ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

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2-10.マイ・ホーム

帰宅後シャワーを浴びてすぐに泥のように眠り、目を覚ましたのは夜半頃だった。

 

洞窟に長く篭っていたせいか昼夜の感覚が薄れていたが、家に戻ってきたのが昼過ぎだったのだ。

 

家の中はひっそりと静まり返っており、他の皆はまだ休んでいるようだ。

 

若干の空腹感を感じた俺は、皆の安眠を妨害しないように足音を殺しながら廊下に出ると階下へと向った。

 

莫大な量の戦利品を回収するために、ブレスレットに収めていた食料品は全てあの地底のホールにおいてきてしまったのだ。

 

100体近い巨人とホブゴブリンの装備していた魔法の品、主に武器と鎧、魔法の指輪などを回収するのは、下手をすれば戦いそのものよりも面倒な仕事だった。

 

そのせいで、普段であればそこらの屋台で買った出来立ての食品などが収まっているブレスレットも今だけは俺の空腹を満たしてくれない。

 

現代の便利生活に慣れきった身としてこの世界の厨房で食事を作ることは当分無理だが、魔法によって低温に保たれた冷蔵庫は備えられている。

 

果実がいくつか残っていたはずだし、無くなっていてもジュースか何かがあれば買い置きのパンでも齧れればそれでいい。

 

食堂を通り過ぎて厨房へと入り、ふと窓から外を見ると庭に立つ人影が目に映った。

 

普段は金色の輝きを纏っている髪が、今は月の銀光を受けて白く輝いている。

 

いつもは戦いの邪魔にならないようにポニーにしている髪を下ろした姿は新鮮だ。

 

俺は保冷庫に伸ばしていた手を引っ込めると、庭に出て彼女に話しかけることにした。

 

外に出るとすぐに彼女はこちらに気付いて鍛錬の手を止めた。そして俺が近づくのを待って話しかけてきた。

 

 

「トーリか。良い夜だな」

 

 

「こんばんわ、エレミア。ああ、良い夜だ」

 

 

赤道近くに位置するストームリーチだけあって、夜といっても日本の熱帯夜程度の気温はある。

 

とはいえこの家は庭に池を設けていたり、近くの憩いの広場付近には噴水があったりと環境的に恵まれていることもあり吹く風は心地よい。

 

 

「一時的にとはいえ生死の境を彷徨ったのだ。

 

 もう少し休んでいた方がいいのではないか?」

 

 

「いや、あの傷はもう完全に治ったよ。

 

 むしろ怪我する前より調子がいいくらいさ。今も小腹が空いたので何か食べるものを探して下りて来たんだ」

 

 

レベルアップに伴う全快作用で、それまでに負っていたあらゆるバッドステータスは消し飛んでいる。

 

その後シャーグに打ち込んだ呪文のSPくらいが消耗らしい消耗だが、それも一眠りしたことで完全に回復している。

 

レベルアップで能力値が上昇したことも考えれば、調子が良くなったというのもあながち間違いではない。

 

 

「それよりエレミアはこんな時間にも鍛錬か。

 

 激しい戦いだったんだし、少し体を休めた方がいいんじゃないか?」

 

 

いくらエルフの休息が人間の半分の時間で済むとはいえ、あれだけの敵相手に全力を絞って戦い続けたのだ。

 

体に負ったダメージも、呪文で回復したからそれでいいというものでもないだろう。

 

傷を癒すのは呪文の助けを借りるとはいえ本人の体の作用なのだ。データには現れない疲労があるかもしれない。

 

だがエレミアは俺の心配が杞憂だというようにダブルシミターを掴むと、それを振り回して見せた。

 

 

「いや、それよりも私は少し思うところがあってな。

 

 少しでも戦いの中で得たものを形にしたくて体を動かしていたのだ。」

 

 

確かにあの激闘の最中、エレミアは彼女の祖先がそうであったように踊るように剣を振るい、巨人を打ち倒していた。

 

それが祖霊の導きによるものか、彼女の内にある素質が芽生えたものかは判らない。

 

だがその手応えは確かに内に宿り、彼女はその残滓を集めて形にしようとしたのだろう。

 

 

「ああ、悪い。邪魔しちゃったか?」

 

 

俺が厨房から庭を覗き込んだときにはまだ彼女はそのシミターを振るっていた。

 

気を散らせてしまったのなら、申し訳ないことをした。

 

そう思い踵を返したところ、エレミアから待ったがかかった。

 

 

「いや、丁度区切りをつけようと思っていたのだ。

 

 これも良い機会であろう。

 

 トーリ、私と立ち会って欲しい」

 

 

振り返って見ると、エレミアの瞳が俺を見つめていた。

 

何やら、思いつめたような表情にも見える。

 

 

「それは構わないが……。今、ここでか?」

 

 

俺の返答を了承と取ったのか、彼女はダブルシミターの柄を両手で握り、刃を水平に構えた。

 

 

「ああ、そうだ。

 

 それもいつもの様な訓練ではなく、本気で私と立ち会ってもらいたいのだ」

 

 

そういってこちらを見る彼女の瞳は真剣そのものだ。

 

祖霊の道筋を辿ったことで何か心境に変化が訪れたのだろうか。

 

なんにしろ、茶化して済ませられる場面ではないらしい。

 

 

「わかった。相手になろう」

 

 

そう応えると俺は庭の中央へと移動した。両手にゼアドと相対したときに使用した武器を構え、エレミアを見据える。

 

 

「ヴァラナーの戦士、エレミア・アナスタキア。

 

 我が守護祖霊、アルクィス・テローラの名の下に汝に戦いを申し込む!」

 

 

彼女の名乗りに応じるように、シミターに象嵌された金の波打つ文様が光を放つ。刃に宿った祖霊の魂が、エレミアを鼓舞しているようだ。

 

対する俺は無言で二本の刃を構えた。

 

グリーンスチールの刃の煌きが、付与された凶悪な酸の魔法効果により一層強く緑の燐光を月夜の下で溢れさせている。

 

向かい合った姿勢で静止していた俺達だが、風の気まぐれが2人の間にストームリーチ・クロニクルを運んだ瞬間にお互いが動いた。

 

俺が放った4本の《スコーチング・レイ》はタブロイド誌を貫き、その直線状に存在する全てを焼き払ったが既にエレミアはその場からは動いていた。

 

彼女はその鎧に付与された《シールド》の呪文を発動させると、一足飛びに俺との距離を詰めてきた。

 

かつてコルソスで相対したときよりも、格段に鋭さの増した踏み込みだ。まるで瞬間移動したかのような素早さで眼前に迫ってきた。

 

こちらの首筋を狙って左方より斬りつけられた刃を最小の見切りでバックステップして回避する。

 

だが、ダブルシミターの攻撃は隙を残さぬ二段構えだ。

 

眼下を通り過ぎた刃とは柄を挟んで反対側に備えられたもう一方の刃が、逃しはしないとこちらの急所へ向ってくる。

 

