、今は影も形も見当たらない。

 

借りた指輪も消え去り、預けていたロングソードが腰に収まっていた。

 

しかし狐狸に化かされたのではない証に、懐にはケスから受け取った宝石の詰められた袋の感触がある。

 

袋を取り出そうとしたところで、左手が何かを握りこんでいることに気付いた。

 

手を広げると、そこには薔薇色に輝く星の欠片が握られていた。シベイ・ドラゴンシャードだ。

 

先程の交感の終わり際、遠ざかっていくエベロンに向って伸ばした手が星を囲むシベイの環に触れたのだろうか。

 

あるいは、ハザラックが土産に持たせてくれたのかもしれない。

 

ブレスレットにシャードを格納し立ち上がって土ぼこりを払い、周囲を見渡す。

 

太陽の位置が変わったことと、門が無くなった事以外に差異は見当たらない。

 

 

「そろそろ時間か。『気まぐれ海老亭』に行かなきゃな」

 

 

ケイジやゲドラとの待ち合わせ時間が近づいてきている。

 

これから小船を漕いでいかなければならないことを考えると、ギリギリの時間だろう。

 

元々の用事であったジィティックの武装の換金も終わったし、それ以外の収穫もあった。

 

これ以上の事を望むのは高望みだろう。ここから先はもっと自身の力を磨かなければいけない。

 

先程の件で力不足を痛感した俺は、この島から離れるべく小船の係留された浜辺に向って歩き出した。

 

 

 

 

「すげぇな。この宝石、一個で金貨4,000枚の価値ってのは本当か?」

 

 

机の上に置かれたケスから受け取った宝石を、ケイジが恐る恐る指先でつつきながら呟いた。

 

ここは『気まぐれ海老亭』でケイジとゲドラが借りている部屋の中だ。

 

先程この宝石を"鑑定"したところ、どれもが価値の高い宝石であることがわかった。

 

それが12個。金貨にして4万8千枚という大金である。

 

俺達のほかの収入としては、ゲドラが換金してきた美術品が金貨3,000枚ほど。

 

ケイジがザックに詰めていた金貨と銀貨が合わせて金貨2,000枚相当だ。

 

無論宝石は然るべき好事家などに売った場合であり、商人に足元を見られれば値切られることもあるが捨て値で売ってもその半分にはなる。

 

 

「今回は運が良かった。噂の竜の公子の機嫌が悪ければ召し上げられてそれでお終いだったかもな」

 

 

ちなみにこの戦利品の分配にエレミア達は絡まない。

 

彼女らはジィティックとの戦闘に関わっていないことと、上層階やナッシュトゥース族から得た戦利品や依頼人からの報酬があるということで辞退してきたのだ。

 

ロンバートとウルーラクも辞退していたが、少なくともローガンが提示していた報酬分に上乗せして、1,000GPを渡すことで俺達3人は合意している。

 

ロンバートの場合は所属している寺院への喜捨という形式になるんだろうけれど。

 

経費として《ディメンジョン・ドア》の巻物二枚分と二人に飲ませたポーションで3,000GP程度と考えると、残りは丁度宝石分ということになる。

 

1人頭4つを分けて分配は終了となった。

 

このレベルの冒険の報酬としてはまさに破格である。

 

 

「そろそろ武器を新調しようかと思ってたんで助かるぜ。これなら鎧にも回せそうだな」

 

 

ケイジは眼を閉じて何やら考えているようだ。新しい武装について思いを馳せているんだろう。

 

 

「……苦難を乗り越えた先に恵みは存在するが、それは常ではない。

 

 今回はトーリの言ったように運が良かったのだろう」

 

 

激戦を潜り抜けたゲドラのスパイクト・チェインもメンテナンスが必要ではないだろうか。

 

広範囲の敵を一気に薙ぎ払うだけあって、武器の損耗も激しそうだ。

 

 

「んじゃ俺は『黒鉄亭』に顔出してくるわ。

 

 二人はどうする?」

 

 

ケイジは早速武器を見に行くようだ。

 

『黒鉄亭』は中央市場区画にある骨董品や武器を揃えている店で、巨人用も含めたありとあらゆるサイズの武器と防具が揃っているらしい。

 

