ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

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4-8.アーバン・ライフ6

ゼンドリック漂流記

 

4-8.アーバン・ライフ6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淡い魔法光が視界を覆い、浮遊感が体を包む。滲む視界の風景は瞬く間に入れ替わり、見慣れた自宅の庭から林の中へと俺の体は移動していた。

 

《テレポート》の呪文による瞬間移動だ。転移先は懐かしいコルソス島、エレミアと初めて出会った林の中の広場。どうやら転移事故も起こらず無事に到着したようだ。

 

最初訪れた際は薄く雪化粧していた景色も今はすっかり元の熱気を取り戻しており、俺が試し斬りした樹の切り株には若い芽が顔を出している。村を覆う古い結界のためか、赤道付近だというのに感じる気温はやや蒸し暑さを感じる程度だ。まったく、ファンタジー万歳である。

 

 

「何ボサッとしてるのさ。こんなところで時間を潰してないで早く村へ向かうよ」

 

 

俺が久しぶりに見た島の風景に想いをはせていると今回の同行者、ラピスが急かしてきた。先に歩き出した彼女の後を慌てて追いかけようと身を翻した俺の視界に、島の反対側にそびえ立つ山が映る。雪冠を失った山肌は緑に覆われており、かつて"悲嘆の峰"と呼ばれたその面影を見て取ることは出来ない。

 

以前はあの降雪は封印に使用された古代装置が原因かと思っていたが、良く考えてみればそれは間違いだったことが解る。冷気が漏出して水温が下がったとしても、それで赤道直下に雪を降らせるような気候変動に繋がるわけがない。おそらくはオージルシークスが発動した《アイス・エイジ》というエピック呪文が原因だろう。

 

定命の存在では到底辿りつけない高度な呪文であるが他に原因も考えつかない。正気を失っていたとはいえ、よくそんな存在と戦って生き延びたものだと今更ながらに自分の幸運に感謝する。出来ればあんな危険なヤマには二度と遭遇しないでおきたいものだ。

 

ラピスの横に並んで歩きながらそんな事を考えているとやがて林を抜けて村の中へと辿り着いた。昼前ということで食事の準備でもしているのだろう、それぞれの家の煙突からは炊事の煙があがっている。

 

懐かしい道のりを一歩一歩確認するように踏みしめながら進み、目的地に着いた俺は二ヶ月ぶりに波頭亭のドアを開いた。

 

 

「ん、まだ昼飯には早いぞ──と、これまた珍しい奴が顔を出したな。久しぶりだなトーリ、それと嬢ちゃん。歓迎するぜ」

 

 

薄暗い店内のカウンター、その内側には変わらぬシグモンドの姿があった。奥に気配がするのはきっと料理をしている奥方と娘さんだろう。客の姿は見当たらない。

 

かつては島に閉じ込められた多くの人々で賑わっていただけにこうしてみると随分と寂れた感じを受けてしまう。

 

 

「ああ、久しぶりだなシグモンド。食事を頼んでも大丈夫かい?

 

 あと暫く滞在することになると思うから部屋を貸して欲しいんだが」

 

 

カウンターに近いテーブルを見繕って腰を下ろすと、暫くしてアイーダちゃんがちょっとしたツマミの入った小皿を運んできてくれた。

 

 

「いらっしゃいませ。ご飯はもうちょっとしたらできるからすこしだけまっててくださいね」

 

 

久しぶりに見た少女は成長期なのか、身長が何センチか伸びたように見える。なんだか微笑ましいものを見たような気がして、つい笑顔を浮かべて話しかけてしまう。

 

 

「久しぶり。元気にしてたかな?」

 

 

カルノ達も近い年頃ということもあり同じように成長しているのかもしれないが、毎日顔を合わせているとなかなか変化に気づけない。鉄骨と石壁の住宅なので背丈を測って柱に傷を入れたりすることは出来ないが、そのうち身体計測のようなものを定期的に行なってみても良いかもしれない。

