ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

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2-7.イントロダクション

ガード・テンバーを応接間へと招きいれ、話を聞くことにした。

 

部屋には注文した家具が届くまでの間に合わせで購入した、不揃いなテーブルと椅子が並んでいる。

 

先日彼から直接依頼を受けていたエレミアも、俺の横で椅子に座りテンバーの話を聞く姿勢だ。

 

どうやらこの間コボルドの拷問室から助け出した彼の従兄弟、ヴェン・アル・ケランが先日ついに意識を取り戻したらしい。

 

衰弱の激しい彼は、ジョラスコ氏族の居留地で療養していたとの事。

 

確かに傷こそ塞いで置いたものの、残虐なトンネルワームに散々痛めつけられたのだ。

 

無事意識を取り戻したと聞いて安心した。ゲームのクエスト中では、彼は遺体として発見される役割だったのである。

 

つまり、これはゲーム中で犠牲となっていたNPC達も展開次第では救うことが出来るということだ。

 

自分の知識が使えないシーンがあったとしても、そのおかげで助かる人がいるのであればそれは喜ばしいことだろう。

 

 

「ヴェンとアーロスの2人はこの街の地下だけでなく、ゼンドリックの密林にも冒険に出かけていた。

 

 彼らは小さい頃から冒険者に憧れていてね。危険を顧みずに様々な場所へ出かけていく二人にはいつも冷や冷やさせられたものさ。

 

 だが2人のパーティーは、何か大きな獲物、真のパワーを持ったアーティファクトの手がかりをつかんだんだ。

 

 彼らはゼンドリックの未開地に足を進め、そのアーティファクトを持ち帰った。

 

 そしてその帰りに、あの忌々しいコボルド共の襲撃を受けたのだ」

 

 

テンバーは無骨なテーブルに視線を落としながら、無念そうに話を続けた。

 

 

「最初に、馬車に乗せたアーティファクトを守ろうとしたヴェンがトンネルワームに囚われた。

 

 そこから逃げ出したアーロスも、この街の近くでナッシュトゥースの手に落ちた。

 

 2人についていた傭兵どもは逃げ帰るばかりで、全くなんの役にも立たなかった!

 

 従兄弟達がコッパー共に囚われたことを私に伝えただけだ。

 

 だがそのおかげで、君達に2人を助け出すよう依頼できたことは幸運だったと言えるのかも知れない」

 

 

よほど腹立たしかったのだろう、テンバーの声は彼らが助かった今もまだ怒りに震えていた。

 

 

「私達もあそこにいたコボルドには用があった。

 

 互いの都合が重なった運の良いタイミングだったのだろう。

 

 従兄弟殿たちがソヴリンの神々に見捨てられていなかったということだ」

 

 

エレミアがチラリとこちらに視線をやってからテンバーに話しかけた。

 

そのうち受けるつもりだったクエストではあったが、予期せぬ展開で関わることになったことは確かだ。

 

確かにヴェンの命運がまだ尽きていなかったということなんだろう。

 

 

「まぁ、これに懲りて2人が大人しくなることを期待しているよ。

 

 アーロスはまだ衛兵隊に入れる年齢にも達していない。

 

 コボルドのシチューにされかかったことで、自分達の実力を知っただろう」

 

 

一旦怒りを吐き出して落ち着いたのか、テンバーは椅子の背もたれに体を預け呟いた。

 

確かに俺があんな拷問されるようなことがあったら、二度と冒険に出ようとは思わないだろう。

 

 

「そのヴェン氏からの依頼ということだが、どういった内容なんです?」

 

 

テンバーの話は、ゲームとは異なっている部分などを知る上では興味深いところではあったが流石に脱線が過ぎる。

 

ここらで本題に入ってもらうことにしよう。

 

 

「ああ。ヴェンの依頼は彼らがゼンドリックの密林から持ち出したアーティファクトの捜索だ。

 

 『シャン・ト・コーの印璽』という太古の遺物だと聞いている」

 

 

テンバーは重々しくそのアーティファクトの名を挙げ、話を続けた。

 

 

「トンネルワーム達は、ヴェンからそれを奪った後にどこかに売り飛ばしたらしい。

 

 だが、ヴェンは密林のドラウたちからそのアーティファクトを破壊するという約束の下に譲り受けたのだ。

 

 以降、通関を強化しているが未だそのアーティファクトが持ち出された形跡は無い。

 

 そのアーティファクトがゼンドリックにあるうちに取り返して欲しいのだ」

 

 

これも、ゲームとは少々異なる導入になっているようだ。

 

ヴェンが生存していることから当然といえば当然なんだが、つまりこのクエストはゲームでの知識が当てにならないものだと今までの経験から判断できる。

 

 

「なかなか難しい話だ。

 

 無論、引き受けることに吝かではないが……報酬について窺っても宜しいか?」

 

 

またゼアドみたいな連中とやりあうことになるかもしれない。一応報酬についての話を詰めておくべきだろう。

 

俺の質問に対して、テンバーは懐から袋を取り出してテーブルの上に置いた。

 

 

「これは従兄弟達が密林での今までの探索で得てきたものだ。

 

 成功の暁にはこの倍の数を君達に報酬として渡すとヴェンは言っている。

 

 確認してくれたまえ」

 

 

袋の紐を緩め、中身をテーブルに出した。転がり出てきたのはルビーと見紛う紅の宝石"シベイ・ドラゴンシャード"だ。

 

その大部分はフラグメント…砕かれた細かい破片だが、俺のレベルアップに必要なサイズのシャードもぱっと見て3つほど含まれている。

 

確かにゼンドリックの奥地から帰還した探検隊は時に両手に抱えるほどのドラゴンシャードを持ち帰ることもあると聞く。

 

であれば、何度か密林に踏み込んでいるという彼らがこういった収穫を手にしていても不思議ではない。

 

 

「なるほど。これであれば十分な報酬に値する。

 

 ヴェン氏にもよろしくお伝えください」

 

 

ピンポイントでこちらの欲しいものを出してきている。

 

俺がドラゴンシャードを求めている事を知っているとは考えづらいが、なんらかの作為的なものを感じざるを得ない。

 

神の見えざる手、とでもいうヤツだろうか。

 

 

「ああ、良かった!

 

 ヴェンはこの件を甚く気にしていてね。

 

 これでヤツも落ち着いて療養に専念するだろう。

 

 君に断られたら、あの体を引きずって自分で探しに行こうとしかねない有様だったのでね」

 

 

テーブルを挟んでテンバーと握手を交わす。

 

幸い、アーティファクトの在り処に見当はついている。

 

さて、協力してくれる皆にどのくらいの報酬を渡すのが適正なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼンドリック漂流記

 

2-7.イントロダクション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テンバーを見送った後食堂で皆に説明をしたところ、驚愕の新事実が明らかとなった。

 

 

「ああ、ヴェンという男の事か。

 

 覚えているぞ、我らのアーティファクトを託した人間の男だ。

 

 ……そうか、あの男は役目を果たせなかったのか」

 

 

どうやら、ヴェンがアーティファクトを受け取った村というのがこの双子の集落だったらしい。

 

巨人族の秘宝を奪った先祖が、いつかそのアーティファクトを破壊する役目を負ったものが現れるまでと村に封じていたらしい。

 

 

「一度手を離れた定めがまた私達の下を訪れた。

 

 運命は流れ星のように儚く捕え難い。

 

 私達もついていく」

 

 

流石にそういう事情であれば、この2人がそういう気持ちも判る。

 

だが、さすがに大規模な戦闘になった場合になった時に守りきれるか自信が無い。

 

 

「ここで俺達の帰りを待つことは出来ないか?