これ以上の後退は勢いからして体勢を崩すことになると判断し、右手に構えたコペシュを眼前で時計回りに回転させることで迫る刃を切り払う。

 

俺の頭上を通過していくその斬撃を掻い潜り、左のククリを突きこんだがその刃は空しく宙を薙いだ。

 

エレミアは舞うようにステップを踏むと左腕を突き出した形になっている俺の側面へと回り込み、頭上に掲げたシミターを背後から振り下ろしてくる。

 

俺は体の回転に勢いをつけると時計回りに体を捻り、右手のコペシュを頭上に掲げて落下してくるシミターの刃を逸らす。

 

だが俺のコペシュと噛み合いながら落下していくその刃の対刃が、コペシュの内側を潜るようにして斬り込んでくる。

 

この攻めは橋の手前の攻防でホブゴブリンの剣士を屠った際に使ったものだろう。

 

受け止めたはずの武器の、その内側に潜り込んで急所を切り裂く。双頭武器の特徴を活かした恐るべき攻撃である。

 

だが、伊達に長い間彼女と肩を並べて戦っていたわけではない。この攻防は既に織り込み済みである。

 

左のこめかみから右の顎を通過する線を描くシミターの刃を左に一歩動くことで避け、左方向へ流れていくエレミアを追うようにククリを切り上げる。

 

だが回転を逆方向に切り替えた俺よりも、同じ方向へと動き続けるエレミアの移動の方が早い。

 

彼女の首筋に向けられたシミターは、しかしその身を包む《シールド》にすら触れることはかなわなかった。

 

滑るようにして俺の背後へと回り込んでいくエレミア。俺がゼアドに対して行ったのと同じような戦術のようだ。

 

中心で独楽のように回転しながら斬撃を繰り出す俺よりも、さらに早いスピードで俺の周りを駆けながらダブルシミターによる攻撃を繰り出すエレミア。

 

通常そんな移動を行えば隙が生まれる上に効果的な攻撃は行えないはずだが、彼女は独特のステップを踏むことで移動の隙を無くしつつ俺に攻撃を加えてくる。

 

これが噂に聞く"デルヴィーシュの剣舞"か!

 

あの地底での戦いの際にはファイアー・ジャイアントの群の長達に対してほんの僅かな時間使ったのみであったが、今の彼女は既にあの舞を完全に習得しているように見える。

 

少なくとも今の俺は毎秒繰り出されるエレミアの攻撃を捌くのに必死で、彼女の手数の半分程度しか打ち返せていない。

 

それでいてお互い被弾は一切無いのだ。ただお互いの武器が宙を裂き、時折噛み合って散らすその緑の燐光だけが月光の射すこの庭を彩っている。

 

鎧や盾で相手の攻撃を受けることが一般的なこの世界の常識で考えれば異様な光景に見えるだろう。

 

高速で振るわれるシミターが風を切り、刀身に施された文様がその風を受けて音を鳴らしている。

 

その音はやがて調和の下に旋律となり、その曲に乗るようにますますエレミアの斬撃は鋭く激しくなっていく。

 

主導権を握られた状況を打開すべく、俺は《呪文高速化》を使用することで複数の呪文回路を展開するとそのうちの一つを使用して空間を飛ぶ。

 

《ディメンジョン・リープ》によりエレミアの背後へと移動した俺は、さらに準備していた《ミラー・イメージ》を発動させ鏡像を纏いながら彼女へと斬りかかった。

 

だが俺の姿が消えた時点でこの転移を読んでいたのか、エレミアは即座に反転してコペシュを切り払うと今度は俺の右手側へと回り込んでいく。

 

そのまま目に映る鏡像全てを斬りつける勢いで俺へと攻撃を加えてくる。

 

シャーグのような力任せだけではない、技量の伴った攻撃は一撃で俺の鏡像を全て薙ぎ払う。

 

先ほどとは回転方向を逆にして、俺とエレミアの舞踏は続く。

 

千日手のようにお互いの攻撃が空を斬る状況が続く。一見拮抗しているように見えるが、状況は俺に不利だ。

 

やはり手数の多さは脅威だ。いくらかは鏡像をダミーにすることで散らせているとはいえ、先ほどから何度かエレミアの太刀をローブの表面で受け流している。

 

対して俺の攻撃は彼女の《シールド》を掠めるのがいいところで鎧には届いていない。

 

白竜の鎧に備えられた防御は生半可な攻撃では貫けない。

 

このまま二刀を振り回しても有効打は期待できないし、それよりはエレミアの攻撃が俺を捕らえるほうが早いだろう。

 

俺は一計を案じると、もはや常時使用している《呪文高速化》を用いながら幻術呪文を使用した。

 

呪文の完成と同時に溢れ出す鏡像。だがしかし、それらは現れた途端にエレミアによって切り裂かれていく。

 

 

「私に分身は通用しないぞ!」

 

 

3体の鏡像がシミターの一振りに薙ぎ払われ、なおも勢いを弛めずに刃は最後の1体へと迫る。

 

ついに俺の咽喉を捕らえたその斬撃は、しかしその標的すらも幻だったかのようにすり抜けていった。

 

眼前の鏡像すべてが幻であるとエレミアが気付いたときには既に遅く。

 

 

「そんなことは百も承知さ」

 

 

《ミラー・イメージ》ではなく《サイレント・イメージ》による幻を発生させると同時に《ディメンジョン・ホップ》により背後に回った俺が攻撃態勢に入っていた。

 

ミザリー・ピークでオージルシークスが使った作戦を、簡易版ではあるが真似したのである。

 

それでも咄嗟に反転して攻撃に反応しようとしたエレミアの反射神経は流石と言える。

 

だが振り向いた彼女の瞳に視線を合わせ、俺はさらに呪文を解き放つ。

 

《ディストラクト・アセイラント/心乱す襲撃者》が予期せぬこちらの挙動に動揺したエレミアの心理防壁をすり抜けて、一瞬ではあるがその足を封じ彼女を立ちすくませた。

 

足を止めた状態であれば今の俺にも届く攻撃がある。

 

左手のククリの峰部分で、彼女の耳の付近を打ち据える。

 

その一撃を受けてバランスを失い、倒れ行くエレミアの急所に向けて俺はこの戦いを終わらせる一撃を見舞った。

 

 

 

 

「……未だ届かぬか」

 

 

暫くの後、庭に仰向けに倒れていたエレミアが意識を取り戻して呟いた。

 

 

「まだ暫く横になっていたほうがいい。

 

 いいのが入ったからな。暫くはマトモに起き上がれないだろ」

 

 

先ほど俺が放ったのはTRPG版ではなく、MMO版の《足払い》と《朦朧化攻撃術》だ。

 

TRPG版との違いは、前者は単に相手を転倒させるのではなく三半規管を揺らして平衡感覚を失わせる。

 

後者は素手だけではなく武器による打撃でも適用される上、一定時間意識を奪って無防備状態にするという特技だ。

 

特に前者は一度食らったが最後、平衡感覚を取り戻す前に嬲り殺されることも多いという怖ろしい技術だ。

 