 

 

「このあいだまではお客さんが沢山で忙しかったけど、みんな昨日には出て行っちゃったから今日からはちょっと寂しいかも。でも時間が出来たから久しぶりにお母さんにお仕事を教えてもらうんだよ」

 

 

彼女はそう言って嬉しそうに厨房へと向かっていった。おそらくは今も料理の練習中だったのかもしれない。彼女が運んできてくれた皿の乾き物を口に入れると濃厚な塩味が口中に広がった。どうやら魚の干物かそれに類する品のようだ。アルコールのお供には良さそうである。

 

前回滞在していたときには見なかったものだ。長期保存の利きそうなものだけに、消費を後回しにされていたのかもしれない。

 

 

「そういえばお前らはどうやって来たんだ? 定期便がくる日じゃないし船が到着したって知らせも無い。まさかまた難破してきたんじゃないだろうな?」

 

 

縁起でもない事を言ってきたシグモンドにとんでもないと言葉を返す。

 

 

「《テレポート》さ。オリエン氏族じゃなくても秘術で長距離を移動することができる便利な呪文だよ。いきなり現れたら騒ぎになるかもしれないと思って村はずれに転移してそこから歩いてきたんだ。

 

 さっきも言ったけどちょっとした用があってね。たぶん何日か泊めてもらうことになると思うんで、その間よろしく頼むよ」

 

 

この村に居たときは俺は秘術呪文をほとんどワンドに頼っていたし、ラピスも術者としての実力を見せていなかったため俺たち二人が呪文で瞬間移動してきたとは思わなかったのだろう。シグモンドは少し驚いたような顔で俺たちを見比べた。

 

 

「ほう、あの金髪の嬢ちゃんなら分かるがお前たちが《テレポート》とはな。実力か魔法の道具の効果かは知らねえが、どっちにしろストームリーチじゃ上手くやってるみたいだな。

 

 なんにせよ厄介ごとでないなら歓迎するぜ。勿論金を払ってくれる客なら尚更だ」

 

 

両手で合計3つのジョッキを彼は運んでくると俺とラピスに押し付け、残る一つを自分の手で掲げた。

 

 

「オラドラよ、再会の幸運を授けてくださった事に感謝!」

 

 

饗宴と幸運を司る女神への感謝の言葉に続いて鈍い音を立ててジョッキが打ち合わされ、口内にまだ残っていた塩味が流されていくと共に喉から爽快感が抜けていく。俺がこの世界に来て最初に飲んだ酒の味だ。生温いそれはけっして最高の味ではないが、同時に感じる懐かしさが胸を満たしてくれる。

 

実際には二ヶ月ちょっとしか経過していないはずだが、この島での戦いがもう随分昔のことのように感じられる。それだけストームリーチで過ごした日々が濃かったということなのだろう。

 

 

「しかしちょっとばかりタイミングが悪かったかもな。昨日までなら残党狩りをやってたセリマス達が残ってたんだが」

 

 

ジョッキの中身を一気に飲み干したシグモンドはそう言いながらカウンターの内側へと戻っていった。さすがに仕事中なので今の1杯だけで済ませるつもりのようで自分のジョッキにお替りを注ぐ様子は見られない。

 

しかしシグモンドには悪いがそういうことであれば逆に都合が良かったかもしれない。ソウジャーン号と入れ違いにやってきた船の中にはシルヴァーフレイム教会の応援部隊も含まれていたはずで、おそらく彼らはセリマスの指揮下に入っていたと思われる。

 

教会の戦士は熱狂的な信者であることが多く、融通が利かなかったり権威を笠に着て居丈高な連中もいると聞く。教会嫌いのラピスが彼らと仲良くやっていけるとは思えない。

 

 

「しかし随分と長い間残ってたんだな、もうとっくに片がついたんだと思ってたよ。ドラゴンも居なくなったしカルトの親玉も叩いたから後は烏合の衆だと思ってたんだが」

 