他の有名な武器屋としては『ストームリーチ・フォージ』という衛兵隊に武器を卸している鍛冶屋があるが、そちらはコネがなければオーダーメイドを受けてくれず、量産品のみの販売になっているらしい。

 

ゲドラもやはり武器の手入れに向うらしく、ケイジに同行するようだ。

 

ゲドラの場合は武器が特殊すぎて『ストームリーチ・フォージ』では取り扱いが無いため、選択の余地が無いのだろう。

 

俺は武器には不自由していないし、まずは倉庫に顔を出してその後ストームリーチを見て回りたい。

 

二人にロンバートらへの分配も任せると、酒場のマスターにサンドイッチをいくつか包んで貰って酒場を出たところでエレミアとメイに遭遇した。

 

 

「お、二人とも出かけてたのか。

 

 その荷物は、ひょっとして倉庫への差し入れ?」

 

 

エレミアは小振りな樽を、メイは果物の入った網袋を持っている。

 

 

「ああ。市場への通行許可が出たので少し見物に行ってきたのだ。

 

 噂どおりの騒がしさには少々辟易したが」

 

 

ゲームでは冒険に関するものしか売っていなかったが、実際にはこういった食料品なども色々扱っているのだろう。

 

俺も後で見物に行くとしよう。

 

 

「ラピスちゃんも誘ったんですけどね~

 

『眠いからまた今度』って断られちゃいました」

 

 

ラピスちゃんは寝てばっかりです、とはメイの言。そういえばコルソスでも木の上で寝てたりしたんだっけか。

 

とはいえ今日は昨晩寝てないせいもあるんだろうけど。

 

 

 

「む。昼間に来るとは珍しいな」

 

 

倉庫に行くと入り口近くで蠍に乗っていたフィアが話し掛けてきた。

 

そのフィアの手のひらにはさらに小さい蠍が乗っている。なんともいえぬ不思議な光景だ。

 

子供たちの最年少組…小学校低学年くらいと思われる3人の少年少女は、倉庫の隅で何やら遊んでいる。

 

おはじきだろうか? 何やら細かい石を弾いているようだ。

 

ルーはそんな三人に囲まれながら彼らを見ている。

 

他のメンバーは不在のようだ。住む場所を探したり、今日の食い扶持を稼ぎに出掛けているんだろう。

 

 

「ああ、まだ今日は何も食べてないんじゃないかと思って差し入れを持ってきたんだ」

 

 

サンドイッチの入った葉細工のバケットをフィアに渡す。

 

 

「ふむ。ありがたく頂戴するぞ。

 

 エレミアにメイだったか。二人にも感謝だ」

 

 

手のひらの蠍を肩の上へと乗せ、荷物を受け取ったフィアは子供たちのほうへと向かっていった。

 

どうやら仲良くしているようで何よりである。見た目的にはこの双子はカルノと同年代だが、実際には100歳近いので面倒見がいいのも当然ではあるのかもしれない。

 

 

「トーリ殿、いやトーリ。今日はこれから何か予定はあるのか?」

 

 

同じようにフィアに荷物を渡したエレミアが尋ねてきた。

 

 

「そうだな……とりあえず風呂が恋しいからジョラスコ氏族の居留地にでも行こうかと思ってる。

 

 後は街の見物かな」

 

 

ゲーム中の街の構図との差異を早いこと埋めておかないと後々困ったことになるだろう。

 

それに明日の家購入に備えて下見をしておくのも悪くは無い。

 

 

「ジョラスコ氏族の温泉浴場ですか。トーリさんの故郷では入浴が一般的だったんですか?」

 

 

メイが興味深そうに聞いてくる。そういえばこちらでは湯治なんかを除いてはそれほど入浴する習慣がないようだしな。

 

公衆シャワー的なものを薄着で浴びるのが標準なんだっけ。

 

 

「どこの家にも大抵風呂がついていたよ。火山が多いから温泉が豊富だっていうのもあったんだと思うけど」

 

 

当たり障りのないように答えておく。こっちで毎日風呂に入るなんて、よっぽどの変わり者か特殊な職業の人たちだけなのかもしれないし。

 

ううむ、なんか話題に出たせいか無性に風呂に入りたくなってきた。

 

 

