ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

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3-4.塔の街:シャーン4

窓を打つ雨粒の音で目が覚めた。今日もシャーンは雨模様のようだ。初日と昨日は青空が広がっていたが、それ以外はずっと雨が降り続いている。

 

ベッドの隣で、メイはまた俺の腕を抱き抱えるようにして眠っている。昨晩は遅くまで起きていたため、疲れているのだろう。

 

雲に隠れていて見えないが、まだ日は昇ってそう経っていないはず。もうしばらく寝かせておいてあげたほうがいいだろう。

 

俺も目を閉じ、昨日起こった出来事について思考を巡らせる。とりあえず、必要なのは情報だ。

 

土地勘がない事もあるし、メイの占術のみを頼りにするわけにもいかない。

 

敵方に高位の信仰呪文使いがいた場合は相手が神託を受け取っていることも考えなければならない。秘術呪文と信仰呪文では、情報収集の能力に大きな差があるのだ。

 

一旦ゼンドリックに戻ってルー達の助力を受けることも考えたが、祖霊との繋がりで力を行使する彼女の力がこのシャーンでどれだけ発揮出来るか分からない上、ドラウの姿はこの街では目立ちすぎる。

 

この件は、いまシャーンにいる俺とメイだけで片付ける必要があるということだ。

 

俺は隣で寝ている彼女の温もりを感じながら、今日行うべき行動について一つずつ確認していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼンドリック漂流記

 

3-4.塔の街:シャーン4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食をとった後にホテルを出て、まず向かったのは昨日炎上した商会跡地だった。

 

リフトを用いて《メンシス中層》へ下り、街区を抜けて『エヴァーブライト』へと移動する。

 

この街区はいつ来てもその様相に変わりが見えない。エヴァーブライト・ランタンの冷たい灯りが街中を照らしている。

 

街区の隅で起こった火事や強盗のことなど気にも掛けていないようで、通りを歩く人々などの様子は先日と変わっていないように見える。

 

警護団から渡された白いザックを片手にしばらく街中を進んだ後、大通りを離れ商会のあった塔の外壁へと到着した。

 

壁面の穴はまだ修復されていないようで無残な傷跡を晒しており、崩落の危険性を考慮してか現場周辺は立ち入りを禁じる黄色いロープで隔離されている。

 

秘術的視覚を通じてうっすらと見える防御術の輝きは《アラーム》の呪文によるものだろう。視界に映る範囲に見張りは居ないようだが、侵入者がいればすぐさま都市警護団が駆けつけてくるのだろう。

 

ひょっとしたら移転の案内なんてものがあるんじゃないかと思って立ち寄ってみたのだが……やはり楽はさせてもらえないらしい。

 

落胆とともに踵を返し、俺は再び移動を開始した。

 

 

 

 

 

再びリフトに乗り、下層に降りてきた俺は《ファイアーライト》の大通りを歩いていた。まだ朝に近い時間帯だというのに、この街区の空気は相変わらずだ。

 

太陽の光の差し込まない塔の下層部、きらびやかな居酒屋や娼館、カジノの照明だけが周囲を照らしている。

 

 

「あら。浮かない顔ね、お兄さん」

 

 

そんな俺に声をかけてきたのは、肩から背中にかけて派手に露出したドレスを着た若い女性だ。四肢を覆うべき部分には所々カットが入っており、瑞々しい肌が目に眩しい。

 

ブレランドは温暖な気候であることから肩を出す程度の露出の服装は当たり前にその辺りで見られるが、この女性の服装はそれらとは一線を画している。

 

特定の職業についていることを明示しているのだろう。それでいて切りそろえられた黒い長髪は腰元まで伸び、少し大人びた少女の容貌がアンバランスな魅力を放っている。

 

 

「おっと、顔に出てたかな?

 

 最近トラブルに見舞われてね、スムーズに事が進まない事ばかりで困ってるんだよ」

 

 

昨晩メイにザックの中身を触媒に《スクライング/念視》の呪文を使ってもらったが、焦点具として用いた大きな銀の鏡には何も映らなかった。

 

この品の持ち主が念視に抵抗したのか、それとも既に死亡しているために失敗したのかはわからない。何にせよ、楽な手段での追跡は出来ないということだ。

 

ザックの中身が手掛かりになるのではないかと期待していたのだが、それ自体は魔法の掛かっていない普通の工芸品で細工も見当たらない。

 

念視の触媒として使用出来なかった以上、情報の入手には他の手段を取る必要がある。俺はそのためにここ《ファイアーライト》に足を運んできたのだ。

 

 

「それじゃ少し休憩していっては如何?