南国にバカンスに出かけたはずなのに、気がつけば狼に転がされて噛み殺されていたなんて経験はきっと誰にでもあるはずだ。

 

 

「私はどれくらい意識を失っていた?」

 

 

倒れたまま声を掛けてくるエレミアの隣に腰を下ろし、横になった。

 

空には大きな月が三つ、輝いている。

 

 

「そうだな……6秒ってところかな。

 

 大して時間は経ってないよ」

 

 

とはいえ、戦闘中の6秒は十分な時間だ。エレミアもそれは判っているのか、続きをしようという気にはならないようだ。

 

 

「私の技量も、あの島に居た頃よりは随分と上がった。

 

 そして先日の戦いで、今まで辿りつけなかった頂に手を掛けることが出来たと思った。

 

 だが、それでもトーリには及ばないか」

 

 

片手を星空へと伸ばしながら、エレミアは呟く。

 

おそらく大幅にレベルアップを重ねたことで手応えを感じていたのだろう。

 

 

「ま、相性ってのがあるからな。

 

 俺だって、ついこの間切り殺されそうになって命からがら逃げ出したんだ」

 

 

「……ほう。トーリをそこまで追いつめる程の者がいるのか」

 

 

そういえばこの話はラピスにしかしていなかったな。

 

 

「ああ。シャーグみたいな邪法に頼らず、生来の力に驕ることなく力と技量を磨き上げたとんでもない化け物さ。

 

 もう二度とあんなのとは戦いたくないね」

 

 

ゼアドとの戦いはいまだ記憶に新しい。

 

オージルシークスに続き、俺の慢心を打ち砕いてくれた。

 

シャーグとの戦いを生き残れたのも、彼らとの戦いがあったからだと言える。

 

 

「まだエレミアの剣技には伸び代があるし、呪文抜きではもう勝てないだろうな。

 

 エレミアに呪文の知識があったら最後のトリックには引っかからなかっただろうし、同じ手が通用するとは思えない。

 

 俺も今の立会いで自分の弱点を痛感したよ」

 

 

いままで力任せに敵を叩き切ってきたが、自分同様の回避型の敵に相対したとき俺は非常に相性が悪い。

 

そういった敵は大抵範囲攻撃呪文に対する回避能力も持ち合わせているから現在の俺の持ち呪文ではダメージを期待できない。

 

とはいえ、これは初歩的な秘術呪文一つで解決できる問題でもある。早いうちに市場でスクロールを入手するべきだろう。

 

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが……

 

 私は他の皆と違って剣を振ることしか出来ない。

 

 だがあのシャーグとの戦いでは、おそらく私は何の役にも立たなかっただろう。

 

 トーリの敵を討つ刃たることを誓った身でありながら、情けないことだ」

 

 

何やら弱気になっているエレミア。

 

あれだけジャイアントを倒しておきながら自信がないということだろうか。

 

 

「そんなことは無いよ。

 

 エレミアが俺の隣に居てくれていなければ、あの巨人の群に飲み込まれて終わっていたかもしれない」

 

 

シャーグとの緒戦で疲労した俺ではあの量の巨人を捌く事は出来なかっただろうし、他のポータルの戦力をこちらに割くわけにもいかなかった。

 

 

「無事に切り抜けたとしても、傷を負ってシャーグの一撃で倒れていたさ。

 

 エレミアが戦ってくれたことが俺の命をギリギリのところで踏みとどまらせてくれたんだ」

 

 

掠り傷一つでも負っていれば、あのシャーグの一突きで即死していただろう。

 

本当にあれは死の直前まで進んでいたのだ。

 

 

「それに倒れて意識を失いそうになった時に踏みとどまれたのは、傍で戦う君が居てくれたからだ。

 

 諦めそうになった俺の心を支えてくれたんだ。俺が死なずにすんだのはそのおかげだよ」

 

 

1人で戦っていたら、HPがマイナスになった時点で心が折れていただろう。

 

皆を守ろうと思った意識が、レベルアップのトリガーを引かせてくれたのだ。

 

 

「トーリが倒れたのが見えたときは、一瞬私は自分の目に映っているものが理解できなかった。

 

 刎ねられた首が死者の体を奪って槍を向けてきたこともそうだが、貴方が倒れたことが信じられなかったのだ」

 

 

あのときの事を思い出したのだろう。不安そうに体を震わせた彼女の手を握る。

 

シャーグは倒れているクレリックの、頭部を失った体に自身の頭を接いで襲い掛かってきたのだ。

 

おそらくはあのヘルムに関連する能力だったのだろう。いくつか想像することは出来るが、今となっては確認する術も無い。

 

 

「目に付いた敵を倒したことで油断しちゃってたんだろうな。

 

 周囲に注意を払っていれば、敵が呪文を発動させるのに気づけたはずなんだ」

 

 

《消尽の場》は周囲の瀕死に陥った生物を殺害することで己が活力とする[悪]の属性を持った呪文だ。

 

当然俺もその効果範囲には含まれていたはずで、そんな大規模な呪文の発動を見逃したのではある意味あの危険も当然だといえる。

 

 

「俺はさ、まだまだ冒険者としては未熟者もいいところなんだ。

 

 だから俺に不足しているところを埋めてくれる皆には凄く感謝してる。

 

 エレミアには、そんな俺をこれからも守ってほしい」

 

 

ゲームでは罠や敵といった脅威には自動的にキャラクターが反応してくれていた。

 

極端な話、操作せずに棒立ちの状態で放置していてもそのスペックをキャラクターは発揮し続けていたのだ。

 

だが、現実には勿論そんなことはない。

 

気を張っていなければ罠を見逃すし、不意を突かれれば無防備のまま攻撃されうる。

 

チートによる規格外な能力を有していても、それを俺が操りきれなくては意味が無い。

 

正面切っての戦闘であればようやく力を発揮できるようになってきてはいるが、変にこの世界に慣れてしまっているせいで緊張感を維持できていないのだ。

 

コルソスに居たころは周囲にスパイが潜んでる可能性もあって常にある程度の警戒をしていたが、ストームリーチで暮らし始めてからは気が緩んでいた。

 

高いスペックで大抵の障害を突破できるだけに、周囲に対する注意が疎かになっていたのだろう。

 

 

「俺もエレミアを守るし、一緒に支えあっていけば良いさ。

 

 それがパートナーってものだろう?」

 

 

1人では出来ることに限界がある。7人分の性能を詰め込んだ体でも、動かすのは俺1人の意思なのだ。

 

 

「・・・・・・ありがとう」

 

 

肩口からエレミアの呟いた声が聞こえたかと思うと、そのまま彼女はこちらへと体を寄せてきた。

 

月光が庭に映す影は、その後暫くの間一つになったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼンドリック漂流記

 

2-10.マイ・ホーム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生活のリズムを元に戻すために仮眠を取った明くる朝。

 

顔を洗ってエレミアと一緒に食堂に行くと、そこではメイとラピスが並んでお茶していた。

 

とはいえ飲んでいるのはお茶ではなくワインのようだ。

 

ルーたちの姿は見えない。気配からして庭にいるようだ。

 

 

「おはようございます、トーリさん、エレミアちゃん」

 

 

「・・・・・・おはよう」

 

 

何時もにも増してニコニコとしているメイに対して、ラピスは不機嫌そうだ。

 

結局昨晩食べ損ねたパンをいくつか見繕い、二人の正面の椅子に腰掛けるとメイが飲み物を勧めてきた。

 

 

「トーリさんも如何ですか?