「それじゃ私たちもご一緒しますね~

 

 エレミアも来るよね?」

 

 

「ふむ、あまり経験が無いのだが試してみるか。

 

 長い船旅で昨日も思うように体が動かなかった事もあるし、体には良いと聞いている」

 

 

俺の記憶が確かならば、昨日のクエストで100匹くらいはコボルドの相手をしたはずだと思うんだが。

 

相変わらずの無双っぷりである。

 

 

「フィアちゃんとルーちゃんはどうします?」

 

 

話し込んでいる間に二人も近くに来ていたようだ。

 

メイがついて来るかどうか聞いたが、二人は首を横に振った。

 

 

「……おるすばん」

 

 

「あの子供達だけを置いていくわけにもいかないし、我々は遠慮しておこう。

 

 ゆっくりと疲れを癒してくるといい」

 

 

うーむ、気の利く二人だな。

 

ならいっそ皆連れて行ってしまえという気もするが、自分も初めて行く場所だけに不安が残る。

 

今度機会があれば衛生面からも全員風呂に入れてやったほうがいいかもしれないな。

 

 

「それじゃ、ここは二人に任せようか。お土産楽しみにしていてくれ」

 

 

次回の埋め合わせを心に誓いつつ、倉庫を後にした。

 

守衛の守る門を越えて中央市場へと向う。

 

ゲームでは埠頭区画の門を越えるとすぐに市場区画だったが、実際にはその間に1区画挟んでいるようだ。

 

記憶を探ってみたところ、ゲーム上の詳細マップにも一応は記載されていた気がする。

 

その空白地帯を流れるコロヌー川に架かる橋を渡った先には、『発見のマーク』を司る『タラシュク氏族』の居留地が構えられていた。

 

巨人時代の遺物と思われる砕けたオベリスクを背にしたその建物には、彼らのトレードマークである黄金のドラゴンヌをあしらった旗が立てられている。

 

建物の手前には現代の駅前のようなロータリーがあり、そこにはエレメンタルが捕縛された車両が幾つか停車していた。『オリエン氏族』の輸送サービスだろう。

 

最終戦争により、流通の要所である大橋の幾つかやライトニング・レイルの線路が破壊されたオリエン氏族であるが、急使や輸送のサービスでその損失を補っているらしい。

 

その役割はこのゼンドリックでも変わりないようだ。この都市内の急使や配達以外にも、時間を惜しむ富裕層向けにコーヴェア大陸の大都市への《瞬間移動》を提供する彼らは俺にとってありがたい存在だ。

 

近いうちに大都市『シャーン』へのテレポートサービスを受けることもあるだろう。

 

 

「そういえばメイはモルグレイブ大学の学生なんだよな。

 

 出身はシャーンなのか?」

 

 

コーヴェア大陸の南側に位置するシャーンは、「ゼンドリックの玄関口」とも呼ばれている。

 

都市内にいくつかの冒険者のギルドやゼンドリックの案内人を斡旋する窓口があり、またストームリーチとの間に定期船を設けていることからの呼び名だ。

 

 

「ええ。両親も大学で職についていたんです。生まれも育ちもシャーンですよ」

 

 

シャーンでゼンドリックの戦利品を売りさばくには、国家の許可証を得ていなければならないという法があったはず。

 

そのうちシャーンで大掛かりな買い物をする際にはメイに同行してもらったほうが良さそうだな。

 

 

「そっか。近いうちにシャーンで買い物しようと思ってるんで、その時は力を貸して欲しいな。

 

 オリエン氏族の『グレーター・テレポート』を使うから、そう時間は取らせないし」

 

 

家の防備のためのアイテムなどは、ここストームリーチで購入するのは困難だろう。

 

後、入手できるならドラゴンシャードや能力値に永続的な修正を加えるレアアイテムなんかも買ってしまいたい。

 

 

「そうですね。今書いている論文もトーリさんにご協力いただいたおかげで目処が立ちそうですし。

 

 大学に顔を出す時間を頂けるのでしたら、私はぜんぜん構いませんよ」

 

 

協力というと、コルソスで見せた《ディメンジョン・ホップ》の呪文に関するやつか。

 

まぁ知られても特に問題の無い呪文だし、構わないんだが。

 