 

 事によっては激しい戦闘になるかもしれない」

 

 

俺1人ならともかく、乱戦になったら他のメンバーを庇ったりは出来ないし広範囲の呪文攻撃に曝されることも十分考えられる。

 

だが2人の意志は強いようだ。

 

 

「あのヴェンという男は、トーリに役目を譲ったのだ。

 

 ならば我らはそれを見届ける。これも星の導きだろう。

 

 それに、我らを侮ってもらっては困るな。

 

 この砕かれた大地で研ぎ澄まされた我が部族の技術、そこらの冒険者達に劣るものではないぞ」

 

 

2人はその赤と蒼の眼に強い意志を乗せて俺に意志を伝えてきた。どうやら気持ちを曲げることはなさそうだ。

 

 

「そこまで言うなら連れて行ってやればいいんじゃない?

 

 どうせそのアーティファクトの位置を探るのはそっちのルーに頼らなきゃ駄目なんだろう。

 

 フィアも動きを見るに素人じゃないみたいだし、自分の身を守るくらいは出来るだろうさ」

 

 

ラピスから想定外の擁護が飛んできた。確かに、普通に考えて俺がそのアーティファクトの位置を知っているわけが無い。

 

他所から見れば、先日俺の居場所を言い当てたルーの力を頼るのが普通の考えだな。

 

フィアの実力とやらは俺には見て取れないのだが……ここはまぁ俺とラピスの経験の差というところか。

 

 

「仕方が無いな。他の皆はそれでいいか?」

 

 

エレミアとメイのほうを見るが、2人とも反対意見はなさそうだ。

 

 

「わが祖霊の導きでもあるだろう。

 

 巨人族のアーティファクトと聞いては是非もない」

 

 

「興味深いテーマですし。私も一緒に行きますよ~」

 

 

というわけで、全員参加である。

 

留守番がいないのは心配だが、それについてはデニスのセキュリティサービスでも雇っておこう。

 

まだ何も取られて困るものは無いが、万が一妙な仕掛けをされると困る。

 

 

「それじゃ、ルーには『シャン・ト・コーの印璽』の在り処を探ってもらおう。

 

 他のメンバーは探索の準備をしておいてくれ。

 

 ひょっとしたら長丁場になるかもしれない」

 

 

ゲームでは走り抜ければ30分と掛からないクエストだったが、ゲームと実際のこのエベロンでは距離の縮尺が大きく異なるのは街を見るに明らかだ。

 

明日一日で準備を整えて、明後日出発出来れば良しってところか。食料は一週間分で足りるだろうか?

 

そんな風にスケジュールを考えていると、横からローブの袖を引っ張られるのに気付いた。

 

そちらに視線をやると、ルーがいつの間にか横に来ていた。

 

 

「……手伝って」

 

 

頭一つ分下の位置からこちらを覗き込むように話しかけてきた。

 

はて。何か俺に手伝えるようなことがあっただろうか?

 

まぁ俺は準備と言っても大してすることはない。ルーの手伝いが出来るというのであれば手を貸すべきだろう。

 

 

「いいよ。俺に出来ることがあるならなんでも言ってくれ」

 

 

そのまま袖を引かれたまま食堂を後にした。後ろからはフィアもついてきている。

 

階段を上がり、昨日割り当てた2人の部屋へと入る。

 

一日が経過したが、この部屋にはほとんど何も置かれていない。僅かに天窓の直下の床に、麻布が敷かれている程度だ。

 

部屋の隅には、ハザディルの倉庫から回収した品で膨らんだザックが置かれているが、インテリアではないし。

 

昨日日中外に出ていた反動か、今日昼間にメイに市場への買い物に誘われても断ってこの家に残っていたようだし何も買い物をしていないのだろう。

 

いくらか金貨を渡していたものの、この2人の今までの生活様式も不明なので勝手に物を買ってきてもかえって邪魔になりかねない。

 

今度エレミアに相談するか、チュラーニの職人にでも聞くことにしよう。

 

 

「……ここに座って」

 

 

部屋を見渡しながらそんなことを考えている間に、部屋の中央の麻布の上へと誘導されてそこに座るように指示された。

 

胡坐をかいて座り、ルーの方向を向く。

 

 

「よし。俺は何をすればいいんだ?」

 

 

未だに何をするのかさっぱり見当がつかない。

 

バードの呪文の中には信仰呪文の使い手の術者としての技量を一時的に増幅する呪文があるが、生憎俺はまだそれを習得していない。

 

だがまあ俺が役に立つというのであれば存分にこき使ってもらったほうが良い。

 

それで少しでも皆の生存率が上がるかもしれないのであれば尚更だ。

 

 

「この街は人の灯りが強くて、星が遠い。

 

 だから貴方の内にある星を読む」

 

 

成程。確か彼女は部族の『星詠み』だとフィアが言っていた。

 

その名の通り、星の動きから何かを読み取るということなんだろう。

 

この世界の月はそれぞれの次元界を表し、星々はシベイの欠片である。そこには何らかの魔術的な意味があるのだろう。

 

しかし、それらの天体ではなく俺を見るとはどういうことか。

 

俺の未来を読む事で、いずれ接するであろうアーティファクトについて知ろうという事なんだろうか。

 

またまた思考を巡らせている間に、ルーは真正面で膝立ちになって俺と瞳を合わせた。

 

 

「トーリ、余計なことを考えずに星詠みを受け入れるんだ。

 

 心の水面を落ち着かせないと、その深淵にある自身の星を読み取れない」

 

 

すぐ後ろからはフィアの声が聞こえてきた。どうやら雑念を抱えていたことはお見通しらしい。

 

一度深呼吸をし、心を落ち着けてから正面のルーの顔を見つめる。

 

 

「……そう。そのまま、私の瞳を見ていて」

 

 

ルーの瞳に、例の蒼い光が瞬くのが見えた。

 

微かな月明かりが差し込むだけだったこの部屋の中がやけに明るく感じる。

 

まるで空じゅうの星の輝きが、この部屋の天窓からここに降り注いでいる様だ。

 

ルーの瞳の中には、彼女を見つめている俺の顔が映っている。

 

蒼い光の中揺らめいているその顔は、彼女の顔が近づいてくるにつれ揺らめきながら大きくなってくる。

 

彼女の瞳に中に映る、その俺自身の顔の瞳の中に一瞬光が瞬いたかと思うと次の瞬間には俺は白い光に飲み込まれていた。

 

その光の中には、まだ見慣れたとはいえないストームリーチの情景が浮かんでいる。

 

街の上空から俯瞰しているその視点は、やがて中央市場の片隅にある封鎖された区画へと吸い込まれていく。

 

何らかの機械装置によるものか、パイプから噴き出す白い蒸気に満たされたトンネルにはコボルドの封鎖線が張られている。

 

樽や木箱などを積んで作られたバリケードを越え、視界はトンネルの奥へと進んでいく。

 

地下遺跡を越え、巨大な蜘蛛の巣を抜けた先には、地の底に流れる深い渓谷に架かる重厚な橋とその先を守護するホブゴブリンの戦士の姿が見えた。

 

突如視点はそこで急降下し、やがて地面を抜けてさらに地下に広がる空間に辿り着いた。

 

広大な空間を支える支柱という支柱からは炎が噴き出す火炎地獄と、その先、壁の両側から吹き付ける冷気が通路中を満たす氷結回廊を抜けたところに、

 

古めかしい印章が埋め込まれた天井の高いホールが存在していた。そのホールの中央には、1体のファイアージャイアントが佇んでいる。

 

その巨体は、まるでこちらの視線に気付いたかのように雄叫びを上げるとその手に構えた炎に包まれた大剣を振り下ろしてきた!