 

 私達ハーフエルフは、一杯のワインを一緒に飲みながら一日の成功を互いに祝福するんです。

 

 今日一日が充実したものになりますように、って」

 

 

ハーフエルフの"協餐"か。

 

コルソスでも話は聞いていたが、実際に参加するのは初めてだな。

 

 

「市場の近くで毎朝ボルドレイ様の祝福をワインに与えている方がいらっしゃると聞いて、ラピスちゃんと一緒に行ってきたんです。

 

 本当は料理も色々と出して皆と話しながらワインと食事を頂くものなんですけど、今日はお試しってことでワインだけです」

 

 

ボルドレイは共同体を司る神格で村や家庭の守り手として、また結婚を祝福するものとして崇められている。

 

秩序にして善の神格として一般に広く信仰されており、ワインに祝福を与える《ユニティー・ワイン/協和のワイン》の呪文は彼女に仕えるハーフエルフのクレリックが20年ほど前に編み出したと言われている。

 

 

「そういえばコルソス村でそんな話をしていたな。

 

 ヴァラナーでも噂は聞いていたが、ご相伴に与るのは初めてだ」

 

 

エレミアがワインの注がれたグラスを持ち上げ、窓から差し込む光を透かしている。

 

俺は酒の種類なんてあんまり気にしなかったタイプなので、ワインの良し悪しなんてさっぱりである。

 

とはいえゲームの設定としての知識で、ワインやチーズの産地としてはアンデールが有名なことは知っている。

 

……我ながら偏った知識だ。

 

 

「ワイン自体は特別なものではなくて、市場で目に付いた品です。

 

 有名なワイナリーの品ではないですけれど、試飲させてもらったので味も悪くないと思いますよ」

 

 

俺のグラスに注ぎ終えたところで、ちょうどボトルは空になった。

 

口に含むと、舌の上に爽やかな酸味と上品な甘みが広がった。果実のフルーティーな香りが立っており、食中酒として良さそうな味わいを感じる。甘いデザートとも合いそうだ。

 

体の中に入ったワインが熱を出しているかのように、活力が染み渡っていくのを感じる。

 

 

「なんか体の芯に火が灯ったような感覚だな」

 

 

アルコールのせいだけではなく、信仰呪文によって与えられた熱が心を奮い立たせている。

 

呪文の効果自体はおそらく保って数時間といったところだろうが、1日の始まりにこのワインを飲めばその日のテンションは高いまま過ごせそうだ。

 

 

「ふむ、確かにこれは良い習慣だな」

 

 

隣でグラスを傾けているエレミアも満足げだ。

 

とはいえ、ワインに祝福を受けるサービスは1回で金貨10枚程度になるだろう。

 

成功を収めた冒険者からしてみればともかく、一般からしてみれば相当な贅沢だと言える。

 

 

「お2人にも気に入っていただけたようで何よりです。

 

 きっとボルドレイ様の加護がありますよ~」

 

 

何やら終始ご機嫌なメイに勧められてワインを頂きながら食事を済ませた後、皆で手分けして戦利品を『黒鉄亭』へ持ち込むことになった。

 

中央市場の一角に位置する"黒鉄亭"は巨人サイズの武具の取り扱いも行っている。ゲドラが手持ちのスパイクト・チェインを持ち込んでいたのが記憶に新しい。

 

何本かの武器を持ち込んだ上でまだ家に残りの品があることを伝えると、気さくなハーフジャイアントの店主は末娘に荷馬車を用意させると荷運びを手伝ってくれた。

 

巨人とホブゴブリン、最後のホールにいた敵の分だけとはいえ奪った戦利品は莫大な数だった。

 

俺がざっと調べたところ、売値で15万GPを越える計算だ。

 

ブレスレットに放り込んでキャラクター・データの中でアイテムを確認すれば、簡単に鑑定できるというのもチートの産物である。

 

武器についていた汚れなどもその際に落ちるし、戦いで損耗していたものは呪文で修復した。

 

実はアイテムの修理を呪文で行ったのはこれが初めてだったのだが、どうやら完全に破壊するところまで酷使しなければ呪文で修復できるようだ。

 

レベルアップの際に修理のために技能の割り振りを行っていたのだが、これは無駄になったようだ。この技能ポイントは次回レベルアップの際に他の技能へと割り振ることになる。

 

以前"ハンマー&チェイン"で修理してもらったときも耐久値は最大値まで回復していたが、自前で出来るならそれに越したことは無い。

 

 

「こりゃ凄いな。あんたら巨人の武器庫の遺跡でも見つけなさったのかね?」

 

 

次々と運び込まれる品々に、店主のヒューラーは驚きっぱなしである。

 

冒険者でもある娘のソラーカは巨人の武器を興味深そうに眺めている。優れた体格のハーフジャイアントであれば、巨人用の武器でも難なく扱うことが出来るだろう。

 

特に赤毛の彼女はファイアー・ジャイアントの長が使っていた『フレイミング・バースト/火炎爆砕』の効果を持った大剣に御執心のようだ。

 

"黒鉄亭"は今日は一家総出で鑑定作業を行うらしい。

 

数点の鑑定を行ってもらいその鑑定眼に誤りの無いことを確認した俺は、明日また来ることを伝えて店を後にした。

 

それなりの時間が経過し、昼前になっていたためマーケットを横切って『チャプターハウス』へと移動。昼食を取ることにした。

 

 

「ふむ、この『ケーキ』とやらは面白いな」

 

 

フィアとルーが、メイにフォークの使い方を教えてもらいながら食後のケーキを堪能している。

 

ジャングル暮らしだった2人には新鮮な食感なのだろう。

 

暫くぶりの上質な食事に舌鼓を打ちつつ店内の様子を見渡すが、ジューイの姿は見当たらない。

 

ステージでは彼とは違うエルフの芸人達が音楽を奏でている。常に一定の客が見込めるこの酒場は、若手の芸人にとっては自身の実力を試す格好のチャンスなのだろう。

 

技術的にまだ荒削りなところがあるものの、情熱的にリュートを奏でる姿には惹かれるものを感じる。

 

食事だけでなく芸術も堪能した穏やかなランチタイムを過ごした後は、二手に分かれることとなった。

 

ラピスとメイにはこの街にある『トゥエルヴ/十二会』の砦に行って、武具以外の戦利品の売却を行ってもらう。

 

それ以外の皆は依頼人であるテンバーとヴェンに依頼完了の報告を行うことになった。

 

『チャプターハウス』の店先で2人と別れ、俺たちは港湾地区の衛兵詰め所へと向った。

 

入り口を警備していた衛兵に声を掛け、テンバーから依頼を受けている冒険者である旨を伝えると暫くの後にテンバーが姿を現した。

 

 

「やあ、ご一行。

 

 ヴェンの探し物を見つけ出す目処が立ったのか?