 

 心の洗濯をしたらいい考えが浮かぶかもしれませんわ」

 

 

そういって女性は俺の腕を取り、体に押し付けるように抱え込むと近くの大きくはあるが質素な外見の建物へと連れていった。

 

入り口を潜った所、建物の最初の部屋は大広間になっており散らばるように配置されたソファには何人かの麗しい女性が腰掛けて思い思いに時間を過ごしている。

 

まだ昼前ということもあり、椅子の数の割に女性の姿はあまり多くない。外装とは異なった雰囲気の落ち着いた広間を、中央に吊り下げられたシャンデリアからの暖かい光が照らしている。

 

中央の見通しのいいテーブルに案内された俺はそこで飲み物を振舞われた。個室に案内されるまでの間はここで寛いで、誰か好みの女性がいれば指名しろということらしい。

 

リクエスト通りの口当たりの軽いアルコールを飲みながら広間を見渡して俺の目的に適いそうな女性を検分して一人を指名し、豪奢なカーペットに覆われた階段を腕を引かれながら登っていった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、トーリ様は冒険者でいらっしゃるのよね。

 

 冒険の話を聞かせてくださらない?」

 

 

シャワーで汗を流しているところに、ネレイドと名乗った女性が話しかけてきた。

 

結局俺が指名したのは、俺をこの娼館"ネプトゥナリア"に招き入れた女性だった。

 

素肌の上に薄手のシーツを胸元まで持ち上げただけの状態で、先ほどまでの名残かやや上気した顔で半身を起こしているその姿はとても扇情的だ。

 

案内された部屋は高級ホテルと大差ない、スイートルームだった。唯一の違いは、部屋を仕切る壁の類が一切取り払われているところか。これでもスイートというのかは難しいところではあるが。

 

寝室に隣り合った浴場にある獅子の口からは温かい水が広い浴槽に注がれ、嫌味にならない程度に観葉植物が飾られている。

 

部屋の外枠をなす壁の一面は曇りガラスのようになっており、灯りはその向こうから差し込んできている。この部屋にいると外の陰鬱な天気のことなど忘れてしまいそうになる。

 

 

「そうだな……大して面白い話じゃあないんだが」

 

 

すっきりしたところで寝室の方へ戻ろうとすると、ネレイドは立ち上がって甲斐甲斐しく俺の体の水滴を拭き取ってくれる。

 

体に触れるタオルの感触が柔らかく心地よい。こうしているとこの世界がファンタジー世界であることを忘れてしまいそうだ。

 

お金さえあれば現代同様の空調完備、衣食住の整った暮らしを送ることが出来る。

 

グレイホークやフォーゴトゥンレルム等、他の有名なD&D世界ではこうはいかなかったのではないだろうか。それだけでもまだ俺は幸運だと思える。

 

枕元にはいつの間にか程よく冷えたキールが用意されていた。舌先でカシスの甘い味わいを楽しみながら、言葉を選んで口を開く。

 

 

「今関わっているのは冒険というよりはちょっとした面倒事ってところかもしれないな。

 

 "ここ"に来たのも、ちょっとした手がかりを探そうと思ってなのさ」

 

 

うつ伏せで上体を起こした姿勢でワイングラスを傾けていると、ネレイドは俺の肩に顎を寄せ、耳元に息を吹きかけるように顔を近づけてきた。

 

 

「あら、ひょっとしてお誘いしたのはお邪魔でしたか?」

 

 

鈴を転がしたような声が耳元から発せられる。耳たぶに触れるか触れないかの位置で彼女の小さな唇が動いているのを感じる。

 

 

「いや、君と出会えたのは幸運だったな。おかげで探し物も見つかりそうだよ」

 

 

僅かに液体を残したグラスを枕元のテーブルに置くと、ネレイドは俺をそっと押して仰向けに転がし胸元にその顔を寄せてきた。

 

 

「トーリ様、お上手ですわね」

 

 

胸元に顔を埋めた彼女の表情はこの体勢では窺うことが出来ない。視界に映る豊かな黒髪には、照明の光が反射して綺麗な天使の輪が描かれている。

 

彼女が洗髪に使っている石鹸か香料の匂いだろうか。心を落ち着ける香りが漂ってくる。

 

 

「いや、今の言葉はお世辞でも何でもないよ。俺が君を選んだ理由もそこにあってね」

 

 

よく手入れのされた黒髪に指を通しながら、言葉を続ける。

 

 

「君みたいな人と、その友達を探してたのさ」

 

 

俺の言葉を受けて顔を上げたネレイドの瞳には特にこちらの言葉に対して反応は見られない。だが、俺の感覚は確かに彼女の気配が一瞬揺らぐのを感じ取った。

 

 

「あら、どのコの事かしら。

 

 他にもお目当ての者がいたのでしたら、最初から二人でおもてなしいたしましたのに。

 

 トーリ様を独占できなくて、少し残念ですけれど」

 

 

少し拗ねたような表情を作りながらネレイドはこちらに顔を近づけてくる。胸元で柔らかな感触が押しつぶされ、形を変えていく。

 

 

「そうだな、とりあえず後でもいいから紹介して欲しい人が居るんだ。

 

 俺は"タイランツ"に用があってね」

 

 

俺がその名前を出した途端、ネレイドの顔が近づいてくるのが止まった。

 

そして一呼吸の後に動き出した彼女は俺の頭の両サイドに手をつき、覆いかぶさるような姿勢になって俺の目を覗き込んできた。

 

重力に従って垂れ下がった髪が肩口から零れ落ち、まるで二人の顔以外を周囲から切り離すカーテンのようだ。

 

 

「……どうしてトーリ様は、私がその方に縁があると思われましたの?」

 

 