 

「お前さん方がドラゴンを追い払ってくれたおかげで村への圧力はすぐに消えたんだが、カルティストの連中は島の反対側の地下の結構深いところまで根を張ってたみたいでな。

 

 あとはサフアグンどもの祀る穢れの祭壇が海中にいくつもあるとかで苦労していたみたいだぜ。手強い奴はもういなかったらしいが海底の地下空洞を探索するのは崩落が怖くて仕方がないってジーツがボヤいてたな。

 

 タルブロンも錆つくのを嫌がってか難色を示していたな。連中に喝を入れて出掛けていくセリマスはいつも余計な苦労を掛けさせられるって顔だったぜ」

 

 

本当かどうかは解らないがジーツは恐水症だと言っていたし、ウォーフォージドであるタルブロンはその体の構成材に含まれる鉄が海水と相性が良くないのだろう。チュートリアルのクエストで海中に扉を開く鍵が落ちていて、拾いあげるために俺が泳いで取りに行く羽目になったのは懐かしい思い出だ。

 

あの時の俺はさっぱり戦闘の役には立たなかった以上、そのくらいしか手伝うことが出来なかったのでまあ仕方のない役回りではあったのだが。

 

 

「暫く滞在するってんならラースの所にも顔を出してやってくれ。どうも工房に篭もりっきりみたいでな、たまには村に戻ってくるように言っておいてくれ」

 

 

「カヤがたまに差し入れとかに行ってはいるのだけれど、根をつめすぎていないか心配なの。良ければ様子を見てきてくれないかしら」

 

 

食事を運んできてくれたイングリッド夫人も交えて談笑していると自然と話題はミザリー・ピークで一緒に戦ったメンバーの話となった。どうやらラースを巡っての女の戦いはこの夫妻の娘であるカヤが一歩リードしているようである。

 

とはいえウルザが出遅れているのは残党との戦いに出向いていたせいでもあるだろうし、これから彼女の巻き返しが始まるのではないだろうか。

 

 

「そうだな、ちょっと頼みたいこともあるし後で会いに行ってみますよ」

 

 

いくらか彼の秘術技師としての腕前を見込んで頼みたいことがあった俺は夫妻の申し出を二つ返事で引き受け、昼食を終えた。

 

客が誰もいないということで二階の好きな部屋を使っていいと言われたが特に荷物があるわけでもないので、まずはこの島にやってきた目的を果たすべく食事の支払いを済ませて"波頭亭"を出る。

 

その俺の横にはラピスがぴったりと付いてきている。先程の酒場でも相槌を打つ程度であまり会話に参加していなかったのだが、特に機嫌が悪いというわけでもないようだ。時折懐かしそうに周囲に視線をやっている。

 

 

「あー、ちょっと調べ物にいくだけだから宿で待っててくれても構わないぜ? 横で見てても退屈なだけだろうしな」

 

 

ヘイトン家の墓所を横目に歩きながら緩やかに傾斜した道を歩く。今はもう使われていない村の離れは手入れされていない家屋が立ち並んでおり人気が感じられない。多くの村人が先の事件で失われたことで、この辺りの区画は放棄されたのだろう。

 

だがリランダー氏族がこのコルソス島を航路の中継地として利用すべく力を注いでいるため、すぐにでも新たな入居者が訪れるだろう。航海のルートを定めることで安全性の確保以外にも密輸商人の摘発を行おうという目論見があるらしい。

 

ゲームではこのコルソス島が導入されるまでチュートリアルの舞台となっていたスマグラー・レストという島があるのだが、そちらはこの村とはうって変わって寂れてしまっているらしい。だが逆にその周囲を根城として海賊たちが集まっているらしく、リランダー氏族は彼らの相手をするのに忙しいようだ。

 

今回のサルベージは彼の氏族のそんな事情もあって成立した、いわば幸運の賜物である。この機会を逃す手はない。

 

 