 

 何か私に手伝えることがあるなら言ってくれよ」

 

 

途中経過を報告しに来たと勘違いしているようだ。

 

 

「いや、ご依頼の品はもう手に入れたんだ。今日はその報告に来た。

 

 品物は貴方に渡せば良いのか?」

 

 

この台詞にテンバーは驚いたようだが、こちらの様子からして冗談ではないと判断したのか暫く待つように伝えると詰め所の中へと入っていった。

 

数分後、テンバーは鎧を脱いだ私服姿で現れた。

 

 

「例の品は直接ヴェンに渡してもらうことになる。何分私はその実物を見たことがないからな。

 

 幸い外出の許可は得られたから、いまから従兄弟のところへ向うとしよう」

 

 

どうやら今の僅かな時間の間に諸々の手続きを済ませてきたようだ。先導するテンバーについてジョラスコ氏族の居留地へと向う。

 

 

「しかしまだ依頼してからほんの数日だというのにもう解決してくれるとは。

 

 一体どんな魔法を使ったのか良ければ教えてくれないか?」

 

 

道すがら、テンバーが当然の疑問を口にしてきた。

 

それほど広いというわけでもないが一応は都市に分類されるストームリーチから、この短期間で目的の品を探し出したんだ。何かのトリックはあると考えるのが普通だ。

 

 

「それほど大したことじゃないさ。

 

 ヴェン氏が品物を受け取ったドラウの集落の2人に協力してもらったんだ」

 

 

シャウラが留守番のため俺の後ろを歩いている2人は、今は太陽光を避けるために深めにフードを被っている。

 

注意してみなければドラウだとは気付かれないだろう。とはいえ不審者っぽく見えるので、周囲の注意は引き付けるのだが。

 

 

「最終的にはスチーム・トンネルのホブゴブリンの手にあったのを回収してきたのさ。

 

 期間こそそう長くはないけれど、予想していた以上にハードな仕事だったよ」

 

 

「クローヴン・ジョー族か!

 

 連中が余所者の話を聞くとはとても思えないんだが。お前たちは相当上手くやったんだな」

 

 

普通は6人のパーティーで、それもたった数日でホブゴブリンの一族を蹂躙するなんて想像もつかないのだろう。

 

特に誤解を解く必要も感じなかったので、曖昧に笑みを浮かべることで誤魔化しておく。

 

そんな他愛も無い話をしている間にジョラスコ氏族の居留地へと到着した。

 

受付に訪問の用件を告げたテンバーの後ろを歩いて階段を登る。

 

前回来た際に利用したリラクゼーションの施設とは別の棟に療養所はあるようだ。建物の中は香が焚かれているのか独特の匂いが漂っている。

 

無論、不快なものではなく気持ちを落ち着ける類のものだ。

 

建物のどこに視線をやっても植物が目に入る。鉢植えや花瓶、その全てが丁寧に手を入れられており、ジョラスコ氏族の癒しに掛ける情熱が伝わってくるようだ。

 

建物の半ばまで階段を上ったところ、そこは全体が入院のためのフロアとなっていた。

 

学校の保健室で見られるようなパーテーションで仕切られた空間には様々な大きさのベッドがあり、中でも最も多い中型種族用のベッドが集まる一角にテンバーは足を運んだ。

 

そこには清潔感を感じさせる白い肌着に身を包んだ患者達が横になっている。

 

テンバーは慣れた様子でその中の一つのベッドに近づくと、ベッドの上で上体を起こして何やら読み物をしている男に声を掛けた。

 

 

「ヴェン、朗報だぞ。

 

 お前を救い出してくれた冒険者達が早速依頼を果たしてくれたそうだ」

 

 

テンバーが声を掛けると、男は読んでいた手紙らしきものから目を離してこちらを見た。

 

拷問部屋で見たときに比べれば随分と清潔になったことで雰囲気が変わったが、どうやら彼がヴェン・アル・ケラン氏で間違いないようだ。

 

20才には僅かに足りないくらいの年齢に見える、やや痩せぎすの青年だ。

 

 

「初めまして。私を地下のコボルド達から助け出してくれた皆さん。

 

 命を救っていただいたばかりではなく託された品まで取り返していただけるなんて、どれだけ礼をいっても足りないでしょう」

 

 

ベッドから降りようとするヴェンを身振りで止め、そのままの姿勢でいいと伝える。

 

まだこの施設に居るところからして本調子ではないのだろう。怪我人に無理をさせることもない。

 

 

「何、最初のは行きがかりで、二度目のはちゃんとした依頼だ。

 

 それに俺達にとって全く関係の無い話というわけでもなかったんだ。これも巡り合わせってやつだろう」

 

 

ブレスレットから『シャン・ト・コーの印璽』を取り出す。30センチ四方ほどの石板に力強い文様が刻まれている。

 

蓄えられた力は先日の起動で放出されたのか、今はこの品から感じられる魔法的なオーラは弱まっているようだ。

 

 

「間違いないはずだが、念のため確認してくれ」

 

 

テンバーを通してヴェンに渡す。手紙をサイドテーブルに避け、ベッドのシーツの上に置かれた石板を見てヴェンは喜びの声をあげた。

 

 

「ああ、確かに!

 

 ソヴリン・ホストよ、感謝します!」

 

 

恐る恐る表面の文様に触れながら、ヴェンは確かにそこに『シャン・ト・コーの印璽』があることを確かめているようだ。

 

これで依頼は完了だ。後は報酬を受け取るだけではあるのだが、後ろにいる双子のことも考えてこの後の事を聞いておくべきだろう。

 

 

「それを破壊するって話だが、何か伝手はあるのかい?

 

 伝説になるほどの力を持った品だ、尋常な手段じゃ傷一つ付けられないと思うんだが」

 

 

通常のマジックアイテムと異なり、アーティファクトと呼ばれる品は破壊する手段が限られている。

 

物理的な力をいくら加えたとしても効果は無い。その品に込められた伝説に比肩し得るほどの幻想の力を借りる必要があるのだ。

 

 

「はい。それについては考えてあります。

 

 このアーティファクトの件は『到達者財団』に伝えてあります。

 

 シャーンまで運ぶことが出来れば、そこにはこの品を永遠に破壊するための道具があるそうです。

 

 そうすればこの太古の支配者の印璽がゼンドリックのジャイアント達に遥か昔に有していた権利を取り戻すようにそそのかすことは無くなるでしょう」

 

 

そういってヴェンが示した手紙を見ると、シヴィス氏族のストーンスピーカーによって記された文章には確かにそのようなことが書かれていた。

 

差出人は『ウェイファインダー/到達者』デイル。ゲームでヴェンにかわってこの『シャン・ト・コーの印璽』に関わるクエストを依頼してきたキャラクターだ。

 

TRPGでは、最高位の呪文を除いてアーティファクトを破壊する例は5つしか挙げられていない。

 

その中でシャーンにありそうなものといえば『オナターの金床』だろうか?