小さく整った顔に対して、大きく見開かれた瞳が俺を映している今の彼女からは先程までの甘えた気配は一切感じられない。

 

 

「そう複雑な事じゃないさ。この手の店は何らかの形で彼らとの関わりがあるだろうしね。

 

 向こうもこちらに興味があるだろうことは判っていたし、声を掛けてきた君の事を考えればその確率は高いだろうと思ったのさ」

 

 

《ファイアーライト》に入る以前から、既にこちらを観察している視線は捉えていた。種族を偽装したチェンジリング達が俺を観察していたのだ。

 

これ見よがしに戦利品を抱えて街を練り歩いた甲斐があったと言うものだ。

 

今もまだ彼女たちが俺の敵である可能性は低いわけではない。だがそうだったとしても別に大した問題ではない。

 

虎穴に入らずんば虎子を得ず。たとえそれで親虎が出てきたとしても倒してしまえば良い。その程度のリスクは十分に許容範囲だ。

 

 

「それじゃあ、私はまんまと貴方と言う餌に食いついてしまった間抜けな獲物ということかしら。

 

 その獲物に逆に喰い殺される、とは考えませんでしたの?」 

 

 

彼女の細い指が俺の耳元から頬を撫でるように動きながら下げられていき、ネックレスで飾られた首元で静止した。

 

 

「……試してみるかい?」

 

 

口元に僅かに笑みを浮かべながら問いかける。お互い衣服を纏わぬ姿。僅かな装身具のみを身につけ、指先から肘までにも足りないほどの短い距離で触れ合っている。

 

お互いの事を探るように見つめ合う。彼女の瞳に映る俺の姿は自信あり気に笑みを浮かべている。ひょっとしたら瞬きの後には殺しあっているかもしれないというのに、余裕の表情だ。

 

 

「───止めておきますわ。どうも、分が悪そうですものね」

 

 

見つめ合っていたのはどれほどの時間だっただろうか。やがてネレイドは瞳を閉じ、腕から力を抜くとこちらへと倒れかかってきた。

 

彼女は耳が擦れ合いそうなほどの間隔で顔を枕に沈めた。先程までの緊迫した気配は霧散している。

 

 

「(ふう。とりあえず第一関門はクリアー、ってとこか)」

 

 

内心どう転ぶかと思っていたが、なんとか平和裏に接触を取ることが出来たようだ。

 

一方の手に"はったり"技能に修正を得る指輪、残る指輪とネックレスに各種耐性装備などで身を固めていたため身の安全には自信があったが、交渉を上手く進めることが出来るかが判らなかったのだ。

 

出たとこ勝負になってしまっているが切れる手札の数は限られている。出来ればエースやジョーカーは最後まで温存しておきたい。

 

"タイランツ"とは、ドッペルゲンガーやチェンジリングといった変身能力を持つ種族のみをメンバーとして受け入れる謎に満ちた組織だ。

 

目の前の彼女もチェンジリングであることは、《トゥルー・シーイング》の付与されたゴーグルを装着していたことで確認出来ている。

 

下の広間にいた女性たちも皆同じだ。その中からネレイドを選んだのは、彼女がその身に纏っている術者としてのオーラが一際目立っていたからだ。

 

《アーケイン・サイト》の呪文は精神を集中しながら観察を行うことで対象の大凡の術者としての技量を知ることが出来る。

 

このエベロンで本物の呪文使いは希少だ。メイほどではないといえ、この館で働いており希少な呪文使いであるということはそれなりの地位にあるのではないかと言う読みだ。

 

 

「さて、それでトーリ様は私達に何を求めていらっしゃるのかしら。

 

 夢百合でも竜血でも、お望みのままにご用意いたしますわよ。それとも、今必要なのは新しい顔と身分証明書かしら?」

 

 

頭半分を枕に沈めたまま、ネレイドはこちらを向いて口を開いた。

 

今彼女が口にした『夢百合/ドリームリリィ』、『竜血/ドラゴンブラッド』はいずれもシャーンでは禁止されている違法ドラッグである。

 

特に後者はあの"オース・オヴ・ドロアーム"を鍛えたドロアームのハグ達が作り出したと言う強烈な品だ。

 

また彼らは様々な品の"偽造"の達人であり、身分から信用状、それに整形術にまで通じている。

 

逃亡者の過去を抹消して新しい素性を用意し、整形に加えて周辺人物までエキストラを用意して演じることでその身分に説得力を持たせるなど、芸が細かい。

 

一方で哀れな犠牲者から本物の身分証明書を盗み出し、偽物をこっそりポケットに入れておく……こんなことを当たり前のようにやってのける有能で危険な組織だ。

 

だが俺に必要なのはそんなものではない。俺の探しものは彼女たちの取り扱う中でも最も価値が高いもの、『情報』なのだ。

 

"タイランツ"がシャーンで活動を開始して300年間、売春宿のほとんどを傘下におき、都市中にスパイ網を張り巡らせ、種族特性である精神感応能力を駆使して彼女たちは様々な秘密を手にいれているという。

 

 

「俺は"トワイライト商会"で起こった厄介ごとに巻き込まれているんだ。

 

 もしサイラスに友人がいて、落とし前をつけようと考えているなら協力できるんじゃないかと思ってね。

 