心の中でこの街の地図に書き込みを行いながらさらに街路を進んでいくと、やがて大きな門を越えてこの街の中心である「中央市場」へと到着した。

 

中央には巨大な赤いテントが設営されており、あの内側では多くの商いが行われているんだろう。

 

テントの向こうには飛空挺が停泊するのであろう背の高い塔が見える。確か『鷹匠の尖塔』という名称だったはずだ。

 

ストームリーチ近辺は「スカイフォール半島」と呼ばれており、その名の通りこの一帯では嵐が活発に活動し、コーヴェアへの飛空挺による旅は危険なものになっているため滅多に使用されることはないと聞いている。

 

視線を戻して、目の前の噴水が設けられている憩いの場から市場のテントまでは石造りの橋がアーチ状に伸びており、その橋の上には夜に照明代わりとなると思われる赤い球体が宙に浮いていた。

 

テントから左方向に伸びる橋の向こうには『クンダラク氏族』が経営しているローズマーチ銀行の建物が見える。

 

この氏族のドワーフ達はコーヴェア中の銀行システムの中枢を担っており、金融業を制していると言ってもいいだろう。

 

異次元を利用して繋がれた銀行の支店間を通して、どこの窓口でも自分が預けた金や道具を取り出すことができるサービスはまさにファンタジーの産物である。

 

ブレスレットのアイテムスロットには余裕が余り無い。ゲーム中と同様、そのうち口座を作成してお世話になることもあるだろう。

 

 

「先ほどよりは少しマシになっているようだな」

 

 

「そうですね。今も活気がありますけど、朝はこれ以上でしたね~」

 

 

先ほどここに来たらしい二人の感想を聞くに、相当賑わっているように見える今よりも朝のほうが混雑しているらしい。朝市効果だろうか。

 

市場の品揃えにも興味はあるが、今の目的は別である。

 

テントの右手側にあるシルバーフレイムの砦を横目に、ジョラスコ氏族の居留地へと続く門をくぐるとまたゲームでは描写されていなかった区画を一つ抜けてから目的のエリアに到着した。

 

石畳の通路の脇には芝生が植えられており、所々に咲く花には色鮮やかな蝶が舞っている。

 

正面には小さな池があり、石造りの橋が見事なアーチを描いていて、目を楽しませてくれる。

 

ストームリーチの他の区画に比べても格段に落ち着いた雰囲気が流れているのを感じる。

 

 

「へー、結構いい雰囲気の街並みだな。ストームリーチにもこんなところがあったんだ」

 

 

埠頭や市場の様子からは想像もつかない、平穏な街並みだ。

 

建物も埠頭のように雑多な様式ではなく、統一された建築様式で建てられている。

 

各所に生えている見たことも無い草木を見やりながら石畳の上を進んでいくと、やがて坂道の上にある巨大な建造物が目に入った。

 

掲げられている旗にはグリフィンが描かれている。目的であるジョラスコ氏族の居留地だ。

 

 

「ようこそいらっしゃいました、トーリ殿。

 

 私はリナール・『ブロッサム』・ド・ジョラスコ。当居留地をドールセンから任されております。

 

 コルソスの英雄にお会いできて光栄ですわ」

 

 

建物に入り、受付のハーフリングに名を告げると奥から責任者らしき女性が現れた。

 

暖色系を基本としながらも、アクセントとして緑の若草模様をあしらわれたローブはこの居留地の雰囲気に良くマッチしている。

 

なんとこの居留地、通路のコーナーに木が植えられているだけでなく、エントランスホールの中央には天井を貫く巨木が生えているのだ。

 

木の幹は天井と一体化しており、どうやらこの建物はこの巨木を中心に建設されたのだろうと思われる。

 

またこのローブがここでの制服らしく、他にも何名かのハーフリングたちが同じ服装を身に纏っているのを見ることが出来た。

 

 

「我らの同胞を救っていただいた御活躍は耳にしておりますわ。

 

 当居留地にはあの船に乗り合わせていたスタッフの者も何名かおります。

 

 彼らを代表してお礼を申し上げます。

 

 お連れの方もどうぞこちらへ。当居留地での癒しをご堪能くださいませ」

 

 

彼女に案内されて、まずは風呂に入ることとなった。

 