 

 

「うわっ……、って。ここは俺の家か」

 

 

咄嗟に身をよじろうとした瞬間に視界は転じ、もと居た双子の部屋へと戻ってきていた。

 

視界が移る前に正面にあったルーの顔は、今は俺の胸元に置かれている。

 

胡坐をかいた俺の足の上に、横向きに腰掛けるような感じだ。その瞳は閉じられ、時折浅く呼吸しているのが感じられる。

 

 

「意識が戻ったか。ルーアイサスは暫くそのままにしておいてやってくれ。

 

 我らは人間のように睡眠をすることは無いが、瞑想による休息は必要なのだ」

 

 

俺の様子を察したのか、窓際で鉄蠍に腰掛けたフィアが話しかけてきた。

 

エルフ達は眠りはしないが、毎日一定時間の瞑想を行うと聞く。俗に『トランス』と呼ばれている彼らの精神的修行を兼ねた休息だ。

 

 

「我らの森を離れて以降、『星詠み』としての力を振るうことはあってもその力を満たす機会は得られなかった。

 

 『星詠み』の力は我らの祖霊が天に編まれた星々と一体化して1人の巫女の中に宿ったものなのだ。

 

 今、ルーアイサスはトーリを通じて星との繋がりを持っているのだろう」

 

 

たしか信仰呪文を準備するのは1日の特定の時間に祈りを捧げる、という手順が必要だったはずだ。

 

ルーの場合はその祈りを行うために条件が必要で、そのため使用した呪文能力を回復できないということだろうか。

 

それともセレスチャル種による『伝道』のような状態なのだろうか。

 

エルフは『エラドリン』という来訪者の末裔であるという設定が新しい版のD&Dにはあったことだし、祖霊が憑依に近い形でルーに宿って力を貸すという状況も有り得なくない。

 

 

「それじゃあ早く森に戻らないといけないんじゃないのか?」

 

 

放っておいても衰弱するなんていうことはないようだが、呪文使いがその力を回復できないというのは物凄いストレスなのではないだろうか。

 

少々ハードルは高いが、常時ラマニアが顕現している地帯に心当たりはある。そこを経由すれば彼女達の故郷にも今の時点で戻れるかもしれない。

 

 

「焦る必要はない。

 

 幸い我らはトーリという導きの星に巡り合ったのだ。

 

 故郷の祭壇には及ばずとも、少しずつでも零れ落ちた水盤に満ちるように力を満たすことは出来るだろう」

 

 

ふむ。一度の祈りで全回復とはいかないまでも、一定の呪文リソースの回復は見込めるということか。

 

 

「戦いが待ち受けているとしても、『星詠み』に害が及ばぬようにするのが『刃』たる私の役目だ。

 

 それに、トーリや他の群れの仲間もいるのだ。不安になる事はない」

 

 

フィアはそういうと蠍から降りて、部屋の隅にあるザックを探りはじめた。暫くすると彼女は両端に刀剣のついた鎖のようなものを取り出した。

 

ゲドラが持っていたスパイクト・チェインに似た武器のようだ。サイズ比からすると少々長めで、両端のダガーが特徴的である。

 

太古より巨人族と戦っていた彼女達が、そのリーチの不利を補うために使用していた武器なのだろう。

 

とはいえドラウでも成人した戦士が使う武器だからか、今のフィアには少々得物として大きすぎる気はする。

 

数日時間があれば鎖の部分を調節して彼女に見合ったサイズに調整することも出来るかもしれないが、あまり準備に時間を掛けるわけにもいかない。

 

鎖とそれについた短剣を振り回している彼女を見るに、一般的な武器には通じているようだ。

 

それであれば俺の手持ちの武装でいくつか彼女でも使えるものがあるはずだ。

 

 

「フィア、これを使ってみてくれないか?」

 

 

左手にルーを抱えているため、右手に一本のショートソードを呼び出した。『トリーズン/反逆』の銘を持つ小剣だ。

 

かつてエルフの戦士が巨人族との戦いで使っていたというこの武器は彼女に相応しいだろうと思ったのだ。

 

 

「良いのか? この剣、相当な業物であろう」

 

 

確かに、魔法により極限まで強化されている武器ではあるが俺にとってはそれほど価値のあるものではない。

 

ゲーム中でもこれが出ると残念がられる部類に入る、所謂"外れ"なレイドユニークなのだ。

 

本来であればこういったレイドユニークはキャラクターにバインドされ、拾得者以外に譲渡できないのだがその制限はこの世界では失われているのは確認済みだ。

 

ハザラックに渡した『ドラゴン・アイ』もそういったレイドユニークの一種である。

 

 

「俺が持っていても使わないしね。

 

 その剣も、自分を振るってくれる主の下にあったほうが喜ぶだろう」

 

 

剣を受け取ったフィアは、片手でトリーズンを構えると何度か振り回して握りなどを確かめているようだ。

 

どうやら無事に使えているようで何よりだ。どうせだから、ついでに防具の類も渡しておいたほうがいいだろう。

 

エレミアやラピスもそうだが、フィアも敏捷性を活かした戦い方をするようだ。

 

軽くて体の動きを阻害しない、となるとやはりミスラル製になるだろう。

 

 

「フィア、これも試してみてくれ。サイズが合えばいいんだが」

 

 

ゲームでは拾ったアイテムはキャラクターが誰であれ、身につけることは出来ていた(ウォーフォージドという例外は除いて)。

 

昔の設定では魔法の防具は持ち主の身体に対応した形に変化するという能力を持っていたのだが、この世界ではどうだろうか?

 

俺の手にはミスラルの鎖帷子が取り出されていた。まるで布に思えるほどの細かさで編みこまれており、一見ローブのように見えるほどだ。

 

フィアは振るっていた剣を壁に立てかけると、こちらに近づいてきて装具を検め始めた。

 

 

「ふむ。これは良く見ればミスラルの鎖帷子か?

 

 それにしてもとても軽いな。それでいて強度もかなりのものだ。

 

 このような品を作り出す職人がいるとは驚きだ」

 

 

彼女はしばらくすると羽織っていたローブを脱ぎ始めた。一応その下に下着らしい何かを身につけているようだが、一瞬ドキっとしてしまったのは秘密だ。

 

フィアはそんな俺にお構い無しに鎖帷子を持ち上げると、シャツを着るように頭と両腕を潜り込ませて鎖帷子を装着した。

 

続いてズボン状になっている鎧の下半身部分を身につけていく。

 

手足の長さはフィアに丁度いいようだ。こうして見ると、あつらえたかのようにぴったりに見える。

 

これは鎧の持つ効果なのか、それともこのブレスレットの特殊能力なのか謎である。が、今はフィアの身を護る装備が整ったことを喜ぶとしよう。

 

ついでに敏捷性と"軽業"技能に補正の入る指輪を身につけてもらった。

 

これで鎧の限界まで敏捷性を発揮できるだろうし、余程鋭い攻撃でなければ傷つけられることは無いだろう。

 

だがフィアは部屋の中で一通り体を動かし終えると、指輪を外し鎖帷子を脱ぎ始めた。

 

モゾモゾと頑張っている姿は手伝ってやりたいのだが、何分今ルーを抱えているため身動きできない。

 

そのまま着た時と同じ1分ほどの後、ようやく鎖帷子を脱ぎ終わったフィアはこちらに向き直って口を開いた。

 

 

「この防具はルーアイサスに渡して欲しい。私はあの小剣だけでいい」

 

 

む。遠慮しているのだろうか。

 

 

「いや、ルーには別のものを渡そうと思ってるから、これはフィアに使って欲しいな」

 

 

ルーは見たところドラウとはいえ、フィアほどの機敏さは無いようだ。

 