「宿にいたってすることがある訳でもないしついていくよ。それとも、邪魔かい?」

 

 

下から覗き込むようにしながらこちらに問いかけてくる彼女に対し、無下な返事が出来るわけもない。本来であれば既に"タイランツ"の船が到着しているはずであり、ラピスはネレイドと積もる話もあるだろうと思っていたのだがアテが外れたようだ。

 

とはいえ特に彼女に秘密にするようなことをするわけではない。俺はラピスを連れたままとある廃屋に辿り着き、そこに嵌めこまれている木戸を取り外す。するとその先には光の届かぬ空洞が広がっていた。

 

 

「……洞穴? 風の響き方からして結構深いみたいだけど、こんなのがあったんだね。調べ物っていうのはこの先でするのかい?」

 

 

取り出した陽光棒の先端を岩の壁面に軽く叩きつけると芯材が明るい光を放った。20メートルほどまで先が薄い光で照らされるが、まだまだ奥へと続いているのが見えるだけだ。それもそのはず、これは浜辺で倒れていた俺がこの村へ辿り着くために通り抜けた洞穴なのだ。

 

ここを抜けることで断崖に遮られて地上からは辿りつけない隔離された浜辺へと行くことが出来る。かつてサフアグンの司祭によって邪な祭壇が設けられていたが、その気配はセリマスの浄化により完全に払われている。

 

 

「ああ、湿っぽいし面倒ではあるけれどね。危険は残ってないとは思うけど、足元が滑るだろうから気をつけてな」

 

 

彼女ほどの実力の持ち主に言うのは少々間抜けな気がする台詞ではあるが、念のため声をかけつつ薄く水の張った洞穴の中を進む。時折壁面に群生する苔が陽光棒の光を吸収して俺達が通り過ぎた後もほの暗い灯りとなって周囲を照らしているその光景はなかなかに幻想的だ。

 

靴が水を撥ねさせる音だけが響き渡る中、ゆらゆらと揺れる陽光棒の照明だけを頼りに先へと進む。不安定な光源と水面から反射される光と歪な壁面が様々な影模様を浮き上がらせており、見通しも決して良いとは言えない状況が続く。

 

セリマスとジーツ、そしてタルブロンと駆け抜けた時の出来事を逆回しに思い出しながら30分ほども歩いただろうか。洞穴を出るとそこはむせ返るような自然の臭いと熱気で満たされていた。村を保護する結界の外であるこの辺りは熱帯直下そのものの環境だ。

 

斜面の中腹、やや小高いところに出た俺達は浜辺へと歩いて行く。かつては寒さを凌ぐために焚き火をしていた場所にはその痕跡は既に無く、まったく別の景色のように見える。だが浜辺から見える座礁した船の姿や、流れ着いた木箱のコンテナが破片となって周囲に散乱している様子は俺がここに流れ着いた時から大して変わっていない。

 

いくつか木箱が減っているのは酒や生活物資などが満たされていたそれを村の若い衆が回収していったためだ。その酒で宴会をしていた連中がエレミアに酒の飲み比べを挑んで酔いつぶれたのが俺の初仕事の切掛だったのは懐かしい話だ。

 

 

「ここが目的地、それともあの辺で沈んでる船に用があるのかい?」

 

 

熱気を嫌ったのか《エンデュア・エレメンツ/寒暑に耐える》という第一階位の初級呪文で身を包みながらラピスは周囲を見渡している。俺はそれに答えず波打ち際ギリギリまで歩みを進めると座り込んだ。記憶の中の景色と周囲を照らし合わせ、自分の認識が間違っていないか確認していく。

 

 

「ここは俺がこの島に流れ着いた場所なんだ。この場所で倒れていた俺はジーツに発見されて保護してもらい、さっきの洞穴を抜けて村に辿り着いた……

 

 でも俺にはここで目を覚ますなんて状況に心当たりがなかった。船に乗っていたわけじゃなく、自室のベッドで横になっていたと思ったら次の瞬間には漂流者になってたって訳さ。