 俺としても注文の品物が届かないのは困る。取引を邪魔した連中には、それなりの対応をしておかないとな」

 

 

俺はサイラスもこの"タイランツ"の構成員ではないかと考えている。

 

あの店は非合法な品も取り扱っていたが、その手の店を経営するのに裏の組織の影響を受けていないとは考えにくい。であらば、彼の氏素性からしてこの組織が最も近いだろう。

 

今から改めて別の店を探し、その店が仕入れを行うまでに掛かる時間はどれだけだろうか? 要求する質と量のことを考えると非常に難しいだろう。

 

そして、あのフレイムウィンドの予言。安全を重視するのであれば尻尾を巻いてストームリーチへ逃げ帰り、コイン・ロードに名を売るのがいいのだろう。

 

あるいはいずれかのドラゴンマーク氏族に取り入る、という手段もある。だが、俺はそのいずれも選択しなかった。

 

予言では俺が望みのものを手に入れる可能性が語られていた。ならば、それを実現させてやればいいのだ。

 

 

「……そうですわね。確かにそんな人達に心当たりはありますわ」

 

 

こちらにしなだれかかるようにしながらネレイドが呟く。

 

再び両手が俺の首へと回され、口づけするような距離まで顔を近づけながら彼女は続けて口を開いた。

 

 

「でもその前に時間も十分に残っていることですし、当店でのサービスを満喫いただかなくては。

 

 ベッドの上での"交渉"で遅れをとったとあっては、仲間たちに顔向けできませんもの」

 

 

先程とは違った悪戯気な表情で彼女は微笑む。

 

 

「……お手柔らかに願います」

 

 

俺に出来ることは苦笑を浮かべることだけだった。

 

 

 

 

 

何度かの鐘が時刻を知らせるために鳴り響いた後、俺は《タヴィックス・ランディング下層》にある『ドラゴンアイズ』という歓楽街に来ていた。

 

『ファイアーライト』同様に多くの売春宿や賭博場で賑わう街区であるが、こちらのほうがより退廃的な雰囲気を漂わせている。

 

貧民層向けの娯楽を提供する店で占められた通りを超えたすぐ先には、他の街区などからきた裕福な客向けの洗練されたサービスを売りにする店舗が並んでいる。

 

この街区は通りや角を一つ違えるだけで、その印象を様々に変容させる混沌とした街だ。ある意味"タイランツ"が本拠を構えるに相応しい街区だと言える。

 

彼らは裏に属する組織として不動産を各地に分散させて所有しているが、ここ『ドラゴンアイズ』には"シフティング・ホール"という建物を一つ構えている。

 

 

「トーリ様、こちらですわ」

 

 

手を引くネレイドに案内され、俺は街並みに溶けこむようにひっそりと佇んでいる建物へと足を踏み入れた。

 

一切の目印も特徴もないこの建物は、予めそうと知らされていなければ辿り着くことは困難を極めるだろう。相当の土地勘が必要だ。

 

建物の中はビルのように多数の部屋で構成されていた。その全ては建物の外観同様なんら目印がない。

 

階段をいくつか上り、クローンのように同じ表情を纏った部屋のドアを通り過ぎる。

 

通路も真っ直ぐではなく微妙に上下左右と歪められており、果たしてこのまま反対側の階段に突き当たったところでそこが同じ階になっているかも怪しい。

 

一度この建物を出てから別の入口に案内され、もう一度同じ部屋に入れといわれても難しいだろう。それほどこの建物は厄介な構造で内装には個性という概念が欠落していた。

 

真っ直ぐ歩いているはずなのに足の裏には傾きを感じる。これもセラニスの顕現地帯を利用したなんらかの特殊な工法なのだろうか?

 

平衡感覚に優れていなければ、ただ歩いているだけで酔いそうになるに違いない。

 

夢で見たらホラーであること間違い無しのそんな建物の中を歩くこと10分ほど、ようやく目的地に到着したようだ。

 

そろそろ見飽きた同じ見た目のドアの一つをネレイドがノックし、返事を待たずにノブを回すと中へと入っていった。俺もその後に続く。

 

部屋の中央には粗末なテーブルとソファが一揃い。奥の壁の上方にはガラスが嵌め込まれた窓があり、微かな魔法光がそこから室内を照らしている。

 

 

「お客様をお連れしましたわ、お父様」

 

 

ネレイドの言葉を受け、ソファに身を沈めていた男がその顔を上げる。エルフの特徴的な尖った耳に鋭い目。

 

彼はテーブルに置かれた二つのコップにお茶を注ぎ終わるとこちらに声をかけてきた。

 

 

「お久し振りですねトーリさん。再会を祝してまずはこのお茶でも如何ですか?」

 

 

目の前に立っているのは死んだはずの店主、サイラスの姿をした男だ。香ってくる匂いはあの時店内で飲んだ烏龍茶と同じ。

 

だが、ゴーグルを通した俺の目には真実が映っている。目の前の男は明らかにあの時のサイラスと別人だ。

 

何故なら目の前の男の正体は"チェンジリング"ではなく、"ドッペルゲンガー"なのだから。

 