VIP待遇なのか、一般の客が来る温泉浴場とは異なるようで他の客の姿は見受けられない。

 

ソウジャーン号同様混浴のようで、勝手のわからない二人は俺の後についてきている。

 

 

「えーと、ここで服を脱いで、そこに置いてある薄手の服に着替えるんだ。

 

 俺は先に行ってるから!」

 

 

ブレスレットの力を使用して一瞬で着替えを済ませると、俺は脱衣場を後にした。

 

流石に一緒に着替えるのは難易度が高すぎる。

 

脱衣場を出るとそこにはハーフリングの従業員がおり、タオルを手渡してくれた。

 

そこはどうやら洗い場のようになっており、シャワーというか打たせ湯というか、天井からお湯が流れている場所だった。

 

渡されたタオルには何やら石鹸的なものが含まれていたようで、ここでそれを使って体を洗うようだ。

 

着替えた浴衣は所々に切れ目が入っており、着たまま体を洗うことが出来るような工夫がされている。

 

 

「きゃっ!」

 

 

後ろから遅れてやってきたメイが、突然黄色い声を上げた。それと同時に軽い衝撃音。どうやら入り口で転んだようだ。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

慌てて振り返って確認したところ、少し腰を打ったようだが大事は無さそうだ。

 

どうやら眼鏡を掛けたまま入ってきたせいで、湯気で曇った眼鏡に視界を遮られて足元の段差に引っかかったらしい。

 

だが体に怪我は無くとも、肌蹴た浴衣は大変な状態になっている。

 

ううむ、服の上からかなりのボリュームだと判っていたがさらに着痩せしているとは。ハーフエルフって恐ろしい!

 

慌てて助け起こし、浴衣をサッと整えてやった。

 

今のショックで落としてしまった眼鏡をハーフリングの従業員が拾ってくれたため、それを受け取ってメイに渡す。

 

 

「ありがとうございます、トーリさん。

 

 急に見えなくなるので吃驚しちゃいましたよ~」

 

 

すでに眼鏡はお湯に打たれて曇りは取れたようだ。

 

レンズ越しにメイの瞳が綺麗に見えている。

 

 

「ま、もう大丈夫だと思うけど。足元には気をつけてね」

 

 

浴衣を直したとはいえ、所々にスリットが入っているだけにむしろ裸よりも攻撃力が高い気がする。

 

チラチラと覗く肌色が視界に残像を残す。

 

 

「タオルを使ってここで体を拭いてから先に進むみたいだよ。

 

 はい、これ」

 

 

ついでにタオルも従業員から受け取ってメイの手に持たせると目の前でこんな感じ、と実演してみせる。

 

 

「へー、面白いですね。

 

 そのために横に穴が空いてるんですね」

 

 

メイが体の横側にある穴からタオルごと手を突っ込むと、その手に押されて二つの果実がブルンと揺れた。大迫力である。

 

あれ、絶対に自分では臍とか見えないんだろうな。人体の神秘だぜ。

 

流石にこれ以上見るのもマズい気がしてメイに背を向け、俺も自分の体を拭く作業に戻る。

 

一通り済んだところで、今度はエレミアが入ってきた。どうやらレザー・アーマーを脱ぐのに時間がかかったようだ。

 

振り向いて確認すると、天井から降り注ぐお湯に一瞬戸惑ったようで入るのを躊躇っていた。

 

だが既に中に俺達が入っているのを見て、そのまま足を踏み入れてくる。

 

お湯を浴びたことで浴衣が体に纏わりつき、エレミアの美しいプロポーションを露にした。

 

メイほどではないがボリュームのある胸に、引き締まった腰のライン。

 

DDOは顔については洋ゲーだったがボディラインはなかなか良いよ! と言っていたギルドメンバーの言葉が一瞬思い出された。

 

エレミアの場合はそこにさらに別ゲームの住人じゃないかと思えるような顔である。一瞬あまりの光景に見惚れてしまったほどだ。

 

 

「その、トーリ。

 

 さすがにそんなに見詰められると恥ずかしい……」

 

 

エレミアは照れた顔をしてそう言ってス、とメイの背に隠れてしまった。

 

やばい。このままここに居ては萌え死んでしまう!