とはいえ重装鎧をこの熱帯地方で装備するのは自殺行為だし、鎧自体の重さも彼女の負担になるだろう。

 

そうなるとやはりローブ系で鎧としての硬度も有しているのが好ましい、ということになる。

 

俺と同じドラゴンタッチドのローブが良さそうだろうか。

 

そう考えて右手の上に1枚のローブを取り出す。今俺が装備しているものと同じ効果のローブだ。

 

大体欲しい効果は皆似たようなものなので、キャスター枠の装備はどうしても偏ってしまう。

 

これ以外にも、判断力を向上させ呪文の力を蓄えることの出来るネックレスを出しておく。

 

ローブをフィアに試着してもらうが、やはりサイズはぴったりのようだ。

 

あのローブはコルソスに居た際に予備として試着済みで、その際は俺の体にぴったりだったことを考えるとやはり何らかの魔法的効果なのだろう。

 

せっかくなので他にも2人の装備として使えそうなアイテムをいくつか取り出し、フィアに試してもらった上で強力すぎる魔法のオーラを呪文で隠蔽していく。

 

最初は渋っていたフィアだが、ルーにも装備を別に用意しているということでちゃんと受け取ってくれた。

 

この2人が俺と同じくらいのレベルだとしても、これだけ豪華な装備に身を包まれていれば相当な生存能力が期待できるだろう。

 

フィアに色々な装備を見てもらった後、鉄蠍がどんな装身具を装備できるのかを試していたところでルーが瞑想から眼を覚ました。

 

 

「……………」

 

 

なにやら聞き取れない言葉をボソっと呟きながら、額を擦り付けるように胸元に押し付けてきた。

 

今のはエルフ語だろうか? 瞑想しながらエルフは夢を見るのに近い体験をするという。まだ寝ぼけているのかもしれない。

 

いつの間にか結構な時間が経過していたようだ。天窓から覗く星空の風景は、すっかり違ったものになってしまっている。

 

 

「それじゃあ俺もそろそろ自分の部屋に戻るよ。

 

 フィアはルーに渡した装備品の説明をしてやってくれ。

 

 何か足りないものがあったら明日買い物に行こう。

 

 ……ルーももう大丈夫か?」

 

 

未だに俺の胡坐をかいた足の上に腰掛けているルーの、両脇の下に手を差し入れて立たせたところ彼女は何度か目を瞬かせた後に頷いた。

 

 

「もしなんだったら顔を洗ってくるといい。シャワーの使い方はメイに聞いたんだっけ?

 

 タオルもシャワールームにいくつか備えておいたはずだから、好きに使ってくれ」

 

 

先日池でフィアが泳いでいたところからして、水浴びという概念は彼女らにもあるはずだ。

 

とはいえ、倉庫であったときから彼女らは不思議と清潔感に溢れていた。

 

何らかの呪文の効果によるものか、それともエルフ族は人間と代謝が異なるということなのか判らないが、眼を覚ますのには顔を洗うのが有効であることには違いはあるまい。

 

立ち上がったことで暫くぶりに足を伸ばし、特に違和感も何も無いことに少々驚きながらルーから手を離す。

 

 

「じゃ、また明日な」

 

 

軽く手を振って、双子と蠍に見送られながら扉を潜って部屋を出た。

 

俺の部屋はこの双子の部屋の向いにある。既に皆寝てしまっているのか、廊下には物音一つ響いていない。

 

自室への扉を入ったところには、やたらと広いリビングスペースが広がっている。

 

ちょっとした教室よりもやや広いくらいのスペースだが、今は何もインテリアが置かれていないため殺風景なことこの上ない。

 

今度のクエストから帰ったら、しばらくはこの家の内装を整える作業に専念する必要があるだろうな。

 

あまりに生活感の無い、コンクリート打ちっぱなしの部屋を見て俺は住環境の向上を再度決心するのだった。

 

 

 

 

翌朝。食堂で朝食をとっている時に蠍に乗って現れた双子を見てメイが騒ぎ始めた。

 

 

「可愛い! 2人とも今日は余所行きの格好ですね~

 

 ルーちゃんのはトーリさんと御揃いですか?」

 

 

そう、2人は昨晩渡した装備を身につけて食堂にやってきたのだ。

 

魔法のオーラは隠匿しているが、素材そのものを隠すことは出来ない。

 

フィアは鎖帷子の上に『防護の力場』を発生させ、相手の攻撃への反応を強化して被弾を減らす衣服を着用している。

 

ゲーム中とは異なり、鎧やローブ以外にベストやシャツといった衣服系の装備を同時に着用することができるのが大きなポイントだろうか。

 

俺は身のこなしを重視する"モンク"の特性を活かすために鎧を着る事はできないんだが、ローブと重ね着することの出来る衣服系装備を内側に装備することでさらに回避力を向上させることが出来た。

 

ゲームのキャラクターには存在しない装備スロットのため、ブレスレットからのダイレクトな着脱は不可能だが一旦外に出してから着るという手順を踏めば装備は可能で魔法のアイテムとしても問題なく効果を発揮している。

 

今までローブ以外には下着しか身につけていなかったのが良く考えれば異常事態だったのだが、利便性にかまけてその点をすっかり失念していた。

 

ゼンドリックで重ね着をするとその暑さで倒れそうになるかもしれないが、その点は同時に《火抵抗》の装備をすることで対処してできる。

 

それは同時に最も多いであろう魔法による[火]属性攻撃への防御も兼ねることになり、特に低レベル時に多い攻撃呪文に対して有利になるだろう。

 

 

「皆にも一着ずつ用意しておいたので、後で試着してもらえるかな。

 

 今回の依頼を手伝ってくれる報酬代わりってことで。気に入ってもらえると嬉しいんだけど」

 

 

丁度いいタイミングだったので、片付けられたテーブルの上に白、黒、青の色鮮やかな防具達を並べる。

 

青だけがローブで、白と黒はハイドアーマーという主に皮で作られている軽装鎧だ。

 

 

「白がエレミア、黒がラピス、青がメイ。

 

 一週間に一度、メンテナンスのためにちょっとだけ預かるけど性能は保証するよ。

 

 他にも何か依頼に必要そうなものがあったら言ってくれ。今日市場で用意できそうなら買いに出かけるから」

 

 

昨日ルーの魔法によって得た《ヴィジョン/幻視》については朝食がてら話してある。

 

とりあえず食料を一週間分、水は"デカンター"で大部分を用意するということで後で買出しに行くことになっている。

 

 

「とりあえず、その封鎖された地区についての情報が必要ですね。

 

 近くに『チャプターハウス』という情報を集めやすい場所がありますし、トーリさん一緒に行きませんか?」

 

 

メイの意見も尤もだ。大体の傾向は把握できているとはいえ、情報を得る努力を疎かにしないほうがいいだろう。

 

 

「では私とラピスで携行品の買出しを行っておこう。

 

 食料品以外にも、自然洞窟を抜けるのであれば色々と用意しておかなければならないものもあるだろう」

 

 

確かに荷物にはなるが、3メートル程度の棒や梯子などといった探索には不可欠な小道具類はまださっぱり用意していない。

 

傾斜を登攀するためのブーツに装着する金具や、ハーネスといったアイテムは僅かながらでも行軍を助けてくれる。

 

呪文の力は、ここぞというときのために取っておくというのが冒険者の基本スタイルなのだ。

 

 

「そういうことなら仕方ないか。メイ、トーリがフラフラとどこかに行かないように手綱を握っておいておくれよ」

 

 

"情報収集"や"交渉"はハーフエルフが種族的に得意としている技能である。

 