 

 

「そうか。算段がついているなら特に言うことはないな。

 

 シャーンまでの運送は必要か?」

 

 

念のため確認したが、どうやら先ほどの手紙の主がストーム・リーチに向かってきているとの事。

 

今から手紙を飛ばしても行き違いになる可能性がある以上、こちらで移送を引き受ける必要は無いだろう。

 

後ろに控えている二人も、フードを目深に被ったまま特に反応を示さない。

 

 

「報酬の品は私が預かっている。ローズマーチ銀行のセキュアボックスに準備してある」

 

 

話に区切りがついたと見たのか、テンバーが報酬の受け渡しを申し出てきた。

 

『印璽』も受け取り手が来るまでは銀行に預けておくらしい。

 

てっきり支店間でのアイテム転送サービスもあるものだと思っていたが、どうやらそれはあまり一般的ではないようだ。

 

サービスとしては存在しているが、誰でも利用できるというというものではないらしい。

 

価格の面だけではなく、クンダラク氏族のメンバーからの紹介があってはじめて利用できるものだとか。

 

その場合も貸金庫の大きさや重量などに制約があり、ゲームのように簡便なサービスではないようだ。

 

ヴェンに別れを告げ、部屋を後にする。

 

 

「これでよかったのか?」

 

 

先を歩くテンバーから少し距離を取りつつ、ルーに声を掛ける。

 

シャーンまでの運搬などに関しても手を貸すべきか、と一瞬考えはしたんだが。

 

 

「……構わない。定めは再び我らの下から離れた。

 

 必要あらばいずれまた引き合う」

 

 

俺達の手はとりあえず必要ないってことか。

 

 

「あの男が自らの役割を果たそうとしているのであれば問題あるまい」

 

 

2人とも、もう『印璽』のことを気にはしていないようだ。

 

この双子がこうであるならば俺が気にすることもないだろう。意識を切り替えて先を歩くテンバーの後を追った。  

 

 

 

 

ローズマーチ銀行で報酬のシベイ・ドラゴンシャードを受け取った後、市場で買い物をしているところでメイ、ラピスと合流した。

 

既に随分と買い付けたのか、メイが《フローティング・ディスク/浮遊盤》の呪文を唱えテーブルなどのインテリアを運搬している。

 

直径1メートルほどの円盤の上に芸術的に積み上げられたそれらの重量は、数百キロにもなると思われた。

 

見るものが見れば、これだけの強度を持つ呪文を行使するメイの技量に驚きを禁じえないだろう。

 

 

「あ、皆さんお帰りですか?

 

 何か買われるのでしたら一緒に運んで行きますよ~」

 

 

大雑把な注文をして職人に後は丸投げした俺とは違い、メイは市場で自分の好みにあった品を探すと言っていた。今日は幸いその好みの品に巡りあえたんだろう。

 

 

「皆さんお知り合いですか?

 

 このお嬢さんは実にお目が高い。

 

 こちらにあるのは、いずれも厳しい冬を越えて育ったカルナス松をエルフの一流の職人が加工した逸品ですよ。

 

 無論エアレナルの珍しい木材を利用した品も取り揃えてございます」

 

 

メイの相手をしていた商人が、合流した俺達に気付くと早速売り込みを開始してきた。

 

カルナス松とはその名の通りカルナス国の北部を覆う森林で産出される良質の木材で、コーヴェア中で取引されるかの国の主要な輸出品である。

 

他にもコーヴェア一の製紙技術を有し、牧畜も盛んで牛や豚はこちらでいうブランド品のような扱いを受けているものもあるくらいだ。

 

だが、そういった産業的なことよりもこの国を際立たせているのはその軍事的伝統と彼らの死に対する概念だ。

 

ゲームでも敵方として登場したアンデッド崇拝の『ヴォルの血』を一時期国教としていた他、その走狗である『翡翠爪騎士団』は一時期カルナスの最精鋭部隊として知られていた。

 

今でこそ『翡翠爪騎士団』はテロ組織と認定されているが、国民の多くは彼らを少し愛国心の強すぎる集団程度にしか認識していない。

 

何よりもカルナスにはアンデッドを兵士とした部隊が存在し、最終戦争中だけでなく今もなお王室所属の死体回収人がアンデッド部隊を構築し続けていると言われている。

 

 

「ささ、若旦那も。

 

 そのキングサイズのベッドも中々に良い品でしょう!」

 

 

物思いにふけっていたところを商品に釘付けになっているのと勘違いしたのか、店主は俺の視線の先にあった品を勧めてきた。

 

とはいえ、大物については既に注文済みだ。店主のセールストークをかわしつつ店内を眺めていたところ一つの椅子が目に入った。

 

特徴のある形をした、人間工学に基づいた椅子とかいう品である。

 

 

「店主、あの椅子に座らせてもらっても構わないかな?」

 

 

勿論店主は快く了解してくれた。見た目は変な形状をしたその椅子だが、座ってみると普通の椅子との違いが如実に感じられた。

 

腰に対する負担が軽く、楽な姿勢を取る事ができる。自然と上体が垂直になるため、首や肩などにも負担が少なそうである。

 

椅子のサイズも俺にあつらえたかのようにピッタリだ。

 

 

「気に入った。これを貰おう」

 

 

毎回レベルアップごとにキャラクターを再構築できる俺は、ウィザードの選択する呪文を入れ替えてスクロールへと移すことで呪文のバリエーションを通常の何倍にも増やすことができる。

 

今までは最低限の呪文を揃えるため選択の幅は少なかったが、今後『巻物』を作成するなど机に向って長時間作業をすることが多く予想される。

 

いくらチートボディといっても長時間同じ姿勢でいるのは苦痛だし、この椅子であれば色々と姿勢を変えながら作業をすることも出来るだろう。

 

椅子から立ち上がって店主に値段を聞き、代金に少し色を付けて白金貨を数枚渡す。

 

元の世界でも似たようなものは数十万は当たり前のようにしていた。それを考えると悪い買い物でもないだろう。

 

 

「ありがとうございます!