 

 

「ゴ、ゴメン。

 

 んじゃ俺は先に行ってるから、エレミアはメイに説明を聞いてくれ。んじゃ!」

 

 

慌てて逃げ出す俺を見詰めるハーフリングの従業員の生暖かい眼差しは当分忘れられないだろう。

 

 

 

 

 

やはり、風呂はいい。

 

しかもそれが足を十分に伸ばして寛げるものであれば尚更だ。

 

それでもなお浴槽には余裕が十分にある。広さは5メートル四方くらいか?

 

獅子の口から注がれる乳白色の液体が体を芯から解してくれる。

 

ストームリーチのどこから湧き出しているかはこの際気にしない。

 

対面で入浴している二人の姿にも、このお湯のおかげで問題なく接することが出来る。

 

最初戸惑っていたエレミアも、今はすっかり湯船を堪能しているようだ。

 

この居留地内は空調が利いており、風呂場周りはやや涼しいくらいの気温だったことも効いているのだろう。

 

 

「入浴って子供の頃以来なんですけど、いい気分ですね~。

 

 体も綺麗になりますし、これは癖になりそうです~」

 

 

「川で水浴びをしたりするのとはまったく違うのだな。

 

 傷病者が利用するものだと思っていたが、嗜好品でもあるわけか」

 

 

この癒しの次元界への来訪者二人に、記憶の隅から掘り出した薀蓄を語って聞かせる。

 

曰く、適度な入浴は皮膚の清潔を保ち、心身のストレスを取り除く効果がある、ということである。

 

とはいえ温度が高すぎたり、長く入りすぎても良くない事も教えておく。

 

そんな雑談をしていたところで丁度体も程よく温まったため、風呂を出て着替えるとマッサージを受けることになった。

 

ソウジャーン号でもやってもらったものだが、どうやらこれは彼らハーフリングの出身地であるタレンタ平原発祥の文化らしい。

 

使われている香油も、彼らハーフリングが伝統的に使用しているものだという。

 

たっぷり2時間近くをかけて全身を入念にマッサージして貰った。

 

その後は心地よい疲労を感じながらテラスで例の癖のある飲み物を飲みながら外の景色を眺める。

 

この居留地の建物の道路を挟んだ反対側には花壇がいくつも設けられた憩いの場があり、そこではご近所の方々が井戸端会議などをしている様子も見受けられる。

 

ゲーム中にも感じていたことだが、やはりこの周辺は落ち着いていていい。

 

少しはなれたところには『憩いの広場』という広大な公園もあるし、家を探すならこの辺りではないだろうか。

 

すぐ近くに墓所があったり、この区画のクエストがアンデッド塗れだったりするのは見なかったことにする方向で……。

 

 

「体を動かした後とは違った心地良さだな。

 

 彼ら氏族の自慢のサービスというだけはある」

 

 

「この飲み物はちょっと癖がありますけど、飲んでると心地良い暖かさが沁みてきますね。

 

 お酒とは違うポカポカした感じです」

 

 

二人とも大満足のようで何よりだ。

 

 

「あのマッサージを受けると、翌日体が軽くてコントロールが利きやすくなるんだ。

 

 ソウジャーン号でやってもらったんだけど、確かに効果はあったよ」

 

 

普通に考えれば、命を掛ける戦闘を生業とし巨額の報酬を得る冒険者達に引く手数多だと思うんだが、このサービスは一般には知られていないらしい。

 

施術を受けるにはジョラスコ氏族とのコネが必要との事で、それを知って俺はコルソスでの数奇な縁に感謝するばかりである。

 

 

「それは明日が楽しみだな。

 

 トーリ、ぜひ一手お願いしたい」

 

 

いつものエレミアの組み手のお願いも、今は柔らかな表情で告げられておりまるでデートのお誘いのようだ。

 

世界の治癒ビジネスで圧倒的シェアを誇るジョラスコ氏族、恐るべし。

 

 

「明日は家探しをするんだけど、マッサージは無理にしても風呂は絶対に欲しいんだよね。

 

 このあたりは街並みも落ち着いてるし、空きがあれば嬉しいんだけど」

 

 

なので組み手はその後でね、とエレミアには告げておく。

 