エルフの姿に重なって映るその輪郭はかろうじて人型生物の範疇だが、その姿はチェンジリングよりもさらに人間離れしている。

 

青白い肌で手足はやけに長い。顔は無表情というよりも、鼻は作りかけといった様相で骸骨に皮をかぶせたように見える。

 

だが目だけは大きく丸く膨れ上がり、不気味な黄色の光を放ってその存在を主張しているかのようだ。

 

 

「俺の自己紹介はいらないようだな。お茶だけは有り難く頂戴しよう。

 

 で、俺はアンタのことをなんて名前で呼べばいいのか教えてくれるかい?」

 

 

ズカズカと部屋の中央まで歩き、ソファに腰掛けながらコップを口に近づける。どうやらこのお茶だけはこの部屋の中で本物のようだ。

 

抱えていた白いザックを投げつけるように男の横へと放り出すと、革製の袋は軽い音を立ててソファに沈み込んだ。

 

 

「ふむ、趣向を凝らしたつもりだったが不興を買ってしまったようだな」

 

 

サイラスの姿を纏った男は俺の様子にも動じた様子は見せず、コップを手にとると口へと運んだ。ネレイドは部屋のドアの前から動く気配を見せない。

 

 

「彼はこのお茶を何故か好んでいてね。我々の中でもそういった意味では変わり者だったと言える。

 

 久々に来た上客がこの味を理解してくれたと、上機嫌にしていたよ」

 

 

やはりサイラスはこの組織の一員だったようだ。

 

その男は茶を一口飲むとコップをテーブルへと戻した。その直後、一瞬姿がブレたかと思うとそこには別の顔の男が腰掛けていた。

 

 

「どうやら君には我々の見分けがつくようだね。その秘密を聞きたいところだが、その件は後回しにしよう。

 

 私のことは……そうだな、カロンとでも呼んでくれ」

 

 

わざわざ別の姿を取ってから自己紹介を行ったのは彼なりに気を使ってなのか、それとも彼らの流儀なのか。

 

今度は人間の男性の姿をとったその男は俺が投げつけたザックから中身を取り出すとテーブルの上に並べ始めた。

 

ともあれ、ここまできたら後はこちらの要求をぶつけていくだけだ。

 

 

「それじゃあカロン、早速聞きたいことがあるんだが。

 

 "トワイライト商会"は俺との取引を継続する気はあるのかい?」

 

 

質問を投げ掛けつつ、カロンの姿を眺める。ネレイドはこの男のことを父と呼んでいたが、種族も異なるし実際に血が繋がっているわけではないだろう。

 

ドッペルゲンガーがチェンジリングの祖だという説はあるが、それは遙か伝説の彼方の話だ。おそらくそれはこの男が身に纏う、信仰呪文の使い手としてのオーラが関係あるに違いない。

 

こうして測っている彼らの力が俺の想像以上であり、品物を再び揃えてくれるのであればそれはそれで問題ない。

 

だが、やはりそこは都合よくは行かないようだ。カロンの表情は看破するまでもなく苦々しげで、先日の一件が彼らにとっても痛手であったことは間違いないようだ。

 

 

「残念ながら、すぐに注文の品を揃えるというわけにはいかないな。

 

 ゼンドリックとの航路が復旧しつつあるとはいえ、完全に元通りと言うわけには行かない。

 

 特に、君の求める品を満載した船がいくつもドラゴンの犠牲になって海中に没したとも聞く。

 

 シベイの結晶についてはしばらく需要に供給が追いつかないと見ていい。

 

 各氏族間での奪い合いも既に発生しているし、特に君の要求するレベルの品は当面品薄が続くだろう。

 

 ひょっとしたら海の底を浚った方が早いかもしれないな」

 

 

なんと、コルソスの事件はまだ尾を引いているようだ。

 

確かに、航路が復旧したとはいえ沈められた船が浮かんでくるわけではない。大洋を越える船ともなれば、建造にも時間がかかるだろう。

 

下手をすれば年単位での影響がありそうだ。今頃、ズィラーゴなどの船大工は大忙しだろう。

 

 

「それに我々の被害も相当なものだ。君の知る彼で殺された"サイラス"は二人目だ。

 

 あのような店を切り盛りするには、秘術の才能が物を言う。

 

 "トワイライト商会"はしばらくの間休業せざるを得まいよ」

 

 

衣服を変えるかのように姿を変え、メンバーの間で大量のプロフィールを共有している彼ら"タイランツ"と言えど、習得している技術までもが共有出来るわけではない。

 

あの時俺が出会ったサイラスは使用した呪文から考えても最低で5レベルのウィザードだ。そのレベルの人材が複数失われたとなれば相当な痛手だろう。

 

 

「なるほどね。それで、犯人の目星はついているのか?」

 

 

まだ湯気を立てているお茶を口にしつつ、本題に入る。

 

彼らの手腕をもってしても品を揃えられないと言うのであれば、奪われた品を取り返すしかない。

 

しかしカロンの口から返ってきたのは煮え切らない答えだった。

 

 

「さて、どうだろうか。

 

 君が『ウォーデン・タワーズ』で行った証言が正しいとすれば、怪しいのは"タルカナン氏族"だろう。

 