 

 それで何かその事についての手掛かりを見つけられないかと思って此処に来たんだ」

 

 

胡座をかいて水平線を眺めながら言葉を返す。あの時、この浜辺からは空から降る雪に紛れて遠くを飛ぶ白竜の姿を見ることも出来た。当時の情景を幻視するように今の視界に重ね、舞う雪の一欠片に至るまで当時の状況を記憶の中で再現させていく。

 

 

「でもそれって二ヶ月は前のことじゃないか。手掛かりとやらはとっくに波に攫われて海の底なんじゃない?」

 

 

俺の背中に柔らかな重みが乗せられた。ラピスが背中合わせに座り込んだようだ。彼女の言うことは尤もだ。今俺が座っている場所は潮の満ち引きによっては容易に海中に没するところだし、何らかの手掛かりがあったとしても既にそれは短くない期間の間に失われているだろう。

 

だが、それは俺も承知している。わざわざ今になって此処に来たのはあの時の自分では持ち得なかった手段を獲得したからであり、《フライ/飛翔》などの呪文に頼らず洞穴を抜けてきたのは当時の記憶を出来るだけ掘り起こそうとしたためだ。

 

 

「無論普通の手掛かりを探しに来たわけじゃない。秘術の力で過去を探りに来たのさ」

 

 

様々なバリエーションの探知呪文を展開した後、ブレスレットから"三つの願い"の指輪を取り出した俺は意識をその飾り台に嵌めこまれたルビーへと集中するとその秘められた力をコントロールして"ある呪文"の再現を願う。

 

《ハインドサイト/過去視》と呼ばれるそれは"呪文大辞典"と呼ばれるサプリメントによって追加された、占術領域の最高位階に属する呪文である。通常であれば《ウィッシュ》による力の再現はウィザードやソーサラーの使う呪文だとしても一つ低い位階の呪文までに限られ、故に最高位階の呪文の効果を模倣することは出来ない。

 

だがこの制限には抜け穴が存在する。この《ハインドサイト》はバードの呪文としても存在し、それは最高位階ではあるものの位階の数自体は六に留まっている。これはバードに呪文の位階が第六までしかないためなのだが、これによって《ウィッシュ》による呪文の再現が可能となるのだ。

 

願いを叶える指輪は俺の希望通りの結果を出し、嵌めこまれたルビーの一つが強烈な光を発すると同時に強力な占術のオーラが周囲に広がった。砕けた宝石の欠片はその色を失うと白い光の粒となって周囲を漂う。

 

俺は呪文への集中と並行し、自分の意識を望む時系列へとピントを合わせるために当時の状況を再び強く思う。周囲を満たす魔力は俺の意思に従って動きを変え、その流れに乗ってルビーの残滓が周囲を舞う。光の粒子はまるで雪のように地面に吸い寄せられては波と共にやってきた風に乗せられて舞い上がる。

 

それが俺の記憶の中の雪と完全に一致したとき、ついに俺の目の前には望む光景が浮かんでいた。幽霊じみた映像の数々が逆回しで現れては消える。体が冷えていた俺のために火を起こしてくれるタルブロン、木箱から適当な武器と酒を見繕ってくれるジーツといった当時の出来事が俺の記憶どおりに再現される。

 

そしてついに波打ち際で一人倒れている俺の姿が映る。その背には雪が積もっており、ここに現れてから暫く時間が経っていることが窺える。だが時が巻き戻るにつれてそれは徐々に薄くなっていき、やがて最後の雪の欠片が俺の背中から剥がれて天へと登っていく──ついに待ち望んだ瞬間だ。

 

 

「──────、────────────」

 

 

誰か、いや何かの声が聞こえたかと思うと視界が白く染め上げられる。ジーツやタルブロン、セリマスの声ではなくそれどころか今まで聞いたことのないような声だ。一体何が起こっているのか探るべく、さらに目に映る光景に集中し意識を没入させていく。