 

 それは確かにいい品ではあるのですが、なかなかご理解いただける方がおりませんで……

 

 腕を振るった職人も喜ぶことでしょう」

 

 

ウィザードのキャラクター・シートを操作し、準備されている呪文を入れ替えるとメイにならって《フローティング・ディスク》の呪文を唱える。

 

ゲームでは酒場などでしか入れ替えることは出来ないが、俺の場合落ち着いていればいつでも操作することは可能だ。戦闘中などでなければ特に問題なく作業することが出来る。

 

一度に用意できる呪文の数は普通のウィザードよりも少ないが、比較的入れ替え自由な点もチートたる由縁である。

 

椅子の重さ自体はまったく負担にはならない程度だが、嵩張るだけに普通に持ち運ぶのが不便なのだ。

 

 

「椅子に随分と張り込むんだね。

 

 ちょっと気前が良すぎるんじゃない?」

 

 

ラピスが暗に価格交渉しなかったことについて指摘してきた。

 

だが冒険者の使う高品質の道具類は普通に50GP程度の値段がするものだ。デスクワークを快適に行えると考えれば適価ではないだろうか。

 

 

「ま、共用の作業部屋に置いておくから騙されたと思って一度使ってみなよ。

 

 見た目不安定そうに見えるけど、座ってみると楽なんだよ」

 

 

どうやら店主とラピスの反応を見るに、まだこの手の椅子は認知度が低いようだ。

 

特に根無し草のような冒険者の場合は家具にこだわりなんて持つことは無さそうだし、仕方ないのかもしれないが。

 

 

「もしお気に入りいただけましたら是非私どもまでご用命ください。

 

 お客様方の体にフィットする寸法で作らせていただきますよ」

 

 

店主もやんわりと営業するに留めたようだ。

 

その際にはまた利用することを伝え、既にここでの買い物を終えたメイもつれて皆で移動した。

 

治安の悪いストームリーチではあるが、流石にメイの荷物に手をだすような連中はいないようだ。

 

エアレナル産の比重の重い木材で作られた家具が塔のように積み上げられており、下手に手を出そうものなら品の崩落に巻き込まれて命を落とすことにもなりかねない。

 

それに普通に手が届く範囲の品は重すぎて、抱えて逃げることは不可能だろう。

 

そんなわけで俺たち一行は非常に目立ちながらも、厄介ごとに遭遇することなく家に辿り着くことができたのだった。

 

 

「ただいま。特に異常は無かった?」

 

 

門の内側で待機していたシャウラに声を掛け、なんとなくジェスチャーで異変が無かったことを把握した俺は二階に上がるとベランダへ出た。

 

天井を越える高さまで積まれているメイの品を搬入するため、彼女は庭へと移動しており品物を上部から少しづつベランダから彼女の部屋へ搬入するのである。

 

普通であれば一人で持ち上げるのが困難な、100キロを超えていそうな重厚な机などもチートボディにかかれば楽々だ。

 

今の俺は180Kgまでの荷物であれば軽荷重として特に支障なく動き回れるし、行動に支障は出るがその3倍の重量までを持ち運ぶことができる。

 

机、椅子、ベッド、化粧台、衣装棚……大量の家具を運び込んだあとはメイの指示に従って部屋の中へと配置していった。

 

元は打ちっぱなしではないものの無骨な印象だった室内が、インテリアや絨毯、壁紙などで装飾されたことで上品な部屋へと変貌した。

 

 

「トーリさん、ありがとうございました~

 

 自分の《テレキネシス/念動力》の呪文で動かすのはまだ細かいコントロールに自信が無くて……

 

 おかげで助かっちゃいました」

 

 

少々ぶつけた程度であれば呪文で修復できるとはいえ、気分のよいものではないだろう。

 

しかしメイのいう《テレキネシス》は第五階梯の呪文である。そんな呪文が使えるようになっているということは、また彼女との差が広がってしまったようだ。

 

とはいえ、実は俺もこの間の戦闘で経験点をカンストさせていたので経験点としては6レベル直前まで貯まっている。

 

俺の場合経験点が入るのはどうやら戦闘に区切りがついた時点であることが功を奏し、戦闘中にレベルアップした事で溜め込める経験点の上限が増えたことで巨人達の経験点を無駄にせずに済んだのだ。

 

 

「まったく、その体のどこからあんな力が出て来るんだか。

 

 相変わらず滅茶苦茶だね」

 

 

主に細かい作業を担当していたラピスから突っ込みを入れられつつ、階段を下りて食堂へと向かう。

 

部屋の模様替えに結構な時間がかかっており、既に夕食の時間なのだ。

 

 

「む、皆下りてきたか。

 

 料理も出来たところだ。座って待っていてくれ」

 

 

厨房ではエレミアがルーとフィアを手伝いとして料理を作っていた。

 

流石に模様替えを全員で行うのもかえって効率が悪くなるということで、この三人には夕食の準備をお願いしておいたのだ。

 

外になにやら買い物に行っていたようだが、出来合いのものを買ってきたのではなく材料を買ってきてここで調理したようだ。

 

そうして三人が運んできたのは野菜のシチューとパン、そして何羽かの焼かれた雉だ。

 

 

「へー、結構美味しそうじゃないか。

 

 全部エレミアが作ったのかい?」

 

 

取り分けられたシチューの皿をフィアから受け取りながら、ラピスがエレミアに尋ねている。

 

 

「いや、正直なところそれほど料理に造詣が深いわけではない。

 

 シチューはルーとフィアに任せて、私はこの雉を焼いただけだ」

 

 

エレミアが答えながら雉の腹を割くと、その中にはマッシュルームが詰め込まれていた。

 

一旦焼いたものを冷まして肉と香草の香りと味を調和させてある辺り、それなりに手の込んだ料理に見える。

 

ナイフで切り込みを入れられた部分から漂ってくる香りは、いかにも食欲を刺激してくれる。

 

 

「いやいや、十分に美味しそうだよ。早速頂こうか」

 

 

皆に料理が行き渡ったところで早速雉を口に運ぶ。

 

パリっと焼かれた皮に、ジューシーな肉。肉汁がまぶされたマッシュルームもなかなかの味わいだ。

 

続いて野菜のシチューに手を伸ばす。芋っぽい根菜を中心に色んな野菜が混ざっているのが判る。

 

熱帯地方特有のピリっと辛い香辛料で味付けされており、こちらも十分に美味しい。ついつい冷蔵庫で冷やしていたエールが進んでしまう。

 

 

「この味付け、懐かしいですね。

 

 南ブレランドでもこういう香辛料を利かせた料理が多いんですよ~」

 

 

メイもその顔に満足の笑みを浮かべながら食を進めている。

 

ヴァラナーもブレランドもコーヴェア大陸の南方に属している。今は"モーンランド"に隔てられているが、緯度的には近いほうだ。

 

このため、植生も近く地方の料理にも似たところがあるのかもしれない。

 

賑やかに談笑しながらの食事もひと段落したところで、自然と今後についての話になった。

 

 

「ま、とりあえずは収入で身の回りを整えるのが最優先かな。

 

 この街では手に入らないものなんかもあるから、シャーンに出掛けるつもりだよ」

 

 

ストームリーチもそれなりに大きな都市ではあるが、品揃えには不足しているものが多い。

 

オリエン氏族の提供する《グレーター・テレポート》サービスを利用すれば遠く離れた大都市シャーンまでも一瞬だ。

 

あそこであればドラゴンシャードやより高位の呪文の記された巻物など、この街では入手に苦労する品々でも比較的容易に入手できるはずだ。

 

将来的には自前の呪文で転移するための拠点の確保も行っておきたい。

 

 

「そういえば前にシャーンで買い物されるって仰られてましたね。

 

 この大陸で得た品をシャーンで売却するには、ブレランド王国発行の許可状が必要ですよ。

 

 以前の約束もありますし、私もご一緒させてくださいな~」

 

 

そういえばメイとは以前そんな話をしていた。

 

 

「メイはモルグレイブ大学に顔を出したいんだっけ。

 

 論文のほうは目処がついたのか?」

 

 

彼女はゼンドリックでのフィールドワークを大学の卒業論文にしていると聞いている。

 

まだストームリーチに来て日は浅いが、ある程度形にはなったのだろうか?