異なる二種の血が混ざった彼女らの種族は、自然と種族間の仲立ちをすることが多く様々な種族と友好的に付き合ってきたという歴史がある。

 

あまり大勢で押しかけても逆に情報を曝け出すことに繋がりかねないし、2人程度でいくのが丁度いいというラピスの判断なのだろう。

 

 

「では我らはこの家の留守を護ることにしよう。

 

 我らは戦いに必要なものは昨夜トーリに貰ったからな。

 

 そなた等もその品が体に合うか否か確認してきた方がいいのではないか?」

 

 

フィアの言葉を受けて、それもそうかと三人娘達は装備を手に自室へと一旦引き上げていった。

 

まあこの三人の場合はフィアやルーと違って小柄ということもないし、大丈夫だと思う。

 

鎧を渡したエレミアとラピスにはひょっとしたら細かい調整が必要かもしれないが、メイについてはローブだから大丈夫だろう。

 

買い置きのジュースを2人と飲みながら待っていたところ、暫くたってから三人揃って戻ってきた。

 

着替えに要した時間の差か、早足で向ってきた三人だが僅かに先頭を歩いていたメイがまず話しかけてきた。

 

 

「トーリさん。このローブはどこで手に入れられたんですか?

 

 魔法の気配はしないのに、聞いたことも無いような効果があるんですけど~」

 

 

椅子に腰掛けた俺に覆いかぶさるような勢いでメイが迫ってきた。

 

興奮しているのか、頬には赤みが差している。魔法のオーラは消しているとはいえ効果は残ったままだ。

 

本来この世界に無い効果を持つチートアイテムだけにメイの学者としての好奇心をいたく刺激したのだろう。

 

対してエレミアとラピスはメイがこれだけ興奮しているのに気が殺がれたのか、こちらに詰め寄る雰囲気こそ無いものの、その視線が説明を要求しているように感じられる。

 

 

「まあまあ、落ち着いてくれよメイ」

 

 

どうどう、とメイを引き剥がしてから3人に向き直る。

 

 

「うん。ちゃんと体に合っている様で良かったよ。三人とも似合ってるよ」

 

 

こうして見ると三色揃った色合いがゲームで一時期見ていた光景を思い出させて懐かしい気持ちになる。

 

これらのアイテムは某所でドラゴンの鱗を集めて作ってもらうクラフトイベントの報酬だったのだ。

 

それぞれの色のドラゴンのブレスの種類に対応したエネルギー抵抗を持つ以外にも、様々な効果が付与されている。

 

 

「それは全部、ドラゴンの鱗から作られた防具だ。

 

 魔法のオーラは呪文で隠蔽している。強力なパワーがあると一目でわかると厄介事を招くからね」

 

 

3人に、それぞれに渡したアイテムの効果を説明していく。

 

 

「これだけの品を我らに渡したということは、これから向う先にそれだけの困難が待ち受けているとトーリは考えているのか?」

 

 

一通り説明が済んだところでエレミアが質問してきた。

 

鋭い指摘である。

 

 

「勿論、杞憂かもしれないけどね。

 

 そうじゃないにしたって、どんな敵にでも不意を突かれれば不覚を取ることはある。

 

 俺は一緒にパーティーを組む君達に出来る限り安全を確保したいと思っている」

 

 

ここで一旦言葉を切り、皆を見回す。全員、静かにこちらの言葉に聞き入ってくれているようだ。

 

 

「だが、今の内に言っておく。

 

 俺と同じパーティーを組む以上、絶対に死ぬことは許さない。

 

 たとえドルラーに連れ去られることがあっても、必ず引き戻す。

 

 戦いの場で果てることなど認めない。死で足を止めることは無い。

 

 肉体が塵も残さず分解されようが、不死の化け物に変成されようが例外は無い。

 

 それが嫌なら、一緒に組むことは出来ない。これは俺のパーティーに加わる以上必ず覚悟してもらう」

 

 

この点は予め了解を取っておく必要がある。

 

初見殺しのような理不尽な罠やクリーチャーがこの街に潜んでいたとしても何ら不思議は無い。

 

ゲームと違い、バランスが取られている保証はないのだ。

 

そんなことで仲間を失うことを、俺は受け入れられそうに無い。

 

 

「まあ僕にとっては今更な話だね。

 

 トーリこそ、死んで楽になれるなんて思わないほうがいいよ」

 

 

確かに、ラピスは一度殺した上で蘇生させたという前科がある。

 

蘇生を受け入れない信念の持ち主であればあの時点で魂が戻ってくることは無かったはずだ。

 

 

「まだ死ぬつもりはありませんし。蘇生については問題ありませんよ」

 

 

メイはいつもの微笑を浮かべたまま、問題ないと言ってきた。

 

ソヴリン・ホストの敬虔な信者は蘇生を拒否することもあると聞いていたが、どうやらメイはその範疇には当てはまらないらしい。

 

さて、残りはエレミアだけになったわけだが……。

 

 

「我らヴァラナーの戦士、ヴァレス・ターンの望みは"過去の護り手"に示された守護祖霊の導きを受け、その祖霊と一体となることにある」

 

 

やはり、この世界のエルフには受け入れがたい条件だっただろうか。

 

瞳を閉じたまま語るエレミアの言葉は、声量こそ小さいものの静まり返った食堂に不思議と響き渡った。

 

部屋に居る皆が注視する中、エレミアは閉じていた瞳を開いて俺を見つめるとさらに言葉を続けた。

 

 

「だが、今の私は"ティアー・ヴァレスタス"で語られた祖先の影を踏むことすら適わぬ未熟な身だ。

 

 その上、受けた恩を返す前に倒れたとあっては誓いを立てた祖霊の前に立つ事すら許されまい。

 

 非才の我が身なれど、この剣はひとたび折れようとも必ずや打ち直され貴方の敵を討つ事を誓おう」

 

 

背中に背負っていたダブルシミターを眼前に構え、彼女はそう誓った。

 

 

「なにさ、格好いい事言うじゃないか。

 

 でもまあその祖霊とやらがゼンドリック一の戦士だというなら、追いつくにはまずこのトーリに勝てなきゃ駄目なんじゃない?」

 

 

そういいながらラピスは腰の剣を抜き、エレミアが掲げているシミターにそっと剣先を合わせた。

 

 

「まるでプロポーズみたいでしたね~

 

 トーリさん、エレミアちゃんに負けられませんね」

 

 

メイも持っていた杖を掲げ、2人の剣先に杖を合わせた。

 

 

「私も誓おう。星の導きに従い、夜の狩人と魔を断つ刃の名の下に、立ち塞がる敵を打ち払うだろう!」

 

 

俺の右側で静かにしていたフィアも、昨日譲ったショートソードを高く掲げて剣先を合わせた。

 

ルーは俺の左側で佇んでいるが、俺の手をそっと握ってその意志を伝えてきてくれている。

 

俺も愛用のコペシュを右手で抜き放ち、剣を高く掲げる。

 

 

「期待を裏切らないように、俺も頑張るよ。

 

 だから皆、俺についてきてくれ!」

 

 

5本の武器が掲げられた中空で交わると、それぞれの武器に込められた魔法のオーラが干渉し部屋を暖かく眩い光で満たした。

 

こうして改めて、俺たちはパーティーとなったのだ。

 

 

 

 

 

思い出すと少々恥ずかしい気持ちになる食堂での出来事を終え、俺はメイと一緒に情報収集に出かけることとなった。

 

中央市場にある『チャプターハウス』はフィアラン氏族とガランダ氏族が共同経営している施設である。

 

そこは居酒屋と宿屋を兼ね、さらには演芸の舞台を提供することで知られており、廉価な宿泊設備と街でも指折りの演しものが売りである。

 