 だが全てのチェンジリングが我々のメンバーではないように、特異型マークの全員がかの氏族に属しているわけではないだろう。

 

 近頃暴れまわっている"ダースク"かもしれないし、"ダースク"に押されている"ボロマール・クラン"が隠していた切り札の暗殺者かもしれない。

 

 あるいはデニヤスに住むノームの女魔術師の陰謀という可能性もある」

 

 

"タルカナン氏族"は特異型マークの持ち主たちが集まった組織だ。小さいながらもコーヴェアの至る所に存在し、凄腕の暗殺者と盗賊を抱えていることで知られている。

 

その名前は、過去の偉大な特異型ドラゴンマークの英雄にあやかっている事は説明するまでもないだろう。

 

6年前にシャーンに現れた際には"ボロマール・クラン"と衝突したが、クランの攻撃を凌いでこの地に根をおろすことに成功している。元々クランが暗殺を生業にしていないために彼らの間には共存の余地があったのだ。

 

対して"ダースク"はドロアームから移住してきたモンスターたちが率いる攻撃的な犯罪組織だ。地底に広がる《コグ》という地域と《ドゥラ下層》などの街域で足場を築いた彼らはここ数年でより広範囲に進出を試みている。

 

物理的暴力を重視する彼らは主に"ボロマール・クラン"の活動現場を急襲しては引き揚げるという戦術をとっており、一見"タイランツ"とは敵対関係には無いように見える。

 

だが彼らの後ろで糸を引いているのはドロアームを支配する3姉妹のうちの一人だ。彼女たちの思惑は謎めいていて捉え難く、可能性を切って捨てることはできない。

 

そして"ボロマール・クラン"はシャーンで最も強大な犯罪組織である。シャーン市議会にメンバーの一人を議員として送り込み、何世代にもわたって警護団の隊長を買収してきた歴史を持つ。

 

だがかつては"全能"の評価をほしいままにした威光も急速に翳りつつある。"ダースク"との争いは、確実に彼らに出血を強いているのだ。彼らがかつて支配していた水商売の利権を奪い返そうと活動を開始した可能性もある。

 

大規模な犯罪組織は、ざっと挙げただけでもこれだけ存在している。これにドラゴンマーク氏族やブレランド貴族、他国の間諜やカルト組織などもあるのだから容疑者は枚挙に暇がない。

 

 

「それに、我々であればドラゴンマークを偽装することが出来る。

 

 パワーは秘術の力で代用することになるが、有り得ない話ではない。相手が特異型マークの使い手であるという前提も確実なものではない」

 

 

そういうカロンの腕に、俺が先日見たあの異形の巨漢の腕にあったマークが赤い光を放っていた。ドッペルゲンガーの持つ変身能力でドラゴンマークの紋様をコピーしているのだ。

 

何故この男がこの紋様を知っているのか?

 

そう疑問を感じた俺の心情が読めたのだろう、カロンは次々とその姿を変貌させて見せた。

 

若い人間の青年に、同じく人間の女性。いずれも『ウォーデン・タワー』で見た顔だ。あの時はゴーグルを装備していなかったため気づかなかったが、彼らもチェンジリングだったのかもしれない。

 

成程、確かに"タイランツ"の諜報能力は相当なもののようだ。警護団にもそれなりの数を潜り込ませているのだろう。だが、俺には彼らにない能力がチートにより備わっている。

 

 

「いや、それは違うな。もしもあの男があんたらと同じ種族だったのであれば俺にはそれが判る」

 

 

そう、相手が変身や幻術で偽装しているなら俺はそれをチート装備の恩恵により看破できるのだ。

 

高位の信仰呪文を24時間、アイテム一つで再現してしまうこのゴーグルはやはりこの世界では有り得ない性能だ。

 

 

「それに、昨日別の特異型マークの持ち主にちょっかいを掛けられていてね。

 

 流石にタルカナン氏族以外に強力な特異型マークの持ち主が複数いるとは考えにくい」

 

 

昨晩俺を襲った毒使い。あの男も特異型の使い手だった。

 

俺からすれば瞬殺できる程度に過ぎないが、一般的に見れば相当な実力者のはずだ。

 

俺があの毒使いの特徴を述べると、カロンは重々しく頷きながら応えた。

 

 

「おそらくその男は"腐れの"バル。狂信的なタルカナン氏族の暗殺者にして戦闘員であり、その致命的な能力ゆえにシャーンで最も危険な一人と言われる人物だ。

 

 あの男まで出張ってきたということは、確かにタルカナン氏族はこの件に関わっている可能性が高いな」

 

 

昨晩の男はどうやら結構な有名人であるらしかった。そういえば小説版やウェブエンハンスメントで名前を見たことがある気もする。

 

モンクベースで、特異型ドラゴンマークに関連する上級クラスを持っていたはずだ。掲載されていたレベルは10だったが、昨晩の動きから見て若干の上方修正を加えておいた方がいいだろう。

 

 

「そこまで判っているなら話は早い。連中が戦利品を貯めこんでいそうな場所に心当たりはないのか?」

 

 

タルカナン氏族が絡んでいるだろうという単純な推測は俺にでも可能だ。だが、そこから先が俺には難しいのだ。

 