 

 

「召喚術に関する研究はトーリさんのおかげで随分と捗ってます。

 

 今回のところは教授への経過報告ってところですね」

 

 

メイはコルソスで俺が見せた《ディメンジョン・ホップ》を基点に同系列のアレンジ呪文の研究を成功させている。

 

先日敵の秘術呪文使いが仕掛けてきた《ウォール・オヴ・フォース》による分断策を打ち破った《リグループ》の呪文もその成果の一つだ。

 

俺からある程度アドバイスを行ったりはしたが、それをしっかり結実させたメイの才能は確かなものだと言えよう。

 

 

「シャーンか。僕はちょっとあそこにはいい思い出がないんだよね。

 

 ここで留守番でもしてるよ」

 

 

ラピスは乗り気ではないようだ。

 

コーヴェア大陸から安住の地を求めてやってきた彼女にとって、一時的にとはいえあちらの大陸へ戻るということは抵抗があるのかもしれない。

 

 

「私も一度ティアー・ヴァレスタスに戻らねばなるまい。

 

 祖霊の歩みを辿ったことを過去の守り手に伝えなければな」

 

 

ちらりと双子のほうに視線をやりながらエレミアが口を開いた。

 

『ティアー・ヴァレスタス』は コーヴェアにあるエルフの王国、ヴァラナーの首都だ。

 

"過去の守り手"とはゼンドリックで巨人に反抗して戦った過去のエルフの英雄の記憶を保存する役割を負ったクレリックやバードからなる、エルフの戦士達の精神的指導者である。

 

 

「我らの里に行けばアルクィスに関する碑文などもあるだろう。

 

 里を襲った無法者達の手が及んでいなければいいのだが」

 

 

「祖霊の墳墓は強い守りがある。だから、大丈夫」

 

 

フィアとルーによると、三人の祖先であるところのアルクィス・テローラは巨人の軍勢と戦い敵の将軍を倒して『シャン・ト・コーの印璽』を奪った。

 

その後エルフとしては珍しくドラウと共に巨人達との戦いを続け、やがてラマニアの顕現地帯を越えた先に集落を作ったという。

 

 

「それじゃあ僕ら三人が留守番か。

 

 エレミアも国に戻るんならシャーンから飛空挺を使ったほうがいいんじゃない?」

 

 

飛空挺を操る"リランダー氏族"はエルフの国ヴァラナーに正式な拠点を持つ唯一のドラゴンマーク氏族である。

 

ハーフエルフである彼らの持つ『嵐のマーク』は天候制御を可能とするため、雨乞い等農業に関する補助的なサービスをかの国で行っている。

 

 

「そうだな、シャーンまではオリエン氏族のサービスで瞬間移動するつもりなんだ。

 

 この街で船を探すよりも、シャーンで飛空挺を探したほうが早いだろう。

 

 それにひょっとしたらヴァラナーまでも《テレポート》で運んでくれるかもしれない」

 

 

この世界の瞬間移動は、自分の行った事の無い場所でも特徴的な地形の伝聞や地図を見ながらの呪文使用で目的地へと送り届けてくれる。

 

オリエン氏族のドラゴンマーク、その最高位である『エア』の称号を持つ人物の使う《グレーター・テレポート》であれば距離の制限も転移先のエラーも存在しない。

 

しかし、その分代金も一回当たり5,000GPと相当なお値段である。

 

俺も地図を見ることが出来れば自前の巻物を使うことでその呪文を行使可能だが、行った事のない街に瞬間移動するのは流石に躊躇われる。

 

 

「では、ありがたく便乗させてもらうとしよう。

 

 船はどうしても長期間乗っていると体が鈍ってしまうからな」

 

 

 

 

そんな話をした晩から暫くの時間が経過した。

 

流石に氏族の提供する最高位のサービスだけあり、引手数多な『エア』はこの街に常駐しているわけではない。

 

翌日から毎日オリエン氏族の居留地を訪れ、三日目にしてようやく『エア』との面会が叶ったのだ。

 

コーヴェア大陸の都市からここへと旅客を連れてきたらしく、彼のドラゴンマークの能力が回復する明日に予約を入れることが出来た。

 

 

 

 

「さて、それじゃ暫くお別れだね。お土産を期待してるよ、トーリ」

 

 

別れの朝が来た。

 

この数日は"黒鉄亭"から得た相場通りの売却益を分配したり、巻物を書いたりして過ごしていた。

 

昨夜ちょっと豪勢な食事をしたのもお約束というやつだ。

 

 

「それは十分に期待してくれて良いぜ。

 

 シャーンの高級魔法道具の倉庫を空にするつもりで買い物をしてくるさ」

 

 

大都市でのアイテム購入がどれだけゲームシステムに忠実かわからないが、俺の欲しい品が最も入手しやすい都市であることに間違いはないだろう。

 

 

「留守は任された。この家はしっかりと守る」

 

 

「そうだな。我らのことは心配要らぬ。お主らのなすべき役割を果たしてくるがいい」

 

 

この三日間つきっきりでいたことでルーの術力は相当回復したらしい。

 

その能力はスチーム・トンネルに巣食っていた死霊術士を遥かに上回る。

 

とはいえ良くない事態を想定して脱出用のアイテムをラピスに持たせてあるし、家を守ることに固執しなければそうそう最悪の事態に陥ることはないはずだ。

 

 

「別に家はまた建てればいいんだし、そんなに気負わなくて良いぞ。

 

 皆が無事で居てくれることが一番大切だからな」

 

 

俺が不在の間にハザディルの手が再び伸びる可能性も考慮して一時はコルソス村のラースのもとにでも預けようかと思ったが、彼女らの意思が強かったこともあり断念した。

 

 

「エレミア、故郷に戻ったら英雄扱いなんだ。

 

 そのまま帰ってこないなんてことはないだろうね」

 

 

ラピスがエレミアに軽口を投げている……とはいえ、強ち有り得ない話ではない。

 

多くのレヴナント・ブレードがこのゼンドリックで祖霊の足跡を辿っているが、未だかつてエレミアほどの功績を成した者は居ないはずだ。

 

その実力も最高峰に近い。

 

元々がヴァダリア大王に忠誠を誓った精鋭の戦士であるのだから、これ以上の探索は不要でありその力を国のために発揮するべきだと判断された場合にエレミアはどうするのか?

 

だが、その心配は間をおかずに返されたエレミアの言葉によって杞憂となった。

 

 

「ふふ、心配することはない。

 

 いまやこの場所こそが我が帰る家。お前達こそが私の仲間だ。

 

 私は我が花を照らす星を見つけたのだ」

 

 

そう言って微笑む彼女の横顔は、その名に相応しい輝きを放っていた。

 

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