また情報の売り買いも積極的に行われており、少し探せば様々な情報を提供してくれる人物を見つけることが出来るという。

 

だが、その成り立ちからしてそこで行ったやり取りは全て他者にも知られると考えるべきだろう。

 

ジョラスコ氏族の居留地から中央市場へと移動し、そこで買出しに向ったエレミア、ラピスと分かれて区画を時計回りに歩くとやがて目的となる建物が見えてきた。

 

ゲーム中では『ラスティ・ネイル』という名称の酒場があった区画には、ガランダ氏族が経営しているマークであるブリンク・ドッグの紋章が掲げられている。

 

昼前だというのに、中からは騒がしい喧騒に紛れてバードの奏でる演奏の音が漏れ聞こえてくる。

 

入り口にあるウエスタンドアを押して中に入ると、想像していたよりも落ち着いた内装の店内が視界に映った。

 

中央ではハーフリングの店長がエールを差し出し、カウンターの客に振舞っている。

 

奥の角には一段高くなった舞台が設けられており、そこでは三名のエルフの芸人達が演奏を披露していた。

 

時折幻術呪文によるものか、舞台演出に使われている魔法のエフェクトが店内を彩っている。

 

騒がしさの原因は入り口近くのテーブルに陣取っているドワーフの一団の様だ。

 

こんな時間なのに既に出来上がっているのか、顎鬚から覗く頬が皆真っ赤になっているのが見受けられる。

 

そのテーブルから眼を離して店内を見回すと、店内には人間とエルフの姿が多く見えることに気付く。

 

中には一般の客も相当数入っているように見える。演しものや料理目当ての客なんだろう。

 

ハーフリングは従業員以外見当たらない。勿論、飲食の不要なウォーフォージドの姿は見つけられない。

 

幾人かの注意すべき人物を脳内でマーキングしてから、空いているテーブルに腰掛ける。

 

少し大きめの四人掛けのテーブルで、メイは俺の隣の椅子に腰掛けた。

 

間も無くハーフリングの従業員が、両手にエールの満たされたジョッキを持って駆けつけてきた。

 

 

「いらっしゃい、初めてのお客さんだね。

 

 ガランダ氏族自慢の良く冷えたエールは如何かな?」

 

 

代金の銀貨1枚をテーブルの上を滑らせるようにして渡し、1リットル弱ほどの容量があるジョッキを2人分受け取ってから気付く。

 

しまった、メイに酒の組み合わせは鬼門だったはずだ!

 

だが時既に遅く、彼女は良く冷えたエールにその小さい口を寄せながら幸せそうな表情を浮かべている。

 

 

「確かに、良く冷えていて美味しいですね~

 

 色も黄金色で綺麗!」

 

 

どうやら、度数の少ない酒であればすぐに酔うこともなさそうだ。俺もさっそくそのエールを飲むことにした。

 

 

「なるほど、これはいいな。

 

 外が暑い分、エールが腹から冷やしてくれるみたいだ」

 

 

先日までそこらで飲んでいた温くて色の濃いものと違い、現代のビールに似た爽やかな風味の味わいだ。

 

キンキンに冷えたとまではいかないが、程よく冷やされた液体の咽喉越しはなかなかのものである。

 

 

「ご満足いただけたようで何よりです。

 

 お2人は、こちらに何をお求めで?

 

 いまなら上質なシルクのベッドが備え付けられた2人部屋も空きが御座いますよ」

 

 

チップとして銅貨を1枚渡したところで、ハーフリングの従業員が用向きを尋ねてきた。

 

ここで真っ正直に調査したい項目を告げるのも躊躇われる。

 

 

「ああ、まだこの街には来たばかりなんだ。

 

 ここに来れば街に詳しい事情通もいるんじゃないかと思ってね。

 

 良かったらいい人物を紹介してくれないかい?」

 

 

追加で銀貨を1枚渡しながら相談すると、彼は小さな顔に満面の笑みを浮かべながら返事をしてくれた。

 

 

「それでしたら、今そこの舞台で演奏を披露している楽師のジューイが宜しいでしょう。

 

 私のほうから話を通しておきますので、演目が終わるまでしばらくここでお待ちください。

 

 それまでは当店自慢のエールと料理をご堪能ください」

 

 

そういって彼は奥へと下がっていった。舞台に視線をやると、3人の演奏はまだ始まったばかりのような印象を受ける。

 

まだまだ話を聞けるようになるまでは時間がありそうだ。

 

 

「今演奏されているのは、先日シャーンで公開された劇作のアレンジですね~

 

 ここ2年で人気が急上昇している『ルカ・シアラ』の作品ですよ」

 

 

隣で少しずつエールを飲んでいるメイが説明してくれた。

 

『ルカ・シアラ』は大都市シャーンの中でも歓楽街として知られるエリア、そこにあるダイアモンド・シアターという劇場の専属劇作家である。

 

彼女の作品は最終戦争によって生じた問題と真剣に格闘するものが多く、国粋主義、挫折した理想主義、阻害と悲嘆、戦争に蹂躙された世界に何がしかの意味を見出すための探索といったテーマを掘り下げているらしい。

 

そうした深刻なテーマは嘲笑されることが多いのだがそれでも彼女の作品は話題となり、居酒屋などではよく議論の対象となっていると聞く。

 

ここゼンドリックでも、最終戦争で受けた様々な爪痕を抱えて新たな人生を始めようとしている人たちは多い。そういった人々には特に人気があるのではないだろうか。

 

本来は演劇であるそのシナリオを、3人の弾き語りで再現しているらしい。元の作品を知らないが、なかなか完成度の高い演しものに思える。

 

 

「当店自慢のアンデール風ケーキは如何ですか?

 

 昼食前に、とろけるような甘味を召し上がれ!」

 

 

演奏を聴きながらエールを傾けていると、トレーに切り分けられたケーキを乗せた店員が所狭しとテーブルの隙間を歩き回っているのに気付いた。

 

近くに来たところを呼び止め、そのケーキを二つ貰う。

 

旅の途中で、ケイジが故郷のケーキ類を自慢していたのを思い出したのだ。

 

アンデールの菓子類は料理としてだけではなく、芸術品としても洗練されているらしい。

 

確かに今テーブルにおかれたショートケーキはそれ単体だけでも美しいが、さらには皿や一緒に置かれたコップまでもが調和の取れた美しさを演出している。

 

どうも一口食べてこのバランスを崩してしまうことが躊躇われてしまう、そんな本末転倒な思いが湧いてきてしまう。

 

だが、それはどうも杞憂だったようだ。

 

隣でフォークを差し込まれたメイのケーキを見れば、その断面にもスポンジと果物のコントラストが利いていて新たな美を演出している。

 

 

「本格的ですね~

 

 私だけ美味しいものを食べちゃって、他の皆には申し訳ないですね~」

 

 

俺もメイに続いてフォークを差し込んだ。一口食べると舌の上で融けて行く様なケーキは、続けて何度か口に運んでいると一瞬で皿の上から姿を消してしまった。

 

一緒につけられたケーキに使われていたのとは別の果物のジュースが、甘さに融けていた舌先を引き締めてくれる。

 

確かにこれは絶品だった。可能であれば他の皆にもテイクアウトしてやりたいところだ。

 

だが、生憎店内限定の商品らしい。呼び止めた従業員は申し訳無さそうに詫びつつも、定期的にケーキが出回る時間について教えてくれた。

 

どうやらこういった甘味類を定期的に店内のみに販売することでご婦人方にも人気があるらしい。なかなかの商売上手である。

 

自分の家が完成したといっても、料理については専門家が居ないためどうしてもプロの仕事を味わうことは出来ない。

 