 

平衡感覚を失いそうなほど鮮烈に周囲を満たす光は魔法によるものだ。信仰か秘術か定かではないが、最も強く感じるのは召喚術の気配。やはり俺は誰かによって召喚──実体を持つことから正確には召請──されていたということか。

 

だが俺は集中を維持できずに乱してしまう。白色の輝きが視界だけではなく意識をも漂白していく──意識の所々に穴があき、自我を保てなくなり意識を失いそうになる感覚。背中側にいるラピスが何やら話しかけてきているようだが、その言葉の意味を理解することは出来ない──

 

 

 

 

† † † † † † † † † † † † † † 

 

 

 

 

目を開くと漆喰で固められた天井が見えた。背中には柔らかいシーツの感触。どうやら俺はベッドで横になっているようだ。俺の顔の真横には椅子に座って上体をベッドに預けているラピスの姿があった。窓から見えるのはコルソス村の風景だ。

 

彼女がなんらかの手段で意識を失った俺をここまで運んでくれたのだろう。窓の外の景色が以前とやや異なることから、俺が昔使っていたのとは別の部屋であることが解る。ひょっとしたら前回ラピスが使っていた部屋なのかもしれない。その彼女の瞼は閉じられていたが、俺が意識を取り戻したことに気づいたのか瞳が至近距離からこちらを覗き込んできた。

 

 

「目が覚めたみたいだね──いきなり意識を失うんだから驚いたよ。随分と無茶をしたみたいに見えるけど、大丈夫かい? 体には異常はなさそうだったけれど」

 

 

彼女の問いを受けて自分の状態を確認する。頭の天辺から指先まで、意識すれば自在に動かせそうな感覚。呪文も問題なく発動できそうであり、特に異常は見当たらない。

 

窓の外の景色は夕焼けに照らされており、俺は結構な時間意識を失っていたらしいことが解る。自分一人で行っていればそのまま満潮に巻き込まれて溺死、なんて間抜けな死に様を晒したかもしれないと考えるとラピスに一緒にいてもらったことで助かったというわけだ。

 

 

「ああ、特に問題ないみたいだ。ここまで運んでくれたのはラピスだよな? ありがとう」

 

 

とりあえず上体を起こして彼女に返事をするが、ラピスは相変わらずそのままの姿勢で彼女の視線だけがこちらを追いかけてきた。

 

 

「で、何か収穫はあったのかい? 横から見てるだけだと何か強力な占術を使ったことは解ったけど、何をやっているのかはわからなかったからね。

 

 危ないことをするなら事前に教えてほしいよ」

 

 

ラピスの言葉を受けて意識を失う直前のことを思い出す。俺の姿が浜辺に現れる瞬間、広がった閃光──あれは実際にあの場で起こったことではないはずだ。もしあんな事があれば近くに居たジーツ達が気づかないはずはないし、あれほどの光であれば村からも観測できただろうにそんな話は聞いたこともない。

 

あれは強力な呪文のオーラを事前に発動させた探知呪文で知覚した反動だったのだろう。意識を奪うほどの圧倒的オーラ──オージルシークスの《アイス・エイジ》などと同様の第十階位を超えるエピック呪文が放つエネルギーに俺が耐え切れなかったのだ。

 

自分の存在は神格に近い力を持った何者かの介入か、それとも惑星直列ならぬ次元界直列のような特異的な自然現象の結果かと悩んでいたがどうやら前者の可能性が高そうだ。

 

もし何者かの召喚術により今の俺があるのだとすれば、その目的は何か? 現時点でそういった存在からの接触がないように思われるのはどういう訳か? そういった事柄が気にかかるが、勿論それについての答えが得られるわけもない。

 

 

「──残念だけど、『解らないってことが判った』って程度だな。故郷への手掛かりを辿ろうとしたんだけど、この有様だ。何か"とんでもなく強力な力"が作用した結果だとは思うんだけどそれ以外のことはさっぱり。