風呂が無い場合はリフォームすればいいとは思うんだが排水の問題がある。

 

そこらじゅうに下水道があるとはいえ、適当な作りにするとウーズが浴槽に這い上がってくるとかが有り得ないとは言い切れないわけで。

 

物件選びは慎重に行わなければならないだろう。

 

 

「やはり家は必要だろうな。

 

 あの双子もいつまでも倉庫暮らしというわけにもいくまいし、拠点となる建物はあるに越したことは無い。

 

 宿屋よりは自分の拠点があった方が何かと便利だろう」

 

 

「そういうことなら一口乗りますよ~。

 

 皆で融通すれば結構いい物件でも買えると思いますし。

 

 ラピスちゃんも故郷を出てきたって言ってましたから、家を買うのは賛成してくれますよ」

 

 

むむ。別に金には問題は無いんだが、なんだか二人は乗り気である。

 

このまま行くと6人で暮らす物件が必要になる。それぞれに個室を宛がうとすると結構な大邸宅になりそうだ。

 

そのあたりについては実際明日物件を見て回らないことには決められないし、二人には保留ということで納得してもらった。

 

 

 

ジョラスコ氏族の居留地には提携している同じハーフリングの『ガランダ氏族』による宿屋が併設されていたため、今夜の宿をそこに決めた俺はさっそく上質な個室を取ることにした。

 

とはいえ部屋に風呂がついているようなことは無く、広めの部屋に丁寧な掃除が行き届いており、ベッドや机が質の良いものになっている程度だ。

 

風呂に入りたければ氏族の居留地のものを使ってよいとブロッサムは言っていたので、その言葉に甘えることにしよう。

 

習慣となっている《アラーム》をセットした後、マーケットに顔を出してから倉庫に向うことにした。

 

エレミアとメイは一足先に『気まぐれ海老亭』に行き、ラピスを拾ってから倉庫に向かうとの事。

 

彼女らはもう数日あの宿で過ごす予定らしい。

 

ジョラスコ氏族の居留地で長い時間を過ごしたためか、既に日は随分と傾いている。

 

だがストームリーチで最も騒がしい中央市場はそんなことにはお構い無しの賑やかさであった。

 

テントの周りには多くの屋台が立っており、様々な焼き物やスープなどが売られている。

 

また近くの酒造所から運ばれた樽からカーイェヴァという強いジンを周囲の客が酌み交わしあっており、酒の放つ甘ったるい匂いが離れた位置まで漂ってきている。

 

そういった屋台から果物や初見の料理などを買いながら先へ進み、テントの中へ進む。

 

天幕の中は想像以上に快適な空気に満ちていた。おそらくデニスの砦やジョラスコ氏族の居留地と同じく空調が働いているんだろう。

 

この熱帯地方に巨大なテント、さらにその中に大勢の人間が押しかけているとあれば大変なことになっていると思ったんだがそのあたりは考えられているようだ。

 

巨人時代の巨大なオブジェなのか、それ自体が一つの建物に相当する大きさを持つ石の台座の上に多くの商品を並べた商人達が道行く通行人らに売り込みを行っている。

 

段差のある台座の間は吊橋で結ばれており、一番高いところは20メートル以上の高さがありそうだ。

 

そんなところで秘術の巻物や秘薬、また低級ながらも魔法で強化された武器などが所狭しと陳列されている。

 

そういった商人の中から宝石商を見つけた俺は、早速商談へと入った。

 

今日分配した宝石以外にも、ブレスレットの中には宝石のみを収集する魔法のバッグ一杯に数々の宝石がつまっている。

 

昔ゲームで生産が導入されるという噂が流れた際に、その材料になるんじゃないかと思って集めた際の産物である。

 

結果生産の材料は別のものを使用したため無駄に終わったのだが、今となっては現金を得るのに手っ取り早い手段である。

 

無論現金は溢れるほどあるわけだが、いきなり銀行に大金を持ち込むのも面倒を招くかもしれないと思って間に1クッション噛ますことにしたのである。

 

いくつか手持ちの宝石を鑑定させたところで、商人は困ったように答えた。

 

 

「流石にこれだけの品となると、ここで現金ではお支払いできません。

 

 ローズマーチ銀行にご同行いただいても構いませんかな?」

 