そのうちこの問題についても解決する必要があるだろう。だが、今はそれとは別にやらなければならない仕事がある。

 

 

「メイ、あまり飲みすぎないでくれよ。

 

 俺達の仕事はまだ何にも進んじゃいないんだからさ」

 

 

ケーキを食べ終えた辺りで追加の飲み物を注文した際に、一応メイに釘を刺しておく。

 

どうやらエール程度であればすぐに酔いつぶれるようなことは無いようだが、何杯も飲んでいるとコルソス村でのように正体を無くしかねない。

 

 

「ええ。もうすぐ演奏の方も終わるでしょうし、そろそろこちらにいらっしゃると思いますよ」

 

 

そんな会話をして少し経ったころ、どうやら演しものも終わったようだ。舞台のほうから拍手が聞こえてきて、3人の芸人が退場していくのが見える。

 

彼らが演奏していたのは1時間くらいだろうか。話はまだ途中で、何部かに分かれて上演を行うものと思われる。

 

そろそろ昼食の時間帯だ。本来は休憩時間であろうその時間を縫って、楽屋で着替えてきたらしいジューイ氏は俺達の座っているテーブルにやってきてくれた。

 

先ほどまでの客の目を引く派手な衣装ではなく、控えめな装飾が施された普段着姿である。

 

 

「ストームリーチへようこそ、冒険者のお二方。

 

 もう聞いているかも知れないが、私の名前はジューイ。

 

 古くからこの街に住む語り部として、この店で少々舞台を任されている」

 

 

化粧を落としたのか、先ほど遠目から見ていた姿よりも壮年に見えるエルフの男性だ。

 

 

「トーリだ」

 

 

「私はメイと申します。この街は長いということですけど、先ほどの演奏は『ルカ・シアラ』のアレンジですよね。

 

 この街でも彼女の作品は人気が高いんですか?」

 

 

この場はメイに任せることにしていたため、俺は軽く自己紹介をするに留めて2人の会話を見守ることにした。

 

 

「ああ。私がこの街に根を下ろしてから半世紀近くになるが、ここ数年は特に戦争が終わったからか入植者が増えている。

 

 元からここに住んでいた者たちには評判はいま一つのようだが、大陸から海を渡ってきた人々には何か感じ入るところがあるのだろう。

 

 彼女の作品には、戦争で傷を負った人々にその傷を忘れるのではなく、向き合った上で乗り越えていこうと思わせる何かがあるようだな」

 

 

そのまま2人は演劇のストーリーについて意見を戦わせ始めた。

 

戦争自体を経験していない俺にとっては、どうにもピンと来ない部分もあり会話に口を挟む要素も無い。

 

その代わり、というわけではないが周囲の客の様子などを探っていた。

 

入店時に掛けていたゴーグルの効果で、何人かのチェンジリングが人間やエルフの姿で客として過ごしているのを確認している。

 

中には、一旦店外に出た後別の姿をとって入店しなおし、こちらを窺えるテーブルに座りなおすような連中もいる状況だ。

 

目の前のジューイがフィアラン氏族に関わっているであろうことは想像に容易いが、あのチェンジリング達はどの組織のものだろうか?

 

ちなみにこの警戒は視線ではなく気配察知的なもので行えている辺り、最近の自分の五感がおそろしい。

 

これが不意打ちや挟撃に対処する《直観回避》の能力なのだろう。

 

 

「最近のシャーンではそういった論説も有力なのか。

 

 良い話を聞かせてくれたことに感謝する」

 

 

「いえいえ。シャーンの居酒屋ではよく繰り広げられている討論をお話させていただいただけです。

 

 私が街を離れてから4週間ほど経ちますし、最近の論調はまた違ったものになっているかもしれません」

 

 

「成程。私もこの街に根を下ろしたとはいえ、枝葉は広く多くの街に伸ばしていているつもりだったが最近は情報の流れが滞っていてね。

 

 一時的に大陸との船便が減少していたせいでもあるのだがね」

 

 

そうこうしている間に2人の話も一段落したようだ。ジューイにとっても実りある内容だったらしく、彼の態度も随分友好的になっている。

 

 

「さて、随分と回り道をしてしまったが貴方達は私に尋ねたいことがあったのだろう?

 

 私に答えられることであれば、今の話のお礼にちょうど良いのではないかと思うのだが」

 

 

幸いなことに、彼から話を切り出してくれた。メイがチラリと横目にこちらを見やったが、ここはこのまま彼女に任せるとしよう。

 

 

「貴方がこの街に下ろした根はこの酒場の近くにある「スチームトンネル」の先にも伸びていらっしゃるのでしょうか。

 

 私たちはかの地に住まう脅威についての知識を求めてきたのです」

 

 

彼の言葉を受けて、メイは単刀直入に用件を切り出した。今の彼の態度からして、素直に聞いたほうが良いと判断したのだろう。

 

 

「ふむ……なるほど、あの地底に住む者たちについてか。

 

 元々、あの機械仕掛けの施設はこの街に清冽な空気をもたらす空調設備として、巨人達の遺跡を流用したものというのはご存知か?

 

 今こうして我々を楽しませてくれている冷えたエールも、かの設備の恩恵に与っている部分が大きい」

 

 

そういって彼はエールの杯を傾けた。

 

なるほど、なんらかの魔法による冷蔵庫的なアイテムがあるのかと思っていたが違ったらしい。

 

俺達がそろって首を横に振ると、彼はそのまま言葉を続けた。

 

 

「連中は『クローグン・ジョー族』と呼ばれている、古くからゼンドリックに住んでいるホブゴブリンの一族だ。

 

 彼らは君達が知っているダカーン帝国の末裔達とは異なる歴史をこの大陸で紡いできた」

 

 

この世界のホブゴブリンは、非常に高度に文明化された戦闘集団だ。

 

コーヴェア大陸を最初に制覇したのは人間ではなく、ホブゴブリン。1万年もの長きにわたって大陸を統治していた種族が彼らである。

 

『狂気の次元界ゾリアット』の侵略による衰退が無ければ、今も人間が移住する余地はあの大陸には無かったかもしれない。

 

ダカーンとはその偉大なゴブリン類の帝国の名前である。

 

 

「我々がここに街を築くより昔から、彼らは地底に住んでいたらしい。

 

 おそらくはこの街の地盤となっている遺跡を築いた巨人文明と何らかの関わりがあったのだろうと言われている。

 

 彼らと最初に接点を持ったのは、20年ほど前にスチームトンネルの先にある地下空洞を調査していた冒険者のグループだった。

 

 自身のテリトリーを犯されたと考えたホブゴブリン達はその冒険者達に苛烈な攻撃を仕掛け、彼らを追い払うだけでは飽き足らずに一時はこの市街地にまで手を伸ばして来たのだ。

 

 幸い当時のコイン・ロード達が団結して事態の収拾に努めた結果、地上部分への影響を防ぐことは出来た。

 

 だが彼らはコボルドを奴隷とし、スチームトンネルに封鎖線を構築して街の住人とは一線を引いている。

 

 昔は街の様々な酒場で冷えたエールが飲めたのだがね、おかげで今はこの店以外には清涼な飲み物を提供してくれる店は少ない」

 

 

彼らが施設を占拠してしまっているということだろうか。

 

 

「この街のロード達は何か手を打たなかったんですか?」

 

 

メイの疑問も尤もだ。今は領主に納まっているとはいえ元々はこの街を根城にしていた海賊の首領の末裔達だ。大人しくしていたとは思えない。

 

 

「無論、何度か討伐の部隊は編成された。

 

 だがコボルドの封鎖を抜けることは出来てもホブゴブリン達の要塞に踏み込んで彼らを打ち破ることはついに叶わなかった。

 