 

 とりあえず当面の所、この件について出来ることは無くなったかな」

 

 

自分で口に出してみたことでより深く自分の置かれた状況を自覚することになって力が抜ける。再び上体をベッドに預け、思索を巡らせる。俺を召喚することだけが目的ならいいんだが、楽観的な考えで生き延びれるような甘い世界ではないだろう。

 

そして何者かの意図があってのことだとするとその存在は少なく見積もってもエピック級のパワーを有していることは間違いない。だがこちらからそれに対して能動的に出来ることは何も無い。

 

まだ目的なりなんなりが見えてくれば黒幕を探ったり帰還方法の入手について交渉できる材料を探すといったことも考えられるのかもしれないが、それは無理となればとりあえず自分の力を伸ばすことくらいしか出来ることはない。

 

確かにこのエベロンでエピック級の能力を備えた存在といえば相当限られてはいる。だがそんな連中にこちらから絡んでいくのは非常に危険極まりない行為であり、そんな思い切った手段を取ろうとは思わない。

 

フレイムウィンドの言葉を信じるのであれば俺には行動を選択する余地が残されているのだ。それについて暫くは考えることにしよう。

 

 

「……随分とお悩みのようだね」

 

 

どうやら顔に出ていたようだ、眉間に皺でも寄っていたのかもしれない。ラピスが声を掛けてきた。

 

 

「まあね。俺を拉致った相手の事がさっぱり解らない。知らない間に掌の上で踊らされているようで気に食わない──とまでは言わないにしても、気がかりでね」

 

 

異邦人である俺はこの世界に確りとした足がかりを持っているわけではない。家を構えているといってもそんなものは権力者の一存で吹き飛ぶ儚いものであり、人権なんてものが保証されているわけではない。

 

今の生活は俺にとってはある程度快適ではあるが、その実は目隠しをしたまま歩いているような不安を常に抱えている。いつ足を踏み外して転がり落ちるか解らない、そんな考えが常に思考の何処かを占めている。

 

 

「例えばトーリを元いたところから排除するのが目的だったとか、そういうことは考えられないのかい? 僕にはトーリが考えすぎているように思えるけどね」

 

 

ラピスのその言葉は確かに俺が今まで考えていなかったことではあるが、それはないだろう。掃いて捨てるほどいる一般人の一人を排除することで得られることがあるとは思えない。

 

元いた世界のことに想いを馳せる。このゲームだってやり込んではいたけれどプレイヤースキルは俺より優れていた仲間が大勢いたし、トップ廃という程ではなかった。そういう連中はきっと米国版に移住したに違いない。

 

言語の壁にやる気を削がれて移住までしなかったということは、俺のゲームに対する熱意もその程度だったということだ。特にこれといって特別なところがあるとは思えない。

 

 

「──まだ元いた場所に帰りたいのかい?

 

 冒険者として十分に成功して、氏族の有力者にコネがあり、一生を贅沢に暮らしていけるだけの財産も充分にある。

 

 元々普通に暮らしていたっていうのなら、今の暮らしのほうが恵まれてるんじゃないのかい?」

 

 

普通に考えればラピスの言う通りだろう。インターネットやゲームに代表されるかつての自分が没頭していた娯楽こそないものの、それを懐かしむ程度で済むくらいにはこちらの暮らしは充実している。では何故帰還を求めるのか? 答えは単純だ。

 

 

「──俺は怖いんだ」

 

 

その最大の理由はこの世界に対する恐怖感だ。文明は他のD&D世界観に比べれば進んでおり非常に恵まれているとはいえ、このエベロンは日本のように平和な場所ではない。モンスターが跋扈し、人間より知恵があり強力なクリーチャーが多数存在するファンタジーの世界。現実に死後の世界が存在し、邪悪で巨大な存在が地底で蠢く異世界なのだ。

 