 

宝石1個あたり数千枚の金貨が必要なのだ。普通に考えればそうなるだろう。

 

 

「ああ、無論現金では無理だというのは承知の上だよ。

 

 そんなに受け取ったら重さで潰れてしまうしね」

 

 

上手いことサディアスという宝石商人を誘導することに成功した俺は、クンダラク氏族の運営する銀行にて口座を開設することに成功したのだった。

 

サディアスに売った宝石の代金に加えて、金貨を5万枚ほど放り込んでおいた。

 

冒険者の求める高額な買い物だと武器1本で10万GPを越える事もある以上、これでもまだ足りないのだがそこは自重することにした。

 

まだこの程度の規模であれば怪しまれることは無い、と思いたい。

 

身につけている武器が1個10万GPを越えている身としては一般の通貨感覚がまださっぱりわからないのだ。

 

シンジケートのマネーロンダリングと思われなければいいのだが。

 

銀行のカードに相当する印章指輪と、1万GPまでの上限金額の設定されているクンダラク氏族の信用状…いわゆる小切手的なものを何枚か受け取ってローズマーチ銀行を後にした。

 

帰り道でも屋台を物色していくつか食料を買い込み、倉庫へと向う。

 

流石に色々な種類の品を買ったため、そろそろブレスレットの許容量が一杯になっている。

 

同じ種類の食料であればスタックするため1枠で済むのだが、つい種類を増やしてしまったのである。

 

倉庫で双子とカルノ率いる子供達、そして三人娘と一緒にそれらを平らげた頃には既に結構な時間になっていた。

 

ちなみに果物類はデザートではなく明日の昼間に食べる分として残してある。

 

朝の差し入れはするつもりだが、家の決定にどれだけ時間がかかるかわからないので多めに買ってきておいたのだ。

 

 

「と、いうことで明日は家探しです~」

 

 

パチパチー、と手を鳴らしながらメイがラピスに話し掛けている。

 

 

「ふぅん。まぁ僕はそれでいいけどね。

 

 二人は構わないの?」

 

 

コンテナの上に寝そべってるラピスは相変わらず気だるげに返事を返している。

 

今日はカルノは大人しくしている……というわけではなく、何やら別の場所でラピスから渡された棒切れを使って素振りをしている。

 

盗賊見習いから戦士見習いにジョブチェンジしたというところだろうか。

 

今はエレミアがそんな少年達を指導している。

 

とはいえ、木剣は子供が持つには結構な重さだ。正しい動作でゆっくり振り下ろすことを何回か繰り返すとすぐにへばってしまうようだ。

 

 

「エレミアちゃんも賛成してくれましたし。

 

 いい物件があればいいんですけど」

 

 

まあ宝石を換金したので手持ちには余裕がある。大邸宅でも2,3万GPあたりが相場のはずだし、なんとかなるはずだ。

 

 

「普通の家を探すつもりなら止めて置いたほうがいいよ。

 

 あの蠍の重さを考えると、並のつくりじゃ床が抜けちゃうだろうしね」

 

 

そのラピスの指摘を受けて、横に居た蠍を見やる。

 

鉄とアダマンティンで出来た立派な体躯。中型トラックくらいの重さはありそうだ。

 

確かに通常の人間などの中型生物を前提とした家では、床が耐えられまい。

 

木製は論外で、石造りの立派な建築物を探す必要があるだろう。

 

 

「ヴァルクーアの使いであれば、気にすることは無い。

 

 彼らは空を飛べない代わりに土の中を進む。岩の中でも大丈夫だぞ」

 

 

フィアがそんな蠍についての説明をしてくれた。おそらく穴掘り移動ができるんだろう。

 

とはいえ家の地下を穴掘り移動されては大変だ。

 

アースエレメンタルであればそれこそ地面に穴を残さず移動するんだが、まさかそんな真似はできないだろうし。

 

庭のようなスペースで暮らしてもらってもいいんだが、出入りのたびに大型生物が通り抜ける穴を掘られるのも困る。

 

 

「まあなんとか探してみよう。一軒くらいは希望に沿った物件が見つかるかもしれないし」

 

 

突然難易度が急上昇した家探しに、ちょっと挫けそうになる俺だった。

 

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