 やがて戦争が終わって入植者が増えたことで街の地上部分の面倒を見ることでコイン・ロード達は手一杯になった。

 

 ホブゴブリンたちは地下に引きこもったままこちらから手を出さなければ干渉してくることも無くなった事もあり、彼らは放置されることとなったのだ」

 

 

確かにこの街に長く住んでいるというだけあって、彼は中々に事情通のようだ。

 

 

「彼らは自らのテリトリーによそ者が侵入することを良しとしない。

 

 多くの冒険者達が彼らのその態度から隠された宝物があるのではと考えて地下に潜っていったが、成果を挙げた者は居ない」

 

 

ジューイはそう言いながらも、過去にそのホブゴブリン達と戦った生き残り達から聞いたクローヴン・ジョー族特有の戦闘法などについて語ってくれた。

 

コーヴェアのホブゴブリン達とは違い、多くのクレリックやウィザードを擁しておりその呪文による支援と火力は恐るべきものらしい。

 

対して白兵戦についてはダカーン帝国以来の精兵であるコーヴェアのホブゴブリン達に劣り、連携などもお粗末な有様だったそうだ。

 

 

「彼らの族長は代々『シャーグ』と呼ばれ、クレリック達に祝福されたヘルムを被り戦士たちを指揮しているとか。

 

 その兜にはホブゴブリンを威伏させる効果があると聞く」

 

 

昼食を取りながらも1時間ほど続いた対話の中で、彼は自ら収集した様々な説話について語ってくれた。

 

バードのこういった伝承や知識に関する造詣の深さには驚かされるばかりだ。

 

俺の場合はゲーム知識という形で発揮されているのか、ゲーム内でのことについては非常に鮮明に思い出すことが出来るがそれだけでは対応できない知識を彼との対話から得ることが出来た。

 

 

「では、そろそろ私は別の用があるので失礼させてもらう。

 

 君達の旅に幸運があることを祈っているよ」

 

 

ジューイはそう言って席から立ち上がると『チャプターハウス』から出て行った。

 

随分と実りのある1時間だったことは間違いない。

 

 

「ふう、すんなり話を聞けて良かった。

 

 最初に彼の気持ちを引き付けてくれたメイの話のおかげだね」

 

 

一息ついて、少し温くなった何杯目かのエールに手を伸ばしたところでフっと肩に重さが加わった。

 

そちらに視線をやると、メイの頭がよっかかってきているのが見える。

 

 

「えへへ~

 

 トーリさんのお役に立てたようで何よりですよぅ。

 

 でも、もっと褒めてくれると嬉しいな~」

 

 

ぬう、どうやら随分と酔いが回っているようだ。

 

そういえば食事をしながら俺と同じくらいのペースでジョッキを空けていた気がする。

 

ジューイと会話している際にはまったくの素面に見えていたんだが、緊張が解けたせいで一気に酒が回ったのか?

 

いつの間にかジョッキを持っていない左腕が彼女に絡め取られている。先日同様の絡み酒のようだ。

 

情報収集の後は市場でスクロールなどの呪文系アイテムを買いに行こうかと思っていたんだが、この状態の彼女を連れて回るわけにも行かない。

 

かといって彼女1人をこの酒場に置いていくなんて事も考えられない。

 

見たところ『気まぐれ海老亭』とは客層が相当異なっているようだがここはファンタジーの世界、それもストームリーチなのだ。油断は出来ない。

 

 

「すまない、彼女が随分と酔ってしまったみたいなんだ。

 

 部屋を一つ頼めるかな」

 

 

近くを通りがかったハーフリングの従業員を呼びとめ、金貨を2枚渡して休憩のための部屋をお願いする。

 

彼はこちらの言葉を聞いて奥に引っ込むと、すぐに鍵を持って再び現れた。

 

 

「ほら、メイ立てるか?」

 

 

鍵を受け取ってからメイに話しかけるが、どうも要領を得ない。

 

仕方なく腕を解くと、彼女の右腕を俺の首の後ろに回して体を支え起こす。

 

前も思ったんだが、メイの体は物凄く軽い。エルフの血を引いているからだろうか? これは世の女性陣が彼女達の種族を羨む訳だ。

 

以前ほど酒を飲んでいないということもあり、アルコールではなくメイがいつも使っているのであろう香水の匂いが感じられる。

 

 

「~~~♪」

 

 

彼女は上機嫌に鼻歌を歌っている。それも先日俺が竪琴で奏でていた曲の内の一つだ。どうやら気に入ってもらえたらしい。

 

2階の宿へ階段に向って従業員に先導されながら歩いていくと、階段の両側には2人の武装したハーフリングが立っているのに気付いた。

 

それぞれ、頬と首筋に『歓待のマーク』が浮かんでいるのが見て取れる。おそらくこの宿を護るガランダ氏族のエージェントなのだろう。

 

身の丈からは大きく見えるロングソードを背負い、ブリンク・ドッグが描かれたヘヴィ・シールドを足元に立てかけている。

 

 

「我ら『サンクチュアリ・ガーディアン』が護る『黄金竜の宿り』での滞在は、この街で最も安全な時間の一つです。

 

 どうぞごゆるりとお過ごしください」

 

 

そのうちの1人がこちらに微笑みかけながら挨拶をすると、2人の守護者は階段への道を開ける様に左右に移動した。

 

どうやらそれなりに鍛えられているらしい、隙のない動きが見て取れる。これだけ質の高い番人がいるのであれば確かに安心だろう。

 

ちなみに『黄金竜の宿り』とはガランダ氏族の経営する宿の通称だ。チェーン店としての名称だと思ってよいだろう。

 

彼らはこの名の下に、コーヴェア全域からこのゼンドリックに至る様々な場所で質の高い一定のサービスを提供しているのである。

 

案内された部屋は、丁寧に掃除が行き届いた綺麗な部屋だった。

 

絨毯やベッド、机といった家具の類も上質だ。このまま今の自分の殺風景な部屋に持ち帰りたいくらいである。

 

 

「ほら、ベッドだぞ。少し横になっておいたほうがいい」

 

 

先日のように、横になればすぐ寝てくれるだろう。そう考えてメイをベッドに誘導したところで、前回同様俺まで引きずり込まれてしまう。

 

 

「トーリさーん……」

 

 

こちらの名前を呼びながら、彼女はぎゅっと抱きついてくる。

 

時折お姉さんぶろうとすることがあるが、基本的にはまだメイは子供っぽい。

 

ひょっとしたら純粋なハーフエルフではなく、エルフと人間から生まれてきてエルフの中で育てられたんだろうか。

 

親とはいえ異種族の中で育つことになったハーフエルフは、その成長速度の差のせいで歳の近い仲間とも長い間一緒にいることは難しい。

 

特にエルフの中で育ったハーフエルフは、彼らが成人までの間に学ぶエルフの文化や芸術、時にはエルフ語の文法すら学びきれぬうちに成人してしまうことになると聞く。

 

エベロンではハーフエルフの社会が確立されており、殆どのハーフエルフはハーフエルフ同士の婚姻によって生まれてきていると思っていたが彼女は違うのかもしれない。

 

メイは25歳と言っていたが、エルフの成人は100~110歳だ。この世界の人間の成人が15歳であることを考えると、エルフの25歳は人間の4,5歳に相当することになる。

 

立派な体をしていても、エルフからしてみればまだまだ精神的に未熟な状態ということも有り得るのだろう。

 

 

「……お酒が抜けるまで、このまま横になっておいたほうがいい。

 

 時間が経ったら起こすから、少しの間眠っておいで」

 

 

俺の声を聞いて安心したのか、彼女は目を閉じるとすぐに安らかな寝息を立て始めた。

 

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