土地勘のない街で不慣れな調査をして、地の利を有する組織相手に先回りできるかと言われればかなりの望み薄だろう。

 

聞込みをしている事が相手に漏れればブツを早々に移動させられるかもしれないし、イタチゴッコになりかねない。

 

若干残っている"三つの願い"の指輪の効果を使えば有利に運ぶことが出来るかもしれないが、貴重なリソースを消耗したくはない。

 

そこで俺は"タイランツ"に助力を求めようとしているのだ。

 

 

「確かに、そういったいくつかの場所については情報を得てはいる。

 

 だが、今は少し時期が悪いのではないかな。

 

 腕に少しでも覚えのある連中はちょっとした事情で今シャーンから離れている。

 

 "クリフトップ"や"デスゲート"で仲間を探すのは無駄だろう」

 

 

カロンが挙げた二つはこのシャーンにある冒険者ギルドだ。いずれもそれぞれの名を冠した街区に本部を構えている。確かに普通に考えればそういった連中に声をかけるのだろう。

 

だが、それらのギルドの構成員のレベルは2~5といったところだ。そんな低レベルの連中をいくら連れていったところで役に立つとは思えない。

 

しかし大半の冒険者たちが街から離れているという情報は気になる。話は聞いておくべきだろう。

 

 

「元から他人の戦力に期待はしてないさ。しかし、なんでまた人手が居ないんだ?

 

 この近くに未発掘の遺跡でも発見されたのか?」

 

 

この街で戦争をおこすつもりだったタルカナン氏族の連中が予め囲い込んでいるなんて事態だと流石に厄介かもしれない。

 

だがそれに対するカロンの返答は、俺の想像を遥かに超えた内容だった。

 

 

「ふむ、君はゼンドリックから来たばかりだったか。ではこの情報はサービスしておこう。

 

 最近シーウォール山脈から『赤き手』と名乗るホブゴブリンの軍勢が現れ、ニューサイアリに向けて進軍を開始したのだ。

 

 あの街の人口は四千人ほど、対してホブゴブリンの軍勢は五千を超えるとか。

 

 絶望的な戦力差にオルゲヴ王子はコーヴェア中に散らばった祖国の同胞と、成功を求める冒険者に助けを求めたのだ」

 

 

その言葉が耳に入った時、俺は自分の耳が信じられずに聞き間違いかと一瞬考えてしまった。

 

だが、"聞き耳"が技能により強化されている俺に空耳は有り得ない。それどころか、今聞いたその台詞を口調や声色まで再現出来る技術まで得ているくらいだ。

 

聞こえた単語は間違いない。竜魔王アザール・クル率いる『赤き手』

 

TRPG版で出版されているクエストとしては屈指の完成度を誇る名作であり、俺自身も思い入れのある『赤い手は滅びのしるし』というシナリオに登場する敵役だ。

 

確かにあのシナリオの舞台をエベロンに持ち込む場合、ニューサイアリが相応しいだろう。

 

オルゲヴ王子は"悲嘆の日"によって滅亡したサイアリ王家の血を引く唯一の人物だ。亡国に続きこのような災難に襲われるとは、運が無いとかいうレベルを通り越している。

 

良く訓練された『赤き手』の軍勢の戦力は一国の軍隊に匹敵しうる。370万というコーヴェアでも最大の人口を有するブレランドを滅ぼすことはないだろうが、一地方を脅かすには十分すぎる。

 

 

「……物騒な話だな。その連中がニューサイアリに殺到したのはいつの話なんだ?」

 

 

平静を装いつつも、カロンから情報を吸い上げようと試みる。

 

あのシナリオは日数管理も重要な要素の一つだ。プレイヤー達の立ち回りにもよるが、ホブゴブリンの軍勢の動きを掴めればシナリオの進行具合は判断できる。

 

シナリオ上では"ブリンドル"と呼ばれていた重要な拠点が"ニューサイアリ"に置き換えられていると考えればよいのだろう。

 

 

「今なおニューサイアリ陥落の報が聞こえてこない以上、進軍を遅らせることに成功したか攻囲を打ち破ったかのいずれかだろう。

 

 しばらく前にノーウェアからスタリラスクールに向かうライトニング・レイルの架線が何者かに破壊されたようで、人の行き来がパッタリと止まっている。

 

 周辺を飛ぶ飛空艇もドラゴンに襲われると聞いているし、架線の復旧は開始されたと聞くが当分の間は情報を得るのに時間を要することになるだろう」

 

 

カロンはこのように述べたが、実際にはもう少し情報を掴んでいるのだろう。両陣営に間諜を紛れ込ませる程度の真似はやっていておかしくない。だが俺には今の情報でも十分だ。

 

ライトニング・レイルの運行停止はアザール・クルに仕えるいずれかの竜魔将の仕業だろう。復旧を開始したと言うことは、その竜魔将は排除されたと見ていい。どうやら中盤の山場は超えているようだ。

 

侵攻を遅らせているだろうことから、あのキャンペーンのPCに相当する役回りのキャラクター達がいるのだろう。

 

 

「なるほど、随分手の込んだ連中なんだな。

 

 まあそんな話があるなら、どっち側につくのかはともかく冒険者達が出払ってるっていうのも納得だ。

 

 だが元々連中を頼るつもりは無かったし、俺のやることに変わりはない」

 

 

実際には『赤い手』の話も非常に気になるところではある。だが、どうやらあちらにはあちらで物語の鍵となる主人公たちがいるようだ。

 

ならば俺はこの街で、自分のビジネスに専念すべきだろう。流石にそちらにまで介入している余裕はない。

 

 

「さて、そういうわけで商売の話をしようじゃないかカロン。

 

 そんな状況じゃあんたらも手駒に困ってるんじゃないか?