何よりも恐ろしいのは今の俺の環境を支えているのが、俺自身の実力ではなくこの"ブレスレット"に見える強力なアーティファクトによるものだということである。無尽蔵に近い財貨、強力無比な装備、訓練を必要とせず経験のみで戦闘力が上昇する若くて健康な体、そして多彩な能力。

 

その全てがこの俺以外には見えていない腕輪から与えられたものだ。《アンティマジック・フィールド》の効果範囲内においてすらその効果を完全には失わなかったこの宝具は、この宿の一室でその存在に気付いて以降俺には欠かせないものとなった。

 

この力を失うことが恐ろしくて、腕から一瞬たりとも外すことが出来ない。そしてこの恩恵を得た原因が解らない以上、いつ失われてもおかしくないのだろうという事。その時俺が消えるのであればまだいい。だが元の俺の状態でこの世界に留まったとしたらどうだ?

 

そんな悪夢を見たのは一度や二度ではない。そして今回の占術で何か強大な存在の意思が介在しているのではないかという疑念は深まった。その存在がこの力を与えたのであり、いずれ俺からこの腕輪を奪っていくのではないか?

 

強力な力に触れてしまったことでそれがもはや手放せなくなる。まるで同じ会社が運営していたもうひとつのMMOに出てくる伝説の指輪のようだ。

 

 

「今の俺が得たものは自分の実力で勝ち取ったものじゃない。今の俺を支えているこの不可思議な力は気がついたら得ていたもので、何の努力もせずに手に入れたものだ。

 

 だからある日突然それを失うかもしれないことを恐れてる。こんな力がなくても平穏無事に暮らせていた元居た場所に逃げ帰ろうとしているんだ」

 

 

地球のどこかではきっと似たような、あるいはもっと環境の悪いところはあるだろう。だが俺は平和な日本に生まれ育った一般人だ。喧嘩や本気の争いなんか子供の頃以降したこともなく、趣味に没頭して生きていた。月並みではあるが、失って初めてその生活がどれほど貴重なものであるか気づいたのだ。

 

カルノ達に援助しているのも、せめて自分の周りだけでも昔居た場所のような穏やかさがあってほしいという思いがあってのことだ。

 

 

「……事情はわからないけれど、言いたいことは少しはわかるよ。自分の居場所から無理やり放り出された経験は僕にもあるからね」

 

 

ラピスは起き上がるとベッドに腰掛け、いまだ横になっている俺のほうへと体を傾けた。彼女の両手が俺の頭の左右を挟みこむように置かれ、真上から二つの瞳が俺へと向けられ、お互いの中間点で視線がぶつかる。

 

 

「そして流れ着いた辺鄙な島で蛸の傀儡に成り果てた。盲目の"至上の主人(ソヴリン・ホスト)"にろくでなしの"ダーク・シックス(暗黒六帝)"、役立たずの"シルヴァー・フレイム(銀炎)"にクソッタレの"カイバー(地下竜)"、全部を呪って死んでいくしか無いと思ってた。

 

 でも魂がドルラーに吸い込まれる前に、暖かい光に包まれて僕はやり直しの機会を得られたんだ。今こうして僕が生きていられるのはトーリ、君のおかげだ」

 

 

そう言葉を発する彼女の表情にあらわれる意思の強さは俺の意識を縛り付け、視線を外すことを許さない。

 

 

「たとえ借り物の力だとしても、それを使ったのはトーリの意思だろう。酷い事ばかりしていた僕をそれでも助けようとしてくれた、その気持ちが僕を救ってくれたんだ。それで充分さ。

 

 もしその力とやらを失うことがあったとしても構わない。そうなったら今度は僕が君を助けてやるよ」

 

 

こちらを見つめる瞳は真摯そのもので、彼女が心からそう考えているのだということを強く伝えてきた。その思いの乗った手が体に触れると、彼女の体温だけではない暖かなものが確かに感じられる。それはまるで恐怖に固まった俺の心を溶かしていくかのようだった。

 

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