 

 お互いの利害は一致してるんじゃないかと思うんだがな」

 

 

営業用の笑みを浮かべながら男の顔を見つめる。エルフの瞳は一瞬開かれた後に瞼に隠れたが、真実の姿はまばたきを行わないのかその大きな目玉はこちらを注意深く観察し続けている。

 

 

「ふむ、正直君の申し出はありがたい。

 

 ご存知かもしれないが我々はとても非力でね、打ち込まれた鋼に刃で応えようにも腕っ節が足りていないのだよ」

 

 

やれやれといった風情で両手を広げながらカロンは韜晦してみせる。

 

こんなことを言っているが、そんな組織が何百年もこのシャーンで裏世界の一角を取り仕切れるほど甘い世界ではない。

 

弱者は強者に蹂躙され、搾取される世界で生き延びてきた彼らには十分な牙が備わっているはずなのだ。

 

だが、今は彼の話に乗ったほうが都合がいい。

 

 

「俺としても邪魔をされたまま引き下がるわけにはいかないんでね。障害を片付けて、とっとと取引を済ませたいのさ。

 

 アンタらは俺に情報を寄越してくれればいい。後は俺がやるさ」

 

 

姿勢を後ろへ倒し、背中をソファに預けながら余裕たっぷりに言い放つ。

 

 

「連中がアンタらから奪った品はきっちり渡す。勿論約束していた品はその後で売ってもらうし、他の戦利品については俺の好きにさせてもらうがね。

 

 いい条件だろう?」

 

 

言うまでもないだろうが、彼らに取って非常に有利な条件だ。

 

注文の品が全て揃っていたとして少なく見積もって金貨20万枚、指輪も含めれば50万枚に相当してもおかしくない奪還品をあっさりと譲渡するというのだから。

 

 

「こちらとしては願ったり叶ったりだが……。

 

 余りに条件が良すぎて戸惑ってしまうな」

 

 

案の定、カロンも対応に困っているようだ。

 

 

「無論、これは今回の出入りの取り分に限った話さ。報酬がわりにお願いしたいことは他にある。

 

 一つは、俺の注文の品を継続して供給すること。シャードや指輪以外にも、いくつか探して欲しい品がある。

 

 シャードは海の底を浚う方が目立たずに掻き集められるっていうのなら、沈没船引き上げのスポンサーに立候補してもいい」

 

 

人差し指を立てながら一つ目の要求を伝える。

 

このあたりは特に問題ないだろう。店を構えることは当分無理かもしれないが、品物を集めることぐらいは彼らの組織力をもってすれば容易なはずだ。

 

果たしてこの世界に存在するかも怪しい、一般に禁書指定されるようなサプリメントのアイテムなんかについては怪しいが是非とも見つけ出して欲しいところだ。

 

何よりドラゴンシャードの安定供給を維持することが必要だ。沈没船の引き上げとなれば一介の冒険者の身の上ではやり辛いが、代理を立てて金だけ出せばいい立場になれば楽になる。

 

 

「二つ目だが、この奪還の主導はそちら側ということでお願いしたい。

 

 来てすぐに派手な立ち回りをしたなんてことになると厄介なファンがつきそうなんでね」

 

 

二本目の指を立てながら要求を続けた。無論、真に厳しい連中の目を誤魔化せるとは思わない。

 

だが、少しでも俺への注目を減らせるならば手を打っておくべきだろうし、その仕事には"タイランツ"が最も適しているはずだ。

 

 

「それと、もう一つお願いしたいのは情報だ。

 

 今回の件の報酬がわりに、さっきの『赤い手』に絡んだ情報をお願いしようか」

 

 

三本目の指を立てる。

 

今後の俺の活動のことを考えれば、この手の情報収集に長けた組織とのパイプは有るに越したことはない。

 

『赤い手』に関してであれば、俺はかなりの情報を有している。それと比較することで彼らの情報の精度や質についても把握することが出来る。

 

彼らの能力が有用であるなら、この一件を通じて友好的な関係を結んでいけばいい。そのための先行投資も兼ねているのだ。

 

 

「ふむ……。

 

 ではその条件でお願いしましょう。我々にとっても損の無い話です」

 

 

カロンも俺の口ぶりなどからその辺りのことを察したのだろう。しばらく瞑目した後にこちらの条件を受け入れてくれた。

 

さて、これでようやく事態解決への一歩を踏み出したといったところか。そして次の一歩は荒々しいものになるだろう。

 

だが勝算は十分にある。俺はメイに伝える情報を頭の中で整理しつつ、長くなりそうな今日の夜へと思いを馳せるのだった。

 

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